パリ、グルメ探訪記

目次

パリ1:ルイ・ヴィトン事件 パリ2:花の都、穴の都パリ パリ3:グルメ探訪でござんす パリ4:いざ、パン屋さんへ パリ5:オトーサン、性に目覚める パリ6:オトーサン、名シェフになる


パリ1:ルイ・ヴィトン事件

 96年12月24日。  パリに行く日。  電話で起される。  あわてて受話器をとろうとして、テーブルにひざを  思いっきりぶつける。  NYの娘からだった。  「最近のパリは爆弾テロ事件が多いから、気をつけてね」  「ありがとう。わざわざ」  あらためてぶつけた脚の痛みを感じる。   爆弾でふきとばされたら、こんな痛みではすまないだろうが...  決まって出発の朝には、何か事件が起こるのだ。  でも、あとは順調に進んだ。  成田出発までの流れもスムースだった。  よしよし、今回はすべて順調にいきそうだ。  ところが、そう思った矢先。    エール・フランスのステュワーデスが、機内サービスで  お飲み物は?  とやってくる。  他の客が指さしたりしているなかで、急にフランス語を  使いたくなった。  そこで、おもむろに一拍置いて、  "Vin rouge"(赤ワイン)   と力強く答えた。  ところが、ステュワーデスは、怪訝な顔をする。  「そうか、最近のエール・フランスは乗務員が多国籍に  なってフランス語も分からぬひとがいるのか」と思う。  しばらくして、  "Vin rouge?"と きれいなフランス語で、問い返してくる。  実は、こちらのフランス語がサビついていたのだ。  大体、”R”という言葉の発音は日本人に向いていない。  大学時代、フランす語を習った。  外人教師ばかり。  試験もフランス語で口頭試問、卒論もフランス語で  書かされた。  わが国きってのフランス語学者・前田陽一先生には、  みな手鏡をもたされ、口の中に指を突っこまれて、  ”R”の正確な発音の指導を受けた。  それなのに、”R”は、身につかなかったらしい。  今回の主題は、何回目かのパリ滞在のときの  ルイ・ヴィトン事件である。  わざわざパリまで来れば、平均的日本人の私としては  高価なバックを買わないまでも、ルイ・ヴィトンの本店  くらいちらっとのぞいてみたくなるのは、人情という  ものであろう。  テクテク、店を探し歩いた。  みつからないので、エーイとタクシーを奮発することにした。  凱旋門のあたりでタクシーを止めて、  「ルイ・ヴィトンに行ってくれ」  とフランス語で指示した。  正確に再現すると、こんな会話である。  " He! chauffeur conduisez-moi pour Louis Vuitton" (Hey driver, take me to LV) スゴイ?  実は、初等フランス語講座に、そういう文例があったのを  覚えていただけのこと。実に、なめらかに発音できた。  運転手は、すこしためらったが、ウンとうなづいた。  車中、運転手とは、フランス語で大いに話が弾んだ。  ところが、クルマはどんどん場末に向かう。  「変だな。あの有名店がこんな方にあるはずはないんだが」  「だまされているのかなあ」  30分ほど走っただろうか、北駅に来た。  "ici"(ここだ)  と運転手はニコニコ笑って指さす。  しかし、  ああ、そこには  "LEVITAN" とあった。  スーパーだった。    貧相な店構えは、明らかにルイ・ヴィトンではない。 "Non ce n'est pas Louis Vuitton" (運転手さん、ここは、断固、ルイ・ヴィトンじゃないよ) "Mais c'est LEVITAN"  (でも、お客さん、ここは、断固、ルイ・ヴィトンですよ) という会話が繰り返された挙句、ようやく  運転手も間違いに気づいてくれた。  " Ah oui! Louis Vuitton"  (ああ、そうか。ルウーィ・ヴィトーンね)  と力強く発音を訂正してくれた。  なめらかな発音ではダメなのである。  アクの強い、どちらかというと、野卑な発音のほうが  通じる。  (負け惜しみか)  市内に引きかえす。  運転手は、今度は間違いなくルイ・ヴィトンだろうという。  正真正銘のあのルイ・ヴィトンである。  日本人女性が群がっている。  間違いない。  しかし、クルマを降りて、あたりを見回すと、何と!  ルイ・ヴィトンは、最初に乗ったところと、1ブロックも  離れていなかった。  発音まちがい。  おかげで、タクシー代を1万円も損してしまった。  高い授業料についた。  でも、命に別状がなくてよかった。  プリーズとフリーズのミスで、撃たれたひともいる。  生来、ウッカリ者で、母国にいてさえ、ミスのない日はない  ような人間が、無類の海外旅行すきになってしまい、これまで  無事に生き延びてこられたのは、幸運の連続というほかない。   でも、島倉千代子さんの歌のように  「人生いろいろ」にならって  「旅先でいろいろ」  それが、また何ともいえず、いいのではないか。  失敗でしょげかえったあと、すぐに、そう思い直す。、  平凡な日常生活に窒息してくると、赤恥を覚悟で、無性に  海外に出かけたくなる。  定年が待ち遠しいのは、 いつでも好きなときに、好きなだけ  外国に滞在できるからである。


パリ2:花の都、穴の都パリ 花の都パリ。 いい響きである。 明治の開国とともに、はじまった渡欧ブーム。  なかでも目玉はパリだった。  1900年の万博当時は、記念して建てられたエッフェル塔が  話題をさらった。   日本のおサムライさんたちも、目を丸くして仰ぎみた。  岩倉具視らの詳細な渡航日記が岩波文庫にあるので、ご興味の  あるかたは、どうぞご一読を。全5巻。  実は、まだ、読了していない。  定年後、自由時間ができたら読もうととってある。  さて、花の都パリ。  これをフランス人が発音すると、どうなるか。  「穴の都」  いまなら、さしずめANAの都。  (ゴメンなさい、JALさん)  有名なシャンソン歌手、イヴェット・ジローが来日公演をして  サービスで、サクラを歌った。  「サクラの花と、リンゴの花と」と歌いあげたようとした狙いは  よかったが、日本人の聴衆の耳には、「サクラの穴とリンゴの穴」  としか聞こえなかった。  当時は、欧米崇拝ムード一色だったから、これは大事件になった。  フランス人はどうしても「穴」としか発音できなかったらしい。  われわれには出来て、欧米人に出来ないことがあるのだ!   これは当時の日本人のとって、天と地がひっくり返るような  新発見だった。  われわれ熟年世代ならば、誰でも知っている事件である。  さて、今回の主題は、グルメの都である。  何回かパリにでかけたが、その度にホテルが変わった。  若い頃は、パック旅行で仕方がなかったが、少し自由になる  お金がたまってくると、豪華ホテルにでもとまってみようかと  いうことになる。  なかでも、オペラ座の近くにあるグランド・ホテル、その大通り  に面したカフェ・ド・ラペが出す料理は、絶品である。     手のこんだ目玉が飛び出るような値段の料理がうまいのは  当たり前である。  しかし、多くのレストラン・ガイドは、そういった類の店しか  とりあげていない。  例えば、天皇陛下も行かれたツール・ダルジャンとか。 、  ほんとうの豊かさは、普段たべているものがうまいということ  でなくてはならない。  私が、カフェ・ド・ラペの料理をおすすめするのは、そうした  当然のことが、きちんとできているからである。    「どの料理がおすすめ?」  どれも、一度として裏切られたことはないが、サンドイッチが  安くてうまい。  高い料理をたべたときと同じ親切なサービスを期待してよい。  フランスパンのうまいこと、中のハムもこれが本当のハムだったの  というくらいうまい。  しかし、ギャラリ・ラファイエットの食品売り場などに行って  しまうと、もういけない。  ホテルのありきたりの食事など、もう飽きたといいたくなる。  この目の前の材料が、飛び切りおいしい料理になるけど、どう?  と囁いている。  材料を手にしてためいきをついていると、売り子の視線がキツイ。  「パリに住むようになったら、おいで」  と挑発されているようである。  パリに住む。  住みたいけれども、叶わぬ想い。  ところが、ここにも「穴」があった。穴場があったのである。  なにか。  アパートメント・ホテルである。  簡単なキッチンがついているホテルを利用すればよいのだ! そして、いよいよ、その夢が実現しようとしている。  オスマン大通りの”CITADINES PRESTIGE”にチェックインしたのは  12月24日の夕暮れ時だった。  ベッドは、壁から引き出す方式で、万事ビジネス・ホテル風。  キッチンには小さいシンクがあり、電磁調理器、ピカピカの食器類が  そなえられている。  部屋の紅茶テーブルにセットすれば、ルームサ−ビス並みのいい雰囲気  になりそうである。  それを確認したら、どっと旅の疲れが出てきた。  早く寝よう。  明日からはグルメ探訪  グルメの都の心臓部にガブッと食らいつくそ。   翌25日。  TVをつける。クリスマスのミサの模様が映る。  そのあと、突然、ペルーのリマでの日本大使館人質事件のニュース。  グルメ探訪どころではない。  気をとりなおして、外出。  気温はマイナス1度。くもり。  ところが、クリスマスで店は、どこもお休み。  オルセー美術館もお休み。事情を知らぬ日本人だけがウロウロ。  出鼻を完全にくじかれた。    サンジェルマン・デ・プレのカフェ・フロールは、超満員。  しかたがないので、カフエ・ドゥ・マゴで、お茶。  私は、クロワッサンとコーヒー、妻はブリオッシュとチョコレート  をたのむ。  比較のために、東京とおなじものを注文する。  東急文化村では、この店がお高くとまっているが、ここでは2番手。  この店は、1885年開業、著名人たちの溜まり場だった。  ヴェルレーヌ、ランボー、マラルメ、アラン・ジッド、  ジャン・ジロドー、ピカソ、ヘミングウエイ、アンドレ・ブルトン  サルトルとボーボワール夫妻...  (私の卒論は「サルトルの劇作について」評価C)  かれらが、ここで飲んでいたと思うと、コーヒーに文化の香りが  しないでもない。  でも、味はまあまあといったところ。     ようやく、ミロメニル駅のそばに庶民的な惣菜屋を発見。  煮込んだ鹿肉、エビ、トマト、インゲン、ニンジン、そしてキノコ。  キッチンでお皿に盛り合わせる。  みな、野性味があって実にうまい。  パンもうまい。  東京では、紀伊之国屋だろうが、明治屋だろうが、野菜は  高いだけで、うまくない。  パンはすこし、おいしくなってきたが、まだまだ。  フランス料理はうまいのは、やはり素材がいいからなのだ。  ヨーロッパヅ随一の農業国家、フランス。  この国の庶民はやはりめぐまれている。  でも、本格的なグルメの穴場探訪は、明日以降にお預け。  残りは実質4日しかない。  まあ、「旅先でいろいろ」  あせらずに過ごしましょう。


パリ3:グルメ探訪でござんす

「ご同輩、年とるってえと、何やら食い物にいやしくなって  しょうがないもんで ありますな」  小沢昭一さんのせりふが聞こえてくるようです。  せっかくパリのアパートメント・ホテルを借りたのに、  グルメ探訪の初日の朝食は、何と、お雑煮。  しかし、これがなんと、まあ、五臓六腑にしみわたって  「うめえの なんの」  こちらは、寒いもんだから  アツアツの「チーズ入り・オニオンスープ」に  ありついたと、おんなじウレシサなんであります。     さて、お腹がくちくなると、こどもと同じで活発になります。  「外は寒いけど、行くかあ」てな声を奥方にかけて、ご出立と  あいなります。  「行き先は どこへ」  「オッカア。それを聞いちゃ、おしめえだ。  どうせ、オイラは、木枯らしが吹き散らす落葉の身分。  異国の風にふかれて、どこなりと、サア(ここで拍子木の音)  カラカラと転がっていこうぜ」  てなわけで、どうしたって下町へ。  浅草の観音様ならぬサクレクール寺院にお参りしてから、  生地屋街へと繰り出します。  TATIなんて名のタチの悪い激安ショップもあって、御徒歩町の  多慶屋さんみたいに繁盛しております。  日本人など、ひとりもいませんぜ。  色の黒いのやら、茶色のやら、黄色いのやら、赤いのやら  絵の具バコをぶちまけたような有様ですな、こちらは。   お金持ちも、見当たりませんぜ。  庶民、平民、貧民ばっかり。  これが何とも、オトーサンたちには、こたえられないのですな。  まあ、落ち着くのでございます。  たまに、お殿様がおしのびで民のかまどを視察する気分に  なったりもするんですよ。ええ。  でも、これは自分勝手な想像でして、周りのフランス人の  ほうは、  「また、どこからかチャイニーズが流れついたな」  なんて目でみてるんでしょうなあ。  かまいません。かまいませんとも。  この年になって、端の目なんかいちいち気にしちゃあ  いられませんって。  若いモンじゃ、あるまいし。  オトーサンたち、とある飯屋にはいりましたとおぼしいめせ。  あたりをキョロキョロ見回して、  「何が食えるのかなあ」  「ここの店は不親切ねえ。メニューに日本語もなければ、英語  もないわ」  なーんて、ホザイております。    昔、オトーサンはフランス語を少したしなみました。  それを始終鼻にかけておったんですなあ。  さる高名な王妃さまの館(Malmaison)を見物にいきました。  立ち寄ったお店で、適当に注文をいたしましたら、  スープがご到着。  ニョキニョキと湯気のなかから、何やら突き出ているものが  あります。  それも、ええ、何本もですよ。  オトーサン、てっきり、ジビエ(野鳥料理のことですな)だ  勘違いして、お腹がすいていたもんですから、確かめもせず  早速、口にいれました。  妙な、何ともいえないお味がしたんですな。  その時のオトーサンの顔をお目にかけたいくらいですな。  最初に、目玉がすこし、探るような動きをしました。  次に、ケイレン。  ええ、ケイレンしたんですよ。  顔全体がゆがんだのですな。  そして、マナーの国フランスで、何と、オトーサンは、  飲み込みかけたものを、ガバーと派手にテーブルのうえに  吐き出したんですよお。  店中、おー騒ぎになりました。  オトーサン、ほうほうの体で、ホテルに逃げ返って  大事にかばんの底にいれておいた辞書をひきます。、  どうやらカエルだったんですな。  それ以来、オトーサンはフランス語のメニューに敵対心を  抱いております。  今日も同じですな。  メニューをみて、何やら得体のしれない文字を確認すると、   やおら手をあげてウエイトレスを呼びます。  "D'abord, Vin blanc , s'il vous plait"(まず、白ワイン)  そうなんですな、飛行機でこりたもんですから、  " Rouge"(赤ワイン)を避けたんですな。   これ以上、赤っ恥をかかない。断固、かかないぞー。      オトーサンは、堅く決心をしたんです。  どういう銘柄か?  ウエイトレスが訊いてきます。  そこでオトーサンがどう叫んだか、お分かりになりますかあ?  何と、オトーサンは、声を張り上げて  「ムカデ」  といったんですな。   ムカデですよ、ムカデ。  みなさんはついに、旅先でいろいろありすぎて  ついにオトーサンは、精神錯乱状態になったのではないかと  お思いでしょうな。    ところが、奇跡がおきました。  "Oui, monsieur!"(はい、かしこまりました)  なんて、ウエイトレスは笑顔で言ったのですよお。    ”Muscade"  ボルドーだの、チャブリとか、まあ、ワインの名前はいろいろ  あって、私なんかにゃ、サッパリ、わかりませーん。  平均的日本人のオトーサンも、おんなじ。  そこで、オトーサンは、馬鹿のひとつおぼえで、ムカデを覚えて   おいたのですな。  これがよかった。  「至誠、天に通ず」  オトーサンはつぶやきました。  実をいうと、このほかに、オトーサンが覚えているのは、ドイツ  ワインならば、マドンナだけです。    このとき、自分の「腐乱す語」が通じることが分かった  オトーサンの目には  ウエイトレスの黒い顔があたかもマドンナのようにみえた  のでした。  では、おあとのページがよろしいようで。  今日は、これにて、オシマーイ。 


パリ4:いざ、パン屋さんへ

 で、翌朝のことでございます。  オトーサン、朝から奥方を相手に演説をぶっておられます。  「なんで、日本にはおいしいパンがないんだ。  小麦は農薬漬け、機械で製粉・混捏、発酵には時間を  かけない。だからふーわふわで、マズーイイ。  キューサイの青汁風にマズーイイといったのですよ。     若いひとが生きる力がなくなってきたのも、やわらかい  パンばっかり食べているからだ。  噛む力がなければ、歯を食いしばって頑張る力もなく  なる。  アゴが退化して、22世紀の日本人の顔は逆三角形に  なるそうじゃないか。  大体、主食が、ごはんからパンに代わってきたのに、  政府がいいころ加減な業者を放置するからいかーん。  それに、マスコミも悪い。  グルメというと食卓にパンが必ず並んでいるというのに、  ワインのことばっかり話題にする。  日常のあたりまえのものを大事にしなくては。  それが文化なんだ。  グルメはパンにはじまり、パンに終わるんだ」     オトーサン、せっかく大演説をしているのに、聴衆が  たったひとり、その聞き手の奥方がサッパリ取り合って  くれないので、ますます、コーフンしてきました。  「大体、世の女が悪い。  パンの本質を研究もしないで、ただ、あっちのパンは  おいしいぞ、こっちのパンは、ウーマイゾなんて、  右往左往しているから、いつまでたってもパン屋に  馬鹿にされて、日本のパンは進歩がないんだ」     奥方もさすがに、お腹にすえかねて、   「お話はいいかげんにして、早く、そのお店へ  いきましょうよお。  あーたの言ってらっしゃる、いいお店って  何というお名前でしたっけ。  ポラヌ、ポラーヌ、ボラーナイ。  面倒ねえ。  どうして覚えやすい名前をつけないのかしら」  と八つ当たり気味になってまいりました。  おとーさんたち、でかけることにあいなりました。  ところが、コーフンしてガイドブックを忘れてきたもん  ですから、セーブルというメトロの駅名と手帳に書き  とめておいたポワラーヌというお店の名前しかわかりません。  オトーサンは、フランス人は、毎日三回行列して  おいしいパンを手にいれている、それが文化なんだ  と演説の続きをやっていますが、なーに、そんな情報は  お店探しには、まったく役立なかったのでありました。  メトロの改札口でウロウロ、乗換駅でハラハラ、駅の構内から      地上への脱出口を探してオロオロ。  お店がどこにあるのか、訊いてもケンもホロロ。  もう出立してから3時間も経過したでしょうか、だいぶ  オトーサンたち、煮詰まってまいりました。  むしろ、発酵してまいりました。  要するに、頭に血が上ってきますから、ますます目的地から  遠ざかる一方でございます。  「誰が親切そうなひとに聞いたら」  と奥方がいいます。  オトーサンは、矢折れ刀尽きの心境ですから、おとなしく  奥方のいいなりになります。  ちょうど白髪の身なりのよいご婦人が通りかかりました。  オトーサンは、手帳を取り出して店の名前を示します。  ”Poilane? oui!”  親切にも、この老婦人、お店まで10分ほどかかるのに  道案内をしてくださったのですなあ。  やあやあ、ありました。  ありましたとも。    もう、廃業でもしたんではないかと一時は疑ったオトーサンは  歓喜の声をあげました。  ところが、ちいさなお店。  豚のブロックのようなパンしか置いてありません。  オトーサンは、またまた、疑いの念にとらわれたのであります。  青山通りのアンデルセンを2倍も3倍も大きくしたオシャレな  お店を夢みてきた奥方も「これ、何よ」ってえな顔をします。  でも、パンを買いました。  ええ、そのゴローンとしたやつですよお。  ボラレタとは申しあげませんが、いいお値段でございました。  アパートメント・ホテルに大事に大事に持ち帰って  ちぎってたべました。  そして、オトーサンたちは、顔をみわせたのであります。  ついに  奥方が第一声を発しました。  「おいしくないわねえ。固いだけで」  「それにイーストがきついし」  オトーサンも、  「マズーイイ」  「そうだなあ。これじゃあ、ホテルオークラのパンの  ほうがうまいな」  窓から外をみますと、はや冬のパリはすっかり  暗くなっております。   「あああ。つかれたなあー」  ほんとうに、オトーサンが、朝がた、演説したように、パリの一日は  パンにはじまり、パンに終わってしまったのであります。  では、おあとのページがよろしいようで。  今日は、これにて、オシマーイ。 


  

パリ5:オトーサン、性に目覚める

「まあ、イヤラシイ。小沢さんって、やっぱり、Hなのねえー」  まあまあ、お題だけみて早とちりしないで、オトーサンのお話の続きを  聞いてやってくださいな。  オトーサンたち、暗くなったからといって、ホテルに帰ってしまった  もんですから、夜の長ーいこと。  冬のパリでは、明るくなりはじめるのは、朝の9時頃ですかなあ。   4時ごろ暗くなったといって寝ようものなら、夜中の12時には、もう  お目メがパッチリ、寝てなんかいられませーん。  そこで、オトーサン、退屈を絵に書いたように、ベッドでモゾモゾ、  ソファに座ってみたり、用もないのにトイレに行ったり、おちつかない  こと、このうえもありません。  若い頃なら、奥方を相手にヒマつぶしもできたのでしょうが、最近では  そちらのほうは、とんとご無沙汰。  サッパリ、イケませんなあ、ご同輩。  奥方のほうは、寝だめができるタイプなのか、グーグー高いびきを  かいておられます。  「ガイドブックも大体読んじゃったし」  「こういうアパートメント・ホテルは、サウナがあるわけでもなし」  オトーサン、ぼやいております。  「TVも、NHKが入らないし」  オトーサンの世代には、NHKしかみないっていうひとも多いですな。  「そうだ、アレがあった」  オトーサンの顔は、急に明るくなったんであります。  ショルダーバックをゴソゴソ、ガサガサ、探しはじめて、   「ウルサイワネエー、静かに寝てなさいよ」  なーんて、奥方に一喝されたりするのであります。  で、探りあてたのは、例のポワラーヌでパンのほかに目にとまったので  買ってきた「ようこそ、パンの世界へ」というご本。   もちろん日本語ですな。   ポワラーヌのご主人のリオネル・ポワラーヌさんが、お書きになって、  なぜか、日本版が出ていて、店先で売ってたんですな。 オトーサン、 期待もしないで、パラパラとページをめくります。  パンには、こりました。  昨日、丸一日、おつきあいさせていただきました。  もうPRなどケッコウ。  そういう冷たーい目で、ご本を手にしております。  こういうときは、字なんかみませんな。  絵や写真をみます。    「ん?」  ふと、オトーサンのページをめくる手がとまりました。  127ページ。  何やら得体のしれない、しかし、どこかおなじみの図形が出て  まいりました。  「様々な性的な形につくられたパン」  オトーサンの目は、完全に、パッチリと見開かれました。  オトーサンは、表題にあるように、突如、性に目覚めたのであります。  最初は、クロワッサンが4つ並んでるようにみえました。  ところが、やがて、その4つが、根元でくっついて、にょきにょきと  こちらに突き出ている男根であることが判明いたしました。    「何じゃあ、こりやあ」  オトーサンが、ニョキニョキと突き出たものに弱いのは、みなさんは  先刻、ご存知ですな。  目をこらして読みます。  「カレンの町では、男性シンボルの完全な形のパンをつくっている。   まったくそっくりといっていい」  おもわず、オトーサン、自分のモノに目をやってしまいましたよー。  「これとそっくりかあ。すると、あのobuti とか、akanのナニとそっくりの  パンがありうるというわけか」  オトーサンは、あらぬ”創造”までしてしまったんですな。    「ヴェネチアでは、男根が1つ、2つ、3つ、さらには4つもついた  形のパンをつくっていた」  、  「女性生器の形のものの場合も同様で、こちらはずっと上品に、1個  単位で売られていた」  と、ポワラーヌさんのご本には、あるではあーりませんか。  オトーサンは、奥方を揺さぶり起して、この「性器(世紀)の大発見」  を伝えようとしましたが、かろうじて思いとどまりました。  たとえ奥方は数すくない身内であっても、やはり赤の他人であります。  他人を夜中にたたき起して「性器の大発見」を「速報、臨時ニュース」  という形で報道することは、やはり適切な措置ではない。  オトーサンは、かろうじて、理性をふりしぼって、思いとどまったん  ですな。  歯を食いしばって思いとどまったんでしょうなあ。  エライ。  エライもんです。  さて、翌朝になりました。  オトーサンのおうちでは、奥方がお目覚めになられたときが、  翌朝なんですなー。   オトーサン、「性器の大発見」を朝になったら伝えよう、伝えようと  全身毛をさかだてて、待ち構えておったのですが、考え直しました。  「どうして?」  「どうしてって、わかるでしょう」  「どうしてよ」  「だってえ」    オトーサンは、勢い込んで、昨日、ポワラーヌで買い求めた特別な  パンに近づきました。  そこで、ふと、気づきました。  もし、奥方に「性器の発見」を伝えようものなら  「いやらしいパンなんか捨てちまいなさいよ」  と言われるのに決まっているからであります。    夜中の12時から起きていて、いま朝の8時ですから  オトーサンは、モーレツにお腹がすいております。  飢餓状態といっていいんでしょうな。  「このパンを棄てられたら、餓死する」  戦時中に育ったひとは、みなそうですなあ。  そんな脅迫概念があります。    一方、パンは性器であるというチン発見も、オトーサンの心のなかに  渦巻いております。  「性器の大発見」以来、オトーサンのパンを見る眼は一変しております。  ガリレオ・ガリレイのような気分であります。  だって、天が動くのではなく、この地面のほうが動いているってんですから  私なんぞ、いまだにウソじゃあないかとにらんでおりますよ、ええ。     「食うべきか、食わざるべきか、それが問題だ」  オトーサン、パンを握り締めて、呆然と、立ちつくしております。  「どうしたの。さっさとスライスしてトースターに入れたら」  と無邪気に奥方のほうは、のたまいます。  「ウーン」  オトーサン、今度は、うなりはじめました。     オトーサン、いまや、ご自分のナニをトースターに入れてしまえといわれて  追い詰められております。  大変な危機であります。  だって、そうじゃありませんか。  いくら「旅先でいろいろ」といったって、ホテルの中は安全であります。  また、「ひとをみたらドロボーと思え」といっても、奥方は安全だと信じて、  今日までやってまいりました。  「早くゥ」  と奥方が、催促します。  「エーイ!」  渾身の力を振りしぼって、オトーサンは、ナニを、いやパンを、トースターに  入れたと思し召せ。  何事も起こりませんでした。  そりやあ、そうですなー。  あったりめえですな。  焼き上がると、香ばしい新鮮なフルーツのような匂いが部屋中に  プーンと漂ってまいりました。  一口たべて、  「そう、まずくはないわね」  と奥方が申しました。  オトーサンは、  「そうだねえ」  と相槌をうちました。  どこにでもある平穏な夫婦の会話であります。  やがて、お口モグモグの奥方が、   「そう、下手でもないのかしら」  つぶやきました。  もちろん、奥方がいわんとしたのは、ポワラーヌさんの製パン技術  への賛辞でありましょう。  天地神明に誓って、そうでありましょう。  ところが、オトーサンは  思わずうつむいて、ズボンのチャックの中にあるナニのほうを  みやって、ためいきをついてしまったのであります。  「あーあ...」    「あーあ。やっぱ、小沢さんってHじゃないの」  おじょうさんもおなじように、「あーあ。」といいましたが、  オトーサンの「あーあ...」の深ーい意味が分かろうはずはありません。  あーあ... (^_-)  では、おあとのページがよろしいようで。  今日は、これにて、オシマーイ。 


  

パリ5:オトーサン、名シェフになる     さて、いよいよパリ滞在も、あと2日を残すばかりになりました。  オトーサン、毎朝、早起きをして、ウロウロ、ゴソゴソをしょうこりもなく  繰り返しております。  人間、どうしても一人になると、「反省」という気分になりますのは、  どういうことなんでしょうなあ。  私なんぞも、そのいい例で、今日のお芝居のあのせりふはまずかったなあ  とか、あの娘にこういっとけばよかった、せめて手ぐらい握るところまで  進めばよかったなあー、なんて反省ばかりしております。  え、それは反省ではない。  あ、こりゃまた、失礼をばいたしました。  で、オトーサン、  「今回のパリ旅行は、収穫が少なかったなあ」  「おれの人生も、そういえば、たいした人生でなかったなあ」  「となりにいる女性を、あまり幸せにしてやれなかったなあ」  {ホテルの部屋を出ると、決まって出口と反対側にいってしまうなあ」  などと、大小とりまぜて、反省をいたしております。  しかし、オトーサン、反省にもあきてまいりました。   そこで、気分転換に、窓辺に歩み寄ったのであります。。  分厚いカーテンを少しめくりあげます。  「ひゃあ」  とオトーサン、悲鳴ともつかぬ小さな声をあげました。  あたり一面、雪景色でした。  外の黄色い街灯にてらされて、粉雪が横なぐりに吹きつけております。  まだ、人影もなく、タクシーが一台オスマン大通りを走っていきます。  道路の反対側の建物の灯りも消えて、街中、寝静まっております。  奥方が、音もなく窓辺にきて、「雪ね」といってトイレに消えました。  もどるなり、ベッドにもぐりこみました。  オトーサンは、朝がくるまで、孤独なおのれと、向き合う羽目に  あいなりました。  そこで、また、ポワラーヌさんの本をパラパラとめくっております。  38ページ。  「宮廷風クルストン(Cruston du palais)    材料  アボカド        2個   バター       100g   レモン汁 1個分   塩・コショウ      少々   作り方    アボカドの果肉をピューレする。    (ミキサーよりフォークを使って潰したほうがいい)   これにレモン汁、塩、コショウ、室温でやわらかくしたバターを   加えて混ぜ合わせる。   少し、冷やし、パンに盛る。  「なーんだ」  「簡単じゃん」  オトーサンは、思ったのであります。  最近は、何でも「土日でできるインターネット」とか  「サルでもできる98入門」とか、何でも簡単にやれるというのが 流行っておりますが、 私なんぞは、大反対でありますなあ。 「古い奴とは、お思いでしょうが、アンさんよ、 若けぇうちは、 苦労は金を出しても買うもんだぜ」 と昔のひとは言ったもんでござんすよ。 「宮廷風というのがいいじゃん」 オトーサンは、年をとってるくせに、ミーハー口調であります。  「ところで、クルストンで何だろう?」    ああ、書いてありました。 34ページ。 「私が、ここでクルストンと呼ぶのは良質のパンをうまくトーストし まだ熱いうちに何かを塗るもので、いわゆるタルティーヌである」 「なーんだ」 オトーサン、胸をなでおろしました。 ご幼少のみぎりから、もう何十年も、毎朝、食パンにバターやジャムを 塗ってまいっております。 料理など、とんとご縁のなかったオトーサンですが、この点に限って いうならば、名シェフなんでございます。 「食パンにバターを塗らせたら、世の中にこのひとの右に出るものは いない」 なーんて、いわれるわけなんか、ないんだよなあー。 とにかく、オトーサン、今日一日、どうやって過ごすか、ハリのある 一日をどうやって過ごそうかという迷いが、ふっきれました。 「今日は、パリの市場に材料を仕入れにいく日だ」 オトーサン、もう名シェフの一日がはじまったような気分であります。 奥方に、おいしい手料理をたべさせてやろう。 気持ちが昂揚してまいりましたから、  日頃、決してしない大胆な行動に踏み切ったのであります。 「オイ、いい加減に起きろ!」 奥方のシーツをはぎとったのでありました。 さて....「シーツ剥ぎとり事件」のてんまつは、今回の主題ではありません。 オトーサンが、また心と身体に深ーい傷を負ったことも、申しあげません。 ええ、申しあげませんとも。 いっさい、この件については触れません。 手の甲にひっかき傷ができたなんて、金輪際、口がさけても言いませんよー。 さてっと、オトーサンたち、ご出立です。 オトーサンのこの朝のお召し物は、上から順番に、目出し帽。 「ちょっと、待って。その目立ち帽ってなあに」 いやあ、若いひとには、目出し帽なんていっても、わかりませんかなあ。 ほら、例のコンビニ強盗が愛用されているヤツですよ。 頭から首まですっぽり覆って、目のあたりだけ出ているヤツ。  「ああ、あれね。スキー場で男のひとがつけてるやつね」    以下、マフラー、幾重にもシャツを着た上に、厚手のオーバー、  毛のズボン下の上に、コーデュロイのズポン、登山靴。  オトーサン、かなりコーディネートじたつもりですが、出掛けに  挨拶してくれたホテルのおねえちゃんたちが笑っていたようですから、  かなり大胆な着合わせだったんでしょうなあ。  メトロのテルヌ(Ternes)駅で、お降りになりました。  ほんとうは、心は「アボカドへ、レモンへ」とはやっているのですが、  奥方のたってのご要望とあれば、いたしかたありません。  プー(Pou)という1830年開業の名高い惣菜屋さんへまいります。  それにしても、妙なお店のお名前ですなあ。  プーねえ。  プー、プー  お嬢様がたのまえで、発音していると、何やら妙な気分になって  まいりました。  名前はヘンでしたが、惣菜はごりっぱなものでしたよー。  オトーサンたち、ずらーっと並ぶ、トレイに盛りつけられた惣菜に  しばし、魅入って、よだれを垂らさんばかりであります。  「みんな買い占めたいわねえー」  奥方が日本語で、申します。  もし、オトーサンが、「腐乱す語」で通訳したら、さぞお店のひとが  喜ばれるでしょうが、それは無理というのものです。  鴨のパテ(260F/kg) 子羊のナヴァラン、ポム・デ・メール(80F/kg) イスラエル産アンティチョークのヴィネガー風味(200F/Kg) 私なんぞ、みたことも聞いたこともない惣菜でありますし、 1F(フラン)がいくらかも分かりませんから、 ここでは、「そうざいすか」と申し上げるだけでございます。  次に、オトーサンたちが向かったのが、カルチェラタンの南にある  ムフタール市場でございました。  まあ、道の両側に八百屋とか肉屋、魚屋が並んでいる庶民的な場所で  ございます。  「京都の錦のほうがいいわねえ」  「金沢の近江町市場のほうがいいなあ」  なーんて、オトーサンたち、言っておりますよ。  築地の魚市場と近所の商店街をくらべてるようなものですから、  他愛のない印象批評ではありますなー。  でも、オトーサン、念願のアボカドの生きのいいやつを手に入れたので  有頂天になっております。  この方の悪いところは、気分がハイになると、  外国語なんかを多発することであります。  で、ここでも、  「気にいった。また、きたい。ところで、休みの日はいつか」   あす、日曜日はやってるかい?」  てなことを、でっぷりしたお店のご主人に聞いております。  得体の知れない目立つ帽子のオッサンが、なにやら得体の知れない発音で  問いかけているもんですから、お店の若い女店員も集まってまいります。  おー恥ずかしい。  ところが、オートーサンは、  「ノー(non)」という返事を聞くと、  「じゃあ、やっているのは、月曜日(lundi)と火曜日(mardi)だと歌い  はじめました。  いつのまにか、女店員に見物人も加わって、  店中全員が  「月、月、火、水、木、金、金」の大合唱になってのであります。 あー、はずかしい。  サンジェルマン・デ・プレのピュシー通りの市場に到着したときに、  奥方が、オトーサンに申し渡しました。  「あたし、火がでるくらい恥ずかしかったわ。  もう2度とああいう馬鹿なマネはしないてね」  私も、まったく同意見でありますぞー。  あと、強行軍で百貨店のはしりといわれるボン・マルシェの食品売り場、  ギャラリ・ラファイエットの新店ラファイエット・グルメでも買い物をして  両手にお荷物いっぱい状態で、  オトーサンたちは、無事、ホテルに、ご帰還されたのでした。  もちろん、道路は凍っておりましたよー。  何度も滑って一度なんぞは、TAXIにはねられそうになったんですよ。  でも、オトーサン、  「一度、名シェフになって、宮廷風クルストンをつくるまでは  死ねない」  なんて、固ーく決心をしておりましたから、神様のお目こぼしに  あづかったんでしょうなあ。きっと。  目出し帽を脱ぐのももどかしく、オトーサンはキッチンに立ちます。  ゴソゴソ買い物袋に手をいれて、アボカドとレモンを取り出します。  そして、生きのいいアボカドの皮むき作業にかかりました。  「?」  アボカドが生きがよすぎて、固いんですなー。  固い。固ーい。固スギル。  包丁が入らぬほどでした。    オトーサン、ポワラーヌ師匠の、ご本を再読いたします。    「作り方    アボカドの果肉をピューレする。    (ミキサーよりフォークを使って潰したほうがいい)」  弟子は、師匠のいいつけを守らないとイケマセン。  オトーサンは、ホヤホヤの新弟子であります。  まして、師匠は、料理の鉄人として世界的に名高いお方。  オトーサン、やおらフォークを使って、その固ーいアボカドを  潰しにかかったんですな。  あーら、不思議!  フォークは、音もなく曲がってしまいました。  マリックさんだって、ビックリ。  そこで、オトーサン、腕組みをしてかんがえました。  「師匠の教えにそむくべきか、そむかざるべきか。   それが、問題だ」  しょうがない。  オトーサンは、ご自分のハンカチを取り出しました。  少し汗で汚れておりますな。  ハンカチで汗をぬぐうかと思いきや、アボカドをミジン切りに  したやつをハンカチにくるんで、まな板の上で押しつぶしはじめ  ました。  裏ごしという小技ですな。  ところが、生涯ではじめての作業ですから、ハンカチの隙間から  アボカドの破片の軍団が隙あらば、脱出しようとするでは  あーりませんか。  こっちの脱出口をふさぐと、  あっちのほうから、  あっちをふさぐと、こっちから。  あっちを.... こっちを.... 正確に実況中継しようとすると、 放送時間がなくなります。  バーン。  まな板がシンクに落下いたしました。  と同時に、アボカド軍団が全員、オトーサンのハンカチ包囲網から  シンク方面への脱出に成功いたしたんですなー。  「何ヤッテンのヨー」  東京へのおみやげの整理に余念がない奥方が声をかけます。  「いやあ、何でもないよ」  オトーサンは、AKKYの苦情に対する年増のオエラがたのよーな  そっけない返事をされました。  幸い、誰もみておりません。  オトーサンは、シンクに落ちたバッチイ、アボカド軍団を拾いあつめ  一度サット水洗いしてから、再度、押しつぶしました。  しかし、破片がやや小さくなっただけであります。  お皿にあけて、  そこへ、レモンを輪切りにして、汁をたっぷりそそぎました。  塩コショウは、少なめでしたよ。  ほとんど、いれなかったようだけど。  バターもすこし入れました。  すべて順調であります。  何ってこたぁないやと、内心、オトーサンはつぶやきました。  ところが、  「ウーン,..」 オトーサンは、急にうなりはじめたのですぞー。  アボカドとレモン汁がミックスして、今朝がた、奥方にやられた  手の甲にしみて、ひときわカユーイんですなー。  これがモーレツにかゆい。  「カユーイ、カユーイ、あああ、カユーイ」  オトーサンは、のたうちまわりました。、  「どーしたのよ」  奥方が、また、遠方から声をかけます。  「カユーイって、言わなかった?」  「いや、このアボカドの破片が、カワユーイっていっただけさ」  「それならいいけど」  奥方も、奥方であります。  オトーサンの回答は支離滅裂でありますが、とりあえず、元気な声さえ  きけば一安心というところで、日常業務に戻ったのであります。  その晩の夕食は、豪華でしたよー。  オトーサンの家では、歴史上、空前絶後でありましょう。  プーで買った  鴨のパテ(260F/kg) 子羊のナヴァラン、ポム・デ・メール(80F/kg) イスラエル産アンティチョークのヴィネガー風味(200F/Kg)  に加えて  ノルウエイ産のサーモン  殻つきのカキ  フォワグラ  何とかのテリーヌ。  パンは、  「よく焼いたのを (bien cuit)」といって手にいれた  表面がカリカリのバゲット。  ポワラーヌさんのも、まだ残っております。  さして広くもないテーブルにならべ終わって  「並べきれないわねえ」  「食べきれないわねえ」  と奥方が申します。  この上、一皿追加ではテーブルに申しわけないという気分に  なっているオトーサンが、  冷蔵庫から、小さなお皿を取り出します。  「何よ、それ」  奥方が、まるで、宇宙からきたエイリアンに突然遭遇したような  声で聞いてきます。  「いやあ、たいしたもんじゃないけど、宮廷風クルストンって  ポワラーヌさんの本に書いてあったんで、ためしに作ってみたんだ。  せっかくキッチン付のホテルに泊まったもんだからさ」  「そう」  オトーサンは、ポワラーヌさんの黒っぽくて、カットして楕円形に  なっているパンに、それを載せました。  ちょっとためらっています。  そりゃあそうでしょう。  だって、バッチイんだもの、  シンクに落としたのを拾ったんですもの。  奥方に、いいつけてやろーかしら。  見ーつけた、見ーつけた、言ってやろ、言ってやろ。  でも、私はやさしいから、奥方にいいつけませんでしたよ。  ところが、  「ウッ」  とオトーサンが、言ってしまんですなあ。  なぜかって、そりやあそうでしょ。  レモン汁をやたらといれたもんだから、多すぎて、スッパーイ。  口中がシビレルほどスッパイ。  アボカドの味なんて、コレッポッチもいたしませーん。  奥方は、そのオトーサンの様子をみて、  「マズソウネエ。やめとくわ」  と、のたもうたのでした。  かくしてオトーサンの「名シェフになる」という夢は消え、  奥方においしい手料理をたべさせてやろうという野望も消え、  パリ・クルメ滞在記は、ついに、その幕を閉じたのであります。  大体、戦時中にヒエやアワを食っていたオトーサンたちの世代が  グルメになろうてーのが、土台ムリなんですなー。  ジャーン。  では、おあとのページがよろしいようで。  今日は、これにて、オシマーイ。


編集部より

 著者、海外旅行のため、ご好評いただきましたこの旅行記は、 しばらく休載になります。あしからず、ご了承ください。  なお、本稿の無断転載および出版の儀は、 公序良俗維持のために、固くお断リします。  また、文中の人物、とくに奥方は作者の純粋な創作物で、  実在の人物ではありません。  これは、帰国にあたって乗客、とくにオトーサンの身の安全のための  措置であることを念のために申しそえます。


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