序文 いまから15年ほど前のこと。 若い頃のノート3冊を発見しました。 「...こんなものを書いていたのか?」 気恥ずかしい恋愛詩が綴ってありました。 それも日記のように毎日書いていたのです。 忘却とは忘れ去ることなり。 なんと、恋の相手の顔も名前も思い出せないのです。 申しわけないなぁ。 彼女、いまも元気にしているだろうか? せめて、青春の記念として残しておこう。 当時パソコン通信が流行していたので、 そのいくつかを選んで掲載しました。 反響は大半が揶揄で、添削されたこともあります。 でも、ニフティが2006年にサービスを終了し、 掲載した詩の数々は路傍の露と消えてしまいました。 抗議の意味もこめて、 その全文をネットに再録しましょう。 1冊目には、70編ありました。<70 愛の豊かさ> きのう あなたに おもいがけないところで出会った 大勢の女性のなかで あなただけがきらっと光った 大勢の女性とおなじように あなたは挨拶してくれた 大勢の女性に向けてぼくも挨拶した あなたの挨拶はぼくだけへのもの ぼくの挨拶はあなたへだけのもの 大勢の女性がまったく知らないと思うと ひときわ豊穣なシーンだった 大勢の女性とともに背景に沈んでいった あなた 真夏の夕日のように輝いていた あなた ぼくの存在があなたにとっても 太陽のようであることを祈る ひそかな喜びの泉であることを祈る 大勢の女性にはすまないが 恋の豊かさをますスパイスなのだから ゆるしてほしい <69 愛の孤独> 愛しはじめるのはやさしい 愛し続けるのはむずかしい ぼくは重荷にあえいでいる あなたの愛が深まるほどに その重さを受け止めようと苦しむ あなたに絶えず逢いたい そのまなざしだけが 愛の重荷に耐えさせるのだ かつて想像していた愛の重荷 あれは何と軽いものだったのだろう これは想像を絶する苦行だ 愛を深めるための苦行に耐えなければ 愛が生み出す魂の孤独 孤独のなかに輝く深い愛 <68 よろこび> 大声でひとびとに この喜びを知らせたい あなたはぼくのものになった まだ唇に触れてはいないが あなたの心はもうぼくのもの 思えば、今日は一番長く一緒にいた 10時から4時まで、6時間も 快晴の無人の砂利道 パノラマのようなハイウェー 曲がりくねったドライブウェー ぼくらのための特別な風景 ぼくらのために用意された特別な一日 この日を永遠に忘れないようにしよう あまりにも深く純粋な喜び もはや生涯の記憶となったのだ <67 わが喜び> 自分の喜びに夢中 自分の仕事、自分の部下、 自分の友人、自分のクルマ、 そして自分の将来... だが、こうした自分の喜びが あなたを奪っていくのではないか あなたなしでも耐えられる自分 自分に酔っている自分がいる... だが、よく考えてみよう 自分の喜びの中心にあなたがいる あなたの微笑みですべてが喜びに変わる いわばあなたは触媒なのだ... あなたが通り過ぎていく ああ、クレオパトラもかくやという美しさ せめて振り向いてくれたらなぁ 愛とはかくもせつないものなのか... <66 北国からの電話> 遠い北国の空港ロビーから カーディガンを羽織って ポケットに手を突っこんで 電話する 口笛を吹きたい気分だ 輝かしい恋人よ あなたへの愛は伝わっただろうか やや聞きとりにくい長距離電話だったが それにしても、 この音質 何とかならないのか 夜空の彼方に街が見える 着陸はいつも緊張する 無事に着けばあなたに会える 空港で買った手土産は あなたに喜びをもたらすだろうか <65 謝罪> 長い旅に出る はじめてジェット機に乗る 出発日は13日の金曜日 あなたとまる5日間も会えないというのに あなたへの電話の約束を忘れてしまった 日頃から 言いたいことは山ほどあるはず でも、言いたいことが思い浮かばない そんな風にしているうちに ジェット機は轟音をあげていく 旅に出る前に あなたの声を聞きたかった 愛の言葉でなくても、愛の言葉を あなたに電話したかったと伝えるべきだった せめて雲にGOMENと描こう <64 芽生え> 深まりゆく秋 あなたは ぼくの心に 順調に育っている ずっしりと根をおろしはじめている 重苦しいのだが この重さこそ ほんものの証し 何しろ2人分の悩みなのだから 紅葉の色づく秋 あなたは ぼくの行くところ どこへでもついてくる うっとうしいのだが この鬱陶しさこそ ほんものの証し 愛というのはもともと重いのだ 紅葉の散りゆく秋 あなたが 不意にいなくなるときがある 背筋が冷え冷えしてくる この寒さこそ ほんものの証し 不在が芽生えた愛を育てているのだ <63 激情によらずして> 昨日逢ったばかりというのに 今日はもう逢いたい思いでいっぱいだ ぼくらはよい家庭を築こう 地球のこの一瞬を大事にしよう 逢わないのはさびしい 逢えないのはさびしい あらゆる確信がくずれてくる たじろがずにいることができない ぼくは逃避しよう あなたを想わないようにしよう 本を読み、映画館に行った でも、さびしさは消えるものではない ああ、あなた あなたを激しく愛したい だが、すこしずつ愛を深めていこう 激情によらずして <62 説得> あなたが現れたとき 近視のぼくは あなたとは信じられなかった あなたと会うために ぼくは入念にヒゲを剃った 皮膚を切って血が流れた あなたと会うために ぼくは新たに手帳を買った 使われることもないかも手帳を ぼくらは煮込みうどんを食べた あなたの食べかたは下手だった でも、あなたは可愛らしかった ぼくは切り出した あなたを親に紹介したい あなたの御両親にもお会いしたい あなたはいう 社内結婚はいや 社宅にも住みたくない 何をしても面白くないの あたしの性格では あなたは不幸になるわ ぼくは説得する 何ごとも気の持ち方だよ 一緒に暮らせば楽しくなるさ あなたが笑ったとき 気持ちが動転していたぼくは あなたが笑ったのを信じられなかった <61 あっけらかん> 力むことなどなかったのだ あなたに電話すると (何と沈黙を決めた初日というのに) あなたは早いのねと言う (午前8時に電話してしまったのだ) 山へはあまり行きたくないのよ (ほんとうは行きたいのだろうが) 大勢ではあなたとお話しできないでしょう (ああ、なんて優しい娘だ) 決まったら、あした電話するわ (はじめてあなたが電話してくる!) 力むことなどなかったのだ 結局、闘牛士になる必要はなかった <60 恋の闘牛士> ぼくらの恋はとうとう 来るべきところまできたようだ あなたは獣になった 牙をむきだして挑んでくる デートしよう それに対して いつでも会えるわよ 今週の土曜はどう それに対して 山登りに行くの すべての美は1枚の絵に凝縮される すばらしい試合が死闘の結末を迎える ぼくらの恋もそのように状態になった 肉体戦、神経戦の限界がやってきた これは聳え立つ関門だ 扉が開くか閉じるかの分かれ目だ こじあける力が残されているだろうか あなたのわずかな隙をつけるだろうか ある晴れた朝 ぼくは試合に臨む闘牛士になる 目覚めはさわやかだった まず沈黙の祈りをささげよう <59 悩み> ぼくは悩む 何の悩みなのか なぜ悩むのか いつまで悩むのかわからない 悩みのタネは尽きない 藪蚊のように次々と湧き出してくる 例えば、あなたの感情の動きについて 例えば、あなたとの愛が永続するかについて 例えば、あなたとの愛のもたらす利益について でも、そんなものすべて他愛ない悩みのはず 悩みの原因はほかにあるのだ 例えば、仕事の進展について 例えば、人生のゆくへについて 例えば、預金残高について でも、そんなものだって他愛ない悩みだ 悩みの原因はほかにあるのだ 例えば、恋の破局だ 例えば、坂を下り降りるブレーキのないトロッコの夢だ。 例えば、人生の破局に向かう自分の姿だ ああ、息ぬきをしたい 指のシワを伸ばして安眠したい バラ色の夢をみていたい 目覚めて青空をずっと眺めていたい <58 ケーススタディ> 第1のケース あなたが年老い、進歩せず、ぼくが名声を得たとき。 あなたはぼくの恥。ぼくの評価を下げる部分。 または、ぼくがフツーの人間であるあかし。 第2のケース あなたが年老い、進歩せず、ぼくが市井の凡人になったとき。 あなたはぼくの恥。地獄への共犯者。 または、ぼくにお似合いの同伴者。 第3のケース あなたが進歩し、ぼくが名声を得たとき。 あなたはぼくの誇り。ぼくのすべて。 または、ぼくとあなたは一心同体。 第4のケース あなたが進歩し、ぼくが市井の凡人になったとき。 あなたはぼくの脅迫者。ぼく=盆栽の手入れ人。 または、ぼくは無口な髪結いの亭主。 第5のケース あなたが早死にし、ぼくが長生きしたとき。 あなたは青春の思い出、ぼくの嘆きの壁 または、干からびた骨と皮 第6のケース ぼくが早死にし、あなたが長生きしたとき。 ぼくの保険金。あなたの過ぎ去った思い出。 または、子供が生きがいの人生 <57 あなたについての果てしない評価の最初の試み> あなたが何者か それは、ぼくにとっての大問題だ あなたは路傍の麗人だった。 いま、あなたは恋人にしてぼくの唯一のアクセサリー、 荒削りのお姫さま、母親にして妹にして義理の姉である。 ぼくの地図、真実への導き手、道徳の守護神、 ひそかな誇り、自信のみなもと、ひそかな財産、倍額保険でもある。 ぼくの未消化な考えの対象、退屈しのぎの相手、 人生の制約要因、恥辱の源泉、平凡な暮らしへの導き手でもある。 要するに、ぼくの人生の鏡であり、感情の事件であり。 希望にあふれる青春へのパスポートなのだが、 そのすべてであるようにみえて、実はその一部でしかないのだ。 <56 哲学の一節> 人生ってはかないもの 長くてあきあきするときもある 夏のあとには秋がきて 秋のあとには冬や春がやってくる 恋にも同じ症状が出る 恋の苦しみは千年続くように思える あなたの愛はそびえたつ岩壁であり 同時に砕け散る波頭でもある 人生の成功不成功なんて分からぬもの 昨日までのボクは敗残者だったのに 電話をもらった今日は勝者に変わる 俗人だったのに今は哲学者だ 人生は幸福と不幸が隣り合わせ 美人の目もとに鶏のシワ 美人であり続けることは不可能だが かといって鶏のシワも永遠ではない <55 なんという言葉> なんという言葉だろう 1年間に何度でも会えるわ おお、なんという言葉だろう 1年間に何度でも会えるわなんて あなたの言葉は正確無比だ 科学者か裁判官の言葉のように だが、いかなるはずみで この言葉は吐かれるに至ったのだろうか? 猜疑心にとらわれた心は あなたの言葉を許せない なんという言葉だろう 1年間に何度でも会えるわなんて でも、ぼくは眠れぬ夜に 思い出してしまう 1年間に何度でも会えるよ それはぼくの常套句だった <54 祭日のざわめき> ある昼さがり、あるいは 朝の光がまだ残っている午前の10時 ぼくらは出会うだろう 約束の場所で ひとびとは祭日のざわめきで ぼくらの出会いを祝福するだろう ある昼さがり、あるいは 昼の光が残っている午後の4時 ぼくらは告白しあうだろう なじみの場所で ひとびとは祭日の寛大さで ぼくらの告白を祝福するだろう ある昼さがり、あるいは 月の光が街を照らす夜の10時 ぼくらは抱きあうだろう 思いがけない場所で ひとびとは祭日が終わる安堵感で ぼくらの抱擁を祝福するだろう <53 ある日曜日> 花びらが夜露に震えるように ぼくらの夢がふるえる それはある日曜日のこと 静かな音楽が流れるなかで 愛が静かに育くまれていく あなたを愛する 愛する 愛する 愛する 愛する 愛する 愛する リズミカルに愛が踊る あさっても休日 あなたに会えるだろうか 会えるとも 会えるとも 会えるとも 会えたら 何を話そうか 話そうか 話そうか 話そうか それはある日曜日のこと やわらかな日差しがそそぐなかで 愛が力強く育くまれていく <52 ひとつづりの事情> あなたがNを羨んでいるのは ぼくには意外だった Nは始終ぼくのそばにいて ぼくらは微笑みあう そんな関係をみて あなたが嫉妬しはじめたのだ 恋はすべてを敵にする 疑いは疑いを呼ぶ あなたが嫉妬しはじめたので ぼくは喜びにふるえる あなたに愛されている証拠だからだ あなたの沈黙すら ぼくの喜びを引き起こす Nへの嫉妬を隠しているんだ あなたの愛がそれほど深いのか ぼくは陰険な喜びに浸る <51 うれしい電話> 10月は余白の1日をもっている おかげで、ぼくは幸せだ 思いきってあなたに電話した あなたは喜びに震えていた その喜びがぼくを震えさせた あなたをじらせた効果があった でも、あなたに謝りたい あなたの愛を試したなんて あなたの愛はほんものだったのに 10月は余白の1日をもっていた あなたと打ち合わせて ”夢で会いましょう”を見る あなたの喜びはぼくの喜び 画面の喜びはぼくらの喜び 10月の余白の1日が飛び去っていく <50 裏切り> ぼくはあなたを裏切る あなたの笑顔 あなたの愛を まさにそうしたくなるのだ ほかの笑顔に迎えられると ぼくのなかで忘却が進む あなたの愛を押し流す濁流 まさにそうなっていっている ぼくの愛を押し流す雨と雨 どうしてこんなことになったのか あなたの愛の真実が信じられない ぼくは深い失意に沈む 明日、世界は終わる <49 ぬけがら> もし、あなたのこころが ぬけがらであるなら そんなあなたをほしくはない もし、あなたのこころが ひとをもてあそぶのがすきなら そんなあなたをほしくはない もし、あなたのこころが ひとを愛しきれないのならも そんなあなたをほしくはない 愛は少しであってはならない 愛をもてあそんではならない あなたの愛のすべてをほしい <48 忘却の歌> あなたのことを考えるのは しばらくやめよう わが人生もいろいろ、世界でもいろいろなことが起きる あなたに夢中だと、わが人生も世界もなおざりになってしまう でも、永久に電話しないわけではない 今日の水曜日から、金、土、日、月、火と電話しないだけ つまり、一週間の沈黙。 あなたにとっても、この沈黙はいいことだろう 疑い、不信、絶望の試練を乗り切れれば、 愛は本物の貴重なものになるかもしれない <47 あなたの電話から> 電話した あなたはTVをみていた 澄ました声で コンバンワというのだ わたしが明日会おう そう言うと あなたは朝はいそがしいから そう答えるのだ 来週会うことになる まったくどういうことなんだ あなたはどこでもいいわ そう答えたのだ どこでもいいって そんなこと言っていいの 電話の奥では 静かな沈黙が続く そのあとあなたはいう 死んじゃうわ <46 電話しない日> 今日は電話しなかった こうなりゃ我慢くらべだ 今日は我慢の勝利の日 客観的にみればおかしい なぜぼくばかりが電話するのだ あなたはなぜ電話してこないのだ 電話しないのもいいことだ 自由は大空を舞う鷲のようだ なにものにも束縛されない この自由、この開放感 あとあと高くつくかも あなたの愛が冷めるかもしれないのだから <45 会えぬ苦しみ> 会えないことがどんなにつらいか みもだえしながら夜が過ぎていく あなたとの絆が浅かったことが悔やまれる 象の胴体のように太くしておくべきだった 会えないということではないのだ あなたとぼくは近くに住んでいる 同じ空気、同じ夜をすごしている でも、心の遠さは、星の距離以上だ この夜 嫉妬、疑念、後悔の念に ぼくの心は血の色に染め上げられる おお、あなたは恐怖と化した モンスターのように顔が歪んでいる <44 恋の階段> 恋にはいくつもの階段がある。 第1段階は あのひとはいいひとだ。 第2段階は あのひとと会いたい。 第3段階は あのひとは好きだ。 第4段階は あのひとを愛している。 第5段階は あのひとを愛し続けよう。 ひとは、恋がどの段階にあるのか 常に知っておくべきだろう。 船乗りが羅針盤を駆使するように。 だが、いまのぼくは どの段階にいるのか見当もつかない。 第5段階なのか、第4段階なのか それともまだ第3段階なのかわからない。 濃霧の中で、星がみえないのだ。 羅針盤の使い方すら知らないのだ。 あるいは、心の奥底で恐れているのかも。 そう、恋には、第7段階があるのだ あのひとに永遠に鎖でつながれてしまう <43 いつにしよう> 日曜日は電話しないわ なんて 馬鹿げた考えだ 月曜日も電話しない なーんて馬鹿げた考えだ 会いたいのに 隠すことなんかないじゃないか あなたのつれなさに ぼくは萎れた草になる いつなら電話くれる そんなことも切り出せない ぼくは太陽に背をむけたコスモスだ <42 耐えられない> だから仕返ししてやろう そう思うんだ あしたは電話しないぞ あさってもしない 電話するのはしあさってだ きのうまでは許していた きみの若さに免じて ぼくの愛の深さに免じて でも、そんなのクソ食らえだ 電話なんかしないぞ ぼくは怒っているんだ きみがいないので きみに会えないので きみの顔が見られないんで ああ、何ということだ じらそうとしているのか でも ムダな素振りはやめようと そんなの無意味だ ぼくは相手にしないよと言ったものの やはり耐えられない <41 打ち明けばなし> 美しい詩を書こうと思っていたが まったくそんな気分じゃなくなったんだ 実は怒っているんだ そう、ちょっぴり腹を立てているだけだけど なぜって キミの仕打ちヒドイじゃないか そう、そんなにヒドイ話しじゃないんだけど キミは来週のデートを断った 都合が悪いのよ ひとに会わなきゃならないの キミが他の男と並んで朝の街を歩く おお、なんて陰惨な風景なんだ 実はこんな打ち明け話したくなかった だって、嫉妬していると思われるから <40 動揺> 揺れているあなた 潮のどよめき 氷原に吹きつける嵐の雄たけび なぜ動揺するのか 愛していると言ったよね 毎晩電話もしたよね 6月に退社し、結婚準備中 こんな時、なぜ動揺するんだ? 夜な夜な あなたは不安の極北へ運ばれる いやな想像だ まさか ボクの愛の深さが動揺の原因? ボクの愛が氷原へ追いやったのか? やめよう 青ざめた氷塊がますます増していく... <39 オリンピック時代の恋> 電話する 不安がダイヤルを機械的にまわす お話中の断続音 あなたの母親の声 部屋一杯のTVの実況中継 兄弟たちの爆笑 これらは、愛の序曲なのだ あなたの声が浮かびあがる ゆっくりと愛らしく どうした? 編み物をしていたの 風邪はどう? 治らないのよ お医者さんに行った? 行ったわよ なんて言ってた? 永遠に治らないかもって そんなぁ 他愛ない会話が続く オリンピック開幕式の今日 東京で開くのは、何年ぶりとか そんなこと、どうでもいいじゃないか 大事なのは風邪の治療のほうだ <38 潮のバランス> きのう あなたを愛していた 自信をもってそういえる きょう 電話して自信がぐらついた 愛は引き潮モードになってしまった あした 電話する前も、その後も 愛が満ち潮だといいのだが... 月よ、太陽よ 恋人たちにら惜しみない引力を! 変わらざる愛の満ち潮を贈っておくれ <37 誰?> きみが好きだと言ったのは 誰? 励ましの電話をかけたのは 誰? それはほかでもない僕だった でも、そんな熱気の夏が過ぎると 株を手放したように空しくなった お天気が雨になったように哀しくなった 僕は 愛されているのだろうか きみとの握手、きみとの抱擁、 あれは、幻覚だったのか きみが好きだと言えなくなったのは 誰? お休み!その電話もできなくなったのは 誰? <36 忠告癖> おまえには忠告癖がある 彼女を直そうとする前に自分を直せ 彼女に一言言いいたい時は 自分に百千万の忠告をしろ 期待がなせる業と弁解するな 期待は発作ではない おまえは馬の調教師に学ぶのだ 良い馬ほど手がかかるのだ <35 恋の不思議> 思えば不思議なことだ 相手があまりに誠実だと 不誠実さでお返しをした 相手が崩れかけると ぼくは身を遠ざけたものだ 相手が愛しているというと 愛していないと答えた 相手から愛しているといわれると ぼくのほうは愛していると迫った そんな青春を送ってきた 心の病いに犯された青ざめた春 だが、ぼくは変わった あなたの不誠実さに ぼくは変わらぬ誠実さで応えた 崩れかけるあなたを必死に支えた ああ 恋はなんて不思議な作用なんだ <34 風邪よ、治れ> あなたは風邪を治すべきだ 疲れが重なったのだろう 愛も疲れの原因だったのだろう とりわけ愛が不安定なとき 愛の行末を思いめぎらすとき 愛は病を呼び寄せる だが、早く立ち直ってほしい ぼくの言葉”きみが好きだ”を治療薬にして 早く治ってくれないと、ぼくも病に倒れそうだ <33 忠告> あなたの 投げやりな様子には耐えられない わたしだって 投げやりな気持ちになることがある おととい あなたはわたしと一生をともにする そう決めたのではないか 風邪のせいで、乱れたこころが 日頃の快活さを奪っただけと思いたい あなたの 投げやりな様子には耐えられない 早く風邪を治してほしい わたしたちの選択が 正しかったことを確信させてほしい <32 TEL> 風邪を引いていたためか 昨日のあなたは立派ではなかった あなたの顔色はさえず あなたの歩調はものうく あなたのこころはゆるんでいた 夕方いつもの電話をしたとき あなたの声はハスキーで、とげがあった 昨日の電話が まずかったのかも あなたが好きと言い忘れた それがすべての原因だったのかも わたしたちの愛は まだ十分に成熟していないようだ <31 詩製作上の悩み> あなたを歌う詩には、 いつもそうだが落ち着きがある 小さな真珠のような言葉の行列... もっと激しい目のさめるような詩がほしい 波乱万丈の愛の葛藤を歌った詩が... そう思ったりする だが、まやかしの言葉は願い下げ きらきらする言葉で飾る必要はない だって、きらきらしているあなたがいるのだから <30 朝の想い> めざめたとき 愛するひとを感じる なんてよいことだろう 結婚後の長い年月では やはり行動の一致が大事だろう あなたの髪のように 髪を長く伸ばしウエーブさせてみよう あなたと同じ柄の靴下を履いて 会社に行ってみようかしらん あなたとぼくの写真を飾る すてきなケースを一緒に買いに行こう あなたと一緒にやれることの 多さに驚いてしまう この朝 特別の朝 <29 かけ橋> あなたとぼくのあいだに ひとつの橋をかけよう 鋼鉄製の堅固な絆でつながるように あなたとぼくのあいだを 帆布より強い糸でつなごう あなたの行くところに行けるように あなたとぼくのあいだで 契約書をつくろう 世間が邪魔する理由をなくすように あなたとぼくのあいだで 日記を交換しよう 心の隙間に風が入りこまないように あなたとぼくのあいだに 時刻表を置こう あなたと同じリズムで暮らせるように <28 誓い> この恋を 決して無駄にしない 誓います この恋を 日一日と育くんでいく 誓います この恋を 一刻も早く成就させる 誓います <27 守る恋> この恋は 守るぞ 非難の嵐が吹き寄せようとも この恋は 守るぞ この身体が鉛のように溶解しようとも この恋は 守るぞ たとえ地殻変動が起きようとも <26 電話しないワケ> 今晩、電話しなかった あなたが待っていると知りながら 離れているのに なぜ 分かるって ぼくの心が騒いでいるから 分かるのさ 電話しなかった理由だって あなたがいそがしいかと思ったのさ でも、ほんとうの理由がある 冷ませば 早く燃え尽きないからさ <25 奇跡> 考えれば考えるほど あなたは奇跡だ 会えばあうほど あなたが好きになる 何ら瑕疵がないことが分かってくる 神様は手をよく洗ってから あなたを造り賜うたのだろう <24 詩人の恋> このさい あなたに一編の詩を捧げたい でも詩人は困っている あなたの可愛さに言葉が追いつかないから 詩人は言葉の穢れが気になっている あなたの心には汚れがないから だから、詩人が捧げる詩は ただひとこと そのリフレイン 愛している 愛している <23 はてしない棘> ああ ぼくは 幸せの雲に がんじがらめにされてしまった ああ ぜいたくなぼくの心は もう幸せ色を忘れている ああ なんてひとは欲深いんだ 恋が成就したらすぐ結婚を願うなんて ああ さんざしの棘のように ぼくの心は もうささくれている <22 愛、手のひら> ねぇ、 ぼくら どのくらい 愛を積み重ねてきただろう? 電話? これは数えきれない あの電話 この電話 十月に会おう あれがはじまりだった じゃないともう終わりだ 苦しい声で言ったものだ ああ、 それがはじまりのはじまり 予想以上の出だしだったのだ メトロでの出会い? これも数えきれない あの出会い この出会い 八月の出会いだったっけ 目を疑ったものだ この世に こんなに美しいひとがいるのか この花びらを手のひらに収めることができるのか と... <21 消失> きのうから ぼくにとって ”あなた”が消えた ”ぼく”も消えた 世界よ ぼくを彼、あなたを彼女と呼ぶな それは大きな間違いだ 証文の1枚もない 印鑑も押さなかった だが、きのう契約はなされたのだ 世界が オリンピックだ 原爆実験だと騒いでいるあいだに あなたとぼくは きのうから ぼくら、わたしたちになった そう、”ぼくら”、”わたしたち”に <20 けってい> あなたとぼくは きょうから 未来へ歩きはじめた このけっていは 新聞に報じられる決定よりも おそらく小さいだろう でも、このけっていは 誰にも気兼ねせず あなたとぼくとできめたもの それがよいかわるいか もう議論すべきではない もうきめてしまったのだから 問題はこうだ どうやってしっかり このけっていを守りぬくかだ どうやって 心をひとつにするかだ きょう、ぼくらはけっていした さあ、誇り高く宣言しよう あなたとぼくは 長い一生をともに歩むのだ <19 かわいいあなた> あなたがかわいい 抱きしめたい よい詩にはならないが この胸のうちは もともと 詩にはならないのだ あまりのかわいさに 抱きしめたい 理性よ学問よ さらば この胸のうちは もともと 損得勘定とは無縁なのだ ああ なんとかわいい 抱きしめたい おセンチだと笑うなかれ この胸のうちは もともと 他人に分かるはずはない <18 めざめて> めざめて 昨夜の夢が残っている 胸に真実を問いかけてみる 広い草原に寝そべって あなたが喘いでいたのはなぜ めざめて あなたの写真をみる 胸に湧き出る優しい泉 陽光さんざめき 微笑んでいるあなたがいる めざめて 今日は特別の日 胸にたぎる紅蓮の炎 あなたに会えるのはもう数時間後 目がくらみ目をつぶる <17 あなたの写真> あなたの写真 微笑んでいるあなた すこしお茶目で軽薄で 荒けずりなお姫さま おびただしい雲 おびただしい水 おびただしい砂浜 おびただしい漁船 あなたは、そこで笑っている まるで世界を独り占めしたかのように はるか彼方にたくさんの旅をして 足跡を残したいというあなた ぼくは自分の宇宙を失ってしまう ぼくはあなたの宇宙の惑星のひとつ あなたの可能性のひとつでしかない ともあれ あなたは可愛い存在だ 何と言われても自分が信じられるのは 現代の奇跡のひとつなのだから <16 この日 この時> あなたは1枚の写真をくれた 呆気なく願いがかなった こういう場合、何か言うべきだろうか 激しい仕草をすべきなのだろうか あのとき 何を言ったのだろう 愛しているとは 言わなかった 好きだとも 言わなかったと思う 誰が想像できるだろう 偶然と言おうか 必然と言おうか 神の導きの霊妙さには 声もない ふたりの間に言葉は不要だった あなたは来年6月に会社を辞める 結婚までに準備することは山ほどあるわ 相手は長男だと易者が言ってたわ あなたは声を出して笑った この日のために あなたは生まれ この時のために ぼくは生まれた <15 ぼくの愛 あなたの愛> あなたを愛する 言いいたいのは ただ一言 あなたの声が好き あなたの微笑みが好き あなたの歩き方が好き ああ、もっと言いたくなった あなたの健康が好き あなたの頭の回転が好き あなたの純真な心が好き ああ、あなたのすべてが好き なんて素敵なことなのだろう 愛し、愛されることは あなたを写真を1枚ほしい あなたの写真があれば 恋はもっと安らかになる 許しておくれ 一瞬なりとも あなたを疑うべきでなかったのだ 一瞬なりとも あなたが不要などと思うべきでなかったのだ ぼくの愛 あなたの愛 2つが同時に咲くなんて なんて素敵! <14 たとえば...> 宇宙の果てに行ってみたい それほどの高望みではないが わたしは限りない可能性を追求する たとえば... 百人の女を同時に愛する男を夢みる その愛は惜しみなく平等にふりそそがれる たとえば... 使え切れぬほどの大金持ちを夢みる わたしは砂金でハイウエーをつくるのだ たとえば... そのハイウエ−を疾駆する自分を夢みる もちろん傍らにはあなたがいる だが、鏡をみると 痩せ細ったしがないサラリーマンが映っている 身の程を知れ! <13 恋と夢と> わたしは あなたを恋していた 遥かの星のように あなたをあがめていた あなたは 星々のなかの神だった あるときは あなたは一羽の 白鳥のようにわたしのもとへ舞い降りた あるときは あなたは1頭の 豹のようにわたしの心を鷲づかみした それなのに どうしたことだろう きょう あなたの夢をみた あなたはおびえる小鳥になっていた いつのまに こんなに小さくなってしまったのだろう <12 それは...> 一旦築かれた城は 存在を主張しはじめる それは... 建築家を阿片患者にする 一旦貯えられた財産は 存在の毒をしみとおらせる それは... ケチンボの骨格標本にする 一旦成就した恋は 腐蝕へ向かって歩みはじめる それは... かつての恋人をすみやかに葬る わたしは、格言のてつを踏むまい あなたを愛する炎が消えないことを願う <11 恋の...だった> わたしは ヴェールをふるのだった それが風のなかに舞うと 私は喜びにひたるのだった わたしは 眠りにおちるのだった やすらかな眠りのリズムが訪れると 深く深く安堵するのだった わたしは 息づくのだった さわやかな大気を吸いこみながら あなたを想うのだった わたしは 古い恋の本を読むのだった いつしか目は行間をさまよい 感動の泉が身体を熱くするのだった そうだ わたしは恋に酔っているのだ 喜び、眠り、感動... わたしは恋の化身になってしまったのだ <10 ダリ展> 一体何が起きたのだろう 連夜の不眠で苦しみ 不埒な青春に酔いつぶれたぼくに それはそれは大きな贈り物 お月さまでも抱えきれない巨大な贈り物 あなたが愛の素振りをはじめて見せた 17日午後4時半からのデートが決まる ダリ展を見にいく あなたの愛が本物なら、これは奇跡というもの ダリよ、ぼくらのデートを嘲笑しないでくれ <9 日常詩人> 住んでいる世界が 古い物置のようにゴチャゴチャになる 古いクルマを丁寧に洗いながら 明日入ってくる新車の夢にひたる 仕事に夢中になりながら オリンピックの馬鹿騒ぎにつきあう 別れたあなたのことを思い出しながら 映画に誘うのはどの娘にしようか 踊りの相手はどの娘にしようか 最後に投網にかけるのはどの娘にしようかと思案する 休日の朝はフランス語の講習会に出席し 昼は手紙を開封して母を愛し 夜はサン・テクジュペリの翻訳に打ち込み 深夜の夢ではピカソとゴッホとダリが嘲笑しあう こんな日常の混沌から、いい詩は生まれるだろうか いい詩は、怒り、絶望、あがきから生まれるもの 草原の輝きや生命の暖かさから生まれるもの 戦乱や冒険や放蕩から生まれるもの だが、日常の混沌のなかからも詩は生まれる そういう詩があってもいいはずだ <8 ふりむかない あなた> ふりむかない あなた ほほえまない あなた でんわもしない あなた あまりのつれなさに なみだもでない かなしみも わいてこない こころが きんぞくになってしまう なにが げんいんなのだ あなたは おこっているのか あなたは はじているのか あなたは たにんにこころをうばわれたのか あなたは そもそもわたしをあいしていたのか わたしには なにもわからない <7 虚ろな心> 疲れたからだで あなたを想う 虚ろな心で あなたを想う あなたのイメージは ぼんやりして 蜘蛛の巣か、おぼろ雲のようだ もどかしいけれど仕方がない 蜘蛛の巣は払うのが億劫だし 雲は高すぎて手がとどかない 疲れた時間は、存在しない時間 虚ろな時間は、時計のとまっている時間 記憶にも覚醒にも無関係な時間だ だが、ぼくはそんな時間に腰をかけ、 足をぶらぶらさせよう そして、ぼんやりとあなたを想うのだ これって無我の境地? 神が与えた臨時のボーナス? <6 気狂いピエロ> あなたに二度も電話した あなたは いなかった あなたの不在が 気狂いピエロを生む あなたの行方が分からなかった 誰かと熱い夜を送っているかも...しれない 何者かの手で拉致されたのかも...しれない 不在を装っているのかも...しれない わたしは何ひとつ現実的な想像ができなくなっていた 不安はあなたの母親が電話に出るまで続いた 娘は、親戚の家に行っていますわ あたくしは、いま帰ってきたところですわ わたしは一応納得して電話を切った だが、ものの五分もしないうちに、 気狂いピエロが元気に戻ってきた 夜更けまでいる親戚などあるだろうか あなただけ帰りが遅くなったのは、なぜ? 親戚に婚約者がいるのかも... 母親の体のいい言い訳を食らったのかも... そうだ!居留守を使ったにちがいない!! 全存在が膝から崩壊していく 不安はキノコ雲のようにふくれあがり、 私とその世界を繭のように包みはじめていく <5 おやすみ> おやすみなさい 今日もTELしなかった 待っていたならゴメンネ ぼくはすっかり身体を壊してしまった 心もボロ切れ同然だ あまりにお前を恋したせいだろう 長い不眠の夜がやってきた 想いのかなわぬ昼に閉じ込められた 恋は不健康なもの TELすれば治癒するはずなのに その元気すらないなんて <4 後悔 remorse> 僕ならあなたを幸せにできる そう思っていた僕はバカだった 海の向こうの国のように間違っていた ほんとうは、あなたがぼくを幸せにできるのだ あなたを幸せにしたい、そう思っていた でも、幸せにできる力なんかなかった 見事な空振り、哀れな思い込み それが現実の僕 <3 短詩形の問い> あわなかった日が終わる あえなかった日が終わる 嵐が止んだあとの蒼空のように 空の果てまでつきぬけた 解放はいつの日にやってくるのか <2 やさしい電話> わたしは 幸わせで 失神しそうになった 恋を確信した若者の 深い眠りへと落ちていった <1 さいはての旅> わたしは帰ってきた さいはての 絶望の国から 温室や名も知らぬ 赤紫色の花が 咲き乱れる国から 怒涛が、柔肌の 砂丘に白く泡立ち 奇岩を翻弄している国から わたしは帰ってきた ずっと思い続けていた 別れたあなたに もう一度逢わなければと