ロンドンで紅茶、パリでカフェ・オレ

目次

1 旅の支度
2 空飛ぶ映写室
3 最も安全なホテル
4 卒業式の一日
5 ハロッズで紅茶を
6 パリへパリへと心は逸る
7 アメリの世界
8 パリでカフェ・オレ
9 無事が何より
10 サン・ジェルマン・デ・プレ界隈
11 サン・ルイ島の夕食
12 失われたマフラー
13 靴を買うということ
14 モンブランなら、ここ
15 あわれ、マリー・アントワネット
16 酔眼朦朧のパレ・ロワヤル
17 見逃したミニ・ルーブル
18 カフェ・ド・ラ・ペのディナー
19 ロンドンで紅茶


1 旅の支度

オトーサン、 まだ冬だというのに、 ロンドンとパリに行くことになりました。 奥方と次女と3人連れですが、あちらで長女が合流します。 オトーサン、 「旅支度は、冬も身軽に」がモットー。 それでも、結構、旅支度って気を使うものです。 奥方の場合は、それがとくに顕著です。 「あたし着ていくものないわ」 オトーサン、 「....」 彼女が着ている茶色のレザーコートをみやります。 「あたしのコートって、2万円以下のものしかないのよ」 「三越で買ったカシミアのコートがあるだろう」 「....」 奥方、出発の一週間も前から旅支度に励んでおります。 旅支度のときが一番幸せなのかも。 オトーサン、 今回は、以下の品々を用意しました。 といっても、オトーサンの場合は、 前回の旅行鞄を開いて、中身をチェックするだけ。 まずは、衣類。 次女、 「それ、夏の衣装じゃないの。  ロンドンは、寒いのよ。  覚悟しておいたほうがいいわよ。  零下10度の世界よ」 オトーサン、 「それなら、アラスカで買ったコートにしよう」 次女、 「あちらは、ひとを身なりで判断するからね」 オトーサン、 「そうか」 防寒という観点だけでは、不合格のようです。 オトーサン、 「雨、降るかなあ」 次女 「そりゃ、降るわよ」 *旅支度1  アラスカのコート、マフラー、帽子、手袋  背広、ネクタイ、Yシャツ、下着類、靴下  レインコート オトーサン、 「歯ブラシいるかな?」 次女、 「あちらのホテルは、歯ブラシ置いてないわよ」 「そうか」 *旅支度2  電気かみそり、歯ブラシ、目薬、綿棒、ティッシュ オトーサン、 「旅行記も書かなくては。 美術館に行くとなると、単眼鏡もいるなあ」 *旅支度3  時計、手帳とボールペン、カメラ、単眼鏡  パソコン&コード、メモリーカード、対応プラグ 忘れがちなもの。 *旅支度4  パスポート(コピーと予備の写真)、  搭乗券、財布2、小銭入れ  メガネの予備、旅行鞄のカギ、自宅のカギ オトーサン、 「おっと忘れてた。機内で読む本がいる」 新聞・雑誌は、空港で買えますが、 単行本は、ちゃんとした本屋で買っておくべきでしょう。 *「ションヤンの酒家」(小学館文庫) この本、同名映画の原作で、 映画批評のネタになるので買ったもの。 (注:結局、読むヒマがありませんでした。 持っていく本の選択って、難しいものです)


2 空飛ぶ映写室

オトーサン、 一週間ほどの旅行中は、 ホームページの更新ができないので、 映画批評を7本分書き溜めるのが、大変でした。 とくに、出発の前日は、アカデミー賞の発表もあって 映画のことで、頭がいっぱい。 「おお、ロード・オブ・ザ・キングが11部門で栄冠だ!」 オトーサン、 もう機内です。 チェックインも出国検査もいたって簡単でした。 今回も、格安航空券利用です。 奥方は、一度ビジネスクラスに乗りたいと思っているので、 その差額8万円という好条件にグラッときていたのです。 結局、見送ることになりましたが、 目の前の12時間座ることになったシートは、 34列目、ビジネスのとなりの部分という好位置。 しかも、4列だけが、こじんまりと仕切られています。 トイレや客室乗務員のコーナーも、すぐそばです。 奥方、 「椅子の座り心地も、まあまあだわ」 オトーサン、 「BA(英国航空)って、案外いいなあ」 次女、 「ビジネスにしなくて、よかったわ」 奥方、 「そうねえ、8万円出さなくてすんだわ」 オトーサン、 「空飛ぶ映写室だ」 各シートの背面に液晶モニターがついていて、 映画チャネルが10もあって、最新映画を上映しています。 おそらくライバルのヴァージン航空への対抗策でしょう。 奥方、 「あなた、ワイン、また頼むの?」 そんな邪魔も入りましたが、2本ボトルを空けました。 もっとも小瓶ですから、深酒ではないでしょう。 ほろ酔い気分で、映画を3本見ました。 乗っている時間の半分を映画鑑賞で過ごしたことになります。         題名    主演 1本目 SOMETHING'S GOTTA GIVE 2003 JACK NICOLSON/DAIAN KEATON 2本目 COOL HAND LUKE 1967 PAUL NEWMAN 3本目 PARENTHOOD 1989 STEVE MARTIN 「"SOMETHING'S GOTTA GIVE"? これって、もしかしたら、ダイアン・キートンが、 アカデミー賞の主演女優賞にノミネートされた映画かも? こりゃ、ラッキーだ!」 ダイアンは、離婚して傷心の脚本家、 心臓病のジャック・ニコルソンと恋に落ちるという恋愛コメディ。 もうひとり、彼女に思いをよせるのが、あのキアヌ・リーブス。 ジャックの面倒をみる若い医者役です。 「軽妙だけど、中年男女の哀歓を感じるなあ」 パリでは、"TOUT PEUT ARRIVE"という題名で上映されてました。 日本では、まだ上映されていないのに、 退屈な機内で見られたのですから、幸運です。 もっとも、日本語の字幕がないのが残念ですが。 「マトリックス・リローデッド」のほうは、 日本語字幕がありましたが、もう見ていたのでパス。 大画面で見ないと、売り物の戦闘場面の迫力は味わえません。 2本目のポール・ニューマン、 往年の大スターですが、 「やはり、ハンサムだなあ、アクションをやらせたら、天下一品」 打たれ強い囚人役、何度も脱獄しては連れ戻されるのです。 そのアウトローぶりは、1960年代の流行心理でした。 「いまの若いもん、無気力だなあ。 ちょっとは、理不尽な体制に反抗しろよなあ」 3本目は、 スティーブ・マーチンのほのぼの喜劇俳優ぶりが、見もの。 野球下手の息子が、最後の最後に、 ホームラン性の当たりをキャッチしたときの パパの喜びようが、秀逸でした。 サッカーでゴールを入れたときのバックテンまでやったりするのです。 オトーサン、 「俳優稼業って、大変だなあ」 「こんなことまでやらされて、こんなに少ししか貰えないのか、 なーんて、ぼやいているかもなあ」 ワインでほろ酔い気分になりがら、そんなことを考えていました。


3 最も安全なホテル

オトーサン、 午後2時前にロンドン・ヒースロー空港に到着。 「また保険代が助かったなあ」 でも、考えてみれば、昨年加入したトヨタカード(ゴールド会員)は、 海外傷害保険5000万円つきです。 「どうしようかなあ、使うのやめようかなあ」 つい最近、このカード、海外での不正使用が発覚したばかり。 オトーサン、 「こんなんでいいのか?」 ヒースロー空港では、税関の検査なし。 成田もそうでしたが、テロ警戒の気配は、微塵もなし。 もうイラク戦争は終わったのでしょうか。 テロもなくなったのでしょうか。 次女、 「ああ、ロンドンの匂いねぇー」 地下鉄(チューブ)に乗っての感想です。 奥方、 「そう?別に感じないけど」 オトーサン、 「空いてるなあ」 次女、 「1台、見送ったからよ」 2年前、留学中の次女を訪ねてきたときは、 満員の車内に、1時間も立ちづめで、ほんとうバテました。 今回は、座っていけたので、きわめて快適です。 東京の地下鉄より狭いのも、気になりません。 奥方、 「あらっ、きれいねえ」 チューブが地上に出て、明るい郊外風景が広がります。 赤茶けた煉瓦と白い窓、そして煙突。 「どれが?」 「ほら、お花が咲いてる、満開よ。サクラかしら?」 次女、 「サクラの一種よ」 オトーサン、 次女をからかいます。 「お前、ロンドンは、マイナス10度と言ってたけど、 7度もあるじゃないか」 林地には、青々とした草がみえています。 次女、 「でも、気候が急に変わるのよ」 「そんなものかね」 春うららかな車窓風景を見ていると、とても信じられません。 山荘の寒々とした冬景色とは別世界。 まるで、連休はじめのサクラが咲く季節のようです。 オトーサンたち、 ピカデリーラインを サウス・ケンジントンで乗りかえて、 3駅目のSt James Parkで下車。 「へえ、ここ丸の内みたいだ」 「ここが、スコット・ランド・ヤードよ」 「へえ、あの007が勤務していた?」 「...」 日本でいえば、泣く子も黙る桜田門(警視庁) 全面ガラスばりの近代的な高層ビルです。 「イメージとちがうなあ」 古い石造りの建築をイメージしていました。 犯罪捜査に最新技術を駆使した近代的組織になったのでしょう。 次女、 「ここよ」 街路から奥まったところに、JOLLY HOTELの標識が。 2泊する予定のホテルです。 「へえ、案外いいホテルじゃん」 「4つ星よ」 風雪に耐えた立派な石造建築です。 ロビーや廊下の絨毯も貫禄があります。 次女、 「もう着いてるんだって」 長女がNYから合流して、次女と相部屋のようです。 次女、 「はい、あなたたちは、248号室ね」 オトーサン、 「キミたちは?」 次女、 「522号室よ」 オトーサン、 「何で、そんなに離れた部屋にしたの?」 次女、 「午前中に到着して空いている部屋をとったからよ」 オトーサンたち、 248号室に入りました。 奥方、 「そう広くないけど、気持ちのいい部屋ね」 バスルームも明るく清潔です。 しばらくして、次女から電話。 奥方、 「あのね、結花は、居ないらしいわ。  美術館でも見てから、夕方6時頃、帰るって。  それまで、どうする?どこかへ行かない?」 オトーサン、 「いや、オレはいいよ、寝るから」 時計をみると、午後4時過ぎ。 あと2時間くらいは、眠れそうです。 機内で映画をみていたので、ほとんど寝ていません。 オトーサン、 午後7時に起こされました。 「どうする?食事に行くけど」 「おお、行く行く」 2時間ほどですが、ひと眠りすると元気回復するものです。 ロビーでは、娘2人がもう待っています。 「元気かい?」 長女の顔を見るのは、半年ぶり。 元気そうです。 オトーサン、 「ヨガやってるかい?」 長女 「ああ、水泳もやってるよ」 オトーサン、 「へえ、オレも、4年ぶりに再開した。  おっ、日本人の団体客だ」 次女、 「この場所、便利で安全だからね」 ホテルから街路に出ると、目の前がスコット・ランド・ヤード。 「ホテルの真向かいなんだ」 オトーサン、 「おい、ここにしようや」 スコット・ランド・ヤードの前に、 ガラス箱のような低層の建物がありました。 画廊のようにも見えますが、RISTORANTEと書いてあります。 イタリア料理店でしょうか。 奥方、 「ここなら、だいじょうぶそうね」 次女、 「そうね、イタリアンなら、だいじょうぶでしょ」 オトーサン、 「は、は」 同じだいじょうぶでも、 奥方のほうは安全性、次女は味のことでしょう。 「何しろ、ロンドンは、食い物が不味いからねえ」 オトーサン、 「だいぶよくなったと聞いているけれど」 次女、 「....」 オトーサン 客が少ないので、心配になりました。 ボーイが飛び回り、厨房からはトマトソースのいい匂い。 この店は、そんなイメージとはかけ離れています。 流行らない店なのでしょうか? オトーサン、 「前菜、パスタ、あと肉や魚料理だけど、何にする?」 いろいろ迷います。 次女が仕切って、前菜を2皿注文しました。 海の幸のサラダとタルタルステーキ風のもの。 女性陣は、それぞれ好みのパスタ。 オトーサン、 Todays Specialに、MONKFISHなるものを発見しました。 「おれは、この変なやつにしてみよう、  不味くても、旅の思い出にはなるだろう」 ところが、出てきたのは、 馬鹿でかい魚のフライかと思いきや、 上品な大皿に、小さな白身魚が2切れ。 骨つきなので、骨のぶんだけ損したような気がしないでもありません。 奥方、 「へえ、案外、おいしそうねえ」 オトーサン、 一口食べてみて、その食感に感動します。 「案外じゃないよ、おいしいよ」 長女、 「ハニーで味つけしてるから、おいしいかもよ。  ちょっと、食べさせて」 そんなことで、MONKFISHなる白身の魚をてはじめに、 全員でシェアしあいました。 奥方、 「あたしの魚介類のパスタ、不味かったわ。茹で過ぎよ」 オトーサン、 「....」 具沢山だから、おいしそうだと思ってすすめた犯人ですが、 決めたのは奥方ですから、これは明白に自己責任というもの。 食事が終わって、 支払いはオトーサン。 「CHECK PLEASE」といいかけると、 次女が、さえぎります。 「こちらでは、ビルっているのよ」 「ビル?ああそうか、BILL(勘定書き)か」 NYに住んでいる長女が介入。 「いちいち、英国人は、かっこつけたがるのね」 長女、 「鳥インフルエンザはどうなの?日本は?」 奥方、 「いま、大騒ぎよ」 京都の養鶏業者の不埒な行為は、 成田空港で買った朝日新聞の1面トップになりました。 日本中に、ウィルスを巻きちらしたようなもの。 オト−サン、 「そういえば、マーサ・ステュワート、 DISCHAGEDって、機内のTVニュースで流れていたけど」 「そう、免責されるようね」 インサイダー取引容疑で、全米の話題をさらった女性です。 カリスマ主婦として、マスコミの寵児に。 そのライフスタイルが1時代を形成しました。 日本では、無印良品が、店内に彼女の商品コーナーを設けたほど。 長女は記者として、全盛時の彼女にインタビューしたことがあります。 そのあと、ひとしきりNYの知人の話題で盛り上がりました。 長女、 「Sさん、帰国したわよ」 オトーサン、 「へえ、彼も帰国したか」 長女、 「後任はHさんだって、知ってる?」 オトーサン、 「ああ」 長女、 「まめまめしく社長さんに仕えているようよ」 オトーサン、 「へえ...、ところで、お宅の社長さんは?」 長女、 「相変わらずよ」 オトーサン、 「ニンゲン、40過ぎたら、もう性格は変わらんよ。  まあ、このご時世に、給料上げてくれるなら、  いいひとだと思わなければ」 長女、 「そういうこと」 半年振りの再会なのに、他愛ない会話に終始しました。


4 卒業式の一日

オトーサン、 5時半に起きて、ロビーをウロウロ。 「アダプター、アダプター」 いくら呪文を唱えても、相手には通じません。 職務区分が明確らしく、タライまわしにされるだけ。 日本から、いろいろな種類のアダプターを持ってきたのですが、 どれひとつとして使えせん。 当然、コンセントにつながらず、バッテリーでパソコン使用。 いつ容量がなくなるか、心配です。 7時過ぎ、部屋に戻ると、奥方が起きていました。 「おい、アダプタ−もってないか」 「朝から、騒ぐことないでしょう」 そういわれても、ひるむわけにはいきません、 ようやく、こちらのホテルのコンセントに接続できました。   8時半、 長女から電話、 「どうして来ないの?ここの食堂、おいしいよ。フリーだよ」 「フリー?」 「宿泊代に入っているのよ」 「そうなのか」 オトーサン、 実は、この時点で、朝食を終えていました。 6時頃、あまりの空腹に耐えかねて、 ロビー脇でコンチネンタルを注文しました。 朝食無料と聞いて、食堂に行って、ジュースとフルーツを食べました。 奥方ときたら、日頃の少食がウソのようです。 「そんなに食べきれないだろうに...」 大皿に、ソーセージ、ハム、卵、じゃがいもが山盛り、 小皿のひとつは、サラダ、もうひとつは、パン。 フルーツを山盛りにしたお皿も。 ジュースとコーヒー。 それで終わりかと思うと、ヨーグルトをもってきます。 そして、食後に胃の薬。 オトーサンたち、 10時にホテルを出発。 次女、 「ちょっと散歩しようよ」 オトーサン、 「ああ、でも、卒業式に遅れないのか?」 次女、 「卒業式は、午後1時半からだからダイジョウ」 オトーサンたち、 ホテルから3ブロックくらい歩いて、 St James Parkに出ました。 見渡す限り、青々とした芝生が広がっています。 黄水仙が咲き乱れています。 「こりゃ、冬景色とは思えないなあ」 奥方、 「英国の公園って、いいわねえ」 心が浮き立ってきて、騎馬警官とも仲良くなりました。 川が流れていて、橋の上で立ちどまると、水鳥が集まってきます。 「おお、黒鳥がいる」 駆け寄って、撮影しました。 オトーサン、 また、別の公園に出たので、聞きます。 「ここは、何っていう公園?」 次女、 「グリーン・パークよ。 あの奥に見えるのが、バッキンガム宮殿?」 オトーサン、 「えっ?あれが?」 もう何年前になるでしょうか、 この沿道に大勢のひとがパレードを見るべく集まっていました。 それが、いまは人っ子ひとりいない参道のようです。 オトーサン、 その後、次女の解説付きで、あわただしく名所回り。 まったくのお上りさんでした。 ・コベントガーデンのロイヤル・オペラ・ハウス 「このバルコニー、"マイ・フェアレデイ"に出てらでしょう」 ・テスコで紅茶を長女が買いました。 「テスコって、英国一のスーパーよ」 ・ソーホーと中華街へ 「へえ、すぐそばなんだ」 「あの劇場、有名なのよ」 レ・ミゼラブルを上演していました。 チューブに乗って、レスター・スクエア(LEISTER SQUARE)へ。 オトーサン、 「ice抜きで、発音するんだ」 次女、 「は、は」 長女、 「それって、ダジャレのつもり?」 「ああ」 オトーサンたち、 ノーザンライン(Northern Line)に乗り換えて、WATERLOOへ。 「ここ、来たことあるなあ」 次女、 「ユーロスターの駅よ」 オトーサン、 「ああ、そうだった」 この駅から、郊外電車のSouth West Lineに乗りました。 オトーサン、 大学に向かって歩きながら、聞きます。 「ところで、お前の大学って、何っていったっけ?」 ケンブリッジ、オッククフォード、 そして小泉首相の留学疑惑で有名になった ロンドン大学なら聞いたことがありますが、 次女の大学は耳慣れない名前。 さっき、電車の中で手帳に書いてもらった校名がみえました。 " University of Surrey Roehampton" そういえば、見覚えのある景色です。 2年前に来たことがあります。 長女は、はじめてなので、物めずらしげに見回しています。 広い芝生のそここに低層の建物。  「あそこで、勉強したのよ」 自然のなかにとけこんだような池もあります 正門横に高層の建物が建築中です。 オトーサン、 「ところで、何で、ここの大学に入ったんだ?  アメリカに行けばよかったのに」 次女、 「アメリカには、ツーリスム専門の大学院がないのよ。  イギリスでも、ここしかなかったのよ」 オトーサン、 冷やかします。 「そうか、お前、修士号を取ったんだ。  もう、オレより偉いんだ、  何なら、ついでに博士号を取ったらどうだい」 次女、 「...パパ、気楽にいうけど、 どんなにあたしが苦労したか、分かってる?」 「ああ、分かってるよ」 とりあえず、そう答えておきました。 何冊もの本や英語論文を書いてきたものとしては、 英語の論文1本くらいで修士になれるのはどうかという気持ちがあります。 教えている大学院生の論文をみても、卒論に毛の生えた程度。 教えている先生方の論文だって、正直言って、引用文の羅列。 オトーサンたち、 ROBING ROOMに向かいます。 ここで、ガウンに着替えるのです。 大学の職員が着付けを手伝っています。 着付けを終えた学生とその父兄がうれしそうに出てきます。 「黒いガウンが学士、黒いガウンに青い肩かけが修士か」 さすがに、修士は少数です。 つき添っている父兄の顔も誇らしげです。 "Oh、ayako!" 長女が、大柄の青い肩かけの女性に抱きつかれました。 「?????」 どうやら、双子の姉妹なので、間違えられたようです。 聞くと、同じツーリズム専攻で仲良しのアンでした。 アンと並ぶと、小柄な次女は、高校生のように見えます。 目立つのは、いろいろな肌色のひとがいること。 世界中から、はるばるロンドンまで勉強にきているのです。 そんななか、赤い肩かけをみつけました。 「あれ、何だろう?」 たまたまトイレの前で奥方を待っているときに、 その赤い肩かけの女性に出会ったので、聞いてみました。 "Are you a docter?" "Yes!" 付き添っていた母親が、会話を聞いて満面の笑み。 「何でそんなにうれしいんだ、博士ぐらいで」 これも後で分かりましたが、彼女、総代でした。 オトーサン、 「へえ、卒業式は、教会でやるんだ」 2時から入場、3時から卒業式のようです。 ベンチの右側が学生席、左側が父兄席。 400人も入れるかどうか、超満員です。 10ポンド払って奥方と並んで、前のほうの席に座らされました。 長女は、満員で入れず、気の毒なことになりました。 「ふーん、学生が200人か」 そのうち、女性が8割と華やかです。 修士って、30人くらいしかいないんだ」 博士は、たったの5人でした。 オトーサン、 「式次第は、うちの大学と同じだなあ」 1)オルガン演奏、 2)50人ほどの教員の入場、 3)青いガウン姿の学長の挨拶、   ブッシュ大統領のオトーサンに似ています。   サーですから、偉いのでしょうが、気どらない人柄でした。 4)卒業生の呼び上げと学長の握手。   10人くらいで、満場の拍手が繰り返されます。 違うのは、 学長の挨拶が短くて、ユーモアたっぷりなこと。 大学が、1世紀以上の歴史をもち、教育分野を中心に 4つのカレッジが合体し、発展をとげてきたという内容でした。 自分の娘がいると、大声を出す父兄が大勢いて、 会場が笑いの渦に包まれること。 隣に座った男性は、7歳くらいの女の子連れでしたが、 奥さんが修士号を取ったので、うれしくてたまらない様子。 3台のカメラをもっていて、SONYのビデオを回していました。 インド人の母親も、学士の息子の撮影に夢中でした。 そして、奥方といえば...お恥ずかしい。 式がはじまっているというのに、最前列にいって娘を撮っていました。 オトーサン、 式が35分で、終わったので、 外で待っていた長女に、 「お待たせ、さあ帰ろう」 次女、 「パーティがあるから、覗いてみない?」 会場は、倉庫みたいな場所。 ワインとカネッペ程度の簡素なものです。 「教わったのは、このセンセイよ」 赤いガウンを着た、にこやかな中年の教授と陰気な老教授と握手。 「あいつ、イヤな奴だったわ」 「あの陰気なセンセイか?」 「あのひとは、親切だったわ」 「へえ、ひとは見かけによらないもんだなあ」  長女、 「ねえ、記念に全員で写真撮ろうよ」 オト−サン、 「それもそうだなあ」 青いガウンを来たアジア系の女性に、シャッタ−を押してもらいました。 オトーサン、 「じゃ、お礼に、彼女も一緒に撮ろうよ」 誘うと、彼女、満面の笑み。 涙をこぼさんばかりの喜びようです。 "Like my family" というつぶやきが聞こえました。 後で、次女に聞くと、彼女は台湾人で、 5年かかりで、やっと修士号をとったというのに、 両親が都合で卒業式に来られなかったようなのです。 オトーサン、 「みんな苦労して、獲得したんだ」 次女、 「....」 オトーサン、 ようやく娘の誇らしい気持ちが分かりました。 きっと、こういいたいのでしょう。 「そうよ、あたしなんか、ストレートで修士号を取ったんだからね」 日本人学生は、みんな途中で脱落したそうです。 語学留学程度の気分では、取れるものではないのです。 一時は肺炎になって死にかけたほど苦労して取ったものなのです。 断じて、経歴詐称なんかではないのです。


5 ハロッズで紅茶を

オトーサン、 「午後4時か」 無事卒業式を終えて、WATERLOO駅に戻ってきました。 次女、 「これから、どうする?」 急に、そういわれても、すぐ出てくるものではありません。 奥方、 「あの大観覧車は、乗ったことある?」 次女、 「ああ」 奥方、 「何分かけてまわるの?」 次女、 「30分」 奥方、 「いくらするの?」 次女、 「6ポンド、2500円くらいね」 奥方、 「高いものなのね」 オトーサン、 冷えやかしました。 「観覧車なら、お台場でだって乗れるだろうに。 そんなに出すなら、大江戸温泉に入ったほうがいいよ」 この大観覧車、ミレニアム記念に英国航空がつくったもの。 テームズ川べり、ビッグ・ベンの真向かいという好位置。 高さ30メートルと世界一。 ところが、いざ組み立てを終え、立てようとしたらケーブルが外れたり、 デビュー前日には、ゴンドラを固定する器具に欠陥がみつかって運転取り止め。 トラブル続きに、ブレア首相も頭をかかえたとか。 でも、いまや、ロンドン名物として定着しました。 次女、 「じゃぁ、ハロッズ(HAROODS)で、お茶にする?」 奥方、長女、口をそろえて、 「ああ、いいわねえ」 「ロンドンときたら、おいしいお茶よねえ」 オトーサン、 「....」 単眼鏡を持参してきたので、 どこかの美術館へと思いはじめていたのですが... すでに、多勢に無勢でした。 チューブのGREEN PARKで乗り換え、KNIGHT BRIDGEで下車。 ハロッズは、駅のそば。 日本橋にある三越本店に似た建物です。 中へ一歩足を踏み入れると、 その豪華絢爛、重厚壮麗なこと、三越の比ではありません。 「あれっ、ここ、はじめだ」 前回、来たような気がしていましたが、 どこかの百貨店のハロッズ・グッズ・コーナーだったのかも。 「おお、テディベアがある! たくさんある」 大小さまざまのテディベアが陳列されています。 奥方、 「これ、おみやげにどうかしら?」 新婚早々の息子のお嫁さんなら、喜ぶかも。 タータン・チェックのひざ掛けもあったのですが、 「へえ、1万5000円もするの?」 オトーサン、 「フード・コ−ナーだけは、見ておきたいなあ」 流通業に関心があるので、おねだり。 「いやぁ、こりゃ、スゴイ!」 あちこちの百貨店の食品売り場をみてきましたが、ここが一番豪華です。 「三越なんて、メじゃないなあ」 長女、 「何言っているのよ、比べるのも、おかしいわよ。  日本の百貨店って、惨めったらしいわ。  歩きにくいし、コーナーも狭いし...」 奥方、 「婦人服売り場なんて、まるで不用品置き場」 長女、 「ネクタイなら、ネクタイの売り場が点在してるのよねえ」 オトーサン、 「日本の百貨店は、委託販売でダメになったんだ」 次女、 「よくあれで、みんな我慢してるわねえ」 奥方、 「でも、三越がステキ、松坂屋がいいっていうひと、多いわよ」 長女、 「それ、冗談でしょ」 オトーサン、 「ブルーミングデールも、ここの影響を受けてると思わないか?」 長女、 「そうかもね」 オトーサン、 「ニーマン・マーカスより、豪華かも」 長女、 「また、変なこと言う」 次女、 「ちょっと見せたい場所があるんだけど」 オトーサン、 「へえ、どこにあるの?」 次女、 「地下よ」 家族そろって、どやどやと地下へ。 「この辺、エジプトみたいだ。なんでだろ?」 次女、 「ここよ」 小さな噴水があって、花輪の上にカップルの写真が飾ってあります。 足もとの泉には、お賽銭が投げこまれています。 長女、 「この女性、ダイアナさんじゃない、なんで?」 次女 「ダイアナさんのお相手が、このひとなのよ。 ハロッズのオーナーの息子さん」 オトーサン、 「えっ、ハロッズのオーナーは、エジプト人なのか。 ...ここに、DODI AL FAYEDって書いてあるけど、 パリのトンネルで一緒に激突死した、あいつか?」 次女、 「そうなのよ、ダイアナさんの婚約者」 オトーサン、 「それで、息子の死を悼んで、 自分のデパートに、息子の祭壇を設けたのか。やるなあ」 次女、 「みてみて、このダイヤモンド」 長女、銘文を読んで、 「運命の日にプレゼントされたもの。へえ...」 奥方、 「どこどこ?」 次女、 「ほら、そのシャンパン・グラスのそばよ」 奥方、 「あら、大きいわねぇ、何億円もしそうね」 オトーサン、 「....」 奥方の思いが、わが家の経済力に及ぶ前に、 早々にその場を立ち去ることにしました。 オトーサン、 ハロッズ・カフェの雰囲気の上品さに驚きました。 時間が、ここだけは、ゆったり流れているようです。 「いやぁ、イギリスの紅茶は、うまいなあ」 奥方、 「ほんと、おいしいわねぇ」 長女、 「葉っぱが、違うのかしら?」 次女、 「勿論よ。それに、入れ方もあるわよね」 奥方、 「水もちがうし」 オトーサン、 家族4人がそれぞれ、別の銘柄を頼んだのを いち早く飲み比べて、 「オレは、やっぱり、アールグレイがいいなあ」 次女、 「あたしも、アールグレイね」 奥方、 「このアフタヌーン・ブレンドも、なかなかいいわよ」 長女、 「あたしは、あっさりしたアッサムが好き」 オトーサン、 「ダージリンは、どうだい?」 奥方、 「おいしいわよ」 オトーサン、 「日本でも、だいぶ紅茶がおいしくなったけどなあ」 女性陣、声をそろえて、 「ぜんぜんーん」 奥方、 「ほんと、ここのは、みんなおいしいわぁ。  スコーンも、おいしいし、  その上にのせたクロッテッド・クリームも、  ジャムもおいしいし。  あたし、もう、お腹いっぱい、幸せ」 オトーザン、 「Bill!」 とウエイトレスに声をかけながら、 しみじみ思いました。 「この程度なら、オレでも余裕で、払えるぞ!」


6 パリへパリへと心は逸る

オトーサン、 ロンドンのホテルで目覚めます。 「あれっ、まだ4時か」 ロビーで、この旅行記を書きはじめました。 奥方を起こさないように、そっと部屋を出たのですが、 薄暗いなかで時計の針を見まちがえたようです。 5時だと思っていたので、1時間まちがえていました。 「まあ、いいや。はじめよう」 でも、昨日の疲れが残っているのか、筆が進みません。 「まあ、いいや、残りは、明日に回そう」 日記のつもりですから、サボルと翌日が辛くなります。 それを繰り返していると、夏休みの宿題状態。 帰国してから、天気を聞いたりすることになります。 オトーサン、 1時間半ほどして、部屋に戻ります。 「あれっ、もう起きていたの?} 奥方が、ベッドで読書中。 「今朝は忙しいからね」 そうなのです。 ロンドンには、たったの2泊で、もうパリへ移動するのです。 オトーサンと奥方、 6時50分に、ロビーに集合しましたが、 もう娘たちが、支払いをすませていました。 次女、 「あなたの引退記念に、今回の宿泊代は、あたしたちが持つからね」 オトーサン、 「えっ?」 思いもかけない話しなので、呆然とします。 「だって、お前の修士号の記念旅行じゃないか?」 長女、 「32年vs2年だから、重みがちがうよ」 一瞬、ジーンときました。 持つべきものは、いい娘たち。 オトーサンたち、 チェックアウトをすませて、 7時に朝食堂が開くのを待ちかねました。 7時10分には、ホテルを出発し、 8時に、パリ行きのユーロスターの出るWATERLOO駅へ。 雨が降っていたので、チューブで行くのはやめて、 タクシーを呼んでもらいます。 「へえ、新型なんだ」 「昔のほうが、味があったねえ」 新型は、丸いデザインになって、やや小ぶり。 後部座席が向かい合わせというのは、同じでした。 オトーサン、 「雨のロンドンも、いいなあ」 長女、 「昨日の夜、ここらあたりまで来たのよ。  イルミネーションがステキだった」 「食事はどうしたの?」 「パブに入ったけど、食事はなくて、  インスタント・ラーメンを買ってホテルで食べた」 「なーんだ」 「でも、インスタント・ラーメンって、おいしいわよねえ。  特に冬のロンドンでは」 奥方、 「あれ、何だっけ?」 次女、 「ウエストミンスター寺院よ」 「10年前に行ったなあ、ダイアナさんの結婚する1年前だった」 「へえ、そうなの?」 奥方、、 「あれは?」 「ビッグベン、いま渡っているのが、テームズ河」 オトーサン、 本音を吐きます。 「あの大観覧車、一度乗ってみたかったなあ。  お前たち、ロンドンを馬鹿にしすぎだよ、  すぐに、パリに行くなんて。  半年前に行ったばかりだろう」 長女、 「そうよねえ。  でも、やっぱり、パリのほうがいいわお」 奥方、 「大体、食事が不味すぎるわよ」 オトーサン、 「コーヒーもますいし」 次女、 「紅茶と公園だけね、いいのは」 オトーサン、 「修士号をもらっておいて、そりゃないだろう」 次女、 「だって、事実なんだもん」 英国が育てた言論と思想の自由は、 次女にとっても、空気のようなものなのでしょうか。 オトーサン、 ユーロスターでは、 2時間半、ずっと寝ていました。 電源もないし、椅子も倒れないので、 パソコンも、読書もやる気になりません。 2人分の椅子を占領して、ベッド代わりにしていました。 たまに外をみると、フランスののどかな田園風景が雨に煙っていました。


7 アメリの世界

オトーサン、 「パリは、雨か」 成田空港でチェックした天気予報では、曇りでした。 北駅では、タクシー乗り場に長蛇の列。 我慢して並びます。 ようやくプジョー306SWがきて、荷物を入れると、 トランクのふたがようやく閉まりました。 車窓から、パリの街を眺めます。 「なつかしいなあ、いつ見ても、いいなあ」 半年ぶりのパリですが、そんな感慨なきにしもあらず。 やはり建物の高さを7階建てで揃えたことにあるのでしょう。 灰色の壁と白い窓の連なりが、何ともいえません。 オトーサン 「おお、いいホテルだなあ」 パリを東西に貫ぬくHaussmann大通りに面していて、 ギャラリ・ラファイエットから100mという好位置にあります。 その名は、HOTEL AMBASADOR。 大型高級ホテル、4つ星です。 305号室と306号室、隣合わせでした。 部屋を一通りチェックすると、奥方と話が弾みます。 「いい部屋だねえ。ロンドンのよりいいね」 「それに朝食だけでなく、お夕食も1回タダなんですって」 「何泊するんだ?」 「3泊よ」 「そうかい?」 「そうよ」 (注;本当は、4泊でした。  2人とも、今回は、次女に任せ放しでした) 「ところで、これからどこにいくの?」 「さあ?」 ロビーで落ちあった娘に聞きます。 「モンマルトルよ」 「へえ、久しぶりだなあ」 オトーサン、 その昔のことを鮮明に思い出しました。 駅を降りて 急坂をのぼってモンマルトルの丘に建つサクレ・クール寺院へ。 その途中、絵描きたちがたむろする広場がありましたっけ。 大聖堂からの景色を味わってから、丘を降りたところで、お茶。 布地街を歩いていて出会ったのが、TATI。 「何、この値段!」 ピンクの格子柄に青い店名も、すっかり有名になりました。 アルジェリアのユダヤ系大家族が1948年に創業。 オトーサン、 メトロの行き方を迷っている長女に示唆。 「STARINDLADで乗り換えてAUBERで降りればいい」 「そう?」 AUBERに近づくと、そこは、もうTATIの世界。 高架鉄道にそって、ずらっとTATIの店が並んでいます。 「ほら、あれがTATIだ」 次女に言いましたが、なぜか見向きもしません。 駅を降りると、正面にモンマルトルの大聖堂がそびえています。 雨がかなり激しく降っています。 「おお、変わったなあ」 まるで参道入り口の商店街のようになっています。 右側がTATIで、左側がSYMPAなる競合店。 衣類がワゴンに山積み状態。 有色人種も多く、みんなが夢中になって 掘り出しもの探しに血眼になっています。 ブランド好きの次女までが、安物探し戦線に参加。 オトーサン、 1階の女物売り場に飽きて、 SYMPAの2階へ行ってみました。 雨対策にグレイのウインド・ブレーカーを買うと、もう用事完了。 戻って、奥方に、 「14.99ユーロは、安いだろう」 「ああ」 奥方も、娘たちも空返事。 オトーサン、 「女って、不思議な生き物だなあ」 緊急避難で、近くのCOLUMBAS CAFEで休みながら、 あらためて、そう思いました。 1時間も待っていると、眠くなってきました。 (注:このCOLUMBAS CAFE、スターバックスのフランス版で、 すでに40店舗ほど展開しているそうです) 女性陣が戻ってきました。 「お待たせ、そろそろ行きましょうか」 「そろそろじゃないよ、1時間以上待ったよ」 「そうお?」 女性陣、反省の色どころか、 獲物をゲットした狩人の喜びにあふれています。 お茶も注文しないで、獲物を自慢しあっています。 オトーサン、 先頭に立って、 メリー・ゴーラウンドのほうに向かいます。 長女、 「パパ、ここ"アメリ"に出ていたわよね」 「そうか?」 次女、 「あたし、"アメリ"、5回見たわ」 そういえば、次女にDVDを買ってやりました。 「左手にケーブルカーがあるだろう」 長女、 「そうね」 「乗らないか」 長女、 「歩きましょうよ、このくらい」 階段をどんどん登っていくではありませんか。 息を弾ませて登り切りました。 オトーサン、 「いい眺めだなあ」 テラスから見晴らすパリの景色は、 雨に煙って、灯りがともる頃とあって、ロマンティックです。 「大聖堂に入るかい?」 「もちろん」 ベンチに座って休憩。 5時から、聖歌隊の賛美歌斉唱がはじまりました。 「いいもんだなあ」 薔薇窓の美しさもそうですが、 音響効果も、たいしたものです。 ソプラノが魂にしみいるようです。 その昔、神に少しでも近づこうとして、 大変な技術開発があったのでしょう。 「いまは、少しでも、お金に近づこうとしてる。 まったく、ひどい時代になったもんだ」 オトーサン、 「この辺も、俗化したなあ」 テルトル広場(Place de Tertle)も、 お土産物屋だらけになりました。 名物の似顔絵描きたちも、お金大好き人間のご様子。 長女に聞きます。 「どこに行くの?」 「CAFE DE MOULIN、"アメリ"のカフェよ」 「へえ、そんなのがあるんだ」 道を何度も聞いて、ようやくたどりつきました。 「どうってことないお店だなあ」 店の奥にアメリのポスターが飾ってなければ、ただのカフェ。 でも、日本人の女の子たちがいます。 長女、 「ここで、食べていこうよ」 オトーサン、 「こんなところ、うまくないぞ」 長女が、なぜか固執します。 「せっかく来たんだからさぁ」 NYで、彼女に出合ったことがあるためのようです。 「小柄で、激ヤセだったよ」 オトーサン、 「やっぱり、ヒドイ店だ」 クロック・ムッシューを頼みましたが、 ただのチーズバーガー。 それも、だらしない草鞋状態。 おそらくパリで1、2を争う不味さでしょう。 地球の歩き方には、 ここまで書いてありませんが、愉快なこともありました。 店員が飼っているブルドックがいるのです。 店内をくるぐる、めまぐるしく動きまわっています。 なぜか、オトーサンのところには来ません。 でも、不味いパンを一切れやったら、 手のひらを返したように、なついてしまいました。 テーブルの脇に座って、じっと待っています。 「ブルも、結構、かわいいなあ」 日本人の女の子が席を立って、聞きにきました。 「あのー、メニュー読めないんですけど、 どれが、いいのかしら?」 親切に教えてあげましたが、内心、つぶやきました。 「少しはフランス語を勉強してから、パリに来いよ」 オトーサン、 駅の前で、 案内係を任じてきる長女に一応聞きます。 「帰りは、どこから乗る?」 「次のピガ−ルまで歩こうよ」 「えっ?」 呆気に取られました。 ピガールといえば、世界有数のピンク地帯。 道の両側にセックスショップ。 あの歌舞伎町よりもすごい場所です。 若い娘が、夜中に出歩くところではありません。 でも、この夜は無事でした。 家族連れだからよかったのかも。 それとも、SYMPAの袋をみて、 客引きや強盗どもが、近寄らなかったのかも知れません。 オトーサン、 有名なMOULIN ROUGEの風車が見えてきて、ホッとしました。 相変わらずの長蛇の列でした。


8 パリでカフェオレ

オトーサン、 「いま何時だろう?」 1回目に起きたのが、午前1時。 奥方のいびきを聞きながら眠って、3時にトイレ。 いびきが収まったので、寝入って目覚めたのが、5時半。 「もう起きてもいい時間だ」 日本でも、この時間には起きています。 「さて、どこへ行くか?」 奥方を起こさないように、 旅先でトイレでパソコンをやったこともありますが、 やはり、ロビーへ。 誰もいない広々した場所ですが、 パソコンをやるには、テーブルと椅子があれば、ダイジョウブ。 でも、電源がないのが大問題。 それに照明の明るさ。 「明る過ぎず、暗すぎず」 そろそろ、ホテルも、工夫したらいいようなものです。 ビジネスセンターを設けているホテルも増えましたが、 殺風景な部屋では、旅行記を書く気分になれません。 (注;後に判明しましたが、 このホテルときたら、使用料を15分単位で取るのです) オトーサン、 小1時間ほどして、部屋にもどりました。 「お風呂に入ろう」 これは、今回の旅行中、はじめて。 「あなた、汚いわよ、シャワーくらい浴びたら」 そう言われると、老年反抗期ですから、意地でも入れません。 でも、3日分の汗がたまると、不愉快このうえなし。 バスタブにお湯をいっぱい入れて、ご入浴。 ついでに、着替え。 オトーサン、 ロビーへ舞い戻ります。 もう7時、早出の客で、あわただしくなています。 「外に出てみようか」 幸い、雨は降っていません。 気温も、セーターで間にあう程度。 「パリの朝は、いいなあ」 清掃車が街を清め、街路を水を流しています。 洗いたてのシャツのような街。 パリまできて、朝寝坊しているひとの気が知れません。 オスマン大通りをギャラリ・ラファイエットと反対に散歩しました。 ほどなく、前方にマクドナルドのサイン。 「コーヒーでも、飲むか」 幸い、ポケットには、60ユーロ。 「でも、パリで、マクドナルドというのも、つまらんなあ」 幸い、手前に、マック風の内装の店がありました。 その名は、"POMME DE PAIN" 「ここにしようっと。POUSSEZは、押すんだっけ」 ドアをあけて未知のお店に入る時って、いいもんです。 メニーを見ると、 クロワッサンとカフェオレだけで、2ユーロ。 「260円か、マックより安いなあ」 ホテルの朝食が待っているので、食べすぎは禁物です。 女の子が、クロワッサンと何も入っていない紙コップをトレイに。 「コーヒーはどうしたの?」 一向に注いでくれる気配がないので、見回すとマシーン。 「そうか、自分で入れるんだ」 そのとき、紙コップから、小銭がポトン。 「あれっ?」 しばらくして気づきました。 これ、2ユーロと引き換えにくれたダイムだったのです。 これをマシーンに入れると、コーヒーが出るというわけ。 「汚ねえなあ」 そのまま、紙コップにコーヒーを入れてしまいましたが、 後で考えると、お湯で紙コップをゆすげば、よかったのです。 それにしても、日本では考えられない衛生観念です。 オトーサン、 クロワッサンを一切れ。 「美味しい!」 ミルクをいれてカフェオレにして一口。 「美味しい!」 どうして、パリの食べ物って、こんなに美味しいのでしょう。 たかが、クロワッサンとカフェオレ。 たった2ユーロなのに、この口の中に広がる幸福感。 もう街が明るくなってきました。 クルマも、人通りも、あわただしくなっています。 「もう8時かぁ」 ホテルへ戻る時間です。 奥方も、もう起きているでしょう。


9 無事が何より

オトーサン、 部屋に戻って、カーテンを開けます。 曇天ですが、まぶしい光が部屋に流れこみます。 「おい、起きろ」 「いま、何時?」 眠そうな奥方の声が返ってきます。 「8時だ」 「あら、もう9時5分なの?」 「9時?」 デジタル時計の数字が9:05を指しています。 「そうか、時差が1時間あったんだ」 「朝食は、何時まで?」 「知らん。オレ、もう外ですませてきた」 ちょうど、そのとき、次女から電話。 「あの、出かけるわよ」 「だって、ママ、いま起きたところだよ」 「何やってるのよ。パパは?」 「もうとっく起きて、外で食べてきた」 「何やってるのよ、2人とも。  ホテルの朝食、ちょっと食べてごらん、おいしいから。  あたし、もうお昼ごはんいらないくらい食べたわ。  じゃ、あたしたち、10時にロビーで待ってるからね」 「ああ」 トイレに駆けこんだ奥方にいいます。 「10時にロビーで待ち合わせだとさ」、 オトーサンたち、 9時30分に食堂へ。 奥方が、超特急で朝食を終えたのが、9時45分、 「おいしかったわあ」 「...そうかい?」 内心、そう思ったのは、 外で食べたクロワッサンが、実においしかったからです。、 野菜サラダが置いてないのも、気になりました。 「出遅れたので、なかったのよ」 でも、ハム、トマトのファッジ、フルーツサラダ、ヨーグルトなど、 ホテルの朝食ならではメニューの豊富さは、なかなかのものでした。 オトーサンたち、 10時、何とか定刻にロビーに集合。 「今日は、どこに行くの?」 長女、 「サンジェルマン・デプレでお買い物、 そのあと、サンルイ島で夕食よ」 これまで何度か娘たちの買い物につきあって、 こりごりしているので、 別行動をしようと思っていたのですが、行き先が魅力的でした。 「じゃ、行こうぜ」 長女は、乗り換えがキライ。 サン・ラザール駅まで歩きます。 でも、ギャラリ・ラファイエットやプランタンもあるので、 いい散歩コースです。 「どこで、降りるの?」 「Rue de Bac」 さすが、記者だけあって、下調べは万全のようです。 オトーサンたち、 途中、2つハプニングで出会いました。 ひとつは、改札を通過できない事件、 原因は、マシーン不調といいたいところですが、 カルネを入れて、抜き取るタイミングのミスでした。 オトーサンの株は、5円安。 もうひとつは、メトロが突然停車したのです。 車内灯も消えました。 奥方がささやきます。 「人身事故?車両故障?テロ?何って言ってるの?」 フランス語の車内放送があるのですが、 オトーサンの語学力では、残念ながら聞きとれません。 「...分からん、早口で」 そう答えて、合計10円安。 オトーサン、 やけっぱちになって、 「まあ、何とかなるだろう、心配するな」 実際、何とかなりましたが、 後で、スペインの通勤列車爆破テロのようなことが パリで起きていたらと思うと、ゾッとしました。 何といっても、旅は、無事が一番です。


10 サン・ジェルマン・デ・プレ界隈

オトーサン、 娘たちの靴屋街での買い物につきあわされて、 さすがに飽きてきたところです。 「いいわあ、パリって、ちがうのね」 次女の買い物熱心は分かるとしても、それが尋常でないのです。 1軒1軒入っていって、棚の品物を手にとらないと気がすまないのです。 「外から見れば、大体分かるでしょうに」と長女もぼやくほど。 待っている時間って、長いものです。 昔は、やることがなくて、困ったもの。 オトーサン、 最近は、コツを覚えました。 パリならではのクルマの路上観察を行うことにしました。 今回気づいたのは、プジョー206の大躍進です。 スマートと新ミニも目立ちます。 ルノー勢やフォルクスワーゲン勢は、 数は多いものの、デザインが古くて、影が薄く感じられます。 日本では、滅多にお目にかかれないクルマにも出会えました。 ランチアです。 リア・ランプの形状が新型マーチに似ています。 「ところで、アルファ・ロメオ、いないかなあ?」 数ケ月前に買ったばかりなので、気になります。 長女に見せてやりたいのですが、うまくいかないものです。 この日、見かけたのは、たったの1台。 黒の新型147だけ。 それも、長女のいないときなので、残念でした。 NY在住の彼女は、わが家のアルファをまだみていないのです。 「アルファといえば、赤だけど、黒もいいなあ」 派手な盾型グリルが似合います。 オトーサン、 ようやく昼食をとれることになりました。 長女、 「レストランお店選びは、パパにまかせるわ」 オトーサン、 「もう残り少ない食事だから、一食一食、大事にせんとなあ」 次女 「その調子じゃ、まだ何遍も食べられるよ」 口の悪い娘です。 オトーサン、 サンジェルマン・デ・プレ通りに面した繁盛店を選びました。 その名は、Vagenende。 店の前にカキが並んでいて、 ひとの好さそうなおじいさんが笑いかけてきます。 次女、 「ここ、ここ、このお店に入ろうよ!」 「レストラン選びは、オレの仕事だろう」 次女、 「でも、絶対ここがいいわ」 留学したせいか、自己主張が強くなりました。 オトーサンたち、 生かき、エスカルゴをそれそれ12ケ、 サーモンのタルタル1皿、オニオン・スープを1杯を注文しました。 ビールの小瓶も2本。 ギャルソンが、 そんなんで足りるのという顔をしますが、構いません。 「このくらいで、十分よねえ」 「大体、量が多すぎるよねえ」 「朝ごはん、お腹いっぱい食べたからねえ」 心配したお味のほうは、みんなおいしくて、大満足でした。 オトーサン、 得意になって解説をはじめます。 教えクセが抜けないのは、困ったものです。 「おいしい店をみつけるコツは、ガイドブックに頼らないこと、 業者の思惑が入って、当たり外れがあるからね。 大体、ミシュランだって、あやしいし。 中年女性が会食しているお店は、おいしいんだ。 何しろ、食事に命をかけているからなあ」 「は、は、言えてる。あたしたち、マックでいいからね」 「女も30過ぎたら、生活の幅を広げろよ。 ステキな帽子をかぶるとかさあ」 オトーサン、 となりに座った奥方をみやります。 赤い丸い帽子を目深に斜めにかぶって、控え目にしています。 こういうのを「猫を被っている」ともいうのです。 いま、奥方は、女優気分に浸っているのです。 実は、その帽子、 さきほど、ボルサリーノなる帽子の世界的な名店を発見して、 お値段をみて、迷っているようなので、プレセントしたもの。 奥方は、 「あたしは、帽子が似合うタイプだからねえ」 日頃、そう自慢していますが、 ハンサムな店員による帽子のかぶり方教室には、 ほとほと「脱帽」したようです。 帽子というのは、かぶる角度、つばの曲げ方、そして向きによって、 さまざまな表情を演出できるのです。 店員が調節すると、どこかの女優さんに見えてくるから不思議です。 娘たち、 「うわー、キレイ」 なかなか褒め上手です。 娘たちにも、トライさせましたが、 「うーん、わが娘は、こんなに美人だったか」と思うほど。 「似合うぞ、お前たちにも買ってやろうか?」 でも、断わられました。 いま現在は、靴や洋服優先のようです。 そこで、上のような発言になったわけ。 昼食後、 次女が無理難題。 もう一度、先程の通りに戻ると言出だしました。 見残した店があるというのです。 長女が地図をみながら、案内しました。 ところが、道に迷いました。 ようやく舞い戻ってから、また新しい街路探し。 ST SULPICE教会に出たり、ボン・マルシェに出たり、 近代的ショッピングセンターのマルシェ・サンジェルマンに出たり。 道を聞いても、英語は通じませんし、場所を知らないひともいます。 1時間も聞き歩いて、目的の街路を発見しました。 CHERCHEZ-MIDI通り。 ステキなお店が並んでいます。 これでは、また優に2時間くらいかかりそう。 オトーサン、 さすがにしびれをきらして、 「じゃ、オレ、この通りの先の喫茶店で待ってるからな」 2時間待ちを覚悟で、 不動産のパンフレットを片手に店に入ります。 戸外の街路に面した席ですが、 防寒のために透明のビニールカバーで覆っています。 カフェ・オレを注文して、くつろいでいるひとの仲間入りをしました。 オトーサン、 「夢の16区暮らしは、高くつくなあ」 16区、PASSYのアパートを買うと、 78平方メートルで2部屋の物件が、465,000ユーロ。 「日本円で、5000万円か」 112平方メートルで4部屋のが、790,000ユーロ。 「1億円か、高いなあ」 パリ市内で、一番安い部屋を探してみました。 「あった!」 17区のSTUDIOで、73,000ユーロ。 場末のワンルームなら、1000万円台のようです。 パリも、日本の都心とそう変わらないお値段のようです。 午後5時。 「お待たーせ」 長女が元気にやってきました。 彼女、気をつかってくれたのでしょう。 30分待ちですみました。 奥方と次女の現れたのが、その30分後。 あわただしく、トイレを使って、 長女のカフェ・オレをすすって、 「パパ、あたしたち、これから1時間半ほど、 サンルイ島まで行くけど、どうする?ホテルに帰る?」 オトーサン、 老骨に鞭打つとはこのことだと思いながら、 元気よく答えました。 「いや、元気になった。つきあうよ」


11 サン・ルイ島の夕食

オトーサン、 ポン・ヌフからノートルダム寺院へ。 お定まりの写真を撮ってから、サン・ルイ島へ サン・ルイ島は、久しぶりです。 「ずいぶん、お店が増えたなあ、鎌倉状態だ」 中央を走る1本の路地の名は、Saint-Louis en l'lle。 その両側に、こじゃれたお店がズラリ。 クリントン大大統領の写真をみつけました。 大統領時代におしのびでやってきたスパイス専門店です。 「かわいいお店ねえ」 各種のスパイスの瓶がずらっと並んでいます。 奥方は、ブルーの塩の瓶が気に入ったようです。 「これ、おみやげにいいわ」 次女は、興味がないらしく、店を出ていきました。 探すと、路地の反対側のお店。 なにか試食しています。 「何それ」 「おいしいわよ、パパも食べてみて」 みると、フォアグラのようです。 1瓶、76ユーロでした。 「おれは、いいよ」 日本では、百貨店でもスーパーでも試食派ですが、ここは別。 試食でもして、買わされたら大変です。 オトーサン、 「おーい、食事に行こう」 先程のスパイス屋のおばさんに書いてもらった おいしい店を目指します。 ノートルダム寺院から、サン・ルイ島に通じる橋を渡ってすぐなので 分かりやすい場所にあります。 "BRASERIE DE I'LE ST.LOUS" 日本人客はカモなのか、奥の一番いいテーブルに案内されました。 「何食べる?」 フランス語メニューでは、分からないだろうと、 日本語メニューが出てきました。 でも、こちらは、値段の記入なし。 和仏対比に、時間がかかります。 奥方、 「じゃ、あたしは、舌びらめのムニエルにするわ。高いけど」 主菜のうちで、お値段が一番高くて、26ユーロもします。 オトーサン、内心ひそかにのやきます。 「オレが払う時に限って、高いもの注文するなあ」 長女、 「あとは、サラダ1皿とチキンのワイン煮1皿でいいでしょ?」 オトーサン、 「ああ、十分だ。でも、白ワインはいるよ」 奥方、 「あたしは、いらない。お水でいい」 オトーサン、 「お前、いらないっていうけど、舌びらめだぜ」 長女が、調停役をやってくれます。 「じゃ、白ワイン、グラスにしましょう。2つでいいでしょ?」 奥方、 「そうね」 ギャルソンが戻ってきました。 舌びらめはない、エイではどうか、そう言うのです。 奥方が、憤慨します 「エイは、イヤよ、大味で」 オトーサン、 席を立つふりをして、 「この店、やめるか?」 奥方、 「...じゃ、あたし、タラでいいわ」 一件落着して、長女がまとめて英語で注文。 ギャルソン、 "C'est Tout?"(これだけ?) オトーサン、 "Oui!"(そうだ、悪いか?) 奥方、 舌びらめがなかったのでゴキゲン斜め。 「...この店、ちょっと気分悪いね」 オトーサンたち、 1時間後、上機嫌で、店を後にしました。 お腹がいっぽいになって、 セーヌ川の夜景をみるのも、またいいものです。 長女、 「おいしかったわー」 奥方、 「あのタラ、スモーク味がよかったわね」 次女、 「チキンのワイン煮、すごくおいしかった。  チキンがちがうのよ、身がしまっていて。  ソースも絶品だった」 オトーサン、 「応対はハテナマークだったけど、味は最高だった」  オトーサンたち、 Pont-Marieから、6駅目のCHAUSSEE D'ANTINへ。 ホテルに着いたのは、午後9時。 そのまま、ベッドに倒れこみました。 おそらく、この日、3万歩は歩いたでしょう。 しばらくして、ドアをノックする音。 あけると、廊下に次女。 今日、買ってきたばかりの純白のスーツを見て、 その下にマリンカラーのTシャツ。 「いいわねえ、いいわー」 奥方のほめること、ほめちぎること。 2人の手放しの喜びように、 オトーサンも巻きこまれて、 図らずも、褒め言葉が口をついてきました。 「よかったなあ。いいもの買えて。 ほんと、今日一日、苦労した甲斐があったよ」


12 失われたマフラー

オトーサン、 例のごとく6時に起きて、ロビーへ。 45分も書くと、少し疲れて気分転換に外に出ます。 「まだ、暗いなあ」 でも、街は、ひんやりとして爽快な気分。 昨日の朝は、7時だと思っていたら、 ロンドンとパルの時差1時間があって、実際は、8時でした。 今朝は、外出が1時間早かったせいか、お店が閉まっています。 マクドナルドも、お気に入りのパン屋も、まだ開いていません。 人通りも少なく、開店準備のひとや道路清掃車だけ。 深緑と浅緑に塗りわけられ清掃車と作業員の出番です。 「もう少し、散歩するか」 昨日とは、ちがう方向に歩いてみました。 オトーサン、 「おお、こんなところにCitadelleがあった」 ホテルからワンブロック先を右折したところにありました。 かつて何度も泊ったアパートメント・ホテルです。 玄関に近づいて、なかを覗き込みます。 そとき、不意に、記憶がよみがえってきました。 「そうそう、マフラーを忘れて、大騒ぎしたんだ」 次女が、出発する段になって、突然言い出したのです。 「マフラー忘れた。取りに行かなくては」 オトーサン、 飛行機の出発時間から逆算して、あせります。 「あきらめろよ、乗り遅れたら大変だ。また、買えばいいだろう」 「ダメ!」 オトーサンからすると、 マフラーなんて、タオルに毛の生えたようなものですが、 どうしてどうして。 次女にとっては、パリではじめて買ったマフラー、 探しに探して手に入れた薄紫色、 それにあわせて、衣類も買いととのえたかけがえのない逸品。 それをあろうことか、 ベルギービールと牡蠣で有名なレストラン「レオン」に 昨夜、置き忘れてきたようなのです。 「パパ、フランス語しゃべれるでしょ、行ってよ」 レオンまで駆けつけ、店員に問いただしました。 いろいろ調べてくれましたが、結局、見つかりませんでした。 「あれは、2年前、英国留学中のことだったなあ」 勉強の骨休みに、パリに遊びに行こうと誘ったときのことでした。 「あのマフラーの写真、残ってないかなあ?」 以下が、そのいわくつきのマフラーです。 その失われたマフラーは、 いま着けている赤いマフラーよりも、次女に似合うような気がします。 でも、この写真では、次女にもご注目あれ。 目標を持っている人って、誰でもそうですが、ステキですねえ。 オトーサン、 すっかり懐旧の念に浸っています。 「なつかしいなあ。毎朝パンを買いにきたっけ」 Citadelleは、アパートメントホテルですから、自炊生活。 面倒なようですが、これがまたいいのです。 市場で新鮮で珍しい食材を入手したり、 ギャラリウラファイエット・グルメで高級惣菜を購入。 それで夕食を楽しみました。 ホテルの前にあるパン屋さんに、毎朝通うのも楽しみでした。 焼きたてのバゲットの匂い、 近所のおばさんたちとの会話。 憧れのパリ暮らし気分を存分に味わったものでした。 でも、このパン屋さん、まだ開いていません。 オトーサン、 「どこか開いているところないかなあ? あった!」 1軒だけ、ブラッスリーが開いていました。 そうじのおばさんが、奥の客席を消毒中。 血色のいい禿頭のおじさんが仕切っています。 赤シャツ、黒いズボンで、伊達眼鏡を着用していて、オシャレです。 大声で、聞いてきます。 「カウンターか、テーブル席か?」 「あっち」 顔をテーブル席に向けます。 「何にする?」 「これ」 カウンターの籠に盛ったパンを指さします。 ほぼ身振りで、すべての会話が成立したことになります。 "これ"は、チョコレート・デニッシュです。 オトーサン、 ひとり席について、カフェ・オレをすすります。 冬の朝の最初の一杯は、格別。 幸福が、五臓六腑にしみわたります。 でも、デニッシュは、冷えていてイマイチ。 やがて、パソコンで旅行記の執筆に没入していきました。 ノルマは、ロンドンの部分に手をいれること。 今朝は、筆が冴えているようです。 「おっ!」 隣りに美人が着席しました。 漆黒の髪、浅黒い目鼻立ちのくっきりした顔立ち。 チュニジアあたりの出身でしょうか。 その美人が紫色のマフラーを着用しているのです。 次女がなくしたのとは、やや色合いのちがう紫色。 連れはとみると、口髭をはやした色男。 肌色から判断すると、こいつはフランス人のようです。 口論が、はじまりました。 痴話喧嘩でしょうか、早口高音のやりとり。 女が、そっぽをむいたりします。 「この野郎!女を悲しませやがって」 やがてふたりが仲直りしたようで、声が静かになりました。 浅黒美人がうっとりしたような目つきで 紫色のマフラーに頬を埋めて男をみつめています。 オトーサン、 「このふたり、さては、できてるな」 そんな他愛のない嫉妬心が湧いてきて、 肝心の筆が進まなくなりました。 旅行記録から、品位というものが失なわれていきます。 「...プルーストじゃないんだから、丁寧に書きこむこともないか」 でも、この手抜きが、凡人と文豪の差なのです。


13 靴を買うということ

オトーサン、 ホテルに戻ると、 廊下を小走りにやってくる奥方に出会いました。 「もう起きたのか?」 「食事に行こうと思って」 奥方、昨朝の出遅れがよほど身にしみているようです。 「サラダがなかったのよー」 娘たちがやってきません。 「よほど、疲れたのねぇ」 「そりゃ、そうだろう。  あれだけ血まなこになって、一日中歩き回っていたら」 オトーサンたち、 10時、ロビーに集合しました。 「今日は、オシャレしたよ」 娘たちは、パーティに出席するのかと思うような衣装。 長女は、黒いドレス。 次女は、昨日買ったばかりの薄緑色のスーツ。 首に紫色のマフラーを巻いています。 「あれっ、いつ買ったんだ?」 奥方も、なにやらドレスアップ。 あのボルサリーノの帽子が決まっています。 オトーサンだけ見劣りします。 安物の黒いウィンド・ブレーカー姿です。 オトーサン、 「どこに行くの?」 「オペラ座を見学して、それからフォーブル・サントノーレに」 「何?あのブランド街へ?」 おねだりされるのではないかという強い警戒心が湧いてきました。 でも、その言葉を飲み込んで、大人の会話をしました。 「いいかもな。幸い天気もいいようだし」 「あたしたち、ついてるわね」 「雨、曇り、晴れと3つのパリを味わえたんだもんなあ」 オトーサン、 「おい、おい、ここで止まるのか」 次女が足をとめたのは、ホテルから100mも離れていない場所。 フランス靴店と看板にあります。 20ユーロからと貼り札がある安売り店です。 次女 「パリの靴って、安くても履きやすいのよね」 オトーサン、 店のなかでぼやっとしているのも何なので、 思いついて、息子のみやげにと紳士靴を物色しました。 一番安い45ユーロから、 一番高い145ユーロまでチェックしましたが、 履き心地が、いまいちでした。 いま履いているテインバーランドの靴が、良過ぎるのかも。 奥方、 ちらっとみやって、 「おみやげに靴はやめときなさいよ、合わないとムダになるから」 オトーサン、 「お前たち、粘るなあ。いつまで、ここにいるんだ?」 「....」 誰も答えてくれまん。 靴の品定めが1時間も続いています。 つきっきりて応対しているオバアサン店員にも疲れの表情が。 オトーサン、 たえきれず、店の外に出ました。 ちょっと先の"MINELLI"の前で立ち止まります。 お洒落れな靴屋さん。 何年前でしょうか、 この靴屋でも、娘たちの買い物につきあわされました。 そのときも外に出て、 メトロの出入り口を出入りする人々をぼんやり眺めていました。 すると、目の前で起きたのが、窃盗逮捕劇。 若い男が群集を突き飛ばして逃げています。 それを赤信号を無視して追う男。 アラブ系の男と眼つきの鋭い私服警官のもみあい。 それはそれは、すさまじいものでした。 ひとびとが遠巻きにして、見ています。 オトーサン、 「おい、面白いぞ」 娘たちにも見せたかったのですが、 もう店のなかに入れないほどの群集でした。 ギャラリ・ラファイエットの買い物客で賑わう場所なので、 泥棒のいい稼ぎ場所だったのでしょう。 そんな事件があったとは、 思えないほど、今朝は、静かなたたづまいです。 永遠と思えるほどの時が過ぎていきます。 太陽がのぼり、太陽が沈み、月があらわれ、月が消えていきます。 まあ、それほどでもなかったのですが... 次女、 「お待たせ。...あのねぇ」 「ああ分かってる、ホテルに戻れっていうんだろ」 靴が4足。 それも箱入りとなると、 これをもって1日歩くのは、合理的ではありません。 戦利品を置きにホテルの部屋に戻りました。 オトーサン、 ホテルを出直すときに、時計をみました。 もう11時半でした。 「半日も空費か。でも、これで一段落」 でも、それは、甘い観測でした。 次女、 「あのー、悪いけど、もう1足」 立ち止まったのは、さっきのフランス靴店。 「まだ買うのか」 「あとで、後悔するのいやだからね」 サンダルを1足買っています。 オトーサン、 「靴は、もういいだろう。 でも、この先にMINELLIがあるけど、見なくていいか?」 こうなったら、やけっぱち。 次女、 「ちょっと覗いていくわ」 長女、 「あたしもつきあうわ。鞄の良いのがないかしら」 次女は、ここでも、1足ゲット。 長女は、鞄の購入を見送りました。 オトーサン、 「お前、ちっとも買わないなあ。貯めこんでるのか?」 「そう、不動産でも買おうと思ってね」 勿論、これは、冗談でしょう。 靴を買うということは、不動産を買うくらい疲れる仕事なのです。


14 モンブランなら、ここ

長女、 豪華絢爛なオペラ座を仰いで、 「一度、ここでオペラ、見たいわ」 NYでネットで確認したら、もう売り切れだそうです。 「せめて、シャガールが描いたフラスコの天井画ぐらい見たいわ」 入口で、セキュリテイ・チェックをやっています。 日本語ペラペラの黒人青年にバックの中身を見せて、無事入館。 でも、劇場のなかを見るのに、お金がかることが判明。 オトーサン、 「せっかくの機会だから、見ていったら?」 長女、 「今日は、やめとくわ。また、時間のあるときに。 ゆっくり見ないと、損だもの」 オトーサン、 「妹思いだなあ」 とことん、次女の買い物につきあうつもりのようです。 オトーサンたち フォーブル・サントノーレに向かう途中、 日本人コミュニティの中心である 京子食品とジュンク書店をチェックしました。 そばには、ヤマトと日通、そしてJTB。 「昔と変わらんなあ、このみすぼらしさ」 安心したというか、残念だというか。 中古書籍のBOOK OFFが、この辺に進出したと聞いたのですが、 場所は分かりませんでした。 オトーサンたち、 フォーブル・サントノーレに到着。 エルメスをはじめとする有名ブランドが軒を並べる通りです。 「君たち、ブランド買うのか?」 「もう卒業したわよ」 「高校生の頃から10年経てば、変わるのよ」 女も30過ぎると、目利きになって、 ブランドの名声には、だまされないようになったようです。 長女、 「自分に合うものを買わなくちゃね。  あった、ここよ」 この通りで、長女がまず案内したのが、コーヒー屋。 各種のコーヒー豆やドライフルーツが並んでいて、いい香り。 CAFE VERLE、創業1880年の老舗のようです。 「この店、なぜ、いいんだ?」 「ここのコーヒー豆がおいしいって、聞いたから」 長女は、ネットで調べまくったようです。 コロンビアというコーヒー豆を1袋買っています。 しばらくの間、朝の楽しみが増えるでしょう。 オトーサン、 「もっと買わないのか? ウチはいらないか?」 奥方が、クビを振ります。 「コーヒー挽き、ないもの」 すっかり忘れているようですが、 貰いもののコーヒー・マシーンが山荘の戸棚にあります。 「新築記念にもらったのがあるだろう」 「そうだっけ?」 オトーサン、 陽気な女店員に聞きます。 "Q'est ce que cet?"(これなんですか?) "????" 発音が聞きとれません。 長女が英語で聞いて、ようやく干し柿と判明。 "Combien?"(いくら?) 1キロいくらという答えが返ってきました。 1キロも干し柿を買っても仕方ないので、 4つついている枝をみせて、 "Combien?" と聞き直します。 陽気な女店員、 "Non,C'est Cadeux"(上げるわ) オトーサン、 条件反射的に、 "Oh,je t'aime" 最大限の感謝の気持ちを表したつもりでしたが、 彼女、まじめに受け取ったのか、ポっと頬に紅がさしました。 奥にいたおばさんが、腹を抱えて笑いころげています。 彼女、日本語で干し柿が発音できません。 フランス人は、Hの発音ご不得手なので、 「ほしがき」が「おしがき」になってしまうのです。 そんなことで、店の雰囲気が大いに盛り上がりました。 「じゃ、あたしも」 奥方が、コーヒーを1袋買いました。 長女も、コロンビアをもう1袋買いました。 オトーサンたち、 フォーブル・サントノーレの散策を再開。 長女、 「ここよ、やっとみつけたわ」 喜色満面。 お店の名は、ジャン・ポール・エヴァンス(JEAN PAUL EVANS) 「そんなに有名なのか?」 「常識よ」 日本人の女の子たちがどんどん入ってきます。 そろいも揃って「地球の歩き方」を持っています。 5人いる女店員のうち、2人が日本人でした。 奥方、 「こんなところまで、日本人がいるのね」 日本人は、きっといいカモなのでしょう。 長女、 「2階に行きましょ」 1階が、チョコレート売り場で、 2階が、SALON De THEになっています。 食事も出来るようですが、ほとんどのひとがお茶とケーキです。 4人、ちがうケーキを注文しました。 オレンジのタルト、オペラ、カシス、モンブラン。 一口ずつ味わってみましたが、 「これ、最高!」 「そう?」 みんな自分のケーキを自慢しています。 オト−サン、 「これ、最高!」 奥方、 「このオレンジの味が何ともいえないわ」  カカオそのものがちがうのよね」  日本には、いいものが入ってこないのよね」 オトーサン、 「だいぶ、いいものが入るようになったと思うけどなあ」 奥方、 「ちがうわよ!」 娘たちは、おいしさで声も出ない様子。 女性陣が、オトーサンのモンブランを味わいました。 奥方、 「確かにおいしいわ」 次女、 「マロンがあっさりしてるわね」 オトーサン、 「あのアンジェリーナは、砂糖が多すぎるわよ」 長女、 「この台が、マカロンみたいね」 そんなことで、衆議一決。 「ここのお店のモンブランは、最高!」 地球の歩き方は、紹介のしかたを変えるべきです。 パリ随一のお菓子職人という文章は、そのままでいいのですが、 掲載している写真は、モンブランにすべきでしょう。 (東京・新宿の伊勢丹には、 このジャン・ポール・エヴァンスが出店しているそうです。 行列を覚悟してください) オトーサン、 「じゃ、おれ、ここで失礼するよ」 モンブランを食べたら、急に睡魔が襲ってきました。 時差と疲れ、そして加齢の影響でしょうか。 「そう、じゃ、これも頼むわ」 買い物袋が次々と差し出されて、その重いこと。 ホテルに帰って、ベッドに倒れこみました。 ケーキで満腹だったので、昼食もパス。 夕方、目覚めて、空腹をおぼえ、干し柿を4つ食べました。 8時過ぎに帰ってきた娘たちとホテルの食堂で合流して夕食。 そんなことで、あっという間に1日が終わってしまいました。


15 あわれ、マリー・アントワネット

オトーサン、 グッスリ眠って元気回復。 今朝も、早起きして、昨日のカフェへ。 まだ、掃除中。 店名を確かめました。 Domaines Richardというのです。 場所も確認しました。 Boulevard des Itariensにあります。 日曜日の朝からやっている店が少ないとみえて、 若い男たち5人組がどやどやと入ってきて、タバコ。 早速、退散することにしました。 10時、ロビー集合。 「今日もまだ買い物するのか?」 次女を冷やかします。 「今日は、日曜日だから、どこもやってないよ」 「そうか、それで、あせっていたわけだ」 「しばらく来れないしね」 「だって、しょっちゅう来てるんだろう?」 昨年の12月、今年の2月、仕事でスイスに来ています。 5月にもまた来る予定とか。 「パリには寄れないから」 「スイスには、いいものないのか?」 「...」 メトロのST PAULで下車。 雨になっていました。 街路を横切ろうとすると、何やら人だかり。 「あれっ、パリ・マラソンか?」 先頭走者でしょうか、すごい勢いで目の前を通過していきました。 撮影しましたが、カメラが追いつきません。 あきらめて、通りを横切って、しばらく行きました。 楽隊の演奏が聞こえてきて、 こちらの通りは、雲霞のような走者の群れです。 どうも市民マラソンのようです。 マレ地区へ行きたくても、列が途切れることがありません。 なまじ横切ると、走者と激突しかねません。 それでも、10分ほど待つと、やや空いてきました。 併走しながら、横断に成功! 娘たちも、どうやら横断に成功したようです。 オトーサン、 「お目当ては、どこだい?」 「カルナヴァレ博物館よ」 マレ地区の歴史的建造物の街路を歩くのは、 中世にタイムスリッしたような浮遊感があります。 そんななかに、博物館がありました。 入って突き当たりの中庭にルイ14世の漆黒の銅像。 奥方が珍しく声をかけてきます。、 「あなたのカメラで撮ってあげようか?」 撮ったのをみると、黒い銅像が2体あるようです。 黒いウインド・ブレーカー姿のせいでしょう。 我ながら気持ちが悪いので、早速、消去しました。 オトーサン、 「いい博物館だなあ」 何といっても、入場無料というのが立派です。 パリの歴史を時代区分毎に展示した部屋が続いています。 3世紀頃のパリは、原野を蛇行してセーヌ川が流れているだけ。 シテ島にはじまるパリ。その城砦都市の模型があります。 驚いたのは、街区毎の詳細な写真や資料の展示室が続くこと。 1853年頃にはじまったオスマン男爵によるパリの再開発で、 今日の美しいパリが出来上がったのですが、 その際、マレ地区をのぞいて、ほとんどの地区が破壊されました。 でも、オスマン男爵が偉かったのは、 このカルナヴァレ館を買い取って、パリ史を編纂し、記録に残したこと。 また、写真家マルヴィルに命じ、失なわゆくパリ風景を撮影させました。 「へえ、大したものだなあ。石原都知事も見習わなければ」 オトーサン、 フラツシュさえ使わなければというので、何点か写真を撮りました。 でも、興味があるのは、やはりルイ16世と革命時代。 断頭台の露と消えたルイ16世の肖像画がありました。 「アホ面している。明らかに食べ過ぎ」 青の部屋、黄色の部屋も再現されていて、 栄華をきわめた暮らしぶりが窺われます。 そして、彼の処刑風景(1791.1.21)までもが展示されているのです。 オトーサン、 「おお、マリー・アントワネットだ」 これまで見たことのないやつれた顔、あわれです。 何不自由ない王妃の立場が言わせたという 「パンがないなら、ケーキを食べればいいのに」というせりふ。 これが、民衆の飢餓への怒りの火に油をそそぐことになりました。 かつて、池田首相が、「貧乏人は麦を食え」と放言して、 退任に追いこまれたようなもの。 でも、マリー・アントワネットのほうは、断頭台の露と消えたのです。 コンコルド広場でした。 扇動者、ダントンの肖像画もあります。 「いかにも、血に飢えているような顔だなあ」 そして、革命の総仕上げをしたロベス・ピエール。 いかにも世間知らずで、理想に燃えている顔です。 「こんな若者が、何万人も殺したのか!」 世界中に散らばった若きテロリストたちは、かれの末裔なのです。


16 酔眼朦朧のパレ・ロワヤル

オトーサン、 「腹減ったなあ」 女性陣は、日曜日なのに開いていた装身具の店に入り浸っています。 またもや、ヒマなので、となりの古着屋店名をメモしました。 "nina jacob" この名称からすると、ユダヤ人経営なのでしょうか。 このマレ地区には、裕福なユダヤ人が多く住んでいます。 さきほども、頭に小皿のような帽子を被った黒服の一団に出会いました。 日曜日の礼拝なのでしょう。 オトーサン、 午後1時半に、昼食にありつけました。 店名は、"ROYAL TURENNE" なかなか繁盛しているブラッスリーです。 オニオン・グラタン・スープ、サラダ、鴨料理、 そして、ワインは、ボルドーの白を頼みました。 奥方、 「このスープ、昨日の店のほうがおいしかったね」 長女、 「この鴨はおいしいわねえ」 念願の鴨に出会えてゴキゲンです。 オトーサン、 「このワイン、おいしいぞ」 奥方、またもや、 「いらない、水でいい」 そんなことで、デカンタのワインを引き受けました。 オトーサン、 「ちょっと飲みすぎたかなあ」 最近、あまりアルコ−ルを飲まないので、弱くなったようです。 娘たちが、どんどん歩いていくのに、ついていくのが大変です。 「あれっ、ここ昔、来たことがある。 荒れた広場があって、その周囲を回廊がめぐっています。 「エート、何って言ったっけ」 長女、 「ヴォージュ広場(Place de Vosge)よ」 オトーサン、 そういわれて、思い出しました。 「その昔、パレ・ロワヤルと呼ばれていたんだ」 幼い頃のルイ14世が住んでいたので、 王宮(Palais Royale)と呼ばれていたのです。 その後、資金難に苦しんだオルレアン公が ショピングセンターとアパートにして売り出したところ、 パリ随一の繁華街になりました。 鹿島茂さんの本によれば、 「贅を極めた商店、一流のレストランやカフェ、見世物、 それに賭博場や娼館などが軒を並べ」とあります。 いまは、回廊に面して、 小さなアンティークの店、画廊、レストランがポツンとあるだけ。 廃墟の死臭が漂っています。 オトーサンの好きな名画「シャレード」の舞台にもなりました。 いまにも、ヘップバーンを襲う暴漢が出てきそうです。 オトーサン、 この時、ワインの飲み過ぎで酔眼朦朧。 完全にいる場所を間違えていたのです。 実は、この場所、Palais Royaleではなく、Place Royale。 王宮ではなく、王の広場。 その王様も、ルイ14世ではなく、ルイ13世でした。 長女、 「パパ、入るわよ」 「えっ?」 回廊に面したアパートにどんどん入っていくのです。 「勝手に、ひとの家に入っていっていいのか?」 酔っていなければ、アパート名に注意を向けていたでしょうが、 長女らについていくだけで、精一杯。 どうやら、ミニ博物館のようだと見当をつけて、小銭を探します。 「パパ、ここも、お金払う必要ないのよ」 「へえ、そうなの」 長女の後をついて、小部屋を次々に通過してきました。 「le salon chinois? 何じゃこれ?」 「la chambre de Voctor Hugo? ヴィクトル・ユーゴー? 何で、こんなところに、ユーゴーの名前が出てくるんだ?」 オトーサン、 「しまった!」 帰国後、もらったリーフレットを読むと、 ここは、"Masons de Victor Hugo"でした。 「レ・ミゼラブル」などで有名な文豪の記念館だったのです。 ヴィクトル・ユーゴー(1802-1885)は、 このアパートに、夫人と4人の家族とともに16年間住み、 「ノートルダムのせむし男」などの名作を次々と執筆しました。 アレクサンドル・デュマなどの有名人が、頻繁に訪れていたのです。 原作も読んだし、NYで長女とそのミュージカルを見たこともあります。 「しまった!」と思っても、後の祭り。 やはり、事前のお勉強は大事です。 オトーサン、 「おーい、どこに消えたんだ?」 回廊で、若いひとたちが演奏をはじたので、見とれていました。 その間に、娘たちは、ヴォージュ広場を出て、 マレ地区の街路のどこかに消えてしまったのです。 オトーサン、 その後の数時間は、苦痛の連続でした。 「ホテルに帰って寝ようか」 何度そう思ったことでしょう。 サン・ルイ島に入り、 BERTHILLONなる有名なアイスクリーム屋に入り、 ノートルダム寺院をへて、セーヌの左岸へ。 St Michelle通りをしばらく進んでから、 足を伸ばして、リュクサンブール公園まで行くことになりました。 オトーサン、 「これがフランス庭園」 英国庭園とちがって、幾何学模様があったりします。 ここで、ようやく一休みできました。 有料トイレも体験しました。 コインがないと、どうにもならないので、要注意です。 木の根元、建物の日陰、芝生広場の前など、 ひとりひとりが、思い思いに椅子を占拠しています。 こんな椅子ひとつにも、個人主義のパリが感じられます。 オトーサン、 「おい、雨だぞ、もう歩くのやめようよ」 ついさっきまで、春うららかな晴天だったのに、 急に天候が変わったので、疲れがぶりかえしてきました。 長女、 「パパ、もうすこしの辛抱だからね」 雨が降り出すなか、サンジェルマン・デ・プレを抜けて、 Sevres-Babylone駅まで、歩き通しました。 メトロに乗って、Frnaklin D-Roosevelt駅に出ました。 長女、 「ああ、シャンゼリゼ。いつ来ても気持ちがいいねえ」 凱旋門を中心に放射線状に広がる12本の大通り。 なかでも、このシャンゼリゼ大通りこそ、 先に触れたオスマン男爵によるパリ再開発の目玉だったのです。 ふんだんの日の光りと風通し、そして心躍る眺望。 オトーサン、 ようやく酔いがさめてきました。 足が棒になっていますが、先程よりは気分が楽。 「今日は、歩きすぎだよ」 万歩計をもってきたのですが、BAの機内で落としてしまいました。 正確な歩数は分かりませんが、2万歩を超えているのでは。 次女、 「まだ歩くの?」 長女、 「うん、歩こうよ。パパ、だいじようぶ?」 オトーサン、 「ああ」 娘の手前、そう言うしかないではありませんか。


17 見逃したミニ・ルーブル

オトーサンたち、 シャンゼリゼ大通りを左折し、 F Roosevelt 通りに出て、 オスマン大通りにぶつかるところまできました。 長女、 地図を確認して、 「もうすぐよ。お茶するところは」 次女、 「...」 買い物で力を使い果たしたのか、寡黙です。 長女、 「ママは?」 奥方、 「あたしは、パパよりは元気よ」 口だけは、達者のようです。 先頭に立つのは、長女。 何やら、マラソンでおなじみの光景になってきました。 先頭が長女、続いてオトーサン、 やや遅れて、後方集団が奥方と次女。 オトーサン、 「あっ、ここ見覚えがある!」 Citadineが見えました。 オスマン大通りに面したもうひとつのCitadineです。 ここに宿泊して、サンラザール駅をへて、 オペラ座やマドレーヌ寺院に向かったものです。 道が凍っているので、遠く感じられました。 「じゃ、もうすぐだ。  確か、美術館は、すぐそばにあったから」 オトーサン、 また遅れ出しました。 「あのビルは、どこだっけなあ?」 美術館の隣りのビルに、フランス人を訪問したことがあります。、 講演で知り合ったひとでした。 残念ながら、クリスマス休暇で、かれは不在。 おみやげをことづけて、退散しました。 長女、 「ここよ、こっちよ」 ようやく、Musee Jacquemart Andreに到着しました。 美術館の長いエントランスを抜けると、 急に視界が開けて、中庭に出ました。 「NYのMOMA(近代美術館)の庭に似てるなあ」 左手が、美術館の入り口。 右手が、Salon de the(喫茶室)です。 オトーサン、 「おいおい、美術館に入らないのか?」 長女たち、どんどん喫茶室に入っていくのです。 「入場は、5時までだぞ、お茶なんか飲んでたら、閉館になるぞ」 奥方、 「いいのよ、ここは、お茶のみに来たのだから」 「えっ?」 「ここの喫茶室の雰囲気がいいって、書いてあったのよ」 「ガイドブックにか?」 「そう」 後に確認したのですが、 「地球のあるき方」の名誉のために言うと、 お茶だけ飲んで帰りなさいとは、書いてありませんでした。 オトーサン、 お茶が出てくるまでの間、 入り口で貰ってきたリーフレットに目を通します。 「ここ、NYのFrick Collectionみたいって書いてある」 長女、奥方、 「そうね、きれいなお部屋ね」 オトーサン、 「この部屋、夫妻のダイニングルームだったんだってさ、 調度品もすごいよな。天井画は、あのディアポロが書いたらしい」 長女、奥方、 「そう」 冷淡な物言いです。 「だって、あのフリック美術館、ステキだったじゃないか、 鉄鋼王カーネギーの片腕だけあって、大金持ちの邸宅が見れて、 そのうえ、すごい絵画がふんだんに飾ってあっただろう。 ここも、きっとそうだよ。 それに、日本語のオーディオ・ガイドを無料で貸してくれるんだぜ」 長女、奥方 「へぇ、そうなの?」 オトーサン、 「ここは、ミニ・ルーブル美術館だって書いてあるぞ。 ベリーニやポッティチェリ、それにレンブラントの絵もあるらしい」 長女、次女、奥方、 「....」 何やら、ひそひそ声で相談しあっています。 オトーサン、 お茶が運ばれてきました。 「あれっ、ケーキは頼まなかったの?」 長女、 「やめたのよ」 「どうして?」 「マカロンを持ってきたから」 「マカロン?」 奥方、 「昨日、あなたが寝ている間に、買いに行ったのよ」 「どこへ」 「マドレーヌ寺院のそば」  「わざわざ買いに行ったのか?」 長女、 「パリ随一のマカロンって、出てたの」 「地球の歩き方にか?」 「そう」 「何っていう店?」 「えーと、何ってたっけ?」 長女 「ラデュレ」 おもむろに、細長い青色の箱を取り出します。 そこに8つほどクラッカーのようなものが入っています。 「パパも食べて! おいしいでしょ」 「だって、これって、いけないことじゃないのか?  持込み禁止じゃないのか?」 「いいの、構わないの」 奥方、 「...そのために、お茶をとったのよ」 オトーサン、 マカロンを味わいながら、ふとダジャレを思いつきました。 「これって、お菓子くないか?  マカロン、負からなかったか?」 長女 「...それ、何? オヤジ・ギャク?」 オトーサン、 美術館に来て、美術館に入らず、お茶だけで終わる。 美術館を創始したEdouard Andreとその妻Nelie Jacquemartは、 どんな顔をして、天国からこの有様を見ているのでしょう? 奥方、 「ここ、この前も、見なかったわね。 あなた、2回もパスしたことになるわよ」 オトーサンたち、 この後、オスマン大通りをホテルまで歩き通しました。 「今日も、よく歩いたなあ。3万歩超えてるぜ」 長女、 「今日は、パリを一周したことになるわね」 次女、 「...」 疲れ果てて、声も出なくなったようです。 奥方、 「じゃ、ホテルで一休みしてから、外に食べに行きましょう」 オトーサン、 「....」 奥方の食物への情熱に、あらためて驚かされました。


カフェ・ド・ラ・ペのディナー

オトーサン、 「雨降ってるなあ」 長女、 「このくらいなら、平気よ」 欧米人は、平気で傘もささずに雨のなかを歩きますが、 彼女も、どうやら、その風習に染まってきたようです。 ホテルから、徒歩3分。 ライトアップされたオペラ座は、もう目の前。 「いつみても、オペラ座は、いいなあ」 このオペラ座、 荘重な正面玄関の上に、緑色の丸天井、 その上に、竪琴をもつ黄金のアポロン像、 ナポレオン3世が、パリ大改造の目玉として建設を命令したもので、 貴族たちの社交場、オペラ、コンサートの殿堂として有名です。 1861年にシャルル・ガルニエが設計者として選ばれ、建設開始。 今朝、長女が見学しそこないましたが、 その昔、オトーサン、1度だけ入ったことがあります。 オペラではなくて、コンサートを上演していました。 管弦楽団の名前も曲目も忘れましたが、 フランスの演奏家たちの音色が、絹のように軽やかだったのを いまでも覚えています。 「安いなあ」 日本の感覚で、チケットを購入したので、 案内された席は、全2000席のなかで最高クラス。 丸天井一面に、マルク・シャガ−ルの絵画「夢の花束」 真紅の赤と黄金色に彩られ、何層もあるバルコニー席、 案内されたのは、何と王族の席のひとつ上のバルコニー席でした。 あたりは、着飾った紳士淑女ばかり。 「こりゃ、ひとりで来るところじゃないぞ」 ジーパン姿の恥ずかしいこと。 幕間にカウンターで、ドリンクを注文しようとしたのですが、 ボーイがジロッと見るだけ、全く相手にされませんでした。 オトーサンたち、 道路を渡って、グランド・ホテルにやってきました。 この豪華ホテルができたのは、オペラ座が完成した1875年よりも、 一足早い1862年でした。 というのも、1867年に第2回のパリ万博が開催されることになって、 世界中から殺到するだろう観光客の宿泊施設不足が懸念されたからです。 「よーし、一度だけ、泊まってみよう」 はじめてパリに来たとき、清水の舞台から飛び降りるような気持ちで 1泊だけしたことがあります。 「どうでした?」 「いやぁ。客室が広すぎて、ひとり寝には向かなかったなあ」 そのグランド・ホテル、 買収されたのでしょうか、 ル・グラン・インターコンチネンタルホテルにと名称が変わっていました。 その1階に、カフェ・ド・ラ・ペ(Cafe de la Paix)があるのです。 オペラ座での観劇の待ち合わせ場所として、 パリの社交の中心地になりました。 ところが、あまりにも有名になった結果、 いまでは、観光客ご用達のカフェになってしまいました。 オトーサンたち、 ひと眠りして、ドレスアップして、 ディナーをとろうと、 この名高い店にやってきたのです。 カフェ・ド・ラ・ペには、 パリにくると、一度は、必らず立ち寄ります。 テラス席に座って、、 カフェオレを飲んだり、ハムサンドを食べたり...。 目の前にあるオペラ座を眺めながら、 「ああ、パリしてるなあ」 いつもしみじみそう思うのです。 奥方、 「テラス席はないのね、冬は」 寒風が吹きすさぶ街路に面した席は、クロースドになっています。 オトーサン、 「中に入ろうぜ」 娘たちに、勢いよく語りかけます。 次女の修士号取得祝いということで、 今夜のディナーには、大枚をはたく覚悟ができております。 地球の歩き方には、ヘミングウェイが、 クリスマスに妻ハドリーと食事をしたものの、 勘定が高くて、ホテルまで、お金を取りに戻ったとあります。 でも、いまは、カード時代。 一日に何度もホテルに戻る必要はなさそうです。 オトーサンたち、 食堂の奥に丁重に案内されました。 長女、 天井画や豪華なシャンデリアを仰いで、 「わぁ、ステキなところねえ」 奥方は、2度目ですが、 壁にかかった絵画やキャンドルを 目を細めて眺めやっております。 オトーサン、 「ここは、貴族が訪れた由緒正しいカフェだからなあ」 長女、 「Cafe de la Paixって、どういう意味?」 オトーサン、 「la Paixは、平和だから、平和のカフェ」 長女、 「平和って?」 オトーサン、 ちょっと、ためらって、 「そりゃ、ドイツとの戦争さ」 長女、 「そうなの」 記者である長女からそれ以上の追求がないので、 その場は、恥をかかずに終わりました。 オトーサン、 帰国してから、調べました。 その昔、フランス史を勉強したのですが、 さぼっていたツケが、40数年後に出ました。 「命名されたのは、普仏戦争の後か」 そう思っていたのですが、 ナポレオン3世があっという間に プロイセン(普:いまのドイツ)に負けたのは、1870年のこと。 グランドホテルとカフェドラペのできたのは、1862年ですから、 ドイツとの戦争ということはありえません。 「すると...ナポレオン1世の戦争か」 ドイツ侵攻、ポーランド侵攻、ロシア遠征、 そして、厳冬のロシアの気候に阻まれての大敗走(1812)。 イギリス・ドイツ連合軍とのワ-テルローの戦いでの敗北(1815)。 フランス革命後は、戦争続き。 人々は、平和(la paix)を待ち望んでいました。 甥のナポレオン3世の時代(第2帝政)になって、 ようやく平和が到来したのです。 そして、オスマン男爵によるパリ大改造。 近代的な花の都パリの誕生期です。 Cafe de la Paixとは、 平和のありがたさが、こめられた名前。 さて、前書きが長くなりましたが、 最後に、注文したひと順に、 ディナーのメニューと寸評を書いておきましょう。 次女、 「パパ、好きなの取ってもいい?」 「ああ、いいとも」 次女が、真っ先に注文したのが、 ・3種類の生牡蠣盛り合わせ レモンを絞って、飛びつくように味わって、 「おいしい。この小さい牡蠣の味が一番いいわね」 奥方、 「牡蠣にも、いろいろ種類があるものなのねえ」 奥方が注文したのは、 ・オニオン・グランタン・スープ 「これ最高、オニオン、よく煮込んであるわ。  スープの味が最高ねえ」 奥方、 ・舌びらめ 「なんて、おいしいのでしょう。バターをたっぷり使ってるのね」 次女、 「フランスのバターは、ちがうのよね」 長女の注文は、 ・子羊の骨付き肉 「おいしいわ。でも...」 奥方、 「モナコのほうが、おいしかったわね」 オトーサン、 「そうだな、あれは抜群だった」 次女が 「たまには、暖かいサラダもトライしてみる?」 ・温野菜のサラダ  「このトリュフのソース、おいしいわね」 奥方、  「お野菜が生きてるのよね」 オトーサン、 「ワインは、オレに任せてね」 ・シャルドネの白。ハーフボトル 型どおり、テイスティングをしてみせて、 「こりゃ、おいしい、ハウスワインだけあって。  お前たち、こりゃ、飲まないと損だぞ」 長女、 「一度食べたかったのよ、パリのを」 ・クリーム・ブリュレ 「これ食べたら、ほかのお菓子食べられなくなるわね」 ディナーは、2時間に及びました。 長女、次女、奥方、 声をそろえて、 「おいしかったわあ、今回の旅行で一番おいしかった」 オトーサン、 「そりゃ、そうだろう。高いんだもん。 でも、まあ、払えないこともないなあ」 お代は、しめて180ユーロでした。 1ユーロ、130円として、2万3400円。 ホテルにもどったのは、午後10時半でした。 幸い雨は、やんでいました。 長い長いパリの一日でした。 明日は、もうロンドン経由で帰国するのです。


ロンドンで紅茶

オトーサン、 7時に食堂の開くのを待ちながら、 「何時の汽車なの?」 奥方、 「8時発みたいよ」 「で、ロンドンに着くのは?」 「現地時間の10時」 「ロンドンを飛び立つのは?」 「午後2時」 「ずいぶん、余裕があるなあ」 次女がさえぎって、 「あのね、途中何かあるかわからないでしょう。 こういうときは、時間を多目に見ておかなくては」 オトーサン、 パリNORD駅8時12分発のユーロスターの車中で、 最初の30分は、車窓の風景を眺め、 目が疲れたので、つぎの1時間はウトウトし、 目が覚めて30分ほどパソコンに向かい、 バッテリーの残量がすくなくなってきたので、 食堂車まで、カフェオレとクロワッサンを買いに行きました。 「もう美味いもの、食べられなくなるからなあ」 ロンドンの空港は、期待薄ですし、BAの機内食だって同様です。 ロンドン郊外の景色を眺めているうちに、 9時51分にはロンドンWATERLOO駅に到着しました。 時差が1時間ありますから、乗車時間は2時間39分。 最初に乗ったときは、興奮して車内をうろつきまわり、 飛び去る風景やトンネルに一喜一憂したものですが、 慣れとはおそろしいもの。 東京から大阪まで新幹線に乗っているときと、さほど変わりません。 オトーサン、 「随分、重たくなったなあ」 奥方、カートを重たそうに引いています。 せっせとお買物をしたツケが回ってきたのです。 いわば、自己責任。 でも、気の毒でもあります。 次女のカートは、もっと重たそうです。 「これからヒースロー空港に行くのか?」 「そうよ」 「チューブを乗り継ぐのか?」 「そうよ」 「ヒースローまで、タクシーだといくらかかる?」 次女、 「ポンドよ」 「日本円で、円か。結構いいお値段だなあ」 次女、 「そうだ。まだ時間がたっぷりあるから、 ロンドンでお茶しない?」 奥方、 「そりゃ、いいアイディアね」 オトーサンたち、 タクシーを拾いました。 大観覧車を右手に見て、テムズ川を渡り、 そして、チューブのグリーンパーク駅へ。 ここまで移動しておけば、あとは楽。 ヒースロー空港まで、乗り換えなしで到着します。 次女、 「ここで、降りましょう」 オトーサン、 「あのリッツの前だけど、いいのか」 「いいのよ」 タクシーを降りると、ボーイが飛んできます。 階段をのぼって、ホテル内に荷物を運びこもうとします。 オト−サン、 大慌てで、宿泊客でないが、お茶できるかと聞きます。 答えは、ノーでした。 オトーサン、 ピカデリーを歩いています。 「重い荷物を引きずって、どこに行くんだ」 「....」 ロンドン有数の繁華街を カートを引きづって歩いていくのは、 みっともいいものではありません。 「その辺のコーヒー屋でいいじゃないか」 「ダメ」 しばらく、よろよろ進みました。 5分くらい歩いたでしょうか。 奥方、 「ここよ」 「えっ?ここ?」 その辺のチェーンとは、明らかにちがう佇まいです。 見あげると、上品な緑色の看板に 流麗な書体で、FORTNUM&MSONと小さく書いてあります。 オトーサン、 「この店、何っていうんだ?」 「フォートナム・メイソンよ」 「何で、お前、この店知ってるんだ?」 「だって、前に来たもん」 「前に来た?」 奥方と、ロンドンに来たのは、これが3度目。 いつも行動をともにしています。 「オレは、来たことがないぞ、いつ来た?」 「この前、あなたが寝てるときよ」 奥方、ロンドンに到着した日に、 寸暇を惜しんで観光に繰りだしていたのです。 オトーサン、 入口で、ためらいます。 「荷物どうする?」 次女、 「構わないわよ、入りましょう」 赤絨毯を破壊するような後ろめたさがありますが、 とりあえず、前方に進みました。 正面の突きあたりに階段。 中2階がティールームのようです。 地下へ続く階段もあります。、 次女、 なにやら係りの老婦人にささやいて、 「構わないってさ」 そんなことで、中2階のティールームへ 大荷物3つを、よっこらしょと運びあげました。 オトーサン、 一息ついて、眼下の光景を眺めました。 赤い絨毯、 豪奢なシャンデリア。 上品な色彩の商品の渦巻き。 「こんなきれいなお店、オレ、はじめてだ」 パリのFAUCHONも綺麗ですが、遥かに上を行っています。 品揃えは、高級食料品店ですから、明治屋に似ていますが、 紀伊国屋も銀座の和光でさえも、足元にも及びません。 全体の雰囲気はといえば、王宮とみまちがうばかり。 フォートナム&メイソンこそ、英国が誇る紅茶の殿堂。 創業1707年の老舗。 英国王室、貴族、上流階級の御用達として世界的に有名です。 オトーサン、 「ここ、素敵だけど、当然、本店なのだろうなあ」 「本店もなにも、ここしかないのよ」 「えっ、お前、何でそう詳しいんだ?」 「常識よ」 紅茶好きには、フォートナム&メイソンの紅茶といえば、 ゴディバのチョコレートくらい有名です。 なんでも、いまのところ、日本には入ってこないとか。 輸入再開のメドすら立っていないとか。 紅茶フアン垂涎の紅茶店なのです。 奥方、 「アュサムとスコ−ンにするわ」 次女、 「あたしは、アールグレイとスコーン」 オトーサン、 「おれも、アールグレイ。 でも、せっかくだから、スコーン以外のものにしようっと」 そんな次第で、あえて、Victoria Spongeを注文しました。 上品な老婦人が愛想よく運んできます。 オトーサン、 「こりゃ、うまい」 スポンジ・ケーキのスポンジは、 ざらざらして一風変わっていますが、ジャムのおいしいこと。 「こんなもの、日本で食べたことないぞ」 奥方、 「ここのスコーン、おしいわよ。ちょょっと食べてみて」 奥方のスコーンをほんの少し分けてもらいました。 「まあまあだな。オレのを食べてごらん」 「いらない」 美味なるスコーンを否定したせいでしょうか、 いかにVictoria Spongeが絶品であるか 奥方には、その生き証人になってもらえませんでした。 オトーサン、 この旅行記を終えるにあたって、 ひとり高らかに宣言いたします。 パリで飲むならカフェオレ。 ロンドンで飲むなら紅茶。 それも、できれば、フォートナム&メイソン。 フォートナム&メイソンで注文するなら、アールグレイ。 一緒に取るなら、Victoria Sponge! これで、決まりです! このケーキ、ヴィクトリア女王ご用達かと思われます。 まあ、ただの推測だけど。               (完)


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