小売業における価値創造(2002)
グローバル・リテイラーへの道


1 はじめに 平成不況が依然として続くなかで、百貨店の業績は人口の都心回帰もあってやや 持ち直したものの、スーパーの売り上げの不振は相変わらず続いている。 最大手のダイエーは、再建が危ぶまれており、業界4位のマイカルは、迷走の末 会社更正法の適用を申請し、業界2位のイオンの支援を受けることになった。 好調だったコンビニエンス・ストアも、店舗過剰が顕在化して、既存店の売り上 げが低迷している。 そうしたなかで、近年の話題は、何といってもカジュアル・ウェアの専門店、フ ァーストリテイリング(店舗名・ユニクロ)の躍進である。しかし、そのユニクロ でさえも、2001年8月には、34ケ月間続いてきた既存店売上高の伸びが途切 れて、10月には24.6%減、そして全店ベースでも5.3%減となった。英国へ の進出を皮切りに、中国への進出や食品販売の検討など、新たな成長策を模索する 段階に入っている。 一方、外資は元気で、世界第2位の小売業、カルフールが日本進出を果たし、1 位のウォルマートも、わが国上陸を狙っている。  東京の銀座や原宿では、ルイ・ヴィトン、エルメスといった高級ブランドのメガ ストアが続々登場し、ニューヨークの五番街やパリのシャンゼリゼにも負けない新 しいファッション街が誕生している。銀座の三越や松屋の業績が持ち直したのも、 軒先をこれら高級ブランドに貸したことが寄与している。 世界ではグローバル・リテイラーが育ってきているのに、そうした潮流から、わ が国の小売業は取り残されており、今後は、軒先どころか、母屋まで外資に明けわ たさざるを得ないような事態になることも予想される。 これまで、この「小売業における価値創造」のシリーズでは、百貨店やスーパー マーケットの再生、またユニクロに代表される新世代専門店について研究してきた が、今回は、眼を世界にひろげ、わが国小売業の希望の星ともいうべきユニクロを 念頭に、そのライバルと目されるアパレル専門店チェーンについて研究し、そこか ら、わが国小売業の新たな成長策を探ってみたい。 本稿では、はじめに世界の小売業の勢力図を概観する。 ウォルマートやカルフールに代表される外資巨大小売業が躍進するなかで、わが 国の小売業がいっそう影が薄くなって、ローカル企業のレベルから抜けられない現 状を確認しておきたい。 次に、ユニクロがライバルとしているSPA業態を創り出した米国の衣料品専門 店チェーンのギャップ(GAP)とその英国版といわれるネクスト(NEXT)を 取上げる。また、わが国ではあまり知られていないが、世界的に注目されているス ェーデンのヘネス&モーリッツ (H&M)、スペインのインディテクス(INDI TEX)グループ、さらに高級品のグローバル・リテイラーであるルイ・ヴィトン ・モエ・ヘネシー(LVMH)についても調べてみたい。 これらの企業は、国際展開の面だけでなく、いろいろな面でユニクロにない価値 を創り上げている。そこには、新たな成長策のヒントが隠されているように思われ る。   最後に、こうした海外の先進企業が達成できていることが、わが国の小売業では  なぜ達成できないのか、その理由を価値創造モデルという仮説をもとに考え、それ  によって、わが国小売業再生の手がかりをつかみたい。 2 小売業の勢力図 このほど発表された世界の主要小売業500社の円換算売上高ランキングによっ てはじめて、以下のような興味深い事実が明らかになった。 表1 2000年度 世界小売業売上高ランキング 売上高 増減率% 国名 1 ウォルマート 22兆2487億円 26.0 米 2 カルフール 6兆9478 81.2 仏 3 クローガー 5兆6979 17.4 米 4 ロイヤル・アフォールド 5兆6256 63.4 オランダ 5 ホーム デポ 5兆3186 29.3 米 6 メトロ 5兆0315 12.0 独 7 シアーズ・ローバック 4兆6750 11.2 米 8 Kマート 4兆3058 12.0 米 9 ターゲット 4兆2912 19.0 米 10 アルバートソンズ 4兆2748 6.6 米 11 JCペニー 3兆7032 6.4 米 12 セーフウエイ 3兆6517 28.6 米 13 テスコ 3兆5505 8.9 英 14 コストコ・ホールセール 3兆4298 13.9 米 15 イトーヨーカ堂 3兆1036 -3.7 日 16 ダイエー 2兆9141 2.4 日 17 セインズベリー 2兆8423 6.8 英 18 イオン        2兆7386 8.6 日 19 ピノー・プランタン・ルドゥート 2兆6548 36.8 仏 20 オートネーション 2兆3536 14.3 米 出典:日経流通新聞&トムソン・ファイナンシャル調査  20位以内に入っている小売業の国別分布をみると、米国勢が11社、日本勢が  3社、英国とフランスが2社、ドイツ、オランダが1社となっている。  3社も入っているとはいえ、日本勢は15位にイトーヨーカ堂3兆1036億円 (-3.7%)、16位にダイエー2兆9141億円(2.4%)、18位にイオン2兆738  6億円(8.6%)と下位にある。表1には載っていないが、50位に高島屋1兆192  2億円(-0.1% )が載っているだけで、長い不況を反映してか、日本勢は影が薄い。 これに対して、米国勢は第1位のウォルマート(ディスカウント・ストア)をは じめ、3位のクローガー(スーパーマーケット)、4位のホーム・デポ(ホームセ ンター)など、好景気も手伝って、10位以内に7社も入っている。 伸び率でみると、カルフール(仏)81.2%、ロイヤル・アホールド(蘭)63.4%、 ピノー・プランタン・ルドゥート(仏)36.8% といった欧州勢の驚異的な 伸びが目 につく。カルフールは、世界中に多店舗展開しているハイパーマートであるが、昨 年、ついにわが国の千葉・幕張に進出して話題となった。 ロイヤル・アフォールドは、オランダの大手小売業で、米国内売り上げが6割を 占める点が評価されている。食品スーパーなどを傘下におさめており、近年、オン  ライン食品スーパーのピーポットを子会社化して話題になった。 ピノー・プランタン・ルドゥートは、傘下にプランタン・デパート、家電販売の レクセル、レコード・書籍販売のFNACを抱えており、LVMHとグッチの争奪 戦を演じたことでも知られている。   こうしてみると、あらためて、世界の小売業の主役は欧米勢で占められているの に気付く。 表2 2000年度 世界小売業時価総額ランキング 時価総額 国名 1 ウォルマート 27兆6140億円 米 2 ホーム・デポ         12兆3456 米 3 カルフール 4兆9858 仏 4 ウォルグリーン 4兆5070 米 5 セブンーイレブン 4兆0811 日 6 セーフウエイ 3兆5980 米 7 ターゲット 3兆3669 米 8 テスコ 3兆1604 英 9 ロイヤル・アフォールド     3兆0091 オランダ 10 ピノー・プランタン・ルドゥート 2兆8708 仏 11 CVS 2兆6854 米 12 クローガー 2兆5648 米 13 イトーヨーカ堂 2兆5582 日 14 ギャップ 2兆5323 米 15 コールズ 2兆3561 米 16 ロウズ 1兆9831 米 17 コストコ ホールセール 1兆9049 米 18 メトロ 1兆7167 独 19 ヘネス&モーリッツ      1兆5447 スエーデン 20 マークス&スペンサー     1兆3614 英 出典:日経流通新聞&トムソン・ファイナンシャル調査   表2は、時価総額のランキングを示している。売上高のランキングと同様、20  位以内に入っている小売業の国別分布をみてみよう。   米国が11社、日本、英国、フランスが2社、ドイツ、オランダ、スエーデンが  1社となっている。 日本勢は、5位にセブンーイレブン、13位イトーヨーカ堂とイトーヨーカ堂グ ループの2社だけが上位にいる。なお、36位にイオン8883億円、46位に丸 井5843億円、50位にファーストリテイリング4531億円が顔を出している。   ここで、注目しておきたいのは、GAPである。驚異的な成長をとげてきて、1  4位にランクされている。もう1社、注目したいのが、19位にあるスエーデンの  衣料品専門店チェーンのH&Mである。売上高順位では127位にとまっているが  資本市場での評価は高く、GAPのライバルとして注目されている。いずれユニク  ロと世界中で争うことになると思われる。 さて、わが国小売業に目を転じよう。 不況続きで「売れない、儲からない」という悲鳴が続くなかで、儲けている企業 がないわけではない。 まず、小売業全般、ついでアパレル専門店について、経常利益のランキングをみ てみよう。 表3 2000年度 わが国小売業経常利益ランキング 経常利益 売上高 経常利益率 1 セブンーイレブン・ ジャパン 1471億円 3469億円 42.4% 2 ファーストリテイリング 604 2289 26.4 3 イトーヨーカ堂 420 1兆4798 2.8 4 ローソン 394 2748 14.4 5 ファミリーマート 262 1433 18.3 6 イオン 257 1兆6235 1.6 7 ルイヴィトン・ジャパン 256 1003 25.6 8 丸井 252 4820 5.2 9 ヤマダ電機 164 4712 3.5 10 三城 152 793 19.2 11 伊勢丹 133 4206 3.2 12 サークルK 130 8796 14.9 13 良品計画 123 1110 11.1 14 コジマ 115 5060 2.3 15 しまむら 112 2201 5.1 16 ヨークベニマル 111 2575 4.3 17 マツモトキヨシ 110 2301 4.8 18 サンクス&アソシエイツ 102 551 18.7 19 三越 102 6860 1.5 20 島忠 93 1092 8.5 出典:日経流通新聞   この20社を業態別にみると、各種専門店が8社、コンビニエンス・ストア5社 百貨店3社、スーパーマーケット3社、外資が1社となっている。   経常利益率でみると、1位がセブンーイレブン・ジャパン42.4%、2位がフ ァーストリテイリング26.4%、3位がルイヴィトン・ジャパン25.6%である。   1位、2位についてはその高収益の秘密がいろいろなところで解明されているの で、説明を省くが、7位のルイヴィトン・ジャパンが、売上高が1003億円であ るにもかかわらず、256億円の経常利益をあげているのが注目される。 家電専門店でも、パソコン・ブームが一段落して、明暗が分かれてきた。200 0年には、売上高でコジマが5060億円でトップだったが、2001年9月中間 決算では、ヤマダ電機が2594億円とコジマの2503億円を上回り、トップに 立った。同社が安く売る仕組みを創ってきた効果が出てきたためである。 表4 2000年度 わが国アパレル専門店経常利益ランキング 経常利益 前期比伸び率 経常利益率 1 ファーストリテイリング 604億円 327.0% 26.4% 2 良品計画 123    ▼ 9.2 11.1 3 しまむら           112    ▼10.4 5.1 4 青山商事            82    ▼52.1    5.8    5 ザザビー            59     15.5   13.2    6 ゼビオ             51    ▼ 5.5    6.4    7 はるやま商事          43     24.1    8.7    8 アオキインターナショナル   39      8.0    5.5    9 コナカ             38     11.3    7.4   10 ライトオン           32     12.7    7.4   11 西松屋チェーン         27     18.7   6.8   12 ワークマン           24     25.1   10.2   13 ビームス            24    ▼ 7.6   9.0   14 京都きもの友禅         18     23.0   15.4   15 藤久              16     19.0   10.4   16 ユナイテッドアローズ      16    ▼26.9    8.5   17 シップス            15    ▼10.5    9.5   18 さが美             15     22.4     2.7   19 レリアン            14    ▼19.0     2.1   20 リオチェーン          14     29.2     6.3 出典:日経流通新聞 2001.8.16 この20社のデータで、やはり目立つのは、ユニクロの躍進である。   327.0%と驚異的な伸びを示しており、一般に言われているように「ユニク  ロの一人勝ち」がこのデータに如実に現われている。 この影響をもっとも受けたのが2位の良品計画である。2001年8月中間決算 では、89年の創業以来初の赤字となった。商品面、店舗面での見直しを図ってお り、2001年11月には、マーサ・ステュアートのライフスタイル・ショップを 入れたメガストアを東京・有楽町にオープンしている。 3位のしまむらが売り上げを落としているのも、10位のライトオンにかつての  勢いがないのも、ユニクロとの競合に敗れたせいである。   次に目立つのは、▼印の多さである。前期比伸び率マイナスの企業が8社ある。 内訳をみると、郊外店のチェーン展開で伸びてきた紳士服の青山商事が、紳士服  需要の低迷や新業態店の進出攻勢を受けて、大きく売り上げを減らしている。アオ  キインターナショナルやコナカも、伸びてはいるものの、かつての伸びはない。ス ポーツ衣料のゼビオも同じ理由で売り上げを落としている。 また、ビームス、ユナイテッドアローズ、シップスといったセレクトショップの  御三家が売り上げを落としているのも注目される。若者の心をとらえた新ビジネス  モデルともてはやされてきただけに、この不振は予想外である。銀座や原宿ではな  く、裏原宿や代官山では、大手では提案できない生鮮衣料や古着、ストリート・フ  ァッションを前面に出して、生活雑貨を巧みに見せた新世代セレクトショプが続々  と登場している。立地や客層に合わせて、微妙に品揃えを変えている。大手の画一  的な店舗に飽きたひとびとの目には新鮮に映っているようである。 こうしたユニクロ旋風の影響を受けなかったのが、ニッチ・マーケットで頑張っ ている企業である。 京都きもの友禅23.0%、藤久19.0%、さが美22.4%といった呉服店チェーンは、 対象顧客層を絞り込み、顧客管理を充実させ、必死のマーケティングを行なってい る。あまり知られていないが、呉服についても中国での生産が進んでいることも、 収益が改善している理由のようである。 24.1%増のはるやま商事の健闘は、廉価な衣料品に特化して、若い女性や主婦層 を取り込んだ結果であり、25.1%増のワークマンの健闘は、作業衣に特化してのチ ェーン展開、18.7%増の西松屋チェーンも子供服に特化してのチェーン展開が奏効 している。29.2%増のリオチェーンは、客層に合せて、きめこまかくライフスタイ ル別に婦人服を販売しているのが、好調の理由である。 さほど、大きな成功を狙わず、ニッチ・マーケットを対象に、他社が考えつかな い工夫をしている企業が業績を伸ばしている。 この20社のなかで、最も注目すべきは、5位のサザビーである。 前期比伸び率が15.5%、経常利益率は、13.2%とユニクロについで高い。目新し いのは、同社の目指す「半歩先のライフ・スタイル提案」という方向である。 同社は1972年に家具の輸入販売を目的として設立されたが、まもなくバッグ のオリジナルブランド「サザビー」の卸売を開始し、事業を多角化した。 81年には生活雑貨のオリジナルブランド「アフタヌーンティ」の販売を開始し ティールームを併設した。83年には合弁で、フランスのアニエスベーの取り扱い  を開始し、いずれも若い女性の人気の的になった。 95年には、アメリカのスターバックスと合弁で、スターバックスコーヒージャ  パンを設立、高級感を売り物にしたエスプレッソ・コーヒーが人気を呼び、開業後  5年で全国に290店舗を展開するまでになっている。ナスダック・ジャパンに2  00年10月に上場したが、初値換算の株式時価総額は1136億円となり、ソフ  トバンクを上回り、話題を呼んだ。 サザビーの優れたところは、日本流のチマチマとした改善を図るやり方から決別 して、優良外資との提携に踏み切ったところにある。 良い立地を選び、センスのいい店舗をつくり、社員を大事にして、生き生きした 接客を行い、居心地のいい時空間のなかで商品とサービスを提供する。この結果、 ターゲットである若い知的なひとびとが好感をもち、かれらがリピーターとなって 盛んに口コミ宣伝をすることで、ブランド価値を高めていく。 ここには、欧米の最新ビジネスモデルの一方向が示されている。同社の活躍を見 ると、この閉鎖的状況から抜け出るには、優良外資と提携して、その最良のノウハ ウを貪欲に吸収する以外に道はないのではないかと思わざるをえない。 3 SPAの草分け、GAP   さて、いよいよ、目を世界に広げて、ユニクロのライバルである世界のアパレル  チェーンを見てみたい。最初に取上げるのは、SPAの草分けGAPである。20  00年の売上高が136億7300万ドル(約1兆6407億円)を誇る巨大企業  である。ユニクロの売上高が2289億円であるから、いかに大きいかが分かる。   SPAとは、Speciality store retailer of Private label Apparelの略で、  製造小売業といわれる。つまり、メーカーと小売業を兼業している。うまく機能す  れば、メーカー段階の利益と小売段階の利益を享受できるので、大きな利益をあげ  ることができるが、そうでないと、二重のリスクを背負うことになる。   GAPについては、紹介され尽くしているので、以下では、同社の歩みと過去1  0年間の業績の概要を振り返ってみよう。 表5 GAPの歩み 1969 ドンとドリス・フィッシャー(Don and Doris Fisher)が サンフランシスコに最初の店を開店    1976 NY市場で株式上場 FTCにリーバイス社を価格拘束で提訴          自主企画商品の導入 1977   ギャップ財団設立 1983   ミラード・ドレクサー、ギャップ部門の社長に就任          バナナ・リパブリックを買収 1986 子供服(GAP KIDS)を導入 1987   ミラード・ドレクサーが社長に就任          海外に初進出、ロンドンに1号店オープン 1988 有名な「Individuals of Style」キャンペーンを実施 1990   ベビー服を導入   カナダに進出 1991 リーバイス・ジーンズの取り扱い中止 1993  アウトレット・ストアをオープン 1994 新ブランド、オールド・ネイビーを開始 1995   バナナ・リパブリックに化粧品を導入          ギャップとギャップ・キッズが、日本とドイツに進出          バナナ・リパブリック、カナダに海外初出店   ミラード・ドレクサーがCEOに就任 1996 マンハッタンにベビー服専門店をオープン          バナナ・リパブリックにギフト用品とホームアクセサリーを導入 1997   オールド・ネイビー、わずか4年で10億ドルの売上を達成          オンラインストアを開始  1998   バナナ・リパブリック、TVCFを開始 カード、カタログ通販を導入 2000 ギャップに妊婦服を導入 出典:同社アニュアル・レポート   同社の急成長は、リーバイス・ジーンズを販売していた創業者のフィッシャー夫 妻が西海岸のベビー・ブーマー世代の新しい価値感を身体で感じ、豊富なサイズを 取り揃えたことにはじまる。GAPというネーミングは、世代間のギャップから取 ったものである。 経営を飛躍的に発展させたのは、アパレル業界の専門家、アン・テーラーの役員 であったミラード・ドレクサーを社長に迎えてからのことである。ストア・コンセ プトの確立、商品開発力の強化、店舗デザインの一新を手はじめに、バナナ・リパ ブリックの買収、新ブランド、オールド・ネイビーの創設、子供服や妊婦服の導入 を矢継ぎ早やに行った。そして、海外にも積極的に進出していったのである。 表6 世界のGAP         店舗数  2000年の出店数 ギャップ部門 USA 2079 349 Canada 160 21 United kingdom 184 50 France 55 13 Japan 108 55 Germany 22 5 バナナ・リパブリック部門 USA 389 58 Canada 13 3 オールド・ネイビー部門 USA 666 177 合計 3676 731 出典:同社アニュアル・レポート 表6にあるように、出店意欲はきわめて旺盛である。2000年には731店も 出店した。2001年も、ギャップ部門は、国内200−300店舗、海外で10 0−120店舗、バナナ・リパブリック部門は40−60店舗、オールド・ネイビ ー部門は130−150店舗、合計で550ー630店舗を出店する予定で、依然 として旺盛な出店意欲は衰えていない。 表7 GAPの業績推移(最近10年間) 91 92 93 94 95 96 97 98 99 00 売上高 2518 2960 3295 3722 4395 5284 6507 9054 11635 13673 純利益 229 210 258 320 354 452 533 824 1127 877 店舗数   1216 1307 1370 1508 1680 1854 2130 2466 3018 3676 従業員数   32 39 44 55 60 66 81 111 140 166    注)売上高、純利益とも単位は、100万ドル     出典:同社アニュアル・レポート   同社の急成長は、売上高、純利益、店舗数、従業員数の急増に端的に示されてい る。 しかし、最近同社は失速していると伝えられる。 純利益を見ると、2000年になって8億7700万ドル(約1044億円)と ダウンしており、2001年10月現在、既存店売上げの減少が17カ月連続して いるので、2001年は赤字転落必至といわれている。 急成長による一時的な足踏みという見方もあるが、問題の根は深そうである。 3月末で3799店という大量出店によって希少性が薄れたこともあり、また、 商品政策のミスが重なったことも響いている。定番のカーキパンツが飽きられたと 判断して、若者層を狙ってファッション分野を強化したが、これが裏目に出て、主 力のベビー・ブーマーの離反を招いた。そこで定番に復帰したが、今度は若者の反 発を買ったといわれる。 不振を極めるオールド・ネイビーの店舗を訪問し、商品を見ると、明らかに素材 ・品質面に問題がある。センスはよいものの、いくら低年齢・低所得層を狙うにし ても、ここまで「安かろう悪かろう」では、この競争時代に取り残されるのは当然 である。 このため、同社は経営陣の強化を急いでいるが、有能な人材の流出が相次いでい る。商品政策面で度重なるミスが起こるのは、内部的に問題があることを窺わせる。 同社の例をみると、企業をよくするのも、悪くするのも、結局はひとであること がされているように思われる。 4 英国版GAP、ネクスト 次に、ユニクロが進出した英国で急成長をとげ、シンデレラ企業とも呼ばれてい るNEXTの歴史と業績推移を概観してみたい。 同社は、婦人服、紳士服、子供服、そしてホーム用品まで手がけているSPA企 業である。着やすい普段服を提供する英国版GAPとみることができる。 「ニュー・ベーシック、英国の伝統と気品を備え、シンプル&ナチュラル、そし てハイ・クオリティ」を標榜し、コーディネートできるのが支持されている理由で ある。以下、その歩みと過去10年の業績を概観する。 表8 NEXTの歩み 1964 紳士服店、J.Hepworth & Son 設立 1981 ケンダールの店を買収し、NEXTが発足 1982 NEXTの婦人服チェーンが70アイテムで発足 1984 紳士服を導入、52店。 エジンバラに、婦人服、新種服、靴と革製品を扱う ミニ百貨店をオープン 1985 インテリア用品を導入 紳士服店、130店突破 ロンドンに最初のフルラインストアがオープン 1986 親会社のJ.Hepworth & SonをNEXT plcに名称変更 通販会社のGrattan plcを買収 1987 子供服を導入 1988 NEXT DIRECTORY(通販)を導入。同部門のキャンペーンは ロイヤル・メイル・ダイレクト・マーケティングの金賞受賞 デイビット・ジョーンズが社長就任 1990 サニングデール・ウォルフソン卿が会長就任 1991 GrattanをOtto Versand社に売却 1993 通販も含むすべての商品ブランドをNEXTに統一 1994 300店突破 1995 NEXTホーム、再発足 Prima High Street Retailer賞受賞 Menswear/FHM賞受賞 コスモポリタン誌のBest High Street Shop賞受賞 1996 PrimaとFHMからHigh Street retailing Awards受賞 Menswear/FHM Retailer賞受賞 1998 サー・ブライアン・ピットマン、会長就任 Prima High Street Retailer賞受賞 Retail Week誌の Retailer of the Decade受賞 1999 Prima High Street Retailer賞受賞 オンライン・オーダーと双方向TVショッピングを開始 2000 NEXT通販、Home Beautiful magazineのメールオーダー マスター賞受賞 FHMとMenswear magazineのダブル受賞 NEXT通販、翌日配送を導入 出典:同社アニュアル・レポート 同社は、マス・マーケットのトップエンドを狙っており、デザインのよさと高品 質、そして、バリュー・フォー・マネーが売り物である。店舗のスクラップ&ビル ドに積極的に取り組んでおり、1000平方m程度のメガストアへの切り替えを急 いでいる。 さらに、一貫して通販部門の強化に力を入れており、最新設備を誇る3ケ所のコ ールセンターには4000人が働き、丁寧な応対と翌日配達を武器に、売り上げは 順調に伸びている。 海外では、直販ではなく、フランチャイズ・システムをとっている。34ケ国に 37のフランチャイジーをもち、ロンドンを中心に、英国内に320店舗、欧州諸 国、中近東、アジアに約30店舗を展開している。 わが国では、スポーツ用品・衣料品店チェーンのゼビオが加盟しており、自由が 丘、お台場、恵比寿・三越など首都圏に5店ある。そのほか仙台に2店、札幌に1 店ある。また、南町田のグランベリーモール内にアウトレットが1店ある。 表9 NEXTの業績推移(最近10年間) 92 93 94 95 96 97 98 99 00 01 売上高 462 485 544 653 774 947 1177 1239 1425 1588 税引後利益 11 37 64 81 106 118 137 124 140 157 注)売上高、税引後利益とも、単位は100万ポンド 1ポンドは、約170円 出典:同社アニュアル・レポート この10年間の業績推移をみると、売上高は、年々順調に伸びている。2001  年の売上高は、約2700億円、利益は約270億円となっている。   ユニクロがNEXTから学ぶものがあるとすれば、メガストアで、幅広い商品を  展示・販売することと、通販とをうまく組み合わせていることである。アナログ的  ではあるが、クリック&モルタルを実践しようとしている。 5  注目されるH&M   世界の小売業の時価総額で19位にランクされたスエーデンの衣料品専門店チェ  ーン、H&Mが注目されている。ニューヨークの5番街の中心にメガストアを出店  するなど、積極出店を続けており、2001年内に全米で56店舗になろうとして おり、ギャップのお株を奪う勢いがある。 H&Mは、いろいろな面で、ユニクロのよきお手本になりそうである。 2001年はじめに視察された流通コンサルタントの長原紀子氏によれば、GA Pやユニクロに代表されるベーシックファッションやカジュアル単品ファッション に対して、H&Mは、時代にあった商法を開発しているとして、以下のようにのべ ている。 1)少しトレンド寄りのニューベーシック・ファッションを扱う 2)大きいサイズやマタニティウエア、メンズ、レディス、子供、ファッション雑 貨まで品揃えが豊富でコーディネートされたスタイルを打ち出す。 3)バーゲンでは、もともと安い価格がさらに半値になる。例えば、トップスとボ トムスをコーディネートして買っても、40〜60ドルくらいで収まる。 4)トレンドだから高くても買うのではなく、「今しか着られないトレンド・ファ ッションは、安いものを買ってワンシーズン楽しめばよい」という消費者にア ッピールしている。 5)しかも、安いだけでなく、店内のビジュアル・プレゼンテーションも素敵で、 各所にあるマネキンで、アイディアのあるコーディネートファッションを見せ ているので、いい気持ちで買い物ができる。来店客数も多く、売上高はGAP の一店舗あたりよりも、30%(1億円)以上も高い。 6)毎年4億アイテムを売り、新製品は毎日店舗に配送されるなど、商品の市場投    入速度が早く、在庫回転率も他のアパレルの年間4回に対して8回転となって    いる。 次に、同社の歴史を概観してみよう。猛烈な勢いで商品ラインを増やし、海外 展開を行なうことで、急成長していることが分かる。 表10 H&Mの歩み 1947   アーリン・パーソン(Erling Persson)が、 スエーデンのヴァステラスにヘネス(Hennes)を創業 1964   ノルウエーに最初の海外出店 1968-70 メンズと子供服を導入 1974   株式上場 1975   化粧品販売を開始 1976   ティーンズ向けの衣服を導入 1978   ベビー服を導入 1980   ロウエル(Rowells)メールオーダーを買収 ドイツに進出 1982 息子のステファン(Stefan)がCEOに就任 1992    BiB (Big is Beautiful) を開始 1998    購買担当役員だった ファビアン・マンソン(Fabian Manssonが新CEOに就任 ステファン、会長に就任 スエーデンで、インターネット販売を開始 2000 オランダの子会社のCEOだった ロルフ・エリクソン(Rolf Eriksen)、新CEOに就任 出典:同社アニュアル・レポート 表11に、急ピッチでの世界展開の状況を示した。2000年現在、世界14ケ 国に682店舗をもっている。 2000年には、90店舗をオープンし、2001年には約100店舗をオープ ンする予定である。世界各国の店舗数と売上高は、以下の通りである。 表11 世界のH&M 国名 開業年 店舗数 売上高SEK --------------------------------------------------- Sweden 1947 115 5,255 Norway 1964 64 2,911 Denmark 1967 47 1,885 UK 1976 47 2,201 Switzerland 1978 41 2,480 Germany 1980 188 11,168 Netherlands 1989 54 2,405 Belgium 1992 34 1,447 Austria 1994 34 2,891 Luxembourg 1996 4 144 Finland 1997 14 932 France 1998 23 1,165 USA 2000 10 804 Spain 2000 7 187 注)1SEK(クローネ)は、約11円。 出典:同社アニュアル・レポート 業績も好調である。2000年の売上高は358億クローネ(約3945億円) 前年比9%増となっている。過去3年間の20%台の伸びこそとまったものの、営業 利益率の12.4%、経常利益の440億円というのは、見事な数字である。 わが国の小売業と比較すると、1位のセブンーイレブン・ジャパンの1471億  円、2位のファーストリテイリングの604億円に次ぐ高水準で、3位のイトーヨ  ーカ堂の420億円を上回っている。 表12 H&Mの業績推移(最近10年間) 91 92 93 94 95 96 97 98 99 00 売上高   7542 9537 11503 13522 14591 17212 21279 26649 32976 35876 前年比 % +14 +26 +21 +18 +8 +18 +24 +25 +24 +9 海外売上比% 53 58 67 70 73 76 79 82 84 85 営業利益率%10.7 12.9 13.8 15.1 12.6 12.6 13.5 14.8 16.4 12.4 経常利益 679 1095 1348 1693 1448 1905 2511 3468 4758 4003 純利益   392 651 823 1003 973 1331 1690 2286 3075 2552 国内店舗数  106 114 117 119 118 117 117 120 124 115 海外店舗数  154 177 207 236 276 326 373 430 489 567 合計    260 291 324 357 393 443 490 550 613 682 従業員数  6589 6923 7586 8837 9465 10469 12096 14101 17652 20680 注)売上高、経常利益、純利益とも百万SEK。1SEKは、約11円 出典:同社アニュアル・レポート  ここで、ユニクロと対比させることでH&Mの姿を明確にしてみよう。   同社の海外売上高比率は、実に85%に上る。海外展開を開始したばかりのユニ クロにとっては、いいお手本である。   また、スエーデンが本拠地であるために同社は、環境問題や人権に敏感である。 EUが反グローバリスム運動に一定の理解を示すようになった現在、ユニクロが進  出国のみならず、世界の株主や消費者の支持を得るためにも、この点については、  今後、おおいに留意すべきだろう。 表13 ユニクロとH&Mの対比 ユニクロ H&M ---------------------------------------------------------------- 本社所在地 日本・ 山口県 スエーデン・ストックホルム 売上高 2289億円 3945億円 経常利益 604億円   404億円 店舗数 433      682(うち海外567) 従業員数 1665人  20680人    業態 SPA SPA(*1)    調達先 中国90% 欧州50% 管理の重点  生産工程       環境・労働条件     商品  カジュアル・ウエア アパレル、化粧品 単品中心     コーディネート提案(*2) 海外販売比率 0%         85%    販売形態 直販 フランチャイズ制      標準店+小型店 標準店+メガストア(*3) 広告               広告倫理重視(*4) 組織風土 スーパー店長制度 全社員が毎週セールス部門で働く(*5) ここで、ユニクロが参考とすべき5項目(*印)について説明しておきたい。  1)SPAの課題克服     ユニクロは調達先を中国に集中しているが、H&Mは、自社企画の商品を欧    州、アジアの900もの納入業者に発注している。     このため、欧州に10ケ所、アジアなどに11ケ所、合計して世界中に21 の生産事務所をもっている。既製品は一切買わず、納入業者に対して厳しい品 質と納期を要求している。価格・品質・スピード面で激しい競争をさせ、より 高い要求水準を満たした業者とは、長期的な協力関係を結んでいる。 ここまでは、ユニクロとさして変わらないし、品質管理ではユニクロのほう    が徹底しているが、環境を危うくする化学物質や有害物質の使用禁止、労働条    件について厳しくモニターしている点は注目に値する。    同社は、ギャップのようにSPAと呼ばれることを喜ばない。それは、世界    中で搾取して回っているというイメージが急速にSPAという言葉につきはじ    めているからである。     同社は、アパレル産業について広い知識を持ち、それゆえ適切な市場から適    切な商品をきちんと買え、相手国と共存できる企業、進化したセレクト・ショ    ップと呼ばれたがっているように思われる。  2)コーディネート提案 H&Mのビジネス・コンセプトは、「ファッションと品質をベストプライス で」(Fashion and quality at the best price)にある。 ユニクロと違うのは、最新ファッションの提供に力を入れているところにあ る。ユニクロは流行に左右されやすいファッションを断念することによって、 衣料品を工業製品化し、単品中心の大量生産・販売体制を構築しようとしてい るが、H&Mは、あくまでも最新ファッションのコーディネート提案を目指し ている。 膨大なコレクションを創造するために、70人のパターン・デザイナーとバ イヤー集団をかかえている。最新のトレンドを把握するために、1年前から色 、素材、スタイルについて予想する。インスピレーションを得るために、スタ ッフは、世界中を旅行して、ストリート・トレンド、展示会、映画、新聞、各 種の見本市などから、素材、形、色の傾向を学んでいる。     ただし、最新とはいうものの、奇をてらった先端ファッションを追うわけで はない。あくまでも、顧客のライフ・スタイルにあった商品提案に力を入れて いるのである。  3)メガストア   H&Mは、店舗について確固たる哲学をもっている。   「H&Mで買い物をすることは、容易で、楽しい経験であるべき」という考 えに立って、店舗レイアウトや商品プレゼンテーションについて、絶えず新鮮 なアイディアを提供している。特色あるデザイン・コンセプトで分けているの で、お目当ての商品を見つけやすい。      同社によれば、「各店舗は、細部の細部までデザインされ、顧客は、欲しい 商品を快適に直観的に見つけることができる。陳列窓、商品のラベルから化粧 室のデザインまで情報をいかに分かりやすく伝達するかに注意を払っている」 という。 ニューヨークの五番街に出来たメガストアは、その頂点に立つもので、最良 の立地で、店舗水準も居並ぶ高級品店に見劣りしない。 この店舗では、巨大な吹き抜けが中心にあり、売り場は階層化されていて、 スケルトンのエスカレーターがハイテクでダイナミックな印象を与えている。 夏の終わりに訪問したが、秋物衣料が展示され、巧みに配置されたマネキン がコーディネートされたファッションを提案している。生活雑貨のコーナーも すぐ脇に配置されているので、「ついでに、この店で買っておこうか」という 気になる。そのうえ、安くて希望の品が一通り揃うのであるから、人気が出る ことは当然である。 H&Mに限らず、世界の最先端ショップでは、こうした「視線を誘う劇場」 の魔術を競いあう店舗設計のイノベーションが行われているのである。一度で も、こうした店舗で買い物体験をしてしまうと、わが国の百貨店、スーパーマ ーケットなどの売り場は、まるで前世紀の遺物のように見えてくる。  4)広告倫理重視     ユニクロの広告も高水準であるが、H&Mのそれは絶えず新鮮でアイディア に富んだものを目指している。新製品告知とブランド確立のために、世界14 ケ国で1年に約60の広告キャンペーンを実施している。すべての市場で同じ であるが、メディア・ミックスは、各地の状況に合わせて変えている。     特筆すべきは、詳細な広告倫理規約を作成していることで、広告に登場する モデルが、健康でアルコール中毒や麻薬中毒にかかっていないこと、摂食障害 に苦しんでいないことを要求している。子供服のモデルについては、社会の多 様性を反映させるために、異文化に属する子供たちを起用すること、撮影の際 には広告代理店任せでなく、常に同社の社員が立ち会うことも決めている。 このような細心の注意は、ブランド・イメージの構築は時間がかかるが、そ の崩壊は往々にして一瞬であることを知っているからに他ならない。  5)組織風土     H&Mは、創業時の精神を大事にしている。オープンドア、ダイレクト・コ ミュニケーション、短い意思決定径路、そして常識を重視する。マニュアルよ りも、価値が働きを決める。耐えざる改良やチームワークやコスト意識が社風 として定着している。 注目されるのは、創業者がセールスマンだったこともあって、3万人にも及 ぶ社員が毎週セールス部門で働くようにしていることである。顧客との会話は 記録され、本社に続々と送られる。 こうした仕組みを定着させることによって、顧客のライフ・スタイルの変化 を肌で感じることができる。これによって最新ファッションの提供というリス クの多いビジネスを防衛しているのである。     なお、トップ組織としては、会長、社長以下、財務、会計、投資家関係、海 外、デザイン、購買、品質&環境、マーケティング、広報、IT、物流、警備部 門にそれぞれ役員が配置されている。投資家関係、海外、デザイン、品質&環 境、マーケティング、広報、IT、そして警備部門がある。 同時多発テロ事件が起きてはじめて、その重要性がわかったが、この最後の 警備部門の充実も、今後、海外展開を進めるユニクロが学ばねばならない点の ひとつだろう。 6 INDITEXグループの活躍 いま、スペインは、欧州の繊維産地として、とみに注目を集めている。国内各地 にニットの産地が点在している。そのスペインのアパレル業界での最大企業が、H &Mと並んで注目されているINDITEXグループである。 なかでも、若い女性対象とする婦人衣料部門のザラ(ZARA)が最も注目され ている。   LVMHのダニエル・ピエット取締役は、ZARAについて、「世界で最も革新  的で、最も驚異的な小売業者」と賞賛している。英国のタイムズ誌も、8月に「世  界のファッション界を率いるダイナミックな人物」ベスト25のトップに、ZAR  Aの創業者でCEOのオルテガとCOOのカステリャーノをあげている。   ファーストリテイリングの柳井社長も、2001年8月の中間決算説明会の席上  つぎのように触れている。   「ロンドンでのユニクロのオープンは大きな反響を呼びました。東京の原宿店オ ープン以上の衝撃を与えたと思います。英国の主要なメディアすべてから取材され 、その評価は非常に高いものでした。例えば、マネジメント・ホリゾン・ヨーロッ パ会長のEdward Whitefield氏が9月1日発行のDrapers Record誌で最高の賞賛を しています。   ”50年代にはマークス&スペンサーが、60年代にはベネトンが、そして90 年代にはザラが小売業界に改革をもたらしたように、今後10年間はユニクロのビ ジネスモデル、つまりは消費者の要望をダイレクトに聞き、企画、生産、物流、販 売まで、すべてを一貫してコントロールするビジネスモデルがイノベーションをも たらすだろう”ということです」   この引用文においては、ザラは小売業界に改革をもたらしたが、それは90年代  のことで、ユニクロこそ21世紀モデルであるとなっているが、この記述は、若干  割り引いて見る必要がある。   同グループの創業者は、アマンチョ・オルテガ(Amancio Ortega)である。 その素顔はあまり知られていないが、スペインのラコルニヤで生まれ、父親は鉄 道員で、母親は家政婦だったといわれる。13歳で地元のシャツ縫製店で下働きを はじめた。この地は、イベリア半島の繊維産業の中心地であったので、かれは広範 な知識を得ることができ、いつしか生地が商品になるまでのプロセスを合理化し、 スピードアップすることによって、価格を引き下げ、最新モードを顧客に届けるこ とができるのではないかと考えはじめたようである。   その歴史は、以下のようである。       表14 INDITEXグループの歩み    1963 創業者のオルテガ、ラコルニャでビジネス活動を開始     1975 ラコルニャにZARAの1号店をオープン    1976 ZARAのオーナー会社、GOASAMを設立    1985 INDITEX)を設立    1988 ポルトガルのオポルトにZARAの初の海外店をオープン    1989 ニューヨークに出店    1990 パリに出店    1991 プル&ベア(PULL&BEAR)チェーン誕生        マッシモ・ドゥッティ(MSSIMO DUTTI)グループの株65%を取得    1992 メキシコに出店    1993 ギリシャに出店    1994 ベルギーとスエーデンに出店    1995 マッシモ・ドゥッティの株の100%を取得        マルタとキプロスに出店    1997 ノルウェーとイスラエルに出店    1998 ベルシカ(BERSIKA)チェーン誕生        アルゼンチン、日本、英国、ヴェネゼラ、レバノン、 アラブ首長国連邦、クエート、中国、トルコに出店    1999 ベルシカのメガストアをバルセロナにオープン       ストラディバリウスを買収し、5番目のチェーン誕生        ザラに香水・化粧品を追加        オランダ、ドイツ、ポーランド、サウジアラビア、バーマン、カナダ、        ブラジル、チリ、ウルグァイに出店           2000 1001番目の店をロンドンにオープン        ラコルニャに新本社屋を建設 バルセロナにマッシモ・ドゥティとベルシカの本社屋を建設        ラコルニャにindupunt生産センターを建設        スペインの4市場で株式公開       (マドリッド、バルセロナ、ビルバオ、ヴァレンシア)        創業25周年        オーストリア、デンマーク、オタール、アンドラに出店    2001 ヴァレンシア地方に国際ロジスティック・センターを建設        本社に税務部門と社会責任部門を設置        6番目のチェーンとしてランジェリーを扱うオイショ(Oysho)誕生 ラコルニャにプル&ベアの新本社屋と配送センターを建設        バルセロナにストラディバリウスの新本社屋と配送センターを建設        出典:同社アニュアル・レポート   同グループの歩みをみると、M&Aも含めて猛烈な勢いでの多角化しており、ま  た、急速に海外に展開している。それに対応した配送センターの拡充も目立つ。   ここで、傘下のブランドについてみておこう。   顧客層をきめこまかくセグメントしており、最新ファッションを軸に戦略的に、  ターゲットを定め、そこでのマーケット・リーダーとなろうとしている。 組織面でのイノベーションにも注目したい。 各事業部門の責任者が自由に意思決定し、人材の採用も独自にできるようにして いる。これが、急成長の秘密である。わが国でも、事業部制やカンパニー制をとっ て同様のことを試みているが、多くの場合、それは形だけであって、機能していな い。外部の優秀な人材の発掘までは、任せていないからである。 また、同社では、各事業部門がそれぞれ専門部署を抱えるのはコスト高になるの で、本社に拡張、不動産、海外、ロジスティクス、原材料、製造工場といった支援 部門(Business suport areas)を置いている。キーになる責任者の任命は、当然、 会長やCOOの権限ではあるが、指名委員会(Remuneration and Nomination Committee)が置かれ、民主的な手続きで行なわれるようにしている。 これも巨大化にともない、往々にして創業者がワンマン化するのを防ぐ賢い措置 である。        表15 INDITEXグループ傘下のブランド   ブランド名     店舗数 特徴と顧客層   ------------------------------------------------------------------- ザラ         467 GAPに対抗。おしゃれな25〜35歳   マッシモ・ドゥッティ 207  ザラを卒業した人向け。価格帯もワンランク上   ブル&ベア 238  トレンドに敏感で都会派の大学生   ストラディバリウス 114  ザラ予備軍の10代後半の女性向け   ベルシカ 127  安くてクール。12歳以上の女の子   オイショ        10  ランジェリー、男性用の下着、水着        出典:NEWSWEEK 2001.10.10号   同グループの業績は、過去3年分しか公開されていないが、好調である。   2000年の売上高は、 2614.7百万ユーロ(約2800億円)前年比28%と、  急増している。営業利益率の19.9%、経常利益の 366.2百万ユーロ(約353億  円)は、見事な数字である。    表16 INDITEXグループの業績推移(最近3年間) 1998 1999 2000 売上高(VAT除く) 1614.7 2035.1 2614.7 前年比 % +12 +28 海外売上比率 % 46 48 52 営業利益率 %    20.2 20.2 19.9 経常利益 235.8 290.6 366.2 純利益       153.1 204.8 259.2 国内店舗数      489 603 692 海外店舗数        259 319 388 合計       748 922 1080 従業員数 - - 24000 注)売上高、経常利益、純利益とも百万EURO。1EUROは、約107円 出典:同社アニュアル・レポート これだけの急成長を可能としているのは、同グループが提供する価値、つまり、  最新のファッション、丁寧な接客によって顧客ニーズを満足させる(satisfy the  needs of our customers with the latest in fashion, the finest design and  the most attentive service)を実現しているからである。 同グループが、小売業界にもたらした革命は、GAPをはじめとする他のSPA 企業が、労働コストの安いアジアや中南米地域になだれを打ってシフトしていくな  かで、地元のスペインとポルトガルから離れず、労賃の削減よりも、商品戦略や在  庫調整の柔軟さを重視し、それが高収益につながることを立証したところにある。   表17は、同グループのデザインから出荷までのスピードがライバル企業よりも  ケタ違いに早いことを示している。           表17 3社のスピード比較        製造拠点 デザインから 売れ残りの在庫             出荷までの所要期間  (シーズン終了時)利益率 売上げ    ZARA 欧州80%  2〜5週間    15〜20% 14.9% 26億$*    GAP 17%   6カ月 20〜30 10.6 137    H&M 50%   6〜8カ月    25 12.4 30 *インディテックス・グループ全体の数字 出典:NEWSWEEK 2001.10.10号   これは、グローバリゼーションの波に乗って、開発途上国で生産を開始したもの  の、世界中で激しい抵抗に出会っているSPA企業にとって、衝撃的ともいえる事  実である。 生産国と消費地を限りなく近づけることによって、消費者に衣服をあたかも生鮮 食品のような新鮮さで、届けることが可能になる。これは、まったく新しいビジネ スモデルである。消費者は当然大歓迎であるので、同グループに倣って収益をあげ ようとする企業が、今後は世界中で輩出してくることが予想される。   また、同グループの活動で注目したいのが、最新ファッションへの努力である。 これまで最新ファッションといえば、パリ、ミラノ、ロンドン、ニューヨークの ショウでお披露目されて、オートクチュールが特別の顧客のために誂えるのが普通 だった。あるいは、高級ブランドとして、ジョルジョ・アルマーニやルイ・ヴィト ンの店で購入するものと決まっていた。   ところが、同グループには、最新ファッションに力を注いでいるH&Mの70人 をはるかに上回る200人ものデザイナーがいる。 かれらは、世界各地のショーを見学にいき、その場でスケッチをし、またデジカ メに撮って、本社のデザイナーに送る。世界中の店舗からの情報、その他の映画や 音楽シーンでの最新映像を勘案して、デザイナーたちは、次々にデザインし、型紙 を起こし、布を裁断していく。縫製は、本社のあるラコルニャ周辺の400の工場 でなされ、完成した服は直ちに配送センターに送られて世界中に出荷される。欧州 各国へは、トラックで、またそれ以外の国へは、航空便で送られる。 配送頻度は週2回で、必要な分しか送らないので、小売店には倉庫がいらない。 人気のなくなった商品の生産はすぐ中止するので、廃棄ロスも発生しない。また 宣伝費もほとんどかけないので、管理コストは、きわめて低くてすむ。   ROEは、25%と驚異的な水準である。 同グループは、2001年5月23日にようやく上場した。時価総額は、約1兆 2277億円に達し、GAPの2兆5323億円、H&Mの1兆5447億円には 及ばないが、ウォール街の評価は、すでにGAPやH&Mを上回っている。 わが国にもすでに進出している。   98年8月オープンの渋谷店は、1階が婦人服、2階が紳士服、3階が子供服と 充実した内容となっている。日本でも、値札には世界各国の国旗と現地通貨が表示 されていて興味深い。しかし、提携先がわが国有数のビギグループであるのに、売 り場面積1000平方m以上のメガストアしか出店しないという方針を取っている ために、4店舗どまりというのはさびしい。 7 グローバル・リテイラー、LVMH ユニクロのお手本として、最後に検討するのは、LVMHである。  同社の2000年の売上高は115億8100万ユーロ(約1兆2391億円)  経常利益は19億5900万ユーロ(約2086億円)の巨大企業である。 西欧流の洗練された「生活芸術 art de vivre」の普及を目指し、ラクジュアリ ーブランドのほとんどの分野でNO.1となった同社の創業は150年前に遡る。 当時、皇帝・ナポレオン3世は、景気刺激のために奢侈品産業を奨励していた。   チュイルリー宮殿で毎週パーティを開き、皇后ウージェニーのために、イギリス  人、チャールズ・フレデリック・ワースにワードローブを作らせた。その華やかな  レスがひとびとの憧れの的になり、流行という概念が生まれたといわれる。   ルイ・ヴィトンは、皇后のドレスを納める木箱商人として寵愛を受け、1854  年に御用商人のお墨つきをもらった。それが同社の発展のはじまりである。       表18 LVMHの歩み   (第1期:手作り革製品)   1854 ルイ・ヴィトン社の創設   1859 アトリエをアニエールに設立   1868 熱帯諸国向けの亜鉛製のトランクを製作   1872 ベージュ地に赤の縞模様の「レイエ・キャンバス」を発表   1880 2代目、ジョルジュが社長就任   1888 「ダミエ・キャンバス」を発表   1892 ルイ・ヴィトン逝去   (第2期:バッグの大量生産)   1896 「モノグラム・キャンバス」が大成功   1897 自動車用トランクを考案   1936 ジョルジュ逝去   (第3期:近代経営への脱皮)   1977 ラカミエが社長就任   1978 日本支社を設立   1981 ルイ・ヴィトンジャパン設立   1983 アメリカズ・カップへの挑戦艇を決めるレース、      ルイ・ヴィトン・カップがスタート   1984 破産したアガシュ・ウィロー・グループを買収     (傘下に、クリスチャン・ディオール)    1985 「エピ ・ライン」誕生   1986 クリスチャン・ラクロアに出資   1987 モエ・ヘネシーと合併し、LVMH社誕生   1988 ジバンシーを買収      クリスチャン・ディオールの香水が大ヒット   (第4期:コングロマリット化)   1989 ベルナール・アルノーが会長就任      旗艦店をパリのモンテーニュ通りにオープン   1990 豪州とニュージーランドのワイナリーを買収   1991 ポメリー(ワイン・スピリッツ)を買収   1992 フランス中央部にルイ・ヴィトンの新工場建設   1993 クリスチャン・ラクロア、ケンゾー、ベルルッテイを買収     「タルガ・ライン」誕生   1994 香水の名門企業、ゲランを買収      「レディ・ディオール」のバッグがヒット   1995 フレッド(宝飾時計)を買収   1996 セリーヌとロエベを買収    モノグラム・キャンバス誕生100周年   1997 免税品店、DFSを買収      セフォラを買収   1998 モードに参入し、デザイナーに気鋭のマーク・ジェイコブスらを起用   1999 プラダと共同で、フェンディを買収      グッチ・グループの買収に動き、34%を取得      ジョルジョ・アルマーニに提携を提案し、断られる      化粧品分野で買収攻勢     (ベネフィット、プリス、メークアップ・フォーエバー、      ハードキャンディ)      時計宝飾分野で買収攻勢      (タグ・ホイヤー、エベル、ショーメ、ゼニス)      ワイン・スピリッツ分野で買収攻勢     (シャトー・ディケム、クリュッグ)   2000 エミリオ・ブッチを買収      化粧品分野で買収攻勢つづく     (アーバン・ケイティ、フレッシュ)      オマス(筆記具)を買収し、時計宝飾部門を強化      2000年度決算発表      売上高115億8100万ユーロ(35.5%増)、営業利益も26.6%増      東京・銀座に最大級の店舗をオープン   2001 ダナ・キャランを買収      ダイヤ原石トップのデ・ビアス(De Beers)と販売提携      グッチ買収を断念      フェンディの株51%を所有      出典:同社アニュアル・レポートなどから筆者作成  ここで、同社の発展段階を整理してみよう。   第1期は、初代ルイ・ヴィトンによる手作りの革製旅行鞄の時代である。   丈夫で、頑丈で機能的なので、貴族や王侯貴族をはじめ、上流社会の人々に評判  になった。 第2期の20世紀になると、T型フォードの大量生産が引き金になって、大量生  産の時代がはじまった。同社は果敢にその流行に乗った。素材を革から雨にも強い  キャンパス布地に変え、大量生産を可能とした。ニ代目のジョルジョ・ヴィトンが  模造品が作りにくいように、日本の家紋をヒントに、L、Vと花と星を組み合わせ  た模様を考案した。これがかの有名なモノグラムである。 第3期は、近代経営への転換期である。   アメリカや日本などで大衆市場が誕生しつつあった。   この時代の流れをいちはやくみぬいたのが、ココ・シャネルである。   彼女は、それまでの長いドレスを引きずった貴婦人のスタイルを捨てて、シンプ  ルで活動的なファッションを発明した。それは、ルイ・ヴィトンに代表される本物  至上主義への強烈なアンチテーゼであり、アメリカ人に熱狂的に歓迎された。   ルイ・ヴィトンは、破産したクリスチャン・ディオールを買収し、シャネルの成  功を模倣しようと努めた。   ライバルはシャネルだけではなかった。 フランスのファッション業界が、安易なライセンス供与で評判を落とし、また香  水など儲かる部門に血道をあげている間に、イタリア勢がコモ湖地方の繊維産業に  近いミラノをベースに、巧みなマーケティングで巨大なアメリカ市場を席巻しはじ  めていたからである。   とくに、ジョルジオ・アルマーニの活躍がめざましかった。   かれは、1983年のハリウッド映画「アメリカン・ジゴロ」で、人気俳優のリ  チャード・ギアにそのスーツを着せ、一躍、大衆の注目の的となった。ハリウッド  スターや有名人、ウォール街のひとびと、キャリア・ウーマン、みんながアルマー  ニ・フアンになったといわれる。素材がよく、カッティングも見事、美しいシルエ  ットで、着やすく、誰が着ても引きたち、仕事場からそのままパーティ会場に直行  できたからである。   87年のルイ・ヴィトンとモエ・ヘネシーの合併は、フランス資本が結集して、  その伝統文化を守り抜こういう決意の現れでもあった。 第4期は、ベルナール・アルノーの時代である。   彼は、国境を超えたM&Aを駆使して、高級品ブランド帝国をつくりあげていっ  た。わが国では、M&Aは特別な出来事であるが、欧米では、株価維持のためにも  不可欠で、日常茶飯事となっていることも、その背景にある。 アルノーは、1949年、北フランスに生まれ、名門エコール・ポリテクニーク  で、数学を学んだ後、アメリカに渡って、アメリカ式経営を身につけた。 彼の経営哲学は明快である。   1)ファッションの時代は終わった。利幅が大きい高級品分野に進出する。  2)利潤をあげるには、国境という概念は邪魔になる。  3)スピード経営が重要である。 こうして、ルイ・ヴィトン、ロエベ、セリーヌ、クリスチャン・ディオール、ジ  バンシィ、ケンゾー、クリスチャン・ラクロワ、フレッド、セフォラといった有名  ブランドを短期間に次々に買収し、その傘下に収めていったのである。 表19の部門別の業績推移をみれば、M&Aによる企業内容の変化は歴然として いる。2000年でみると、ワイン・スピリッツ部門が20%、衣料・革製品が2 8%、香水・化粧品が18%、小売が28%、時計・宝飾が5%、その他1%とな っている。   LVMHといえば、衣料・革製品の会社という印象があり、経常利益ベースでは 依然60%を占めているが、売上高ベースでみれば、その比率は1996年の33 %から、2000年には28%まで低下している。 また、売上高に占める海外売上高の比率をみると、実に85%にも達しており、  アルノーのいうように、「利潤をあげるには、国境という概念は邪魔になる」ので ある。 表19 LVMHの業績推移(最近5年間) 1996 1997 1998 1999 2000 売上高     4748 7323 6936 8547 11581  ワイン・スピリッツ  1722 1896 1919 2240 2336     衣料・革製品 1591 1837 1797 2295 3202     香水・化粧品 1366 1406 1369 1703 2072     小売 - 2170 1799 2162 3287     時計・宝飾 - - 32 135 614     その他 69 14 20 12 70 海外売上比率 % 84 87 81 80 85    経常利益 1070 1269 1184 1547 1959 純利益 561 690 267 693 722 店舗数 ー ー 828 1005 1286 従業員数 20644 32348 33057 38282 47420 注)売上高、経常利益、純利益とも単位は百万EURO。1EUROは約107円 出典:同社アニュアル・レポート  次に、同社の国際展開の進め方について、日本法人を例にとってみてみたい。 ユニクロは、最近ようやく英国を皮切りに国際展開をはじめたばかりであるが、 すでに、いくつかのトラブルに見舞われている。LVMHの例は、現地法人の活用 法として、よいお手本になると思われる。   LVMHの日本法人の売上高が全体に占める割合は、15%。日本は重要な市場 である。現在、147店舗もある。日本法人の経常利益率は、表3で見たように、 セブンーイレブンの42.4%、ファーストリテイリングの26.4%に次ぐ、25.6%の高 水準となっている。   設立は1978年と、きわめて早かった。近年、バブル崩壊によって、地価下落 に拍車がかかり、外資の日本進出が加速しているが、表20にまとめたように、最 先発だったのである。 表20 日本に進出したファッション関連小売業 進出年度 企業名 国名 分野 1978 ルイ・ヴィトン 仏 革製品 1988 ローラ・アシュレイ 英 婦人衣料・ファブリック タルボット 米 婦人衣料 1990 ザ・ボディショップ 英 化粧品 1992 L.L.ビーン 米 アウトドア衣料・グッズ 1993 エディバウアー 米 アウトドア衣料・グッズ ナイキ 米 スポーツ用品 1994 ランズエンド 米 カジュアル・ウェア 1995 タイラック 米 ネクタイ GAP 米 カジュアル・ウェア ティンバーランド 米 アウトドア衣料・グッズ 1996 ネクスト 英 婦人衣料 1998 オアシスストア 米 婦人衣料 ザラ スペイン 総合衣料 1999 セフォラ 仏 化粧品専門店 次に、わが国における海外高級ブランドにおける同社の位置づけをみてみよう。 表21 海外高級ブランド日本法人申告所得ランキング 申告所得 前期比伸び率 1 ルイ・ヴィトンジャパン 256億円 20.3% 2 カルティエ 58 ▼ 3.2 3 エルメスジャポン 50 ▼34.1 4 ティファニー 38 21.1 5 グッチジャパン 36 83.7 6 ジョルジオアルマーニジャパン 18 27.1 7 シャネル 15 ▼ 9.3 8 ブルック・ブラザース 13 ▼ 2.7 9 ブルガリ・ジャパン 11 53.7 10 プラダジャパン 10 311.0 出典:週刊東洋経済 2001.8.25号 一見はなやかな海外高級ブランド市場は、その実、縮小傾向にある。   矢野経済研究所の試算によると、2000年の高級衣料品・服飾雑貨輸入市場は  前年比9.9%減の1兆2137億円となっている。 その限られたパイを争うなかで、海外高級ブランドにも、優劣の差がついてきて  いる。10年前には、エルメス、シャネル、プラダ、グッチの5大ブランドが売り  上げ300億円程度で並んでいたが、現在では、表21にみるように、ルイヴィト  ン・ジャパンが群を抜いている。 3位のエルメスは、職人芸を売り物にしてきたために34.1%減となっているが、 総売り上げの4分の1を占める日本市場に注力すべく銀座に店舗面積1150平方  mの日本最大の店舗を6月末にオープンし、連日の行列で話題を呼んでいる。紳士  ・婦人ファッション、スカーフ、皮製品、馬具などを地下1階から地上4階までの  各フロアに展開している。今後は、衣料品にも本格進出しようとしている。 5位のグッチは、LVMHとPRRのグッチ争奪戦が決着したこともあり、銀座  や原宿をはじめ、今年中に22店をオープンし、店舗数を75店とする。傘下にあ  るイブ・サンローランや高級靴セルジオ・ロッシに加えて新ブランドも投入しよう  としている。2001年1月期の売上高は約402億円(前年比33%増)と好調  である。7位のシャネルは元気がなく、9.3% のダウンとなっている。10位のプ ラダは巻き返しを図って、青山にメガストアの出店を計画している。   このように、ルイヴィトン・ジャパンの成功は、一日にして成ったのではない。 いち早く進出し、努力を積み重ねて、企業価値を増加させてきた。いくつかの面 では、LVMH本社が築きあげてきた以上の価値を現地法人が付加しているのであ る。これが、グローバル・リテイラーのすごさでもある。 成功した理由としては、大きくわけて3つの要因がある。 1)人材活用面でのイノベーション イ)日本人社長の起用 米国大手会計事務所ピート・マーウィックの東京事務所のパートナーとして 日本市場進出の提案をした秦郷次郎が、ビジネス展開を任される。これによっ てわが国の実情を知り、本社に物もいえる経営者が存在することで、現地事情 を無視して失敗する他の多くの外資の轍を踏まずにすんだのである。 ロ)異業種からの有能な人材採用 秦のキャリア自体が、従来の輸入品のように商社の繊維部門や百貨店の出身 者とは異なっていた。秦のもとには、異業種のビジネス・エリートが集まって きている。MBAの取得者、名門企業からの転職者、有能なキャリア・ウーマ ンも多い。 こうして、同社は、まず人材面を整えたうえで、以下のように、マイナス面を 解消したうえで、イノベーションに着実に取り組んでいったのである。 2)マイナス面の解消 世界企業の一員になるには、日本的商慣行からの決別が先決である。そこで 同社は業界に先駆けて、改善に乗り出した。 イ)専売制への移行 ルイヴィトン・ジャパンは、それまで各百貨店が、それぞれパリから仕入れ ていたのを、すべて日本法人経由に改めた。これによって、店舗内装、店員の 制服の統一など、ブランド・イメージ維持が可能になった。 また、輸入専業問屋や商社を排除したために、安易なライセンスビジネスか ら決別することができたのも、ブランド価値を守るのに効果的だった。 ロ)適正価格の実現 この業界では、いまでも大きな内外価格差があたりまえになっている。しか し、同社は、これまで定価の3、4倍で売られていたのを、約1.4倍以内に 収めた。為替変動制も採用した。これによって、個人客が安心して来店できる ようになった。 3)イノベーションへの取り組み 消費者は、気軽に、価格、品質、デザインなどの面で高水準なものを要求する が、企業がそれに対応するのは容易ではない。やはり真正面からその要求に応え 改革を積み重ねていくことが重要である。 イ)男性市場の開拓     LVMHの顧客は、25〜35歳の女性が中心である。若い女性が、背伸び    すれば手のとどく5万円台の商品ラインの品揃えを強化しているためである。     今後の課題は、40〜50歳の男性市場の開拓である。そこで同社は、地味    でシンプルなビジネス仕様を開発し、広告宣伝を強化している。 ロ)SCMの導入      日本でのルイ・ヴィトンの保有者は、10代以上の女性の36%、ヴィトン 人口は3600万人と推計される。もはや「高級品というより高価な日用品」 になっている。したがって、大量需要に対して欠品を起こしてはならない。 何カ月待ちがブランドのステータスを示す段階はもはや終わっている。これま でのように月1回の発注から週数回での発注納品体制へ移行する必要がある。 このため、同社は、倉庫の手当てやバックヤードの整備をはじめている。   ハ)メガストアの展開と店舗の標準化     2000年3月には、東京・銀座の百貨店、松屋の1階に国内最大の店舗を オープンし、評判になった。つづいて、現在、東京・原宿に世界最大級の店舗 建設に着手している。2002年8月末にオープンする予定で、地上8階、地 下2階、延べ面積3263平方mと、世界最大級のメガストアになる。これに あわせて、全国に展開する店舗を100平方m、130平方m、230平方m の3タイプに標準化しようとしている。 また、クリスチャン・ディオールのような老舗ブランドを活性化するため、 売り場を全面改装して、基調色を従来の青から白と金を主にしたものに変え、 商品を手にとりやすいオープン型にしている。 ニ)接客レベルの向上     LVMHは、M&A攻勢によって、本来の衣料品・革製品部門以外の部門を 猛烈な勢いで強化している。そのためには、時計・宝飾部門など新しい商品を 扱う人材の確保と教育訓練が急務になる。      また、店舗改革に歩調をあわせて、百貨店の社員を自社社員に切り替えてお り、すでに46店中30店を完了した。このため、2002年、2003年度 は、新卒を従来の2倍の200人採用する。そして、徹底的なロールプレイン グによって、商品知識や接客能力の向上を図る。これによって、販売力を底あ げし、ブームが去ったあとの販売低下に歯止めをかけようとしている。ここで も、先を読んだ周到さが光っている。 ホ)修理サービスの強化     同社の秦社長は、アナリストだったので、冷静にファッションが人気商売の 脆弱さをもっていることを見抜き、流行に流されない耐久性や品質を重視する ため、リペア・サービスを強化し、ブランド価値の向上を図っている。 以上、LVMHは、アルノー以降、グローバル・リテイラーへの道をまっしぐら に走っている。そして、本社はもとより、現地法人でも、さまざまな価値の創造を 試みている。これが同社のDNAとなっているのである。 8 価値創造モデルの試み 以上、概略見てきたように、世界を見渡すと、GAP、NEXT、H&M、IN DITEXグループといったSPA企業、そしてSPAではないが、LVMHのよ うに、ユニクロがお手本とすべき企業がいくつも存在し、価値創造に向けて、ひた 走っていることが分かる。 グローバル化時代になって、消費者は世界中のさまざまな業態の店舗で買い物を するようになった。また、現地に行かなくても、情報が世界から飛び込んでくる。  いまや、小売業が地場産業である時代は去って、消費者はグローバルなプレイヤ ーが競って提供する価値の優劣を判断して、購買行動をするようになっている。   蔦川敬亮が「クロス・バリュー・ショッピング」と名づけているように、先週、  ユニクロで買い物をしたひとが、今週はルイ・ヴィトンで買い物をし、来週は、デ  ィズニーランドや高級ホテルに出かけ、その優れたサービスを体験し、小売業のそ  れと比べるようになっている。 こうした買い物体験の蓄積、そしてネットやケイタイを流れる情報も加わって、 これまでのように商品価値だけではなく、サービスも含めたトータルなブランド価 値の優劣が購買を決定するようになってきている。 ユニクロが提供する価値は、従来のわが国小売業の提供する価値よりも、価格、 品質、納期において断然優れているかも知れない。「安かろう、悪かろう」ではな く、「安くてよい品」を実現したユニクロの努力は多としても、時代は、それだけ ではない、プラス・アルファを求めるようになっている。 ユニクロといえども、獲得した価値のうえに、いつまでも安住できない状況が出 現している。絶えざる価値の創造が必要である。   ここで、これまで学んできた世界の優れた企業の活動を、価値創造という面から  要約してみよう。   GAPは、SPAという画期的な方式を創造し、グローバル・リテイラーへの道  を開拓した。NEXTは、GAPを追従しながらも、幅広い商品を展示・販売する  ことと、通販とをうまく組み合わせる方式を開発した。   H&Mは、コーディネート提案を安価に実現し、それを最先端の店舗で売る方式  を開発した。INDITEXグループは、ファッション性あふれるデザインや新鮮 さでイノベーションを行った。   LVMHは、M&Aを駆使して国境を超えたスピード経営を行い、接客水準やア  フターサービスの徹底を通じて、確固たるブランド力を創造した。  このように、いまやグローバル・リテイラーが価値創造を競いあう時代が到来し ている。 企業が顧客に提示する価値水準は、例えば、表22に示すような組合わせとして 表すことができるだろう。そして、時間の経過につれて、価値は複合化し、その水 準は高度化していくように思われる。 表22 価値水準の複合化・高度化 1 価格+品質   2 価格+品質+品揃え 3 価格+品質+品揃え+デザイン   4 価格+品質+品揃え+デザイン+新鮮さ 5 価格+品質+品揃え+デザイン+新鮮さ+店舗 6 価格+品質+品揃え+デザイン+新鮮さ+店舗+接客   7 価格+品質+品揃え+デザイン+新鮮さ+店舗+接客+サービス   横軸に時間(T)をとり、縦軸に価値(V)をとり、グラフに表わすと、図1の  ようになる。価値水準は時間(T)がたつにつれて、上昇していく。 図1 価値水準の上昇 V | | v/ | / | / |/  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ T しかし、グローバル化に伴い、政治・経済の不安定化、技術革新や新たな競争相 手の相次ぐ出現といったことによってI.アンゾフのいうように乱気流水準が高く なる傾向がある。企業の前途に待ち伏せ要因が次々とあらわれてくるのである。 図2に示したように、本来は、価値水準が順調に上昇していくはずが、こうした 乱気流時代にあっては、価値水準は反対に (w1、w2、w3,,,)になりがちであ る。一旦獲得した価値水準を維持しようとしても、急速に価値が減少していく可能 性が高くなっている。 図2 価値水準の低減傾向 V | | \ \ \ | \w1 \w2 \w3 | \ \ \ | \ \ \  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ T   これまで、日本の小売業は、右肩上がりの恵まれた環境のなかで単純な方法に固 執することで価値水準の増加に成功してきた。それは、商品ラインの拡大(a)であ り、店舗数の増大(b)であった。これをグラフに示すと、図3になる。 図3 価値の追求 V | b / | a/\/ |/\/  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ T しかも、そのほとんどは、先行した成功企業の模倣(a2、b2)であった。これ をグラフに示すと、図4のようになる。 図4 模倣による価値の追求 V | 2 / b2/ | a /\/ a2/\/ |/\/ /\/  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ T ユニクロも、同様である。GAPの創造したSPAを模倣した。多くの日本の小売 業と同様に商品ライン拡大と店舗数増加によって成長してきた。 しかし、ユニクロが他社とちがうのは、SPAをより徹底し、洗練されたものとし たことであり、その結果、国内で圧倒的ともいえる成功を収め、その余勢を駆って、 さらなる成長をするために、海外進出しようとしている。国内で飽和状態に近づいた 店舗数を海外に進出することで増加させるのが狙いである。   GAPが世界5ケ国、NEXTは34ケ国、H&Mが14ケ国、INDITEX  グループが31ケ国、そしてLVMHが41ケ国に進出していることを考えれば、  この意思決定は、むしろ遅いようにも思われる。 なぜならば、国境を超えることで、市場規模は拡大する効果が出てくるし、また、 世界中の人的・文化的資源を活用することによって、価値水準の上昇が期待できるか らである。むしろ、後者の効果のほうが大きいかもしれない。図5にみるように、 (v1)から(v2)への切り替え効果が出てくる。 図5 グローバル化効果による価値水準の上昇 V | v2 / | / v1/ | / / | / / |//  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ T   この海外進出の効果は、図6において(c)で示すことができる。 図6 価値のさらなる追求 v | c / | / | b/\/ | a/\/ |/\/  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ T   しかし、われわれは、すでにヤオハンのように果敢に海外に進出し、急成長をと  げながらも、撤退した小売業を身近に見ている。図7のように、待ち伏せ要因の出  現によって、急激に価値が減少してしまう。国内での店舗増と海外での店舗増とで は、待ち伏せ要因のレベルがまったく違うことに気付かなかったか、あるいは、気 付いていても有効に対応できなかったのである。 図7 待ち伏せ要因の出現 v | c /\ | / \w | b /\/ \ |a/\/  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ T   このため、日本の多くの企業は、とくにバブル崩壊以降、待ち伏せ要因の脅威の  前に萎縮しているように思われる。待ち伏せ要因を予見することは、必要なことで  あるが、その正体も見極めることも、挑戦することもなく、自ら先に身を縮めてい  るように思われる。この萎縮(d)をグラフに示すと、図8になる。             図8 待ち伏せ要因への萎縮 v | | \ | b /\d \w | a/\/ \ \ | /\/  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ T そうした企業が多いなかで、ユニクロの勇気ある行動は賞賛に価する。しかし、 海外進出による店舗数の増加は、国内における店舗数増加とは当然異なる。もちろ ん、国内においても、無闇に店舗拡大を行なうならば、店舗の荒廃という待ち伏せ 要因に出会う。しかし、海外においては、質量ともに国内を上回る待ち伏せ要因が 現れてくるのである。   それは、一体、どのようなものだろうか。   ニ神康郎は、21世紀に入って西欧諸国において本格的なグローバル・チェーン  が誕生しはじめていると指摘し、LVMHなどを例にとって、その5つの特徴をあ  げている。   1)世界の4大陸以上に進出している   2)世界20ケ以上に店舗を展開している   3)売上高に占める海外売上高の比率が40%以上   4)世界の複数国で、売上高が3位以内に入る   5)多国籍ベースで仕入れを行い、セールスキャンペーンを行える   このうち、1から4までは、外形的特徴である。わが国にそのような小売業が存  在しないことは、すでに見てきた通りである。とすれば、次の問題は、グローバル  ・チェーンになるには、どのような条件をととのえればよいかである。   これまで、本稿では、GAP、NEXT、H&M、INDITEXグループ、L  VHMの5社を研究してきた。このなかで、もっともグローバル・チェーンに近い のは、LVHMであろう。同社の海外売上高比率は、2000年で85%と高い。 H&Mも同じく85%であるが、フランチャイズ・システムをとっている。それ のに対して、LVHMは直営であり、また海外展開での先輩である。   そこで、同社を参考にグローバル・チェーンの条件を列挙するならば、   1)多国籍ベースで仕入れを行い、セールスキャンペーンを行える   2)世界に通用する標準化した運営フォーマットをつくりあげている   3)世界各地の文化や生活慣習、ビジネスルールに的確に対応できる   4)不測の事態を乗り切れる資金的余裕がある 5)人材の採用、才能の発見と確保について高度のノウハウをもつ という5点に集約することができるだろう。   したがって、グローバル・チェーンは、図9にあるように、待ち伏せ要因を突破 することもできる。 図9 待ち伏せ要因の強行突破 e v | \/ | b /\/\w |a/\/ \  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ T  待ち伏せ要因を突破するには、何といっても果敢に挑戦する勇気をもっているこ とが重要である。その裏付けとして、4)にのべたように、不測の事態を乗り切れ る資金的余裕があることも大事である。   とはいえ、待ち伏せ要因の乱気流の真只中を強行突破(e)すれば、多くの犠牲 を覚悟しなければならない。はたして、そのような体力勝負は得策だろうか。   ここで、あらためて、LVHMのアルノーの経営哲学を想起してみよう。   1)ファッションの時代は終わった。利幅が大きい高級品に進出する。  2)利潤をあげるには、国境という概念は邪魔になる。  3)スピード経営が重要である。   かれは、スピード経営を重視し、次々とM&Aを敢行した。M&Aによって事業  をゼロから育てるのではなく、時間を買おうとしたのである。   現在、世界の企業家は、このスピード経営を重要視しているが、アルノーもまた  そのひとりだった。 スピード経営の効果(f)は、図10に示すことができる。待ち伏せ要因の上空 をすれすれにではあるが、とにもかくにも通過してしまえるからである。 図10 待ち伏せ要因の通過 v| f | b / ̄ ̄\ ̄ | a/\/ \w | /\/  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ T   事実、2001年9月の同時多発テロ事件の発生以降、高級品市場は低迷しはじ  めている。LVMH社の売上も低迷している。しかし、同社にとってみれば、この  市場に進出することはリスクが多すぎると考える企業が多くなったことは、有利に  働く。同社は、独占状態となり、手ごわいライバルの進出というリスクに怯えるこ  となく、比類なき価値創造にに専念できるようになったからである。つまり、アル  ノーの一見無謀とも思われるスピード経営は効果があったということである。   しかし、すれすれに上空を飛ぶのでは、万が一、乱気流水準が急激に高まった場  合には、強行突破という事態になりかねない。   やはり、安全第一で考えるならば、スピード経営だけに頼るのではなく、価格+ 品質+品揃え+デザイン+新鮮さ+店舗+接客+サービスといった価値の複合化・ 高度化を図ることも欠かせない。つまり、価値創造経営とスピード経営は、クルマ の両輪のようなものである。   この待ち伏せ井要因を軽々と乗り越えていく状態(g)をグラフ化すると、図1 1のようになる。待ち伏せ要因は、はるか下界にある積乱雲のようなものである。             図11 待ち伏せ要因の乗り越え g/ v| / | / \w3 | b/ \w2 \ | a/\/ \w1\ |/\/ \  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ T   このように、今後は、より一層乱気流が激しく、より経営に重大な影響を及ぼす  待ち伏せ要因(w1、w2、w3...)が次々と出現してくることが予想される。 こうした状況下にあっては、繰り返し述べるが、いかなる事態が起ころうとも、 そうした事態を軽々と乗り越えていける強固な体制を構築することが重要である。   このためには、スピード経営を行うだけではなく、経営のイノベーションを積み  重ね、価値水準を飛躍的に高めることができる企業文化を構築することが死活的に  重要となってくるはずである。 いいかえれば、グローバル・チェーンというのは、グローバル化にはつきものの リスクである待ち伏せ要因を乗り越えられるように、新たな環境に適応・進化した ビジネス・モデルなのである。 それが、欧米企業のみに出現し、わが国にはいまだに存在しないのは、残念なこ とである。   LVHMは、自社の企業文化を一言で言い表している。   それは、「Creative Passion」、創造への情熱である。   続いて「わが社の企業文化は、5つの鍵となる価値から形成され、すべての成員  により日々共有され、実践されている」として、以下の5つを掲げている。  1)想像力とイノベーション     同社では、ルイ・ヴィトンのマイク・ジェイコブス、ロエベのナルシソ・ロ    ドリゲス、ジバンシーのアレクサンダー・マックィーン、セリーヌのマイケル    ・コース、そして高田賢三やクリスチャン・ラクロアといった世界中から選び ぬいた才能あふれる人材が交流しあい、想像力の限界に挑戦している。 さらに大事なことは、こうした一握りの天才たちの活躍が刺激になって、後 に続けとばかりに、組織の成員すべてが創造的であろうと努力する状況をつく りあげていることである。     また、外からは目に見えないが、研究開発体制も整備されている。220人    の専任スタッフを置き、技術革新に挑戦している。こうした努力の結果、毎年    ルイ・ヴィトンでは売上の15%、香水分野では20%を占める新製品が登場 している。  2)エクセレンス     同社は、われわれの顧客はつねに完全な品質の世界の住人でなければならな    いとしている。類まれなる職人芸、細部にまで神経が行き届いた製品、そして    完璧な製品、そうしたものを提供しつづける。このエクセレンスへの要求は、    製品だけにとどまらず、店舗環境、ディスプレイ、そして接客にまで及ぶ。  3)ブランド・イメージの強化     強力なブランドのアイデンティティは、長年かかって細心の注意を払って育    くんできたものであるので、財務諸表の数字には表われないが、貴重でかけが    えのない財産である。したがって、顧客や公衆と接触するすべての場面におい    て、ブランド・イメージを損なうことなく、着実に強化し、世界中で新たな顧    客を獲得するように、すべてのメッセージを発信していく必要がある。  4)企業家精神     世界のリーダーとして、最高の高級品を提供しつづける。この野心的な目標    を達成するために、あらゆる手を打つ。組織は、分権化され、やる気を出しや    すいようにダイナミックな組織風土が育くまれ、マネージャーは、強い権限と    責任をもたされる。求められるのは、壮大なヴィジョンだけではなく、実践的    で世界に通用する経営のスキルであり、目標を設定し、達成する能力である。  5)最善を尽くす     自己満足は、創造性の墓場である。常にベストを尽くし、仕事のやり方を工    夫し、絶えず新しいアイディアを求め、才能を開花させる。このために同社は    ジョブ・ローテーションや人事異動、教育訓練、エキサイティングな新製品開    発への参加などあらゆる手段を駆使している。     相次ぐM&Aのおかげで、多種多様な職場が誕生しており、異文化や最先端    のスキルを持った人材との交流機会が飛躍的に増大している。これこそが、グ    ローバル・リテイラーの醍醐味である。 9 結び   2001年9月11日、世界がテロの脅威に怯えた。このように、今後も思いも  よらない待ち伏せ要因が生じるであろうことは、間違いない。そのような場合に勇  敢に対処していくには、どうすればよいのだろうか。   結局、「企業は人なり」という原点に立ち戻ることが重要になってくると思われ  る。スピードを上げるのも、イノベーションを行うのも、最後は、人である。   そうした面で日本企業は、脆弱になってしまっている。かつては、人材を大事に  したが、近年は人材をコストと捉え、一部には使い捨ての風潮さえみられる。それ  が、企業競争力を根底から弱体化させていることに気付いてさえいない。   その典型的な例が、かつて世界をリードした電機業界である。   青色発光ダイオード(LED)の開発に成功しながら会社を追われ、現在、米国  のカリフォルニア大学サンタバーバラ校の教授である中村修二は、次のような内部  告発をしている。   「...日本は、年功序列、平等、忠誠心、画一的、出る杭は打たれる、調和、協  調、足並みを揃える、学閥、官僚、暗黙の了解、不透明...。そんな自由の反意語  のような言葉がみんな当てはまる社会じゃないですか」   こうしたイノベーションを担う人材を追い出すような風土があるために、電機業  界は、結局、待ち伏せ要因に有効に対応できずに、減収減益、人員解雇の悪循環に  入りこみ、急速に世界の主役の座からすべり落ちていこうとしている。   わが国のアパレル業界でも同じ症状が見られる。   伊勢丹で「解放区」を立ち上げ、成功を収めながらも、会社を離れざるをえなく  なったカリスマ・バイヤーの藤巻幸夫は、次のように語っている。   「組織の壁が厚すぎる。過去の成功経験を引きずるし、スピード感に欠ける」   「日本のブランドには、哲学がない。流行に左右され、売れ筋を中心に生産する  QR(クイック・レスポンス)の普及で、どのブランドも同じようなデザインばか  り。海外でも通用する1本筋の通った強いブランドづくりが必要だ」   伝え聞くところによれば、ユニクロでは、9月に英国に進出したばかりなのに、 早くもマークス&スペンサーからきた現地法人の英国人社長が辞任した。 詳細は 不明で、発表では「哲学が合わなかった」とだけ説明されている。   しかし、グローバル時代においては、人種、宗教、文化など、いろいろなバック グラウンドをもった人材が経営に参加することが日常茶飯事になる。そのさい、当 然生じる意見の相違を止揚し、相互に学びあい、スタッフを成長させ、イノベーシ ョンの火花を散らすことができるような企業文化を確立することが、死活的に重要 となってきている。   危機を叫びながら、トップやその取り巻きだけに通用するやり方を続けるようで  は、グローバル時代にうまく適応できるはずがない。   こうしたことを念頭において、今一度、LVMHの企業文化を形成する5つの価  値を読み返すと、実によく考え抜かれた人材優先の企業文化であることが分かる。   スピード経営を基本に、グローバル規模での価値創造経営を実現させる。   この逆戻りのできない方向に向けて、舵を切るためには、人材活用面におけるイ  ノベーションが重要である。   GEの名経営者、ジャック・ウェルチがいうように、「最優秀選手をそろえ、彼  らを興奮させ続け、事業の成功につなげることが勝利の条件」である。   わが国の小売業が、地場産業の偏狭な視野から抜け出して、一刻も早く、グロー バル・リテイラーの方向へと経営の舵をとることを期待したい。 参考文献・サイト 1)はじめに ・佐々木亨「小売業における価値創造:百貨店の再生」 名商大論集VOL.43 NO.2 ・佐々木亨「小売業における価値創造:スーパーマーケットの再生」 名商大論集VOL.44 NO.2 ・佐々木亨「小売業における価値創造:次世代専門店の方向」 名商大論集VOL.45 NO.2 ・中央三井信託銀行調査部「外資系小売業の本格的展開の背景」2001.7.16 ・日経流通新聞「一等地は海外ブランドが決める!」2001.8.24 ・日経流通新聞「松屋 銀座本店の増床検討」2001.11.22 2)小売業の勢力図 ・日経流通新聞「5兆円クラブ、6社快走」2001.10.4 ・日経流通新聞「ヤマダ電機 仕組みの利益で激戦を制す」2001.10.23 ・日経流通新聞「ヤマダ、初の売上高首位」2001.11.27 ・「無印神話に溺れ過剰出店,商品力低下」日経ビジネス 2001.2.26 ・日経流通新聞「無印良品 海外商品を販売」2001.10.18 ・日経流通新聞「MUJIさらば団塊Jr」2001.10.23 ・さが美グループ http://www.sgm.co.jp/conts/menu/index.htm ・日経ビジネス「京都きもの友禅(呉服)」2001.7.30 ・サザビーのホームページ http://www.sazaby.co.jp ・三田村蕗子「外資の企業戦略がわかる本」2001 成美文庫 3)SPAの草分け、GAP ・GAPのホームページ http://www.gap.com ・青木英彦「米国企業インタービューノート 3、ギャップ」 Nomura Securities International 1998.5.7 ・角田正博「アメリカ小売業のすべて」 ぱる出版 2001 ・小島健輔「SPAの成功戦略」 商業界・ファッション販売 2001.7 ・小島健輔「個の多様化とバリュー革新の新世紀へ 今こそ反撃に転ぜよ」 商業界・ファッション販売 2001.2 ・築山明徳「米国GAP昨対売り上げ14%減 日米で違う業績不振の理由」 商業界・ファッション販売 2001.1 ・日経流通新聞「低迷ギャップ 出口遠く」2001.10.23 ・日経流通新聞「ギャップ ファッション性前面に」2001.8.9 4)英国版GAP、ネクスト ・NEXTのホームページ http://www.next.co.uk ・ゼビオのホームページ http://www.xebio.co.jp/a company/ 5)注目されるH&M ・H&Mのホームページ http://www.hm.com ・長原紀子「アメリカ小売業界を震撼させたH&Mの価格革命」 http://www.nken.com ・日経流通新聞「H&M:米への積極出店続行」2001.10.9 ・日経流通新聞「視線誘う"劇場" パリ先端ショップ」2001.9.8 ・パコ・アンダーヒル、鈴木主税訳「なぜこの店で買ってしまうのか」 早川書房 2001.2.28 ・ファーストリテイリングのホームページ http://www.uniqlo.co.jp ・「ユニクロ中国の秘密」AERA 2001.4.30-5.7 ・日経ビジネス「ユニクロ 成長の限界説に火がつく」2001.9.10 ・週刊東洋経済「ユニクロ神話は崩壊したのか?」2001.11.3 ・日経流通新聞「英ユニクロ、序盤は上々」2001.11.20 6)インディテックス・グループの活躍 ・INDITEXグループのホームページ http://www.inditex.com/ ・「史上最速のブランド:ザラ」NEWSWEEK 2001.10.10 7)グローバル・リテイラー、LVMH ・山田登世子「ブランドの百年」読売ADレポート 2001.5 ・大内順子「パリコレの最前列から」婦人画報社 1995 ・ファツション通信ブランド紹介 http://www.tsushin.tv/brand/paris/v.html ・20世紀ファッション史 http://www.fashion-j.com/H/index.html ・LVMHのホームページ http://www/lvmh.com ・テリー・エイキンズ、安原和見訳「ファッション・デザイナー」文春文庫 2000 ・「アルマーニは挑戦する」NEWSWEEK 2001.9.5 ・週刊東洋経済「ルイ・ヴィトンの法則」2001.8.25 ・日経流通新聞「販売員は広告塔:ヴィトンジャパンに見る人材教育」2001.8.25 ・「デ・ビアス 110年の独占崩壊、市場重視に急旋回」日経ビジネス 2001.1.29 ・「ヴィトンよ、汝はなぜそこまで強いのか」日経ビジネス 2001.2.26 8)価値創造モデルの試み ・HIアンゾフ著、中村元一訳「戦略経営論」産業能率大学出版部 1980 ・蔦川敬亮「小売業進化への指針」 http://japan-retail.or.jp/retail/vol63/04-zyonin-1.htm ・ニ神康郎「欧州小売業のグローバル戦略」 http://japan-retail.or.jp/retail/vol63/03-europ.1.htm 9)結び ・「電機全滅の真相」日経ビジネス 2001.10.8 ・「ハイテク大国復活の条件」NEWSWEEK 2001.11.21 ・畠山けんじ「中村修二の反乱」角川書店 2001 ・日経流通新聞「伊勢丹飛び出したカリスマバイヤー」2001.8.11 ・井本省吾「夢と使命感の共有を」日経流通新聞 2001.11.25


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