NYでご入浴


1920年代のNYの風景画

目次
1 オトーサンの旅支度 2 オトーサン、いざNYへ
3 オトーサン、NYでO級グルメ 4 オトーサン、A級グルメに挑戦
5 オトーサン、ホテルの部屋を変える 6 オトーサン、ウォルマートへ
7 オトーサン、サラトガ競馬場へ 8 全米オープンテニス観戦記
9 奥方、ターナーを論ず 10 奥方、フラッシュ撮影を敢行す
11 オトーサンのホテルの賢い利用法 12 ワシントンの響きと怒り
13 オトーサン、ハーレムでお買い物 14 NY最後の朝


1 オトーサンの旅支度


いよいよNYへ。
オトーサンの心はいつものように高鳴ります。
頭のなかに、NYの風景が渦巻きます。
あの雑踏、あの活気、あの希望と栄光と挫折の街が浮かんできます。
今度は、何をしようかなあ。
今度も、あれを楽しもう。

はじめて海外旅行にいったとき、
オトーサンは、緊張していました
ガイドブックに書いてある通りに
大きな旅行鞄になかにいろいろなものを詰めこみました。
洗濯ばさみとロープなんていうものまで
そろえましたよー。

ですから、羽田空港に着いたときには、
もう、息があがっていました。

(原注:まだ成田空港ができていなかった)

「あー、やっと着いた!」
搭乗手続きがすむと、重い荷物から開放されますから、
「あー、これで旅も一段落だ」
なーんて、思いました。
ええ、
本当のことです。

乗るまえに、ひと騒動ありました。
一行の団長のセンセーがなかなかやって
まいりません。
「最終のご案内です。NY行きにご搭乗のかたは、
どうぞお急ぎ1番ゲートまでおこしください」
という頃になって
センセーはゆうゆうと現われました。

「?」
そのセンセーのいでたちをみて、
オトーサンは、かたずをのみました。
なんと、A4サイズの茶封筒がひとつ。
よせばいいのに、オトーサンは
聞きました。、
「センセー、お荷物はもうお預けになられたんですか
「キミィ、文明国にいくのに、大きな荷物なんかいらないよ。
必要なものは、向こうで買えばいいのだから」

それ以来、オトーサンは、外国へいくときには
できるだけ小さな手提げ鞄だけで、身軽に出掛けることに
いたしました。
「パスポートとお金さえあれば、あとは何とかなるさ」
と奥方にも申し渡します。

ところが、どうしても旅先では、買い物に精が出ます。
気がついたときには、もう手遅れ。
「どうせ日本で捨てるものなら、外国で捨ててこよう」
と下着類や靴は、ボロボロになったものを着用していきますが、
それらを処分しても、まだスペースが足りない。
「あーたの鞄、まだ空いているでしょ。
なら、私のおみやげ、入れてくれない」
なーんて声もかかります。
結局、大きな鞄を帰国寸前に買いに走ります。

そんなことの連続で、オトーサンのウチの物置は
各種の鞄の見本市の様相を呈しております。

ここで、今回のオトーサンの旅支度を
お目にかけましょう。
「地球の歩きかた」よりも親切ですから
忘れ物のないようにコピーしておくといいよ。

でも、結局は自己責任であることも
お忘れなく。


携行品リスト:必需品

パスポート、同コピー、予備の写真4.5cm×3.2cmを2枚
出入国カード
日本円5万円入りの財布
米ドル500$(すべて20$以下の紙幣で)入りの財布
路上強盗へのチップ(現金100ドル)入りの財布
小銭入れ
カード(VISAとAMEX)とその番号控え
搭乗券、マイレージカード
ホテルの予約書
キャリーバッグとネームタグ
肩かけ鞄(リュックサックは危険)
腕時計
メガネとその予備
手帳(日記・家計簿と兼用)
ボールペン数本(万年筆は気圧の関係でダメ)
旅程表(宿泊先住所、電話番号)
出発時の備忘録(戸締まり、ガス栓、電気、ゴミの処分)
家賃の支払い
帰宅時の自宅のカギ
予備知識(時差、気温、衣類サイズ、日本への電話番号)
リコンファーム時の航空会社の電話番号と会話のしかた
ポリデント?
ニトログリセリン?
恥かしくない程度の服装と着替え一式
化粧道具一式
ある程度の体力と英語力


あれば、なにかと助かるもの

ポケットの深いシャツ
小型電気かみそり、歯ブラシ、ハミガキ、爪切り、クシ
手ぬぐい、扇子、サングラス
整理用の小袋
スリッパ
目覚し時計
ルーペ
雨具、折り畳みがさ
懐中電灯
万能ナイフ
靴ヒモの替え、靴敷きの替え
胃腸薬、かぜ薬、湿疹薬、目薬、
綿棒、バンドエイド、リップクリーム
ティツシュ、パウダーティシュ
ガム、楊枝
体温計、血圧計
電卓、テレカ
名刺、住所録、電話帳
ガイドブック
簡単な手みやげ(ひよこ)
機転


あれば、楽しいもの

単眼鏡(双眼鏡より軽い)
デジタルカメラ、記録メディアおよび大量の乾電池
国際免許証、レンタカーの予約書、ドライブマップ
水着(帽子、パンツ、ゴーグル、手ぬぐい)
文庫本数冊
あなたが追っかけならサインペン
巨人が勝っていれば昨日のスポーツ報知、
サッチーの記事の出ている女性週刊誌
ブロードウエイのミュージカルのあらすじ
万歩計
DVDとソフト
B5ノートパソコン、ケーブル、バッテリー、海外用変圧器
家族の写真
愛人または愛人の写真、もしくは愛人の飼っている猫の写真
機内で入手不可能なアルコール類(越の寒梅)
明るい笑顔と食欲


持っていってもよいが、役に立たないもの

機嫌の悪いときの奥方(旦那)
パジャマ、浴衣
バスタオル、バスローブ
避妊具
裁縫セット、巻尺
睡眠薬
石鹸、洗濯ばさみとロープ
蚊取線香、ゴキブリホイホイ
みそ、しょうゆ
梅干し、海苔、佃煮
缶切り、ワインの栓ぬき
社交用のスーツ、タキシード、およびドレス数十点
外務省の渡航先警告書
辞書(英和・和英)、英会話の本、または翻訳機
時刻表、JRのイオカード
TVガイド、首都圏道路地図
ヘアドライヤー
ケイタイ電話、カーナビ、VTRのテープ
花束
地位・権力


ガンバッテ持っていくべきもの

長年愛用の枕
座布団
ぬいぐるみ
おはし
日清のかっぷらーめんと湯沸かし器
お米(魚沼産のコシヒカリ)と小型炊飯器
ゴルフ道具、テニス道具、スキー道具
アクアラング、ライフジャケット
非常用のながーいロープ
ズボンプレス機と大きな姿見
体重計
自転車、クルマ椅子、松葉杖
マージャン、囲碁、将棋、花札、トランプ、百人一首
聖書、仏典、漢籍
消火器
作務衣、下駄、着物
勇気・好奇心・忍耐力


持っていってはいけないもの

ルイヴィトンのバッグ
ウエストポーチ
三越の紙袋
高価な装身具、手提げ金庫
ウォークマン
るるぶ、地球の歩き方
普通のカメラ、フィルム、リチウム電池
ビデオカメラとバッテリー、充電器、コード
仕事の書類
たばこ
海外旅行保険
トラベラーズ・チェック
ベレー帽
野菜・果物、花の種、土壌入りの植木鉢
肉、肉製品
とら、ライオン、ペンギン、九官鳥
麻薬、処方箋のない薬
商業目的と間違えられそうな大量のみやげもの
愛人のマンションのカギ
いかにも日本人らしい持ち物


必要だが、持っていけないもの

住み慣れた家
愛車
犬または猫、もしくは熱帯魚、おおとかげ
夏目漱石全集、平凡社大百科事典、志ん朝落語全集
絵画・彫刻、
書画・骨董
思い出のアルバム
毎日の新聞
ソニーの大画面TVべガ
マッサージ機のアーバン
鋭利な刃物、拳銃
救急車、消防車、パトカー
親切な隣人
崇高な精神


つい持っていってしまいがちなもの

住民票、健康保険証、年金受領書(控)
米穀通帳、自動車保険証書
預金通帳、株券、印鑑
卒業証書
愛車のカギ
猫のエサ
猫よけペットボトル
クリーニングの預り証
透明な市役所指定のゴミ袋
非常用ナップサック(かんぱん、非常食など)
各種カード類(レンタルビデオ屋、アコム)
今週末のスーパーの特売のチラシ
タイのバーツ、ロシアのルーブル紙幣
ゴミ箱
包丁とまな板
日本風のみやげもの(絵葉書、扇子、箸、おりがみ)
夫婦喧嘩、見栄、日頃の品の悪いしぐさ


2 オトーサン、いざNYへ

当日の朝、オトーサンは奥方のトイレに行く物音で おめざめになりました。 連れションをしてから 最期の荷造りをいたします。 どうして、いつも直前になって、 次々と忘れ物を思い出すのでしょうか。 「パスポート、どこにしまったかなあ」 「おみやげのサラダオイルのビンは割れないかなあ」 「折り畳み傘はもっと小型のがないかなあ」 駅までキャリーカートを引いて てくてく日陰を選らんであるきます。 オトーサンたちの世代は、 タクシーを奮発するってえーことができません。 汗だくになって、駅の階段に到着。 「わが国の駅は、どうして、こう不親切なんだ」 日暮里で「成田まで」 と窓口でいいます。 「成田でいいんですか」 そうでした。 成田空港と正しくいわねばなりません。 「スカイライナーを」 といってから、 「一番早く着くのにしてください」 「では、11時50分発の特急、1000円」 オトーサンは、奥方と2人分で2000円を払います。 「しめしめ、儲かった」 スカイライナーだと、ひとり分2000円なので、 半額ですみました。 ところが、ホームに降りると、 11時50分発、青砥行きとあるではありませんか。 「あの駅員め、だましやがったな」 と思いましたが、後の祭り。 奥方は、駅員を探してホームを走ります。 やがてアナウンス。 「成田空港へいかれるかたは、次の青砥で 特急にお乗り替えください」 「やれやれ」 オトーサンは、安堵のため息をもらしました。 成田を出発する前には 多くの関所をくぐっていかねばなりません。 「いくつまで、この気力が続くかなあー」 車内で奥方から出入国カードをわたされました。 奥方のマネをして記入するものですから、 「あなた、ここは、ご自分の名前を書かなくては」 と注意されます。 それではと、独力で書きはじめました。 「搭乗地」の記入方法がわかりません。 成田か、東京か、日本か、はたまた極東か。 正解は成田・東京。 でも、これって 文部省、運輸省に注意しておいたほうがいいよ。 だって、成田は千葉県ですよ、 ええ、千葉県。 千葉県、シッカリしなさい。 浦安も千葉県だろ。 なんで、東京ディズニーランドなんて 業者にいわせておくの。 雑務が終って、すこしノンビリしていると、 車内アナウンス、 「第二空港駅です。お急ぎください」 オトーサンのめざす駅は、空港第一ターミナルです。 「何で第二が第一の手前にあるんだ」 「何で、素直にターミナルといわないで、空港駅と いうのだ」 オトーサン、今朝はコーフンしているものですから 他人の誤りにはすぐ気付きます。 すると、奥方がオトーサンの足元をじっと見て、 「あなたの靴下、柄ちがいよ」 あわてて出てきたものですから、間違えたようです。 「あーあ、先が思いやられるなあ。 まあ、命に別状ないから、よしとするか」 で、ようやく空港。 エスカレータで4階にまで重い荷物を運び終えると、 そこがひろーい出発ロビー。 幸い、カウンターは出発3時間前のせいか、 がらがらでした。 「やあ、今日はついてるなあ」 オトーサン、元気になりました、 「さあ、両替だ」 500ドルくらいは、米ドルにしておかないと、 あとあとタクシー代にも困ります。 奥方は、1週間ほど前に、銀行で両替をすませておりましたが、 オトーサン、為替相場はまだ円高基調と踏んで、 この日まで両替しないで、ガンバッテきたのでした。 「何しろ、ミスター円こと大蔵省の榊原クンが、後輩なんだから」 とたいして知り合いでもないのに、 自分まで為替の専門家になったような気分になっています。 世の中にこういう手合いって多いですなー。 obuchiはオレの人生の後輩なんていいだしたら、 65歳以上の日本人2000万人くらいが いい気持ちになります。 「ところで、為替レートはいくらかなー」 空港ロビーの目の前にあった富士銀行の掲示板には 1$=113.85とあります。 「オタクが一番有利ですか」 「いやあ。それは、各行それぞれですから」 「知ってるくせに...」 とオトーサンは内心おもいましたが、 どーせ、出発までは 3時間もありますので、 空港内の銀行をみんなチェックしてまわりました。 結論は、富士、第一勧銀、住友は同じ。 東京三菱が113.65ともっとも有利でした。 500$両替して、日本円で56820円。 もし他行利用ならば、100円くらい損します。 「やったあ、100円儲けたあ」 「それに、為替差益だってあるぞ」 為替差益とはおおげさですが、奥方と一緒に117円で 両替していたら、約4円損するところでした。 計算すると、500ドルで2000円ほどになります。 出国審査を終えて、デューティ・フリー・ショップの 並ぶ場所に出ます。 最近カ拡張されて広々としています。 ワゴンがあって、オメガの販売をしております。 そこで、オトーサンと同型の時計がならんでいました。 正札をみると、 208000 となっております。 「儲けたー」 オトーサンが、香港の夜店で値切って買った値段は 何と 3000円。 差し引き、205000円の儲けになります。 「やったあ」 こうして正直者の門には福が来るということが 実証されたのであります。 さらに、オトーサンは、 パソコンをはじめてNYで使うなどという 大胆不適(?) 空前絶後の計画をもっておりますので、 電気店へと走ります。 「海外向けのコンセントがほしいのですが」 と女店員に聞きます。 「どちらですか」 「NY」 と胸を張って答えます。 ところが、 返ってきた答えは、 「それなら日本と同じです」 「そんなバカな。 NYのコンセントが、日本と同じということが あっていいと思うか。 そんなことがゆるされるのか」 と内心思いましたが、可愛い女店員のまえでは オトーサン、そんなことはとてもいえません。 「アダプターをお持ちですか?」 と聞かれます。 「アダプター?」 不意をつかれて、とっさに、それが何か思い出せません。 昨日から荷造りでアタフタしてきましたが、 アダプターとは違うでしょう。 「あのー、延長コードのようなものです。 電圧の関係で日本のものは使用できません」 「ウン、これかい」 オトーサン、いそいそと 鞄からコードを取り出しました。 「しめしめ、コンセントを買うのは失敗したが、 変圧器は無事買えそうだ。 これでやっとNYと日本の差がつく。 大金をはたいてNYまでPCをやりにいく 甲斐があったというものだ」 「おみせいただけますか?」 女店員は、コードのコブのようなところを手にとって シゲシゲと眺めます。 「お客様、変圧器も必要ありません」 オトーサン、驚いたの何の。 「あなたには、NYにいく資格がありません」 と宣告されたようなものです。 「このアダプターは、100Vー240Vとなって おりますので、NYでもそのままお使いになれます」 おとーさん、可愛い女店員の前で恥をかきましたが、 両方で3000円ほどのお金を節約できました。 オトーサン、 すばやく計算して 電車賃、時計代金、為替差益、アダプターなど すべてあわせて、 21万3100円を これまで トクしたような気分になっております。 さて、3時間経過。 オトーサンたち 無事、機内に入りました。 シートをみつけ、 「おー、窓際だあ」 と大喜びします。 会社では、この窓際が問題なのですが、 ヒコーキでは逆。 いい待遇なのです。 「今回は、いいことばかり続くな」 とオトーサンがつぶやくや否や。 機内アナウンス。、 「当機は、第三エンジン不調で、部品交換の ためにゲートにひきかえします」 そして1時間。 ようやく離陸とあいなりました。 ところが、一難去って、また一難、 お飲み物のサービスが終ると、 アメリカのほうの出入国カードと 税関申告書が配布されます。 「うーん」 オトーサン、腕組みして考えこんでいます。 「このLast Nameとは 何だ」 翻訳すると、最後の名前。 「小学校で名前を呼ばれたときは、確か真ん中あたり だった。最後っていうことはなかった。」 「これは、もしかすると、この飛行機が落ちて 名前が最後に読みあげられることから 由来しているのかなあ」 「いやいや、佐々木 亨」だから、最後の方は 亨。したがってtoruと記入すればいいのかも」 万策尽きて、ステュワーデスさんに聞くと、 LAST NAMEの正解は、 SASAKIでした。 外国では、TORU SASAKIとサインするから 最後の名前はSASAKIというわけ。 次は、税関申告書。 先の入国カードが緑なのに、こちらは白です。 何か自白しろの白のような趣きであります。 書いてあることが、 いちいちこわーい。 麻薬をもってて逮捕されたことがるか 処方箋のない薬をもっていないか オトーサンたち、じっと細かい字を読みます。 「ルルはダイジョーブかしら」 と奥方が心配そうにいいます。 「前回、大正漢方胃腸薬をもっていって だいじょーぶだったから、ダイジョーブだろう」 なーんて、わけのわからぬ会話をしております。 NYまで狭い機内に13時間。 エコノミー。 いくら安くても、身体にはよくない選択です。 で、オトーサン、 七転八倒。 むなしく安眠を求めていろいろなポーズを 試してみます。 まず、ロダンの考える人のポーズ。 すぐにアゴとヒジとモモの3ケ所が痛くなりました。 では、というので、シートを倒します。 「お客さま、サインが出ておりますので、いまばらく お待ちください」 エコノミーでは、倒れたって数センチのことであります。 いちいち目クジラを立てるほどのことではないのですが、 IATAかどこかの申しあわせで、すべての航空会社が バカな規定を遵守しております。 誰かが、IATAに 「いやだーIYATA」 というべきなのでしょうが、 安い料金しか払っていない手間か、 だーれもそんな問題提起はいたしません。 原注:IATAは、略語。 International Air Transport Association という国際的な旅行関係の機関なのだそうです 次女が、現在ロンドンで、この資格を取ろうとしておる そうで、軽々に悪口なんかいうなと叱られました。


3 オトーサン、NYでO級グルメ

オトーサン、 質問しましょう。 「O級グルメってご存じ?」 NYでおいしいものを食べたかったら、 ”ZAGART”というレストラン・ガイドを買うといい、と ものの本には書いてあります。 そこには詳しく、有名レストランの名前、推奨する料理やサービス、 住所、電話番号などが出ております。 ところが、 オトーサンが たどたどしい英語で予約ができたとしても 無事、お店にたどりつけたとしても、 ローマの宮殿のような外観に耐え、 純白の制服のウエイターたちの軽蔑の視線に耐え、 周囲の着飾った紳士淑女にひけを採らない風貌をしていたとしても もうオトーサンの小心な胃袋は すでに縮みあがっておりますから、 次々と出る皿に舌づつみを打つどころか 前菜の終った頃には すでにお腹が一杯で ため息が出るだけ とあいなります。 ウエイトレスが、 ”ENJOY?” なーんて、チップ目当ての笑顔をみせてくれても すでに、オトーサンの心は 目ん玉の飛び出るような料金支払問題に直面していて ENJOYどころか 炎上、逆上しております。 したがって こうしたA級グルメは 断固、避けるべきであります。 かといって、 「地球の歩き方」を聖典のように所持しているのも 何か変であります。 実は昔、オトーサンも、その口でした。 「じゃあ、一番最初に載っているPlanet Hollywood にでも行ってみるか」 とオトーサン、ウキウキとでかけました。 ところが、けばけばしい内装 耳をつんざくようなロック音楽 大量の大味の食事に 仰天いたします。 「やっぱりアメリカの食事はまずいわー」 と決めこむことになります。 大体が、「地球の歩き方」が想定する読者は、 YOUNG(若者)。 激辛ラーメンなどの愛好者であります。 通過儀礼として 一度は、変わったことを体験してみよう という手合いであります。 散々通過してきたオトーサンたちには、時間とお金のムダ。 こうした Y級グルメも また、避けるべきであります。 はたまた、避けるべきは B級グルメであります。 国内でも、最近、 「安くてうまいB級グルメ」という 魅惑的な言葉につられて まずーいラーメン屋に入ったりして 後悔したひとは多いことでしょう。 事情はNYでもおなじ。 例えば、 NYにきたらデリへ。 その筆頭に必ずあげられるのが、 カーネギー・デリカテッセン・アンド・レストラン。 かのエンパイア・ステート・ビルディングやメトロポリタン美術館 くらいに有名な食堂。 そうした触れこみにのせられて オトーサンたち いってみました。 汚い通りで、店の前には、ぽん引きがうようよ。 ホームレスもおります。つまり乞食ですなー。 みんなお上りさんが目あて。 中に入ります。 暗い、汚い、狭い。 やおら出てきたのが、 パサパサのサンドイッチ、てんこ盛りのお肉。 となりのアラブの運転手とひじをぶつけながらでは 食べているのか 耐えているのか わかりませーん。 そこで、オトーサン 寿司屋ならばダイジューブだろうと 当りをつけます。 グランドセントラル駅近くのT寿司。 ご主人の書いたNY進出苦労談のご本も出て、 なかなかの健闘ぶりと伝えられております。 ところが、 これが和風くずれ 何やらわびしい哀愁がただよっております。 和服を着たおねえちゃんが、大年増。 世帯やつれが顔やしぐさににじみ出ております。 八丈島に流罪をば、いい渡されて20年、 聴いておくんな、アタシの苦労。 という感じであります。 さして高くない代金を払うとき 思わず、オトーサン、 がんばってね と言ってしまいました。 でも、寿司屋さんはもうすこし威勢がよくないと いけません。 G寿司。 場所は、アッパーイースト。 1年前は、がらんとさびれたお店。 それが、どこをどう間違ったのか、 評判が評判を呼んで 遠方からも予約をとって超満員。 客層は若い外人OL。 ハシを使い、おちょこで一杯やっております。 オトーサンたち 30分も待ちましたが、そのうえ、あと30分待ちと 宣告されて帰ることにいたしました。 まあ、バブル時の日本と同じ。 潮が引けば、つぶれるお店のひとつです。 そんなことで、 オトーサン、自力で O級グルメを探すこととしました。 O級とは? 何をかくそう、 応急措置のOと、オトーサンの頭文字をとったものです。 ガイドブックにはありません。 頼るは、カンとアシ。 「犬も歩けば棒にあたる」の試行錯誤。 本邦初公開ですが、 「後悔先に立たたず」という諺もあるので、 あくまでご参考に。 で、 その第一は、ブルーミングスデール。 「何それ、デパートじゃなーい」 「そうそう、一度はいくべしと日本の流通関係者が視察に 押しかけている高級百貨店。サードアベニューの60stにあります」 「でも、食事の話をしてるんじゃないの」 「そーですよぉ」 とオトーサン、胸を張ります。 この胸を張るときは、気をつけてください。 あまり、ものを知らないときのポーズであります。 実は、今回がはじめて。 「なかなかいいわい」 と思っただけのこと。 ブルーミングスデール:開店の5分前 ブルーミングス・デールには4軒の食堂がありますが、 ”SHOW TIME”というお店が、O級グルメ。 セルフサービスなので、メニューで注文して、来たら ちがうものというようなことがないのは安心。 7階の目立たない場所にあるためか、静かです。 上流婦人の常連が多いので、雰囲気も上々。 調度品・照明もよく、落ち着けます。 あの日本のざわざわしたデパートの食堂とは大違い。 ハンサムなシェフもいて、好きなサラダなんぞを 取り分けてくださいます。 売れ筋は、フルーツサラダかサラダかスープとパンという ところ。味もまあまあ。 お代金は、ランチタイムで、奥方と2人分で、 初日は16$ 2日目は10$でした。 安いもんです。 高級レストランならば100ドルは覚悟なのに。 「で、NYグルメ報告の第2弾は?」 まあ、まあ、そうせっかちに催促しないでください。 まだ滞在2日目、夕食は連日娘のアパートで和食。 奥方と娘が2人でつくってくれます。 初日は ごはん 豚汁 冷やっこ 塩じゃけの切り身 ホーレンソウのおしたし、 デザートに、桃。 2日目は ごはん 豚汁 キンピラゴボウ 米ナスの焼き物、大根おろし添え オクラのあえ物、梅酢添え マグロの照焼き、レモン風味 絞りたてのグレープフルーツ・ジュース これが、 また うまいのなんの。 これぞ、究極のO級グルメでーす。 では、また、おあとがよろしいようで。 NYグルメ第2弾のご報告は、あしたの、おたのしみー。


4 オトーサン、A級グルメに挑戦

オトーサン、 9月に入ると、NYは、もう秋たけなわ。 ひところ43度を記録した街とはとても思えないさわやかさで 朝晩は、長袖がいるほど。 日中でも、日陰にはいると涼しく感じます。 なにしろ、NYの緯度は青森なんですから。 オトーサン、 もはや日本より一足先に、食欲の秋。 なにしろ、NYでは、毎日よく歩きますから。 平均2万歩。 日本の倍は運動しております。 とーぜん、 毎朝のゴハンが待ちどおしい。 オトーサン いきつけのお店は、 ファースト・アベニュー、77stのグリーン・キッチン。 ここでは、卵とじゃがいも、ベーコン、フルーツサラダ、 アメリカンが定番。 これで、奥方と2人で12$。 オトーサンたちがここが気にいっているのは、 娘のアパートから近いため。 起きたときから、もう空腹ですから、 とても遠方まではいけません。 フィフス・アベニュー、60stのホテル、ピエールや フォーシーズンズまでいけば、 おいしい和食が食べられることは承知しておりますが、 朝から着飾って、高いお金を払う気にはなれません。 ここグリーン・キッチンがいいのは、 通りに面していて、大きなガラス窓の脇が オトーサンたちの指定席になっていて 眺めがいいことです。 広い4人がけのテーブルに2人で向かい合って 奥方が、 「ほら、あの犬をつれたひと」 というと、 オトーサンが、首をまわして 20匹くらいのワンちゃんを連れたドッグ・ウォーカーを 目撃します。 このドッグ・ウォーカーというのは、れっきとした職業で、 裕福なご家庭のワンちゃんたちの毎朝の散歩を請け負っております。 だいたいが若い男の力仕事。 オトーサンが、 「あの、ウバグルマ」 というと、今度は奥方が、首を回して 2両連結の乳母車をみます。 「双子だねえ」 「そうねえ」 とふたりは感無量であります。 今でこそエラそうな口を聞く娘たちですが、 乳母クルマに乗っていた時代もあったのです。 どうしても気晴らしに京都見物にいきたくて、 双子をそれぞれオンブして、幼い息子の手を 握って、手荷物が一杯だった頃を思い出します。 あのころ、この2両連結の乳母車があれば ずいぶん助かったことでしょう。 ここグリーン・キッチンでは、 NYPDと書いたパトカーが止まったり、 巨大なゴミ収拾車が通過したり タクシーの運転手がクルマを掃除していたり、 老若男女の通勤客の生態を観察できるのが オトーサンの大いなる愉しみであります。 ここNYでは、 日本よりもドラマティックなかたちで 人生の縮図をみることができます。 アップタウンに向かうひとは、若いひと。 希望に燃えて足早に前進していきます。 ダウンタウンに向かうひとは、人生の落伍者。 暗ーい顔をして、とぼとぼと歩き去ります。 朝からノンビリ散歩をしている老年のご婦人や ジョギング中の若い娘は、この辺に住む上流階級なのでしょう。 そんなことで、毎朝、ここグリーンキッチンで 食べていると、それなりに楽しいのですが、 「たまには河岸を変えましょうよ」 と奥方がもうします。 4つ若い分だけ、まだまだ、好奇心旺盛なのです。 「面倒だなあ」 と内心思いましたが、O級グルメの夕食でお世話に なっている関係で奥方には、逆らえません。 FIGAROという女性誌のNY特集号などを 娘の部屋でみつけて、適当なレストランを探します。 原注:FIGARO No.126 1998 TBSブリタニカ SOHOとかロックフェラーセンターとか アッパーウエストとか遠方はダメ。 あくまでも近所。 分厚い”US TODAY”を小脇にかかえても 持ち重りのしない程度の距離。 で 今朝の お目当ては ペイヤード。 レキシントン・アヴェニュー73stー74st。 FIGAROには ペイヤードについて、こう書いてあります。 「ダニエルのペイストリーシェフであるペイヤードが 開いたビストロ。 野菜のスープやチキンサラダなど、 ライト感覚溢れるメニューで アッパーイーシトの奥様たちをとりこに。 もちろんケーキやパンも大人気」 「うん、これこれ」 オトーサンはしきりにうなづいております。 なーに、文章のはじめのほうなどロクに読んじゃいません。 目にとまったのは、ケーキ! おいしいケーキを食べたい。 毎日2万歩も歩いていると、もう身体は肉体労働者のそれ。 甘いものが疲労回復には欠かせません。 そこで、帰宅前に寄ってみました。 敵情視察。 はじめての店には気をつけよう。 このおなじFIGAROの記事を信じてSOHOまで でかけて昨年は失敗しております。 まずーい、きたなーい、愛想なーしの3拍子。 しかし、このペイヤードは 入り口は地味、ウエイターの黒人のおにいちゃんも 愛想なしですが、 ケーキとパンが見た目はおいしそう。 客層も上流階級のご婦人がたばかり。 天井も高いし、調度品もよく選らんであります。 よくみると、奥がレストラン。 手前のスペースが売店と喫茶コーナー。 お店の焼き立てパンとコーヒーで簡単な朝食くらいは 摂れそうです。 翌朝、オトーサンたちは 早速、味はだいじょーぶかなあ なーんて、つぶやきながら 朝食を摂りにでかけてみました。 これが大正解! クロワッサンがうまーい。 絶品でした。 うまい理由を考えてみると、 表面は、パイのような、かるーい仕上がり 中は、良質のバターを使って、もちのようなねばっこさ。 このコントラストが何ともいえずよいのであります。 ブリオッシュも同様。 あまーいアーモンドの味がします。 おもわず、オトーサン、3つも食べてしまいました。 パン3つとコーヒーで10$。 安くはありませんが、この味を味わえるなら安いもんです。 帰宅して、オトーサン もういちどFIGAROを読み直します。 これを心理学の専門用語で 「認知的不協和」というそうであります。 つまり、再確認をする。もういちど反芻する。 読者のみなさんがすでに読まれたガイドブックの文章は こうでしたね。 「ダニエルのペイストリーシェフであるペイヤードが 開いたビストロ。 この文章は、ダニエル、ペイストリー、ビストロという あまり聞きなれない3つの単語からなっております。 ペイストリーはパン。 ビストロは、フランスの気軽な家庭料理店 ということぐらいは分かります。 この文章で、残るキーワードは、ダニエル。 「ダニエルってぇ奴は、何者?」 オトーサン、もちまえの好奇心がムラムラとこみあげて まいりましたよー。 知らないことがあることに耐えられない性分であります。 YAHOOで検索しようかと思いましたが、 その前にFIGAROの別のページをパラパラめくって みました。 「あ、出ていた」 「NYの頂点に立つシェフの手で、至高のときを味わう」 という大きな見出しのなかに、かのダニエルなるシェフの 紹介が長々とあるではありませんか。 「このレストランのオーナーシェフ、ダニエル・ブール氏は あまたいるNYの中でも、最も尊敬されている人物。 リヨン出身の彼は、フランスの三ツ星レストランのシェフ、 ジョルジュ・ブランやロジェ・ベルジェの下で修業し、NY ではセレブリティ御用達レストラン、”ル・サーク”の エクゼクティブシェフを務めたことで有名。 93年に、この店をオープンしてからは、グルメ・マガジンや 各ガイドなどで賞を総ナメに。 もちろんニューヨークタイムスでも4ツ星を受けている」 ちなみに、娘にザガット(ZAGAT)を インターネットで呼び出して調べてもらうと、 フード:30点満点で28点。 NYで28点が7店ありますが、 トップ・フード・ランキングで、 ル・ベルナルダンに次いで、2位。 あのNOBUですら5番手でした。 「こりゃぁ、スゴーイ」 ついさっきまで、ダニエルってぇ奴は、といっていたくせに オトーサン、にわかに襟を正しましたよー。 「こりゃ、お詫びがてら、のぞいてみるかあ」 「ディナーの予約は、1か月前までいっぱいなので、 おすすめはランチ。 ランチなら、前日や2日前の予約でOK。 ランチのコースは3種類で、35ドル」と 書いてあります。 早速、娘に予約の電話をかけてもらいます。 「多分、ダメだと思うよ」 なんて言いながらかけてくれましたが、 「まあ、ダメモトじゃあないか」 とオトーサンいいます。 O級グルメの創始者のハズが、ころっとA級グルメ派に 転向する後ろめたさがあります。 もし予約が取れなかったら、O級グルメ街道をまいしんする 所存。 ところが、何と予約OK! 明日の1時にきてくれとのこと。 さあ、大変。 O級グルメでは服装を問いませんが、 A級グルメではそうはまいりません。 まして、NYは、あまたの大金持ちが集まるところ。 文化勲章授賞式で皇居へ、 タキシードでご参列、 という事態ほどではないにしても、 劇場、高級ホテル、高級レストランでは 背広にネクタイくらいはしていないと、 大恥をかきます。 先年、ハリウッドに行ったとき、日本の若者が普段着で よたよた歩きをしているのをみて、国辱ものと思いました。 そういうオトーサンも、ひとのことは笑えません。 昔、若い頃、パリのオペラ座の特等席へ普段着で行き、 ひんしゅくを買った経験があります。 何しろ、周りはみなタキシーとイブニング・ドレス。 幕間のバーでは、飲ませてもらえませんでした。 浮浪者扱いでしたよー。 そこで、3日連続のブルーミングデール通い。 ちょうど具合よく、NYは9月1日から7日まで、 ノータックス週間。 税金なし! 郊外のアトレットまでわざわざ遠征しなくても、 高級百貨店で半値以下でいいものが買えます。 さすが、NY。 やることがちがいます。 不況の日本でも、マネすればいいのにねえ。 さて、ブルーミングにおいても、いい場所は婦人服売り場。 紳士服などどこにあるか見当もつきません。 でも、どういう拍子にか、荘重な紳士服売り場に出ました。 オトーサン、俄然、購買意欲がわいてきました。 百貨店での衝動買い比率は40%とあるそうですが、 ブルーミングの陳列や店員の応対はたいしたもの。 若い黒人店員が、ファッション・コーディネーターに なってくれて、すべてお見立て。 薄茶色のジャケットに、濃い茶色のドレスシャツ、 そして黄色のネクタイなんていう組み合わせなど 想像もできませんが、かれは、選んでくれました。 鏡をみると、別人が写っています。 顔は別だけどね。 すっかり乗せられたオトーサンの この日、買いそろえた品物一式 上から順に ジャケット 99 ドレスシャツ 68 ネクタイ 39.5 ズボン 75 合計 281.5$ ジャケットは、元値が421$でしたので、 いい買い物をしたねえと めずらしく 奥方も承認してくれました。 税金も、日本では、消費税5%ですが、 NYでは 消費税(sale tax)は7%なので 20$もトクした勘定にあいなります。 もっとも、 オトーサン、 ダニエルに行こうなんて気まぐれを起こさなければ、 281.5$も得したのにねえ。 いやいや、 それだけではすみません。 この日、ダニエルでオトーサンが払ったのは、150$! これ2人分のランチ代ですよー。 ですから、気まぐれの代金たるや、 この日一日で 合計 431.5$。 円換算で、この日のレートが110円でしたので 47500円とあいなります。 ざっと5万円。 ダニエルのランチが 5万円に値するものであったかどうか 以下、手短にご報告いたしましょう。 FIGAROに出ていた住所、 5番街の76stへと、着飾ったオトーサンたち 勇躍、出発いたします。 ここは、リムジンかハイヤーか、せめてタクシーを 利用すべきところでしょうが、 オトーサンたち、着飾って徒歩で移動します。 これって相当珍しいのでしょうか、 すれちがうひとが、全員、振り返ります。 で、汗をふきふき、お目当ての場所に着きます。 12時50分。10分前。 ところが、ダニエルのダの字もありません。 番地をたしかめますが、間違いありません。 そこはホテルです。 ようやくコンシエルジェらしきひとを見つけて ダニエルはどこだねと聞きます。 「MOVING。65th、PARK AVENUE」 と老人は大きな声で繰り返します。 多分、耳が悪いのか、親切なのか、どちらかでしょう。 残り時間7分。 「おいおい、ダニエル、オトーサンにひとことも 挨拶なく勝手に移動するなよ」 FIGAROのせいにもできません。 なにせ、1998年発行の雑誌ですから。 しょうがないので、ついにTAXIを利用。 「どこだ、どこだ」 残り時間3分。 オトーサン、もう涙声になっております。 遅刻して先生に怒られて、教室に入れてもらえなかった 小学生の頃の記憶が蘇ります。 そこへいくと、 奥方は冷静沈着であります。 「なーに、ダニエルごとき業者に遅刻したって どーってこたぁないわよ。カネ儲けのためなら 少しくらい待っててくれるわよ」 難なく店名をみつけてくれました。 さて、ずいぶん、まわり道をいたしましたが、 ようやく、ダニエルの店内にはいります。 ダーン! そこは、別世界です。 読者諸兄は、ローマの宮殿を想起してください。 白い壁、天井、そそりたつ円柱。 厚手の絨毯。 高い天井から垂れさがるシャンデリアの光が 幻想的な世界を演出しております。 白いテーブルクロスの席が50ばかり ずらーっとならんでおります。 満席。 ああ、やっぱり 黒スーツ着用の紳士と着飾ったドレスの淑女しか 見当たりません。 その周りを白い制服に黒い蝶ネクタイをした 若いウエイターたちが 貴族のようなしぐさで キイキビと動きまわっております。 紳士淑女のたちの会話がホールいっぱいに 天上の音楽のようにさんざめいております。 「Oー、Aー、 これぞA級グルメの世界だ。 はるけくも、戦後の焼け野原から、よくぞ、 わが民族は、ここまで はい上がってこれたもんだ」 とオトーサンが、感慨にふけるヒマもなく、 アラン・ドロンの(古い? じゃ、デカブリオを でかくした)よーなウエイターが、 ぺらぺらと話しかけてまいります。 さっぱり聞きとりませんが、どうも 「シャンペン」という単語だけは 明瞭に聞こえました。 「ノー!」 オトーサンは、ガマグチの紐を死守して 必死の形相で断りました。 おとなりに座っておられる老婦人おふたりが ジロッとオトーサンをみて、 「しょうがないわね。ダニエルちゃんも。 こんなお客までとっちゃうなんて」 といってるようです。 このバーサンたち、ダニエルちゃんのおっかけなのかも。 次に、ウエイターが話した単語は、 「サルスベリ ソージ ヨーグ」 と聞こえました。 オトーサンは、 全体のシチュエーションから判断して ここは、サルスベリの木のことではないなと 判断いたしました。 「そのサルスベリをグラスで」 指を2つ出して、2人前と と的確に指示しました。 となりのババアが肩をすぼめたようですが、 ここまでくれば、もう安心。 十国峠を超えたようなもの。 何しろ、ダニエルちゃんの席を占領してしまい、 もう追いだされる心配はないんですから。 オトーサン、 甘い甘い。 そうでした。 最大の難関、あのメニュー問題がありました。 すべてフランス語と英語の分厚いメニュー。 それが、また、いじわる。 ダニエルちゃん、イジワルはおよしなさい、 っていいたくなるほど。 例えば、しゃれたレストランなどにいくと ビーフカツ、リヨネ風 テンドン、アラカルト ハヤシカレー、ワインヴィネガー添え とか何とかやってくれて、料金2割増しっていう 商法があるじゃないですか。 あれってセコクありません? ビーフカツ! それだけのほうが雄々しくありません? ところが、このダニエルちゃんは、 ビーフカツ、リヨネ風、アラトウト、アメノカグヤマ という風に命名されるものですから いくら オトーサンの語学力が達者でも 皆目、 料理の種類と味が想像できません。 しょーがないから、 オトーサン、 もっぱらコースメニューに攻撃対象を絞ることに いたしました。 奥方はとみると、 どうも、 あちこち 食べ歩いているようで、 いたって冷静。 「この2番目の鶏がおいしそうねえ」 なんて話しかけてくるではありませんか。 「どれどれ」 とその個所をみると 何と、 HENと書いてあるではありませんか。 ああ、やっとダニエルちゃんも 「変 だなあ」と 気付いてくれたかと 思いましたが、 やはり文脈からして変であります。 HEN=オンドリ そうそう、中学のとき習いました。 おんどりゃあ、だましおったなあ、 なんてワルガキ同士でよくさわいだもの。 2品で35$。 3品だと42$。 「おんどりゃあ、だましおったなあ、 たしか、FIGAROには3品で35$と書いて あったではないか」 でも、もうしょうがありません。 ダニエルのコップの水をもう飲んでしまった以上 虜囚の身。 「3品。42$のコース」 と腹をきめます。 奥方も 「2品じゃあ、前菜とメインデッシュだけよ。 デザートをつけて3品にしなければ、 わざわざダニエルまできた 甲斐はないわねえ」 と宣言しております。 「そりゃあ、そうでしょ。 どーせ、アタシが 払うんだから」 とオトーサン、つぶやきました。 で、その3品もHEN以外は何が何だかサッパリ わかりまへーん。 ウエイターをよんで、 「センター、センター、センター」 と注文いたします。 前菜3つのなかから真ん中の奴。メインディッシュ3品のなか から真ん中の奴、デザート3品から真中の奴という意味であります。 オトーサン、われながら、簡単明瞭な注文をしたものだと いい気になっていましたが、 ウエイターはオトーサンの省略記号をきちんと料理名に置き換えて 確認してくれます。 オトーサンは、やはり掟破りは、まずかったかと反省して ”Simple is better” と照れ隠しにいいました。 すると、 となりのバーサンたちが顔を寄せあって 小声で、何事か囁いたようですが、 なーに、かまいやしません。 命に別状あるわけじゃなし。 ようやく最初の料理がでました。 パン。 「おいおい、パンってぇこたぁねぇだろぅ。 がまんして、おまえのおしゃべりにつきあってきたのに。 前菜を出せ、前菜を」 まあまあ。そう事をいそがないで。 ほんとうは、水、ワイン、皿とフォークの取り替え、 そしてパンの順なのを省略したんですから。 さて、前菜。 これ何っていったらいいんでしょう。 ダニエルちゃんの料理は、 前人未到のクリエーティブなやつですから 引き合いに出す例が思い浮かびません。 しょうがないので、下から順に説明いたします。 平たい大皿、 小皿、 緑色の汁(ホーレンソウを裏こししたそうな) ワインヴィネガー味のトマトのスライス ゴートチーズの小片。 褐色の揚げたてタマネギスライス 青野菜の天蓋 つまり、単なる野菜のサラダかと思うと さにあらず。 天蓋を開けると、 なかに あつあつの褐色のタマネギ これがあまくておいしいこと。 そして、一転して クセのある小羊のチーズ。 舌があっさりしたものを求めると察知するや トマトのジューシーな味。 このトマトが新鮮素材。 やはり、ダニエルちゃんが自ら毎日市場で選んでいるだけの ことはあります。 そして余韻をひくようにフランスの沃野を 思わせるホーレンソウの汁によるデッサン。 「おぬし、やりおるなあ」 オトーサン、さっきまでの苦労が すべてぬぐいさられるような歓喜の声をあげます。 奥方は、目をほそめて 「おいしいわねぇー」 この単純な言葉のトーンひとつで、何段階もの評価を 一瞬のうちにやってのけてしまうのですから 奥方はたいしたものです。 で、今回は、最上級。 「おいしいわね」中級 「おいしいわねぇ」上級 「おいしいわねぇー」最上級 分かるでしょ。 メインディッシュのHENは、骨付き肉。 鳥の回りに小さなルビーのようなミニトマト、ジャガイモ プチ・オニオンが散らしてあります。 このオンドリが元気にお庭で遊びまわっていた農家の庭先の 情景がごく自然に思いうかびます。 歯ざわりの硬さが、いっそう地鶏の威勢のよさを 感じさせるという仕掛け。 ここで、肉汁をきれいにするために 白ワインをのみほします。 このワイン、サルスベリワインとオンドリとの相性が これまた 何ともいえず いーんだなあー。 サルスベリの木の枝にとまって、 コケコツコー とさぞ威勢良く鳴いておったんでしょうなー。 最後は、デザート。 オトーサン、ワインをお代わりまでして 相当 酩酊しております。 奥方も、 グラス半分ですが、いいお気持ち。 となりのバーサンたちのことなどもう気になりません。 デザート。 簡単にいってしまえば、アイスクリーム。 しかし、ダニエル、手抜きはしません。 オンドリの昇天をおもわせるような カラメルでできた大きな羽が天空に向かって 舞いあがっております。 つめたさを緩和するために あたたかいパイナップル小片と ホットケーキの小片が敷いてあります。 これが、何を象徴しているのか、 無学なオトーサンにはわかりませんでした。 まあ、とどこおりなく、 正餐が終わりました。 精算だって終ったんてすよー。 分厚い精求書のホルダーにカードを出して ウエイターがうやうやしく持ち去り 無事にカードとともに、持ち帰ってくれました。 内容は、 ワイン 27$ 料理 84$ コーヒー 9$ 合計 128$ これにチップ15%以上を加算すると、 150$となりました。 この数字をレシートにサインしてから書き込むだけ。 ところが、あんまり安心したためか オトーサン、 数字の頭に$と書かないで ¥と書いてしまいましたよー。 これも何かの縁かもね。 では、しだリ尾のようにながーくなりましたが、 オトーサンのA級グルメ挑戦は、これで終わーり。 もっとも、カードの支払いはまだ終ってないんだけどね。 補注:ニューズウィーク誌(1999.9.1)によれば、高級レストランの 新しい方向は、E級グルメのようです。料理とインテリアと素晴らしい食事の ”トータル・エクスペリエンス”をめざした新しい試みがラスベガスに続々登場。 その一。昨年秋にオープンの最高級ホテル、ベラージオのレストラン 「ピカソ」では、本物の絵10数点をみながらの食事を楽しめます。 オトーサンは、その正面の大きなコモ湖を模した池に舞い踊る噴水に魅了され 年令を忘れて、記念にベラージオと背中に大書した革ジャンを買ってしまいました。 そのニ。今春オープンのマンダレーホテルのレストラン「オリオール」では、 正面玄関に4階建てのガラス張りのタワーをつくり、ワインセラーとしました。 レオタード姿のワインエンジェルという名の美女が、 ワイヤで空中に吊り上げられて、注文されたワインを取りにタワーを上っていきます。 残念ながら、オトーサンたちはホテルが建築中のため、みられませんでした。 NWの記事を読んで、 オトーサン、おもわず、奥方に「ラスベガスおもしろかったなあ、 また、いかなくっちゃ」ともらしましたよー。 カジノで儲けた味が忘れられなかったよーです。 なあに、小心者のオトーサンのことだから、たいしたことはありません。 スロットルマシーンで遊んだだけ。 儲けは、せいぜい200$くらいでしたか。 でも、あの音。ジャラ、ジャラ、ジャラ、ジャラ.... あー、おいしい。


5 オトーサン、ホテルの部屋を変える

NYを出発してもう2時間。 オトーサンの目は、 すっかり緑色に染めあげられています。 森をぬけ、青苔や葦の生えた無数の沼地をぬけてきました。 白地に青のストライプのAMTRAKはハドソン川沿いに カナダのモントリオールへ向けて一路北上しております。 左手には雄大なハドソン川の流れがいつまでも続いております。 これで、ぶどう畑と古城でもあれば、ライン河とまったく 変るところなしであります。 ときどき河や沼地のあいだに、道路がみえ、 青いオープンカーが走っていると、黄金の1960年代へ、 赤レンガの工場があらわれると、19世紀の開拓時代へ また沼地に白サギが舞うと、河をさかのぼっていった 毛皮商人の17世紀へと タイムスリップいたします。 ハドソン河 「ネックスト・ステーション、ジプシー」 ひげの車掌さんが、大声でさけびます。 オトーサンのジプシーのようにさまよっていた心は 現実にもどります。 駅名をみます。 「POUGHKEEPSIE」 とあるではありませんか。 なぜ、これがオトーサンの耳に ジプシーと聞こえたのか、 大いなる謎であります。 列車は北上を続けます。 3時間もたつと、 だんだんと樹相が変わってまいります。 湿地帯や広葉樹林が減って、白樺や松の多い森になります。 黄葉や紅葉もちらほらして、 秋が近いのを感じさせます。 カナダはもう紅葉の季節なのでしょうなー。 30分延着で列車は、 サラトガに到着。 航空機と同様に、1ケ所だけ出口が設けられて 乗客は、タラップを降りて プラットホームへ といくはずでしたが そうはまいりません。 何しろ、田舎のこととて、プラットホームなどという 贅沢なものはありません。 どこまでも続く線路に降り立つのです。 サラトガ・スプリングス駅 で、日焼けしたジーンズ姿の男が近寄ってきて 娘に話かけます。 ホテルまでの送迎係でした。 だだっ広いトウモロコシ畑のなかを まっすぐ地平線まで 道路が伸びています。 クルマの数もすくない、のどかな風景です。 オトーサン、 国際免許証をもってきてよかった、 これなら運転も簡単、 左ハンドルで右側走行を心がければOK!だと さけびました。 あとは、大草原の小さな家の風景を ゆったりと風にまかせて走るだけ。 まあ、日本のドライバーにとっては 夢のまた夢の風景です。 ホテルにつきました。 外観は、インターネットでみた写真ほど エラソーではなくて どこか軽井沢のプリンスホテルのような 避暑地のホテルのくつろぎが漂っております。 ひろーい州立公園のなか、ゴルフ場やテニス場のある 木立のなかに、このホテルが見え隠れするからです。 指定された部屋は、214。 入ってみて、まあ、いい感じのベッドや調度品。 ところが、窓に近寄ってみて、 オトーサン、 がっくりきましたよー。 何とコンクリートの屋根が景色の過半をさえぎっていて 緑の公園などほとんどみえません。 「こりゃあ、即、部屋変えだよ」 とオトーサンは憤激いたしましたが、 娘はサラトガ競馬のシーズンで満室だからしょうがないよ といたって冷静です。 公園に臨む屋外のテラスで昼食。 やはり前宣伝どおり、食事はベリーグッド! オトーサンがたのんだのは、ツナ・サンドでしたが パンは、あくまでもやわらかく ツナは、4cmもあってヴォリュームたっぷり。 ついてきたコールスローのキャベツも新鮮で味つけも なかなかのものです。 これで、部屋の眺めがよければ、 みんなに推薦できるのだけどなあー。 オトーサンの想いはすぐ部屋変えに向かいます。 奥方と娘がご機嫌でスパにマッサージにでかけたあと オトーサンは、しばしベッドでまどろみます。 このところ、睡眠不足です。 ふと目覚めるともう午後4時。 まだ、奥方たちは帰ってきません。 これでは楽しみにしていたプール遊びが フイになります。 「お財布を置いていくから、部屋にいてね」 という奥方のご命令であります。 しかし、なかなか帰ってこないのは 奥方のほうの遵守義務違反ですから、 とーぜん、オトーサンにも 遵守義務違反をする権利が生じるわけであります。 500mほど、公園のなかを リスをみながら歩いていくと 黄色いレンガの建物があって、そこが屋外プールでした。 「50mはあるぞ」 とオトーサン、よろこびました。 ところが、中央で仕切ってあって まあ、20mくらい。 そこを横断して泳ぐひとがいたりして、 オトーサンの流儀には合いません。 まあ、広いプ゜ールサイドに寝そべって 日光浴をするのが、こちらの流儀。 競泳スタイルは不向きです。 で、部屋に戻って もうひと寝入りと思いましたが、 部屋変え問題が頭を離れません。 そこで頭のなかで英会話の文案を練ります。 「ルームNO.214。 イエス、ササーキ。ふむふむ。 チェンジ マイ ルーム。 コーズ、バッド ビュー」 簡潔明瞭でありますが、実行を迫る力に欠けて おります。 そこで、もうひとこと付け加えることに いたしました。 「アイ ハブ マイ ホームページ。 トゥー、テイク ザ フォト オブ ジス ルーム ウィル ナット ビー グード フォー ユア マネジメント」 まあ、ざっと、こんなところでしょうか。 さて、オトーサンのひねり出した文案は 文法的・言語学的、 法的・道徳的に 完璧と思われますが 発音上の難が予想され、 また相手に反論された場合の応酬話法も まだ出来ていません。 そんなことで、 オトーサン、 しばらく部屋の天井を仰いでおりましたが、 やおら起き上がりました。 そういえば、 このホテルで、電話はどうやってかけるのか まだ調べていませんでした。 受話器の9の字のそばに フロントなどと書いてあるものですが、 この受話器には見当たりません。 弱ったなー。 娘が帰ってくるまで待つかあ。 でも、いつ帰ってくるかわからないし... でも、せっかく文案も考えたことだし... といつになくオトーサン弱気です。 しかし、オトーサン、 ようやくホテルの分厚いダイレクトリーを 開いて該当個所を発見いたしましたよー。 フロントは 0でした。 この0の発見は、人類にとって 革命的なものでした。 それによって十進法が可能になり、 はたまた近年においては、 0、1によって デジタル文明が発展しつつあるのですから。 オトーサンにとって この場合の大発見は、 「そうだ、ダメもとだー」 でありました。 たとえ、会話に失敗したところで、 この部屋から追い出されるわけでもあるまいし。 命に別状あるわけでもなし。 オトーサンたち戦無派世代の強さの秘密は ここにあります。 食べ物が0で、飢餓に苦しん少年が 戦いぬいて今日の位置(原注:地位にはあらず) を築きあげてきたのですから、 それを思えば 電話1本で悩む いまのオレは、 いかに堕落しているか 行動力において欠けるところが多いか オトーサンは、わが身を叱咤激励いたしました。 震える指で、0を押します。 かかりました。 かかりましたとも。 「メイ アイ ヘルプ ユー?」 砂漠にオアシス、金欠病時に親からの仕送り ありがたーいものです。 オトーサン、 にわかに元気になりました、 このひとならば、 心の悩みを 心おきなく 打ち明けることができる。 そこで、先に暗記していておいた文案が 比較的スムースに出てまいりました。 「ルームNO.214。 イエス、ササーキ。ふむふむ。 チェンジ マイ ルーム。 コーズ、バッド ビュー アイ ハブ マイ ホムページ。 トゥー、テイク ザ フォト オブ ジス ルーム ウィル ナット ビー グッード フォー ユア マネジメント」 すると、 間髪をいれず、 帰ってきた答えは、 ”New Key、please”、 でした。 「OK!」だったんですよー。 強敵・ギデオンに勝ったのですよ。 オトーサン、 体中の力が抜け、 やがて じわじわとこみあげる優勝の喜びのなかで、 おもわずは対戦相手をたたえました。 「あー、 このギデオン・パトナムってえ ホテルは 何って いいやつなんだろー」 新しいお部屋は、211。 おなじ部屋のはすむかいです。 公園をのぞむ見晴らしのいい部屋へと 荷物の運搬がすんだところに ようやくお風呂から帰ってきた奥方と娘。 さいわい部屋変えには、ご満悦。 「よかったわね」 簡単な賛辞でしたが、 オトーサン、気をよくして 「どーだった」 と、お風呂の感想をききました。 建物はすごいけど 簡素な部屋に通されて 泡のでる鉱泉のバスタブにつかるだけのようです。 そのあと、お好みのマッサージのコース。 日本の温泉とは大違い。 味もそっけもありません。 サラトガ温泉の外観は、まるで美術館 でも、なかでバスタブにつかるだけ 奥方たちが 「また明日行こうね」 といいあわないところをみると、 コスト・パフォーマンスはイマイチのようです。 そこで、オトーサン、 せっかく温泉で有名なサラトガにきたのに、 入るのをやめました。 ご入浴とマッサージでお疲れの奥方たちは もう眠そうです。 「おいおい、今晩のメシはどうするんだ」 とひと騒動ですっかりお腹のすいてきたオトーサンは 心配になりました。 すると、ムックリとおきてきた娘が あちこちに電話をかけまくって ダウンタウンのレストランを予約してくれました。 もつべきものは、老後のお金とよき娘。 では、おあとがよろしいようで。 オトーサン、安心して夕食時までまどろみます。


6 オトーサン、ウォルマートへ

ウォルマート。 1964年にサム・ウォルトンが46歳のときに はじめたディスカウント・ストア。 いまや、全米どころか世界一の小売業の巨人。 年間売上高は、99年1月期決算で 1376億$。(日本円で約17兆円) GM、フォード、エクソンに 肩をならべるところまできております。 毎年10%台の成長をとげておりますから、 21世紀初頭には世界一の大企業になることは 間違いありません。 大学で流通業について教えることになってから オトーサンは、この巨人について学んでいるうちに すっかり惚れこんでしまいました。 同社の本拠地は、アーカンソー州ベントンビル。 たまたま娘の知り合いで、ウォルマートに詳しい方が アーカンソー大学で教鞭をとっておられて、 それがまたまた偶然にも オトーサンの会社の先輩で そのうえ大学の先輩。 世のなかは狭いもんです。 で、数年前には その本拠地まで はるばると遠征。 家を10時にでてNYからダラスへ そこで30人乗りの小型機に乗り変えて 着いたのは真夜中でしたから いかに遠いところかお分かりでしょう。 ほんとうの深南部です。 惚れた弱みで、 オトーサンにとって いまや、 ここが聖地 となっておりますから サムとその妻ヘレンの足跡をたどろうと 記念館も見学しました。 執務室が保存されていましたが、 簡素なものでした。 オトーサン、 お墓まいりも、しましたよー。 全米有数の大金持ちのお墓ですから、 さぞや威風堂々としているかと思いましたが、 あにはからんや お墓は小さなもので 幅1m、高さ40cm、奥行きは30cmもないほど。 これなら負けないものがつくれるわい とオトーサンも 思ったほどでした。 あかるいオレンジ色で、花のレリーフが刻んで ありました。 それでまた、 オトーサン すっかり サムに惚れ直しました。 たいした仕事もしていないのに 馬鹿でかい執務室やお墓をつくって喜んでいる 手合いに、サムの鼻くそでも 煎じて飲ませてやりたいものだと思ったくらいです。 で、オトーサンは それ以来、 アメリカにいくたびに、 近くにあるウォルマートのお店を探しては 奥方と一緒に訪問することにしております。 スパ・リゾート、サラトガ・スプリングスでの 今回の温泉「慰安」旅行でも、 原注:もちろんオトーサンたちの慰安ではなく、 娘のNYハードワークの慰安ですよ 事前にインターネットで ウォルマートのホームページを開いて、 ストア・ロケーションの検索エンジンに saratogaと入力して ウィルトン店を発見しておきました。 で、このホテルに着くなり、 カフェのオネーチャンに ウォルマートのウィルトン店は、 ここから何分くらいかかるかと聞いて、 10から15分と聞いて 狂喜しました。 それなら、わざわざレンタカーを借りなくても タクシーでいける距離です。 せっかく避暑地にきて、 夜遊びがてらダウンタウンの大通りにでかけて 奥方たちのショッピングにつきあう間も、 「原宿の表参道より、この通りはいいねえー」 という奥方に対して 「インターネットで全米5指に数えられる 楽しい大通りと出ていたけれど、 想像以上だねえ」 サラトガの大通りで奥方と娘 なーんて、おべんちゃらを言っているときでも、 片時も ウォルマートのことが頭からはなれません。゛ 娘が探してくれた、 とびきり雰囲気も食事もおいしいレストランでも ひとり浮かない顔をしております。 娘は、人一倍、気が回るほうなので、 「じゃあ、明日はウォルマートに行こうね」 なーんて言ってくれます。 オトーサン、だだっこみたいに 急に、ご機嫌になってしまうのでありました。 で、 オトーサン、 翌朝は早起きして、 待機のポーズをとります。 ところが、その前に いろいろと公式行事がありました。 まず、奥方との朝のお散歩。 ひろーい公園にはリスがたくさんいます。 「あら、縞リスがいるわ」 毛糸の玉くらいの小ささです。 動きの俊敏なこと。 ひととおり、 林間に点在する プール、 ゴルフ場のプレイヤーたち、簡易食堂とプロショップ テニスコートでのプレイを 見学いたします。 部屋にもどって娘を起こしたあとも お化粧や身支度が手間どって 10時半からは行列もして ようやく ギデオン・パトナム名物のサンデー・ブランチに ありつきます。 「おいしいわねえ」 奥方たちは オムレツを目の前でつくってくれるサービスに 有頂天になっております。 オトーサンはコレステロールの関係で断念して ローストビーフを切り分けてくれるほうに並びます。 原注:これって医学的にいうと、何か変ですね いくら、舌鼓を打っていても オトーサンの心は、 ウォルマートのほうに向かいます。 「このジョージアン・ルームってすばらしいわねえ」 ようやく奥方が、食事から部屋の造作へと話題を転じても 「うん」 の生返事。 「箱根の冨士屋ホテルのダイニングルームを思い出すわね」 と再度、奥方。 「うん」 オトーサンの心は もはや ここにはなく はるか未知なる ウイルトンへと向かってしまっているのです。 で、 そのうえ、 公式行事のお昼寝があって 午後2時ようやくチャーターしたタクシーは、 ウォルマートへと向かいました。 緑の公園をぬけ、田舎道を15分ほど走ると、 ああ、あのなつかしい WALMARTの文字と平屋のながーい建物が 見えてまいりました。 ウォルマートの外観 右手に白い平屋の建物群が点在し、、 クルマが1台もとまっていないので、 オトーサン、娘に頼んで運転手に聞いてもらいます。 「やあ、あれはサラトガ・モールといって、 だいぶ前につぶれたんだ」 まさか、ウォルマートの進出のためかと思って 聞くと 「ウォルマートの進出は、1993年で関係ないよ。 なにしろ、もう出来て30年も経ってしまったからね」 ということでした。 赤ら顔の初老の運転手の人生とオーバーラップいたします。 大型のショッピングセンターが 最近できはじめた日本とちがって アメリカでは、 もう30年もの歴史があったのでした。 ちょうどウォルマートが誕生したての頃でした。 さて、タクシーを駐車場に乗り入れると クルマで満杯。 あらためてウォルマートの繁盛ぶりが分かります。 オトーサンは ここでウォルマートの全景を撮影しようとしましたが、 建物が長すぎて、長すぎて ダメでした。 奥方と3人、店内に入ります。 店内は、どこの店でもそうですが、 撮影禁止ですから 昔は、入り口に奥方を立たせて、 中を覗き込むように撮ったものですが、 今回はせっかく液晶画面つきのデジカメを 買ってリュックに忍ばせておりますので、 さっと、取り出すや ドアに向かって、娘をパチリ! 振りむきざまに、中をパチリ。 おとがめもなく 撮影成功! ウォルマートの売り場風景、展示がにぎやか。 おまえには良心がないのか? 恥を知らないのか? と自らに問わないわけでもないのですが、 むかーし、サムは先発のKマートをよく撮影したと 伝記にもありましたから、 サムが生きていたらOK! なーんて言ってくれたにちがいありません。i でも、ある日本の流通業者が 巻尺をもちこんで 棚の長さを計り 露出計までもちこんで 照明のあかるさを計ったという事件があって それ以来、 サムは、日本人キライになった ともいわれています。 オトーサンのは、純粋に研究目的、 学生にみせたい一心からですからいいとしても、 ほかのひとはマネしないように。 オトーサンが 最初に向かったのは 靴下売り場。 「いいかげん、その汚い指先の破れた靴下、捨てたら」 と奥方に厳命されております。 3年前にウォルマートで買ったものを オトーサン、 後生大事に履き続けてまいりました。 ホテルのゴミ箱にそっと捨てました。 「今日、ウォルマートで新しいのを買うから勘弁して」 と、その靴下に囁いて、黙礼までしましたよー。 男物の靴下なんて ディスカウント・ストアでは、 品数はすくないものと相場が決まっております。 ところが、 ここ、ウォルマートでは 壁面一杯に展開しています。 オトーサン、思わず、コーフンして パチリ。 でも、これでも展示総面積の3分の1くらいですよ。 靴下売り場 で、肝心のお値段は? ジャーン。 3足で3ドル。 「おいおい、日本の伊勢丹ではバーゲンで 1足500円だったぜ」 オトーサン、感動しました。 1足100円強。 このすさまじい価格破壊力。 これぞ、ウォルマートの競争力の秘密です。 次に オトーサン 楊枝と髭剃りと電池を探します。 巨大な売り場のどこにあるのか、 表示も英語ばかりですから わかりませーん。 そこで、店員を探します。 初老の小柄な男性店員をみつけて 手ぶり身ぶりで問うと ちゃんとお目当ての場所まで案内してくれます。 これって小売業の基本てすよね。 何度もかれの手をわずらわせたものですから オトーサン、 気の毒になって 本拠地のアーカンソー州にいって サムのお墓まいりをしてきたよー と話しかけると、 それまでのお客扱いが 一転して 友人に対する満面の笑み。 「そうかそうか、よくやってくれた、 ありがとうよ」 てーな感じになりました。 サムは、従業員の心のなかに いまも 息づいているようです。 さて、ご自分のお買い物が一段落して オトーサン、 奥方と娘を探します。 「10分くらいなら付きあうからね」 といっていた奥方ですから ひょっとして駐車場にでも行ってしまったかとも おもいましたが、 一応、店内を探します。 ところが広すぎて。 商品の森陰にかくれて、 「いない、いないババー」状態。 しょうがないので 奥方たちが探しにくるまでと レジ付近で 時間つぶしをはじめました。 まず、レジを パチリ。 お勘定のPOSターミナルは、英語とスペイン語の2か国表示。 「なるほどね」 客層をよく意識しております。 それに、エクスプレス・カウンターの表示があります。 そういえば、さっきレジを通るとき 大型カートに満載の客の後について ウンザリしていたら 店員が目で「こっちよ」 と案内してくれるので、 そこに行くと あっと言う間にレジがすみました。 8品以下のエクスプレス・レジがあったのです。 レジのわきにひとだかりがしている場所があります。 「何だ、何だ」 とオトーサン、近づきます。 COURTESY DESKとあります。 よくみると、返金、返品、商品券とあります。 次々に女店員がお客にお金を返しています。 そこでパチリ。 ウォルマートの返品カウンターの行列 そうでした。 これが、アメリカの小売業では普通の 返品カウンター なのです。 日本の百貨店やスーパーではこうはいきませんよ。 何だったら 一度試してみてください。 行列が長引くと さすがにイライラする客も出てきます。 すると、初老の女店員がちかづいていって 話しかけて、 しきりにうなづいています。 ユニフォームはマリンブルー、 背中に黄色い文字で Our People makes the Difference (ウチの従業員は ほかとちがうよ) と書いてあります。 オバーサン店員が手隙になったので、 オトーサン、 グリーターはどこにいるのかと聞きました。 「私よ」 しわだらけのオバーサンの顔が 一転して 誇りで 輝きました。 残念ながら、その笑顔の写真を撮るのは ことわられました。 グリーター、すなわち挨拶係は、サムが経営陣の反対を 数年がかりで説き伏せて導入した制度です。 「一銭の儲けにもならないのに」 と皆がいっていたのが、 いまではすっかり 固定客をつくって商売繁盛に結びつける原動力になっています。 挨拶係は黒人やおばあさん。 弱いものの代表選手を挨拶係にする。 これが、サムが天才的な心理学者でもあったことを 表しています。 笑うとおばーちゃん、 まるで、 サムの妹みたい。 創業者サムのDNAは、 このように受け継がれているのです。 個性的で優れた企業がみなそうであるように。 1時間半たって、 よーやく 奥方と娘が戻ってきました。 みると、カートには買い物が一杯。 花柄のキッチンタオル、花柄の紙皿、ガスレンジ・カバーなぞなぞ。 なぞなぞ? 「などなど」のミスタイプではありません。 奥方が教えてくれないのでーす。 でも、その顔は、いい買い物をしたという 誇りで 輝いています。 「安かったわあー」 そうなのであります。 ウォルマートのすごさは この従業員の誇りと顧客の誇りが 固く結びついているところにあります。 それが、商売繁盛の秘密でした、 店内のいたるところにあるスローガン SATISFACTION GARANTEED (ご満足、保証するよ) また、 レジを出たところにある THANK YOU FOR CHOOSING WILTON WALMART (ありがとう、この店にきてくれて) といった表示も顧客を悪い気には させません。 では、おあとがよろしいようで。 ウォルマートに関していえば、 おあとを継いだひとがみな立派。 どこかのあおとが心配なひととは大違い。


7 オトーサン、サラトガ競馬場へ

サラトガへ来たりて 競馬を見ずして 帰るべからず と古くから伝えられてきたサラトガ競馬。 全米最古の競馬場。 今年で131年目を迎えました。 社交場の雰囲気を、いまなお、色濃く残しております。 サラトガ競馬場の風景:花が鮮やか オトーサン、 日本を発つ前に 娘から サラトガ競馬のシーズンで ホテルの料金が通常の3倍の300ドルもするけど いいね と念を押されております。、 それほど、サラトガ競馬を楽しみに 全米からひとが集まってくるのです。 オトーサンのよーに ウィルトンのウォルマートを楽しみにくるひとなど めったにいないでしょうなー。 で、 娘も 大変楽しみにしておりました。 ところが、昨日の日曜日にレース観戦のつもりが ウォルマートにとられてしまったので その日のレース見物は、しぶしぶ断念。 原注:今日は午後3時50分発の汽車で帰るので 午後1時からのレース観戦は、やや時間的に無理があります 代りに早起きして さらりとサラトガ競馬場での 新名物である モーニング・ビュフェを摂るというのが 娘のせめてもの楽しみであります。 オトーサンの黒いPCの上に 白いコースターをわざわざ置いて 「7時に起こしてね」 と書いておいたのに、 オトーサンは、見てくれませんでした。 5時起きで、 ロビーでパソコンでNY滞在記を書いている オトーサンが見落とした理由はというと、 目が悪いので、 暗い部屋ではコースターの文字がみえなかった また、勘違いして 「夕べ遅くまで酒盛りをしていたなー、 コースターを散らかしおって」 とすぐ片づけてしまったためであります。 オトーサンがロビーから戻ったのは 7時30分。 サラトガ競馬場での朝食開始は8時。 娘たちは、身づくろいに大忙しでした。 「今日はいい格好していかなくてはね」 タクシーでサラトガ競馬場に到着したのは 午前8時20分。 定刻より20分遅れでした。 運転手は気をきかせて、入り口ではなく 緑の濃い木立のなかに赤い天幕が点在する 競馬場の正面に着けてくれました。 その努力にたいして、 オトーサン、特別ボーナスとして 奥方たちの出した分以外に 1$を贈呈。 運転手の喜んだのなんの。 「ハブ ア ナイスデイ」 といってくれました。 オトーサン そこで、俄然 ちょっとした一言の効果にめざめました。 ブュッフェ会場になっている一階正面スタンドの入り口で ボーイに席に案内される前に 「ラッキー・デイ、ラッキー・シート」 という冗談を発しました。 そのおかげで、 オトーサンたち、 一番前のかぶりつきの場所を確保できましたよー。 奥方も、娘も大満足。 「早く来て、いい席がとれてよかったね」 テーブルには 白いテーブルクロスに 赤いナプキンがセットされて 鮮やかなコントラストをなしております。 どうやら、赤と白は ここ、サラトガ競馬場のテーマ・カラーのようです。 競馬場の茶色のレースコースと緑の芝生 白い鳥が舞っている馬場中央の池 絵のような風景のなかで、 オトーサンたちは、 鳥の羽の帽子をかぶったご婦人や恰幅のよい紳士に 囲まれております。 レース本番に供えた朝の試走でしょうか サラブレッドが、時折、疾走しております。 何やら、 アスコット競馬場で、ロイヤルファミリーに 招待されたような気分になってくるから 不思議です。 そこで オトーサン いちだんとご機嫌になって 飲み物の注文を取りにきたきれいなオネーチャンに 「ウィナーズ・コーヒー、プリーズ」 とやらかしましたよー。 そして、やや間をあけて 「ウィンナ・コーヒー」といいました。 ニコッと笑ってくれました。 冗談が、通じましたよー。 どうだ、やっただろうと 奥方たちを振り返ると おふたかたとも失笑されておられます。 さて、ここまでの記述を読んで ぜひ、サラトガ競馬場の朝食ブュッフェに行ってみよう という方々に残念なお断りをしておかねばなりません。 実は、ブュッフェとは名ばかり。 実態は、セルフ・サービスであります。 あのギデオン・パトナム・ホテルの豪華サンデーブランチは 山海の珍味で埋まっていましたが、 ここのは、卵、ベーコン、ソーセージ、フルーツサラダの小皿、 パン、バナナが1本という陣容であります。 これで11.95ドル。 ギデオンが22ドルですから、雲泥の差。 商魂歴然。 奥方たちも、 「ギデオンはこうしてみると、お値打ちだったよね」 「アタシなんか デザートのケーキ、 あんなにおいしそうなのが並んでいたのに 食べれなかった」 「そうそう、お腹がはちきれそうで、 どうしても食べられなかった」 と、昨日の山盛りの食事と同様に 話題のほうも盛り上がっております。 ニコッと笑ってくれたオネーチャンが、 引き換え券だから、多めに取っておいたほうがいいよ と奥方たちに囁いた効果でしょうか、 オトーサンがみていると、 2人で3皿持って帰ってきて 1皿分残しております。 その理由を聞くと 「今日のお昼ごはんになるかも。 何でも取れるときには取っておくものよ」 という立派なご回答でありました。 オトーサンは、リュックサックに バナナ2本を隠す作業に追われました。 上流階級のご婦人ならば こうしたハシタナイまねは 決してなさらないこととは思いますが、 わが家では こういうところで、 下層階級の地が出てしまうのであります。 次に、 オトーサンたちがなさったのは 写真撮影でした。 みめよきサラブレッドを撮る。 走る馬と騎手の表情を撮る。 これって、なかなか、現行のデジカメでは大変なのです。 パチリ。 液晶画面で再生すると、 馬が早過ぎて 何も 写っていません。 「ようし、今度こそ」 とパチリ。 すると、写っているのは尻尾だけ。 2階の観覧席にも行ってみましたよー。 ボックスシートで、TVモニターが備えてあります。 これで、遠方で展開されているレース・シーンをみたり、 オッズの数字もみたりするのでしょう。 不意に オトーサンの心は、 これと同じような光景へと引き戻されます。 東京府中競馬場。 あの無敵のハイセイコーがダービーで破れた日。 オトーサンは、あの日、招待者席にいました。 優勝馬に贈られるクラウンの贈呈係として。 3階のいい席にいたのです。 原注:実際に贈呈するのは上司で、若きオトーサンは 単なる雑用係でした ここは個室になっていて、テーブルにはブュッフェがあり、 TVモニターもあります。 バルコニーには、高級双眼鏡もありましたよー。 ここでは、一般客の賭けの締め切りが終ったあとも この階専用の豪華カウンターで賭けることができます。 オトーサン、馬主気分でハイセイコーに 当時としては大金の1万円を 賭けました。 「シメシメ、銀行レースだけど、 1万3500円になって返ってくるわい」 あ、あーッ スタンドが、地響きのようなうめき声で満たされました。 あのハイセイコーが、 3着! オトーサンは、信じられない展開に 白昼夢をみているかのように 馬券を握り締めていました。 顔面は蒼白でした。 1万円がパー。 奥方にどう説明しよう。 原注:ハイセイコーは1972年大井競馬場デビュ− 公営競馬6戦6勝。翌73年も、皐月賞、NHK杯など5戦5勝。 5月27日のダービーまで無敗でした。 現在、ビッグレッドファーム所属、30歳です。 でも、今日は、ダイジョーブ。 損はいたしません。 ただ、朝ゴハンを食べにきただけ。 ふりかえると、 朝の調教からこのボックスシートにきていて、 データブックの細かい字を不機嫌そうにみている オニーチャンが いました。 オトーサンをみてもニコリともしません。 そーなのです。 今日は歴史的な戦いの日なのでした。 サラトガ競馬場の 20世紀最後の1999年のレース しかも、 6週間にわたる白熱したレースの 最終日。 その道一筋のひとにとっては、 目が血走っても仕方ありません。 オトーサンたち、 これで大体競馬が分かった なーんて ふらちな言辞を吐いて 競馬場をあとにしました。 オトーサンのデジタルカメラには、 オッズを知らせる電光掲示板に 朝のテストのためでしょうか ズラーッと 7777777 7777777 7777777 と並んだ写真が収められております。 本番の画像は、オッズが絶えず動いていて 撮れないのでしょうが、 いまは、静止画像ですから、 簡単にパチリ。 尻尾だけ写るなんてこともありません。 では、おあとがよろしいようで。 あのオニーチャン、おあとはどうだったのでしょうか。 翌日のNYタイムズには、11ドルかけて15万ドル稼いだひとの 話がでていました。 また、サラトガ競馬の今シーズンの売上げは3.7%の増加で、 まずまずだったとも出ていました。 あのブュッフェも、さぞや売上げに貢献したことでしょう、 さすがマーケティング発祥の地、JRAも見習えばいいのにねえ。


8 全米オープンテニス観戦記

1999年のUSオープンを最後に シュティフィ・グラフ引退。 いつもラケットを投げ捨てていたマッケンロー、 いつも汗っぽかったジミー・コナーズ、 いつも美人で、いまなお美人のクリス・エバート いつも男ではないかと疑われていたナブラチロワ いつも目つきが鋭かったボリス・ベッカー 歴史に残る名選手は数々あれど、 シュテフィ・グラフほど 誰にも尊敬され、親しまれた名プレイヤーは いなかったのではないでしょうか。 いかなーくちゃ、 いかなーくちゃ、 キミに逢いにいかなーくちゃ、 傘がないー 冷たい雨に... 井上陽水さんの名曲でありますが、その調べにのって オトーサンたち、 雨のなか クイーンズにある アーサー・アッシュ・スタディアムをめざします。 昔、テニスが流行っていた頃、オトーサンたちも クラブのメンバーになって活躍していました。 オトーサン、 優勝したこともありますよー。 「そんなにテニスうまいのですか?」 「ご冗談を」 ほんとは クラブでの草試合の団体戦で うまい人の陰にかくれて 何もしないうちに あれよあれよという間に試合が終わり、 優勝盾をもらっただけ。 奥方のほうは、平日もコートに通ったおかげで すぐに、オトーサンよりも、うまくなって 朝日レディースにも出場した二とがあります。 オトーサン、彼女の大会出場を記念して キッパリと テニスから足を洗いました。 だって、くやしいんだもの。 今日は、あいにくの雨模様。 入場券を買ってくれた娘は、 「雨で中止になったら、引き換え券をもらってくるのよ」 と念を押します。 1枚42ドル。 そう安いものではありません。 ハリケーンがやってきているそうであります。 ところで 今年のUSオープンは、 著しく盛り上がりを欠いております。 第一、オトーサンたちが あんなに楽しみにしていたシュティフィ・グラフは この全米オープンテニスを待たずに引退してしまいましたし、 男子NO.1のピート・サンプラスも出場しないという ことです。 だれが勝ち進んできて、 今日はどんな対戦があるのか サラトガでの遊びに夢中で 新聞・TVに近づく余裕すらなかった オトーサンたちは、まだ知らないのであります。 「弱り目にたたり目」 と申します。 ハリケーン、 グラフ欠場に加えて 朝食をとりにでかけたグリーン・キッチンからの 帰り道、 タクシーが 歩道を歩いていた奥方に 盛大に水しぶきを浴びせて走り去りました。 ご自慢の洋服は、ビショビショ。 当然、奥方は、ご機嫌ナナメであります。 オトーサンは、一切悪くないのに 非難されております。 あーたが、グリーン・キッチンなんかに行きたがるからよ。 そこへもってきて、 地下鉄のグランド・セントラル駅でいったん降りて 7番線のクイーンズ方面に乗り換えるときに 迷いました。 これは、全面的にオトーサンが悪いのです。 NYタイムズのスポーツ・セクションをもっていた アベックがいたので、 「変にホームを探すよりも、あのひとたちの 後をついていこう。 どうもテニスの試合をみにいくようだから」 とオトーサンが提案し、 「下手な探偵の尾行のようね」 と奥方も同意しました。 「でも、あの新聞のページは、クロスワードパズルのようよ」 シャーロック・ホームズ顔負けの推理を 奥方がなさったときには もう手遅れ。 その紳士・淑女は、 ああ、 7番線ではなく Sラインのプラットホームへと 歩み去っていくのでした。 そのうえ、人混みのプラットホームで ふたりは、はなれ、ばなれ。 そんなことで、オトーサンたち、 妙に不機嫌になって しまいました。 弱り目にたたり目の品目は、また増えて ハリケーン、 グラフ欠場 ビショビショ 夫婦喧嘩 とあいなりました。 しかし、なんですなあ。 アメリカのイベント産業というやつは 偉大な力をもっておりますなあー。 スタジアムへ向かう 線路をまたぐ広ーいボードウォークを 歩いているうちに、 次第に夫婦喧嘩やもろもろのことなどは 十億光年の彼方へと 飛び去り、 周囲のうきうきした観戦客の笑顔が もう オトーサンたちを このテニスの4大タイトルマッチの興奮の世界へと 誘いはじめております。 何といっても、世界有数のタイトルマッチ。 組まれている試合数は 男子、女子シングルス、それぞれ128試合、 男女のダブsルスが、それぞれ64試合、 混合ダブルスが、32試合。 優勝者には75万$の賞金がかかっています。 「プログラムくらい買わなくっちゃねえ」 と奥方がいいます。 そこで、早速、当日の対戦をみると、 おお、 女子NO.1のヒンギスが出場しております。 あの人気者のサンチェスがダブルスですが、 出ているではありませんか。 それに、 わが国を代表する元気者の愛ちゃんが 混合ダブルスで出場いたします。 今日は準決勝の日のようであります。 買ってきたNYタイムズのスポーツ欄を ようやく開いた オトーサンは、 小さな活字で昨日の結果が出ている欄をみて 「おいおい。このai sujiyamaとは何だい」 と鬼の首をとったように喜こびます。 杉山愛が これでは 「素時耶麻遭い」 になってしまい、 何やら麻薬事件に巻き込まれたような感じになります。 「ふーん」 と奥方。 「おまえ、驚かないのか。 あの世界的に正確無比な報道で有名な NYタイムスが間違えているんだぜ」 まあ、はたからみると、 どーでもよいようなことなのですが、 オトーサン どうも、 NYタイムズさえ間違えることがあるのだから オレの間違いくらいはゆるせと 奥方に言っている模様であります。 それにしても、 オトーサンらしい まどろっこしいお詫びの仕方だねー。 素直に ゴメンよ といえばすむのに。 でも、オトーサンの 和解のかすかなサインは 対戦相手にも 通じたようであります。 その証拠に 奥方は、 「じゃあ、私が何か買ってくる」 と言って 売店のほうに歩みよったではありませんか。 相手への謝意のサインとして、お金を払う。 これは 古代から資本主義の現代まで続く 人類共通の習慣てあります。 してみると、 奥方も山の神ではなく フツーのひとだったのであります。 「これ思ったよりおいしいね」 「そうそう」 とオトーサンたち サンドウィッチをぱくつきます。 風は相変わらず強いのですが、晴れ間ものぞいてきました。 コートの熱気と日差しの強さで やたら、のどが乾きます。 「天気になってよかったね」 「そうねえ」 かわりばんこに、エビアンのボトルをゴクゴク。 USオープンの前哨戦のほうは、 これで、どうやらお終いのようです。 さて、 肝心の対戦ですが、 知らない選手、それも男子の試合となると、 いちじるしく興趣を欠くものであります。 簡単にいってしまえば、 サーブの順番になったほうが勝つ。 速度200kmのサーブが ドーンと 相手のコートに入ると、 電光掲示板には 15ー0 と出ます。 30ー0 40ー0 GAME(お終い) 「つまんねーの」 ブツブツいいながら それでも オトーサン、何枚か対決シーンを撮影しました。 奥方が 「でも、あなたのサーブよりはうまいわよ」 とチクリます。 オトーサンたちの試合も どうやら中盤戦にはいっている模様であります。 オトーサン、 今回は奥方の 挑発の相手にならないで、 デジタルカメラのほうに当たることにします 「どうみても絵にならないなー」 とぼやくふりをして ひそかに 奥方の写っているシーンを 「消去」「OK」という 2つの操作で消してしまったのであります。 さて オトーサンたち、 お目当てのアランチャ・サンチェス・ヴィカリオの 試合をみに、 第3スタデイアムへと移動します。 こちらは 普通のコートにすこし観覧席がついている程度。 スタジアムというには迫力がかけますが、 有名選手をまじかに見られるのが取り柄です。 だいぶ、混んできましたが、 早目に移動したおかげで、 かぶりつきの席を確保。 選手が休憩する席の真上であります。 しばらくして サンチェスが入場。 小柄で小太り、 あの独特のひとなつっこい笑顔と愛敬のある仕草が 評判の人気者です。 ひときわ高い拍手。 口笛。 これはオトーサンたちのそばに陣取った若者3人組の仕業。 ガラが悪いのですが、人柄はいい。 典型的なスペイン人。 お国の英雄の応援にきたのでしょう。 女子ダブルス。 サンチェスのパートナーは、断髪のいかつい女。 オトーサンは、 サンチェス命ですから ほかの3選手はいい迷惑。 オトーサンにとっては、 名前なんてどーでもいいのです。 「ああ、またやりおった」 オトーサン、断髪女をののしります。 ネットにひっかけたり、 タッチラインを割ったり、 サーブでダブル・フォールトをくりかえしては、 ひとりで力んで試合をぶちこわしているからであります。 サンチェスが時々いいリカバリーショットをするのですが、 それではとても追いつきません。 あっというまに、 1ー6で負け。 「おうおう」 オトーサン みてしまいましたよー。 サンチェスが荒れてラケットを投げ捨てて 席にもどるシーンを。 まるでマッケンローみたい。 「あーあ」 オトーサンのうめき声です。 もちろん、試合運びではなくて、 シャッター・チャンスを逸したことが 残念だったからでありまーす。 さっきからサンチェスを間近に撮ろうと 待ちかまえていたのですが、 動きが早くて サラトガ競馬場の時のように サンチェスのお尻の端しかとれません。 休憩で席に座るときが一番近いのですが、 赤シャツのボールガールが すぐ 脇にぴったりと寄りそってしまうので サンチェスの姿が隠れてしまうのでした。 次のセットは 6ー1 最終セットは、 6ー4 でサンチェス組がとりました。 順当勝ち。 サンチェス勝利! 「あらんちゃー」 の大歓声です。 カメラマンがサンチェスに駆け寄り カメラを構えてコートにしゃがみこみます。 フアンがいっせいに立ち上がって、 そばに駆けより、身を乗り出して サインをおねだりします。 とりわけ となりのスペイン人3人組の熱狂ぶりは 筆絶につくせません。 ひっきりなしに上空を通過する USオープン名物の航空機の轟音も ごのときばかりは、かき消されるようでした。 しかも、 連中、 せこいんですよ。 奥方のもっていたサインペンを貸してくれと 奪い去ってサンチェスのサインを もらっちゃうんだもの。 さすが、スペインの無敵艦隊の血を引くつわものども であります。 ところが、 奥方だって スゴイもんです。 由緒ある佐々木家に嫁いだだけあって 佐々木小次郎の2刀流を実行。 ちゃんともう1本のサインペンを所持していて しっかりと、 文庫本の裏表紙に サンチェスのサインをもらってしまうので あります。 オトーサンだって負けてはいません。 サンチェスのサインしている表情を クロースアップで撮ったのですから。 サンチェス選手 で、 日本人2名と スペイン人3名は、 おなじサンチェスの数少ないサインをゲットした 強運なものどうしの笑顔を交わしあって 友好的に手を振って、別れたのであります。 この後、オトーサンたちは、 NO.1のヒンギスが 6ー2 6ー0 で、一方的に勝った試合を アッシュス・タジアムの最上段の席からみました。 42ドルも払ったというのに ヒンギスは豆粒 ボールは針の先くらいにしかみえません。 面白くも何ともありません。 アーサー・アッシュ・スタジアム 周囲の観客も試合中だというのに アイスクリームを買いに走ったりして まったく試合などみておりません。 ヒンギスがミス・ショットをしたときだけ拍手する始末。 もう夕暮れになってまいりました。 娘もおいしい奥方手づくりの夕食を待っていることでしょう。 オトーサンたち 最後にちょっと杉山の試合をみて切り上げることにしました。 愛ちゃんは、ペアを組んだインド人の男を見上げては ニコニコ笑っています。 あの大柄の愛ちゃんが、ここでは小柄。 混合ダブルスでの杉山愛選手 試合は滑り出しから敗戦ムード. でも、 オトーサンたち 杉山愛のご両親とコーチの姿を間近にみられたので いたくご満悦。 ミーハー気分っていうやつです。 そして 満足しきってスタディアムを後にしたのでした もうその頃には、 オトーサンたち 夫婦喧嘩のことも、すっかり忘れております。 めでたし、めでたし。 でも、 オトーサンたち、ああとも仲よく過ごせるでしょうか。 杉山愛ちゃんのほうは、おあとが大変よろしかったようです。 逆転勝ちして、 決勝進出。 そして優勝。 何と日本人初のUSオープン優勝でーす。 スゴーイ、スジヤーマ。 ニッポン、フジヤーマ。


9 奥方、ターナーを論ず

今回の娘の楽しみはサラトガへの小旅行。 オトーサンは、ウォルマート見学。 そして、奥方の楽しみは、ワシントン訪問でした。 しかし、日程が混んでいて、 疲れてもきたし、 夫婦喧嘩もしたしで、 オトーサン、行こうかどうか ずーっと、迷っておりました。 オトーサン、 実は、その昔、一回だけ行ったことがあります。 ホワイトハウスやリンカンーンの巨大な座像をみました。 すっかりお上りさん扱いをされて 「ムカーッ」 ときました。 大体がオトーサン 権威や権威をたたえるものなんて大キライ。 そうそう、そういえば、 同僚とこんな議論も交わしましたよー。 「そりゃあ、リンカーンはえらいひとだと思うよ。 飲んだくれの貧乏人の家庭に育ちながら、苦学して 法律家になり、大統領にまで登りつめたんだから」 「でも、かれの最大の評価とされている 奴隷解放といったって、南北戦争で戦況不利になって、 戦闘要員欲しさからの政治判断だったんだぜ」 「第一、暗殺されなきゃ、どーってことはない フツーの大統領のひとりだったはずだよ」 「何も、こんなに大きな座像にすることはないぜ。 後の奴等が、ワシントンには、何にもみるところがないから PR用に考えついただけ。だいあたい趣味が悪いよ」 若気のいたりで、いいたい放題でした。 夕食時に、 「あそこは危ないから、気をつけたほうがいいよ」 と娘がいいます。 彼女も一度だけ行ったことがあって あまりいい印象をもてなかったようです。 ですから、同行はゴメン、 切符やホテルの手配も どうしても行きたいというなら 自分たちでなさったら。 危険はすべて 自己責任よ という気配であります。 「あんなところ、面白くもなんともないよ」 オトーサンは、奥方の説得にかかりました。 「リンカーンの像なんかみるくらいなら、 セントラルパークのZOOでもみようせ」 これまた不発のダジャレで 誰も気がつきません。 じれっったいなあ 像とZOOをかけたのに。 でも、今回もスッポカスと3回目。 奥方は、ご自分では手配に自信がないし、 娘も今回に限っては冷たいので オトーサンに頼るしかありません。 「でも、あそこのナショナル・ギャラリーには 一度行ってみたいのよ」 と弱々しい声で、泣き落としにかかります。 翌朝のことです。 たっぷり睡眠をとって元気回復のオトーサン 奥方に向かって 開口一番 「今日はどうする。 ペン・ステーションに切符でも買いにいくか」 奥方の顔がパッと輝いたのはいうまでもありません。 さすが、オトーサン、 なんだかんだ、いっていても 結局は、奥方をこよなく愛しているんだ。 そ、そ、そーんなことはありません。 朝方ヒマでワシントンのガイドブックを開いて ナショナルギャラリーのところをみていたら アメリカ唯一のレオナルド・ダ・ヴインチの絵がある と書いてあるではありませんか。 オトーサン、もとから 世界一とか 今世紀最期とか 唯一とかに 弱いのです。 「何を着ていこうかしらね」 奥方は、いそいそとオトーサン相手にファッション・ショーを はじめます。 内心 「何を着たって同じようなもの。背が高くなるわけじゃなし」 と思いましたが、 奥方の着飾った姿をみて 訂正しました。 「馬子にも衣装。まあ、いいでしょう」 これってダジャレ? そーなんですよ。出来が悪いけど。 まあ、いい衣装。 いま、ちょうど9時。 1999年9月9日の9時。 999999 と9が6つも並んでいます。 幸いコンピュータの誤作動もなく、 NYを朝の8時に出発した AMTRAKは無事運行されております。 そろそろフィラデルフィアに着く頃でしょうか。 このAMTRAKが誇るメトロライナーは 日本でいえば、新幹線の「のぞみ」。 普通列車が4時間でNYーワシントンを結ぶところを 3時間で結びます。 その代り、料金も高い。 片道で、普通なら46$が、メトロライナーだと115$。 車内は、黒いスーツにネクタイを締めた通勤客ばかり。 さかんに携帯電話のベルが鳴っております。 オトーサン、 ふと、NYタイムズの記事から目を離して 車窓をみやると、 あたり一面の霧です。 広大な薄緑の原野に、ポツン、ポツンと樹木が点在し、 それらが車窓を流れ去っていきます。 そうした風景も、また、たまにはいいもんです。 NYでも起きがけに窓の外をみて 「今日は、雨かな」 と思ったオトーサンでしたが、 実は霧。 朝もやがかかったイーストリバーの風景もまた なかなかよかったですよー。 パリのセーヌ河をおもわせました。 その時、 奥方が、 「ターナーね」 といったのであります。 「ん?」 パリのセーヌ河とNYのイーストリバーの間を さまよっていたオトーサンの心と頭は、 もやっていて 「棚? 棚がどうした? 棚の荷物をとってほしいのか」 と危うくいいそうになりました。 ターナー ジョセフ・マロード・ウィリアム・ターナー (1775ー1851) 英国の画家で、ぼかした弧のような筆づかいで 色彩と光を輝かせ、大気を表現した。 印象派や抽象画の先駆者。 棚とターナー。 だいぶ違います。 どうやらオトーサンは、奥方をみくびっていたようで あります。 米国は、フィラデルフィアの霧の原野をみて 「ターナーね」 とひとこと。 何と含蓄のある 学識のある お方でありましょう。 奥の深いやんごとなきお方。 略称で 奥方であります。 オトーサン、 これまで 「奥方」を粗末に扱ってきた気味があります。 「女房」とか 「ウチのヤツ」とか 「バーサン」などと と同義語と考えてきたのであります。 これからは、あまり「奥方」を乱発しないように しなければなりません。 さて、パソコンをいじっていると、 もう、そろそろワシントン。 実は、NYでホテル探しをしていたときに、 オトーサン、大恥をかきました。 最初に地の利のいいワシントンの グランド・ハイヤットに宿泊しようと思って、 グランド・セントラル駅にあるハイヤットのオネーチャンに聞いたら 予約はやっていないとのこと。 貧乏人には用はないーてなカンジ。 ポンとチェーンのリストを渡されて、 自分で調べて電話しろとのこと。 つめたーい仕打ちです。 しょうがないので、ワシントンを探しました。 ても出てこない。 どうやっても出てこない。 ついに、 頭をさげてオネーチャンにたのむと 「ほれ」 と指さします。 オトーサン、それをみて HYATT ではなく、ヒヤットしました。 ワシントンと検索しても ワシントンは出てまいりません。 ワシントン(シアトル)と出てまいります。 WではなくDの項目を引くのです。 District of Columbia コロンビア特別区。 よくワシントンD.Cといいますが、 別にダイナーズ・クラブというわけではありません。 ましてWCなどではありません。 11時。 NYから3時間。 ようやくワシントンに到着しました。 スーツ姿の紳士たちがぞろぞろと通路に並びます。 企業戦士? いやあ、ここはワシントン。 政治家か、ロイヤーか、ロビイストに決まってます。 「エリート然とした奴等だなあ」 そんなことをいいながら オトーサン、ほっとしています。 奥方がポツンといいます。 「背広、着てきてよかったね」 やはりアメリカ合衆国の首都の訪問は 公式であれ、非公式であれ フォーマル・ウエアでなければなりません。 ワシントンの駅は、 NYのペン・ステーションくらいかなあ どーせ、汚くて暗い感じだろうと、 オトーサン、たかをくくっていましたが、 やあやあ とんでもない このコンコースの広さは、世界一。 ローマン・クラシック様式の建物のなかに、 最新のショッピング・モールがあります。 まだ、正午には間がありますが、 オトーサン、 「すこし早いけど、つまんでいくか」 提案します。 「そうねえ。まだ、お腹はすいていないけど」 奥方の心は、美術館に飛んでいるのですが、 そこでは あまりおいしい食事にありつけない可能性も高いので しぶしぶ同意いたします。 そこで、地下のフードコートへと降りてみました。 見渡すかぎりの食堂街。 これには、オトーサンたち驚きましたよー。 およそ、50店はあるでしょうか。 世界各国の料理店が並んでいます。 メキシコ料理、南部のケイジアン料理、インド、中華 ギリシャ料理、イタリア料理、フランス料理、ピザ デリ、ホットドッグ、ベーグル、 ステーキ、ハンバーグ、BBQ, シーフード、アイスクリーム、イタリア菓子、 サラダ、ジュースバー、ブリート。 スシ屋もうどん屋もありましたよー。 オトーサンたち、目がクランで、思わず フードコートを2周もしてしまいましたよー。 まずは、 スープの専門店に入り、シーフード・スープを 1人前だけ頼んで、テーブルにつきました。 ところが、陽気なメキシカンの女性が パンと果物をチョイスしろとのこと。 どうも、ランチ・セットになっていたようです。 「まー、このスープおいしいわねえ」 奥方が目をほそめます。 カニがスープの味を引き立てているようです、 「ゴマのついたパンもおいしい」 つぎは、オトーサン、 カリプソ・キッチンという名前に惹かれて たちどまりました、 「テーオ、イテテ エーオ」 ではじまる あのハリー・ベラフォンテの甲高いはりのある歌声を オトーサンたちの世代ならば 誰でも知っているでしょう。 いまだ見ぬ異国・南国の味。 オトーサン、 お肉とニンジンの煮込みを ほんの少し頼んだつもりだったのですが、 ここでも、また言語障害。 大きなプラステイック容器に サラダ そして 小豆入りのチャーハン状のものを 盛大に入れられてしまいます。 「テーオ、ヤメテ エーオ。 コンナニ イレテハ コマルンヨ」 といいましたが、後の祭り。 「とてもじゃぁないが、そんな気味の悪い料理など たべられませんよ」 といっておられた奥方でしたが、 となりの席の 若い白人女性がおいしそうに食べているのをみて 心変わりをしたのか、 小さそうな肉片にフォークをさして、 すこし観察してから食べました。 そして、こういいました。 「おいしいじゃないの、よく煮込んであって」 「このチャーハンみたいのも、 おじやみたいで、なかなかイケルわよ」 何と、大半を奥方が食べてしまいます。 さて、そろそろお腹も一杯になってきたので、 オトーサン、 「じゃ、美術館に行こうか」 といいました。 当然、奥方がふたつ返事でOKするとおもいきや 「ねえ、このジャガイモのふかしたの おいしそうじゃない」 と、のたまうのでした。 「まあ、じゃがいも1コぐらいなら 何とか、お腹に納まるだろう」 とオトーサン、賛成しましたが、 奥方の指すお店に飾ってあるジャガイモをみて 仰天しました。 その、大きいこと。 まるで、おばけのようです。 原注:ウエスタン・ポテト。あのマックなどで 売っている長いフライド・ポテトのもと。 オトーサンがさらに仰天したのは、 その巨大じゃがいものふかしたのを 奥方が、 これまた 「うまいわね、おいしいわね。 おいしいわねえ。うまい」 を連発しながら、バターをつけながら ぺろっと平らげてしまったことでした。 オトーサン、 いままた 奥方の奥の深さに驚かされました。 今度は学識の奥深さでにではなく、 胃袋の奥の深さにであります。 では、おあとがよろしいようで。 奥方が、あとで お腹をこわさなきゃいいんですがねー。


10 奥方、フラッシュ撮影を敢行す

午後も、2時になりました。 さあ、 腹ごしらもできたし、奥方の念願の美術館にいくかあ。 さいわい ローマ神殿のような外観のユニオン駅正面で タクシーもすぐ拾えましたし、 料金もガイドブックに書いてあったように ボラれるようなこともありませんでした。 しかも、 このナショナル・ギャラリーは、入場料無料。 重い荷物も荷物預りがあって助かります。 しかも無料。 世界有数の美術館が無料ですよー。 オトーサン、ホットしました。 これで、心おきなく世界の名画を堪能できる。 入口の受付で、英語の場内案内をもらって出発。 「フーン、日本語の案内パンフがないのか。 これでは、どこに何があるのか サッパリ分からない。 まあ、いいや。でたとこ勝負でいこう」 オトーサン、相変わらず適当にやっております。 この美術館、正面は、これまた円柱が林立していて 古色蒼然としてはおりますが、内装はモダーン。 ルーブル美術館にピラミッドを出現させて話題を呼んだ なんとかいう名前の中国人建築家が手がけたそうであります。 最初に、オトーサンたちが足を踏み入れたのは、 やたら彫刻の多い、吹き抜けの部屋。 奥方、早速カメラマンに変身。 パチリ。 オトーサンも、 お目当てのダヴィンチの絵をみつけて、 ジネベラ・デ・ベンチの肖像をパチリ。 ダビンチが若い頃描いた作品で、モナリザの若い頃を ほうふつさせます。 頬もふっくら。 なぜか、 若い頃の奥方の顔、 それも不機嫌な時の顔にそっくり。 ジネベラ・デ・ベンチの肖像 オトーサン、 デ ベンチに 腰掛けて、 (このしゃれ分かる?) 旅づかれで、 うつらうつらしながら 「オレさまが、その昔描いた絵のほうがうまいかも」 などと不埒なことを考えておりました。 オトーサンの水彩画「革命の女神」 1960年頃の作で「赤の時代」の現存する唯一の作品。 このあと、奥方、 若い男性に呼びとめられて 「そのカメラはいい。どこの会社のだ」 と聞かれております。 APSカメラでキャノンのイクシーズ。 発売当初は世界最小、最軽量が評判を呼んで 売り切れでしたが、 いまはヨドバシカメラで半値。 日本では、どーてことのないカメラ。 こんなのが開発途上国のひとには、珍しいのですかな。 オレのデジカメのほうが新しいんだけどなー。 と、内心、オトーサン思いました。 ところが、 奥方、相当、この事態に気をよくして 本物のカメラマンになってしまったようであります。 パチリパチリ熱が高じてしまったようです。 それとともに、会話もはずみます。 「あーら、これはルーブルにもなかったわ」でパチリ。 「ほら、ターナーがあるわよ。 たしか、この連作が、大英博物館にもあったわ」でパチリ。 「おんなじのが、メトとウフッチにもあったわよね」でパチリ。 「プラドにはなかったわ。珍しいわ」でパチリ。 「これって、バチカンかなんかで見なかった」でパチリ。 「これは、日本に一度きたことがあるのよ」は、パチリ省略。 奥方は、とりわけ印象派がお好きなようです。 モネの絵をさして 「この絵、オランジェリーで見なかった?  それとも、オルセーだったかしら?」 これは、どうやら、オトーサンへの質問のようです。 オトーサン、 見物にきているイタリア美人の襟足に気をとられていて つい言ってしまいそうになりました。 「オルセー? ウルセー」 こちらの美術館の絵の多いこと。 あちこちの迷路のようになっている部屋をさまよっていると、 荷物がないにしても、やはり疲れます。 ところが、ここは、まことによく出来ていて 2部屋に1つは、決まってソファが置いてあります。 で、オトーサンたち ようやくソファに座って 受付でもらったパンフレットに目を通しはじめました。 「写真撮影は、一部をのぞいて自由。 フラッシュ撮影も可。」 何が一部か分かりませんが、 入場無料といい、 写真撮影可といい、 結構なことづくめです。 でも、それからが大変。 奥方がフラッシュ撮影OKをみて喜んだのなんの。 あちこちで、ピカッがはじまります。 まるでピカチュー。(ピカッ中毒の略) オトーサンのデジカメは高性能なので、フラッシュなど不要ですが、 奥方のは旧型。やはりフラッシュでないと光量不足。 そこで ピカッ ピカッ ピカッ ピカッ。 読者のみなさまも、 ピカチューは いい加減にせいと思われるでしょう。 静かに鑑賞しているときに、近くでのピカチューは 鑑賞の妨げ以外の何物でもありません。 奥方にはそうしたデリカシーが欠けております。 「だって、パンフレットに書いてあるからいいでしょう」 で、 オトーサン、 奥方とは、別行動を取ることにいたしました。 先に行って、ソファで待つ。 「また、メトロの時のように、はなればなれにならない? 「ダイジューブです」 遠方からでも、 ピカッは 見えるのです。 奥方のピカ中毒のおかげで オトーサン、はらはらしっぱなしで、 とても落ち着いて絵画鑑賞という気になれませんでした。 館内にみつけたガーデン・カフェで一休みして ケーキとコーヒーをたのみましたが、 これが、また、マズイ。 そんなこともあって オトーサンのこのナショナル・ギャラリーへの評価は 中の上。 「よかったわあ」 と奥方がいっても、 返事をしませんでした。 オトーサンの印象派(は)というと、 売店で買った絵葉書がたったの1枚だったということで お分かりでしょう。 ピカソの青の時代のもの。 1903年の作品。 題名は「悲劇」 腕組みしてうつむいている白髪の老人が ひときわ、 あわれです。 オトーサン、 「ジネベラ・デ・ベンチの肖像」も買いませんでした。 だって、もうそんな奥方の若い頃のような絵には あきたもーん。 では、おあとがよろしいようで。 「ホテル予約したけど、取れてるかなあ」 オトーサン、すでに、おあとの方を心配しております。


11 オトーサンのホテルの賢い利用法

日本でホテルを電話で予約するのは、 そう難しいことではありません。 「もしもし、00ホテルですか? 2名、明晩1泊ですが、お願いできますか。 2万円以下で、お願いします。 えーと、私の名前は、佐々木亨で、 電話番号は000ー0000です」 ところが、これをアメリカでやろうとすると さあ、大変。 上記の会話に クレジットカードの種類、番号、有効期限 予約の確認番号 が、加わります。 でも、今回のオトーサンは、昔とはちがいます。 この難事業を 娘の力も借りずに全部やってのけました。 その秘密は、簡単。 ガイドブックをみて、よさそうなホテルをいくつか選びました。 電話をしました、 まず、地の利のよさそうな ”GRND HYATT”にかけました。 英語らしきものが聞こえたので すぐに 「アイ アム ジャパニーズ。 イズ ゼア サムワン フー スピーク ジャパニーズ?」 こう一方的に宣言しました。 しかし、英語専門の気配を感じて ひやっと(Hyatt)して ガチャンと電話を切ります。 次に、 ”EMBASSY SUITES”に電話しました。 幸い、流麗な日本語の女性通訳が、出てまいりました。 あとは、簡単。 オトーサン。 奥方に胸を張って、報告します。 「おーい、ホテルがとれたぞー」 エンンバシー・スイートは、今回で2回目 数年前、サンデイエゴに 娘が加わっての3人旅、 「広い部屋のホテルがないかなあ」 とガイドブックを探していたら、エンバシーがありました。 好印象だったので、今回も予約してみたわけです。 さて、ホテルにつきました。 街の中心部からはずれていて、入口も狭いカンジ。 8階建てでしょうか。 内部は、大きなアトリウムになっていて、 各階の廊下と客室が、アトリウムを取り囲んでいます。 料金は1泊199$。 そう安くはありません。 このホテルの売りは、 全室スイート・ルームです。 ベッドルームにリビング・ルームがついています。 朝食付きで、 夕方には、スナックとドリンクのサービスがつきます。 オトーサンたち、 フロントで無事チェックインをすませて 332号室のカギをもらって カードキーを差し込み、さっと抜くと、 お部屋に入れました。 やれやれ、これで陣地は確保できたぞ、 いよいよ、 賢いホテル利用法の おでましであります。 オトーサン、奥方とふたりで ベッドルーム、リビングルームを分担して 設備や調度品などを仔細に調べはじめます。 「ひろいなあ。30畳以上あるな」 とオートーサン。 「日頃、狭いところに暮らしているから、ホテルくらいは 広いところでなくちゃね」 と奥方。 リビングには、4人用の食卓も、応接セットもありました。 「大型TVが部屋毎に2台あるよ。 任天堂のゲーム機つき」 「このベッド、2つとも、キングサイズね。 あら、ここにミニ・キッチンもついてるわ」 次は、バスルームです。 2人でのぞいて、 「広くて、きれいね」 「ヘアドライヤーもある」 「この鏡、3面鏡みたいになってるわ」 次は、その他のスペース。 「ここを開けると、冷蔵庫、コーヒーメーカーに 電子レンジもあるわ」 「衣装棚には、アイロン台もあるわ。 ほら、このハンガー、チャックつきのもあるわ。 ずいぶん、神経が行き届いているわねえ」 「何でも経営者は女性ということらしいよ」 そして、ふたりで、リビングで一休みします。 「このソファならひとり寝られそうだね」 とすでにオトーサンが3人がけのソファに寝そべります。 奥方のほうは、大きなソファに深々と座ります。 「今回は2人だから、そのソファベッドも役に立たないわね」 なーんていったりして、ゴキゲンです。 「部屋からの眺めはたいしたことないね」 「そのためにアトリウムにして、ツタを長くたらしたりして 内部をかっこうよくしているわけかしら」 「良い場所をお望みなら、同じホテル系列のダブルトリーを 利用しろってことさ」 エンバシースイートのアトリウム さて、オトーサン いよいよ、このホテルの賢い利用法の実践にかかります。 まず、ホテル側が夕方のコンプリメンタリーといっている スナック・サービスの時間を調べます。 午後5時半から7時半とあります。 小1時間ほど、リビングのソファで寝そべって待ちます。 奥方は、ベッドへ。 「そろそろ、いいようよ」 奥方の声にオートーサン、仮眠から目覚めました。 1階に降りるシースルーのエレベーターから観察すると すでに大勢のひとが、うれしそうにスナックコーナーに 群がっているではありませんか。 「出遅れたか」 「でも、あと2時間もあるから、食べ物のほうはだいじょうぶよ」 奥方が、テーブルを確保している間に、 オトーサンが 紙皿いっぱいに サルサを、さっさと、とってきます。 原注:メキシコ料理。ポテトチップスと思えばよい。 ピリ辛のケチャップをつけて食す 2皿目は、おつまみ風のもの、 3皿目には、プレッツェル。 3皿をようやく抱えて 奥方が確保したドリンクサービスの前の席に戻ると、 待ちかまえていた奥方は、 さっさとポップコーンのコーナーへと直行。 大きなコップいっぱいにいれて、 意気揚々と帰ってまいります。 そして 目の前のドリンクサービス・カウンターにおける その道の先輩たちのやりかたを研究いたします。 「ふむふむ、この黒人たちはウィスキーか。 子供連の家族は、どうやらリンゴ・ジュースのようだ。 このビジネスマンは、ワインだぞ」 「何でも注文できるようね」 オトーサンは、やおらカウンターに近づいていって 「ビール」といいました。 ビール名を挙げてもあらって、バドにすると コップになみなみと注いでくれました。 奥方は、グレープフルーツ・ジュース。 「これじゃ、夕食代わりになるわ」 「お昼にたくさん食べたこともあるし」 ドリンクのお代わりは、白ワイン。 「ダニエルのワインは、おいしかったわね」 「それをくらべちゃ、エンバシーは気の毒だよ」 オトーサンたち、お部屋にもどります。 オトーサン、 リビングのソファに陣取ってTVをみます。 お目当てのUSオープンがでないし、 連日の疲れに酔いが加わって いつの間にかスヤスヤ。 翌朝まで、 夕食もとらないで ソファで、寝てしまいましたよー。 「もったいないわね。ベッドがひとつ余ってたわ」 これは、翌朝の奥方の苦情です。 しかし、その口調は、 あくまでも 絹のようにやわらかく、 「ひとり、ひと部屋ってわけね」、 と付け加えたのでした。 さて、第2ラウンド開始。 朝食無料サービスです。 オトーサンは6時半の戦闘開始にそなえて プールでひと泳ぎ。 クロールで4かきすると、端についてしまうのですが、 動物園のあざらしのようにターンをくりかえしました。 エンジン全開、食浴旺盛。 ダイジョーブです。 何が、ダイジョーブかって? 奥方の食欲に対抗できるという意味に 決まっているじゃありませんか。 オトーサンがソファで夕方の8時には寝てしまったので、 奥方の朝のお目覚めも健やか。 ダイジョーブです。 何がって? 勿論、胃腸の奥行きのほうですよー。 6時30分の朝食開始というのに、 6時25分には、もう食事場所にひとが入っていましたから 6時35分のオトーサンは やや出遅れ気味でした。 つまり、食糧の確保のほうは心配ないのですが、 いい席がない。 すでに先発組に占拠されています。 目玉焼きをシェフが目の前でつくってくれるコーナーでは もう10人ほど並んでいました。 「やっぱり、6時25分に部屋を出るべきだったな。 廊下を歩く時間とエレベータの待ち時間を 計算にいれてなかった」 オトーサン、 どうでもいいことを はげしく後悔しております。 で、 役割分担。 「じゃ、あたしがここで待つから、あなたは食事の席を探してて」 すばやく奥方が指示して、 オトーサン、食卓を探しに走ります。 幸い、もう食事を終えそうなひとがいました。 噴水のそばの特等席です。 オトーサン、そこをゲット! 意気揚々、奥方の帰還を待ちます。 奥方がめざとくオトーサンをみつけて 特等席確保のほうは、目でほめて 「あなた、はやくとってらっしゃいよ」 と指示します。 オトーサンは、ソーセージ、ベークド・ポテト、 アップル・ジュース、パン、コーヒー、 フルーツのコーナーでは、迷いましたが、 メロンのスライス2つ、すいか1切れ、オレンジ それにヨーグルトをそえて テーブルに戻ります。 今度は、奥方の出番。 戻ってきて、 「ほら、ソーセージの新しいのが出たのよ」 と細長い脂ののったソーセージを指します。 くらべると、なるほど オトーサンのは、丸くで平たく、いかにも不味そうです。 食事が、ほぼ、終わりかけました。 ここで、なぜか オトーサンたち、さっと、代りばんこに席を立ちます。 狙いは、バナナ。 それも大き目のものを2つ。 合計4ケ。 オトーサン、 「ひとつぐらいは食べないとなあ」 と何やら不可解な言辞を吐いております。 1本を2人で半分づつ食べます。 「もう、お腹がいっぱい」 「お腹がはちきれそう」 バナナにご注目 奥方がハンドバックからナプキンを出して その3本をすばやくくるみます。 オトーサン、それを、リュックサックにいれます。 息のあったすばやい連携プレイ。 「シメシメ。これで、今晩の食事代も助かる」 お分かりになりましたでしょうか。 ホテルの賢い利用法。 ロビーを待ち合わせに使うとか、 ホテル備えつけの歯ブラシや石鹸をもって帰る そんな程度では とても賢い利用法とはいえません。 オトーサンたちのように エンバシーを選らぶ。 これが正解であります。 このエンバシーのサービスをフルに利用いたしますと、 まず、部屋代の199ドルは、一見すると高いようですが、 2部屋をフルに利用すれば、 1部屋分は、半分の100$とあいなります。 それに 朝夕の食事代が節約できます。 朝食がひとり15$、夕食が35$として 2人で100$分の食事代が節約できます。 ですから、199$払っても、 まあ、100$分は回収できるわけ。 99$でスイートに泊まる、 こんなうまい話はそうザラにはないでしょう。 さらに、バナナを失敬すれば、 その日の夕食代も節約できます。


12 ワシントンの響きと怒り

オトーサン、 午前中の市内観光 午後のスミソニアンの宇宙航空博物館の見学を終えて 4時頃、ユニオン駅の広いコンコースの 上品なセンターカフェで休んでおります。 「スゴかったねえ、何でもアメリカ人のやることは」 「....」 オトーサン、 念頭にあったのは、 まず、リンカーンの坐像、 リンカーンの坐像は、巨大だった。 そして、戦争記念碑の数々。 第一次大戦、 第2次大戦、 朝鮮戦争、 ヴェトナム戦争、 湾岸戦争 「連戦連勝できたからなあ」 アメリカの傲慢さを危惧したくなります。 「戦争で大勢死んだというのになあ...また」 かれらを襲った怒りが地底から響いてくるようでした。 朝鮮戦争の記念碑 オトーサン、 スミソニアン宇宙航空博物館の巨大さにも驚きました。 「アメリカって、スゴイよなあ」 人類初の月面着陸を成し遂げたのですから。 でも、戦争する余力があるなら、 火星移住のほうを真剣に考えてほしいものです。 はじめてみた火星の表面 奥方、 「アメリカ人のやることは、大げさねえ。 勿体ないわよね。食べ残したら」 このコメント、 リンカ−ンの坐像の巨大さ、 戦争好き、 火星探査のことではなく 目の前にドーンと運ばれてきた アップル・パイの大きさを指しているのです。 2人で30分ほど挑戦しましたが、 半分も食べきれませでした。 午後5時03分。 列車がユニオン駅を定刻の3分遅れで 音もなく出発しました。 でも、やがて大きな音がしました。 ブオーッ。 オトーサンたちの冒険旅行の無事を祝って いい響きの汽笛が鳴ったのでしょう。 オトーサン、 その後、AMTRAKの窓側の席に 120Vのコンセントが備え付けてあるのを発見して、 大喜びしました。 「おお、車内でパソコンが使えるぜー」 そして... 小1時間ほどたった頃、 ブオーッ。 どこからか音が聞こえてきました。 「....???」 2人で顔を見合わせました。 どうやら巨大アップルパイの食べ過ぎからくる 音のようでした。 誰の音かは、言わぬが花でしょう。


13 オトーサン、ハーレムでお買い物

NYの超一流ホテルでの和朝食。 これは オトーサンの今回のNYでのテーマのひとつでした。 着いた翌日には、ピエール・ホテルの前を通ったのですが、 5番街に面した建物の威容と、 近衛兵みたいな制服を着たドアボーイたちの威厳に すっかり威勢をそがれてしまいました。 ダニエルにいくためにスーツ一式を整備ずみですから もうドレス・コードの点で問題はありません。 しかし、ピエールは、 「控えおろう」式の 権威が目について オトーサンの反骨精神とはあいません。 同じことは、NYホテル界の頂点、プラザホテルにも あてはまります。 いちど、ドアから入って、 すぐ、別のドアから逃れ出てきたことが あります。 ちょうど夕飯時、着飾った紳士淑女の群で、 ロビーは超満員でした。 オトーサンは、何やら、おしどりの群を通りすぎる 独身のすずめのような心境になりました。 そこで、プラザもパス。 原注:あとで知りましたが、 このプラザのオーナーも、あの不動産王・ドナルド・トランプ。 五番街に面して立つ金ピカのトランプ・タワーでおなじみです。 でも、かれのクイーンズからマンハッタン進出第一弾が、 老朽化したコモドール・ホテルを建てかえて、 グランド・ハイヤット・ホテルにしたとはねー。 道理で金ピカ。 貧乏人には用はないというあのオネーチャンが巣食っているハズ。 ウォルドルフ・アストリア。 ひとことでいえば、昔の名前で出ていますってな感じ。 このホテルの格式の高さは、相変わらずで、いまでも 元首クラスが泊まるそうですが、 もう古い古い。 何十年か前に出張で泊まったときは、夢かと思いました。 豪華なダイニングで食事もしました。 それも今は昔。 もう魅力は、ありません。 そうなると、残るはフォーシーズンズ。 実は、このホテルには、いい思い出があります。 数年前、バリ島のフォーシーズンズに泊ったのです。 格安航空券で有名なHISのパックのなかから 最高級のをえらびました。 海に2泊、山に3泊で16万円。 海のほうにフォーシズンズで2泊が含まれていました。 深夜にチェックインしてから 2日目の朝チェックアウトするまで オトーサンたちは 地上の楽園とはこういうところかと、 思わない瞬間はありませんでした。 インド洋を見晴らす熱帯の花が咲き乱れる200mの敷地に ひろいコテージ、専用プール、ジャクジーつき。 あとで、念のために正規料金を聞くと 1泊が何と 1100ドル。 オトーサンたちにとっては、空前絶後の旅でした。 バリ島5日間、フォーシーズンズ指定。 今年末、159800円というツアーがいまでもあります。 しかも、あのシンガポール航空利用です。HIS扱い。 朝、7時に起きたオトーサンの心は、 あの夢のかけらでもいい NYで せめて朝食という簡易な形式であろうと味わおう。 NYであろうと、どこであろうと、 フォーシーズンズには変りはないはずだと ひとしきり 高鳴るのでした。 ところが、現実はきびしいものです。 娘が起きない。 なかなか起きない。 オトーサン、イライラして、シャワーを浴びたり、 ゴソゴソ、娘の部屋の衣装ダンスをかきまわしたりしました。 その甲斐があって、9時頃起きてきたのですが、 「起こそうというのは分かってるよ」 とトイレに行って また寝てしまいました。 まあ、当然といえば、当然。 娘にしてみれば、1週間しっかり働いたあとの 貴重な休日。 寝だめを楽しんでいるのですから、 遊んでばかりいるどこかのひととはちがいます。 で、 オトーサンが 朝からそわそわしていた フォーシズンズでの朝食は もはや時間切れ。 10時半に起きてきた娘は 「じゃ、午後に、お茶でもする」 とカバーしてくれましたが、 もはや手後れ、 オトーサン、スーツを脱ぎはじめております。 朝食は、娘の提案するベーグルのお店にいくことに あいなりました。 NYではやっているベーグルのお店のひとつで、 ピエールやプラザホテルにも納品しているとか。 いつ行っても長い行列だそうです。 2ndの81st。 ハーレムにちかいほうです。 「ダイジョブなの? そっちのほう」 とオトーサン、おろおろ。 「90まではだいじょーぶ」 と娘。 さて、ほどなく おめあての店に到着。 看板をみると、 H&H BAGELとあります。 外観は、NYではごく普通のデリ。、 店内のテーブルは、すでに全部塞がっていました。 「どうする。あきらめて帰るか」 せっかく2ndの81stまで遠征してきたのに 残念です。 「だいじょぶよ」 と、娘。 オトーサン、歩道で写真をとったりして 時間つぶしをしました。 なるほど、白人の若いひとが目立つ場所です。 家賃の関係で 若いひとは、このへんにしか住めないのでしょうか。 ほどなく娘と奥方が、ベーグルをかかえて 店から出てまいります。 「行くよ」 と娘。 ついていくと、4軒先のスターバックスへ入っていきます。 そして2階へ。 「待っててね」 と娘は1階に戻リます。 オトーサン、見渡すと、 30畳くらいの部屋には、3人掛けのソファが4つ、 1人用のソファが4つ、テーブルが4つほどあります。 先客は2人、若い男は、ソファに腰掛けてテーブルの上に 足を投げ出しています。 若い娘はというと、ソファに寝そべって新聞を読んでいます。 まるで、自分の家のリビング。 そういえば、暖炉もあります。 やがて娘が、スターバックスのコーヒーを抱えてきて 「ここ、穴場なんだ」 といいます。 オトーサン、びっくりました。 まあ、日本では考えられないことです。 お客とはいえ、 ひとの店で買ってきた食物を広げているのを 店員にみつかろうものなら 日本では、 烈火のごとく怒られることでしょう。 「一日中ここでパソコンをやっているひともいるよ」 と娘。 上には上がいるのものです。 さて、食事が終ると、 「125stのスーパーにでもいってみようか」 と娘はいいます。 スーパーの研究とあれば、たとえ火のなか、水の中と いいたいところですが、 ハーレムのど真中じゃあねー。 「ダイジョブなの? そっちのほう」 オトーサン、繰りかえします。 「この前、ヒロミといったよ」 おいおい、 若い娘2人で ハーレムへなぜ。 「日曜日の朝、黒人たちゴスペルを聴きにいったのよ。 よかったよー。 観光コースになっているくらいだから安全よ」 奥方は、原則、娘のいいなりですから、 オトーサン、多数決では敗れます。 「ダイジョブなの? そっちのほう」 を三度繰り返すしかありません。 地下鉄のアップタウン行きは 案の上、 黒人の含有率がきわめて高いところです。 オトーサン、すがるような目つきで 白人をみつけては、安心しています。 110stで、その頼みの綱の学生たちが ドッと降りてしまいます。 「コロンビア大学の学生よ」 「あの、野村紗知代さんが留学されておられた?」 と世情に通じておられる奥方。 「学内に留まっていただけでも、留学」 とオトーサン。 相変らず口のほうは達者ですが、 内心は、 動物園の檻のなかに入れられた 餌のような心境。 「ここよ」 みると、125st。 暗い階段、そして明るい地上に出ても、 黒人ばっかり。 一面の雪景色ならぬ 黒い風景。 オトーサン、つぶやきます。 「自分は、ここにいないのだ。 ここにいる自分は、仮のすがた。 ほんとうの自分は、フォーシーズンズの豪華ロビーに いるのだ。 そして、ゆったりと、 恐怖におびえることなく 豪華朝食に舌鼓を打っているのだ。 FREEDOM FROM FEAR」 原注:ワシントンのルースベルト記念公園の石碑に刻まれた 文言の一節 そうとう目つきの悪いのがいます。 朝から腰をひねって踊っている若者もいます。 オトーサン、 ほんとうは、 このホームページの読者のために 写真を撮りたいのはヤマヤマなのですが、 カメラを出したら 一巻の終わりということで、 とても 吉田ルリ子さんの爪の垢にすら、なれそうもありません。 原注:1960年代にハーレムで暮らして、その風景を 撮った若い女性カメラマン。一度お会いしたことがあります。 「よかったあー」 オトーサン、救われました。 みよ! ジュリアーニ市長の手腕! さすが、NYを世界有数の安全な街に変えたお方。 手落ちがあろうはずはありません。 交差点には、 なんと NYPDのパトカーがいるではありませんか。 おまけに、どういうわけか NY1と書いたビデオカメラをもった撮影班もいます。 NYのローカル局として有名だそうです。 さて お目当てのスーパー PATH MARKは駅前の交差点脇に ドーンと建っていました。 「おぬし、なかなかやるな」 余裕の出てきたオトーサンは、ダジャレも出る余裕が 出てまいりました。 そこでパチリ。 ハーレムのど真中にあるスーパーPATH MARK 中へはいると、ご立派なもんです。 日本のダイエーやイトーヨーカ堂は勿論、 ウォルマートも顔負けなくらい。 広くて、商品が豊富で、清潔。 客層の大半は、黒人ですが、みな裕福そう。 「パスしないでよかった」 奥方も目を輝かせます。 スーパーの印象は、最初の食品売り場できまりますが、 ここでの圧巻は、 新鮮豊富な野菜・果物の 木製の展示台が10列も並んでいること。 野菜・果物売り場 例えば、バナナだけで1列。 いろいろな種類と色。 「この青いバナナめずらしいわね」 「まだ、熟していないやつを売っているんだろう」 表示を見ると、バナナとは書いてありません。 GREEN PLANTとあります。 「これって、バナナなのかしら」 例のオバケじゃがいもも発見。 WESTERN POTATOとありました。 たろいももありましたし、 おばけ長芋のようなものもありました。 こちらのスーパーはみな食品売り場のディスプレイが うまいのですが、ここもたいしたもの。 野菜や果物の色の配色が見事です。 「うわぁ、トイレット・ペーパーが安い」 と奥方。 「でしょ」 と得意げな娘。 「値段は、日本の3分の1くらい」 およそ20mくらいの長さの棚にある商品を 次々と手にとって調べはじめています。 「トイレットペーパーをけちるようになったら、おしまいね。 いいものにしましょう」 「どれどれ」 オトーサンも会話に参加しようとします。 でも、こういうごくプライベートな商品の話題は、 男性にふさわしくないという配慮なのか それとも、初心者は黙ってらっしゃいということなのか オトーサン、会話に入らせてもらえません。 そこで、奥方が、青い色のカートに入れた トイレットペーパーと同じものを棚からとって 記録します。 一部の読者の方に、あるいは、参考になるかもしれません。 12ロール入り(ダブル 23.6m) 2.99$。 ついでに、他の商品も記載しましょう。 ペーパータオル(PB) 69セント。 紙皿(22cm 150枚入り) 1.99$ 奥方と娘はちょっと見学のはずが、 次第に本格的な賢い消費者になってしまい 滞在時間が長引きます。 大型カートが、次第に埋まっていきます。 オトーサンも、奥方と娘につきあって バスタブみがきを買います。 これは食器洗いのスポンジに取っ手をつけたような ものです。便利そう。 とくに圧巻なのは冷凍食品棚。 40mはある棚が、2列。 間に入ると、まるで、スーパーというより工場にいる感じ。 めずらしい冷凍食品もあります。 冷凍のオクラ。 いろいろな野菜のミックスもそろっています。 例えば、にんじんとインゲンとブロッコリー にんじんとブロッコリーとカリフラワー。 というように親切。 冷凍庫の列 これまた圧巻の肉売り場を通過して、ようやく レジにきました。 オトーサン、 黒人たちの買い物の分量の多さに驚きました。 みな、あの巨大カートに商品を満載。 家族で2台満載なんていうのも珍しくありません。 「1ケ月分まとめ買いをしてるのよ。遠方からくるひとも多いし」 と娘。 スーパーの善し悪しの判断基準のひとつが、 レジの手際のよさ。 ここではレジが18台。 3種類あってチョイスできます。 最初の2台が、スーパーエキスプレス(12品以下) 多数派の12台が、袋づめをしてくれるレジ。 これは人気があって、黒人の袋づめ係がひとりづつ ついております。 袋づめを終えると、カートに入れ直してくれるので、 そのまま駐車場へ。 最後の4台が、セルフ。 オトーサンたち、 一番空いているセルフ(4台)に並びました。 3mのベルトコンベアが2台ついています。 2台目は、次のお客様用。 きわめて効率的です。 黒い小さなボタンを押すと、会計をすませた商品が 手元に流れてきます。 そして溜まったところに、袋をセットした装置があって 空いた口に商品をほうり込む。その袋を引き出すという 鮮やかな手順です。 顧客の立場になって考えた技術革新の一例です。 レジとレジ係の雄姿。 「荷物重いし、地下鉄3人だと高くつくから、タクシーで 帰ろうか」 と娘。 「うんうん」 オトーサン、無事ご帰還できるので、否もノーもありません。 「結構、買っちゃったねえ」 と娘。 満足そうです。 洗剤、ケチャップ、オリーブオイルなど調味料も随分買いました。 これから、しばらく生活に困ることはないでしょう。 親の面倒をみたんだから、すこしは役得がなければねえ というところでしょうか。 帰宅したのが、午後2時。 奥方と娘がネイルケアから帰ってきたのが、 午後5時半。 ようやく外出です。 念願のフォーシーズンズに直行するかと思いきや 五番街のティファニーへ。 やっぱり、日本人だらけ。 サックス・フィフス・アベニューへ。 日本人はすくないのですが、店員のオネーチャンが よくない。 高級百貨店をかさにきて、高慢ちき。 オトーサンの身なりを馬鹿にして、お釣は小銭ばかり。 「けしからん。ひとを身なりで判断するとは」 オトーサン、怒りで震えます。 こういうときに、英語でケンカができない自分にも 腹を立てています。 あとで聞きましたが、こういうときは、 日本語で怒鳴るとよいそうです。 それでは、あんまり、 せめて 英語で怒りたいというかたは、 "Someone of executives, here" "Person in charge of this store" をどうぞ。 効果のほどは、オトーサン、未確認です。 ようやく、フォーシズンズ・ホテルへ。 うやうやしくベルボーイが金色のドアを開けてくれます。 行き着いたこところが、ダイニングルーム。 ところが、ここでも、身なりのよい老婦人が オトーサンに 「ユー ニード ジャケット」 というではありませんか。 オトーサンの怒りはいっそう募ります。 「アメリカ人は、すぐ人種差別する」 さっきまで、ハーレムで黒人を思いっきりバカにしてい ひとのお言葉とは思えません。 もう1軒のフォーシーズンズにいきます。 こちらはダイニングルームだけではなく、カフェも あるそうです。 ここでも、うやうやしく、ドアを開けてもらいます。 ここも身なりのいいひとばかり。 でも、ジャッケットは着けていてもノーネクタイ。 ややカジュアルです。 「ふーん、やはり TPOというのはこういうことか。 郷に入ったら郷にしたがえか」 オトーサン、すこし、冷静になってきております。 案内されて席につきました。 薄暗いほのかな照明の上品な室内には、 なにやら優雅な音楽も流れています。 テーブルの上には、緑色のキャンドル・ライト。 おまけに、オリーブとナッツとお菓子のお皿が置いて あります。 ただごとではない雰囲気です。 ネール・ケアをやって貴婦人気分になっている娘と奥方は 精一杯着飾っているのですが、 オトーサンのほうは、ハーレム行きと同じいでたち。 長ズボンに半袖シャツ。 やはり、周囲を見回すと、だいぶ見劣りします。 「なにか、注文しましょう」 と娘。 オトーサンはコーヒー 奥方は、アイスティー、 娘はというと、シャンパン・フロート。 妙なる感じの女性が注文を受けます。 機嫌のいい時のモナリザみたいな女性です。 「おいおい、シャンパンは高いんだぜ」 と喉まで出かかったオトーサンでしたが、 かろうじて思い止まりました。 この妙なる雰囲気で、コーヒーだけはないかも。 かろうじて、娘がバランスをとってくれているのかも しれない、感謝せねば。 それにしても、シャンペンなんとかは高くつきそうだなー。 オトーサンのコーヒーと 奥方のアイスティーはすぐきましたが、 肝心のシャンパン・フロートはなかなかまいりません。 やがて黒服のマネージャーらしき男性が 娘のところにやってきて、何やら囁きます。 オトーサン、てっきり 「あの方の服装はみっともないので、お店で お貸ししますので、ジャケットを着用いただけませんか」 ではないと、推察をつけます 娘に 「いま、何って言った」 と詰問しますと、 「お飲み物を同時にお出しできないのを、 お詫びしますだって。随分、丁寧だねえ」 やがて、そのシャンパン・フロートがご到着。 背の高いシャンペングラスに白、赤、白と3層になって いるアイスクリームの上からシャンペンをかけたようで あります。 貴婦人のような凛とした出来栄えであります。 奥方と娘が声を思わずそろえて、 「きれいだねえ」と合唄いたしました。 「いいお味よー」 回し飲みがはじまりましたが、 オトーサン、毅然として みっともないまねはしませんでした。 若干、紳士になるのが手後れではありましたが 善は急げというではありませんか。 いい雰囲気のなかでは自然と話もはずみます。 「そういえば、立ち読み・座り読みOK!の バーンズ&ノーブルに行っただけどさ」 とオトーサンが切り出します。 「そうそう、スターバックスのお店が入っていて みんなコーヒー1杯で、何冊も本をテーブルに並べて 粘っているのよ」 と奥方がフォローします。 「あれでよく商売になるのね」 そういえば、今朝のスターバックスも鷹揚でした。 持ち込みOkなんてねえ。 お勘定を頼みます。 妙なる女性が近づいてきて、また、娘に耳打ちして レシートを置いて行ってしまいます。 「何だって」 すっかり情報部員になっている オトーサンが娘に聞くと、 「お飲み物をお出しするのが遅れたので、 ディスカウントしておきましただって」 「そんなことしなくてもいいのにねえ。 おつまみもたくさん食べちゃったし」 と奥方。 シャンパン・フロートのお値段が 気になってしかたがない オトーサン、 レシートをみて。びっくり。 15ドルが 0。 ただになったシャンパン・フロート 「タダよー」 娘が小さな悲鳴をあげました。 「タダ?」 奥方が、目を丸くしています。 「日本じゃ、こんなの考えられないわ」 「すげえなあ。やっぱり。フォーシーズンズは」 とオトーサンがいいます。 「顧客満足度100%って、ウソじゃないんだなあ」 では、 おあとがよろしいようで。 今日は、オトーサン ハーレムのあと フォーシズンズ・ホテルと おあとが、大変結構でした。 どなたか、この話を読んで、興味をもたれたら ぜひ、 パークとマジソン・アヴェニューの57stにある フォーシーズンズ・ホテルの 「57、57」 というレストランに行ってあげてください。 きっと、おあとの印象がよろしくなることでしょう。


14 NY最後の朝

いよいよNY滞在の最後の朝を迎えました。 オトーサン、6時におめざめになります。 荷物の整理などで昨夜就床したのが、12時近く。 すこし、寝たりませんが、元気です。 午後1時半のフライトでNYを出発します。 さすがに、奥方も、娘も、7時には起きました。 「そんなにあわてて家をでることはないわよ」 と娘がいいます。 「11時に家を出れば、十分間に合うわよ」 「2時間半しかないよ」 とオトーサン。 NYへ出発の時、確か東京では出発の5時間前には 家をでました。家から成田空港まで2時間。 旅行会社の指示で空港では、3時間待機。 それに対して、 こちらは JFKまで30分、空港出発まで2時間。 成田の半分の時間です。 「今日は日曜だから、12時でも間にあうよ」 と娘。 いま、8時、11時までにあと3時間あります。 「朝ごはんでも食べにいこうか」 3人で連れだって、外出します。 今朝のNYは、晴れ。 雲ひとつない澄んだ青空がひろがっています。 もう秋、プラタナスの街路樹の木陰では、涼しいくらい。 オトーサンは、長袖、長ズボンですが、 娘は、半袖のTシャッに半ズボン。 NYでは、日曜日の住民の標準的な服装です。 ジョギングしている若い娘さんも多く見かけます。 散歩している犬も、普段より、ノンビリしております。 家を出ると、 オトーサンは、60セントをもって、向いのお店へ NYタイムズを買いにいきます。 昨日のUSオープンの結果が気になっているからで あります。 途中で 「ああ、そうだ。今日は日曜日だったっけ」 と気づきます、 日曜日のNYタイムズは、普段とはちがうのです。 2ドル50セント。 オトーサン、買うと、すぐ試合結果をみます。 1面トップに女子シングルス決勝で 無敵の王者・ヒンギスが、 黒人姉妹選手の妹のほう、 17歳のセリーナ・ウイリアムズに 6ー3、7ー6で敗れ たと出ています。 「おう、おう」 とオトーサン、びっくりしています。 急に、NYタイムスの重さが 気になりはじめました。 何しろ、日本の元旦の新聞の3倍はあります。 雑誌がついてくるし、広告も多いのです。 それでも、みんなが楽しみにしているようで、 NYタイムスを抱えているお年寄りや主婦は、何やら 誇らしげです。 「あたしって、知的なのよ。 だって、今日一日がかりで、 この分厚いNYタイムズを読むんですもの」 てーな感じ。 「昨日は、H&H BEGELに行ったから、 今日は、PICKーAーBEGELに行こうか」 とオトーサンはいいます。 昨日の店のほうがおいしかったのですが、 何しろ、NYタイムスが重いもんだから、 少しでも近いほうがいい。 2ndの76stのほうが近い。 幸い、奥方も娘も賛成します。 で、 オトーサンたち、 そのPICKーA−BAGELにいきました。 幸い奥の方の部屋に席がとれました。 小1時間ほど食事をしたり、 おしゃべりしたりします。 娘は、NYタイムズに入っている広告に見入っています。 WIZ,COMPU USA,CIRCUIT CITY いずれも、家電・パソコン店です。 OFFICE DEPOTのもあります。 「こっちは、パソコンが安いのよ」 と娘に差し出されて、 オトーサン、広告に目をやります。 「なになに、パソコンが289$」 「どーせ、安物だろう」 eMACHINESという知らないメーカー。 15インチモニターに キャノンのBJC−1000カラー・バブルジェットプリンター がついています。 性能はというと、セレロンの400MHzに、 64MBのドラム、8.5Gのメモりーと 相当なものです。 オフィスデポの格安パソコンの広告。 「どうして、こんなに安くできるのかなー」 「毎月インターネットを21.95$以上使うのが条件みたい」 「それじゃあ、結局高くつくだろう」 「でも、どうせその位使うんだし」 そうでした。 こちらでは、もうインターネットが生活必需品なのです。 パソコンが、 日本でのケイタイ同様、 限りなくタダに 近づきはじめているのでした。 通信で儲ける、生活を豊かにする。 ハードはお呼びじゃない。 「控えおろう」の時代です。 「じゃあ、そろそろ行くか」 オトーサン、飛行機に乗り遅れてはと、気が気ではありません。 ところが、娘はアパートの住民専用のコインランドリーに寄ります。 いつの間にか、衣類を洗濯機に入れておいたようです。 食事をしている間に、洗濯が終わったようです。 要領よく、洗濯機から取り出してドライヤーに放り込んでいます。 大きな洗濯室です。 数えると、ウォツシャーが23台、ドライヤーが20台もあります。 料金はというと、ジュニアが1.5、シニアーが2.5、ジャイアントが3.5ドル となっています。 まあ、大中小というわけ。25セント硬貨をたくさん入れます。 ドライヤーは、乾き具合で25セント硬貨をいくつか入れます。 「娘にあまった25セント硬貨をあげたら、喜んだのは、このためかあ」 オトーサン、新発見です。 「じゃあ、20分ほど河でも見にいく?」 と娘。 ドライヤーで衣類が乾くまで、お散歩しようというわけ。 オトーサン、時計をちらっと見ました。 10時半。 「11時スタートで飛行機に間に合うってわけか」 晴天でイースト・リバーの流れは、キラキラ輝いています。 モーターボートが、2隻、水しぶきをあげて、 河面をすべるように走り去っていきます。 「今日は、日曜日なんだ」 オトーサン、 あらためて、豊かな国なんだなあと思いました。 河岸でマンハッタンの高層ビルを入れて写真をとりました。 いつになく、いい写真がとれました。 デジカメの液晶画面をみせると、娘も奥方も、ご満足。 調子にのって、河岸で裸で日光浴をしているひとたちをズームでとりました。 帰国したら、拡大画面にして、カンヌに行ってきたとでもいいましょう。 若い娘がジョギングしています。 「どうして、若い娘だけ走るんだ」 「決まってるじゃない。ダイエットよ」 どうして、この国には、中肉中背のひとが少ないのでしょう。 高さ<幅というひとを見かけるのも珍しくありません。 娘は、そういうなかでは、まだ少女のようにみえます。 「いつになったら、結婚するのかなあ」 11時。 アパートの前でタクシーをとめて 手を振っている娘をあとに、空港へ向かいます。 「あの娘、どうもNYから離れる気はないようよ」 と奥方。 「暮らしやすいもんなー。 いろんなお店やレストランがあるし、 音楽だって 舞台だって スポーツだって世界最高のものが 安くみられるし。 安全だけが問題だったのが、それも解決したし」 とオトーサン。 「Nさんが、お姉さんみたいに付き合ってくれているし。 しょっちゅう友達がやってきて泊まっていくし」 「今度の新しい仕事も気にいっているようだし」 「駐在員と結婚でもすれば、お金持ちになれるのになー」 「いつ日本に呼び戻されるか分からないようなひとはゴメンだそうよ」 「そうかあ、日本は、住みづらいか」 タクシーは、時速60マイルで飛ばしています。 日曜日なので、渋滞もありません。 ふりかえると、マンハッタンの高層ビル群が どんどん 遠ざかっていきます。 オトーサン、急に感傷的になりました。 「今度の旅のテーマは何だったんだろう」 「NYでご入浴」とタイトルをつけたけれど、入浴はしなかったし 競馬場には行ったけど、賭けなかったし せっかく取った国際免許証も使わなかったし、 O級フルメもA級グルメも不徹底だったし 買い物もそうしなかったし ブロードウエイにもいかなかったし スポーツ・イベントといっても、半日テニスをみただけ。 そうだ。娘が転職したので、激励にきたんだ。 でも、いろいろ手配をしてもらっただけだった。 足手まといだったような気がするし... すると、 オトーサンの頭に 昨夜遅く、娘が強引に連れていってくれた セントラル・パークの暗い木陰にあった ジョン・レノンの石碑が浮かんできました。 地上に置かれた直径3mくらいの丸い円盤のうえには、 ビートルズのフアンが置いていく花束がいくつも載っていました。 中央に、字が書いてありました。 ”IMAGINE!” 「夢みよ!」 オトーサン、 娘が、大きな夢をみているかどうか 確かめにきたのですが、 娘の無言の答えが、 あのジョン・レノンの言葉だったのでした。 「IMAGINE! 私は、だいじょうぶ。 オトーサンたちこそ、がんばって!」 娘を励ますどころか、 逆に娘に激励されていました。 おあとがよろしいようで、 読者のみなさまのおあとがよろしいように 切に祈ります。 早く景気がよくなって、 (メール友達の高坂さん、はやく病気がよくなって!) 国が、威厳を取り戻して、 また、みんなが大きな夢をみられるように... そんな明日をIMAGINE!


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