南紀白浜・湯ったり紀行
photo:橋杭岩
目次:*印は、UP済み。
*1 誘惑の甘い声 |
*2 南紀白浜、♪とれとれ市場 |
*3 ♪ここは串本、向かいは? |
*4 まんこ?まんこう? |
5 熊野詣は霊験あらたか? |
6 熊楠を歩き尽くすぞ! |
7 絶景かな、瀞峡・大滝・橋杭岩 |
8 おすすめのグルメ |
オトーサン、 会うひとごとに明言します。 「おれは、国内旅行をしないの! 足腰が元気なうちは」 ヒマができ、お金がたまったら、 専ら海外旅行に行くことにしています。 ...ですから、奥方から甘い声で 「ねえ、どこかに旅行しない?」 と誘われたときにも、 「いやだよ、国内なら行かない!」 と間髪をいれず返事したほどです。 ところが、 奥方は一枚上手でした。 「航空機がタダなんだけど」 「えっ?」 「あたし、カナダにひとりで行ったでしょ。 あのときのJALのマイレージで、 国内ならどこでもタダで行けるのよ、年内なら。 どう?」 「そうかあ」 オトーサン、あえなく陥落いたしました。 「それで、どこに行きたいの?」 「金沢か、札幌はどう?」 「おれ、いやだよ。 ただでさえ、寒いのに、 わざわざ寒いところに、行くこたぁないだろう」 「じゃぁ、どこがいいの?」 「どこがいいって、どこがいいの?」 「あたしは、金沢か北海道よ」 「あったかいところで、どっかないのか?」 「九州、四国、それから南紀白浜よ」 「じゃあ、南紀白浜にしよう!」 「あたし、昔、行ったことあるわ、 何も、いまさら、白浜なんか」 「じゃあ、やめとくか」 「いいわ、いいわよ、白浜でも。 ...じゃあ、宿の手配は頼むわよ」 「あっ、そうだったのか」 甘い声の理由が分かりました。 宿代を負担させようという魂胆だったのです。 まあ、いいでしょう。 そんなことで、南紀白浜3泊4日の旅が はじまりました。
オトーサン、 「早いな、もう着いたのか」 朝の8時55分に羽田空港を出発し、 ほどなく眼下に南の海と白い海岸線が見えました。 10時10分到着。 1時間ほどで、南紀白浜空港に到着しました。 「通勤時間よりかからないなあ。 さて、足はどうしようかなあ」 何しろ、急な旅たちですから、予備知識ゼロ。 今度の旅は、すべて奥方まかせ。 ところが、肝心の奥方は、 例によって、オトーサンまかせ。 さっそく、空港ロビーで立ち往生しました。 幸い、トヨタレンタカーの係員が 予約客の出迎えに来ていました。 「おたくの営業所、どこにあるの?」 「白浜警察署の前ですj 「?」 「レンタカーをお借りになるなら、 営業所までご案内しましょうか?」 「うんうん、そりゃあ有難い!」 そんなことで、バンに同乗させてもらいます。 同乗者は5人でした。 15分くらい乗って、白浜警察前の営業所へ。 「何をお借りになりますか?」 「ヴィッツがいい、ナビ付きの」 「ごめんなさい、ナビ付きは みんな出払っているのです」 「じゃあ、すこし高いけど、イストのナビ付きは?」 「ごめなさい、イストも出払っております」 「困ったなあ。 道不案内だから、ナビ付きがいいんだけどなあ」 「何日くらいお使いになりますか」 「そうねえ。まだ決めていないけど、 最低でも2日間は、借りたいなあ」 「それじゃあ、こうさせてください。 カローラのナビ付きを、 ヴィッツのナビ付きのお値段で お貸しするということで、いかがですか?」 オトーサン、 ほくほく顔です。 「儲けたなあ。 料金表で、カローラは2ランク上だぜ」 「そうねえ。気前がいいわね」 「どこへ行こうか?」 「さっき教わったとれとれ市場にでも行ってみる?」 同乗の若いひとから、聞いた白浜名所です。 奥方は、京都なら錦市場、 金沢なら近江町市場というように、 市場が好きです。 最近は、家にちかい築地市場の喧騒が大好きで、 入り浸っています。 土地の人情風物に触れるには、 まず、地方市場へ。 これが旅を楽しむ法則その1です。 「こりゃあ、聞きしに勝る大きさだなあ」 「すごいわねえ、日本一というのもウソじゃないわね」
photo:とれとれ市場
この市場、堅田漁港の直営だけに、 魚市場の充実ぶりは見事です。 全国の漁港と直結!と謳っているだけあって、 新鮮な魚が数多く集まっています。 巨大な円筒形の水槽があって、 タイやヒラメが元気に泳いでいます。 となりには大きな水槽が4つ、 この地方ならではのクエもゆうゆうと泳いでいます。 「クエって、こんな魚なの?」 大きな鯉のような魚で、珍味とか。 黒潮に乗ってやってきた生マグロもドーン、 大トロ、中トロ、赤身の切り身、 イクラ、数の子、 「うまそうだなあ」 オトーサン、 もうよだれが出てまいりました。 近海物が多いのがいいのです。 サバ、サンマ、アジ、イワシ、イサキ、柳ガレイ カマス、甘鯛、金目鯛、太刀魚、いか、たこ...。 「おお、この伊勢エビ、大きいなあ」 「こっちのタラバガニも大きいわよ」 奥方の好きな貝も種類が豊富です。 「サザエは、焼いて食べさせてくれるんですって。 あら、エビもそうみたい」 「殻つきカキも、その場で剥いて食べさせてくれる」 「アワビ、おいしそうね、ホタテも粒が大きいし。 買って帰りたいわぁ」 「何?この赤イカ、化け物ね。80センチあるわ」 「甘エビ!持って帰りたいなあ」 「今日はだめよ、腐っちゃうから」 「干物はどうだろう? ししゃも、アジ、スルメ、うるめいわし...」 「それより、棒だら、見た?」 「あの盛大にぶらさがっていた奴か?」 「お海苔もシイタケも昆布も安いけど、 この前、築地で買ったばかりだし... そうね、鰹節を買って帰ろうかしら」 野菜や果物も豊富です。 とくに、有田みかんは、ここの特産。 地方発送と銘打って、箱売りです。 「安いわねぇ。 でも、送料が600円かかるわ」 奥方は、有田ミカンが 20ケくらい入って200円なのに、びっくり、 「安いわねえ、これ買うわ。 クルマのなかで食べましょうよ」 10ケくらいついている枝付きの甘柿が、 たったの100円! 「おれ、これ食べたい!」 柿を買ったら、おばさんがその場で剥いて 1ケサービスで食べさせてくれました。 「ここのひとって、人情味があるわねえ。 あら、トマト1箱1200円よ、安いわぁ」 「おいおい、もう買うのよせよ」 紀州梅も試食つきで盛大に販売しています。 オトーサン、ハチミツ入りの大きな奴をペロリ。 ついでに、たくあんも一切れ。 「買わないのに、悪いなぁ」 那智黒や薄皮饅頭などお菓子の特産品もあります。 かまぼこもこの地方の名物でしょう。 このほか、肉屋、おすし屋さん、 そして食堂も喫茶店もあります。 熊野杉の産地ですから、 有名な備長炭、竹炭、木酢液も売っています。 「へえ、那智石の硯なんだ。碁石もある!」 「何でもそろっているのねえ、 安いわねえ、 それに何といっても新鮮ねえ」 ごった返す買い物客をみながら、 奥方が感涙にむせびます。 オトーサン、 「ダイエーがなあ。 このくらい頑張っていればなあ」 先日、夕刊フジの取材に答えて、 ダイエーはもうダメと答えたことを思い出しました。 「そういえば、あれ、どうなったのかなあ」 まだ、掲載記事を送ってもらっていません。 「まあ、いいや、そんなこと。 浮世のことは忘れよう」 旅に出たら、 浮世の憂きことは、きれいさっぱりと忘れる。 これが旅を楽しむ第2の法則です。
オトーサン、 「まだ11時半だ、どこへ行こうか?」 「そうねえ、どこがいいかしら。 お昼ごはん、おいしいところないかしら?」 「そうだなあ、せっかく遠くまできたんだから、 おいしいもの食べなきゃなあ。 この先、何回おいしいものを食べられるかなあ?」 「変なこといわないでよ」 この歳になると、 若い頃燃えさかった性欲なんていう面倒なものに 悩まされることはなくなって、 食欲が生きがいとなっております。 前者は、ますますおだやかになるのに反して、 後者は、ますます盛んになってきているのです。 オトーサン、 カローラのダッシュボードについている ナビをみやりながら運転に集中しています。 海沿いの道はカーブ続きで、 トンネルも多く、 そのうえみんなが飛ばしているので、 慣れるまでしばらくは、要注意です。 「どうして、トンネルで点灯しないんだ、 ここのひとは」 「....」 「天気がいいわね」 「....」 「私、お腹が空いてきたわ。市場に行ったせいね」 「....」 「ほんとうに天気がいいわね」 「....」 「串本にいいお店があるみたい」 「串本か。 ♪ここは、串本、向かいは大島、 仲を取り持つ運航船、 ありゃよいさーのさっさ」 「?,,,」 オトーサンたち、 互いに相手の話は半分聞き流し。 沈黙とわけの分からぬ会話を交換しあっています。 2人旅だったら、 お互いに相手の言うことを軽〜く聞き流す。 これが、旅を楽しむ第3の法則です。 旅先で盛大に喧嘩をしている夫婦をよくみかけます。 「喧嘩がイヤだから、夫婦では旅に行かないの」 そんなご夫婦も多いようです。 オトーサンたち、 結構、夫婦旅を楽しんでいますが、 そのコツが、聞き流し。 旅先では、それこそ、思わぬことに出食わします。 いちいちお互いの価値観を確認しあっていたら、 キリがありません。 やがて1時間、 ナビは串本市内に入ってきたことを示しています。 「ありゃ、あれ大島だろう?」 「そう?」 「何だ、あの橋は?」 「きれいな橋ねぇ」 「もしかしたら...」 そうなのでした。 ♪ここは、串本、向かいは大島、 仲を取り持つ運航船 そんな歌の風景は消滅していたのです。
photo:くしもと大橋
1999年にくしもと大橋が開通して、 大島とは陸続きになっていたのです。 連絡船は、島めぐりの観光船に変身しました。 「...ここも公共工事かぁ」 「ムダづかいよねぇ。 でも...、地元の人は、さぞ、 便利になったと喜んでいるのでしょうね」
オトーサン、 途中ひと休みしたときに、 ナビの目的地を串本市役所にセットしました。 「市役所のそばなら、うまいものが食えるだろう」 そう考えたのです。 日本の地方都市では、 立派な建物があれば、大体が役場ですよね。 「いい就職先です」と威張れるのも、 役場勤めのひとくらいです。 そう決まっております。 それに、役場のひとは、接待が大好き。 公費で、金回りがいいので、 周辺には、おのずから、 うまいものを食わせる店があるにちがいない、 こう睨んだのです。 役場のそばにうまいものやあり。 これが、旅を楽しむ第4の法則です。 当たっているかどうか、楽しみです。 「ここ役場みたい」 「どれどれ」 建物は古びていますが、串本市役所とあります。 「どこに、うまいもの屋があるのかなあ?」 オトーサン、 クルマを役場脇に止めて、 道案内をしてくれるひとを探します。 「誰もいないなあ」 人っ子ひとりいません。 ネコが一匹悠然と道路を横切っていきます。 空には、とんびが、舞っております。 「弱ったなあ」 そうつぶやいたとき、塀のかげから エプロン姿のおばあさんが現われました。 「おお!早速聞いてみよう」 「すみません。 東京から来たのですが、 どこかこのあたりに、おいしい物を食べさせてくれる お店ってないでしょうか?」 おばあさん、 首を振って、 「おいしいものというてもなあ」 「どこかないですか?」 「そうねえ、わしらが時々食べに行っている店で よかったら、あるけど」 「それそれ、そんなんでいいのです」 オトーサン、 固唾を呑んで、おばあさんの答えを待ちます。 「まんこがいいわな」 「まんこ?」 「そう、まんこう」 「そ、それ、それって、 どういう字を書くのですか?」 「まんは、まんじゃね。 難しいほうの」 オトーサン、 手のひらに書いてみせます。 「萬ですか?」 「そうそう、そんな字だねえ」 「こうのほうは?」 「ロと書くなあ」 「口?ですか」 「そうそう」 「で、どこにあります? そのお店」 「そこの角を曲がって、しばらく行ったところよ」 「いやぁ、ありがとうございます」 オトーサン、 くるまに戻ります。 「分かった?」 「ああ、分かった」 「何というお店?」 「...」 とても恥ずかしくて、奥方には言えません。 その萬口、 串本駅のすぐそばにありました。 駐車場はなく、家の前に置けとのこと。 オトーサン、 「汚い料理屋だなあ」 奥方、 「汚いのは、外観だけで、 お店のなかはきれいかもよ。 老舗のお店って、みんなそんなものよ」
photo:萬口
萬口擁護派の奥方は、 店内に入ると、 「....」 この萬口、 お世辞にもきれいとはいえません。 混んでいるので、カウンター席に。 普通、割烹料理屋のカウンターといえば、 檜ではなくても、何かの木肌の温もり感じさせる 板が使ってありますが、ここは違います。 薄緑色にペンキを塗った薄板。 しかも、 目の前にいらっしゃるお方も、 後ろにおられるのお方も、 店員は、みんな、おばあさん。 昭和20年代にタイムスリップしたようです。 オトーサン、 「このお店の名物丼にしようよ。 いいだろう?」 「いいわよ」 「じゃぁ、2人前!」 やがて、湯気のたつ釜の前にいた おばあさんがカウンターの向うから、 ひょいと差し出したました、 薄茶色の大きなどんぶりです。 「この色合いからすると、 万古焼きかなあ。 まさか、古万古じゃあるまいな」 ちょっと解説すると、 mankoではなく、bankoと読むのです。 伊勢の特産品です。 万古焼きの由来について、 急に知りたくなった方は、 以下のサイトへどうぞ。 http://www.pref.mie.jp/TANBO/BUNKA/mieb0235.htm オトーサン、 どんぶりの中を覗き込みます。 「赤身だなあ。まだ若い色だなあ」 ちょうど鉄火丼のように、 ご飯のうえに、カツオの赤身が 何枚ものっているのです。 おばあさん、 「はじめは、そのままで食べて、 あと半分は、海苔をのせてお茶漬けで」 そう簡潔に言われて、あらためて気づきます。 これが、名物「かつお茶漬け」なのです。 オトーサンたち、 15分後、お店を出ます。 「おいしかったわぁ」 「...そうだなあ」 ほんとうは、 「いやぁ、萬口の味は格別だなあ」 といいたかったのですが、やめました。 「きざみ海苔の風味がすばらしかった」 「ゴマだれがしみこんだカツオ、絶妙の味だったわ」 「そういえば、ごはんも熱々でうまかった」 「玄米茶もよかったわ」 「大満足だなあ」 「お値段もまあまあよね(1300円)。 また来ましょうね」 「....」 オトーサン、 お店をふりかえって、 看板名を確かめます。 「萬口かぁ」 店名の由来は、 萬人の口を楽しませようというのでしょう。
オトーサン、 「伊勢に七度、熊野に三度、 どちら欠けても片参りか、 うまいこというなあ。 今日は、熊野詣でもするか」 「いいわよ」 てなことで、レンタカーを駆って、 ぐんぐん熊野山中に分け入っております。 「ナビって便利だなあ」 はじめての土地ですから、道不案内。 ナビの女性は、 「700メートル先、左折です」 「300メートル先、左折です」 「すぐ先を、左折です」 とこまめに案内してくれます。 オトーサン、 「お前も、このくらい気が利いてればなぁ」 と余計なことをつぶやいて、 しばし、奥方のご機嫌を損なっています。 でも、奥方は、今日はゴキゲン。 「白浜の宿はよかったわね。 夕日みた?」 「ああ、見たよ。 和室と洋室の2部屋あったのが よかったな。 思う存分寝られたもん。 (お前のイビキに邪魔されずに)」 注:かっこ内は、奥方には伏字です。 「お風呂もよかったわ」 「そう、サラサラしているのに、 ヌルヌルしてる。サラヌル!」 「ハハハ」
photo:宿からみた白浜海岸
「この道、伊豆の修善寺あたりみたいね」 「昨日の42号線は、 伊豆の西海岸みたいだったなぁ。 今日の311号線のほうが真直で走りやすい」 「潮岬よかったわね」 「ああ、あの展望台から見た景色!」 「地球が丸いと実感できたわ」 「風が強かったなあ」、 「それが、寒くないのよね」 「気温が16度もあったってさ」 「そう?常夏ね」 「何でも、八丈島とおなじ緯度なんだってさ」 「へえ」
photo:潮岬
オトーサン、 感動しています。 「おお、到着予定時刻が どんどん早くなっていく!」 「飛ばさないで!90キロも出てるわよ」 「だって、前のクルマについていってるだけだぜ」 「ついて行かなくてもいいの」 「ハハ」 そんなことで、午前10時に白浜の宿を出たのに、 ナビに目的地としてセットした 本宮町役場に到着したのは、11時半でした。 「45分短縮した」 「つまんないことで自慢しないでよ」 「これが本宮かなぁ?」 「町役場よ、立派ねぇ」 「どこもそうだよ。 それにしても、ここはお金のかけすぎだなぁ」 長い石段をのぼって、 熊野本宮大社に参拝しましたが、 町役場のほうがずっと本宮みたいでした。 「そうか、洪水で流されたのか」 「昔の本宮は、立派だったのかしら?」 「そうだよ、看板見たかい?」 「そんなのあった?」
photo:旧熊野本宮大社
オトーサン、 早速、旧本宮跡に向かいます。 途中汚い自動車修理工場の脇を通りぬけます。 「...この町、 お金のかけかたを間違ってるよなぁ」 「そうねぇ」 熊野川の河原に面した大斎原に佇みます。 苔むした石垣があるだけ。 「...そうか、寛治四年(1090年)というと、 もう1000年も前になるか。 白河上皇が幾山河を越えらえて、 ここにお見えになって。 それから、ここが有名になった。 当時は末法の世。大勢の人々が、 この地に、魂の救済を求めてやってきた。 まさに、この場所に。 蟻の熊野詣とまでいわれた賑わいがあった。 ...いまや、人っ子ひとりいない。 間違っているよなあ。 紀州にミニ新幹線を!南紀に高速道路を! そんなことをいう前に、やることがあるだろう。 この大斎原(おおゆのはら)の地に、 熊野本宮本社を再建すべきじゃないのか!」 オトーサン、 心に吹きすさぶ風を感じながら、 役場前のクルマに戻ります。 「あった、あった!」 「何が?」 「食べ物屋だよ」 「あなたって...、 食べ物のことばかり考えているのね」 「....」
photo:茶房珍重庵
オトーサンたち、 このお店の名物・もうで餅を 「おいしい!おいしい!」と食べてから、 「きのこめし!」 「あたしは、山菜そばにするわ」 と大満足でした。 オトーサン、 途中、やおらおみくじを取り出します。 「いつの間にそんなの買ったの?」 「ほら、大吉だ! すべての願いごとがかなうとさ」 「どれどれ。 あらっ、良いこと書いてあるわね。 言葉が不要なほどの愛情が育つだって」 「....」 そこで、旅を楽しくする第5の法則、 おみくじ代をけちらないこと。
オトーサン、 午前7時にお風呂に入って、 ロビーで朝刊各紙を読み、 8時に奥方と食堂へ、貸切り状態です。 「うまいなあ、この卵」 「ほんとよねえ、新鮮よね」 実は、熊野詣でのあと、 熊野古道を少し歩こうといって、 中辺路(なかへち)からクルマで山道を 高原熊野神社へと登ったのですが、 雨が降ってきて、熊野古道の散策は中止。 奥方が、農家のおばさんと仲良くなって、 まっ黒な紀州鶏の生んだばかりの卵を ひとつ、いただいたのです。 それが朝食の食卓にのぼったというわけ。 「お天気がよくなってきたわね。 今日はどうするの?」 「南方熊楠デーというのはどう?」 「みなかたくまくす?それ誰?」 「エライひとなんだ、郷土の英雄。 和歌山県が生んだ世界に誇る博学者。 後で資料見せるから、気にいったら行こうぜ」 オトーサン、 まずは、白浜にある南方熊楠記念館へ。 海岸沿いをゆっくりお走ります。 「まあ、きれい!」 「お彼岸になると、 あの穴から朝日、夕日が射しこむらしい」 「まあ、一度、見てみたいわねぇ」 「....」
photo:円月島
オトーサン、 「おいおい、馬鹿にすんなよ」 棕櫚の大木がゆれる記念館の門には、 こう書いてありました。 12月11日から20日まで臨時休館 「せっかく来たんだから、お庭でも 見ていきましょうよ」 葉ぼたんを植えている庭師にお願いして、 急坂を記念館のほうへ。 オトーサン、 「この坂、きついなあ」 「あなた最近、運動不足よね、映画ばっかり」 「そうなんだ。来年は控えようかと思ってるんだ」 ようやく登りきると、いい眺めです。 さきほどの円月島が直下に見えます。 「エライひとなのね。 こんないい場所をひとり占めにするなんて」 「この歌碑を読んでごらんよ」
photo:歌碑
奥方、歌碑を読みます。 「雨にけふる神島を見て 紀伊の国の生みし南方熊楠を思ふ。 ...下手な歌ね」 「神島は、かじまって読むんだ。 お前、ひとが聞いていないからいいけど。 天皇陛下が個人名を詠むなんて大変なことだよ。 ノーベル賞をとった田中さんだって、 ムリだぞ」 「そりゃそうね。でも、韻を踏んでないわよ」 「そういえば、そうだなあ」 オトーサン、 今度は、田辺市に向かいます。 例によってナビの目的地は、田辺市役所。 田辺市は、白浜町のお隣り。 和歌山県第2の都市。 その昔は、熊野水軍や武蔵丸弁慶の生誕の地。 南方熊楠の旧邸などゆかりの地です。 11時半、田辺市役所に到着。 これまた、ご立派です。 場所も、これまた一等地。 風光明媚な扇ケ浜に面しています。 「安いわねえ。市役所の駐車場代」 「何なに?最初の1時間は無料で、 あと1時間毎に100円か」 「東京の六本木なんか、1時間600円よ」 「6時間とめても500円よ」 徒歩で、5分ほどの中屋敷町へ。 「標識が分かりにくいわね」 「お金かけろよな。こういうところに」 オトーサン、 「あった、あった!ここだろう」 「あらっ、非公開みたい。 資料は保存顕彰会に連絡せよとあるわ」 「しょうがないなあ、せめて写真だけでも撮ろうj
photo:南方熊楠旧邸
撮っていると、自転車のおばさんが到着。 「すみません。資料がいただきたいのですが、 この保存会、どこにあるのですか?」 「どうぞどうぞ、中にお入りになさって」 オトーサンたち、 玄関を入って、あがりがまちに座ります。 おばさんは、どうやら熊楠ゆかりの方のようです。 資料数点と記名簿を差し出します。 「どちらからいらしたのですか?」 「東京からです」 「まあ」 「大きな楠ですねえ」 「以前は、枝もよく張っていたのですよ」 後でパンフを読むと、熊楠は母屋と書斎の間を 傘も差さずに往来できたそうです。 この書斎でかれは、膨大な著作を物にし、 この庭の柿の木にのぼって、 粘菌の新種ミナカテルラ・ロンギフィラを 発見したのです。 オトーサン、 「お腹がすいたなあ」 中屋敷町から田辺駅のほうに向かいます。 お目当ては、宝来寿司。 ここの"ひとはめずし"が名物とか。 「この名前、どういう由来ですか?」 「そこに書いてあります」 女店員さんは、ぶっきらぼうです。 確かにメニューに、1葉若布(ひとはめ)と 書いてありました。 「さっぱりしていて、おいしいわね」 昼食後、徒歩数分の闘鶏神社へ。 ここは、熊楠の妻・まつえの実家で、 熊楠は、この深い神域を自分の植物研究の 拠点としていたようです。 オトーサンたち、 その後、市役所まで戻り、 「せっかく来たんだから、扇ケ浜を見ていくか」 この浜、やたらテトラポットが多く、 せっかくの風景が台無しです。 おまけに、無粋な看板がありました。 「密航、密輸、不審船、 あなたの声で118番。 第5管区海上保安本部 田辺海上保安部」 「こんなとこまで、北朝鮮の船がきているのかしら」 オトーサン、 せっかくの興趣に水を差された思いでしたが、 気を取り直して、最後のゆかりの地に向かいます。 「まだ、行くの?」 「そう、高山寺、お墓がある」 このお寺、市街のはずれの高台にあります。 財政難か、やたらお墓を増設しています。 「まあ、幼稚園や駐車場にするよりはいいか」 探すのに手間どりましたが、発見しました。 「昔は、ここから神島が見えたんだろうなぁ」 「お墓の端っこまで行けば、見えるわよ」
photo:高山寺にある墓
オトーサン、 熊楠ゆかりの場所をひととおり見終わって 時計を見ると、午後3時半。 「まだ宿に帰るには早いな」 「そうね」 ということで、有名な天神崎へ。 日本初のナショナル・トラストということで、 自然保護の対象地区ですが、 あまり管理状態はよくありませんでした。 でも、看板があって、 この黒潮に面した暖かい土地特有の 植物分布が図示されていました。 丸山という名の小島に生えているのは、 トベラ、ウバメガシ、ハマヒサガキ、 マルバシャリンバイだそうです。 海岸の崖には、下から順に、 ウメバガシ、マルバシャリンバイ、 ハマヒサガキ、ヒサガキ、ヤブツバキ、 ウバメカシ、アカマツ、クロバイ、 コシダ、ヤブニッケイ、クロマツ、タブノキ そして、湿地帯の向うには、 ヒメユズリハ、モチノキ、コジイが生育。 奥方は、植物に詳しいので、 「山にある木もまじってるわよね」 とコメントされました。
photo:天神崎
この天神崎、広い岩礁があって、 釣り人にも最高の場所でした。 「1度、ゆっくり釣りにきたいなあ」 「そうね、磯遊びもいいかもね」 「どうする?夕日がすばらしいらしい」 「でも、あのあたり雲が多いわよ」 「そうだな。待っていてもしょうがないか」 今日の熊楠デーは、充実していたなあ」 「まあね」 そんなことで、旅を楽しむ法則の第6は、 その土地の偉人を味わい尽くすでした。 目で見て、足で確認し、頭で考えることで、 楽しみが、より一層深まるのではないでしょうか。
オトーサン、 「早いもんだ。もう最終日。 何時の便で帰るんだっけ?」 「午後7時半よ」 「じゃあ、時間は、たっぷりあるな。 どこに行こうか?瀞峡にでも行くか」 「いいわね、でもトロキョウではないのよ、 ドロキョウていうのよ」 「ほんとうかよ? だって長瀞は、ナガトロって呼ぶせ」 「でも、そうなの」 「そうか、それじゃ仕方がないか。 確か、熊野本宮大社の先だったよなあ。 一昨日行っておけばよかった」 「そうね、もっと遠いかと思ってたのよね」 「じゃぁ、思い切って、瀞峡に行って、 それから那智大滝もみて、 串本経由の42号線回りで、帰ってくるか」 「海岸回り? それじゃぁ、1日かかるわよ」 「まあ、何とかなるだろう」 オトーサン、 朝9時に宿の支払いをすませて、スタート。 もはや勝手知ったる道です。 「飛ばすわねぇ」 「今日は、ナビの予定時刻より何分短縮できるかな」 「速度違反でつかまるわよ」 10時10分、早くも瀞峡へ、 ジェット船の乗り場、志木に到着します。 「おお、これじゃ10時半のに乗れそうだ」 出航は、1時間おき。 「せめて12時半、うまく行ったら11時半のに 乗れたらと思っていたのになあ」 「よかったわね」 オトーサン、 「おい、これ貸切だよ」 乗組員2人に、乗客2人。 「では、出航しまーす」 「何だか悪いわね」 「この船、なかなかいいねえ。 静かだし、暖かいし、やけに早いし... 船長さん、これ何人乗りですか?」 「54人乗りです」 「スピードはどのくらい出るの」 「時速40kmです」 「そりゃ早いね。 船底は水面からどのくらいあるの?」 「そうですね、60cmぐらいです」 「それじゃ、川の水量が少ないときでも、 大丈夫なんだ」 オトーサン、 聞くことだけ聞くと安心して、 川面を眺めます。 急に眠たくなってきました。 「いい眺めだなあ」 ちょうど女声アナウンスがありました。 「この先で、熊野川が 北山川と十津川に分かれます。 北山川の右手は三重県、 左手は和歌山県でございます。 水源は、大台ケ原。 日本一雨量が多いといわれております。 「ふーん、そうなんだ」 「いい景色ねえ」
photo:熊野川
熊野川を遡ると、瀞峡に出ます。 「まさに、山高く谷深しの秘境だなあ」 「水がきれいねえ」 女声アナウンスは、周囲の岩の解説をしております。
photo:瀞峡
40分ほどでもうUターン。 「あれは何ですか?」 オトーサン、船長さんに聞きます。 「あれはセギです、鮎をとるのです」 「ヤナじゃないのか」 「セギ(瀬木)です」 オトーサンたち、 11時45分には、もう下船し、 168号線を新宮に向かいます。 熊野川沿いのさびしい道が続きます。 百人一首を口づさみます。 「山里や 冬ぞさびしさ まさりける。 人目も 草もかれぬ と思へば」 「それ、誰の歌?」 「秀丸」 「そんなひといた?] 「いないよ。 秀丸は,エディターの名前さ、 そういえば、シェアウエアなのに まだ送金してないなあ。 ほんとは、源宗干(みなもとのむねゆき)の歌だ」 ところが、 奥方の返歌が帰ってくるではありませんか。 「山里や 冬ぞさびしさ まさりける。 やはり市中がにぎやかでよい」 「まさか、お前の歌じゃないだろうな」 「蜀山人のよ。昔、学校で習ったの」 オトーサン、 そんなかけあいをしながら ぐんぐん飛ばします。 海岸に出て、それからまた山のぼりして 那智大滝に到着しました。 「ああ、やっぱりいいなあ」 「頑張ってやってきて、よかったわね」 「おお、腹減ったな」 「そうねぇ、どこかその辺のお店で食べる?」 「たいしたものはなさそうだけどなあ」
photo:那智大滝
オトーサン、 「滝の音は たえて久しくなりぬれど、 名こそ 流れてなお聞こえけり。 誰の歌か知ってるかい?」 藤原公任(ふじわらのきんたふ)でしょ」 「...」 那智大滝をみて、また海岸線に戻ります。 しばらく42号線を走ると、 左手にマグロの漁獲高日本一の 勝浦漁港の標識がありました。 「パスしよう」 やがて、捕鯨発祥の地、太地(たいじ)へ。 「ここに、確か落合選手の記念館があったよな」 「入場料2000円だって」 「そんなにするのか、何考えているのか」 「あら、看板があったわ」
photo:落合博満記念館の看板
オトーサンたち、 そんなことで、先を急ぎます。 「3時だ、串本に着いたぞ。 あと1時間で白浜だ。 もう着いたようなものだ」 「よかったわね、 4時半に白浜としても 出発便の7時半まで大分余裕があるわ」 「あらっ、見て!すごい景色ねぇ」 「おお、こりゃ、すごい!」
photo:橋杭岩
この奇岩の列は、全長850メートル、 大小40もの岩が橋桁のように並んでいます。 柔らかい頁岩が波で侵食され、 石英粗面岩の岩脈だけが残ったそうです。 「これって、世界遺産でいいんじゃないの」 「みんな、意外に知らないわよねえ」 「まあ、知らなかったのは、 オレたちだけかも知れないけれど。 ...ここの伝説知ってるかい?」 「知らない」 「昔、弘法大師がここに来て、 大島まで一晩で橋をかけようと 天邪鬼と賭けをしたものの、 負けそうになった天邪鬼が鶏の声を真似たので、 弘法大師がもう夜が明けたと思って 作業を中止したらしい」 「それ、どこに出ていた?」 「お前のもっていたガイドブックにあった。 ロクすっぽ、読んでいないんだ」 「そうよ、悪かったわね」 奥方、悔しがって、 百人一首を読みます。 「いい景色ねえ。 源重之の歌、知ってる?」 「いや」 「風をいたみ、岩うつ波の おのれのみ くだけてものを思ふころかな っていうのよ」 「そ、それってイヤみか?」 「そうよ」 さて、このいさかいから学ぶ 旅を楽しむ法則その7は、 お互いに生半可な知識をひけらかさないこと、 これに尽きるようです。
オトーサンたち、 4時20分 白浜の奥座敷といわれる椿温泉に到着。 泉質のよさで有名です。 「旅の垢を落としていくか」 そんなことで、 国道沿いのホテルしらさぎのお湯に入ります。 「お風呂は4階だってさ、 日帰り入浴があって500円」 「いいわね」 そんなことで、小1時間海をみながら 湯ったりと温泉につかりました。 「いいお湯だったわぁ」 さて、 ここで南紀グルメの総括をしておきましょう。 お菓子部門 1位 うすかわ饅頭(串本・儀平) 2位 もうで餅(熊野本宮:茶房珍重庵) 3位 なし 料理部門 1位 かつお茶漬け(串本:萬口) 2位 ひとはめずし(田辺:宝来寿司) 3位 鯖ずし・さんまずし(とれとれ市場:幸鮨) おみやげ部門 1位 くえ(とれとれ市場) 2位 ごぼう巻き(とれとれ市場) 3位 ひの菜(とれとれ市場) では、1位のうすかわ饅頭・儀平の 店舗を紹介して、 この南紀白浜・湯ったり紀行を終りましょう。
photo:うすかわ饅頭 儀平
「あなた、くえを紹介しなくては」 「そうだったな」 このお魚、フグよりうまいといわれる幻の魚です。 事実、とれとれ市場では、ふぐやアンコウよりも 高値でした。 帰宅して、お鍋にしたのですが、 「うまいの何の」 その白身は、脂がのっているのにあっさりして 絶妙な味でした。 旅を楽しくする法則その8は、 おみやげを厳選する。 その心は...、後味がよくなります。 (完)