PHOTO:香港夜景
目次
1 テロの影響 2 糖朝へ、糖朝へ 3 アダプター事件 4 おいしい粥を食べたいな 5 レパルスベイのけだるい午後 6 至福のアフタヌーン・ティー 7 指差し料理の悲劇 8 澳門茶餐廳で朝食を 9 美味絶佳の何とやら 10 マンゴー・プリン、食べ歩き 11 亀ゼリーを食す
オトーサン、 ひさしぶりに成田空港へ。 テロ事件後は、はじめて。 あっという間に搭乗手続きが終わりました。 出入国カードも廃止されて、 行列することもありませんでした。 出発ロビーまであっという間に着きました。 奥方が、いいます。 「ねえ、ひとがいるわ」 ガランとした待ち合いロビーに、 ようやく人影を発見したのです。 「どうするのかねえ、あのお店」 そうなのです。 こんなにガランとして 人がいないようでは、 免税店の経営は、 さぞかし赤字続きでしょう。 オトーサン 「今頃、なんで海外旅行?」 「今頃、なんで香港?」 そういう疑問があるのことは、 当然、承知しております。 答えは、簡単。 「ひとのやらないことをやる」 ひとと同じことをやっていては、 情報が生まれません。 人と違うことをやる。 独創的、創造的、個性的とまではいいませんが、 日本人の付和雷同を好む国民性への ちょっとした異議申し立てなのであります。 「テロが心配だから、海外旅行はとりやめ」 一応、もっともなことですが、 度が過ぎると、国民性を疑われます。 ニューヨークなどは、もう観光客が戻ってきているのに、 日本人だけ戻らないと聞きます。 会社の人事部が、何かあったら責任問題になるということで 出張禁止を続けているからです。 旅行会社も、だらしがないのです。 テロ後は、世界中を危険地域と考えているようです。 「プロなら、危険地域とそうでない地域の区別ぐらい、 つけろよな」 そう言ってあげたい気持ちです。 周りがそんな風ですから、 奥方も今回の海外旅行ばかりは、及び腰。 オトーサン、 「香港ならダイジュブだよ」 そう言って奥方の説得にかかります。 「去年、冬に行ってよかっただろ、暖かくって」 「そうね、でも、週刊誌には ドクサイという記事が出ていたわよ」 「独裁?」 「毒菜、毒野菜、農薬に汚染された野菜のことよ」 何でも、中国に返還されてから、 本土から農薬づけの野菜が流入し、 中毒で病院にかつぎこまれるひとが急増しているとか。 97年の香港返還前のブームも去ってしまいました。 一時は、「買物天国」といわれましたが、 日本がデフレとなった現在では、 物価も日本と比べてあまり安くもなく、 しかも、出発前に円安に振れたので、 いっそう割高感が増しております。 香港に到着して、早々にネイザンロードの 尖沙咀駅のそばにあるシティバンクで、 当座の旅行費用として1000HK$を引き出しました。 1万7086円を口座から引き落とします というレシートが出てきました。 1HK$は、約17円ということになります。 「まあ、20円と思って買い物しなくてはね」 奥方の結論です。 「そうか、昨日買い損ねたネクタイ、 9HK$だったけど、20倍して180円と思えばいいのか。 そうだよなあ、いちいち、17倍していたら大変だもんな」
2 糖朝へ、糖朝へ
奥方、 「まあ、このお店がお目当てで、香港に来たようなものね」 「そうだなあ。ほんとにおいしいなあ。 それで、全部で幾らした?」 「264HK$よ」 「すると、20倍して5000円くらいか。 まあ、2人でおいしい夕食を5000円なら 文句は、いえないところだなあ」 オトーサンが着いて、 すぐに注文したのは、 青島脾酒(チンタオ・ビール)です。 日本でも、お店にあれば、大体注文してしまいます。 「おいしいわね、味があって」 「暑かったからな」 12月中旬ですが、気温は17度。 オーバー不要。セーターも脱ぎたいくらい。 ビールがうまいのは、そのせいでしょうか。 「缶をポンと置くのは、いただけないなあ。 味もいいし、内装もいいけど、サービスはいまいちだ」 「でも、ここのオバサンたち、ぶっきら棒でも、なかなか親切よ。 マクドナルドのオネーチャンたちより、ずっとマシよ」 オトーサン、 「そうか、そんな見方もあるのか」と感心します。 マニュアルの心のこもらない接客は、 もう時代遅れになりつつあるのかも。 「でも、30HK$は高くない?」 「1缶、600円か。でも、うまきゃ、いいか」 「そうね、後でコンビニで調べてみましょうよ、いくらするか」 後で、近くのセブンイレブンで調べたら、 10HK$でした。 「200円かあ。3倍だ」 それでも、日本の発泡酒、 オトーサンがひいきにしている「札幌生絞り」なら 138円で飲めます。 香港の物価は、この例にみるように、 決して安くはないのです。 「じゃあ、次、何頼む?」 奥方は、糖朝のメニューを手にして、 大いに迷っています。 200種類もあって、しかも中国語。 読める漢字もありますが、大半は判断できません。 「ねえ。これ何かしら?」 メニュー53Aには、 鮫魚煎醸三寶(青淑、茄子、芋頭) と出ております。 「さあ、野菜じゃないか。 いいから、頼んでみたら」 知らないものを頼むと、当たり外れがあります。 これ正解でした。それも、大正解。 「おいしいわねえ。 こんな味、日本じゃ、絶対、味わえないわね」 魚のすり身を、それぞれ、ピーマン、ナス、タロイモにまぶせてた揚げもの。 「ビールに合うわねえ」 リスク・ヘッジに頼んだ春巻よりも、ずっと 美味でした。 さあ、次がお目当て。 奥方は、アワビのオカユが、お目当て。 「どれなのかしらね?」 メニューに目をこらします。 鮑魚新鮮雛球粥 $110 鮑魚帯子雪蛤粥 $110 鮑魚雛絲雪蛤粥 $110 燕窩鮑魚雪蛤粥 $130 燕窩鮑魚帯子粥 $130 鮑魚鮑魚雛球粥 $130 鮑という字の入っているのは、6つ。 奥方が、じっとメニューをにらんで から切り出します。 「130は高いわね」 「燕窩」と言うのは、どうやらツバメ(燕)の巣のようです。 オトーサン、 あまり鮑には興味がないので、 観陳皮鮮蝦珠粥 $75 にしました。 読者のみなさんに、 「ねえ、つつましやかな人柄でしょう」と アピールしたい気持ちからではありません。 最後の会計のときに、 奥方に払わせる目論見があるからです。 オトーサン、 今回の香港旅行は極力ムダ金を使わない所存であります。 会計が終わって 店を出て、九龍公園脇の雑踏を歩きながらいいます。 「お粥おいしかったなあ」 「...おいしかったわ。 でも、最後のデザートは余分だったわ」 奥方の返事が、1拍やや遅れたのは、 支払った金額について考えていたからに違いありません。 オトーサン、 お粥の後、暑くなった体を冷やすために、 勝手にデザートに1品注文したのです。 寶島珍珠鮮百合泳凍豆腐花 19HK$。 これは、ドライアイスが煙をあげるボウルに入っていて、 豪勢な感じでしたが、 お味のほうは? やや甘みをおびた豆腐のなかに百合根が入っているものの、 肝心の百合根の味がいまいちでした。 結局、この夜の夕食代、 2人で5000円ほどでしたから、 まあ、デイナーと思えば、安いのではないでしょうか。
3 アダプター事件
2日目。 オトーサン、 相変わらず5時起き。 パソコンに向かいます。 SHARPの携帯用で、使いやすいので、 海外旅行には必ず持参しています。 問題は、電源。 このカオルーン・シャングリラの部屋をチェックしたら、 コンセントの差し込み口が3穴なのです。 「これじゃあ、充電できないな」 翌朝、早速、フロントに頼みます。 「日本からきました。 パソコン用のアダプターを貸してください」 しばらくして、部屋がノックされ、 ボーイさんがアダプターを持ってきてくれました。 「サンキュウー」と受け取りました。 ところが、 これが、また3穴。 しょうがないので、またフロントへ。 語学力の不足は、現物で示そうと、 電源コードも持参します。 「これは3穴。2つ穴を貸してください」 すると、フロントのひとは、うなずいて、 やおら、3つ穴にコンセントを差し込むではありませんか。 3つ穴の下の2つ穴に差し込めばいいのでした。 そして、彼はいいます。 「これは、グローバル・ユースになっているのです」 「おお」 オトーサン、 早々に尻尾を巻いて退散しました。 部屋に帰ると、 奥方は長旅の疲れもあって、まだ寝ていました。 奥方はそんな事件も知らずに、9時過ぎに起きてきて、 「あらっ、3つ穴でも充電できるの? あたしのデジカメ、充電してもいいかしら? 今日の撮影に差し障るわ」 とせっつきます。 「いいとも」 オトーサン、 気軽に答えました。 原稿がほぼ完成していて ゴキゲンだったこともあります。 「あと、ちょっと手直しすれば完成だ」 携帯パソコンのコードを抜こうとし、 「あっ、そうか電源OFFにしておかなくては」 ひとつ手順をスキップしてしまったのです。 上書きという手順を忘れて、 電源をOFFにしてしまったのです。 「あっ」 画面が消えました。 オトーサンが早起きして2時間かかって書き上げた 珠玉の原稿は、すべて消去されてしまったのです。 「あーあ」 ため息をつきながら、 電源をONにすると、 幸いにも原稿が出てきました。 このようにして、読者のみなさまが すでに読まれたであろう 「 2 糖朝へ、糖朝へ」 という原稿は、奇跡的に、陽の目をみたのです。 「そうかい?珠玉の原稿ってほどじゃなかったけど」 もし、そういった感想を持たれたら、 その方は、大変目が肥えた読者です。 オトーサン、 安心のあまり、 その後、原稿を推敲する気力を失ってしまったのです。
4 おいしい粥を食べたいな
オトーサン、 9時30分にホテルを出発。 「お腹空いたなあ」 奥方は、起きがけなので、 「そうでもないけれど」 ここ香港には、 お粥や麺類の店が数多くなります。 庶民の日常食、いわば、伝統的ファストフード。 早朝から深夜まで営業しており、便利です。 しかも、お値段もリーゾナブル。 オトーサンたち、 お粥がうまいと ガイドブックに出ていた店を目指します。 久しぶりに、九龍から香港島へわたる スターフェリーの8分間の船旅を楽しみます。 「久しぶりだなあ」 「そうねえ、たまにはいいわね」 船は、あっという間に、中環に到着。 ビジネス街の雑踏をぬけて、 上環へとクイーンズ・ロードをテクテク歩き続けます。 「あったあ」 「奇跡的ね」 知らない町の知らない店を地図を片手に探し 当てるのは、難事ですが、 今日はついていたのでしょう。 生記粥品専家 ガイドブックには、 「40種もの具から選べるお粥屋は香港随一」とあります。 地元のひとが通う大衆食堂でした。 日本語は通じませんので、 やはり、勘を頼りにメニューをにらみます。 どうやら、ベースになっているお粥に、 具を何品乗せるかで、品名が異なっているようです。 「よーし、オレはこれにする。 おまえ、どうする?」 オトーサンは、 猪潤牛肉雛粥 37HK$ を注文します。 お腹が減っているので、欲張って具を3品にしたのです。 奥方のほうはと見ると、店員を呼んでいます。 そして、一緒に外に出て、 お店のガラスに貼ってあった写真を指さしております。 意気揚々と戻ってきて 「カニのお粥にしたわ」 とニコニコしております。 さあ、念願のお粥がきました。 オトーサン、 「具沢山だな、ここのお粥は」 そういいながら、早速、 アバタ模様のホルモン征伐にとりかかります。 「?」 肉の味ではありません。 ワンテンポ遅れて、 奥方がいいます。 「これ、カニのお粥じゃないわ」 ウエイトレス(給仕のオバサン)を呼びます。 「??????」(日本語) 「??????」(中国語) お互いに分からない会話です。 奥方は、給仕のオバサンを また店の外のガラスの張り紙のところに連行して、 指さしています。 オバサンは、うなずいて、 部屋に戻って来ると、 オトーサンのお粥を 奥方のお粥と無造作に交換します。 「おいおい、それオレのだよ」 奥方は、いままでオトーサンのだったお粥を 一口食べて、首を振ります。 「これ、カニじゃないわよね」 オトーサン、 面倒臭くなって、内心、 「ゴチャゴチャ、言わずにさっさと食っちゃえよ」 と言いたくなりましたが、 こんなことで奥方と喧嘩になっても損だと、 そこは忍耐心を発揮して、奥方に加勢します。 「?????」 オトーサン、 もちろん、自慢じゃありませんが、 中国語なんかしゃべれませんから、 日本語で大声をあげるだけです。 日中お粥交渉は、 全面対決、長期化の様相を呈してまいりました。 そこへ、隣の席に座った女性が救援にあらわれました。 黒いスーツで30代後半のキャリア・ウーマンの中国人です。 「お困りのようですが、お手伝いしましょうか?」 砂漠にオアシス、干天の慈雨、棚からボタモチ、一獲千金、 もちろん、日本側に異存はありません。 日本側代表の奥方は、概ね、以下のような主張をします。 「カニのお粥といったのに、違うのがきたのよ」 中国側は、 「そーんなことないわよ、ちゃんと注文通りの品物を出したんだから」 通訳の女性も間に立って困っております。 そこでまたまた、外に出てガラスに貼ってある紙を前に、 議論を重ねることになりました。 オトーサン、 いまはネギか自動車かという日中交渉の渦中だし、 教科書問題や靖国参拝問題もあり、 喧嘩に巻きこまれるのも何なので、 部屋に残ってダンマリを決めこむことにしました。 さて、この結末はいかに? 奥方の説明によれば、 「写真と字が違っていたようなのよ」 カニのお粥と大きく書いてある横に写真があるので、 奥方は、それを指さした。 給仕のオバサンは、魚のお粥の写真なので、 その通り注文した。 単なる行き違いでした。 オトーサン 「厳密に言えば、看板に偽りありだよなあ」 と言います。 奥方は、 もうその話には取り合わず、 「そうね、でも、このお魚おいしいわよ。 白身があっさりして」 そう言うのです。 オトーサン、 「気持ち悪い。おいしいだと?」 アバタ模様のホルモン状の魚肉をみやって、 絶句しました。 そして、黙々とお粥征伐にかかりましたが、 その途中、次のような想念が頭をよぎりました。 「そうか、このひとは美味であれば、見た目は問わないのか。 すると、...大昔のことになるが、 オレを伴侶に選んだのも、同じ理由か。 そういうことだったのか」 長い奥方とのお付き合いの果ての、新発見でした。 このように、 旅の途中で、 人生は、疑問、難問、不思議に満ちていることを あらためて思い知らされるのも、 また、旅の醍醐味なのであります。
5 レパルスベイのけだるい午後
オトーサン、 かねて、レパルスベイには 一度足を運んでみたいと思っていました。 オールド・フアンにとってなつかしい映画「慕情」、 ウィリアム・ホールデンとジェニファ・ジョーンズとの あまりにも悲しい恋の物語。 その舞台が、 ここ、レパルスベイにあった ペニンシュラ・ホテルだったのです。 上環の粥屋から中環に引き返す途中、 ふっと、 「そうだ、レパルスベイに行ってみよう」 早速、奥方に提案します。 スターフェリーの近くに バス・ターミナルがあります。 善は急げ。思い立ったら吉日。 「赤柱(スタンレー)行きに、乗ればいいんだ」 「どこへ行くのよ?」 奥方は、映画好きではありませんから、 慕情の感動を分かちあえる仲ではありません。 「あのなア、あそこには、 もうひとつペニンシュラ・ホテルがあるんだ」 「ペニンシュラ? そうなの。 じゃあ、行きましょう」 団体旅行ではありませんから、 毎日、風の吹くまま気の向くままの旅です。 「明日はどこに行こうか」は、 勿論のこと、 「今日はどこに行こうか」も 打ち合わせません。 オトーサン、 車中、説明します。 「レパルスベイには、 実はもうホテルはないんだ。 でかいマンションができて、 残っているのは、ベランダというレストランだけ。 でも、ペニンシュラが経営していて、 アフタヌーン・ティーが飲めるらしい」 「アフタヌーン・ティーね。 いいわね、いいわね」 奥方は、ペニンシュラという言葉もそうですが、 アフタヌーン・ティーという言葉にも弱いのです。 バスは、香港島の山頂に向かって急坂を上っております。 眼下には、ハッピバレー競馬場の緑。 見上げると、雲にそびえる高層ビル。 「何も、ヴィクトリア・ピークに登らなくても、 景色なら、ここで十分ね」 「六甲山に登るみたいだなあ」 「そういえば、六麓荘はどうなったかしら」 六麓荘は、わが国きっての高級住宅地。 そういえば、地震で神戸が被災してから、 もう、だいぶ時が経ちました。 「ここは、地震がないのかしらね。 あんなに高層ビルだらけで」 「その竹竿、撮っておいたほうがいいぞ」 ビルの足場は、こちらでは、竹竿なのです。 超近代的な高層ビルと 前近代的な竹竿のコントラストが何ともいえません。 しかし、竹竿は、軽くて強いのですから、 木材や鉄板よりも優れているのかも知れません。 「おお、海だ」 「きれいねえ」 眼下には、晴れわたった空の青を映す大海原。 島影も見えます。 あの緑は、ゴルフ場でしょうか。 「よくこんな細い道をすれちがえるわね」 時々、両側の木の枝がバスの車体にぶつかって、 ジャラジャラします。 奥方が、ため息をつきます。 「この辺に別荘もっているひとは幸せね」 大海原をのぞむ断崖に建築され、 庭にはプールもあります。車庫には2台。 1台は、ポルシェでしょう。 「ウチの娘のひとりが、こんなところに住むようになったら、 長期滞在してやるがなあ」 オトーサン、 娘たちが聞いたら、 怒るようなことを平気でつぶやいています。 でも、残り少ない人生、 3億円の宝くじにでも当たない限り、 自力ではもうこの豪邸を入手するのはムリというものでしょう。 「おい、降りようや」 前方に、大きな壁のような高層アパートがみえます。 2階建てバスの最前列から階下におります。 これって、バスが急カーブと急停車の連続でから、 よほど気をつけないと、転落しそうです。 細い歩道を歩いていくと、 そこがホテルの入口とおぼしき階段。 「まだ、アフタヌーンティーには早いなあ」 時計を見ると、まだ12時です。 具だくさんのお粥のせいで、お腹もすいていません。 「じゃあ、浜辺に出てみる?」 「うん、気持ちよさそうだ」 衆議一決、海岸に出ます。 ビニール袋を敷いて、ひざを抱えて、 大海原と島影をみます。 水上スキーをやっているひとが、たったいま転びました。 「ハハハ」 「静かねえ、のんびりするわあ」 「うん」 オトーサン、 心地よい疲れで、体がけだるくなってきました。 ウトウトしかけます。 こういう時に限って、 奥方が、話かけてきます。 「日差しが暑いわね。何度くらいかしら?」 オトーサン、 面倒クサイなあと思いながらも、 そこはそれ、キチンと答えます。 「あそこに気温が表示されているだろう。 22度だ。しかし、泳いでいる奴はいないなあ」 「だって、冬よ。 ほら、あの海岸に寝そべっている娘。 こっちのひとって、日光浴が好きねえ」 オトーサン、 ひとところに じっとしているのがキライな性質です。 「おい、喉が渇かないか?」 「ううん、お腹いっぱいよ。もう、何も入らないわ」 奥方は、そう言いながらも、茶店のほうに随いてきます。 コーラとレモンティの缶を買って、 日陰のテーブルをみつけて座ります。 店名は、大佛口食坊。 何か、清浄な気分になってきます。 オトーサン、 何だか参拝を前に、 コーラで口をすすいだ感じがしてまいりました。 「うん、ここはいいとこだなあ」 「そうね、ノンビリできるわ」 そうはいっても、同じ場所に長居は禁物。 1時間粘っても、まだ午後の2時。 「そこら散歩しようか」 「そうねえ、何にもなさそうだけど」 オトーサンたち、 海岸をブラブラ散歩します。 立派な公衆便所、シャワー、 更衣室があります。 「英国の影響か、こういうところは、きちんとしているなあ」 海岸には、目立たない色のゴミ缶がいたるところに置かれています。 掃除のおじさんが、網竿を持って、ゴミを拾っています。 奥方が感心しています。 「なるほどねえ、考えたわね」 海岸の外れにやってきました。 「もうこの先、何もないんじゃない?」 「それにしては、ひとが多いよ」 細い入口をくぐり抜けました。 「おお!」 目もまばゆい寺院ではありませんか。 黄金色の大仏がおります。 4面仏もあって、拝んでいるひとがいます。 東西南北のどの方角がありがたいのでしょうか。 海に張り出した階段があって、 大勢のひとが群がって記念撮影をしています。 「どうして、こちらの寺院は こうケバケバしいのかねえ」 オトーサンに輪をかけて不信心者の奥方がそうつぶやきます。 「いいじゃないか、喜怒哀楽、すべてが信心の対象、 それが仏教の本来の姿じゃないの? ワビサビだけが仏教じゃないよ」 オトーサン、 適当なことを言っております。
寺院を上に登っていくと、道路に出ました。 「おお!」 またも、驚きです。 観光バスが数十台ギッシリひしめています。 「そうなんだ。この寺院、有名なんだ」 あとで、ガイドブックで調べると、天后廟でした。 仏教でなくて道教のお寺でした。 香港にはあちこち見かけます。 「一体、何人、お后がいるんだろうねえ」 と奥方。 これは、世が世なら、不敬罪でしょう。
6 至福のアフタヌーン・ティー
オトーサン、 避暑地を道路沿いにぶらぶら歩いて、 レバルスベイ・ホテルまで戻ってきました。 元へ。 もうホテルはないのです。 でも、もう雰囲気は、映画「慕情」の世界。 この階段も、この手すりも、あのキャサリンがもたれたもの。 この手入れの行き届いた芝生を背景に、 かれらは、恋物語を紡ぎ出したのでした。 オトーサンの想いを助けるように、 ウエディング・ドレスを来た花嫁が登場しました。 「この芝生なら、このペイブメントなら、 ドレスを引きづっても汚れないだろうなあ」 奥方も、雰囲気に呑まれたのか、無口になりました。 やおら、デジカメを取り出して、パチリ。 「ここ、素敵ねえ」 「でも、ちょっとわれわれ庶民には 近寄り難い雰囲気があるなあ」 「そうね、お値段も高そうねえ」 そこで、オトーサンたち、 本命のレストラン、「ヴェランダ」は敬遠して、 右手のレストラン"SPICES"に向かいます。 ここは、高級そうですが、 近寄り難いという程ではありません。 海も見えませんが、気持ちのいいレストランです。 ウエイトレスがメニューをもってやってきました。 オトーサン、 力強く宣言します。 「アフタヌーン・ティー!」 ところが、彼女は首を振ります。 「ノー、ウィ、ハブント、ハイテイー」 オトーサン、 一瞬、ハイティーをサイテイ と聞きまちがえそうになりました。 そうなのです。 この店のほうでは、アフタヌーン・ティーはやっていないのです。 やっているのは、ヴェランダだけ。 「どうする?」 奥方に聞きます。 奥方の腰は、もう浮いております。 「アフタヌーン・ティーもやっていないのに... 長居は無用よ」 オトーサンたち、 旅の恥をかき捨てて、このお店を後にします。 「ヴェランダは、どこかなあ?」 瀟洒な中庭に出ました。 パラソルがあって、数人がケーキを食べています。 「ここでケーキを食べて、引き揚げるか?」 奥方は、まるで問題外という目付きをします。 そりゃ、そうでしょう。 奥方の気持ちも手にとるように分かります。 せっかく、レパルスベイにまできて、 それも3時間も待って、 ようやく目の前に、かの有名なヴェランダがあるというのに、 尻尾を巻いてスタコラ退散ということはありません。 「あなた、そんなに気の弱いひとだったの? 見損なったわ」 「よーし、それじゃあ、 このドア開けるだけでも開けてみよう」 重い荘重なオークのドアを開けると、 ほの暗い階段があらわれました。 まるで、ツタンカーメンのお墓に通じる階段のようです。 「やっぱり、やめとこようよ」 オトーサンが絞り出すような声で言いかけたときには、 すでに奥方は階段に足を踏み入れております。 「そうか、最初の第一歩は無事か。祟りはないようだ」 オトーサン、 頭の中は真っ白。 いままでに訪ねたことのある あるいは、訪ねようとして断念した(*) 超高級ホテルが 走馬灯のように浮かんでまいります。 ・ニューヨークのプラザ・ホテル* ・ニューヨークのウォルドルフ・アストリア ・パリのリッツ* ・ロンドンのサボイ・ホテル* ・タイのオリエンタル・ホテル ・シンガポールのラッフルズ・ホテル ・バリ島のフォーシーズンズ(ジンバラン) あの緊張感、貧乏人は近寄るなという無言の圧力。 「オレのような庶民は、間違っても、こういうところに 足を踏みいれてはダメなんだよなあ。 大いにボヤキながら、 暗いらせん階段をトコトコ登っていったのでした。 ところが、 登りきると、どうでしょう。 「なーんだ、カジュアルじゃん」 オトーサン、 一遍に肩のこりがほぐれました。 渇いていた唾液も出てまいりました。 震えていた足の痙攣も消えました。 「なーんだ、単パンもいいのかあ」 奥のテーブルを寄せて、外人のご婦人さんたち、 10数人がアフタヌーンティーを愉しんでいます。 なかには、テニスウエアで単パンの女性もいて、 大半は、カジアル・ウエアの女性たちなのです。 「幼稚園の誕生パーテイーかしら。 中央にいるのが、先生らしいわね」 アフタヌーンティー2人前の注文を終えて、 ホットした奥方がささやきます。 「おや、何だ、何だ」 サンタさんの帽子をかぶっって、 白い袋を引きづった親子が現れました。 「Oh! lovely」 パチパチとテーブルから拍手が起こります。 オトーサン、 内心、悪態をつきます。 「何だよ、貸切かよー。 天下のベランダがそんな商売するのか。 外人に弱いんだ」 奥方が、 あたりを見渡して囁きます。 「ねえ、ここ、ペニンシュラ・ホテルより ずっといいと思わない」 「そうだなあ」 前回、香港にきたとき、 アフタヌーンティーにでもと立ち寄ったところ、 日本人観光客でゴッタ返していましたっけ。 「あそこは、ひどかった」 オトーサン、 あらためて周囲を見回します。 窓からみえる庭園、海岸、大海原と島影。 よく磨き込まれた床、 天井でゆったりと回っている換気扇、 コロニアル様式というのでしょうか。 ボーイさんも、丁寧な接客をしてくれます。 そして、 何といっても、3段のトレイに飾られた サンドウィッチ、ケーキ、スコーンの美味しいこと。 「流石、ベランダだなあ」
オトーサン、 ふと奥方の声に我に返ります。 「もう食べちゃったの?」 そうなのです。 トレイには、2人分盛り付けてあるのですが、 もう半分も残っていません。 あっという間に平らげてしまったのです。 戦後、はや56年、 どうも戦時中の飢餓感が抜けないようです。 オトーサン、 おまけに、会計のときにチョンボしました。 立ち上がって、レジに直行したのです。 勿論、こういう高級レストランでは レジなどないのです。 慌てて席に戻って、 カードを出しました。 ボーイさんが、帰ってきて うやうやしくレシートを差し出します。 オトーサン、 値段をみてびっくりして、 チップの欄に300$と記入してしまいました。 慌てて、線を引いて消して、 合計の欄に300$と記入し直しました。 「やれやれ、これにて1件落着!」 一連の動作をじっと見ていた 奥方の目が鋭くなりました。 口には出さねど、 長年のカンで、奥方がいわんとしていることは オトーサン、よーく分かります。 「お里が知れるわね」 以上、旅のベテランが、 「ベランダ」からお送りしました。 ほんとに、おいしゅうございましたが、 オトーサンの立ち居振舞いのほうは、 ほんとに、お粗末様でした。 「...やっぱ、庶民がいくとこじゃないわ」
7 指指し料理の悲劇
オトーサン、 レパルスベイで、 いい午後を過ごして 九龍半島は、尖沙咀の海辺にある カオルーン・シャングリラホテルに 戻ってまいります。 部屋は11階のオーシャン・ビュー。 窓際に置かれたソファに寝そべると、 海辺にあるので、 ちょうどヴィクトリア湾に浮んで 波の音を聞いているような感じになります。 「この部屋、いい眺めだなあ。 わざわざ、外の雑踏に出ていくこともないか」 「そうよ、やっぱり、オーシャン・ビューに 切り替えてよかったわよ」 オトーサン、 4泊分の追加料金1600HK$の重みを ズシリと感じます。 「...でも、まあ、いいか。 これだけの景色なら」 奥方がいいます。 「でも、あなたが勤めをやめれば、 もう、こんな贅沢なホテルには泊まれないわね」 「....」 一寝入りしてから、 夕食に外出。 「美食の都」といわれる香港で ホテルのなかのレストランで食べる手はありません。 ガイドブックには、 広東、上海、北京、四川のほかに、 潮州料理の店がたくさん並んでいます。 オトーサン、 迷います。 「どこにするかなあ」 中華でも、 数百人規模の店、 洒落た内装の小さな店、 大衆店から高級店までさまざまです。 街を歩けば、いたるところに 中華料理店の看板が目に入りますが、 有名店といっても、 「看板だおれ」で、 まずいのに高いだけということもあるので、 気をぬけません。 ガイドブックとクビっ引きで、 ようやく、これはという店を発見。 上海一品香菜館 指差しオーダーで迷いなしの大皿料理 「どうだい、このお店は?」 奥方が、覗き込んで 「そうねえ、いいかも」 そうなのです。 漢字だらけのメニューと格闘したあと、 まったく予期せぬ料理が出てくると、 ガックリします。 その点、大きなお皿がずらっと並んでいて、 指で指して注文すれば、OK!というのは、 間違いなし。 素晴らしいアイディアです。 そこで、早速、 ホテルから歩いて5分ほどの 35 Kimberry Roadにあるお店を目指します。 一旦、尖沙咀の中心を走る Nethan Roadに出て、雑踏を歩きます。 「あらっ」 奥方の足が、店の中に若い女性があふれている お店の前でピタリと止まります。 革コートの安売り専門店のようです。 オトーサン、 店内の宣伝文句の漢字を読むと、 どうやら製造直売のようです。 「奥方は?」 と探すと、 ハンガーにぎっしり並んでいる 革のコートのなかから、 気にいったデザインとサイズのものを 選定する作業に没頭している模様です。 オトーサン、 ボンヤリ立ち尽くしていても、 しょうがないので、 「値段は?」 とチェックしはじめます。 「全品、988HK$。 えーと、1000HK$として、1万7000円か。 ウム、まあ安いのじゃないかな」 「品質はどうか?」 革の手触りを確かめてみます。 「うん、まあまあか」 昨年、アメリカのアウトレットで触った グッチのレザーコートの感触と似ています。 「あれは、確か20万円くらいしたなあ」 さらに、この夏、銀座にオープンした エルメス旗艦店の見学に行ったときに味わった 紳士用革コートの手触りも思い出します。 「120万円といってたっけ。 あの店は、何でも1ケタ高かった」 「これどう?」 奥方が、試着室で聞いてきます。 周囲は、みな若い女性ばかり。 年寄りでも、まぶしい光景です。 オトーサン、 内心、つぶやきます。 「場違いじゃないの?」 「背が高くないと、革のコートは似合わないよ」 「まあ、娘なら、似合うだろうが」 でも、口をついて出てくるのは、 まるで店員の回し者のような賛辞でした。 「いいよ、似合う! 革はいいね。格があがってみえる。 安いし、デザインもまあまあだし...。 いいんじゃないか」 「そうお? ...いいかしらねえ」 「とっても似合うよ。 この際、思い切って買ってしまえよ」 「...そうね、少し着てから、 クリスマス・プレゼントにしてもいいかもね」 実は、 オトーサンたちが、 香港から帰国した翌日に、 NYから長女が3年ぶりに帰国してくるのです。 「そうか、そりゃあ、いいな」 オトーサン、 もう相当、お腹が減っていますから、 早く買い物をすませてしまいたい一心で もう何も考えずに、賛同します。 「あらっ、これダメよ」 「おいおい、振り出しにもどるのかよ」 コートに腰ひもがついていないのです。 女店員があちこちのコートを探しますが、 ありません。 それから15分くらいでしょうか、 店中探しましたが、ありません。 商売熱心な男性責任者が出てきます。、 盛んにクビを振る女店員たちと話し合って、 すったもんだの末、 2時間後の9時半には 「工場から取り寄せるが、それならいいでしょう?」 と聞いてきます。 以上、すべて言語ぬきの ボディ・ランゲージのやりとりですから、 相当、消耗します。 「どうする?」 「うん、買えよ。 食事しようよ。 その帰りに受け取りにくればいいだろう」 「そうね」 再び、ネイザンロードの雑踏を歩いて、 ひときわ賑やかなミラマー・ホテルの角を右折します。 それが、キンバリー・ロード(Kimberry Road)でした。 「あら、あそこよ」 曲がってすぐに、奥方が、お目当ての店を発見します。 上海一品香菜館 さほど大きい看板ではありませんが、 周囲の店のなかでは、目立つほうです。 早速、店に入ります。 「おお!」 壮観です。 入り口に、 「指差しオーダーで迷いなしの大皿料理」が びっしり並んでいるではありませんか。 「おいしそうねえ」 「どれがいいか、選ぶのに、迷うなあ。 「おれは、これとこれとあれがいい」 「そうお?あたしはちょっと」 「じゃ、お前は、どれがいいいんだ」 「これとあれ」 「それ?」 というような他人には分からない交渉をします。 いつもは、交渉妥結まで じっくり時間をかけるのですが、 ここでは女店員が待っているし、 店の入り口で立ったままの作業で、 後ろにひとも待っていますから、 そうそう時間はかけられません。 オトーサンと奥方が、 それぞれ勝手に指さした料理を 女店員がきびきびとメモしていくことに あいなりました。 ボックス席に着きます。 奥方が、あたりを見回して、 「このお店、まあまあね」 「すごい人気だなあ。満席状態だ」 内装もあかるい色を選んでいますし、 照明もあかるく、どこかマックの店と似ています。 「この壁の落書き!」 壁は、全面、落書き可能になっていて、 日本人観光客のもたくさんあります。 相合傘が書いてあって、二人の名前。 あるいは、下手な字で名前と日時。 ちょっとした感想も。 オトーサン どんどん運ばれてきた料理を確認します。 お互いに疑心暗鬼になっています。 「もしかして、 オレが反対した料理が注文されてはいないか?」 「もしかして、 アタシがキライな肉料理を ダンナが注文してしまったのではないか?」 テーブルの上に並んだ料理は、 以下のようなものでした。 指差しですから、正式の料理名は分かりません。 ・骨付き牛肉* ・アサリ炒め ・ニラ炒め ・イカとキューリの酢の物 ・鶏と蝦の炒め(しいたけ、タケノコ、銀杏添え)** ・青島ビール *オトーサンが勝手に選んだもの **奥方が、勝手に選んだもの 奥方が、じっと骨付き肉をにらみます。 オトーサンは、小さく刻んだ鶏や蝦やタケノコ、 そして銀杏が箸でつまみにくいのを確認します。 お互いに相手が勝手に注文した料理には、 手をつけようとしません。 この年になると、 「あと何回しか食べられない。 1回1回を大事に食べよう」 こういうわがままが表面に出てまいります。 さらに、旅の疲れも、気分に影響してきます。 それらが、重なったものですから、 食事中も、気まずい沈黙が支配します。 オトーサン、 「男は黙ってチンタオ・ビール」 を実行します。 (注:いまは昔、三船敏郎の出演したビールのCMで、 「男は黙ってサッポロビール」というのが流行しました) 食べ終わって、 お勘定も済んで 街の雑踏のなかを、 革のコートの安売り店に向かいます。 しばらく、双方とも黙っています。 奥方が断定します。 「あの店はダメね。料理がみな冷えていたわ」 オトーサンも同意します。 「そうだな。 指差しオーダーで迷いなしの大皿料理って、 聞こえはいいけどなあ」 奥方も賛同します。 「味もたいしたことなかったし」 オトーサン、 「店員の応対もイマイチだった」 奥方、 「そういうことよ」 二人は、また仲直りしましたが、 気の毒なのは、 たまたまレパルスベイの 至福のアフタヌーン・ティーの後に なってしまった 「上海一品香菜館」でした。
8 澳門茶餐廳で朝食を
オトーサン、 旅先でも相変わらず早起きです。 5時には起きて、この旅行記のワープロ。 部屋の灯かりをつけると、奥方の不興を買いますので、 ぬき足、さい足、しのび足で、バスルームへ。 ここが、オトーサンの仕事場。 7時間半。 もう我慢できずに、部屋に戻り、 勢いよくカーテンを開けます。 と、いいたいところですが、カーテンは電動式。 ベッドサイドのボタンを押さねばなりません。 それも暗闇で。 適当にボタンをいくつか押しました。 やっとブーンという音がして、カーテンが開きます。 「おお、朝日だ、海面に射している」 奥方もようやく起きてきます。 「あら、キレイネ」 「やっぱり、オーシャン・ビューにしてよかったなあ」 「そうねえ」 朝方は、漁船の往来が激しいようです。 「あの船、面白い形してるわね」 「今日は、マカオに行こうか?」 「そうね...でも、オプショナル・ツアー、高いわよ」 そんな会話をしていると、ドアをノックする音。 「何だろう、今頃?」 「ホテルの人よ。 あなた、さっきバトラー・ボタンを押してたわ」 寝ているようで、奥方はちゃんとオトーサンの 一挙手一投足を監視しているのです。 ドアを開けて、 あやまって帰ってもらいます。 やおら、会話再開。 「あのな、今朝、何食べたい?」 「そうねえ」 「この店、どうだ?」 「どれどれ?」 奥方は、差し出されたガイドブックを見ます。 オトーサン、 早起きしてワープロ打ちのあと、 ガイドブックの研究もすませていたのです。 「ふーん、面白そうね」 「しめしめ」 オトーサン、 ほくそ笑みます。 さきほどの会話で、マカオ行きを提案したのは、 実は、この店に行こうという魂胆があったからです。 このほうが、安くあがるに決まっています。 計算通り、奥方が賛成しました。 「20HK$は、安いわね。 日本円なら、350円でしょ」 オトーサンたち、 いそいそとホテルを出て、 ネイザンロードへ向かいます。 およそ5分ほどの歩き。 その間に「茶餐廳」なるものについて 簡単に説明しておきましょう。 香港には、この「茶餐廳」が数多くあります。 日本のマックと吉野家と天丼のてんやを 全部集めたよりも、もっと数多く見かけます。 というのは、香港のひとは、 朝食は、家では食べず、外食するからです。 ですから、 お粥、麺、洋食など多様なメニューを 手軽に安く提供するのが、 この茶餐廳なのです。 九龍公園が見えてきたところで、 ネイザンロードを左折して、 路地に入ってすぐに、 お目当てのお店を発見。 外観は... まあ、街の中華料理店です。 「キレイなお店じゃないわね」 「そうだね、汚いというほどでもないけどなあ」 「行列してないな」 「ガイドブックってウソ書くのね」 そんな会話を楽しみながら、 お店に入りました。 「あらっ、満員ね」 「こりゃあ、席がとれればラッキーだ」 おばさんが、 テキパキと乱暴の間くらいの接客で メニューをもってきます。 メニーには、沢山の漢字が並んでいますが、 幸い英語表示もあります。 「葡式朝食、これでいいだろ?」 「そうね」 おかゆも麺も、モーニングセットもありますが、 ここは、やはりポルトガル(葡萄牙〕料理の流れを汲む マカオ(澳門)料理を取らねばなりません。 「20HK$、安いわね」 「へえ、朝6時から深夜2時まで営業してるんだ」 食事が到着するまでの時間、 あたりをキョロキョロ見回します。 部屋は、西洋風のつくりです。 オトーサン、 一度だけポルトガルに行ったことがありますが、 イスラムの影響を受けて、 壁や床にはモザイク模様のタイルが多用されていました。 ここも同じ。 「汚く使っているなあ」 せっかくのキレイなタイル壁に 張り紙、中華風の額縁、 そして時節柄クリスマス・デコレーションが 加わっているので、 雑然+騒然としています。 奥方とひそひそ話。 「奥さん、お店に出てるのかしら?」 「どの人かな?」 ガイドブックによると、 マカオのカジノ王の4人目の奥さんが この店のオーナーなのだそうです。 「あのレジにいるひとかしら?」 「うん、昔は、きれいだったのかも」 オトーサン、 何気なく言ってしまってから、 すばやく奥方の顔をみます。 どうやら、奥方は、聞いていなかったようです。 というのも、ちょうど食事が運ばれてきたからです。 その昔、お見合いしたときの 奥方は、若さで、ほんとうに輝いていました。 「きれいなひとだなあ」 若きオトーサンは、 心から感動しました。 いまはどうでしょう。 歳月が、あの輝きを消してしまいました。 「...でも、まあ、同じ年頃のひとと 比べれば、きれいなほうじゃないの」 「ねえ、呑まないの? このスープ、おいしいわよ」 「...うん」 奥方が、オトーサンがいつまでも レジのオバサンがカジノ王の奥さんかどうかという 問題に気をとられていると思ったらしく 注意してきます。 「そうだな、これミネストローネ・スープだ」 大き目のカップに入って、具沢山です。 見た目もなかかなのもの。 味もまあまあ。 おおいそぎで、コーヒーも飲みます。 「コーヒーもまあまあだよ」 奥方、目の隅で確認して、 「この紅茶も、おいしいわ」 「どれどれ」 オトーサン、 さきほどからの内心での 失礼な想念のおわびに、 奥方のティ−を飲んでみせます。 「うん、こりゃ、おいしい」 おいしい紅茶って、 日本では、なかかかお目にかかれません。 渋いのがほとんどです。 「パンも暖めてあるわ」 「うれしいねえ」 これも、冷たいのを出して知らん顔の店が多すぎます。 あとは、黙々と食事に精を出しました。 おいしい食事って、いいですよね。 食事が終って、お店を出ました。 奥方が総括します。 「紅茶もうまいし、 パンも暖めてあったし、 スープもうまくて、具沢山。 これで、20HK$は、安いわよ」 「そうだな、行列ができるハズだ」 外に出たとき、ひとが並んでいました。 オトーサンたち、ちょうどいい時に来たので、 待たずに済んだようです。 「明日もきましょうね」 カジノ王の4人目の奥さんも喜こぶことでしょう。 オトーサン、 つつがなく朝食が終って、胸をなでおろしました。 「残りの人生、 あと何回、おいしい朝食が食べられるかなあ」
9 美味絶佳の何とやら
オトーサン、 朝食後、奥方とぶらぶら散歩。 「これから、どこに行こうか?」 「そうねえ。どこがいいかしら」 毎日が自由であります。 反面、毎日行き先を決めねばならず、 幾分面倒でもあります。 殊に、お腹が一杯の時は、 思考力や決断力が鈍ります。 「何、贅沢いっている!」 そう怒られそうなたわごとですが、 ある程度、ルーティンワークがないと かえって落ち着かない時ってありませんか。 とはいえ手帳がビッシリ会議・行事で 埋まっていないとと落ち着かないのも 妙なものです。 そんなひと世の中に多いようですが、 オトーサンにいわせれば、 そういうのは、 「ビョーキ」 さて、前置きは、この程度に。 「そうね、家具街にでも行ってみる? ほら、ビバルス・ベイに行ったとき、 バスで通りかかったでしょう」 「うん、あそこかあ、行こう」 渡りに船と賛成します。 それから先のことは、 また後で考えればいいのです。 「どこにあったかなあ」 「まず、スターフェリーに乗りましょうよ」 「そうだな」 香港に行かれたひとで、 スターフェリーに 乗ったことのないひとは、 いないでしょう。 でも、尖沙咀から香港島の中環に行くのでなく 尖沙咀から香港島の湾仔へ行ったひとは 意外に少ないのではないでしょうか。 尖沙咀から 香港島に渡る乗り場は、左手。 同じようで、すこし違うヴィクトア湾と対岸のビルを 見ながらの7分程度の船旅です。 「さて、どっちの方角かな」 湾仔(ワンチャイ)の繁華街を 銅羅湾(コーズ・ウェイ)の方角に歩きだします。 オトーサン、 やたら理髪店が多いので、 値段を比較したりします。 49〜59HK$、日本円で1000円以下で 調髪と洗髪をやってくれるのです。 「まあ、安いなあ」 「まあ」と言ったのは、 日本でも、10分間で調髪という店が あちこちに出来てきたからです。 髪や顔をいじられるのがイヤなので、 こうした店のフアンになりましたが、 近所の理髪店の前を通るときは、 身をかがめて歩かねばならないのが難。 オトーサンたち、 いま汗をふきふき、 銅羅湾の繁華街をぬけて コーズウェイ・ロードを ヴィクトリア・パーク沿いに てくてくと歩いております。 もう汗みずく。 「家具街、どこかなあ?」 「道、間違えていない」 「疲れたなあ」 「どこにあるのかしらね」 行き当たりばったりが、 今回は、完全に裏目に出ました。 「せめて、地図もってきたらねえ」 「重いからガイドブックは、 持っていかないわって言ったのは、 誰だっけ?」 口に出すと、 ケンカになりそうです。 そうこうしているうちに、 緑の濃い山が迫ってきました。 「こりゃあ、来過ぎだ」 「そうよ、こんなに山のそばではなかったわ」 「そうだな」 「あそこに地下鉄の標識があるわよ」 迷子にならずに済んだようなので、 すこし元気を取り戻して、急ぎ足。 「あら、天后とあるわ」 「そういえば、あそこに天后廟入口とある」 「お腹空いたわね」 「そういえば、そうだな。 ここらで食べていくか」 もう2時間近く歩きづめです。 途中、銅羅湾のそばで市場があったりして 野菜果物、生きた鶏や魚にみとれていると あっという間に時間がたちました。 「ろくな店ないなあ」 駅の周囲は、汚くさびれた雰囲気です。 「ねえ、地下鉄に乗らない? 金鐘まで戻れば、 アイランド・シャングリアのそばに たくさんお店あったじゃない」 「でも、疲れたなあ」 「そうねえ。そこまで行くのも面倒になったわね」 「...どうだい、あの道路を渡ったところにある店?」 佳勝棘蟹小厨という地味な看板があります。 「どれ?」 「ほら、蟹っていう文字があるだろう」 オトーサン、 そんなことで、 いわば緊急避難的に そのお店に飛び込みました。 日本でも、 どこにでもありそうな中華料理店です。 街路樹のある広い道路に面しているので、 ややいい感じ。 奥方がウンといったのは、 おそらく店の前に置いたガラスケースのなかに 山積みされている上海蟹のお値段が、 両9HK$と安かったためでしょう。 オトーサンが 店に入って、 粗末なテーブルを前にして 粗末な丸イスで待っているというのに 奥方は、なかなか店内に入ってきません。 「脚を結わえられて、可哀そうね」 そういいながら、入ってきました。 そういいながら、食べてしまうのですから、 奥方に限らず、人間って残酷な生き物ですねえ。 オトーサン、 知ってるくせに、わざわざ聞いてみまます。 「何食べる?」 「蟹」 「どういう調理法にする?」 「メニューを見せて」 奥方、奪いとるようにビニールカバーの メニューを手にとります。 漢字ばかりで、分かるハズありません。 「もしかして、この両というのグラムじゃない?」 「そうか?」 オトーサン、 背筋が凍りつきました。 「道理で安いと思ったよ。 上海蟹が9HK$、150円で食べられるハズないよなあ」 「そうよ、さっき目方を量ってもらったら 20グラム以上あったわよ」 「そうすると、200HK$にはなるなあ、 日本円で5000円くらいになるか。 2匹も頼んだら1万円超すところだった。 危なかったなあ」 この小さな店では、 英語のメニューもありません。 蟹を昼間から食べるひともいないようで、 指差しもできません。 「弱ったなあ」 あたりを見回しても、 客は数人、勿論現地のひとばかり。 日本語をしゃべるひとなんか いそうにありません。 大体、店の席数が少ないのです。 10人座れるかどうか。 相席になったのが、作業服の若い男です。 山盛りのカレーをかきこんでいます。 オトーサン、 内心、ぼやきます。 「...空腹のあまり、 場違いの店に入ってしまった」 オトーサン、 それでも一家を代表し、 (といっても、奥方と二人ですが) かつまた、日本国を代表しておりますので、 この期に及んで、 おめおめ退散することは出来ません。 店主のおじさんが近づいてきたので、 メニューを指さして 「この蟹」 と漢字の字数の少ないほうを示します。 「清蒸」という字が含まれております。 おじさんは、首を振ります。 感心しない注文という態度。 話しかけてきます。 流暢なのは中国語でしょう。 もちろん、チンプンカンプン。 オトーサン、 首を振ります。 "I am Japanese.You Undastando?" 店主も、首を振ります。 息子も、レジに座っている奥さんも ニコニコしながら首を振っております。 どうも、この一家は総意として 「棘蟹」の文字が含まれている 蟹料理を食べてほしいようであります。 おじさんが、 何やら書いて持ってきました。 「棘味随意弥喜歓」 とあります。 オトーサン、 そのメモを奥方にみせて、 「どうも、さっきから これを食べさせたがってるなあ」 「そりゃそうでしょ。お店の名物なのだから」 「どうして、名物って分かる?」 「だって、お店の名前に棘蟹って入ってるわ」 「そうかぁ」 オトーサン、 空腹と疲れのせいで、 判断力に自信がもてなくなってきました。 でも、棘蟹の棘がトゲだと大変なので、 この際、清蒸の清一色で通すことにしました。 おじさんにふたたび、 「清蒸蟹料理」を指さします。 ところが、まだ突っ立っています。 「強情なおじさんだな」 そう思っていると、 奥方が、助け船を出してくれます。 「蟹だけじゃ、お腹がすくわ」 「そうかぁ。 まだ、蟹1匹しか注文していなかったか」 オトーサン、 段々、声にも力がなくなってきました。 「...お前に任すよ」 奥方は、横目でチラリと 若いもんの食べているカレーライスをみて、 「じゃ、あれにするわ。1人前でいいわね」 と念を押してきます。 オトーサン、 蟹一匹とカレーライス一皿では、 様にならないような気がしましたが、 「うん」 と仕方なく、うなずきました。 奥方がテキパキ注文します。 「どうも、オレは代表には向かないなあ」 先程までは、一家を代表し、 かつまた日本国をも代表しようという 意気込みがあったのですが、 NGつづきで、自信を喪失しました。 みなさん、 料理を待つ間の時間って、 待ち遠しいですよね。 とくに高級料理店で高級料理を待つときなど。 でも、こうした辺鄙な店では、 「早くこないかなあ」 とイライラするのが普通。 ところが、このお小さなお店では、 実にゆったりとした時間が流れているのです。 オトーサン、 考えました。 「どうしてかなあ? そう内装はいいとも思えないし イスがゆったりしているわけでもないし 美人店員がいるわけでもないし...」 レジにいるおばさんと女店員を確認します。 断言できますが、美人ではありません。 オトーサン、 「おお」 目をそらしました。 おばさんがセーターを脱ぎはじめたのです。 緑色のセーターがめくりあがると、 白い下着があらわれ、 そして肌が... おばさんが声を発します。 「????」 すると、奥から女店員がやってきて、 たくしあげられたおばさん背中を ポリポリ爪で掻きはじめたでは ありませんか。 おばさん、 目を閉じて うっとりしております。 オトーサン、 「何ということだ。 人前で、裸になるなんて」 あきれを通りこして なつかしさすら覚えました。 「そういえば、昔はこうだったなあ」 子供の頃、田舎のオバーチャンの 背中を掻いてあげたことがありました。 「そこそこ、そこがかゆいの。ああッ!」 はたまた、 女性が電車の中で授乳するのも見ました。 大きな乳房がころんと出てきて、 当時、思春期だったオトーサン、 ドキドキしたものです。 家族の空間が、 そのまま町中に溢れ出していた そんな時代もあったのです。 「...昔の日本は、よかったなあ」 やがて、料理が運ばれてきました。 「これが、清蒸蟹料理か」 大皿に蟹が1匹ドーン、 白い豆腐に埋まっています。 オトーサン、 「お前先に食べてみろよ」 殊勝にも奥方を立てます。 「毒見しろってわけね」 すぐさま、意図を見抜かれます。 「あらっ、おいしいわ」 奥方がニコッとします。 テレビ番組ですと、カメラが寄るところです。 このお店では、店主はじめ、おかみさん、息子、 女店員が、みな目をこらしているのです。 オトーサンも味見をします。 「どれどれ」 蟹の汁を含んだ豆腐の味が絶品でした。 オトーサン、 目をあげると、 ニコニコ覗きこんでいる一家の目に 出会いました。 箸の上げ下ろしまで、 注目される食事なんてひさしぶりです。 オトーサン、 落ち着かないので、 いつもより急ピッチで食事を終えます。 日頃から食事は早いのです。 奥方が半分もおわらないうちに 完了というのが常です。 「あなた、そのクセ直しなさいよ。 体に悪いわよ」 そういわれていますが、直りません。 今日も、ヒマなので 時間をもてあまします。 そこで、思いついて、 店主のおじさんが置いていったメモに 以下のように走り書きしました。 美味絶佳 佳勝棘蟹小厨 おじさん、 食事の進み具合を確認にきて、 そのメモ書きを見ると大喜び、 おばさん、息子、女店員に紙を見せて回ります。 それで終了かと思いきや、 店内の客全員に見せて回っています。 「佳」という字をあしらったのが よほど気に入ったのでしょう。 オトーサン、 その喜びようをみて、 うれしくなりました。 「民間外交の勝利だ。 オレみたいなNGO(NG男)の 存在が大事なのだ」 会計を終えました。 レジでニコニコしているおばさんに 220HK$を払い終えました。 すると、おじさんがやってきて、 待ったの仕草をして、 目の前で、サラサラ書きました。 「如来喜汽棘蟹味覚更佳」 実に見事な筆跡です。 「世に遺賢あり」 店を出ながら、 奥方にもらったメモを見せます。 「ほら、また来いとさ」 「もう行くことはないわよね」 オトーサン、 奥方の顔に、如来のカケラもないことを 再確認いたしました。 歩くにつれ、 如来は、次第に遠退き、 天后廟のシュルエットが 次第に大きくなってまいりました。 駅が近いようです。
10 マンゴー・プリン、食べ歩き
オトーサン、 香港にきて、 甘味の世界の奥深さに気づきました。 人間、誰でも、疲れると、 甘いものがほしくなります。 そして、この香港、 街のなかにやたら甘味の看板が目につくのです。 「フルーツたっぷりだな」 「ヘルシーそうね」 そんな数あるお店のなかで オトーサンのお気に入りのお店は、 許留山なるデザートのお店。 糖朝と同様にお気に入りで、 香港にくると、必ず何回かは立ち寄ります。 ここでのおすすめが マンゴー・プリン。 汁果亡果布圃。 お皿の中央にマンゴープリン、 まわりに苺とキウイとアイスクリーム。 これで、お値段はというと、23HK$。 日本円にして、約390円。 「うめえ」 とうめくこと請け合いです。 オトーサン、 奥方に聞きます。 「糖朝のマンゴー・プリンとどっちがうまいかなあ?」 「そうね、どちらもいいのじゃなーい」 許留山のほうが、演出が派手な気がしますが、 まあ、お味のほうは、似たようなもの。 どちらもおいしいのです。 この2つのお店のマンゴー・プリンは、 いわば香港スイーツ界の両横綱であります。 数日前に、糖朝に2度目に行ったときに、 OL4人組がやってきて、 オトーサンたちと相席になりました。 彼女たち、額を寄せあって メニューを覗きこんでおります。 やおら注文したのが、 やっぱり、このマンゴー・プリン。 鮮亡果凍布旬 18HK$(300円) 実に、おいしそうに食べていました。 オトーサン、 叫びます。 今朝、起きがけのことでした。 「大変だ、強敵出現だ!」 「何よ」 「もっとうまいマンゴー・プリンをみつけた!」 「どこよ」 「カオルーン・ホテルだ」 「じゃ、行ってみる?」 「行こう!」 早速、朝食後、出かけました。 このカオルーン・ホテル、 かの「ザ・ペンニシュラ」の姉妹ホテルです。 となりにあって、立地も最高。 それなのにお値段は、半額といったところ。 「次回は、ここに泊まるか」 期待感をもって見に行きました。 ホテルの2階のコーヒー・ショップへ。 奥方が、ため息をつきます。 「なあに、このホテル。惨めたらしいわね」 「ビルの日陰だもんだなあ。 おまけに客層が悪い。 見ろよ。お金がないひとたちばかりだ」 「シーッ」 家族連れやビジネスマンなど、 いかにもお金を節約していル感じのひとばかりです。 「でも、ここのマンゴー・プリン、 ペニンシュラとおなじものだそうよ」 「そうか、せっかくきたのだから、 やっぱり注文してみようか」 ウエイトレスもウエイターも、 ザ・ペニンシュラで出来の悪いのが、 ここへ回されている感じです。 どことなく覇気がありません。 そのくせ、客を見下しているような雰囲気は、 ザ・ペニンシュラと同じです。 やがて、注文したコーヒーとマンゴー・プリンがやってまいりました。 許留山とはちがって、イチゴもキウイもアイスクリームもついていません。 糖朝のように、容器が凝っていません。 普通の錫のアイスクリーム容器です。 「で、お味はどうでした」 「うーん、うまかったけど」 オトーサン、 手放しで、ほめることができませんでした。 マンゴーを練り上げていて、 凝った味になってはいますが、 あの生のマンゴーの切れ味が失われているのです。 ...それに、 「こんなに高いの?」 奥方が伝票をみて驚きます。 コーヒーとマンゴー・プリン2人前で お値段は、168HK$、 そして、 ロクにサービスなんかしていないので、 チップはけちって12HK$、 それでも、合計で180HK$もしました。 日本円にして、約3000円! 奥方がいいます。 「このホテル、2度とくることはないわね」 オトーサンたち、 このあと、 またバスに乗って、 レパルス・ベイを通り越して、 久しぶりに赤柱にいきました。 前回同様、赤柱市場でショッピング。 そのあと、海辺の岩場で日光浴。 海辺のテラスで、買ったばかりのオレンジをムシャムシャ。 ぬけるような晴天で、海はキラキラ、木々は青々。 海鳥がゆったりと上空を舞っております。 「のんびりしていいわね」 「ほら、に何か建物ができている!」 「どこよ?」 「ほら、あそこ、あそこ。対岸だ」 外人の溜まり場だった レストランが数軒あった海沿いの赤柱広場に、 5階建てのショッピングセンターが出来ていました。 隣接して、しゃれた高層マンション群もあり、 コンベンション・センターでしょうか、 やたら円柱の多いカラフルでモダーンな建物もあります。 大勢ひとが出ています。 「ここ、まだガイドブックに載っていないな」 「田園みたいなお店があるわ」 「田園」というのは、 田園調布のマダム連がたむろする 環八沿いにある高級スーパーです。 駐車場には外車ばかりで、 国産車で乗りつけるのは、はばかられます。 「香港エリートの高級住宅地ってわけだ」 「そうね、日本でいえば、葉山・鎌倉ってところかもねえ。 ,,,あたし、ここなら暮しても、いいわよ」 オトーサン、風向きが悪くなってきたので 話題を変えます。 「...あっ、あそこにマックがある! 行ってみよう」 「マックで、お昼ごはんなの?」 オトーサンのために、すこし弁護しておくと、 このマック、ただのマックではなく、 新業態のマック・カフェも併設されているのです。 日本では、恵比寿ガーデン・プレイスなど数ケ所にあるだけ。 「まあ、ここなら雰囲気もまあまあね」 「ちょっとスタバみたいだろ」 スタバは、スターバックスの略称です。 オトーサンたち、 ここで、カフェ・ラッテとサンドイッチの昼食を済ませました。 お値段は、2人前で38HK&(約620円) まあまあ「適正」価格でしたよ。 「このくらいの値段なら、許せるなあ」 「カオルーンはひどかったわね」 みなさん、 香港に行ったときは、 間違っても、ザ・シャングリラ、および その系列のカオルーンに近寄っては、いけません。 「敵性」価格です。
11 亀ゼリーを食す
オトーサン、 いよいよ香港ツアー、 お別れの日がやってきました。 「長いようで、短いツアーだったなあ」 「長くはないわよ」 奥方に訂正されました。 2002年2月19日から23日、 たったの4泊5日の旅行でした。 「どうも気になるなあ」 「何よ?」 「いや、カメゼリーだ」 「カメゼリー?」 そうなのです。 この香港には、 「亀ゼリー」の店がやたらにあるのです。 奥方は買い物でいそがしくて気がつかなかったようですが、 オトーサンは、たっぷり待ち時間があったので、 外から店を覗いては、 いろいろと考えにふけったものです。 「どんな薬草が入っているのやら...。 味のほうは、どうなのかなあ。 漢方薬みたいな味がするのかな。 第一、効き目があるのかなあ」 看板の漢字を見るかぎりでは、 種類豊富、効能抜群、霊験感涙に思えます。 「何だか気味が悪い」 と敬遠してまいりました。 オトーサン、 かけ声を出します。 「よ−し、今日こそ、食うぞ」 この文章を読むと、元気そうですが、 ほんとうは、バテていて、 つぶやくような細い声でした。 最終日だというので、朝から張り切りすぎました。 九龍公園の散策で、歩き疲れました。 それに、連日の強行軍も影響しています。 「何? 何か言った?」 そう奥方が聴いたことからも、 声が細かったことは、明らかです。 「うん、あの店に入ろうと思うんだけど」 「海天堂とかいう店?」 「いや、あの角の店だ」 「似たような店が沢山あるのね」 オトーサン、 気味が悪いという奥方を説得して、 お店に入りました。 若いカップルが数組います。 「こんな年寄りじみた場所でデートするのか」 「所変われば品変わるっていうでしょ。 これが香港なのよ」 「そうか、いいこと言うなあ」 オバサンが 店先で湯気を出している大釜から、 2杯すくってカップに入れています。 テーブルまで運んできました。 「それっ」 という感じで置いていきます。 ココアのカップに、 熱々のコーヒーゼリー状のものが入っているといえば、 その感じが分かるでしょうか。 オトーサン、 この期に及んで、言うせりふではないのですが、 茶褐色の飲み物を前に、ためらいます。 「大丈夫かなあ」 「あなたが食べようって言ったのでしょ」 「そりゃ、そうだけど...」 周囲を見回します。 若いカップルがスプーンを口に運んでいます。 「何、見てるのよ」 「あの女の子が食べてるのを見ていたんだ。 だいじょうぶかなあって」 「毒見してもらっているわけね。 そんなにすぐ効果は、わからないと思うわよ」 「そうだな。われわれも食べてみるか」 「ウム」 「....」 「まあ、そう悪くはないなあ」 「ゲンノショウコみたいな味ね」 「そうかな。熱いな」 「熱いわね」 ふうふう言いながら食べました。 ほんとうは、となりのカップルのように もっとゆっくりと食べればいいのでしょうが、 旅行者は時間に追われております。 「香港発の便は、何時だったっけ?」 「そう慌てないでもいいわよ。午後4時過ぎだから」 「すると、余裕をみて、午後1時にはホテルを出たほうがいいよな」 「チェック・アウト、11時じゃなかった?」 「そうか、こうしてはおれない。荷造りは済んでいるかい?」 「昨夜、あなた、早々に寝てしまったでしょ。あの後やったわ」 「それなら、もう少しノンビリできるか」 そんなことで、 亀ゼリーの効き目を確認するヒマもなく お店を出ました。 代金は、1人前で38HK$(約650円) だいたい、コーヒーの倍の値段です。 オトーサン、 日本上空にさしかかった頃、 奥方に話しかけます。 「何だか、オレ、ムズムズしてきたぞ」 「いやあね」 どうやら亀ゼリーは、遅効性で、 しかも、男性にしか効き目がないようです。 オトーサンの 「香港・美味絶佳」の旅は、 これにて終了いたします。 長いご愛読、有難うございました。