私が愛する老婆

オトーサン、
1997年に、
発売直後のアウディA3を買いました。
半年後に出るゴルフの新型が待ちきれなかったからです。
このA3、剛性感があって、よく走るし、故障もせず、
スタイルだって、いまだに新鮮。
OOOOのマークも気に入っています。
でも、3年もつきあうとまるで、古女房。


オトーサン、 チラチラ他のクルマに目がいくようになってきました。 浮気するつもりはないのですが、やっぱり、浮気でしょう。 いろいろあって、最後にえらんだのが、 右上の○○○○の中古車。いわば、老婆。 「どうして、そんな馬鹿なことをしてしまったの?」 その顛末を知りたいかたは、以下のエッセイをお読みください。

目次   

1 老婆との出会い

2 クイズ:○○○○ってなあに?

3 グリルに漂う気品

4 私が愛する老婆

5 大変だぁ、絶版車だぁ

6 末長いおつきあい

7 踏んだり、蹴ったり

8 エンブレム探し

9 老婆心

10 敗戦処理チームへの電話

11 過去の過失

12 納車準備のあれこれ

13 信じられなーい

14 イメージ・トレイニング

15 納車記念式典

16 老婆に座布団

17 ケーキに紅茶!

18 高速走行テスト

19 老婆のいない日

20 恐怖の愛車手帳

21 老婆の行き先

22 セーフティ・ファースト

23 冬でもオーバーヒート

24 007と出会える幸運

25 平穏無事、日々是好日

26 別れ話

27 もつれる別れ話

28 じょうだんよ

29 ひとりぽっち

30 カギの紛失

31 さらば、アウディ

32 テレサ・テン

33 時の流れに身をまかせ

34 JAFのお世話に

35 神様、仏様、成田さん

36 老婆の退院

37 ETC、エトセトラ

38 立場のちがい

39 疫病神

40 人間ドック

41 石山自動車へ

42 浜町河岸

43 ♪タイミング

44 いたずら台風

45 ガーデニング自慢

46 清泉寮のアイスクリーム

47 老婆、最後の審判


1 老婆との出会い

オトーサン、 スゴスゴ、ノロノロと環八を走っております。 いま、運転しているのは、息子が使っている古いマーチ。 奥方や娘もたまに運転します。 もう仕事はじめで、慢性的な渋滞がはじまっているのです。 北国のひとには、申しわけないような、抜けるような青空ですが、 これも年始年末クルマが少なかったため、いずれスモッグになるでしょう。 「みな、荒れてるなあ」 トラックが何台も、オトーサンたちのクルマの前に割りこんできます。 「危ないじゃないか、バカヤロー。マーチだと思ってバカにしやがって」 ベンツにも、割りこまれます。 みると髪振り乱したキツネ顔のおばはん。 「あのブスが、なんでベンツなんかに乗ってるんだ」 あんな奴がベンツで、上品な奥方がマーチって、世の中どこか狂っています。 「あなた、そう被害妄想にならなくても、いいんじゃなーい。 うちのマーチは、いいクルマよ。目立たたないから、駐車もしやすいし、 それにエンブレムなんか盗られる心配もないし...」 「そうだよなあ、昔乗っていたソアラなんか、一度エンブレム盗まれて、 部品探しに苦労したよなぁ」 「でも、あのクルマよかったわぁ。帝国ホテルに乗りつけたら、最敬礼されたわ」 「さすがに、このマーチじゃ、正面玄関に乗りつける勇気は出ないな」 オトーサン、 第三京浜の出口を過ぎたあたりで、 前方に輸入車専門の中古車デーラーをみつけます。 「おい、最後の見納めに寄っていくか」 「いいわよ」 いろいろ輸入車デーラーをあたってみたのですが、 プジョー206にも、フィアット・プントにも縁がなかったようです。 お店の看板をみると、 「GU:T」と書いてあります。 広々した明るいしゃれたお店で、 よくある中古車デーラーの薄汚さはみじんもありません。 オトーサン、 思い当ります。 「ここひょっとしたら、トヨタがやっている輸入中古車専門店じゃないかな。 全国に、ここしかないという...」 やはり、そうでした。 東京トヨペットなどのデーラー各社が共同で運営しています。 セルシオの下取りで入ってきたベンツやBMW、 DUO(ワーゲン、アウデイ販売店)の下取りで入ってきたゴルフやアウディが づらっと並んでいます。 その数、150台。 「ここいいわね、いろんな輸入車がいっぱいあって」 道路をはさんで、左手には、ゴルフがズラリ。 「A3は、中古でいくらするのかな」 オトーサン、一生懸命探しあるきます。 3年乗って7万キロ。おかげで、査定すると100万円以下。 「300万円のが、3年で100万てぇこたぁないだろぅが」 「買って嬉しく、乗って楽しく、売って得する」 この3拍子が、クルマ選びの極意ですが、 AUDIのA3は、最後の売って得するのところで、ガックリ。 そこにセールスマンがやってきました。 「ゴルフは、お値打ちですよ」 「そうだなあ。3年物で150万円かぁ」 「いかがですか」 「もうゴルフはいいよ、アウディに乗っているから。双子車だから。 どちらかというと、ラテン系に興味があるんだ」 「そうですか。では、こちらにどうぞ」 道路をはさんで、右手のコーナーに案内されます。 「おうっ、ベンツのSLKだ」 610万円もする2シーターの電動オープンカーです。 それが3台、いずれも、300万円台。 「ステキねえ」 奥方が、老婆から夢見る少女に変身します。 「でも、家を処分しなくてはね」 「ご冗談を」 このセールスマン、なかなか応対の丁寧なひとです。 名刺をいただくと、グート店長・菊池修とあります。 奥方が、ささやきます。 「店長さん直々に、ご案内ってわけね」 やはり、中古車、それも輸入車となると、 どんな状態なのか、さっぱり分かりませんから、 セールスマンの印象の良し悪しやお店の信用が、決め手になってきます。 BMWが、ズラリ。 「いいわねぇ。でも、これ見飽きたわ。」 「BMWは、六本木のカローラてわけさ」 「へえ、そんなこと言われてるの?」 「もう10年になるか、バブルの頃だよ」 ボルボもあります。 「これ買えば、ロンドンにいる娘が喜びそうね」 「街中じゃ運転しにくいよ、それに緑じゃなあ。ボルボは赤に決まってるよ」 「そうね、BMWは青、ベンツはシルバー、アルファロメオは赤が売りよね」 オトーサンが、不意に立ち止まりました。 「ふーん、これが、あの○○○○200か」 まだ、ボルボのあたりでウロウロしている奥方を呼びます。 「おーい、これどうだ。なかなかいいじゃないか」


2 クイズ:○○○○ってなあに?

オトーサン、 ここで、 このクルマの名前は? というクイズを出すことにしました。 「写真が小さくて...分からない?」 では、3つのヒントを出しますので、当ててください。

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ヒント1:広告コピー

魅力的な曲線のフォルム、高いレベルの静粛性、ウォールナット・ウッドパネルや 上質なシートによる愛着に応える居住空間、上級サルーンと比べても遜色のない 心地よさ。”英国車の気品”をコンパクトに凝縮、それが○○○○200です。 待望の1.8リットルVVCエンジンを搭載した200viも新たにラインアップ に登場。○○○○200は、心ときめかせる走りを楽しめる車です。

ヒント2:ある自動車評論家のコメント

 96年9月に発表された○○○○200は、○○○○がBMWグループに入った 直後に投入された最後の正統派○○○○・コンパクトハッチバック。 そのデザインは広告通りのブリティッシュ・モダンで、どこかに懐かしさを感じさ せながら、上手く現代風のスタイルを作りあげている。  搭載されるエンジンは、1.6 /1.8リッターの直列4気筒2種類で、これに 組み合わせられるトランスミッション は、1.8リッターのみ5速MTで、他は、 CVTとなっている。駆動方式はFF。  現在グレードは全4車種の展開。3ドアにSi、5ドアにSiとSLi、そして 1.8リッター搭載車はViと呼ばれる。 Viに搭載されるのは、MGFの上級版であるVVCと同様のもの。可変バルブタイ ミングを採用して145PSを発生するものだ。そのViの走りは、80年代のホット ハッチを彷彿とさせる楽しいもので、FFならではの特性が思いっきり出たもの。 洗練度とはほど遠いが、逆に今だからこそそれが楽しく思える。ただ現代車として の乗り心地や快適性は確保されて いるので、大人しく走れば十分に気持ち良い。  また1.6リッターエンジン搭載車は、 Viほどの過激さこそないものの、それ でも軽快な走りが味わえる。  オススメは 文句ナシでVi。ハッチバックならこんな風に楽しいクルマの方がい い。でも 1.6を気張らずに乗るのも素敵なんだけど。

ヒント3:あるユーザーのコメント(06/09/97)

「性格のワルいオジサンに乗ってほしい」

 ハイパワーエンジンを搭載した新型○○○○200。グレード名は「Vi」でござ います。  ルックスは時代が○○○○に追いついた!? 今流行のレトロ風味。ちょっと大きめ のメッキグリルが、コギャル&オジサンうけしそう。 もちろんコレってイギリス仕込み。 どっかの国産メーカーみたく“とってつけた印象”はありませぬ。  しっかし、そんなシブめのルックスとは裏腹に、このVi、中身はと言うとチト過激 であります。  エンジンは去年MGFに搭載されたばかりの新型1.8リッター。145馬力なん だけど、継ぎ目ない可変バルブコントロール(=VVC)を採用、低中速のトルクと上 でのパワーを見事両立しちまってる。  ホンダのVTECのモノ真似? いや違う。VTECは2つのカム山を用意して回転 の途中でカチッと切り替えているけど、VVCのほうはそんな“継ぎ目”はナシ。 なめらか〜に、バルタイをズラすワザを効かせている。ハッキリ言ってVTECよりも 進化したタイプなのだ。  また、ViにはMTの設定しかない! ATが欲しければ、従来から発売されてい る“CVT”のSLiとかSiとかをど〜ぞってなワケ。ちなみにこれらAT車に用 意されているエンジンは1.6リッター。もちろんVVCは付いておりませぬ。  まず5メーター走っただけで分かるのが、○○○○独自のサスペンション・セッテ ィング。路面のちょっとしたデコボコを乗り越える時だってガツンなんつー衝撃をド ライバーに伝えない。なめらか〜に乗り越えてしまう。いかにも○○○○してる足ま わりなのだ。う〜ん。外車っスね。  だからと言ってヤワな足かと言えばそうじゃない。コーナー入り口の回頭性はFF とは思えないほど俊敏だし、さらに車体を緩やかにロールさせつつ、しっかり4本の タイヤを接地させている印象が伝わってくる。純正タイヤは別段ハイグリップってわ けじゃないんだけど、そのグリップを活かしきるバッチリのセッティングが施されて いるわけだ。  車体がロールしないガッチガチの足=スポーティーな足。なんて思いっきり勘違い している人達には、ぜひ一度、乗ってみてもらいたいと思う。いやホント目から鱗ヨ で、注目のエンジンに関してはこれも見事。まず2000rpmなんていう低回転で もしっかりトルクを確保しているし、にもかかわらずレッド手前の7000rpm までパワーを維持したまま一気に吹け上がる。この快感、ターボじゃ絶対味わえない 世界ネ。 ただし3000rpm以上になるとエンジンのノイズが急に気になり始める。正直言う と「もうちょっと静かなほうが…」なんて思っちゃいました。  結論は、速いっス。ただし、○○○○・ジャパンの努力は理解していても、地味〜 なルックスでありながらの車両価格=239万9000円はズシ〜ンとくるのも事実。 だからワタシとしては、国産200馬力マシンに乗ったコゾーを首都高&峠でブチ 抜くことに悦びを見出す、性格の悪〜いオジサン達に、ぜひ乗ってもらいたい感じが するのです!


3 グリルに漂う気品

オトーサン、 奥方に聞きます。 「このクルマのグリル、ほかのクルマに似ていない?」 「ジャガーにそっくり」 奥方は、毎日、ジャガーの中古車専門店の前を通るので、 自然とジャガーに詳しくなったようです。 お正月セールと称して、92年式のXJ(V8、排気量4リッター)が 何と95万円で売られていました。 新車なら、810万円の超高級車ですよー。 実は、○○○○とジャガーは、この間までは同じ会社だったのです。 オトーサン、 身を乗り出していいます。 「このグリル、気品が漂っているだろう」 「威厳を感じるわね」

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○○○○は、英国最古の自動車メーカーです。 創立は、1884年でした。 明治維新の2年前ですから、当時生まれた女性が、 いまも生きていたら、116歳の老婆です。 ○○○○の前身のひとつ、デイムラーの製造した高級車は 最初の英国王室の御用達車になりました。 グリルに高級感が漂っているのは、そのためです。 昔は、飛ぶ鳥を落とすばかりに羽振りがよかったのです。 ところが、その後の歴史は、複雑怪奇。 近頃、日本の自動車業界も様変わりして、 ニッサン=ルノー、マツダ=フォード、三菱=ダイムラー・クライスラー、 いすず、鈴木、富士重=GM、トヨタ=ダイハツ、日野など、 買収・提携関係が複雑になってきましたが、 ○○○○の場合は、そんなものではありません。 30分程度では、とても説明しきれないほどなのです。 頭のなかに、高校野球の勝抜き戦を思い浮かべてください。 Aブロックの勝者:勝者はオーステインとモーリスの合併で 1961年に誕生したBMC。 これまで下してきた相手は、ウーズレイ、ライレー、AECの3校。 Bグロック;勝者はジャガー。決着がついたのは1965年でした。 これまで下してきた相手は、デイムラー、ランカスター、ガイ、 コンペントリー・クライマックスの4校。 Cブロック:、勝者はレイランド。決着がついたのは1967年でした。 これまで下してきた相手は、スタンダード、トライアンフ、○○○○の3校。 そして、準決勝をBMC,ジャガー、レイランドの3校で行うはずが、 1968年、この3校が大合同して、BLMCになってしまうのです。 (BLMCは、ブリティッシュ・レイランド・モーター・コーポレーションの略) ドイツ、フランス、イタリー、アメリカ、そして新興国・日本勢に押されて 生き残りのために英国政府の強力な後押しで大合同が実現したのです。 しかし、寄り合い世帯の悲しさ、業績は悪化の一途。 ついに、1975年、国有化されてしまいます。 思いきったリストラ、1979年のホンダ車のライセンス契約で、立ち直り、 1984年には、黒字になりますが、 それもつかの間、親方日の丸ですから、また赤字になってしまいます。 特色のある高級車や、ミニのような名車をたくさん生み出したのですが、 労使紛争が絶えなかったこと、経営方針がニ転三転したこともあって、 国際競争に敗れたのです。 そこで、政府は、一転して分割・民営化に政策転換します。 84年、ジャガーの分割・民営化。(2000年にフォードが買収) 86年には、量産乗用車中心の企業にすべく、社名を○○○○に変更して 同年にバス部門、翌年にトラック部門を分割します。 ところが、この○○○○は88年、BA(英国航空)に買収されてしまうのです。 89年、BAはホンダとの結びつきを深めるために資本参加を受け入れます。 そして、ついに運命の日がやってきました。 あの誇り高い大英帝国が、ついに外国の軍門に下ったのです。 ホンダの知らない間に、 1994年、○○○○はBMWに買収されてしまうのです。 (勿論、ホンダは資本提携を解消します。) BMWは、自信満々、経営再建に着手したものの 根強い抵抗に出会って、赤字続き。 そこで方針を転換し、撤退の道を探ります。 ○○○○部門をつぶすことにしました。 2000年、名車○○○○・ミニを41年目にして生産中止。 ミニのブランド名だけもらって、ドイツ製のBMW車にします。 ランドローバーは、フォードに売却。 残った○○○○部門は、 存続を望む地元企業家グループに、たったの10ポンドで売却してしまったのです。 新社名は、MGローバーグループ。 スポーツカーのMGを中心に生き残ろうとしているようです。 オトーサン、 奥方にいいます。 「10ポンドなら、わが家でも買えたかもな」 「ふーん、○○○○って、数奇の運命をたどったわけね」 オトーサン、つぶやきます。 「可哀想な老婆」 「えっ、何かいった?」


4 私が愛する老婆

オトーサン、 グリルをしげしげ眺めたあと、 素性を書いた看板も目をこらして読みます。 97年式 ○○○○SLi 5ドア 110万円。 ワンオーナー、走行距離2万3000km。 車検2年付き。 フル装備 アルミホイール、 エアーバック、 ABS 本革シート。 勿論、右ハンドルのATです。 「ふーん、掘り出し物かも知れない」 オトーサン、 店長さんにいいます。 「座ってもいいですか?」 「どうぞ、どうぞ。エンジンも回してやってください」 なかなかクルマに乗せてもらえなかったどこかのデーラーとは大違いです。 「お前も乗れよ」 そういって、奥方に助手席に乗りこむようにすすめます。 集中ドアロックなので、マーチのように、いちいち助手席のドアを開ける必要も ありません。(これ、常識ですよねえ) 「どうだ、本革シートの座り心地は?」 さほど、ゆったりしてはいませんが、まあまあのようです。 「これがいいんだなあ、これが」 オトーサンが気にいったのは、本革巻きハンドル。 手にしっとりとなじむのです。 ATのノブは、短く使いやすい形をしています。 インストルメントパネルのデザインも、そう奇抜ではなく、 落ち着いていて使いやすそうです。 計器盤は、タコメーター付き。 奥方は、ウォールナット・ウッドパネルがお気に召したようです。 「上品な室内ねえ。 あらっ、ドア・ポケットにカップ・フォルダーが2つもあるわ。 あの子が喜ぶかも」 「おれのほうにも2つついているよ」 わが家の古いマーチのエアコン噴出口には、息子の彼女がつけたのか、 パンダのカップフォルダーが2つ付いているのです。 「みっともない」 もう嫁姑の前哨戦がはじまっているのかもしれません。 「オーデイオはどうなっている?」 「AM・FMチュナーにカセットが付いているみたい」 リアシートにも座ってみました。 膝がシートバックに着きます。かなり狭いようです。 奥方は、OK。 店長さんにいいます。 「これ、狭いね。でも、自分が乗るわけじゃなから、まあいいか」 店長さん、苦笑します。 クルマから降りて、周囲を一回りします。 「この色がいいよな」 しっとりとした深緑色です。(あとで調べると、British Lacing Green ) 「このデザインならいいわね。あらっ、ここにもエンブレムが付いてるわ」 奥方は、エンブレム探しに夢中のようです。 グリルやトランクの開口部だけでなく、アルミホイールの中心部にも付いています。 一方、オトーサンは、 「ふーん、フル装備かあ」 とつぶやいています。 リアには、ハイマウント・ストップランプもついています。 勿論、リア・ワイパーも。 マットガードも、サイドウインドには雨除けもついています。 新車で買ったひとは、夢中になってオプションをつけまくったようです。 新車の値段が209.9万円、それに諸費用など込みで、 おそらく250万円以上出しているでしょう。 それが、たったの3年で、売価で110万円! お気の毒です。 オトーサンのほうは、お買い得です。 「まさか、事故車じゃないでしょうね」 所長さんが、 「とんでもない。ウチは、一切、事故車は扱っていません」 輸入中古車は、憧れのクルマが安く入手できて 一見すると、お買い得ですが、 恐いのは、事故車、メーター巻き戻し、それに暴力団の経営するお店。 このグートは、トヨタの経営だからダイジョウブでしょう。 ショールームにもどって商談に入ります。 冒頭、オトーサン、プジョーの見積書を出して宣告します。 「実は、206を買うつもりだったんだけど、車庫証明を自分で取るといったら それではお売りできませんといわれた。ここはダイジョウブだろうね」 「それは、勿論、構いません。私どもの手が省けるわけですから」 OKどころか、いっさいやってくれて、タダになりました。 これで、1万2800円の節約です。 納車費用もなし。これで5770円の節約。 中古車査定費用もなし。5500円の節約。 下取車諸手続き代行費用もなし。7600円の節約。 オトーサン、だいぶ気持がほぐれてきました。 諸費用の総額は、14万6550円。 「プジョーだと、24万8474円でしたから、半分くらいトクかな」 内訳は、自動車重量税3万7800円、自動車税6500円、 自賠責保険2万8450円。 あと検査登録手続代行費用1万6710円と法定費用の6040円だけでした。 「中古車は、自動車取得税がないから、助かるよなあ」 (プジョー205だと、8万500円です) それに、消費税が206は、8万9500円のところが、5万8385円。 商談もクライマックスを迎えます。 オトーサン、厳かに宣言します。 「あのマーチ、下取ってくれる?  ネッツ店の中古車センターでは、5万円。 ヴィッツの新車を買うといったら、7万円にしてくれたけど、お宅はどうかな?」 「じゃあ、査定させてください」 10分ほどして、所長さんと査定したセールスマンが顔をよせてヒソヒソ。 所長さんが、書類をみせて説明します。 「ほんとうは、2.2万円ですが...」 オトーサン、固唾をのんで、結果発表を待ちます。 レコード大賞の審査結果発表を待つ歌手のような気になりました。 (今年のクワタさんは、例外ですが...) 「この際ですから....8万円ではいかがですか?」 オトーサン、奥方をみます。 支出総額117万円。 まんざらではなさそうです。 「ありがとう。じゃ、これで手を打とう。契約するよ」 「ありがとうございます。でも、ひとつお願いが...」 オトーサン、警戒します。 内心、「いまさら何を?」と思います。 「実は、手前ども、ここでお売りする中古車には、1年間の品質保証をしている のですが...」 口には出しませんしたが、 「そんなこと知ってるよ、ぼくらがトヨタではじめたことだから」 と内心思って、次の言葉を待ちます。 「このように、延長保証制度をはじめました」 みると、3年間にすると、5万1000円です。 「ああ、いいですよ。なあ、いいだろ。安心料だと思えば」 オトーサン、大分、値引きしてもらったので、 その分、保証に回せば安心と思いました。 支出総額は、122万円。 何といっても、輸入中古車で一番心配なのは、故障。 外車は壊れやすい、部品代が高い、直す工場が近くにないの3点セット。 きちんとアフターサービスをやってもらえるかが心配です。 その点、ここグートは、トヨタですから、安心でしょう。 一旦、家に戻って実印を、役所で印鑑証明書3通を取得。 また、デーラーに戻って、車庫の位置を示す地図を渡し、 書類に捺印し、手付金を諸費用分15万円払って あちこちに捺印し、住所氏名を書くと、 これで、契約手続きはすべて終了。 1月20日の納車を待つだけになりました。 帰宅する途中の会話。 奥方が、ポツンといいます。 「このオンボロ・マーチとお別れかと思うと、すこし寂しいわね」 「そうだね...このマーチも随分長く働いてくれたよなあ。 人間でいえば、何歳になるかなあ....」 オトーサン、言葉を続けようとして、口ごもりました。 「老婆が去ったかと思うと、また老婆と暮すのかぁ」 このHPの読者諸兄姉、 お断りしておきますが、老婆っていうのは、クルマのことですよー。 私が愛する奥方は、断じて、老婆ではありません。 ほんとですよ。 ほんとなんだから。


5 大変だぁ、絶版車だぁ

オトーサン、 ○○○○200SLiを買った後で、 知りたいことが色々出てきました。 中古車を買うとカタログがないので、どうにも不便です。 それでも、インターネットでCAR POINTなどをみて、 「やっぱり、ガソりンは、ハイオク買わなきゃダメか。 燃費は10・15モードで10.2km/Lか、あんまりよくないな。 タンク容量は50リッターか。まあまあだ」 「ほう、エンジンは、DOHCの1.6リッター、111馬力/6000rpm。 トルクは、14.8kg/3000rpm か。 まあ、ホットハッチじゃないけれど、走るほうじゃないかな」 自動車雑誌・CGのデータベースには、 「革巻ステアリングホイール、ハイトアジャスターおよびランバーサポート付 ドライバーズシート、前席シートバックポケット、6スピーカーオーディオ、 ヒーテッド・ウィンドウ・ウォッシャー、15インチアルミホイールなどの専用 装備をもっている」と紹介されています。 オトーサン、奥方に報告します。 「ハイトアジャスターがついてるぞ」 小柄な奥方は、これがないと、高さ調節のために、座布団が必要になります。 でも、奥方は流石です。 「昨日、もう試したわよ」 オトーサン、 息子に出会ったので、息をはずませて報告します。 「外車、買っちゃったぜ」 「ほんと?」 「○○○○200って奴だ。知らないだろう。5ドア、1600cc。 ダーク・グリーンで、アルミホイール。シートなんて革張りだぜ。 勿論、パワステ、パワーウインドウ、それにワイヤレス・ドアロック」 「ハンドルは、どちらにつているの?」 「勿論、右、安心していいよ。それにオートマ、CVTだよ」 「ふーん。オーディオはどうなってるの?」 「6スピーカーオーディオで、カセット付き。CDつけたかったら、 ナカミチがいいらしい」 そういって、インターネットで入手した画像をみせます。

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「走りもいいぞ。 いまのマーチのエンジン排気量が、1リッターなのに、 今度の○○○○200は、排気量が1.6リッターある。 マーチが、 60馬力/6000rpm、トルクは、 8.6kg/4000rpm 今度のは、 111馬力/6000rpm、トルクは14.8kg/3000rpm すごいだろう、 馬力は倍くらいあるし、3000という低い回転数で力が出ているから、 使いやすいクルマだと思うよ。 高速走行も、坂道走行も楽にこなせると思うよ」 オトーサン,急に自動車評論家のマネをします。 ほんとうは、パワー・ウエイト・レショー、つまり、 車両重量を馬力で割った数値も比較しようと思ったのですが、 止めました。よいに決まっています。 「荷物は入るの?」 マーチのトランクはゴルフバッグを入れると満杯。 困っていたようです。 「ああ、広いよ。そうだ、マーチのトランク掃除しておけよ。持っていく前に」 「マーチはいくらで売れたの?5万円?」 「いや、それが8万円で取ってくれた」 「それじゃ、まあいい買い物じゃない」 オトーサン 息子がほめてくれたので、いい気持になりました。 でも、その後、○○○○のホームページで○○○○200を見ようとしたら、 ○○○○75しか出てきません。 幾つかの自動車雑誌を当ります。 MAG(ニューモデルマガジン・エックス2001年2月号)に 「帰ってきた輸入車業界裏座談会、2001年の勝ち組・負け組」という記事のなかに、 「○○○○はカウントダウン状態」という小見出しがありました。 数人で話しあっています。 A「で、20世紀最大の汚点というか、巨大な負け組の○○○○はどうなるのですか?」 B「ということは、○○○○というブランドは2001年中に消えると?」 A「遠からず」 オトーサン、 さっきの喜びが消え、一転、心配になりました。 「さあ、大変! 詳しい事情を聞かなければ」 オトーサン、早速、本社に電話しましたが、誰もでません。 「ああ、そうか土日はお休みか」 246と環八の交差する瀬田にある○○○○の営業所に走りました。 おお、看板がランド○○○○に変わっているではありませんか」 お店のひとに聞ききます。 「もう○○○○は扱かっていません。 ○○○○200は、昨年から販売を止めております。 しばらくの間は、アフターサービスをしますが....」 と歯切れの悪いお答えでした。 「詳しいことは、神谷町の本社かBMWに聞かれたらいかがですか」 といわれました。 オトーサン、 帰宅してから、本社に電話しました。 何度電話しても誰もでません。 「こりゃ、やばいわ。もうつぶれたか」 仕方なく、○○○○のホームページから、デーラーを探します。 「販売店としては、直営店9店と、特約販売店網(北海道から名古屋まで) と特約店網(岐阜から沖縄まで)合計100店弱」 と出ていました。 東京をクリックすると、4店、江戸川、三鷹、多摩、小平にあります。 たったの4店、それも、家の近くにはないのです。 しょうがないので、近くの環八沿いのBMWのデーラーに聞きに行きました。 「ウチは、○○○○とは一切関係ありません」 「そんなバカな」 オトーサン、 ようやく事情が飲みこめてきました。 BMWはフォードと○○○○の買収合戦をして勝ったものの、 ○○○○の経営立て直しがうまくいかなかったのです。 買収を推進した責任者を更迭して、リストラに取りかかりました。 MG、ミニ、○○○○、ランド○○○○の4部門がありますが、 まず、ランド○○○○をフォードに売却しました。 次に、○○○○部門の解体に着手しました。 世界最長寿の名車・ミニの生産中止を決め、 そして、200の生産中止も決めたのです。 オトーサン、 叫びます。 「ありゃー、 ○○○○200は絶版車だったんだ。 ひぃー。 大変だぁ、部品が入ってこなくなる。壊れたらお終い、使えなくなる」


6 末長いおつきあい

オトーサン、 立ち直りも早いのです。 「もしかすると、こりぁ、大儲けのチャンスかも」 絶版車になると、レア物。この○○○○も、レア物となれば、 買ったときよりも売るときのほうが値段が高くなるかも知れない」 しかし、その夢もすぐにパーになります。 「テリー伊藤の今こそ中古車を買いなさい」三推社1999年を読むと、 メルセデスベンツ300SL(ガルウィング)が、 バブルの頃には、2億円もしたのが、 いまでは2000万円と書いてありました。 そうなのです。 ちょっと冷静になれば分かることですが、 BMWだって、下取価格がどんどん下がっている時代、 まれにあったとしても、それはスカイライン2000GTRで しかも、レースの優勝車といったスポーツモデルの超人気車だけのようです。 レア物で儲ける、もうそんな夢のようなことは望めない時代になっているようです。 しかし、 テリー伊藤さんは、面白いひとで、 「これからは、やつれた感じがイケる」 と書いています。 「これまでクルマというのはニ枚目を演じるように作られていた。 やれベンツがいいとか、BMWだとか、アウトバーンを突っ走るとか、 みんなニの線を目指していた。 しかし、時代は変わった。それがいまやカッコ悪くなりつつある。 これからはむしろ、なんかやつれた感じを求めていった方が、カッコいいいのじゃないか」 「そうだ、そうだ、テリーさんのいう通りだ」 オトーサン、すぐに豹変します。 クルマ>ヒトの時代から、ヒト>クルマの時代へ。 そうなのです。 メーカーが次から次へと、あの手この手で売り出すイナゴのような新車の大群。 そんなものに乗せられて、お金をつぎ込んでいたらキリがありません。 「3年毎に新車を乗りかえる」なんて愚の骨頂。 老後に備えて、大事なお金はもっと有効に使わねばなりません。 オトーサン、 宣言しました。 「よーし、10年乗るぞ。老婆とは末長くつきあっていくぞ」 早速、本屋に行って、 石橋秀郎「たったいまからクルマをヘタらせない本」三推社2001を 買ってきました。 「3年後、5年後、バカ高い修理代で泣かないために」なーんていう サブタイトルがついています。 いち早くヘタリを察知するための8カ条が書いてあります。 1 燃費をきちんと把握しておくために...ガソリンを満タンにしたら、   必ずトリップカウンターを0kmにセットしろ 2 朝イチのエンジンスタート時、ファーストアイドルの回転数とそこから   正常アイドリングに戻るまで何分かを知っておく 3 タイヤをチェックして、その磨耗状態でアライメントを知る 4 ラジエーターのリザーブタンクで液漏れがないかを知る 5 マフラーからの排気の臭いや色をみて、エンジンの状態を知る 6 スタンドでリフトアップしてもらったら、手でタイヤを回してみて、   プレセードの差をチェックする 7 タイヤのゲージは必ず買って、自分の基準圧を把握しておけ 8 たまにはオーディオを切ってエンジンの音を聞け。   調子よく走るときの音を記憶しておけ。 オトーサン、 長いこと、もう40年間もクルマに乗ってきました。 でも、この8ケ条のうち、心がけてきたのは、1番だけ。 「これからは、あとの7つもチエックするようにしなくてはなあ」 そういえば、昨年の夏に泊まった英国湖水地方のB&Bのご主人は、 古いMGを大事に乗っておられました。 MGは、モーリス・ガレージの略。1929年にメーカーになりましたが、 それまでは、クルマ大好き人間の修理屋さんでした。 こつこつ手入れして、クルマで外出するときは、控え目におしゃれして... そう、 このように、 クルマの世界には、奥深いものがあります。 オトーサンのように、 「次は、どのクルマを買おうか」 なーんていってるようでは、まだまだ、お尻が青い。 1台の愛車と末長くつきあっていくのが、本来の姿なのです。 何でも○○○○というクルマは、 長くつきあえば、つきあうほど、いい味が出てくるので、 英国では「○○○○おばさん」という愛称で呼ばれているそうです。 英国王室のプライベートカーでもあるそうです。 オトーサン、 これからは、ウチの奥方と息子たちと一緒に○○○○と末長くつきあっていく覚悟です。 ところで、 ○○○○って何だかわかりましたか? 「20 クイズ:○○○○ってなあに?」にある画像を右クリックしてみてください。 「名前をつけて保存」をクリックすると、ファイル名のところに正解が出ています。


7 踏んだり、蹴ったり

オトーサン、 息子に一目○○○○200SRiをみせたくて みせたくて仕方がありません。 クルマを買うと、たとえ中古車であろうとも、 ともに、喜びを味わえるひとがほしいものです。 ところが、息子は不在、 おそらく彼女と遊び回っているのでしょう。 普通のひとなら、まわりのひとに、 クルマの自慢話をしても、 「おい、オレ、忙しいから、そんな酔狂につきあっておられないよ」 といわれて、ショボンとなるのですが、 そこへいくと、かの巨匠・徳大寺有恒さんなんか、うらやましいものです。 だって、この○○○○200が日本で発売される前にイギリスで試乗して まわりに吹聴して回っているのですから。 「’96−’97年版間違いだらけの外国車選び」1996 草思社に、 こう書いておられます。 「私は、この5月、イギリスで新しい200と400の両方に試乗したが、 この2車を乗り較べてみて、いかに日本のクルマがつまらないかということを つくづく思い知らされた」 オトーサン、 「ふーん、200って、いいクルマらしい」 そう思って、内心ニャリとしたあと、 首をかしげました。 「これって、考えてみれば、妙な文章だなあ」 だって、200も400もイギリス車ではありませんか。 その両方に乗ってですよ、 どうして、 「日本のクルマがつまらない」 といえるのでしょうか。 ねえ、そうでしょ。400が日本車ならば話しは別ですが。 乗り較べて、400=日本車のほうが悪かったといっても不思議ではありません。 オトーサン、 ぼやきます。 「自動車評論家っていいなあ。 イギリスに行けて、しかも誰よりも早く新車に試乗できて、 手柄話しを吹聴。そして、 こんないい加減なことを書いて、それがベストセラー。 しこたま、お金が貰えるのだから」 そこへいくと、 オトーサンなんかあわれなもの、 自腹切ってクルマを買って、このHPにフリーで書いて、 しかも、誰も読んでくれないものと、ひがみます。 しかし、 オトーサン、 次の瞬間、 たとえ、一時的にせよ、 巨匠を非難したことを激しく後悔します。 「へぇー、そうなんだ。400は、日本車なんだ。 ”ホンダ車にイギリスらしい内装を与えただけのクルマ”って書いてある。 そうか、一時○○○○をホンダが支援していると聞いていたが、 これが、そうだったんだ」 その半年後に出た 「97年版 間違いだらけのクルマ選び」1996 草思社には、 こう書いてあります。 こちらのほうが、より明確です。 「ちょっとルノー・メガーヌに似たボディに 1・6リッターエンジンを載せた、ファストバックセダン。 96年新しく登場した200はひさかたぶりの生粋の○○○○である。 企画、設計のすべてが○○○○の手になるもので、 ○○○○製のエンジンを○○○○製のフロアパネルに載せてつくったクルマだ。 ここにはかつてのパートナー、ホンダの血は入っていない.... ○○○○200は、かつてのホンダ製の○○○○とは全く違って、乗り心地が格段にいい...」 オトーサン もとの本にもどります。 「いかにも、イギリス車らしい、イギリスの価値観で作られたクルマで、 私のようなイギリス車好きにとっては、「いいなあ」と思わせるものがある.... 新しい200が従来のホンダ・ベースの○○○○と基本的にちがうのは、 ステアリング・フィールが明確なことだ。..... 乗り心地はむやみに柔らかくはないが、しなやかというもの。 なかなかいい乗り心地である」 オトーサン、 「200って、ほんとに、いいクルマなんだ」 と喜んだあと、 余裕が出てきて、 すっかりホンダに同情します。 「こりゃ、ホンダは、踏んだり、蹴ったリだ」 だって、ホンダ車が、徳大寺さんにコテンパンにやられているではありませんか。 しかも、その後、ホンダの知らない間に○○○○はBMWと浮気。 結局、BMWと再婚。 「もう、老婆はコリゴリ」とホンダの首脳が漏らしたとか。 ホンダとすれば、日英産業協力のモデルなんていわれていたので、 やはり、心残りだったのでしょう....。 でも、ホンダは、若いツバメで終わらなくてよかったのではないでしょうか。 いわば、ホンダは大隈賢哉。 ○○○○・小柳ルミ子と別れてよかったのではないでしょうか。 「そうすると、大隈賢哉の新しいお相手は誰だろう?」 これって、 オトーサンのクルマの自慢話と同様、 「まあ、どうでもいいこと」ではあります。 でも、 どうでもいいことを、 どうでもよくないことにするのが、 メッチャうまいのがイギリス人なのです。 だって、球を棒で打つとゴルフ、足で蹴るとサッカー、抱いて走るとラグビー。 これって、みんなイギリス生まれではありませんか。 日本は大不況で、おまけに世界中から思っきりバカにされています。 いま南アに行ってる森首相なんか、誰も取材してくれないそうです。 いわば、踏んだり、蹴ったリ。 でも、ドン底から、何かステキなものが生まれてくるものと、 思いたいですねぇ。 信じたいですねえ、祈りたいですねえ。


8 エンブレム探し

オトーサン、 すぅかり、○○○○のエンブレムが気にいりました。 このエンブレムの由来を知りたいものだと思って、 YAHOOに○○○○と入れました。 公式HPは、75しか乗っていない、寂しいもの。 200は、FIle Not Foundとなっています。 YAHOOも消せばいいいのに。 管理不充分ですよ、孫正義さん。 でも、ひとつ収穫がありました。 オーナーズクラブがあったのです。 以下のようなことが書いてありました。 「○○○○JAPANは、これからどうなるか分かりませんが、 自分たちは、まだまだ続けます。 これからも車の維持にがんばっていこうと思います。 このCLUBはROVER 100、220,216のCOUPE,GTI、 カブリオレ、400、600、800等のOWNER'S CLUBです。 もう少しでフルラインナップです。 あまり知られていない車種なので数は少ないですが、和気あいあいとやっています。 現在会員数全国に73人。 活動内容は、月1回の会誌の発行と、 不定期ミーティング、年1回の全国ミーティングです。 会費は3600円」 ねえ、涙が出るでしょ。 ○○○○のオーナーたちは、 援軍がこないで、硫黄島で全滅していった兵士たちのようではありませんか。 BMW、少しは反省しなさい。 間違って買収して、あげくのはてに放り出すとは、何事ですか。 ダイムラーは、アメリカのクライスラーをめちゃめちゃにしたし、 BMWは、イギリスの○○○○をめちゃめちゃにしたりして、 このところ、ドイツ資本はちょっと頭に乗っていませんか? もしかして、第1次大戦、第2次大戦の仕返しかも....。 でも、このオーナーズクラブのHPを覗いたおかげで、 エンブレムの由来は分かりませんでしたが、画像を入手できました。

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「おう、帰ってきたか」 ようやく、息子が帰ってきたのです。 「さあ。行こうぜ」 奥方もいそいそとマーチに乗りこみます。 家族全員そろってのお出かけも最近はめっきり減りました。 娘2人が海外へ、息子もあまりいないからです。 「おれ、リアシートに乗るぞ」 「助手席に乗ればいいのに」と奥方。 「だって、リアシートに一度も乗ったことないもの。 もう、これが最後だから」 このマーチの助手席、やはり狭くて、膝がフロントシートバックに触ります。 「○○○○と同じだなあ。4人はムリか。 お前、友達と出かけるとき、4人乗ったりすることあるか?」 「3人だね」 「そうか」 奥方も取材開始。 「このクルマで遠くまでいったことある?」 「あるよ、神戸」 「神戸!」 マーチで神戸まで行くなんて、若いから出来るのでしょう。 あっという間に、グートに到着。 オトーサン、 所長さんに、 「息子にみせたいので」と断ってから、 いそいそと息子を○○○○200まで案内します。 「どうだ、これ」 「うーん」 息子は、思ったより感動しないようです。 どうも背が低いのがピンとこないようです。 ○○○○200の全高は、1m42cm. オトーサンがこれまで検討したきたクルマを見ると、 マーチが1m43m プジョー206が1m44cm うちのアウディA3が1m46cm カローラが1m47cm プントが1m48cm YRVとヴィッツが1m55cmとなっていて、 ○○○○200は一番背が低いのです。 オトーサンたちは、地を這うようでカッコいいと思いますが、 いまは、背の高いクルマの全盛時代ですから、息子もそれに感化されているのでしょう。 「これ開けるのコツがいるのよ」 奥方が、リアゲートを開けます。 キーを差しこんで、押しながら上げないと、開かないのです。 トランクを見て、 「これならゴルフバック入るか」 息子は、やけにゴルフバックにこだわります。 「ああ、そうか。彼女とグルフ練習場に通っていると言っていたっけ」 どうやら、ゴルフバックが2つ入るかどうかを気にしているのです。 いまのマーチでは1つが限度。 息子は、 本革シート、本革巻きハンドル、ウォールナット・ウッドパネルといった 英国車ならではの、味つけにもあまり感動してくれません。 「オーディオが6スピーカーだよ」 といっても、同様。 「ふーん」 そうなのです。 いまやCD、CDチェンジャー、MD、さらにナビ搭載車まで出ているご時世。 カセットつきAM/FMチューナーなんて大したことありません。 結局、彼が、一番、嬉しがったのが ワイヤレス・キー。 クルマから離れたところで、キーについたボタンを押すと、 あらら、ドアロックの開閉ができるのです。 何度も試しています。 そう、息子は、ファミコンで育った世代なのでした。 クルマに対する価値観もどうやら大きく変わってきたようです。 いまさら、イギリス車なんていっても、 若いひとは誰も有難がらないかも...。 今朝の日経には、GM,フォード、BMW,トヨタ、ニッサンが みんな英国での現地生産から撤退すると出ていました。 もう、英国は自動車の生産基地ではなくなって、 かつての大英帝国の栄光を失っているのかもしれません。 でも、 オトーサンたちの世代にとって、 英国は神のごとき存在です。 時々、皇居前を走ると、隣接するのが英国大使館。 アメリカ大使館も、ロシア大使館も、独仏伊の大使館も、 皇居からは、はるか離れたところにあります。 そのくらい明治の文明開化の時期には、英国の影響力は絶大だったのです。 さっきの○○○○のエンブレムをもう一度しっかり見てください。 「これ、何ですか?」 オトーサン、所長さんに聞きます。 実は、早とちりして、若い男性のパンツが盛りあがっているのかと思ってたのですが、 口に出さなくてよかったですよー。 「これ、帆船です」 「ああ、そうか。あの無敵艦隊なのか。 世界の7つの海を制覇した大英帝国海軍の誇る...」 確かに、そう思ってみると、帆を高々とあげています。 かつての、威風堂々の雰囲気を漂わせております。 オトーサン、 「こりゃまた、失礼をばいたしました」 心のなかでお詫びして、 うやうやしく手を合わせてエンブレムを拝みましたよー。 「王室のやんごとない方々がお乗りになっているこの○○○○に、 オレたちのような庶民が乗っていいのだろうか? バチが当らないだろうか?」 奥方は、喜々としてエンブレム探しに精を出しています。 「ほら、こんなところにも」 見ると、後づけしたウインドウのサイド・バイザーにも、 ○○○○と書いてあります。 普通は、フロント・グリルやリア・トランク程度ですが、 このクルマは、リヤクーター、アルミホイールの中心部、 ドアを開けると、ハンドルの中央、AM/FMオーデイオのカセットの蓋、 そして、ドア・ステップがアルミ張りになっていて、そこにも○○○○が輝いています。 「全部で、いくつあるのかしらねえ」 「ほら、ここにもあるよ」 デーラーがよく新車に敷いてある紙をめくると、 フロアマットにも、エンブレムがあるではありませんか。 「王室のひとって、いつもこうやって大英帝国を意識しているのか、 おそらく、息苦しいだろうなあ。 それとも、このエンブレムを見るたびに、誇らしく思うのがな」 BMWのひとが、○○○○をたった10ポンドで元の英国人社長に売却したのは、 このエンブレムをみるたびに、 戦争で英国艦隊にコテンパンにやられた悪夢を無理やり思い出させられて、 ムカついたためかもしれません。 こうして、エンブレムひとつとっても、その国の歴史と文化がにじみ出ているのです。


9 老婆心

オトーサン、 エンブレム探しが一段落して、 ようやくほかのことが気になりだしました。 所長さんに聞きます。 「あのー、○○○○のことではないのですが、 ちょっと伺っていいですか? 私のA3、リクライニングができないのですが、 このクルマもそうですか?」 「A3はリクライニングできますよ。 この○○○○もそうですが、ほら、こうやってダイヤルを回すのです」 「へぇ、これがそうなんだ」 シートの背の脇についている広口瓶の蓋みたいなものを回します。 なるほど、すこしずつですが、シートが倒れていくではなりませんか。 オトーサン、 お恥ずかしい話しですが、 A3に3年乗っていたのに気がつきませんでした。 「ゴルフの双子車だから、故障もしないし、いいクルマだけれど、 唯一問題はリクライニングできないことなんだ」 と周囲にもこぼしていました。 みんな「そうなの、外車って」というので、てっきりそうかと信じていました。 高速を走っていて、疲れたときってありますよね。 サービスエリアで仮眠したいのに、シートが倒れない と、ずーっと思っていたのです。 倒れるとは思いもよりませんでしたよー。 オトーサン、 気を取りなおして、新たな学習モードへ、 「ちょっとボンネット開けていいですか?」 所長さん、 「どうぞ、どうぞ」 車検2年付きですから、まだ、掃除をしていないはずです。 でも、開けると、あらあら、新車以上にピカピカです。 「ウチは、展示する前にきれいにするのです」 そういって、所長さんは、バッテリー液の場所など気になる個所を 教えてくれました。 オトーサン、 帰宅する途中、息子と奥方にいいました。 「グートってほんとにいいお店だろう」 奥方のほうは、「そうねえ」とうなずいてくれましたが、 息子のほうは、 「何で国産にしないの?」 というではありませんか。 「輸入車って、電気系統やオートマが弱いっていうじゃない」 オトーサンにとって、 愛する息子の言葉は、他のひとの数十倍の重みをもっています。 「そうか、じゃ、もう一度、輸入車の故障について調べてみるか」 そう決心しました。 104で○○○○の電話番号を聞いて、 サービスセンターに電話します。 (03−5461−1441 東京都港区港南5−1−50 天王州アイルのそば) 「○○○○を買ったユーザーです。 会社がなくなりそうと聞いたのですが、部本の方はダイジョウブですか?」 「勿論、ダイジョウブですよ」 「安心しました。もうひとつズバリ聞いていいですか? どこが壊れやすいですか?」 「それは..,」 かれは口ごもります。 「どこといわれましても...」 本社の電話番号を聞いてかけてみました。 (043−297−8309) あらあら、1月9日までお休みだそうです。 「会社がつぶれそうだというのに、長い休みだなあ」 でも、24時間サービスの電話番号を教えてくれます。 0120−688−399 しょうがないので、インターネットを見ます。 このところ、使い過ぎで、料金が気になっています。 「NTTってどうしょうもないなあ。 下げる下げるとPRしているが、とんでもない。 NYじゃ、市内電話は無料だというのに... 安心して、○○○○の情報を探せないじゃないか」 ○○○○ユーザーの面白いページを発見。 「弐百之話」とあります。 ○○○○200の話しというタイトルなのです。 (http://rover200.tripod.co.jp/index.html) そこには,「老婆心」というコーナーがあって、 彼の200のトラブル・不具合について書いてあるではありませんか。 「トラブルは友達!? いざという時に焦らない為の情報です。 過去に1度でも発生したことがあるケースはみんな載せますが、 最近では発売当初からするとかなり改善されているようなので、 ほとんどのトラブルには遭遇しなくて済むでしょう^^;(と思いたい)。 前輪ホイールが汚れます エアコンランプが消えません CVT音が気になります エアコン音が気になります 高速走行時にハンドルの振動が発生します 塗装むらがあります 雨漏り(水漏れ)します 後部トランクから異音がします SRSエアバック警告灯が誤動作します シートベルト警告灯が誤動作します 冷却液が漏れます エンジンオイルが漏れます 高速走行時に異音が発生します アクセルワイヤーが切れた パワーウィンドウ開閉時の異音 キーを捻ってもセルモーターが回りません ルームランプが消えません Pレンジでのエンジンの回転数がおかしい 走行中にエンジン回転数が0になってしまう場合がある エアコンスイッチの動作がおかしい ドアロックの不調 ワイパー作動時の異音 パワーステアリングオイル漏れ ヘッドランプカバーの内側に水が入る エアコンが作動しない」 何という故障の多さでしょう。 オトーサン、 激しく後悔しました。 うらめしそうに、エンブレムの帆船をみつめます。 オトーサン どうやら 荒海、に出てしまったようです。 航海、という字が、涙で雲って、 突然、 後悔、先に立たずに見えてくるのでした。


10 敗戦処理チームへの電話

オトーサン、 ○○○○200の納車まで、あと10日。 待ち遠しくて、待ち遠しくて、 インターネットや単行本を読み漁っています。 「そういえば、昔、デートの前の日がこんな風だったなあ」 クルマのおかげで、若い頃のあの胸のトキメキを取り戻せるのです。 株価も最低、21世紀半ばには人口半減のこの国、お先真っ暗、ロクなこたぁありません。 人間、誰でも、ひとつくらい趣味をもたなくちゃ、人生やってられない時があるよなー。 そこへいくと、老大国・英国は、没落の大先輩。 国の没落なんかクソくらえ、 おれのほうは、人生、しっかり楽しむぜという気概に溢れています。 オンボロ・クルマと老いてガタがきた身体をいとおしみながら、 余裕綽綽、余生を送る。 そんなときの好伴侶が、○○○○おばさんんなのです。 オトーサン、 インターネットに載っているすべての批評に目を通りました。 イギリスで留学して○○○○に乗っているひとのホームページもみました。 自動車評論家の岡崎五郎さんの○○○○75の批評もありました。 200とはちがうクルマですが、200にも共通するだろう記述も見つけました。 「○○○○流。つまり、ガッチリとした重みのあるステアリングフィールや硬めの足回り、 重厚感の ある乗り心地といった、ひと味違ったキャラクターを備えている。」 オトーサン、 叫びます。 「一味ちがったキャラ! いいねえ...」 何しろ、この日本、顔をとりかえれば、みな同じという平凡な人間ばかりです。 だ、か、らぁ、 国産車もそれを反映して 誰もが楽に乗れ、静かで、手入れもしないですむラクチン・クルマを目指しております。 オトーサン 新発売のカローラなどの国産車を試乗してみて、 「つまんねえの」 とつぶやき続けてきました。 安くて、燃費もよく、サービス網も充実していて、しかも人気車。 「どこが不満なの?」 と聞かれると、困りましたが、 そんなのを運転していると、骨の髄から腐っていくような気がしました。 何度も、危うく買いそうになっては、踏み止まってきたのです。 「つまらんクルマだなー」 おそらくサラリーマンがセコセコと改良を積み重ねてきて出来あがったクルマなのでしょう。 「遊びに使うクルマを、仕事の義務感なんかで作って欲しくないよなあ」 オトーサン、 ○○○○に電話します。 (043−297−8309) たしか、1月9日までお休みのいまどき珍しい会社です。 「はい、○○○○サービスです」 ようやくつながりました。 「お宅、○○○○の本社ですか。○○○○に一目ぼれして買ったけど、 なんか会社がなくなったというので、あちこち電話している者ですが....」 「本社はなくなりました」 「じゃ、お宅たちは、何なの?」 「○○○○サービス(株)といいます。BMWの子会社となっています」 オトーサン、 倒産したココ山岡や高野ビューティ・クリニックの 被害者代表のような気になって、取材を開始します。 「何で、お前が?」 だって、どの自動車雑誌も、この話題から逃げているのです。 新車の試乗記とかメーカーのチョーチン記事ばかり。 平成の水戸黄門を自認しているオトーサンとしては、 被害者になり代わって、 「誰か、責任取れよ、謝れよ、カネ返せ」の意気込みで 取材にあたらねばなりません。 いきなりカウンターパンチを食わせることにしました。 これ、取材術のひとつです。 「ああ、あの敗戦処理チームっていうのが、お宅たちなんだ。 つぶれそうだって聞いたけど、パーツの供給ダイジョウブですか? オーナーのみんな一体どうしてくれるんだって、心配しているぜ。 場合によっては、訴訟っていう話しも出てるそうだけど...」 「勿論、ダイジョウブです」 「そうですか」 オトーサン、 今度は不意打ちを食らわせることにしました。 「業界誌には、○○○○75が雹に打たれてダメになって、 社員がひとり3台ずつ買わされたと書いてあったけど、あれホントですか?」 「そんなことはありません。雹にやられたのは、事実ですが」 「いつ頃でしたっけ?」 「昨年の5月です」 「そりゃ、大変でしたね。 お宅のエライひとたち、会社がつぶれそうになって、みな、逃げだしたってホントですか」 VWジャパンにいって副社長になったとか」 「まあ、そういうひともいます」 「BMWに買収されて、口惜しくない?」 「まあ、仕方ありません」 オトーサン、 また同じ質問をします、 「ところで、パーツの供給は、本当にダイジョウブですか?」 「それは、ダイジョウブです」 その声で、安心しました。 「お宅、この電話番号043だど、千葉だよね。前は、東京の神谷町にいたでしょ。 引越ししたの?千葉は、どの辺ですか?」 「幕張です」 「ああ、そうすると、あのカルフールのそば?」 「そうです」 「そうか、先週通りかかりましたよ、BMWのすごくしゃれたビルがあった。 あなたたち、あそこで働いているの? そりゃぁ、幸せだぁ。 あの辺、何もないところだったけど、カルフールがオープンして随分便利になったでしょう」 電話口で笑い声がします。 オトーサン、 すこし、仲良くなってきたので、用件を切りだします。 「○○○○200の日本での累計販売台数を知りたいのですが...」 「それはすぐには分かりません」 「調べたら分かるはずでしょ。生産打ち切りで、 これからは数が少ないのが売りになると思うのだけれど」 「それでは、しばらくお待ちいただけますか?」 「ああ、構いません」 そういって、FAXしてもらうことにしました。 ついでに、オトーサンの生活圏のサービス拠点の住所なども送ってもらうことにしました。 外車は(国産車だって) 買う前に万全の心構えと準備が必要です。 サンダル履きで、いきなり、エベレストには登れないでしょう。 あれと同じです。 色が気に入ったから買うなんて、とんでもないことです。 つい最近も、三菱のリコ−ル隠しがバレたでしょう。 他のメーカーだって、似たようなもの。 命を預ける道具を買うんですよ。 オトーサンの忠告を無視するひとに申しあげておきます。 「いざっていうとき、知らないから,,,,知ーらないよ、知らないよ」


11 過去の過失

オトーサン、 ○○○○200の納車まで、あと5日。 まだカントダウンは、はじまりませんが、 気分は、子供の頃の「もういくつ寝たら、お正月」です。 15日、 13時13分、 待望のFAXが、 ビーエムダブリュージャパン(株)お客様相談室の 中村さんから届いたようです。 「ようです」というのは、FAX用紙が切れる寸前で、 A4の半分だけしか出ていず、長いこと気付かなかったからです。 オトーサン、 それに気付かず、BMWを批判していました。 「敗戦処理チーム、もたもたしてるなあ。 12日に電話して、もう3日もたっているのに、連絡がないとは」 歌の文句じゃないけれど、 「おーい、中村くん」だよなあ。 老婆だから、もたもたするのもいたしかたないか。 ローバは、一日にしてならず・・かあ」 なーんて、ヘタなダジャレさえ考えていました。 中村さん、ゴメン、ゴメン。 わるいのは、オトーサンのほうでした。 中村さんは、FAXを、週明けに一番で送ってくれたのでした。 さて、問い合わせていた ○○○○200の累計販売台数は? ジャーン。 約6400台。 オトーサンの予想より1桁多かったのです。 「ほんとかよー、そんなに売れたかなあ。 96年8月発売、1999年10月輸入中止なので、 販売されていたのは、実質3年でしょうか。 6400台ということは、3で割って、1年で2133台。 月あたり、177台。 手元にあった雑誌の資料のページをめくると、 昨年11月の○○○○の5ナンバーの販売台数が ちょうど177台でした。 「まあ、そんなものか」 発売当初は、円高もあって、フェアプライスを謳って、 マーケティングに力をいれていたために、売れたようです。 オトーサンが夢見た”レア物”ではなかったのです。 オトーサン、 そんな一騒ぎがありましたが、 このところ、集中している読書に戻ります。 横田晃「国産車の予算で、かしこく輸入車に乗ろう」ごま書房 1999 石橋秀郎「クルマをヘタらせない本」三推社 2000 オトーサン、 しきりにうなずきます。 「そうか、そうか」 これまで、国産車ばかり乗りついできたので、 クルマの手入れなど、ろくに考えたこともありませんでした。 せいぜい、洗車とエンジンオイルの交換程度。 あとは、「高いなあ、車検代は」といって車検に出す程度。 それも、最近はユーザー車検でごまかしています。 この2冊の本では、 オトーサンのそうした甘い考えかたが、 コテンパンに批判されております。 「お前、お気楽にクルマに乗っているようだけれど、 クルマに命を預けてるという事実をほんとうに知っているのか? メーカーを信用して、簡単に命を預けてしまって、本当にいいのか? リコ−ル隠しもあることだし、何かあったら、どうするんだ」 オトーサン、 欧米の文化であり、 クルマ社会を支えている「自己責任=事故責任」という考えかたに まだまだ、なじんでいないようです。 本には、また、 「毎朝、エンジンをかけたら、 セルモーターやエンジン音に、しばらくの間、耳を澄ませ」 と書いてあります。 これによって、電気系統やエンジンの異常を、 早期に発見することができると書いてあります。 「でもなあ、オレは修理屋じゃないんだから...、 いちいち、そんなにやかましいことをいわれてもなあ」 オトーサン、 奥方に箸の上げ下ろしを注意されたような気分になってきましたが、 著者は、さらに、 「欧米では、毎朝、奥さんに愛していると言う習慣があるでしょう、 それと同じで、クルマにも挨拶しましょう」と言っております。 オトーサン、深く反省します。 「そういえば、オレ、 長いあいだ、奥方に挨拶なんかしなかった。 異常にも長いあいだ、気付かなかった。 そのツケがいまやってきているんだ」 ふと、気になって、 ATミッションのところをめくります。 「あっ、そうか、そうだったのかあ」 オトーサンは、ついに、過去の過失を知らされたのであります。 このホームページの愛車遍歴には、 マーク2のATが壊れたとか、コロナのATが壊れたとか 書いてあります。 実は、書きもらしましたが、ソアラもATにガタがきていたのです オトーサン、いずれも、 「中古車だからしょうがない」とか、「念力のせいだ」と書きました。 ところが、上記の本の著者たちは、 「何故、おまえはATを、やたら壊すのだ?」 と責めているではありませんか。 「お前は、ATが精密機械だということを知っているか?」 「いやぁ、知りませんでした」 「お前は、ATにもギアがあるのを知っているか?」 「全然」 「お前は、ATには、ATF(1種のオイル)が入っているのを知っているか?」 「はい、うすうす存知あげております」 「お前は、そいつを交換したことがあるか?」 「さあ、わかりません」 「お前は、駐車するとき、サイドブレーキを引くのと、 DレンジからPレンジに入れるのと、どちらを先にしているか?」 「そんなこと、急に聞かれても...」 オトーサン、 通勤のときに、調べてみました。 Pレンジに先に入れるようです。 著者たちは、それがATを壊す原因だと断定しております。 まだ、どうしても、クルマは、すこーし動いているので、 Pレンジにいれると、ATのギアにムリがきて、 長い間には、すりへっていくのだそうです。 それが、積もり積もって、故障へ。 オトーサン、 のみこみが早いほうでうから、 「よ−し、今度からは、気をつけよう」 と決断しました。 「サイドブレーキが先で、Pは後。つまり、SPだ」 言ってる先から、デニーズの看板が先方に見え、 そこの可愛いオネーチャンの顔が思い浮ぶと、もうお終い。 いつの間にか、Pを先にいれてしまっています。 もうクセになっているのです。 オトーサン、 深い溜息をもらしました。 「もしかすると、このオレは、 ATに限らず、数々の過ちを犯してきたのではないか。 その知らず知らず犯してきた過ちの集積が、すなわち、 このオレの現在をかたちづくっているのではかろうか」 このように、今回のクルマ選びは、 人生の存在そのものにまで深く影響してきたようであります。


12 納車準備のあれこれ

オトーサン、 ○○○○200の納車まであと3日とあって 朝から、忙しいの何の。 「納車準備で、何故、そんなに忙しいの?」 国産新車の場合は、朝から楽しみにして、待ってるだけでいいのです。 セールスマンがきちんと届けてくれます。 「輸入車、それも中古車となると、そりゃあ、準備が大変なんだ」 「どうして?」 「あのさあ、バツイチの彼女と結婚しようと思ったら、どうする?」 「別にぃ、お互い、気にいっていたら、それでいいんじゃない」 オトーサン、 急に怒り出します。 「おい、キミ、そんな安易なことでいいのか。 いくら彼女にのぼせていても、その素性くらい調べなければ,,,。 水戸泉みたいな目にあうよ」 「週刊誌に出たいたけれど、確か、あとで5人の子持ちということが発覚した」 「そう、別に子供が5人いようと、7人いようと構わないけれど、 だますような性根のオンナはよくない」 オトーサン、本筋から脱線。 ここは、誰かが注意すべきです。 「それ、中古車とどういう関係があるのさ?」 「渡辺なんとかいう、高い声だす女性歌手の持ち歌、知ってる? 中古車の場合、この現在、過去、未来を知ることが大事になってくるんだ」 そんなことで、 オトーサン、 この数日間、過去ー現在ー未来の 中古車のチェックリストを作成するのに忙しかったのです。 これを納車当日プリントアウトして、 デーラーのサービス・スタッフに見せて、 ひとつひとつ確認しなければなりません。 中古車納車時のチェックリスト 過去 ・点検整備記録簿   レ(点検)、×(修理)、A(調整)をみて、修理状況をチェック。   レ印ばかりが多いのは、消耗部品の交換を怠けている証拠。   とくに、オーバーヒート歴に注意。 ・タイヤの減り具合から知る運転状況   山がない...3万キロで交換せねば   前後で減りかたが違う...タイヤ・ローテーションをしていない証拠   フロントタイヤの外側が減る...さては、乱暴なコーナリングをやってたな   1輪だけ,別のブランド...パンクで交換したにしては,無神経だぜ ・ボディ回り      傷(大きな事故や軽い事故)   塗装の艶(屋外駐車かどうか) ・エンジン音   高い音よりも、低い異音に注意。   コンロッド、タペット、ウォーターポンプ・ベアリング、ファンベルト。 ・排気の煙 ・臭い ・ホームページでみつけた不具合個所 (日付順を種類順に直す)  電気系統    エアコンランプが消えません    エアコンスイッチの動作がおかしい    エアコンが作動しない    ドアロックの不調    SRSエアバック警告灯が誤動作します    シートベルト警告灯が誤動作します    ルームランプが消えません  消耗部品     冷却液が漏れます    エンジンオイルが漏れます    パワーステアリングオイル漏れ    パワーウィンドウ開閉時の異音    キーを捻ってもセルモーターが回りません    ワイパー作動時の異音    ヘッドランプカバーの内側に水が入る   機能部品    高速走行時に異音が発生します    高速走行時にハンドルの振動が発生します    Pレンジでのエンジンの回転数がおかしい    走行中にエンジン回転数が0になってしまう場合がある    CVT音が気になります    アクセルワイヤーが切れた   その他の不具合     エアコン音が気になります    塗装むらがあります    雨漏り(水漏れ)します    後部トランクから異音がします    前輪ホイールが汚れます オトーサン、 チェックリストが膨大なので、作成しているうちに面倒臭くなってきました。 クルマの部品点数が数万点ということをあらためて思いださせられました。 メーカーの多くのひとたちが心をこめて製造し、前のオーナーが大事に使ってくれないと、 どんなにおそろしいことが起こるか、しれません。 「オーこわ。あっ、大事なことを忘れていた」 ・前所有者の身元 埼玉県の川越のひとのようです、 渋滞が多いので、ATが傷んでいるかも。 関越を利用してスキーに行っていると、塩分でボデーが錆びているかも。 若い男性だとおもいますが、ひょっとして妙齢のご婦人かも。 すると、運転席からはえもいわれぬシャネルの5番の香りが漂ってくるかも,,,。 もしかすると、老婆かも。 すると、運転席からは、いやな死臭がただよってきたりして...。 オトーサン、考え直します。 「ヤクザかもなあ」 すると、助手席の下に情婦の宝石の指輪(時価1億円)が転がっていて、 迷ったあげくに、正直に申告して、 謝礼を1割もらえるとして、 1000万円ゲット! すると、差額でベンツのSLK(オープンカー)が買えるかもなあ。 でも、車検したひとがもう猫婆してしまっているかも。 中古車の場合、 こういう想像をめぐらす楽しみもあります。 そんなことで、夜もふけてきました。 現在と未来のチェックリストの作成は、明日にしましょう。


13 信じられなーい

オトーサン、 ○○○○200の納車まであと2日とあって 今日も朝から、忙しいの何の。 クルマのトラブルというのは、 人生におけるトラブルと同様、数え出すとキリがないのです。 オトーサン、 夕方、ようやく近くの○○○○のデーラーに行って、 カタログを入手しました。 昨日電話して、 「中古車を買ったものですが、カタログありますか? ある。よかった。では、いただけますか? はい、じゃあ、明日、取りにうかがいます」 セールスマン、 ポンと渡してくれるかと思いきや、 なぜか椅子に座ることをすすめられます。 15分くらい、 販売が打ち切りになった話が続きます。 どうも相手は、無類の話し好き。 イギリスでは、○○○○25となって、売られていること、 新しいミニは、どうやらBMWのデーラーで売ることに決まった、 しかし、○○○○ミニとはもう呼ばないようだ。 そんなよもやま話しが続きます。 さらに、あのエンブレムは英国艦隊ではなく、 バイキングを表したものだそうです。 自由、放浪というイメージを示したものとか。 ようやくアフターサービスの話しになりました。 すると、セールスマンは、こういうではありませんか。 長話しは、どんなことが起きてもだいじょうぶなような 人間関係を築くためだったようです。 「このクルマは、故障が多いのを覚悟してください。 冬場にオーバーヒートなんてザラですから」 「.....」 オトーサン、 その昔、オンボロのマスターで、 オーバーヒートを何回か経験したことがあります。 原因は、ラジエーターの水不足というか水漏れ。 どのクラルマか忘れましたが、 夏場の高速道路の渋滞中にもオーバーヒートを経験しました。 このときは、高速からおりて、 しばらく路肩にとめて冷やしてから また運転したことがあります。 すぐ、修理工場にもちこみました。 でも、冬場のオーバーヒートなんて聞いたことはありません。 信じられません。 信じられなーい。 家に帰って 本を読み直しました。 すると、どうでしょう。 オーバーヒートが起きると、 エンジンはあっさりと壊れると書いてあります。 「そうか、あの時は、やばかったんだ。こわれる寸前だったんだ」 続けて読みます。 「輸入車では、冷却水の温度が国産車よりはるかに高い温度が 普通になっている。 なぜなら、ヨーロッパは、日本よりも気温が低く、高速で走るからである。 100度が普通に設定してある。日本とは基準がちがうのである」 オトーサン、 むかし、中学校の理科の授業で習ったことを思いだします。 「諸君、水の凍る温度は? はい、そうです、よく分かりましたね。 では、水の沸騰する温度は?」 「100度でーす」 すると、授業をロクに聞いていなかったといわれたものです。 つまり、圧力をかけると、沸点は下がるのです。 「輸入車では、120度を超えると、オーバーヒートとなっている。 しかし、これを正確に表示すると、日本人は驚くから、 水温計のメーターは、まんなかを指すように設定している」 オトーサン、たまげます。 「おいおい、それじゃあ、水温計を信用するなってことか」 どうも、そのようです。、 「ラジエーターホースやキャップを密閉し、 圧力をかけて、高い水温に耐えるようにしている。 ところが、輸入車では酷使されるので、すぐへたるが、 しょっちゅう交換するようになっている」 信じられなーい。 「キャップまで、メンテナンスフリーではないんだ」 さらに、もうひとつ、 信じられなーい。 「ラジエーター本体の接続部分がダメになるケースが多い。 これは、日本が渋滞でエンジンの回転数が低く、 冷却水の循環量が少ないからである」 オトーサン、 しばらくたってから、考え直しました。 「信じられなーいを連発してきたけれど、 グローバル・スタンダードに照らしてみれば、 日本はそうとう変な国ということになるなあ。 だってさあ、 渋滞が、普通。 100km以下で走るのが、普通。 梅雨時や夏には、むしむしするのが、普通。 これが普通って、いばることないよなあ。 考えてみれば、 渋滞がないのが、普通、 100Km以上で走るのが、普通。 むしむしせず、からっとし気候が、普通。 そのほうがいいに決まっている。 そうだよなあ。 でもさあ、 日本で売っているんだから、 日本仕様にすべきだよなあ。 輸入車でも、 左ハンドルを右ハンドルに直すのが普通になったように。 オトーサンよ、 ブツブツ言っていないで、 いわれた通りにしなさい。 ラジエーターキャップなんて1000円もしないから、 まめに取り換えることにしなさい。 家族に時々ケーキを買って帰るでしょ、 あれと同じです。 愛車は可愛がるから、愛車なのです。 オトーサン、 気をとりなおして、 もらってきた大判封筒をあけて、カタログを取りだしました。 新品。 大判。 おまけに左右見開きで、開くと、畳み半分になります。 流麗なスタイルをカラフルに大写ししてあります。 豪華ケンランの曲線美。 食い入るように愛でたあとのオトーサンの感想はいかに。 「おお、これはいわば、新しい愛人なのだ。 お金がかかってもしょうがないか。 でも、困ったなあ」


14 イメージ・トレイニング

オトーサン、 いよいよ、明日、○○○○200が納車で−す。 今日も朝から、忙しいの何の。 「そんなに忙しがって、一体、何やってるの?」 実は、イメージ・トレイニングの最中なのです。 マラソンの高橋尚子さんのイメトレなら分かりますが、、 オトーサンのイメトレは一体、何のために? よくぞ、聞いてくれました。 安全運転のためなのです。 クルマを買ったら、まずは走ってみたい、 嬉しさのあまり、不慣れで壊れやすい外車をすぐにでも運転してみたい。 これが一番危険なのであります。 事故が起きても不思議ではないのであります。 走り出して5分もたたないうちに、 ガチャ−ンではねえ。 後悔先に立たず。 何事も周到な準備が大事です。 オトーサン、 いま、目の前にカタログをひろげています。 「心をときめかせるために生まれた、新しい英国車です」 そんなコピーは無視して、 下にあるブリティシュ・レーシング・グリーンの ○○○○200SLiの写真を見つめます。 「では、まず、ドアを開けるぞ。 えーと、キーはどこだったっけ」 そうなのです。 オトーサン、最近物忘れが激しいので、キーをなくすに決まっています。 スペアキーを作っておく必要があります。 オトーサン、用意した愛車手帳に書きこみます。 「よしよし、1、スペアキーをつくると記入したぞ」 次は、ドアを開けて運転席に乗りこみます。 「しまった、ドアをきちんと閉め忘れた」 そうなのです。 オトーサン、時々、A3を半ドアで運転していて、 隣に並んだクルマから注意を受けるのです。 「よしよし、ドアの締まり具合をチェックすること」 これには、記号2をつけて記入します。 オトーサン、 ページをめくって、室内写真を探します。 スモークトーンのレザーシートばかりが大きく写っています。 肝心の計器盤まわりの写真が小さいのですが、しかたありません。 「これでイメトレじゃあ、 いまいち、りありてぃがないよなあ」 あらあら、違うページを開いていました。 計器盤まわりが大きく写っているページがありました。 「シートに座わる。ハンドルを握る。 バックミラーを見て、サイドミラーを見る。 ありゃ、どうも椅子の位置が悪いな。 これじゃあ、クルマの鼻先がみえないよ」 オトーサン、 愛車手帳に「3、シートの位置、高さ、ミラー類の調整、 チルトハンドルの位置調整」と書きこみます。 小柄な奥方が運転したあとは、 いつもこの3の作業をさせられている関係で、すぐ気付くのです。 オトーサン、 いよいよ発車です。 「まず、サイドブレーキを外して、それからATをPからDにして アクセルを踏んで...」 「ちょっと待った」 オトーサン、 心のなかで、はやる心に急ブレーキをかけます。 まだまだイメトレでやることがいっぱいあるのです。 走り出すのは時期尚早です。 「何があるのだ?」 外車と国産車と違う操作がいくつかあります。 事前にそれに慣れておかないと大変なことになります。 オトーサン、愛車手帳に書きこみます。 「4、ウインカーやライトの操作法を確認、数回練習する」 国産車では、ハンドルの右側が方向指示器、左側にライトのバーが ついていますが、外車は反対なのです。 ですから、右折するつもりでウインカーを操作したつもりが、 ライトをつけていることがよくあるのです。 したがって、後ろのクルマは、右折とは分かるはずもなく、 ドーンと追突されることだってあるのです。 オトーサン、 A3に3年乗っているのに、まだ慣れていません。 「あなた、何やってんのよ。危ないじゃないの」 しょっちゅう、助手席の奥方から叱られているのです。 ひとつひとつ会話形式で進めると、 夜が明けてしまいますので、 以下は、愛車手帳に書きこんだ項目を列挙しましょう。 「5、雨が降ったときの、ワイパーの使い方とウォッシャー液の出し方」 この○○○○SLi、うれしいではありませんか、 極寒でもウォッシャ−が使える ヒーター付きウォッシャーノズルを装備と書いてあります。 英国って寒いのでしょうかねえ。 「6、エアコンの操作法をマスターする」 A3では,セールスのひとがわざわざ教えてくれました。 エアコンを切ろうとしても、該当するスイッチがないのです。 何と、風量をゼロにすると、エアコンが消える仕掛け。 でも、○○○○は、カタログでみるかぎり、 国産車と同じようなので、ひと安心します。 「7、オーデイオの使い方をマスターする」 奥方のムーブのオーデイオは、やたら小さなボタンがついていて オトーサン、いまだに使えません。 この○○○○は、 オプションでCDチェンジャーもつけられるようですから、 このクルマの数々のトラブルのことなんか忘れて、 赤坂から乃木坂へ、 青山から表参道へ、 そのあたりにとめて、 本皮レザーシートに深く身を沈めて、 ウォルナットのウッドパネルから流れ出す、 英国出身の歌手の歌なんぞ聞いてみたいものです。 Yesterday...Oh my trouble オトーサン、 気をとり直して、イメトレを再開。 「8、計器盤を確認する。トリップメーターや照度の調節」 燃費がどのくらいになるか、計ってみたいのです。 10・15モード走行で10.2km/Lとカタログには出ています。 そうそう、プレミアムガソリン使用、満タンで50リッターです。 レギュラ−ガソリンを使いたいのですが、 日本のガソリンは質が悪いので、外車にはムリなようです。 これって、おかしいよなあ。 「9.ハザード・ランプが使えるか確認する」 「10、熱線入りリア・ウィンドウが壊れていないか確認する」 「11、ヘッドランプ、ブレーキランプ、ハイマウント・ストップランプ の点灯を確認する」 これは、奥方に後ろに回ってもらって、確認してもらいましょう。 ランプが切れていたら、大変です。 オトーサン、 イメトレで、一旦、クルマから降りて 奥方と一緒にクルマの回りを一周することにしました。 「12、タイヤサイズを確認。185だあ」 「13、スペアタイヤ、工具箱の位置を確認」 「14、給油口の開け方を覚える」 めずらしい外車だと、ガソリンスタンドのおにいちゃんたちでも 分からないことがよくあります。 オトーサン、 イメージで、 ボンネットを開けます。 どういうわけか、ほとんどのカタログには、 ボンネットを開けた写真が載っていないのです。 これ大事な情報だと思うのですが...。 「15、オイルゲージの位置とオイルの分量 ウォシャー液の位置と分量、バッテリーの位置と液の分量」 「16、ラジエーターのキャップの位置とへたり具合、 ファンベルトの位置とへたり具合」 さあ、これで、OKです。 オトーサン、 気持ちよく走りだしました。 運転というより、運天。 この一瞬は、天にも上るような気分です。 エンジンはブンブン、気分はルンルン。 「あっ、しまった」 オトーサン、 大変な重大なミスを犯してしまいました。 助手席に奥方が乗っていません。 イメージだったからよかったようなものの、 実際にやってしまったら大変です。 「またまた、そんな馬鹿なオチで笑いをとろうとして...」 「いやいや、これほんとにあった話しなのです」 オトーサン、 むかし、ベンツの本社に行ったことがあります。 ドイツの片田舎のシュッツトガルドにあるのです。 その時、案内してくれた広報マンから聞いた実話をご紹介しましょう。 ベンツは納車数年待ちがあたりまえ。 通知がくると、 オーナーたちが、 世界の各地からバカンス旅行をかねて、 シュツットガルドにクルマを受取りに集まってくるのです。 そこは、ホテルのロビーのようになっていて、 いくつものレストランにくわえて、銀行のカウンターもあって 別棟には自動車博物館もあります。 連結式のいも虫のような遊覧車に乗って、工場見学もできます。 ようやく待ちに待ったクルマを受取った紳士。 キーを受取るや、一目散にガソリンスタンドへ急行。 「満タン」 はずんだ声で言って、勢いよくスタートします。 ルンルン気分で、速度無制限のアウトバーンに乗ります。 しばらくフルスピードで走ってから、奥方の紛失に気付くのだそうです。 「あなた、あたしよりクルマがそんなに大事なの?」 そこで最後に イメトレの成果を、読者のみなさまに。 老婆心ながら大事なメッセージを、お伝えしておきましょう。 「出かけるときは忘れずに、老婆とカードと注意心」 この際ですから、若いひとバージョンも、お伝えしておきましょう。 「出かけるときは忘れずに、彼女とキャップと自制心」


15 納車記念式典

オトーサン、 目が覚めて、窓のカーテンを開きます。 「おお、雪が降り積もっている。 これじゃあ、クルマが走れないではないか」 待ちに待った○○○○200SLiが、 ついに納車される記念すべき日だというのに、この大雪とは。 「ああ、天、我に味方せず」 外へ出てみると、マーチの屋根には10cmほどの雪が積もっています。 そばには、子供たちがつくったのか、大きな雪だるま。 「でも、たいしたことないか」 日陰になった裏道には、雪が残っていますが、 環8に出ると、もう雪なんかないのです。 東京では,めっきり大雪が減りました。 オトーサン、 奥方に注意されます。 「あなた、あたしに何かうらみでもあるの?」 ほうきで、マーチの天井の雪を勢いよくかき落とすと、 なぜか、奥方のほうに飛ぶのです、 でも、ご安心。 じゃれている猫みたいな口調ですから、ダイジョウブ。 奥方だって、納車記念日ともなれば、ゴキゲンです。 雪は珍しいし、雪だるまの横にいると、童心に帰るのです。 オトーサンたちの 次の大仕事は、マーチの大そうじ。 息子がやたら買いこんだ地図やゴルフ道具、海水浴のゴムゾウリで トランクは、はちきれんばかりです。 オーディオの回りの小物入れには、カセットがあふれています。 「おれたち、親ばかだなあ」 なんで、親が、成人して10年も経った息子のクルマの 掃除をしなければ、ならないのでしょう。 息子が息せき切って帰宅してきました。 やはり、男の子、クルマが納車される日とあって、うれしそうです。 「ごめん、ごめん、ちょっと用ができて、すこし遅れた」 3人で、そうじしたので、すぐ終わりました。 でも、もうお昼。 「銀行にも行かなくてはいけないし、お腹もすいたし」 まず、蕎麦屋にいきます。 オトーサン、 さりげなく切りだします。 「あと110万円だけどさあ、いくら持ってくれる?」 「そうねえ」 息子が、両親の会話に注意深く耳を傾けています。 このあと、オトーサン、すこし感動します。 息子が、足りないけれど、といって、お金を差し出した時です。 金額は、公表しないでおきましょう。 結局、残金は、奥方と折半することになりました。 それぞれ、銀行がちがうので、2つの銀行を回わってから、 ようやくデーラーに向うことになりました。 オトーサンたち、 いよいよデーラーに到着いたしました。 おお、もう〇〇〇〇がいつでも発車できるように 準備されているではありませんか。 担当の成田さんも駆け寄って来られるし、 店長の菊地さんも、挨拶に見えます。 晴れがましい気分です。 これから、皇居で新閣僚の認証式にのぞむような気分であります。 それほどでもないか。 でも、本日は何といっても、納車記念日であります。 「納車記念日? そんなもの、聞いたこたないなあ」 そんなツレナイコトいわないでください。 もうオトーサンたちの年齢になると、 記念日が確実に減ってきております。 誕生日や結婚記念日は、勿論のこと、 七五三も、入学式も、卒業式も、成人式も、結婚式も すべて終えております。 残るのは、子供たちの結婚式、初孫の誕生、 そして自分たちの葬式くらい。 オトーサン、 ここは、ひとつ派手にやらなくてはと思いました。 納車記念日というからには、 家族、親戚、知人友人、近所のひと、そしてメール友達は 当然、お呼びすべきでしょうし、 森首相だって最近はいいことがないので、 このさい、同じ国民のひとりとして この喜びを味わってもらおう。 せめて、 ニューヨークで働いている娘や ロンドンで勉強している娘と行った身内には 納車記念式典に参加してもらいたいところであります。 ところが、 いま流行しているのは、ジミ婚。 例のクラッカー騒ぎで、成人式も取りやめの方向とか。 つまらん世の中になったものであります。 やまには、パーッと明るくやらないと 景気は上昇しないのであります。 22世紀の歴史家は、 歴史上はじめての納車記念日はいつかという 難問に当惑し、 最後にようやく、 このオトーサンのホームページを発見して、 2001年1月21日、 午後1時30に開始され、午後2時30分に つつがなく終了という記述を見つけて、 さぞ喜ぶことでしょう。 さて、 つつましやかに在留日本人家族3名と グートの成田さんの計4名で厳粛かつ簡素に挙行された 記念式典の式次第を、ここに公開することにいたしましょう。 1 開会の言葉 2 車検内容の告示 3 車検内容に対する質疑応答。 4 点検修理記録簿の公開 5 点検修理記録簿に対する質疑応答 6 3年延長中古車保証内容の公開 7 同、質疑応答 8 契約内容についての疑義 9 現金の授受 10 車両受け渡し確認書への署名捺印 (マーチおよび〇〇〇〇) 11 懇談 12 〇〇〇〇の引き渡し式 13 操作方法につてのブリーフィング 14 同、質疑応答 15 同、演習(息子) 16 同、演習(奥方) 17 同、演習(オトーサン) 18 お別れの言葉 19 〇〇〇〇の始動 20 同、スタート。 21 お見送り(最敬礼していただきました) 記念式典の項目数は 納車記念日の21日にちなんで、ちょうど21項目あるでしょう。 へび年ですから、納車記念式典煮は、 もう少し長ーい時間をかけてもよかったのですが、 成田さんも、いらいらしはじめていたし、 まあ、こんなところではないでしょうか。


16 老婆に座布団

オトーサン、 最初の運転を息子にゆずります。 運転する意気込みをみせていたからであります。 「息子さん、運転できるの?」 学生時代に書籍配送のバイトをしていましたし、 いまもスターレットの営業車を乗り回しているようですから、 安心して乗っていられます。 オトーサン、 奥方に助手席もゆずって、リアシートへ。 慎重は172cmですと、フロント・シートバックに膝がつきます。 「狭いなあ」 奥方が、助手席を前にずらしてくれたので、楽になりました。 「おお、シートベルトが3人分用意されている」 フロントシートの背にあるマップ入れも,本皮でした。 息子は、 走りだしてしばらくは、 「やっぱり方向指示器が左というのは、慣れないなあ」 などと言っていましたが、 次には、 「どうもシートの位置がなあ」 といって、運転中に背もたれの角度を調節しようとします。 オトーサン、注意します。 「おいおい、危ないよ。 そこのガソリンスタンドに寄ろう。 直してから走ろう」 「ハイオクだったよね。ハイオク、満タン」 息子は得意そうに言って、係員にキーを渡します。 係員は、 うやうやしく キーを押しいただいて、 給油口を開けにいきました。 すくなくとも、そのようにオトーサンには感じられました。 マーチなんかだと、応対はひどいものです。 「レギュラー、5リッター,現金」とでも、いおうものなら、 係員は「給油口のふたを開けてください」と突っけんどんにいうのです。 オトーサンがオープナーの場所を探して、まごまごしていると、 舌打ちしながら、シート脇のオープナーを開けるのです。 年とって、若いものにバカにされると、そりゃあ、わびしいものです。 この○○○○のシートは、前後上下に調節できますし、 チルトハンドルですから、ハンドルの位置も調節できます。 さらにランバーサポート付きですので、左右の肩幅も調節できます。 それでも、息子はなかなか慣れないようです。 しばらく環八を流します。 「どうだい、走り具合は」 オトーサン、走りの虫がうずいて、息子に声をかけます。 「いまいち加速がよくないようだね」 奥方も会話に加わります。 「そうね、マーチは論外だけれど、ムーブのほうがいいようねえ」 ム−ブのターボは、ラグがあるせいで、 一瞬おくれて、背中がシートに押しつけられるような加速感を味わえます。 息子は、営業車のスターレットと比較しているようです。 「あれは軽いからねえ」 それと、会社のクルマとなると、運転も乱暴になるのかも。 家の近くにきました。 6m道路から自販機の出張った角を左折して、 駐車場に続く4m幅の狭い道に入るのです。 ここは、回転半径の大きさと運転技術が試される場所です。 マーチでは、何の問題もありません。 昔乗っていたソアラなんかになると、さあ大変。 一度切りかえさないと曲がれないのです。 セルシオだあ、ベンツだあと威張っている奴らは、 みんなこんな風に路地裏で苦労しているのです。 ハイウエーを走るとき、ゴルフ場や帝国ホテルに乗りつけるときだけ いい気持になれるクルマです。 土台、日本の狭い道路には不向きなのです。 むかし、息子がソアラをぶつけたといって 青い顔をして帰ってきたことがあります。 オトーサン、息子と一緒に自損事故の現場に行ってみました。 ぶつけたのは、川沿いの狭い道のガードレールでした。 思ったよりもソアラの鼻先が長くて、曲がりきれなかったようです。 「何だ、こんな程度の事故か」 何のおとがめの言葉もないので、息子がほっとしています。 オトーサン、 事故のベテランです。 こんな軽い事故、どうってこたぁないのです。 むかし、同僚が道路横断中の老婆をひき殺したことがあります。 かれのおやじは補償金を一生払い続けていました。 オトーサンだって、若い女性をはねたことがあります。 ボンネットにのせて、10m先まで飛んだっけ...。 会社が終わったあと、長い間、お見舞いに通いましたよー。 クルマに乗るというからには、 そういうもろもろの苦難を背負う覚悟がいるのです。 「あれから、大回りするようにしているんだ」 息子はそう言って、楽々と難所を乗りきりました。 オトーサン、親バカです。 息子の成長を目の当たりにして、いい気持になりました。 さて、荷物の積みこみです。 息子がマーチに載せてあった荷物をそのまま戻そうとしているので、 オトーサン、みかねて注意します。 「燃費が悪くなるぞ」 「そうだね。でもなあ...」 20冊以上もある地図やガイドブックを捨てきれないようです。 彼女とデートした場所がピンときます。 横浜中華街、鎌倉、お台場、ディスニーランド,,, いつの時代もデートスポットの地図が必要なのは、変わらないようです。 「おいおい、それも積みこむのかよ」 見ると、座布団です。 たしか、マーチの助手席に置いてありましたから、 たぶん、彼女のものでしょう。 小柄なので、座布団を敷いてマーチを運転していたようです。 「あのひと、私と同じくらいの背の高さだから、試してみるわ」 奥方が、アジャスターを調節して運転席の座高を上げます。 「だいじょうぶよ、この座布団いらないわよ。 第一、このクルマには似合わないわよ」 「そうかあ」 息子は残念そうです。 多分、思い出の品なのでしょう。 よく年寄りは物持ち、 ロクでもない品物を捨てきれないといいますが、 この座布団のように思い出の中綿がぎっしりと詰まっているのです。 「老婆に座布団」のおそまつでした。


17 ケーキに紅茶!

オトーサン、 奥方に、 「ちょっと近所にコーヒーでも飲みにいこうや」 そういって、足早やに玄関を出ます。 目的は、 コーヒーなんかではなくて、 運転だということは、 奥方もよーく承知しております。 「いいわよ」 奥方もさっと外出着に着替えます。 オトーサン、 いよいよ待ちに待った運転でーす。 息子の真似をして、少し離れたところから ワイヤレスキーのボタンを押してみます。 大成功! 5ドアのすべてのドアロックが いっぺんに解除されるでは、あーりませんか。 「ドアのカギ穴の回りに、ひっかき傷がつかないからいいね」 奥方は、 やはり観察力バツグンであります。 オトーサン、 どの位、離れたら、 ワイヤレスキーが効かなくなるのか、 試して見ようと思いましたが、止めました。 そんなことは、この際、どうでもいいのであります。 一刻も早く車に乗り込まねばなりません。 本当は、そんなに急ぐことはないのですが、 息子に先を越されて、 長い間、運転を待たされたのですから、 心理的な切迫感があるのです。 オトーサン、 勢いよく車に乗り込みます。 腰を下ろすと、ギュッと本革シートが鳴きました。 黒い本革巻の太いハンドルをギュツと握りしめます。 目の前にある楕円形の計器盤をにらみつけます。 速度計は、220Kmまで刻んであって、 タコメーターは、7000回転からレッドゾーンになっています。 左端に温度計、右端に燃料計。 左手には、エアコンとオーディオを コンパクトに収めた木目のコンソール・ボックス。 いい感じです。英国の香りがプンプンただよってきます、 オトーサン、 ようやくシフトノブに左手をかぶせます。 「おっと」 サイドブレーキのリリースを忘れていました。 やはり、すこーし興奮しているようです。 エンジン始動。 ブルブルブルブル、 好ましいサウンドであります。 国産車は、音を消すことに情熱をかたむけていますが、 妙なことを考えているものです。 例えば、オーディオ装置を買って、 音が出なかったら、まったくの欠陥品ですよね。 クルマだって、一種のオーディオ装置なのです。 BMWの技術者は、 スイスのマッターホルンにこだまする ホルンの響きのようになるまで エンジンの音色を磨きあげると言われています。 だから走っている間中、楽しくてしかたがないのです。 肝心のエンジンという楽器の音を聞かないで、 オーディオに頼るなんて、サイテーです。 日本人は、ほんとうのクルマ文化というものを、 まだよく知らないのです。 しばらく環八を走ります。 「このシート、いいわねえ」 奥方が、感にたえないような声を出します。 「昔のソアラを思い出すわ」 小柄は奥方は、フロントシートベルトを肩の高さに あわせて調節できるのも、うれしそうです。 高級車ソアラについていた装備です。 オトーサン、 「ちょっとコーヒーでも飲みに行こうや」 のはずが、いつの間にか、首都高を飛ばしています。 「デーラーも、よくやってくれたよなあ。 タイヤも全取替え、ブレーキパッドも替えてくれたから、 安心して走れるよなー」 「でも、あまり飛ばさないでよ」 オトーサン、 盛んに独り言を漏らしております。 「うん、段差を乗り越えるショックがすくないなあ。 こりゃあ、気持がいいわー」 「ソアラみたいね」 「うん、コーナリングは、でも、A3のほうがいいかな」 「加速もいいじゃないか」 「国産車とちがって、ステアリング・インフォメーションが 正確に手に伝わってくるなあ」 「100Kmはちょっと慣れていない感じだ。 前のオーナーは高速をあまり走らなかったのかもなあ」 首都高を渋谷の手前の高木町でおりました。 「渋谷は、混んでいるから、白金台へ行こうや」 渋谷は、走れないので、この際、敬遠します。 何といっても、いまは、走行テスト中です。 お目当ての白金台のラボエームの前には、駐車できませんでした。 「しょうがないなあ」 ぐるっと回って、反対側の道路に止めることにしました。 「そうだ、ここの店に入ってみよう」 マーチだと、クルマを置いても、何の心配もないのですが、 ○○○○は、小さな高級車。 悪戯されないかどうか、非常に心配です。 「あのアルミホイール目立つよねえ」 後ろ髪をひかれる思いで、クルマを置いて店に入ります。 日曜日とあって、シロガネーゼで満員。 すこし待たされました。 ウエイターがやってきて、 「何になさいますか?」 「ケーキに紅茶!2人前」 オトーサン、勢いよく注文します。 店に入ったとき、すでに心は決まっていたのです。 いつもは、コーヒーなのですが、今日だけは例外。 今日に限って紅茶です。 何といったって、今日は、英国車の納車記念日。 英国といえば、紅茶。どうしたって、紅茶になるのです。 「そういえば、ロンドンのあの娘、元気かしら」 「この前、電話したらスペインに行って帰ってきたところで、 16時間寝たと言ってた」 「遊んでばかりいるのかしら」 「いや、今回は、大学院の研修旅行で取材が大変だったらしい 毎日レポート提出で、一日4時間しか寝ていなかったらしい」 「アルファンブラ宮殿も行ったのかしら」 「ああ、コルドバの何とかいうイスラム寺院もいったらしい。 モロッコにも行ったってさ」 お茶を終えて、 ぶらぶら散歩しながら、クルマにもどります。 「おい、クルマがない。もう盗まれたか」 「あそこにあるじゃないの」 そうでした。もうワン・ブロック先に停めたのです。 帰路、ふたりでおしゃべりをします。 「やあ、このクルマかっこいいよなあ」 「そうねえ、とくに後ろ姿がいいわね」 「色も、いいだろう。 この色、ブリティシュ・レーシング・グリーンといって プレミアムカラーで4万5千円高なんだ」 「前のオーナーのひと、随分張りこんだのねえ」 「そうだなあ、いろいろオプションをつけたから、 260万円は払っているかもなあ」 「その半分で買えたわけね。 これで、燃費がよくて、壊れなければ、理想のクルマじゃないの」 オトーサン、 リラックスしてきて、 本皮巻きハンドルを軽く握るようになっております。 だいぶ、この○○○○になじんできました。 「そうだよなあ。 かっこよくて、 街中では小回りもきいて、 高速道路でも結構よく走るし、 乗り心地もいいし..,」 「それにレザーシートやウォルナットのおしゃれな内装もステキね」 「安全性もいたれりつくせりだぜ。 助手席にもエアバッグがついているし、ABSもついているし、 それに、サイドドアビームもついている。 後ろから追突されないように、ハイマウント・ストップランプもついている」 「リアのフォグランプも標準装備でついているわ。 イギリスは、霧が多いからかしらねえ。 ロンドンの冬って、陰鬱らしいわよ。 あの娘も大変ねぇ」 オトーサンたち、 すっかり○○○○と娘の話しに、霧中(夢中)になっているようです。 運転には、充分気をつけてください。


18 高速走行テスト

オトーサン、 市街地走行の次は、 高速走行テストと思いこんでおります。 これは、おそらく自動車雑誌の読み過ぎでしょう。 その前に、課題が残っております。 昨夜は、夜間市街地走行テストを行いました。 ライトの照度はどうか、 ヘッドライトの光軸は正しい方向を向いているか、 ハイビームとロービームの切り替えはきちんとできるか、 こう書くと、エラソウに聞こえますが、 夜遊びがてら、ライトをチェックしただけのことです。 その結果、発見したのは、 ライトには何ら問題はないものの、 運転席側のドアがギイギイ鳴るようになったのです。 何と、買った当日の夜にですよ。 これ、明らかに整備不良。 オトーサン、 氷山の一角という言葉を思い出しました。 ドアがギイギイ鳴リ出したということは、 他の数万点の部品が、いつ何時、 おかしくなるか分からないということに他なりません。 ということは、このまま高速走行テストをするなど論外。 オトーサン、 腕組みをして、塾考いたします。 「ただちに契約を破棄し、告訴する」 「運転は極力控える」 「ドアに自分でグリースを塗る」 「イチかバチかで、高速走行テストを敢行する」 いずれも一長一短であります。 オトーサン、 夜明けまで悶々として、 (そんなことあるはずないよね、 実際には、グッスリとねてしまいました) 翌朝、結論を出しました。 デーラーは、1ケ月点検においでください と言っていたのですが、 すぐデーラーに行き、 ドアの異音の修理を依頼することにしました。 この結論は、きわめて穏当かつ妥当なものでした。 だって、グートに行って、成田さんに言ったら すぐクルマをメカニックに渡し、 みると、メカニックは、グリースを塗っていました。 5分もしないうちに、音が出なくなりました。 オトーサン、 安心しました。 「こんな簡単な修理なら、自分でも直せる。 バターか、ドレッシング・オイルでも塗りゃあいいんだろ」 オトーサン、 急に、ほがらかになりました。 「さあ、横浜の中華街に行こう」 胃がんが完治して、退院したような感じです。 この表現、だいぶOVERですね。 懸命な読者は、 これが、〇〇〇〇に引っかけた駄洒落であることは、 もうお分かりのことでしょう。 このデーラー、「グート」は、 第三京浜の入口に位置しています。 まさに、高速走行テストをしてください、 といわんばかりの好立地。 しかし、オトーサン、はやる心をおさめて 成田さんに聞きます。 「車検でブレーキパッドを交換してくれたそうだけれども、 あと何を交換してくれたんだっけ」 「ブレーキフルードどフロント・ディスクローターです」 オトーサンが、けげんな顔をしているので、 成田さんが解説してくれます。 「ブレーキフルードは、オイルです。 フロント・ディスクローターというのは、 タイヤの回転をとめるために、 ブレージパッドが接触する円盤状の金属面です。 「そうか、ブレーキ系統は、しっかり整備してくれたんだ。 ああ、それからタイヤも全部取り替えてくれたんですよね。 ありがとう」 これからも、成田さんには、いろいろとお世話になりそうです。 神様、仏様、成田山新勝寺。 そうそう、交通安全のお札も手に入れなければ。 オトーサン、 昨日、任意保険に入りはしましたが、 安全運転をすることに越したことはないので、 奥方に、 「じゃあ、今日は、120km以上は出さないからな」 と誓います。 先日のカローラの試乗のときは、 140Kmを出し、前にクルマさえいなければ、 あわや160Kmをうかがわんという姿勢でしたが、 となりの奥方から、 「あなた、飛ばしすぎよ、いくら何でも。 ここの制限速度、いくらか知っているの?」 きつくたしなめられたのであります。 ちなみに オトーサンがこれまでの長い生涯において 出した最高速度は、初代ソアラの試乗車の180km。 場所は、開通したばかりの常磐高速道路。 まったく車の影もないほど空いていました。 A3では、時々、中央高速道路で160Kmを出します。 だって、メーターが220Kmまであるんだもの。 で、この〇〇〇〇、 メーターを見ると、 これまた220kmまで刻んであります。 オトーサンが奥方に宣言した 120Kmは、これで随分、自制した数字であります。 ですから ものの数分も走らないうちに、 奥方が,物静かに、こう言いました。 「あなた、140Km出てるわよ。 120Kmにしておくって、いわなかった?」 この〇〇〇〇、 時速80Kmくらいまでは、 小さな高級車のゆったりした感じですが、 100Kmを越えると、性格が一変します。 ホットハッチに豹変するのです。 スポーツカーのように、 シートの後ろに身体がのけぞるような 圧倒的な加速感こそありませんが、 キビキビとよく走ります。 操縦安定性もいいようです。 本皮巻きの太いステアリングを握っていると、 路面の状況が的確に伝わってきて、いい感触です。 「120kmも140Kmもおなじようだなあ」 本当は、180kmぐらいまで、 このフィーリングが持続するかどうか 確かめたかったのですが、 止めました。 奥方は、 100kmまで速度を落としたら、 余裕が出てきたようです。 「あら、マーチが走っている。 ウチのと同じ色だわ。それにお尻が凹んでいる。 まさか、売ったのが、走っているのじゃないでしょうね」 そんなはずはありません、 ついさっき、ウチのマーチをみたばかりです。 引き渡したときに、 任意保険証書をグローブボックスに置き忘れ、 TSUNAMIのカセットも入れたままだったので、 マーチから取り戻したばかりです。 「みっともないクルマに乗っていたものね」 奥方は、 マーチに対して ずいぶんと冷たい言い方をしております。 横浜の中華街に行って お昼ごはんをたべてから、 帰路は、第一京浜を帰ることにしました。 鶴見のあたりに坂があるので、 登坂性能を確かめようというものです。 いい性能でした。 坂なんかまったく苦になりません。 「あれ、宗さんじゃない」 坂の途中で、奥方が言います。 オトーサンの方は、、 交差点グランプリの最中で、 セルシオを引き離したのをバックミラーで確認するのに いそがしくて、まったく気がつきませんでした。 「ホントだ、宗さんだ」 あの日本を代表するマラソン選手。 いまは、旭化成の監督。 そのかたが、ひとりで走っておられます。 駅伝かなにかの下調べでしょうか。 もういいお年でしょうに、 ほんとうに、きれいで力強い走りをしておられます。 足を交互に前後させるだけのことなのに、 宗さんは、それに一生を賭けておられるのです。 この日の高速走行テストは、何ごともなく終わりました。 奥方が、聞きます。 「あの宗さん、お兄さんのほうかしら、それとも弟さんのほうかしら」 オトーサン、 関係者でもあるまいし、 茂さんだろうが、猛さんだろうが どっちでもいいじゃないかと答えようとして、思いとどまりました。 〇〇〇〇が、 老婆だろうが、 ロバだろうが、 はたまたROVERだろうが、 OVERだろうが、 どうでもいいといったら、 このエッセイは成立いたしません。 人生って、考えてみれば、 どうでもいいことの積み重ねなのです。 「細部に神は宿る」 一見すると、つまらないことのなかに、 面白いことがたくさん隠れているのではないでしょうか。


19 老婆のいない日

オトーサン、 朝から奥方を相手にぼやいております。 「何で、また、急に」 原因は、息子が年休をとったことにあります。 「どうせ、彼女にクルマを見せたいのでしょう」 どうもそのようです。 ○○○○の出資者のひとりとして、 息子は、クルマを一刻も早く彼女に披露したいようです。 オトーサン、 ひとの親として うれしい気持がないではありません。 「朝顔につるべとられてもらい水」の心境であります。 ○○○○のレザーシートに彼女を乗せて 息子が得意になって運転している姿が思い浮かびます。 やがてシートを倒して、激しいキッス...。 息子の胸の鼓動が、わがことのように感じられます。 感じすぎかあ。

オトーサン、 我に帰ります。 まさか、そんな夢想に一日中ふけっているわけにもいきません。 「あなた、クリーニング屋までつきあわない?」 このように厳しい現実が待っていました。 今日は、○○○○なしで過ごさねばならないのです。 「どうやって一日を過ごせばいいのだ」 目の前にひろがる空白の一日。 老婆を失った老人の心境はこのようなものかと想像されます。 お先、真っ暗。 「そうだ、渋谷に行こう」 これ、JR東海の名コピーをもじったものです。 京都を渋谷に変えただけですが、 何か、力が湧いてきました。 人間、いつも何か前途に希望がないと、強く生きていけないのです。 それに渋谷は想い出がいっぱい詰まった街。 住まいは富ヶ谷。 道玄坂には、伯母さんの実家の坂本医院があったし、 イワキではしょっちゅうメガネをつくりかえていたし、 親戚のおじさんが勤めていた関係で、 中学生になってカメラを買ったのも東横百貨店。 就職して、背広をつくったのも東横百貨店。 社員価格で買えました。 駅前の天ぷらやで家庭教師のバイトをしましたし、 (いつも、夕食は天丼でした。うまかったなあ) 庄司薫くんとも喫茶店のはしごをして歩いたっけ...、 人間、時々、過去をふりかえらないと、優しく生きていけないのです。 1時間後、 老人と老婆は、 渋谷のハチ公広場に面して新しくできた スターバックスやTSUTAYAが入居しているビルに向います。 正面に大きなスクリーンのあるビルです。 これ、知人の浜野安宏さんが設計したのです。 オトーサンたち、 スターバックスの2階の窓際の席に 若者たちに混じって仲むつまじく並んでおります。 この席を確保するためには、行列しなければなりませんでした。 しかし、行列しただけの価値はありました。 横断歩道を渡るひとびとの姿が手にとるように見下ろせるのです。 「最近は、みな地味な服装しているのね」 「ヤマンバもみあたらないなあ。 ほら、あそこに青い服のひとがいるよ」 「あの青、わたしの青と違うわ」 そういえば、わずかに色調がちがって、黒ずんでいます。 奥方は、プジョー206の明るいサファイア・ブルーにあわせて 青い鞄、靴、財布を香港で買ったのですがムダになりました。 (このホームページの「香港天空滞在記」参照のこと) 今度の○○○○は、ダーク・グリーン。 「○○○○には、何色の服が似合うのかなあ」 「茶色よ、レザーシートの色にあわせるのよ」 スターバックスを出たあと、 奥方のかつての通学路をたどります。 宮益坂を登って、青学(青山学院大学)にいくのです。 「植村センセイのところ、なくなっちゃったかー」 「あそこにあるわよ」 植村写真館は、立派なビルになっていました。 植村先生は、松涛中学で図画を教えてくれました。 チョー美人でしたが、いまごろはちょー老婆かも...。 「軍ちゃん,元気かなあ」 植村先生の弟が,同級生でした。 「ここ、あの娘がバイトしていたお店よ。 この喫茶店のとなりのうどんや、おいしいらしいわよ」 ロンドンで勉強中の娘が帰国後、職がなくて、 また、この店に舞いもどるかもしれません。 坂を登りきると、青学。 奥方は、卒業後、ここでしばらく助手をしていたのです。 いまはニューヨークにいる長女も、ここで学びました。 オトーサンも一時、ここで講師をしていました。 いまでも、教員駐車場の駐車章を大事にもっています。 何しろ、このあたりの駐車代金は、1時間600円。 その場所にタダで駐車できるのです。 道路をはさんで向いがわに、紀伊国屋。 日本で最初に開店したスーパーです。 「きょうは、紀伊国屋をパスしよう」 「ここの値段、何でも普通のスーパーの2倍するのよ」 「こんな高いところで、よく買うひとがいるもんだ」 オトーサンたち、 本当は、買ったばかりの○○○○を お金持ちのひとのクルマと並べて駐車したいのですが、 息子にとられて出来ないので、悪口を言っているだけなのです。 次は、表参道に開店したばかりのベネトンの旗艦店の見学です。 その手前に、WILLのショールームがあります。 「あっ、清水さんのお店だ」 最近、清水さんからはメールをいただき、 返信メールをしたら、 オトーサンのメールが「トロイの木馬」に汚染されている という返事がありました。 「何よ、変なクルマ。WILLってどこのクルマなの?」 清水さん、オトーサンが詳細に奥方に説明しましたので、ご安心ください。 原宿駅前のGAPの旗艦店とユニクロの原宿店を回り、 サンリオとコムサの店で手帳を探しました。 オトーサン、 ○○○○のグリーンを表紙に使った手帳をしきりに探しております。 「もうひとつ,色調があわないなあ」 結局、手帳は見つかりませんでした。 ○○○○のいない日は、 このように、むなしく過ぎていったのであります。


20 恐怖の愛車手帳

オトーサン、 愛車手帳の構想を練っております。 「構想?ずいぶん、おおげさだねえ」 そんなことはありません。 昨年も、交通事故の死者の数は1万人ちかくに上っています。 クルマの状態について、しっかり把握することが大事であります。 いろいろな種類の手帳が出ているのに、 なぜ、愛車手帳だけがないのか、 これは現代の7不思議のひとつであります。 「7不思議って何か?」 オトーサン、 「今日は、急ぐから、その説明は後にさせて」 といいます。 さて、愛車手帳の設計にあたって、 どのような事項をどのような順番で盛り込むか、 それが大きな問題であります。 塾考しております。 そうだ、 「表示」ー「アイコンの整列」のところに 表示順がいくつか出ていたっけ。 名前順、種類順、サイズ順、日付順のうち、 どれがいいかなあ? 結局、野口悠紀雄さんの「超整理法」 のアドバイスにしたがって、日付順にしました。 なーんだ。それじゃあ、「愛車日記」じゃん。 そーなんです。 単純なことって、意外に、最後に思いつくんだよね。 それから記述法。 このエッセイのように書いていったら、 時間がかかりすぎです。 1本に3時間くらいかかっています。 簡単なメモにしましょう。 ------------------------------------------- 1月21日 納車日 {購入先} グート 担当:成田伸ニさん...............03-3705-4165 グート、レッカーサービス......0070-800-033506 ローバー24時間緊急サービス.....0120-688-399 {点検記録簿} 登録............H10.5.28(H9.12) お客様名(省略) 6カ月無料点検...H10.8.30 ローバー浦和 交換部品一覧 ・エンジンオイル ・オイルフィルター オトーサン、 いくつか妙なことに気付きました。 だって登録日が2つあります。 平成9年12月にデーラーが登録し、 翌年の5月まで売れなかったのでしょうか。 だから、6ケ月点検を買ったあと、3ケ月でやっているのです。 その後、2年間は、点検記録簿に何の記載もありません。 だから、オーバーヒートしたかどうかも分かりません。 これって、おそろしいことです。 {車検} 実施日..........H12.11.16〜12.1? 修理工場 トヨタテクノクラフト オトーサン、 なんで車検に半月もかかるの?ユーザー車検なら、1日ですむのに、 そう思いました。 グートの成田さんにうかがうと、 輸入車なので、部品の入荷に時間がかかったためだそうです。 交換部品一覧 ・エンジンオイル ・オイルエレメント ・LLC(冷却水) ・ブレーキフルード、 ・ブレーキパッド ・フロント・ディスク・ローター ・ブレーキ・ライニング ・ワイパー・ブレード ・ヒュージー(発煙筒) ・エアクリーナー ・ファンベルト ・バッテリー ・T/Mオイルパン・ガスケット? ・T/Mデフ・サイドシール? ・CVT(無段変速機)T/Mオイル ・P/Sオイル ・タベット・カバー・パッキン? ・ロットナット・キャップ・リムーバー? オトーサン、 TMは、トランスミッション、 PSは、パワーステアリングというのは分かります。 分からないことには、とりあえず?印をつけておきましょう。 {異常} ・フロントドア(運転手側)開閉時のきしみ音。 --------------------------------------------------- 1月22日 {修理} ・グートに車両を持ちこみ、グリースを塗って、ドアの異音修理 {異常} ・2000回転くらいでアクセルを放すと、ガクンとくる。 (クリープ現象か) {燃費} ・139kmで24L。リッターあたり6km。 オトーサン、 あまりの燃費の悪さにがくぜんとしました。 もしかしたら、スパークプラグの劣化かとおもいましたが、 点検簿をみると、問題がなさそうです。 走行テストのせいかもしれません。 --------------------------------------------------- 1月26日 {異常} ・エアコンの風量を2にすると、異音 {修理} ・グートに車両を持ちこみ、異常を指摘。 修理は、1カ月無料点検時に行うことにする。 {異常} ・走行中に、スピ−カー・カバー剥離。 ・走行中に、きしみ音。(トランクの荷物のせいでした) ・フロントタイヤの汚れ {燃費} ・126.7kmで15.9L。リッターあたり8km。 息子が運転した燃費を計測しました。 リッター8キロなら、まあまあです。 もうしばらく様子をみましょう。 ---------------------------------------------------- オトーサン、 こう書いてきて やはり燃費だけは項目を分けたほうがいい。 それからデーラーなどの連絡先も項目を分けたほうがいいと 気付きました。 あと、お勉強したことも別項目で書きとめておきましょう。 {豆知識} ・本革シートの手入れ法...絞ったタオルで拭く (革用クリーナーは×) ・ヘタリ防止の大原則  エンジンオイル   5000km  ATフルード    1年または2万キロ  ミッションオイル  3万キロ  デフオイル     3万キロ  トランスファーオイル3万キロ  パワステフルード  1年または2万キロ  ブレーキフルード  1年  LLC       2年  オトーサン、 A3が3年、7万キロも走っているのに、 エンジンオイル以外は、 何ひとつ手入れをしていないのに気付きました。 壊われても,事故を起こしても 何の言い訳もきかないところです。 ユーザー車検というのは、1見すると安くていいのですが、 点検するだけで交換しないのですから...、 結局、後で高くつくのです。 ○○○○の前のオーナーも同じで、 輸入車だというのに、何の整備もしていませんでした。 国産車のメンテナンスフリーに慣れていると、 どうしてもこういうことになります。 でも、考えてみれば、 リコール多発の最近の国産車のオーナーだって同じことです。 事故が起きてからでは手遅れ、 自分の身は自分で守らなくてはなりません。 「おっそろしぃー」


21 老婆の行き先

オトーサン、 ようやく息子からクルマを取り戻しました。 たった一日、ガマンしただけのことですが...、 昔の人は、うまいことを言ったのものです。 一日千秋の思い。 さて、 奥方に「今日はどこへいくかなあ」と相談いたします。 先日、横浜にいったし、昨日は、渋谷に行ったし、 白金台にも行ったばかりだし...。 都内広しといえども、車で行って面白いところなんて、 あまり思い浮かばないのです。 「なんで、郊外に行かないの?」 オトーサン、ほんとうは、自動車評論家のように 箱根のターンパイクあたりを走って、 コーナリング性能や急ブレーキのテストをしたいところですが、 生憎、どういうわけか、このところ週末は雪ばかりです。 箱根に行ったら、積雪で、スリップすることでしょう。 「そうだ、グートに行こう」 オトーサン、 奥方が、マーチのスペアキーを返すのを忘れたと 言っていたのを思い出しました。 成田さんに、 「また、きたか」 という顔をされましたが、 無事にスペアキーを返し終えました。 店長の菊地さんが、出てこられて 「何かありましたか?」と聞かれるので、 「いやあ、このクルマ、あちこち、よう壊れますなあ」と申し上げました。 菊地さんは、フロントタイヤの汚れを指します。 「前輪だけ、汚れているでしょう」 言われて見れば、その通りで、後輪はきれいなものです。 「輸入車は、ああいう風に、パッドがすぐ摩耗するようになっているのです」 いつも、パッドの摩耗を心配しているのも面倒なものですが、 愛車の手入れをしなさいという一種のアラームと割り切ればいいのでしょうか。 グートの用件が終わると、ヒマ。 オトーサン、奥方にたづねます。 「どこに行こうか?」 返事がありません。 「そうだ、ガソリン・スタンドに行こう」 すぐそばのESSOに行きます。 息子が使った分のガソリンを補充してあげるというと 親馬鹿に聞こえますが、知りたいのは、燃費。 だって、この前、はじめて計測したら、たったの6キロ。 ロールロイスやフェラーリではないのですから、 この数字、いくら何でも低すぎます。 計測結果は、いかに。 8キロありました。 カタログに書いてあった10・15モードの燃費は、10.2キロでした。 奥方が満足そうに言います。 「8キロ出れば、まあまあじゃないの」 昔のソアラがその程度でした。 給油が終わると、またヒマ。 オトーサン、 ふたたび奥方に聞きます。 「どこに行く?」 またまた,返事がありません。 「そうだ、プジョーにこのクルマを見せに行こう」 オトーサン、悪いひとです。 206を売ってくれなかったセールスマンの小林さんに、 イヤ味のひとつやふたつは言ってみたいと、かねがね思っていたのです。 でも、目黒のブルーライオンの前で停めようとすると 奥方に制止されました。 「やめなさいよ。みっともない」 オトーサン、我に帰りました。 いくら消費者は王様といっても、人の道に外れたことをしてはいけません。 そうなると、またまたヒマ。 オトーサン、 奥方に聞きます、 「どこへ行こうか?」 これで3度目の質問ですが、答えはありませんでした。 目黒通りは、大渋滞。 どこかへいこうにも、まったく進めません。 「これじゃあ、ガソリンも食うし、ブレーキパッドもすり減るわなあ」 前方が詰まっているので、 2000回転くらいでアクセルを離すと、カクンと来るのです。 「これ、気持ち悪いなあ。」 CVTの出来がわるいのか、調整不良なのかわかりませんが、 勝手にシフトダウンするようです。 結局、 オトーサンたち、また白金台へ行きました。 ここは、雰囲気もオシャレなうえに、路上駐車もしやすいのです。 時計を見ると、もうお昼時。 利庵で、せいろそばを食べました。 「ここのそばは、富士見のなかじまに負けないなあ」 「そうね、 長坂の有名なそばやよりもおいしいかもね」 いずれも、信州の名店の名前です。 店を出て、クルマに戻って、 また○○○○のデザインに惚れ直します。 「やっぱり、かっこいいなあ」 「でも、思ったより小さく見えるわね」 このあと、麻布十番へ。 すぐ路上駐車のスペースがみつかりました、 ちょうど、BMWが出た後でした。 「奇跡が起きたなあ」 豆源のそばの名物の鯛焼きは、3時間半待ちなので、 かわりに、今川焼き屋へ行きます。 消費税込みで、1ケ100円です。 今時、うれしいじゃありませんか、 オトーサンたち、いつものように 近くのスターバックスまで歩きます。 カフェ・ラッテ・ショートを買って、 階段を昇って、2階へ。 今川焼きをたべながら、 ゆったりとくつろいでいると、まことにいい気持ちです。 ブロンド美人がいないときでも、センスのいい美人が大勢いるせいでしょうか。 オトーサン、 鞄から、グートでもらった保証書を取り出します。 5万5000円払って、 中古車は、通常、1年間しか保証しないのを延長して、3年保証にしたのです。 「どれどれ、何を保証してくれるんだろう?」 消耗部品はダメと書いてあります。 エンジン、シャシー、電気関係、その他。 また、ボディほかの内外装部品のやつれ、油脂類もダメ。 保証してくれるのは、 エンジン機構、 動力伝達機構、ステアリング機構、 前後アクセル機構、ブレーキ機構、排気ガス浄化機構、 電子制御機構、乗員保護装置とあります。 オトーサン、 「まあ、きちんと整備していれば、大体の大きな故障は 保証してくれるというわけだ」 一安心して、その後、気づいた〇〇〇〇の長所・短所をメモします。 ここが〇: CVTのシフトがカッチリしている 透明のウンドウ・サイドバイザー リアワイパーの拭き取り面積が大きい リアウインドウの遮光スクリーン フロアマットの上に、さらにラバーマット ここが×: 工具が少ない CVTのためか、2速、3速がない  (Dレンジしかない) オトーサン、 カフェラッテを飲み終えました。 「大体、〇〇〇〇のメカは、マスターしたなあ。 あとは、このクルマをどう使いこなすかだ」 そして、奥方に聞きます。 「さあ、これから、どうする?」 またしても、奥方の返事はありませんでした。 別に、機嫌が悪いわけでもなさそうです。 オトーサン、 そこで、ハッと気がつきました。 そうなのです。 オトーサン、奥方に、どこに行こうかと聞く前に、 まずは、カフエ・ラッテ・ショートの空になった紙コップを 自分で捨てにいくべきだったのです。 オトーサン、 渋滞の道で考えます。 そういえば、そうだなあ。 たとえ、○○○○を買ったとしても、 奥方が行き先を決めてくれるようになるわけじゃないよなー。 では、ベンツやセルシオのような高級車ならどうかというと、 これも、同じだよなー。、 人生の問題をすべて片づけてくれるクルマなんかないよなあ...。 人生は、いつも、お先真っ暗。 ちょうど、この下の写真のように前方は見えません。 「どこへ行こうかなあ」 そんなことを聞く前に、まずは窓の雪をかき落とさなければならないのです。



22 セーフティ・ファースト

オトーサン 恒例の閣僚の資産公開の記事に 笹川大臣がカーマニアで高級外車を17台も持もっている とあって、驚きました。 毎朝、その日の気分で散歩がてら乗るのが趣味。 ロースロイスなどは、走れないのですが、 スタイルが気にいったので、買ったとか。 毎日、眺めるだけだそうです。 そういえば、 欧州のデーラーの社長室には、 トヨタ2000GTが飾ってありました。 いわば、くるまは現代美術品。 走らなくてもいい、所有して鑑賞するという楽しみ方もあるのです。 オトーサンの買った老婆も、骨董品。 故障続きで、燃費も悪い。 となれば、所有するだけにしておいて、 毎朝、眺めにいくのを唯一の楽しみにする という手もあります。 雪かきしたり、洗車したり、 たまには乗り込んで、シートを倒して読書したり、昼寝を楽しんだり。 溜まってきた映画のプログラムも捨てきれないなら、 トランクに大事に収ってはいかがでしょう。 テラダのトランクルームに預けるよりは、 お金の節約にもなるし、身近にあって便利です。 将来、紅葉マークになったら、そうしましょう。 しかし、 オトーサン、 目の手術成功で視界クッキリとなれば、 「運転したーい、したーい病」にかかっても 何の不思議はありません。 でも、今朝は雪。 チェーンもないし、あきらめなければなりません。 映画を見た後、銀座の伊東屋に行きました。 ここには、ありとあらゆる手帳がそろっています。 オトーサン、 「あるいは、愛車手帳なんていうものあるかも」 と、一縷の望みを託します。 一通り棚を見て回りましたが、やはり、ありません。 「あるわけないよなあ」 念のために、店員に聞きます。 すると、ありました、ありました。 ドライバー手帳という大判のもので1400円。 ボールペンも買い、ボールペン・ホルダーがあるのも 教えてもらって、無事、愛車手帳が実用的になりました。 このあと、雪なので、他を探すのも面倒と、 ここの9階の喫茶室に行きます。 買ったばかりの品物って どうしてすぐ見たくなるのでしょうねえ。 さっき買うときに見たばっかりなのに。 リスが地面に落ちたドングリをかすめ取るや 一目散に巣に持ち帰えって、眺めるのと同じような DNAがオトーサンの身体に埋め込まれているにちがいありません。 「何じゃ、これは?」 記入欄が詳しすぎるのです。 年間、月間、週間、それぞれについて、 ガソリン、有料道路、駐車場、洗車、点検整備、修理、 用品・部品、車検、税金、保険、サクセサリー、合計。 また、1日平均走行(  )円、1km当り走行(   )円 も集計して、記入するのです。 ドライビング・メモと旅行記録のページもあって、 年月日、天候、行き先を記入したあと、 出発時と到着時の積算メーター(  )km 1日走行キロ、高速走路代金、ガソリン代、オイル代も記入するのです。 オトーサンが.. 必要なのは、燃費の記録やデーラーの電話番号くらい。 後は、壊れた個所をメモするだけと思っていましたので、 手帳の半分くらいは使わずに終わりそうです。 オトーサン、 交換しに行こうかと思いましたが、考え直しました。 表紙の裏に、交通標識の図が掲載されていますし、 後ろには、交通反則金の表も載っています。 事故記録のページには、 派生日時と場所、 事故発生状況・図示の大きな空白欄があり、 さらに、 事故相手の住所・氏名・電話番号、 保険会社名、住所、担当者氏名、電話番号、 警察署名、住所、担当者名、電話番号を書き込めるようになっています。 日常点検整備について諸注意事項も書かれていますし、 修理記録、車検記録のページもあります。 「いざという時の知識」というページまであるではありませんか。 裏表紙をめくると、 車社会に生きる皆様へとあって、 このドライバー手帳を企画したひとの メッセージが書かれています。 「依然、全国で、9000人を越す多くの人が犠牲になっています。 こうした現状を少しでも改善していくには、 ドライバー一人一人の安全への一層の配慮がますます求められています」 オトーサン、 あらためて、うなずきます。 「規則、規則、規則」 「違反、違反、違反」 「事故、事故、事故」 これまで、耳にタコができるくらい、あちこちで聞かされて、 ウッセーと思ってきましたが、 多くの死者が出ていて、前途有為な若者が 犠牲者や殺人者になっているというのも間違いない事実です。 オトーサンの、 これまでの人生は、車を売るのが仕事でした。 日本の高度成長を実現し、 会社を大きくしてやったと思っていましたが、 反面で、死者を増やすことにも貢献してきたのです。 勿論、オトーサンが下手人だと あからさまにいう人はいないでしょう。 でも、実は、そうではなかったのです。 昔、親戚の奥さんがガンで亡くなりました。 首都高の高架下のそばに住んでいたのです。 渋滞で、排気ガスが多く出ていたのは、知っていたようです。 錯乱したのか、 葬儀の席で彼女の夫が、 オトーサンに向かって言いました。 「あんたが殺したんだ。あんたたちが殺したんだ] この言葉は、 オトーサンの心に重くのしかかっております。 「われは刃にして、傷なり」 (自分ばかりが傷ついているのではない、 自分も知らないうちに相手を傷つけているのだ) これは、フランスの詩人、ボードレールの詩の一節で オトーサンの好きな言葉です。 座右の銘といってもいいでしょう。 もしも、このエッセイを若いひとで ここまで読んできたひとがいたら、 最後まで読んでいただくようにお願いします。 エッセイ「私が愛する老婆」 、 長らく連載してまいりましたが、 これにて打ち止めにさせていただきます。 何か、かっこいい終わりの言葉がないものかと考えましたが、 思いつきません。 古臭くて、申しわけありませんが、 老婆心で締めくくることにいたしましょう。 運転には十分過ぎるほど注意してね。 自分の心にも、自分の車の整備にも。 相手の動きにも、相手の車の故障にも。 以上、 歴史の舞台から足早やに走り去っていく ○○○○こと、 ローバーからのお願いでした。


23 冬でもオーバーヒート

オトーサン クルマというものは、ここまで、 もろいものか、はかないものか、壊れるものか、 齢60を超え、幾多の試練を乗り超えてきたというのに、 はじめて気づかされたのであります。 「そうなのだ、この老婆は、19世紀の生まれなのだ。 そのDNAを、きちんと21世紀にまで受け継ごう という固い信念の持ち主なのだ。 昔のひとの苦労というのは並大抵のものでは なかったことを後世に伝えたがっているのだ」 オトーサンは、歴史と伝承という問題、 さらには、この100年間における技術進歩という問題について 考えさせられたのであります。 先回、 「エッセイ・私が愛する老婆、 長らく連載してまいりましたが、 これにて打ち止めにさせていただきます」 と書きましたが、それどころではありません。 どこかの事件ではありませんが、 続々と新事実が...発見されているのであります。 どうして、記録にとどめずにおられましょうか。 まずは、記録をふりかえってみましょう。 初日の1月22日。 いい気持ちで、白金台までドライブ。 (異常) ドアの異音。グートに車両を持ちこみ、グリースを塗る。 (燃費) 139kmで24L。リッターあたり6km。 以上のような異常がありました。 1月29日、月曜日。 御殿場のプレミアム・アウトレットまでドライブ。 いい天気。 道も空いていたし、雪も少なく、快適にドライブできました。 無事に帰宅。 燃費も13kmを記録して、 オトーサン、ゴキゲンで奥方にいいます。 「なあ、こりゃ、なかなか、いいクルマじゃないか」 「そうね、リッター13Kmも出ればねえ」 1月30日、火曜日。 近くのデニーズに朝食に行って帰る途中、 (異常) 運転席側のドアのスピーカーカバーが落下。 (修理) 2月21日の1ケ月点検まで待つことにする。 2月10日、土曜日。 ひさしぶりに乗って、銀座で昼食。 4丁目の日産ショールームで奥方にプリメーラを紹介。 「いいクルマじゃないの」 資生堂のそばの紅梅白梅がきれいでした。 老婆は、銀座に似合います。 「このクルマなら、帝国ホテルの駐車場に入れるかしら?」 2月11日、日曜日。 朝、早めに出発して、秋葉原へ。 ところが、走って5キロもしないうちに、 コトコト音がします。 オトーサン、 「トランクのゴルフバッグの音かなあ」 奥方、 「グローブボックスからかしら」 開けて異常ないのを確かめます。 「どこからかしら?」 二人で音当てクイズなんかやっている場合ではなかったのです。 「ねえ、停めたほうがいいんじゃない?」 桜田通りで停めます。 見ると、ホタポタ、黄色い液が地面に。 「老婆は、下痢かあ」 すぐ先の白金交差点の24時間営業のESSOへ。 ボンネットを開けると、まあ、下痢のすごいこと。 ラジェーターのリザーブ・タンクの周りが真っ黄色、まわり中に飛沫。 「うーん、すごい、こりゃあ、ほんとの下痢みたいだ」 ガソリン・スタンドのおじさんに見てもらいます。 「ああ、こりゃひどい。エンジンからオイルが逆流している。 ここじゃ、直せないよ。レッカー呼んだほうがいいよ」 どうもオーバーヒートのようです。 「冬でもオーバーヒートするの? これじゃあ、こわくて乗れないわねえ」 そう言い捨てて、 奥方は用事があるといって、 タクシーで最寄の駅へと去ってしまったのであります。


24 007と出会える幸運

オトーサン ”レッカー”という言葉は、いやな響きがあります。 何度も路上駐車違反で、レッカーのお世話になっているのです。 頼みもしないのに、わざわざ重いクルマを持っていって、 頼みもしないのに、わざわざ高い料金の駐車場に置き、 そのうえ、頼みもしないのに、違反料金と減点を課す。 ご苦労なことです。 オトーサン、 ローバー24時間救急サービスに電話しようと思いましたが、 使ったことがなく不安で、JAFを呼ぶことにしました。 会員100万人運動に協力するために、 会社ぐるみで入会してから26年の歳月が流れております。 ほとんど使うこともないのに、 毎年、4千円の会費を払い続けております。 4×26=10万4000円。 「高いなあ、やめたろか」 と思っていましたが、いまは、大助かりです。 JAF会員証の裏には、 ロードサービス救援専用コールとあって 短縮電話番号#8139とあります。 (あとで、知りましたが、これダジャレ。 シャープ、ハイサンキュウだそうです) オトーサンとしては、 #8951のほうがいいと思います。 ハヤクコイ。 オトーサン、 ガソリン・スタンドには電話がないというので、 うろうろ。 セブン・イレブンを発見し、 電話しようとして... 「あっ、忘れてた。ここ、どこだろう?」 正確な地名を言わないと、 いくら天下のJAFだって、わかるはずがありません。 オトーサン、 むかし、会社勤めをしていた頃のことを思いだしました。 消費者相談窓口(テスト)を担当したことがあります。 電話がかかってきて、せきこむような男の声で、 「おい、クルマが壊れた。トヨタさん、どうしてくれる」 「それはまた、大変ですね。いまどこにおられます?」 「馬鹿、天下のトヨタがそんなことわからないでどーする。 早く助けに来いよ」 そういって、がちゃんと電話が切れました。 今度かかってきたら、助けてあげようと思いましたが、 それっきり。 「あのひとは、その後、どうしたのかなあ」 パニックになった時の人間の行動というのは、こんなものです。 オトーサン、 そこで「冷静に、沈着に」 と自分に言い聞かせました。 ESSOまで戻って、 白金一丁目交差点の標識を確認して、電話。 「はい、JAFですが」 こういうときの最初のひとことの明るさって大事ですよね。 地獄に仏か、地獄に閻魔かのわかれ道です。 場所と状況を冷静沈着に告げたあと、 「ああ、そうそう、どの位、待てばいいですか?」 「少々お待ちください....。40分くらいです」 あとは、待つだけ。 JAFに、世話になっているのを思い出しました。 カギの閉じ込め、バッテリー上がりなど。 オトーサン、 一安心したら、 急に空腹を覚えました。 あたりには、喫茶店も見当たりません。 日曜の午前8時にやっている店なんて少ないのです。 しょうがないので、セブンーイレブンに舞い戻ります。 おにぎり2ケ(昆布とたらこ)、生茶、スポーツ報知を買って ESSOで待ちます。 「しまった」 どうってこたぁないのです。 スポーツ"報知”が、ガソリンスタンドにありました。 お客が"放置”していったのでしょう。 ほどなく、JAFのレッカー車が到着しました。 オトーサンが、ボンネットを開けると、 若いひとのよさそうな係員です。 「ああ。オーバーヒートですね」 すぐに症状を診断してくれます。 「スタンドの入口だから、作業しにくいなあ」 エンジンをかけてクルマを移動しようとすると、 「動かさないほうがいいですよ」 オトーサン、思いました。 「こりゃあ、重症のようだなあ」 ふたりでクルマを押しました。これも久しぶりです。 クルマって重いものです。1トンはあるのですから。 「どこへ行きますか?」 「芝浦のトヨタ・テクノクラフトにするか、 買ったグートの尾山台にするか...」 (”to go or not to go”) 実際に直すのは、東京地区の修理の総本山 テクノクラフトでしょうが、 保証の関係もあるので、買ったところにしました。 運転席に乗って 係員と雑談します。 助手席には、バックモニターが装着されていて、 老婆の姿がモノクロ映画のように見えるのです。 交差点を右折するとき、気になっていいました。 「牽引しているクルマが外れることって、ないですか?」 「たまにありますよ、高速道路で、段差があったりすると」 「ふーん、あれだけ厳重にステーと鎖で止めても、 外れるときは、外れるんだ」 若いひとだって、同じです。 日曜日の朝なので、 道路は、がらがら。 東京では珍しい快適なドライブを体験できます。 しかも、遊覧車ならぬレッカー車の高い助手席とあって 眺めがいいこと。 「最近パソコンをはじめましてねえ」 若い係員が話しはじめます。 オトーサンが秋葉原にパソコンを修理に行くところだったと 言ったからです。 「どういう機種を買ったの」 「NECです」 「それじゃ、ノート・パソコンのラヴィだ」 「そうです。いろいろつけましてねえ。30万円近くになりました」 「どう、調子は?」 「それが、友達に昔もらったのと、赤外線で接続しようとしても、 なかなか、うまくいかないのですよ」 「ほんとうにパソコンって、意地悪だよなあ」 「そうなんです。まだクルマのほうが、素直ですよね」 「その通りだよ。ほんとに」 オトーサン、2日2晩、再インストールに苦しんでいるので、 心の底から賛同しました。 若いお兄さんは、とても話し好きです。 「マセラッティのお客さんですが、半年入院だそうですよ。 すぐ故障して、部品が海外からなかなか到着しないので、 修理工場に入院していて、使えるのは一年で半年、 普段は、軽に乗っているそうです。 それで、たまに乗ると、とっても幸せな気持ちになれるそうです」 「分かるなー。その気持ち」 そんなことで、2人は意気投合。 オトーサン、 聞かれもしないのに、 「Yahooで、「ユニクロの研究」と入れると、 ぼくのホームページが見られるよ」 と告白までしてしまいましたよー。 グートに到着。 店長の菊地さんと担当の成田さんがお出迎え。 「何があったのですか?」 「事故じゃないでしょ....、そりゃそうですよね」 なーんて言ってくれます。 雑談に花が咲きます。 レッカーのお兄さんが、 やってきて、 「じゃあ、私はこれで失礼します」 「そうそう、お礼の代金も忘れるところだった」 レッカー料金は、規定によると、 5Kmまでは無料、あとは1Kmあたり500円ですが、 13km、4800円のところを3000円にまけてくれました。 あとで、 オトーサン、 レシートをみると、 受付時間:8時23分 到着時間:8時55分 完了時間:9時52分 となっていました。 {故障状況} エンジン過熱。 エンジンオイル漏れ、プレッシャーS/W {処置アドバイス} レッカー2輪吊り上げ牽引 牽引距離 10Km(会員は10Kmまで無料) 基地局:麻布RS 007号車、担当○○○○ オトーサン、 さけびました。 「おお、007だ。ボンドカーに乗れたのだ。 これも同じ英国車で故障したおかげだ」 英国の文豪・シェイクスピアは、言っています。 「誰でも、考えかたひとつで、不幸にも幸福にもなる。 幸福と思えば、幸福に。不幸と思えば、不幸になる」 老婆と付き合うには、 故障と仲良くならなくては...。 故障するといろいろな出会いが待っているのです。 今日のオトーサンのように、幸運にも出会えるのです。


25 平穏無事、日々是好日

オトーサン、 このところ、老婆の調子がいいので、 平穏無事、日々是好日で過ごしています。 人間、ぜいたくなもので、 かえって、何か不気味な気がしてなりません。 「これは、何かの悪い前触れではあるまいか?」 案の状、 世の中、次々とよくないことばかり 起きてまいります。 東京株式市場では、 株価が一時1万2000円を割りました。 もう、底なしのデフレ経済へ突入しはじめたようです。 アメリカ経済も怪しくなってきて、 ハイテク企業の業績悪化で、株価が下がってきました。 日本発の世界不況がくるのではないかさえいわれております。 ところが、無為無策の森政権の後釜がなかなか決まりません。 森さんは、卒業旅行で、アメリカとロシアに行くそうですが、 えひめ丸を沈めた原子力潜水艦の館長も無罪になりそうですし、 北方領土も森さんでは返ってきそうもありません。 まあ、強いて明るい話題を探せば、 春が日一日と近づいてきたことくらいかなあ。 オトーサン、 老婆を引き取って、施設から帰ってきて、 「おお、おお。無事に退院してよかったなあ」 早速、お祝いにガソリン・スタンドにいって、 お腹いっぱいミルクならぬハイオクを飲ませてあげました。 係員は、退院祝いとは気づかないようです。 「もうオーバーヒートしないだろうなあ」 ヒヤヒヤしながら、混雑している環状8号を走ります。 マーチとちがって、周囲のクルマが敬意を払ってくれるような気がします。 道路沿いの外車デーラーも、仲間が通っていると挨拶してくれるような、 これもそんな気がいたします。 無事、家に生還いたしました。 降りて、離れたところで、 キーのボタンを押すとガシャっという音がして、 自動的にクルマのドアがロックします。 こういうのを離れ技というのです。 「いい気持ちです」 この口調、ナガシマ・カズシゲクンのようです。 そういう高揚した気分でみるせいか、 キレイなクルマじゃありませんか。 内臓は腐っているようですが、 あくまでも、外見は、きれいなクルマです。 「このクルマ、床の間に飾っておけばいいかも」 オトーサンのアパート、そんなスペースはないのですが、 一応そう思ったので、記録に残しておきましょう。 「今日も、無事だった」 「今日も、平穏だった」 そんな日々が奇跡的に続いて、週末になりました。 息子が、そわそわしております。 どうやら彼女とのデートにクルマを使いたいようです。 「あのぉ、週末使いたいんだけど」 「ああ、いいとも」 この口調って、昼間のTV番組の見すぎでしょうか。 「でもなあ...、JAFのカード、貸してくれる?」 「いいとも」 そうなのです。 すでに、老婆のオーバーヒートおよびレッカー車移動に 関する詳細な情報は奥方から息子に伝わっていたようであります。 あたりまえか。 オトーサン、 その前日に、マガジンX最新号のロバの記事を読んでいました。 「ローバー”内紛”の悪影響」というタイトルで、 ・旧ローバーディーラーが大挙してBMWを訴える、 ・あまりにも悪いサービスがユーザーの不満を誘発する、 そんな小見出しからなった記事です。 以上の2点は、すでにオトーサン、承知しておりますので、 そう驚きません。 でも、記事を読んでいくと、 気になる個所がありました。 「ビックリなんてもんじゃないですよ。 購入して1週間もたたないうちに雨漏りするんですからね」 「走行中にヘッドライトが勝手に消えることもある」 「あるときBさんはガス欠を起こしてしまった。 ガソリンの残量を示す警告灯が点灯しなかったという。 デーラーは、もともと電球が入っていないのですよといったとか」 おいおい、そんなことがこの地上で起きていいのかよ。 オトーサン、 以上3点をしっかり頭に叩きこみました。 オトーサン、 週末の土曜日の朝早く、 息子が出かける前に、 わざわざ息子の部屋におもむきました。 おもむくといいましたが、5歩ほど歩くと到着するのです。 キーとJAFカードを渡しながら、 重要事項を伝達いたしました。 「あのな、 雨漏り、ガス欠、 それとヘッドライト消えが 突然起きるそうだ。気をつけろよ」 息子の目が、キラッと点灯したようであります。 吐息が漏れたようであります。 「まあ、無事に戻ってこいよ」 オトーサン、息子との今生のわかれも覚悟いたしました。 交通事故の死者数は1万人近いのですから、 無事帰ってくるのが、奇跡なようなものです。 まして、隣りにカノジョをのせれば、 キョジンのウエハラさんやセイブのマツザカさん状態になるのは みえみえです。 ヒコーキじゃないんだから、上の空で運転してはいけません。 「今日も無事だった」 「今日も平穏だった」 「今週も無事だった」 「今週も平穏だった」 オトーサン、日々是好日が続くと、 これがフツーだと思うようになってきました。 人間の心理というものは、かくも移ろいやすいものであります。 息子も無事帰ってきました。 「何かトラブルなかったか?」 「いや」 3週間目。 オトーサン、 老婆の無事を祝い、 ガンバリをはげまし、 かつ、 その労に報いるために 彼女を洗車してあげることにしました。 機械洗車500円の看板も気になりましたが、 これでは感謝の気持ちを表わすには十分ではありません。 そこで、 イオン洗車+手洗い+ポリマーコーティング にいたしましたよ。 しめてウン千円の支出は、 税金の支払いを控えた身としては 清水寺の舞台から飛び降りるようなものでしたが、 決断したのです。 美容院にいった老婆は、 オトーサンが見守っている間に みるみるうちに 老婆から姥桜へ、 そして、何と、 姥桜から貴婦人へと変身していくのでした。 オトーサンと貴婦人との華麗なるデートの模様は、 また筆をあらためて書きましょう。 では、次回の再会をお楽しみに。 ブーッ、ブーッ。 どうやらクラクションは鳴るようです。


26 別れ話

オトーサン、 老婆とともに日々是好日、 「今日も無事だった」 「今日も平穏だった」 の日々を過ごしてまいりました。 奥方と、都内を走りまわって、 「いいクルマだなあ、 このサスペンションのしなやかさ、 ほれぼれするよ」 麻布十番にとめて、ワイヤレス・キーをクリック。 すると、カチッと4つのドア・ノブが瞬時に閉まります。 オトーサン、 「うーむ」 と満足の吐息をもらします。 「美しくて、気立てのいい女と過ごす人生って こんなにいいものか」 老婆をいい女に見立てて、感想をもらします。 ところが、ある日のこと。 というか、忘れもしない5月13日。 快晴の日曜日。 オトーサン、 ふらふらと老婆とともに都内を流します。 これって、英語でいうとoutingといいます。 「どこへ行こうか? 原宿は先週行ったし、 白金台と麻布十番は先々週行ったし、 そうだ、ひさしぶりに銀座に行ってみよう」 渋谷、青山通り、皇居前、日比谷、有楽町、 そして銀座に向かって、老婆は快適に走っていきます。 「ねえ、あなた、どこに行くの?」 奥方が聞いたときには、 すでに歌舞伎座を通りすぎております。 日曜日でクルマが少なく、 道路はガラガラですから、 あっという間に勝どき橋も通過いたします。 ふだんなら渋滞で30分は確実にかかるところを たったの3分で通過したのです。 前方右手には、かつて オトーサンが、第20回モーターショウの展示で 頑張った展示会場があります。 「なつかしいなあ」 晴海の平坦なコンクリート風景が展開してきました。 オトーサン、 つぶやきます。 「ありゃ?」 左手前方には、見慣れぬ高層ビルが林立しております。 そうなのです、 これが、かの無名な「晴海トリトン」なのであります。 オトーサン、 実は、いちど日経流通新聞の記事で読んだことがあります。 銀座にきた途端に、 この晴海トリトンが出来たことを思い出して、 行き先を急遽変更したのであります。 オトーサン、 駐車場を探します。 標識、そして係員の誘導で、 地下の広い駐車場にクルマをとめます。 「何よ。どこへ行くのよ」と奥方。 あっという間に、 楽しい銀座でお買い物の約束を変更されて、 薄暗い駐車場にいれば、 誰だって不機嫌になるのは当然であります。 エレベーターに乗って、3階へ。 「おお、きれいだなあ」 目の前にひろがるのは、のびやかな曲線の大理石の廊下、 両側には、できたての美しいインテリアのブランド・ショップの数々。 ほかのフロアには、数々のしゃれた飲食店が並んでいます。 アメリカの最新のショッピングセンターにでも行ったようです。 さらに、スーパーも、コンビニも、本屋も、 郵便局、ATM、クリーニング屋、修理屋、自動車デーラー、 それこそ街に必要な施設はすべてあるのです。 「ふーん、ここが住友グループの メッカとなるオフィス・タワーなんだ」 44階,39階,34階,19階の高層オフィスビル、 2万人が働くそうです。 いまや、ご存知のように首都東京は、 この不況というのに再開発ブームになっております。 臨海副都心、汐留、品川、そして、ここ晴海。 郊外から都心回帰の流れがはじまっているのです。 オトーサンたち、 広い迷路のような晴海トリトン・スクエアのなかを ウロウロしています。 いつの間にかビルをでていました。 目の前にそびえるのは、高層マンションでしょうか。 エントランスに、ひとだかりがしています。 「なんだろね」 すっかり機嫌を直した奥方が聞きます。 「行ってみよう。マンション分譲の募集でもやっているのかな」 「マンションなんか買う気はないわよ」 奥方がすぐ予防線を張ります。 ロビー脇の受付のお嬢さんたちに聞くと、 賃貸住宅の募集中でした。 「賃貸だってさ」 「そう」 「ヒマつぶしに、見ていくか」 こういう時ぐらいしか、 高層ビルの最上階からの眺めをみる機会はありません。 しかも、タダで。 「せっかくだから、部屋の間取りのほうも見ていくか」 そのフロアには、5部屋ほどあって、 若いカップルが何組も見学していました。 「いいわねえ」 女性のほうは、みな頬を輝かせています。 都心のマンション暮らしを夢みているのでしょう。 入口で女性係員がスリッパをそろえていました。 オトーサン、 完全な冷やかしで、 住むつもりなどありませんから、 コメントもおざなりです。 「まあまあの間取りだな」 そんなことで、すぐ最上階の28階にいきました。 「うわー」 奥方が叫びます。 眼下には、東京湾。 臨海副都心の風景が広がっています。 「あれが、レインボウ・ブリッジね」と奥方。 「いやあ、東京も変わりつつあるんだ」 降りていって、受付嬢に取材すると、 このビルは、都市基盤整備公団のもので 地上28階建、312戸。 1LDK、2KDK,3DK,3LDKがあるそうです。 「募集の締め切りは、明日までです」 オトーサンたち、 歩き疲れたので、 「どこかでお茶でもしょうか」 「駐車代が高くつくわよ」 「でも、せっかく来たんだから。 スターバックスでもないかなあ」 探し歩いていると、 晴海トリトンスクエア内の広い公園に出ました。 さまざまな花が咲きほこり、滝もあります。 外人が大道芸をはじめています。 一輪車に乗ってバトンを空に投げては受けとめるのです。 「きれいねえ。ディズニーランドに行ったみたい」 奥方が感嘆の声を発します。 しゃれた喫茶店を選んで、 テラス席でお茶を飲むことにしました。 「ヴェニスみたい」 奥方のほめ言葉がどんどんエスカレートします。 花壇の向こうには、何と運河が見えるのです。 「ねえ、最上階の28階の部屋、 家賃いくらすると思う?」 奥方が、先程もらってきた 豪華パンフレット片手に質問してきます。 「分かんねえなあ。 4、50万はするだろう。 どうせわれわれ庶民には高嶺の花。 外人か、VIPしか住めんだろう」 「あのね、2KDK+Sで、28万8400円」 「へえ、案外安いな」 オトーサン、 住む気がないので、お気楽に答えました。 「いま払っているアパート代で住めるかもよ」 「一番安い部屋で、いくらだい?」 「そうね、10万6800円」 「広さは?」 「1K」 「1Kじゃ住めないよ。せめて2LDKでなくては」 「えーと、たくさんあるから、探すの大変だけど...、 4階にあったわ。17万6200円」 「ふーん」 「あら、3DKで16万1000円というのもあるわ」 オトーサンたち、 高層マンションの受付に舞い戻ります。 「申し込みの倍率ぐらい見ておこうや」 「最高で、24倍ね」 みると、奥方はパンフレットにせっせと 各戸ごとの抽選倍率をメモしております。 「ここ駐車場あるのですか?」 オトーサン、訊こうと思ってやめました。 「どうせ、申し込むはずはないしなあ」 仮に、申しこんだとしても当たるはずないし、 何も、先のことを心配する必要もありません。 オトーサン、 すっかり、晴海トリトンのことを忘れていました。 ある日、帰宅すると、一通のハガキがきていました。 「新規賃貸住宅抽選結果通知書」 「えっ、奥方、申し込んだのかあ。知らなかった」 読み進むと、 抽選番号00006。補欠順位3。 その夜、早速、奥方に聞きます。 「申し込んだのか?」 「どうせ当たるはずはないと思ったけど、 面白いから、やってみたのよ。どうだったの?」 「大変だ、補欠の3番だ。繰り上がるかも」 「大丈夫よ、当たらないように、 募集戸数2というのを頼んだのよ」 「なーんだ。そうだったんだ」 それでも、 世の中には、万が一ということもあります。 当選した2人が辞退し、 さらにもうふたり補欠のひとが辞退すると、 オトーサンたちが繰り上げ当選になるのです。 そんなこと、起こるはずありません。 オトーサン、 笑いながらいいました。 「もし当たったら、クルマは処分しなきゃなあ」 「どうして?」 「あの辺の駐車場代いくらすると思う。 月額5万円だぜ」 「そうね、クルマはいらないかもよ」 「どうして?」 「だって,大江戸線が開通したから、 勝どき駅から乗れば、新宿まで22分よ」 「どれどれ」 オトーサン、 はじめて募集パンフレットに目をこらします。 「ふーん、六本木まで13分。渋谷まで25分か」 銀座まで2km、東京駅まで3km、 歩いてもいけますが、自転車ならすぐです。 オトーサン、 晴れた日に自転車で 銀座を走っているわが姿を想像しました。 もしかしたら、 映画「小説家を見つけたら」の ショーン・コネリーのように颯爽と自転車に乗って 友人をみかけて手を振っているかも。 こんな会話を交わした一週間後、 一通の封書が都市基盤整備公団から届きました。 オトーサン、 「どうせ落選通知だろうけどな...」 でも、奥方が帰ってくるのが、待ち遠しかったこと。 一緒に、開封します。 「繰り上げ当選だぞ!」 「ウワーツ、奇跡が起きたわねえ」 奥方は天にも上る喜びようです。 息子が遅く帰ってきました。 話を聞いて、喜ぶかと思うと意外にも渋い顔です。 「いやだよ。 引越しなんか面倒だよ。 どうせ、家賃も高いんだろ」 「通勤も便利だよ。 だけど、家賃が高いから、 クルマは処分する」 「クルマ売る?」 息子が仰天しています。 デートの必需品なのでしょう。 オトーサン、 大いに迷います。 「そうか、クルマは残さねばならんか。 でも、駐車場代高いから、払えんしなあ。 困ったなあ」 さて、 2日後の夕方、 老婆を走らせていると、 何やら聞きなれない異音がしました。 甲高い音です。 エンジン音かミッション音かいずれかです。 ガソリンスタンドのお兄さんは、 「ああ、ミッションのオイル漏れです。 ここでは直せませんから、 早くデーラーに持っていったほうがいいですよ」 「そうか、やっぱり壊れたか」 つねにこの日がくるのを覚悟していた オトーサンのことです。 その夜のうちにグートに老婆を運びいれました。 翌日、電話して様子を聞きます。 グートの成田さんが、出てきました。 「やはり、ミッションがこわれています。 ウチでは直せませんので、ローバーに持っていきます」 オトーサン、うめきます。 「やれやれ、また入院か。 2週間ぐらいかかるかなあ?」 「そうですね...」 そこで思わず、 成田さんに漏らしてしまいました。 「あのクルマ、やめようかなあ。 こう故障続きでは...」 こうして、老婆との別れ話が出てきたのです。 オトーサン、 自分で言い出した話ですが、 壊れたタイミングがあまりにもいいので、 老婆のほうから、 別れ話を持ち出されたような気がしてなりません。 「どうせ、 あなた、駐車場代払えないんでしょ。 別れてあげるわよ。 いいわよ、いいわよ。 私のほうは、ひとりでも何とかやっていけるから...」


27 もつれる別れ話

オトーサン、 思ったより早く、 老婆に再会できました。 1週間後、修理を終えた老婆を 引き取りにグートに行きました。 真夏の真昼間のせいか、 等々力駅からグートまでの 10分ほどの歩きがとてもこたえます。 胸の鼓動が高まっております。 恋人に再会するみたいにと、いいたいところですが、 ほんとうは、舗装路面からの熱の照り返しのせいでしょう。 「やはり、ミッツョン・オイルが漏れていました」 メカニックが話しかけてきます。 このひと、気がきいていて、 老婆をグートには1台分しかない 屋根つきの駐車場に置いておいてくれました。 そのおかげで、車内のシートに座っても、 お尻が焼けるほどには熱くありません。 メカニックが話しかけてきます。 「オイルがもれていたので、ギアが壊れたようです。 ベルトも壊れたので、直しておきました」 「成田さんは?」 オトーサン、故障内容は、 大体見当がついていたので、 熱心なメカニックの言葉をさえぎって、 以前から気にかかっていることを聞きました。 「今日は、外に出ているようです」 「じゃあ、所長の菊池さんは?」 「商談中のようです」 メカニックのかたは、 どうやら、このふたりから オトーサンがやってきても、呼び出さないように かんでふくめて言われているようです。 「そうか、やっぱり...」 1週間前に、 「あのクルマやめようか、こう故障つづきでは...」 と成田さんにポツンと言ったのが、 その原因のようです。 「所長、こんなことを言われました」 と報告する成田だん。 「成田くん、売ったばかりのクルマを いくら何でも、クレームで引き取るなんてとんでもない あのクルマ、引き取たって売れっこないだろう」 所長の菊地さんが、いきまいているのが聞こえるようです。 そういえば、展示場には、 もはや老婆の同類が1台も置いてありません。 老婆の故障の多さに、へきえきして、 もう2度と取り扱わないと決めたのでしょうか。 さて、 オトーサンが、 奇跡的に繰り上げ当選となった晴海トリトンですが、 問題は駐車場。 入居戸数の4割分しかないので、抽選です。 「有料駐車場利用希望者の募集について」 という書類が郵送されてきました。 126台分あるそうです。 平面、機械2段、機械3段と分れています。 それが、また大型車用から小型車用まで細分化されて、 全部で、AからLまでの区分から選ばねばなりません。 「えーと、面倒だなあ。一番高いのはいくらだろう? Fの暫定平面式で、月額2万8875円。高いなあ。」 暫定というのは、将来、機械式に変更して、 駐車台数をふやすかもしれない場所だそうです。 サイズは、530cm以下、全幅200cm以下、全高200cm以下、 車両重量2000kg以下とあります。 「6台分しかないのか。まあ,ウチは関係ないや」 どうせ、高級外車やRVを置くひと用でしょう。 オトーサン、 血眼になって安いスペースを探します。 「あった、これこれ。Kだ。 2万2400円。 これなら、いま払っているのが、2万円だから、払えそうだ。 機械3段式、22台募集している。 普通サイズ。 全長500cm以下、全幅180cm以下、全高155cm以下、 車両重量1800kg以下。 これなら、小型車の老婆のサイズに合う」 奥方もニコニコして、 「立体駐車場でも、クルマがないよりはマシねえ。 じゃ、このKということで申し込みの書類を出しておくわ」 とゴキゲンです。 でも、書類を読み進むと、 抽選日は、7月18日(水)午前9時から12時。 必ず、晴海区民会館までおいでくださいとあります。 奥方が急に不機嫌になります。 「何よ、えらそうに。 抽選にまで、呼び出すことないじゃないの」 オトーサン、 奥方が怒って、 「やーめた、やーめた。クルマなんか、やめましょう」 と口走っては困るので、とりなします。 「まあ、いいじゃないの。 いつものお役所仕事だよ。ガマンしようよ。 ならぬ堪忍、するが堪忍」 その後、また封書がきました。 オトーサン、ドキドキして、封書を開きます。 もしかして、当選取り消しなんかじゃないだろうな。 そうそう、昔こんなことがありました。 大学に奇跡的に現役合格したあと、 夜中に汗をかいて目覚めました。 何度も何度も、合格取り消しの夢をみたものです。 今回も、それと同じような気分です。 もう、周囲に触れまわっていて、 娘からは、お祝いの電話までもらっているので、 いまさら晴海トリトンの入居取り消しでは、困るのです。 でも、OK! ちがう話でした。 A4の用紙には、以下のように書いてありました。 「有料駐車場利用希望者募集案内の訂正について... (中略) 訂正個所の発生により皆様にご迷惑をおかけしたことを 深くお詫びいたします。なお、既に有料駐車場の申込書を 発送された方で、申し込み区分の変更等を希望される方は お手数をお掛けして申し訳ございませんが、 弊社まで電話連絡をお願いいたします」 オトーサン、 せわしなくページをめくります。 正誤表。 I欄、L欄、K欄を全て削除。 奥方を呼びます。 「おーい、たしかウチはKで申し込んでいなかったか?」 「そうよ、ちゃんとKで出しといたわよ」 オトーサン、 また訂正されたややこしい区分表をみます。 「おいおい、一番安いので、2万4570円だぜ」 「値上がりしたの?」 「前の一番安いKが2万2400円だったのが、 今度の一番安いのは、Lで2万4570円になっている」 「ひどいわねえ」 奥方が低い声でいいます。 こういうときは、気をつけねばなりません。 オトーサン、 早速電話します。 「何で値上げするのですか?このデフレ時代に」 係りの女性の美しい流れるような声が返ってきます。 「おきゃくさま、たいへんもうしわけありません」 「で、理由は?」 「それが...」 「で?」 「ええ...実は、係りのものが 駐車場のサイズを計りまちがえまして 普通サイズかと思っておりましたが、大型サイズでした」 「それで値上げ?」 「ええ、まことにもうしわけありません」 オトーサン、 むかついているので、 ついでに気がかりなことを聞くことにします。 「ところで、駐車場とれそう?」 「それは、お客様、いまの時点では、なんとも、もうしあげられません」 「でも、どの区分が当たりやすいか、教えてほしいのだけど」 「そうおっしゃられましても...」 「だって、外れたらクルマなしの生活を強いられるんだよ。 文明から切り離されるんだよ」 奥方が、となりで聞いているので、 すこし話がオ−バーになってきました。 この長電話の収穫は、 もし区分Lで抽選に漏れても、 ほかの区分が空いていれば、 駐車場は確保できるということでした。 それから、わざわざ呼び出すのは、 当選したあと、その区分内でどの場所がいいか、 実際に現場で選ぶためだそうです。 「それにしても、外れたひとはバカみたいだよなあ。 わざわざ呼び出されて1日ムダになる。 しかも、当日は車検証のコピーももってこいとさ」 オトーサンがいきまくと、 奥方がとりなします。 「まあ、それがお役所仕事っていうんものよ。 行けばいいいんでしょ、行けば...。 それから自転車を申しこんでおくわ。 2台でいい?」 オトーサンの頭には、 奥方とふたり、あるいは息子か娘と一緒に、 新しく買い求めるであろうプジョーの自転車か ホンダの軽量電動アシスト自転車にのって 颯爽と銀座界隈を走っている自分の姿が浮かびました。 その時、またもや、老婆がささやいたような気がしました。 「あなたにいいひと出来てるの、知ってたわ。 別れてあげるわよ。いいわよ、いいわよ。別れてあげる。 私のことは、もう2度と、気にしないでね。 ひとりで何とかやっていくわ... じゃあ、さよなら。 短い間だったけど、楽しかったわ」


28 じょうだんよ

オトーサン、 老婆のほうから別れ話をもちだされて 狼狽します。 「冗談、冗談、冗談だよ。 プジョーの自転車、 20万円以上もするから買えるわけないだろ。 ホンダの軽量電動アシスト自転車、 車輪がちょっと小さ過ぎるから、どうかなと思っているんだ」 そんな風に、とりつくろったおかげで、 老婆もようやく機嫌を直してくれて、 珍しく、故障もなく、 最後のドライブに出かけます。 「いいクルマだったよなあ」 「そうよ、いままでで一番乗り心地がよかったわ」 と奥方。 「ソアラより、よかったかい?」 オトーサンたちが、いままで買ったクルマのなかで 最高級の車は、ソアラでした。 (もっとも中古車でしたが) 「そうね、ソアラもよかったわねえ...でも、 しょっちゅう壊れなければ、このクルマが 一番かもね」 オトーサン、 ひさしぶりに朝5時スタートで、 中央高速道路、東京ー小淵沢を走ります。 八王子を過ぎると、緑が濃くなってきます。 3車線の拡幅工事が行われていて、 大分走りやすくなりました。 「このくらいのスピードだと、いうことないなあ」 90kmまでは、この老婆の乗り心地は 官能的といっていいいくらい気持ち良いのです。 しかし、100Kmになると、性格が一変します。 オトーサン、 何度か路面の状態を確かめます。 「ほら、ハンドルが震えるだろう」 奥方がちょっとハンドルのほうを見やります。 「そうねえ。震えるわね。 泣いているのかしら」 「?」 「もうこのドライブで、お別れだって」 オトーサン、 アクセルを踏みます。 どういうわけか、振動が跡形もなく消えます。 「ほら、120km出すと、震えなくなる」 「そうね」 この老婆、別れ話に動転して、 やぶれかぶれになっているのかもしれません。 小渕沢ICを降りると、 もう山荘までは10分もかかりません。 坂道を登って,有料道路の料金所を左折すれば、 すぐなのです。 「冗談じゃないよね。 アウトレットなんかつくって。 この道路、きっと渋滞するわよ」 「そうだな.困ったもんだ。 どんどん林が消えていくし... これからは、山荘まで迂回路を走らないと いけなくなる、面倒だな」 そうなのです。 この7月28日には、静かだった小渕沢に なんと「小淵沢リゾート・アウトレット」なるものが オープンするのです。 何でも、御殿場プレミアム・アウトレットや 軽井沢のアウトレットが成功して気をよくした会社が、 ミズノがやっていた「マーブ小渕沢」という テニス・リゾートの跡地にアウトレットを つくることにしたようなのです。 数年前に、 カー・オブ・ザ・イヤーの審査会が、 ホテル「リゾナーレ小渕沢」で 開催されるようになったと聞いて オトーサン、 手放しで喜びました。 「小渕沢も全国区になったもんだ。 小淵沢ー清里有料道路の この急坂路、このカーブが 世界中のクルマの良し悪しを決める グローバル・スタンダードになったのだ」 と喜んだものです。 有名な自動車評論家たちにも会えそうだし、 かれらと同じ道を走って、 かれらが書いた試乗記を読み、 クルマの良し悪しの判断ができるなんて、 すばらしいことです。 しかし、 今回のアウトレットは、 クルマの走行テストという見地からしても、 あまり歓迎できません。 気が重くなったせいか、 急坂を登る老婆の足取りまで 重たくなったような気がいたします。 さて、 7月12日、 奥方が黙って封書を差し出します。 「男は黙ってサッポロビール」 ならいいのですが、 「奥方が黙って封書」というのは、 何やら不気味です。 あけると、以下の文章が眼に飛び込んできました。 有料駐車場申し込み抽選番号について(ご通知) このたびは、有料駐車場のお申し込みをいただき 有難とう*ございます。 (*原文のママ;正しくは「有難う」。「と」は不要) さて、ご応募いただきました区分により集計を行った結果、 M区分については募集台数に満たなかったため, 全員の方が「当選」となります。 よって、当日は下記の時間帯において 「位置選定順位」を決め、手続きを行いますので、 印鑑および「有料駐車場抽選番号票」をお持ちのうえ お越ししください。 1 日時  平成13年7月18日(水)午前10:00開始 2 場所  晴海区民館 オトーサン、 叫びます、 「おお、駐車場OKか。しかも無抽選!」 奥方が満面の笑み。 「そうなのよ」 「奥方が黙って封書」という理由は、 実は、グッド・ニュースだったからなのでした。 「よかったなあ」 「そうねえ」 オトーサン、 そうなると、現金なもので、駐車場の位置が気になります。 「どこを申し込んだっけ?」 「じょうだんよ」 「えっ?」 「じょうだん」 「冗談って何が?」 しばらくして、奥方のいっている意味がわかってきました。 そうなのです。 オトーサン、 たしか、 申し込むひとがすくなく、 当選する確率の一番高そうな「下段の区分L」を申し込むように 奥方に言っておいたはずだったのですが...。 奥方は、どういうわけか、 「じょうだん=上段」の区分Mを申し込んでいたのです。 区分M  機械3段式、 13台 上段(全長530cm以下、全幅195cm以下、全高200cm以下、 車両重量2300kg以下) 大型サイズ。 区分L  機械3段式、 13台 下段(全長530cm以下、全幅195cm以下、全高155cm以下、 車両重量2300kg以下) 大型サイズ。 くらべてみれば、お分かりのように、 Lは下段で、Mは上段です。 そして、上段のほうが、背の高いクルマを置けるのです。 オトーサン、 お腹のなかで、 「どうも、最近、奥方は、 オレの言うことをきかなくなってきなあ。 でも、まあ、いいか、結果オーライだったから」 と納得して、 「そうか、うまくいったものだなあ」 と公式発言をします。 奥方のほうは、 「そうでしょ、そうでしょ」 と得意満面です。 奥方は、 「晴海アーバンタワー 地下駐車場見取り図(案)」 を差出します。 そこには、 「駐車場内の通行は一方通行となっておりますので、 矢印にしたがって走行願います。 また場内は指定場所以外は駐停車禁止となっております」 という文章があって、 駐車場の見取り図のなかに緑色のマーカーで、 オトーサンたちが選べる場所が示してあります。 「ねえ、どこにする?」 「そうだねえ。 エレベーターホールに近いのは、59番、60番か。 でも、ここ右折、右折、右折,右折、右折、右折で たどり着くようになっていて、面倒だなあ」 「それなら、このなかでは、どこがいい?」 みると、エレベーターホールに遠い順に、 1番、2番、3番、9番、10番、14番、15番 19番、20番、24番、25番と並んでいます。 「こっちは、運転は楽だなあ」 スロープを上がってきて、右折し、 正面突き当たりが駐車位置なのです。 その代わりエレベータホールまで歩く距離は遠くなります。 ざっと50mくらいでしょうか。 「重い荷物があると、50mは大変だぜ」 「そうねえ...。 でも、雨の心配がないのは最高よ。 それにクルマも傷みにくいし」 「そういえば、そうだな。 ところで、柱の位置はどうなっているかな?」 オトーサン、 妙なことを聞きます。 「どうして?」 「いや...柱が邪魔で入れにくいかも」 「そうねえ」 実は、先日、喫茶店の駐車場の柱に アウディのボディをこすってしまったのです。 オトーサン、 それでアウディにイヤ気がさしてきて、 イザとなったら、アウディは処分して 老婆のほうを残そうかとも思っていたのです。 アウディの事故も、 その処分計画についても、 奥方には、まだ報告していません。 「そうだなあ。 現場をみないと何ともいえないなあ」 「そうねえ...。じゃ、私に任せてくれる?」 オトーサン、 タモリさんのように笑って答えました。 「いいとも」 駐車場が確保できたおかげで、 ここしばらくは、 老婆と別れなくてすむようになったのでした。 オトーサン、 その夜、夢をみました。 ロンドンに留学中の娘が一時帰国するのです。 そして、老婆のハンドルを握っているのです。 夢のなかのオトーサンは,眼を細めています。 「まあ、この娘のために、 英国車に買い換えたようなものだからなあ」 そして 次の夢のシーンでは、 オトーサン、 英国の香りを身につけた 娘の運転で 中央高速道路を走っています。 「どうだい、日本の印象は?」 「そうねえ、緑が豊富ねえ。 久しぶりの山荘、たのしみだわ。 あの白樺、大きくなった?」 しかし、小渕沢ICを降りると、 娘の運転するクルマは、 なぜか、山荘に向かわずに、 坂道をすぐに左折し、 小淵沢リゾート・アウトレットのほうへと 吸い込まれていくのです。 「死ぬほど買い物したいわ。 ロンドンでは、ビンボー生活をしていたから... もう着るものがないのよ」 オトーサン、 夢のなかで必死に抗議しています。 「じょうだんじゃない。 もう引越しでお金が底をついているんだ。 ほんとうだよ、冗談じゃないんだ。 JORDAN JYA NAI」


29 ひとりぽっち

オトーサン、 山荘へ行きたくなりました。 標高1300mで涼しいのです。 クーラーなんかいりません。 「暑いなあ」 引越しで、家の中たるや、 ダンボール箱がうず高く積みあげられ、 奥方は、その陰に棲息しております。 「こう暑くっちゃなあ。 異常気象で、この夏の日本は、 地球上の7大ヒート・ランドのひとつだそうだ」 オトーサン、 避暑に行くどころではない 奥方の外堀を埋めようと 懸命の努力をしているのです。 奥方、 荷物の整理が一段落して ビールと枝豆を食卓に出してきます。 昔は、ビールなんか ほとんど飲めなかったのですが、 最近はすこし強くなってきたようです。 「そうねえ、暑いわね」 グイッと一気に飲み干します。 「ウィーッ」 うなってから、肩で息をしております。 オトーサン、 頃合を見計らって切り出します。 「畑のミニトマト、鈴なりだろうなあ」 「もう仕方ないわよ」 奥方は、ぶっきら棒な返事。 どうやら、この引越し騒ぎで、 野菜の収穫は、あきらめている模様。 オトーサン、 枝豆をつまんでから 会話を再開。 「何か、山荘に持っていくものないか? おれのほうは、 旅行に持っていきたいものが 山荘に置いてあるから 取りに行かなきゃならないんだけれど...」 そうそう、 急に8月下旬からアメリカの娘のところこ 行くことになったのです。 「何が置いてあるの?」 奥方が、 ようやく話しに乗ってきました。 「しめしめ」 翌朝のこと... 「環八ならやってたかもね」 奥方はまだ不機嫌です。 いま、朝の6時、 国道1号線を首都高入口に向かっています。 どのガソリン・スタンドも営業していません。 急に山荘行きが決まったので、 ガソリンが不足しているのです。 給油計の目盛りは、半分。 これでは、小渕沢まで、もたないでしょう。 「首都高を走っている分には、 このクルマ最高だなあ」 「......」 オトーサン、 あわてて、別の話題を探します。 ちょうど新宿がちかづいてきて、 前方右手に新しい高層ビルがみえます。 「クライスラー・ビルに似ているだろ、 NTTドコモのビルだってさ」 「でも、クライスラー・ビルほど、 きれいではないわね」 小渕沢に着きました。 飛ばして都心から2時間。 「あの八ケ岳のアウトレット、 いつオープンだったっけなあ」 「7月30日の土曜といってたわよ」 「今日は何曜日?」 「木曜日。 の道路工事、終わったみたいね。 舗装がよくなったわ。 「センターラインがないから、 このカーブで事故が起こるかも」 「往復2車線じゃ、大渋滞よね」 カーブを曲がると、前方の入口付近に 2名の係員がクルマをチェックしています。 うなずくと、続いて2台が入っていきました。 「あれ、入れるのかなあ?」 オトーサン、 順番がきて、 窓から顔を出して係員に聞きます。 「もうオープンしたのですか?」 「ええ、午後2時から 報道関係者の内見会をやります」 「ちょっと、見ていいかなあ。 地元なんだけど...」 係員が、 すばやくナンバー・プレートを確認します。 老婆は、ご存知のように品川ナンバーです。 普段は、憧れのナンバーなのですが、 今日の山梨県では異端児。 「うん、これ東京で使っているクルマなんだ。 すぐこの先に山小屋があるんだけれども...」 ダメでした。 オトーサン、 気を取り直して、奥方にいいます。 「ダメみたいだ。 山荘に置いてあるムーブは、 松本ナンバーだから、大丈夫かもな。 午後、もう一度トライしてみよう」 オトーサン、 午後になって 再度挑戦します。 いざ、小淵沢リゾート・アウトレットへ! 松本ナンバーのムーブに乗り込みます。 品川ナンバーの老婆は、 山荘のからまつ林の木陰の 駐車場に置いておくことにいたします。 「置き去りにしないで、 ひとりぽっちにしないで!」 老婆が、叫んでいるような気がしました。 「でもなあ、品川ナンバーじゃダメなんだ。 そう泣きわめかないで、 おとなしく留守番していておくれ」 「いいわよ、いいわよ。 ムーブのほうが、本妻。 ほんとは、可愛いんでしょ。 どうせあたしは、後添え。 でも、いいわよ、待っててあげる」 オトーサン、 うれしそうにしています。 「今度はうまくいったな」 「そうね」 「あいつらの目は節穴か」 奥方が、笑ってたしなめます。 「そこまでいうか?」 そうなのです。 3台目につけた松本ナンバーのムーブは、 いかにも搬入業者の一団という風情で、 係員の目をくらまして 何事もなくすうっと、 アウトレットへの侵入に成功したのであります。 奥方が叫びます。 「何よ、ほとんど流用じゃない」 センターコートに、低層の建物をいくつか建てただけ。 いくつもあったテニスコートは、駐車場に流用。 センターハウスは、レストランになっています。 そこに、報道関係者の受付がありました。 オトーサン、 交渉して、図々しくも 資料の入った白い大型封筒をもらいます。 報道関係者だといえば、 食事や買い物の優待券ももらえそうですが、 経歴詐称になります。 2時のオープンまでは 小1時間ほどあるので、 木陰に設けられたベンチに腰掛けて、 資料を開きます。 「ふむふむ」 「どーれ、何があるの?」 奥方も覗きこみます。 八ヶ岳小淵沢リゾートアウトレットモール ■事業主 株式会社八ヶ岳モールマネージメント ■所在地 山梨県北巨摩郡小淵沢町字4000番 電話 0551-20-5454 FAX 0551-20-5455 ■建物概要 構造/鉄骨 敷地面積/25,000坪 建築面積/1,750坪 延床面積/2,000坪 ■店鋪 35店 ■業種 紳士・婦人・子供衣料、服飾雑貨、     カジュアル衣料、スポーツ、 アウトドア用品、飲食 ■駐車台数 敷地内/500台、敷地外/1,000台 ■営業概要 開業日/2001年7月27日 開店時間/午前10時 閉店時間/7〜10月:午後8時 閉店時間/11〜6月(GW除く):午後6時 奥方が、不満をもらします。 「なーんだ、35店しかないの。 それもロクなお店しか入っていないじゃないの。 売れ残りと傷もの商品だけかもね。 食事も高い、まずい、遅いの三拍子。 これじゃ、ローソン弁当でも買ってきたほうが ましね」 小渕沢ICを出たあと、坂の左手に、 山梨県で売上NO.1のローソンがあるのです。 「そういうなよ。ウッドベリー・コモンと 較べちゃダメだよ」 「だって、御殿場より、ひどいわよ」 「第1期なんだろう。軽井沢だって、 最初はみじめなものだったよ」 何気ない奥方の批評ですが、 「何が素人が」と馬鹿にしてはいけません。 奥方は、あちこち出没しているのです。 ニューヨークのマンハッタンから クルマで1時間半のところにある ウッドベリー・コモンにも冬休みに行きました。 「まるでスキー場みたいねえ」 1987年にオープンし、 敷地面積は、ここの4倍の10万坪。 テナント数は、ここの5倍の150店舗。 しかも、CKなど有名ブランドぞろい。 オトーサンたち、 昼食ぬきで、買い物に精をだしたものです。 以後、奥方は、 すっかりアウトレットのフアンになり、 「もう日本で衣料品を買うことはないわね」 といいはじめました。 アメリカに行くたびに、 アウトレットめぐりをしました。 シアトルに行けば、 ノードストロームのアウトレット、 ポートランドに行けば、 LLビーンのアウトレット。 フィラデルフィアに行けば、 ガーニー・ミルズに入居している 数多くのアウトレットを足が棒になるまで 歩きまわりました。 クライマックスは、 厳寒のミネアポリスのフランクリン・ミルズ。 世界最大のショッピングセンターだけあって 400店舗、2日がかりで、 アウトレットだけを歩きまわりました。 オトーサン、 4ページにわたる 「ブランド別詳細インフォメーション」を読みます。 聞いたことのあるブランドは、以下のようにごく少数でした。 * エドウィン:   カジュアル/ジーンズ * ボブソンアウトレット: カジュアル/ジーンズ * トリンプファクトリーアウトレット: 身の回り品 婦人下着 * ABCマート八ヶ岳リゾートアウトレット店: シューズ/ウェアー・バッグ/小物 * ビームスアウトレットセレクトショップ: 衣料品 * プライスマジック: ブランドファッション/ファッション雑貨   シューズメンズ/レディス/オールアイテムの品揃え * レゴ クリック ブリック: LEGO/アパレル 雑貨/ウェア/グッズ 「でも、ビームスが入っているよ」 「あら、そうお」 奥方、 出来の悪い子供のいい点をみつけて、 見直したような口調になりました。 銀座のBEAMSのバーゲンをのぞいて、 あふれかえる若者の熱気に感動したことがあります。 セレクト・ショップNO.1の 最初のアウトレット出店というのは、 この業界では、かなりの歴史的な事件なのです。 また、ABCストアーズという大きな靴屋さんでは、 女店員さんが、黄色い丸いウチワを配っていました。 EDWINのほうは、店員さん2人が、 外で威勢良く呼び込みをしていました。 「この暑いのに、大変ねえ」 オトーサン、 ご苦労に報いるために、 ズボンを500円で買い、 すそあげも無料でやってもらいました。 「こんなことで、商売になるのかしらねえ」 「そうだなぁ」 紳士服の老舗、三峰のアウトレットを発見。 昼食時に、ベテラン店舗アドバイザーの高木さんと お会いしました。 高木さんによれば、 いままでは、衣食住の順番だったけれども、 もはや食住衣だそうです。 それほど、この業界は厳しい状態に置かれているのです。 すこし元気のない一緒にいた若いひとの出身地は、 なんと渋谷にある松涛中の後輩でした。 「松涛中、万歳!」 そこで記念撮影。

オトーサン、 いつの間にか奥方とはぐれました。 「疲れたなあ。やたら喉が渇くなあ」 サンクゼール・ワイナリーの 店先の飲食スペースで アイスクリームを食べました。 ここは、甲斐駒の景色もみえて、 一番きれいな場所です。 カメラマンが三脚を立てて 本格的に撮影しているのをみて、 「ご苦労なことだなあ」 のんびりと、奥方が現れるのを待ちます。 「小規模も悪くはないか。 半日つぶせると思えば」 すると、 雑誌などでよくお目にかかるひとが 目の前にやってきました。 ビームスのスタッフ用のシャツを着て、 甲斐駒の景色を眺めているではありませんか。 オトーサン、わくわくしました。 われながら、ミーハーですねえ。 「おーい」 奥方をみつけて、 一緒に記念撮影をお願いしました。 「若いひとに聞いたら、 お宅とONOFFがいいと言ってましたよ」 とお世辞。 「それはどうも」 社長さん、 なかなか人当たりのいいひとです。


BEAMS社長の設楽洋さん オトーサン、 そんな風にして半日遊びました。 アウトレットで買ったのは、 オトーサンがズボンとサマーセーターで1500円、 奥方が上着で1000円でした。 夕方機嫌よく山荘に戻ってくると、 老婆がポツンと駐車場で待っていました。 「お待たせ。寂しかったかい?」 「置き去りにされたけれど、 ひとりぽっちで寂しかったけれど、 からまつの木陰で涼しかったよ。 東京の日向に置き去りにされるよりも すっといいよ」 老婆も上機嫌でした。 オトーサン、 安心して、老婆に言いました。 「じゃあ、これからお風呂に行くけど、 一緒に行こうか」 ムーブを駐車場にとめて、老婆に乗ろうとしました。 その時でした。 事件が発覚したのは...


30 カギの紛失

オトーサン、 老婆に乗り込もうとして、 クルマのキーを出そうとして ズボンの右ポケットに手を突っ込みました。 「ないな..」 左ポケットにも、後ろにもありません。 「そうか、バッグの中か」 家のなかに駆けもどりました。 1週間前に、またバッグを買ってしまったのです。 パソコンの持ち歩きが楽なバッグを探して、 三越などのデパート、パソコン専門店を歩いて いろいろと試しました。 「キャスター付きで、 最少最軽量のものありませんか?」 と尋ね歩きましたが、 ありそうで、なかなかないものなのです。 大型の旅行鞄ならいくらでもあるのですが..。 オトーサン、 デザインや収納性も大事ですが、 何よりもキャスターにうるさいのです。 静かでスムースというと、 大輪のゴム製がいいのですが、 なかなかありません。 ようやく、あるデパートで まあまあかというものを発見。 ACE社のもので、 ELLEのマーク入りでデザインもまあまあ。 色は、黒ではなくて、ベージュ。 最近よく使っているスーツとバッグに 色を合わせました。 お値段は、 1万8000円。 「高いなあ、まあ、いいか」 即、購入を決めました。 それを一度も使っていないというのに、 商店街を歩いていて、 バックが気になるものですから、 つい、立ち止まって見てしまいます。 すると、あるお店で、 キャスター付きの小さな黒い鞄を発見しました。 「買わないけど、見てみようか」 手にとってみます。 軽いのです。 しかも、スリーウエイです。 リュックサックのようにもなるし、 手で下げてもいいし、 そしてキャスターで引っ張ってもいいのです。 キャスターもまあまあ。 あいにく値札がついていません。 「買わないけど...、これっていくらするの?」 念のために女店員さんに聞きました。、 「いくらしたと思いますか?」 買ったあと、いろいろなひとに聞きました。 「1万円」 「6900円」 奥方は、 「また買ったの?3900円」 喫茶店で知り合いの女性は、 日頃、オトーサンが ユニクロ・フアンであることを知っているので、 「2900円」 オトーサン、 得意になって、答えを明かします。 「残念でした...、 1000円!」 「へえ...」 みんなの驚く顔をみるのがたのしみです。 中国製。 まさにデフレ経済の進展を物語る一例です。 さて、 問題は、その使い慣れないバッグ。 どこに財布を入れるか、 どこにカギをしまっておくか、 まだ試行錯誤状態でした。 さっきのシーンに戻りますが、 オトーサン、 「どの場所にしまったかなあ」 バッグのあちこちの収納個所を探します。 表側のポケット、 サイドポケット、 中のポケット、 後ろのポケット...。 「どこにもないなあ」 奥方が しょっちゅう手提げバッグの 捜索をしているのを笑ってみてきましたが、 もはや手人事ではありません。 「ない、ない、ないなあ」 どんどん日が暮れてきます。 オトーサン、 パニック状態になりました。 ついに奥方にも捜索依頼をいたしします。 「どこかに置き忘れたのじゃないの? ウチのなかか、それともお庭か」 それから小1時間ほど、 家の中を探しました。 玄関の靴箱の上、 たたきの下。 おおきな熊のぬいぐいるみのあたり。 この熊の頭の上は、帽子置き場になっています。 テーブルの上、 椅子の上、落ちていないかと下。 一度ごろんと昼ねしたソファ。 その毛布をめくってみたり、 ソファの下ものぞきこんだりします。 庭の立ち寄りそうな場所も探しました。 水道栓の付近。 ここで野菜を洗ったのです。 車庫、 ここには今日は立ち寄っていません。 池のそば。 1回だけ、金魚をみにいきました。 岩の上。 ときどき、物を置きます。 もしやと思って赤い郵便ポストの中。 「ないなあ。 まさか、八ケ岳アウトレットじゃあるまいなあ」 カギの捜索範囲が俄然エスカレートして まいりました。 奥方がいいます。 「クルマの中じゃなーい?」 「そうか。 それがイチバン可能性がある。 キーが運転席の下に落ちていたり、 リアシートに置いてあったりかもなあ」 もうあたりは暗くなっています。 山の夜は、それこそ真の闇。 オトーサン、 懐中電灯をもって、そろそろと老婆に近寄ります。 その明るい光源の範囲に 老婆がぼんやりと浮かびあがります。 運転席のドアを照らします。 「ありゃ、ドアがロックされている!」 奥方が、その素っ頓狂な声に驚いて、 もうひとつ懐中電灯をもって、 駆け寄ってきます。 まるで、映画「E.T.」の冒頭シーンみたい。 「あらっ、全部ロックされてる。 トランクはどう?開かない?」 「いや、やってみてるけど、ダメだ」 オトーサン、 その晩、 ムーブで温泉に行ってから 床につきました。 暗闇のなかで、今日の行動を再現しようとします。 記憶って意外にあいまいなものです。 老婆を降りてから、どうしていたか、 なかなかディテールが浮かんでこないのです。 「確か、畑に寄って、コスモスを根っこごとトランクに積み込んだから、 トランクのなかに置いてあった息子のゴルフバックが汚れて、 クルマからいったん地面におろしたよなあ。 あのとき、キーはどうなっていたか?」 「クルマのトランクも、ゴルフバックも汚れたから、 水道栓まで30mくらい歩いて、雑巾をもってきて、泥をぬぐったよなあ。 あのとき、キーは一体どうなっていたのか?」 「確か、トランクのなかに白いビニール袋があった。 ポケットが膨らんで、邪魔だったから、 あのとき、その白い袋にキーを一旦いれなかったか?」 「その袋をもって、家に入ろうとしたら、 奥方が、それ、あなたの袋じゃないでしょ、と言った。 それで、白い袋をトランクに戻した、そしてトランクをバタンと閉めた」 「すると、4つのドアのロックはどうなっていたか? もう既に閉めてあったのかも。 すると、老婆のすべてがロックされることになって、 キーは、完全にクルマのなかに閉じ込められた状態になる」 まるで、ミステリー小説です。 オトーサン、 シャーロックホームズほど、頭も緻密でなく、辛抱強くもないので、 すぐに眠りに誘われました。 翌朝、 ようよう白くなりゆく山際という時間、 時計をみると、午前4時半。 オトーサン、 ムックリ起きて、玄関から外に出ます。 山の朝の甘い空気が鼻腔を刺激しますが、 いまは花の匂いをかぎ回る気分ではありません。 一直線に老婆のもとへ。 運転席のガラス窓越しに、なかを覗き込みます。 もう見えますが、キーはありません。 助手席にも、後部座席にもキーは見当たりません。 「よし、次は、トランクのなかだ」 リア・ウインドウのほうに回りこみました。 「ありゃ、見えない!」 スモークド・ガラスになっていて、外からは中が見えないのです。 「そうか、老婆は、英国の淑女だから、 プライバシーにことのほか敏感なのだ」 そのとき、老婆が囁きました。 「いくら親しい仲でも、さっきから あたしのからだの中をじろじろ覗きこむなんて、失礼じゃございません?」 オトーサン、 朝食の最中、奥方に相談します。 「どうしたものかねえ」 「スペアキーがあるから、使ったら?」 「えっ、どうしてそれを早く言ってくれなかったんだ」 「だって、東京に置いてあるのよ」 「そうかあ...。 ところで、このインゲンうまいなあ。 取りたては、その辺のお店で売っているのと ちがって、甘味があるよな」 「生ピーマン、どう? おいしいわねえ」 「うん、この味、何ともいえないな。 レタスとあわせると、ドレッシングなんかいらないな。 ...JAFを呼ぼうか?」 「JAF? 外車じゃムリなんじゃなーい。 ドアを開けるのは」 「そうかなあ」 オトーサン、 朝食もそさくさと老婆に戻ります。 「もしかしたら」 そうでした。 運転席の窓がわずかに空いていました。 その隙間から右手を差し入れます。 「何よ、女性の袖のなかに手なんか入れて」 老婆がいいます。 昔、そんな馬鹿なマネをしたこともあったっけと、 オトーサン、なつかしく思い出します。 「あの頃が、人生の華だったなあ」 でも、いまは思い出話にふけっている場合ではないのです。 右手の甲が邪魔して、それ以上は入れません。 「よしっと」 オトーサン、 力強くうなづきます。 「針金を使って、ドアのロックを開けるのだ」 昔、そんな方法で友人が開けていました。 TV番組でも、カギの救急車の話をやっていて、 そんな場面を見ました。 車庫へ行って、バーベキュウ用の2本足の串を持ってきます。 その先端をねじまげて、丸い輪を2つ作りります。 その輪の部分をガラス窓から差し込んで、 ドアロックにかあらませて、ロックを引き出そうというのです。 「うまくいかんなあ」 それでも、段々習熟してきて、 ドアロックに輪が触るようになってきました。 「やあねえ、乳首なんか触って」 老婆が何を勘違いしたのか、 嬉しそうな嬌声をあげております。 「何やっているのよ」 いつの間にか、横に奥方がきております。 オトーサン、 浮気の現場を取り押さえられたようにドギマギ。 「いやあ、何とかドアロックを解除しようかと思ってさ」 「じれったいわね。貸してごらんなさい」 そして1分もたたないうちに ドアロック解除されたのです。 「万歳!バンザーイ!」 オトーサン、 ほんの一瞬ですが、 奥方と結婚してほんとうによかった、 このオレは幸せな男だと 思いましたよー。 (これは、非公式発言です) オトーサン、 4つのドアを全開いたします。 別に4つも全開せず、 1つでも、2つでも、3つでもかまわないし、 半開だっていいようなものですが、 「全快っ!」という気分だったのです。 奥方が、馬鹿やってるわという眼つきでみて、 「でも、トランクは開かないでしょう?」 と鋭い指摘をします。 「このクルマ、 6・4分割のダブルフォールディング式だから、 リアシートを倒せば、トランクが開くよ」 そういって、 リアシートの上部にある黒いポッチを押します。 ところが...、 リアシートはビクともしません。 トランクカバーを開けようとしても、 これもビクともしません。 リアシートとのわずかな隙間から 手をさしいれましたが、 痛いだけでした。 「運転席のそばに、 何かロック解除の装置があるのじゃないの?」 奥方は、ムーブのリアドアのロック開閉装置が エアコン・スイッチのそばにあるので、 そう推測したようです。 「何もないよ」 「じゃ、あきらめなさいよ。 私、東京に行って、スペア・キーをとってきてあげようか?」 オトーサン、 奥方と結婚して ほんとうにこのオレは幸せな男だと思った さきの非公式発言を公式発言と訂正しようかと 一瞬の間、思いました。 「JAFを呼んでみるよ」 「そう?ムダだと思うけど」 「だって、天下のJAFだよ。 キーの閉じ込めなんて、日常茶飯事らしい」 「....」 奥方は、勝手にしなさいという様子で、 家に戻っていきます。 こうして、日韓関係のように 両者の友好的な関係は、あっけなく崩壊してしまいます。 さて、 40分後、JAFが到着。 その第一声は、 「取り扱い説明書はないですか?」 「いやあ、ありません」 「そう」 思い切り軽蔑されました。 「キーはどんな形状でしたか?。 右回し、左回し?カギはギザキザがつていましたか?」 畳かけるように尋問されます。 「じゃ、買ったところの電話番号は?」 「いやあ、手元にないもので」 「じゃ、車検証入れは?」 係員は、その袋のなかに 全国各地のサービスセンターのリストがあるのをみつけて 電話します。 「このクルマ、何年式ですか?」 「97年だとおもうけど...」 係員は、車検証でチェックします。 「こちらJAFです。 平成9年式の○○○○200ですが、 このキーロック解除装置はどこについていますか?」 こういうときにケイタイって便利ですねえ。 現物を確認しながら、リアシート回りを点検していくのです。 「このポッチがこわれたのかなあ。 大衆車だから、スターレットと同じで、機械式だとおもうけど...」 30分後、係員がついにあきらめます。 「失礼しました。 このクルマのスイッチは、電気式でした。 セルシオやベンツのような高級車とおなじで、 所有者のキーがないと、絶対にトランクは開かないようになっているのです」 「そうですか。ご苦労さま」 オトーサン、 JAFが去っていったあと、 呆然と老婆を眺めます。 「そんな高級な装置が付いているとは、夢にも思わなかった」 すると、老婆がしゃがれ声でいいました。 「そんなことも知らなかったのかい? 長いこと、つきあっていて...、 あたしについて何も知らなかったのかい? これでも、あたしゃ、れっきとした金庫番なんだよ」 そのとき、 後ろから正真正銘の金庫番がちかづいてきました。 「あらっ、JAFのひと、もう帰ったの? トマトジュースの缶あげようかと持ってきたんだけれど」 「.......」 老婆も無言でした。 からまつ林は、風音ひとつもせず、静まり返っていました。 長い間、JAFの診察がつづいていたので、 老婆は、疲れて眠ってしまったのにちがいありません。


31 さらば、アウディ

オトーサン、 ほぼ毎週末、八ケ岳の山荘と名古屋のアパートを往復します。 「もう10万キロか、よく走ったもんだ」 97年1月に買ったので、2003年1月で、6年目。 「今回も、ユーザー車検にしよう。 デーラーの修理費は、何かと高いからなあ」 そんなことで、2002年の車検代をケチりました。 しかも、手抜きをしました。 「どこが問題なのか、教えてね。気が向いたときに、直すから」 1回目の車検のときには、そう言って、 お金に余裕ができたときに、後で修理したりしたのですが、 今回は、それも言い忘れました。 「まあ、大丈夫だろう。 最近のクルマはよくなっているから」 それが、とんでもない結果になるとは、 神ならぬ身、知るよしもありません。 4月28日、連休前の晴れの日。 「いい天気だ。そろそろサクラは終わりだなあ。 その代わり、新緑の季節だ。ほんとうに、いい天気だ!」 八ケ岳の山荘から、ゴキゲンで帰途につきました。 いつもは、1時間ほど走ったところにある 駒ケ岳のSAでトイレ休憩をとるのですが、 「まあ、いいや。神坂SAまで突っ走ろう」 左手には、春霞の伊那谷と白雪を頂く南アルプス連峰がひろがります。 中央道のなかでも、もっとも眺望のいいところ。 右手は、駒ケ岳の山頂の白雪が神々しい風景。 ルンルン気分で、飯田ICをぬけ、長い恵那山トンネルへ。 トンネルをぬけると、急な下り坂のカーブ。 いつもは、スピードを控え目にするのですが、 後ろのクルマにあおられたので、そのまま突っ走ります。 神坂SAも通過してしまいます。 「休み損なった。まあいいか、恵那SAで休もう。 ありゃ?」 オトーサン、 中津川ICに向かう長い下り坂で、エンジン不調に気付きます。 アクセルを踏んでも、エンジンの回転数が上らないのです。 なぜか、ストンと抜けるのです。 「変だなあ。エンストでもしたか」 高速道路走行中のエンストは、実に危険です。 いつ何時、後続車に追突されるかも。 「停車帯はないかなあ」 追い越し車線から左側の通常車線に移動したうえで、 ハザードランプをつけて、走行します。 100Km、80Km、60Km...スピードが落ちてきます。 「これ以上落ちると、追突されるぞ、やばい」 幸い、下り坂なので、そんなに急には落ちません。 適当な止める場所を探します。 「あった!」 前方、路肩に電話ボックスが見えました。 緊急連絡用のもの。 「よかった!」 幸いブレーキは大丈夫なので、無事に停車できました。 オトーサン、 「もしもし、もしもし」 「はい、こちら中津川の緊急通話連絡所です。 ご用件をおっしゃってください」 「クルマが故障したんだけど。直してほしいんだ」 「それでは、JAFにおつなぎします。そのまま、お待ちください」 JAFが出ます。 「もしもし、クルマが動かなくなったんだど」 「場所はどこですか?」 「場所たって、中津川ICの近くとしかいえないけれど」 「緊急電話ボックスの番号を教えてください」 「えーと、ちょっと待って。 281って書いてある。この番号でいいの?」 「それでは、レッカーが向かいます。しばらくお待ちください」 「どのくらい待つの?」 「小1時間です」 オトーサン、 「そうか、1時間も待つのか。 まだ日が高いから、よかったなあ。天気もいいし」 これが、雨で、夜だったりしたら、パニックでしょう。 「でも、どうやって、路肩で過ごすかなあ」 これが、SAだったら、椅子もあるし、食堂もあります。 路肩にいると、ビュンビュンクルマが飛んできますから、 まったく落ち着かないこと、おびただしいものがあります。 白いガードレールを跨いで、外に出てみました。 ところが、数メートル先は、もう崖。 「木陰がないかなあ」 わずかにある木陰に座りこみました。 「文庫本もないし、飴ももっていないし」 地震の備えもしていないひとですから、 路肩生活の備えなど、まったくありません。 オトーサン、 草いきれのなか日向ぼっこをします。 「眠くなってきたなあ」 時計を見ると、午後3時。 「昼間からノンビリするなんて、久しぶりだなあ」 でも、横になるいほど広いスペースはないし、 ひっきりなしに、高速車が通過しますから、 そう落ち着けるはずもありません。 「散歩するか」 散歩といっても、ガードレールの外には、 そう長い距離はありません、 せいぜい、20mくらいでしょうか。 「おっ、ワラビがある!」 高さ30cmくらいのひょろ長いワラビを発見しました。 「おっ、ここにも、あそこにも」 目が慣れてくると、狩猟採取時代の縄文人のように、 ワラビしか見えなくなってきます。 「ある!ある!ここは、ワラビの宝庫だ!」 オトーサン、 夢中になって、ワラビを採取します。 最初は、まるまるとしたワラビだけ採っていたのですsが、 しまいには、葉が広がったのについている部分も採取しました。 「弱ったなあ。入れ物がない」 帽子一杯になりました。 「これだけあれば、出荷できるかも」 そんなことはありませんが、品質はAクラス。 「これで、すこしは、モトがとれたかな」 JAFがやってきました。 それも、2台。 「うれしいなあ。でも、2台もくるとは」 来てくれただけで、うれしいのに、人間って贅沢です。 1台は、後方警戒車だそうです。 「どうしましたか?」 「エンジンがとまったんだ」 「そうですか」 JAFのひとがエンジンをかけますが、勿論ダメ。 ボンネットを開けて、いろいろ調べますが、 やはりダメのようです。 「すみませんが、JAFのカードはお持ちですか」 「忘れたなあ」 悪いときのは、悪いことが重なるもので、 JAFのカードは、老婆のほうに置いてあります。 どう考えても、老婆のほうが、 JAFのお世話になりやすいと踏んでいたからです。 「では、お名前と生年月日を教えてください」 手慣れたものです。 「そうか、みんな持っていないんだ」 ちょっと確認に手間取りましたが、大丈夫のようです。 オトーサン、 助手席に。 あっという間に、アウディが積載車に積みこまれました。 「では、中津川ICまで、行きますが、よろしいですか」 「いいでしょう。しょうがないでしょう」 本当は、名古屋まで運んでいってほしいところ。 「中津川ICのそばに、パーキングがありますが、 そこまでで、よろしいですか?」 「よろしいですよ」 渓谷を眺めているうちに、クルマは中津川ICへ。 「では、この書類にサインしてください」 差し出された書類「JAFロードサービス書」をみると、 料金明細が書いてあります。 ・基本料     8500円 ・特別料(高速) 5000円 ・工数      4000円 ・牽引料     1800円 ・通行料     2500円 ・後方警戒料   5800円 ・後方警戒通行料 2500円   小計    31000円 「おれ、そんなに持ち合わせないよ。カードでいいの?」 「JAFの会員ですから、割引して1800円で結構です」 「へえ、メチャ安だねえ。 やっぱり、JAFの会員にならないといけない。  毎年、高い会費を払い続けているから、 こんなときに回収しないと割があわないよなあ」 「そうですね」 JAFのロードサービスのお兄さんたちは、 生真面目だから、からかってはいけません。 オトーサン、 中津川ICのパーキングで、JAFのひとたちと別れます。 「失礼します。お気をつけて」 「ありがとう!本当にありがとう。おかげで助かった」 JAFが去ると、ひとりぽっち。 「さて、どうしたものだろう。タクシーでも呼ぶか」 近くに電話ボックスがあります。 最寄りの中津川タクシーをよぶことにしました。 0573−66ー1221 「どうだ、すごいだろう」 ちゃんと番号を知っているのです。 秘密を明かすと、御坂SAからタクシーを呼んで、 よく馬篭に遊びに行くのです。 この裏技を使うと、大抵の友人は感激します。 「へえ、SAからねえ」 「馬篭も思ったより、近いわね」 オトーサン、 待つことしばし。 タクサーがやってきました。 「駅へ」 もう一度、テコでも動かない1070Kgの物体を振り返ります。 「さらば、アウディ」 意外に、感慨もありません。 中津川駅から名古屋へ、汽車の旅。 ノンビリと車窓から川の流れを見るのも、オツなもの。 「クルマをやめるか」 300万のクルマ、6年でダメになったとして、 年間50万円が消えていきます。 そのほか、税金、修理費、ガソリン代と馬鹿になりません。 「でもなあ... クルマを手放すと、途端に世界が狭くなるんだよなあ」 オトーサン、 アパートに重い荷物をもって、アパートにたどりつきます。 「やっぱり、クルマは便利だなあ」 ノート・パソコンやDVDプレイヤーなど、 最近の必需品を持ち歩くのも、クルマなら簡単。 重いのは、積み込み、積み出しのときだけ。 トヨタ系の外車デーラーに電話します。 買ったデーラーでないので、やや気が重いのですが、 上層部に知り合いがいますので、その分は、気楽です。 「もしもし...」 Kと名乗る係員が出てきます。 事情を話すと、 「そうですか。 すると、早いところ、中津川までクルマを 引き取りに行ったほうがいいですね」 「そのほうが有難い。何しろ、置きっぱなしだから」 しばらくして、Kさんから電話がかかってきます。 「では、今夜中に引き取りに行きますので、 カギをお預りしたいのですが...」 「そう、それはありがとう。 そうか、カギはオレがもっていたっけ」 8時過ぎ、家のそばの交差点で、若いひとにカギを渡しました。 「遅いのにご苦労さま。よろしく頼むよ」 「どういたしまして、仕事ですから」 クルマ関係の若いひとは、みんな純粋な感じです。 オトーサン、 数日、連絡を待ちます。 試験結果発表を待つような気持ち。 FAXがつきました。 御見積書には、詳細な修理費が載っています。 しばらく、呆然とします。 気を取り直して、電話。 「もしもし、Kさん? こんなにかかるなら、廃車だなあ。 10万キロになっているから、売れないだろうし」 「そうですねえ...」 「正直、どうしたらいい?」 「そうですねえ、やはり廃車するのが一番かと思います」 「...そうだろうなあ」 エンジンのタイミング・ベルトが切れて、 そのまま高速で突っ走ったために、 エンジンが焼けてしまったようです。 修理代は、45万円。 それに加えて、中津川から名古屋までの運送費が9.5万円。 合計54万円。 「これだけお金をかけるなら、中古車を買えるよなあ」 「そうですね」 しばらく、Kさんに愚痴をこぼしていると、 「そうですね。運送費は少しおまけしますよ」 そんなことで、8万7000円になりました。 その他、自動車税が9800円。 廃車手続きはタダでやってくれました。 オトーサン、 数日後、アウディに会いに行きました。 「久しぶりだな。元気そうだなあ。 やっぱり、お前はいいクルマだったなあ」 トランクやグローブ・ボックスに入れてあった こまごましたものを引き取りました。 ひしゃげたティッシュ・ボックス、 古い地図、 埃をかぶったワックスやウインド・クリーナー、 SSカード、カセットテープなど... どれひとつとっても、それなりの思い出があります。 「そうか、アウディと別れるということは、 自分の人生の一部を切り離すということなんだ」 でも、そろそろ、死に仕度をすべき年齢。 こうやって、ひとつひとつ、身辺整理をしていくのだ。 「さらば、アウディ」


32 テレサ・テン

オトーサン、 「お前だけが頼りだ」 アウディが呆気なく死んでしまうと、 老婆しか残っていません。 息子のために買ったマーチを老婆に代えたのですから、 息子のクルマのはず。 ところが、結婚して、息子はクルマをやめたので、 東京でたまに使うだけ。 普段はガレージに眠っておりいます。 いわば、深窓の令嬢。 「これから、通勤も山荘通いも、頼むぜ」 そんなことで、老婆が足になります。 この老婆、 病気のデパートのはずですが、 ここしばらく、元気です。 「今日も無事だった」 「今日も平穏無事、よかった、よかった」 奇跡というか、神の恩寵というべき日々が続きます。 湯河原・箱根にも遠征しました。 鎌倉、葉山、横浜あたりも流しました。 都内では、六本木ヒルズや青山・原宿界隈をうろうろしました。 そういう、ハイカラな場所に、お似合いです。 外車銀座ですから、その一員なので、ひけめを感じません。 むしろ、レアなだけ、プライドをもてます。 「誰も、病気持ちとは知るまい」 そうなのです。 傍目には、素敵な外車と見えますが、 その実、中古外車というやつは、ほとんど病気持ち。 入退院を繰り返しているのです。 オトーサン、 大いに心配します。 「ハイウエーなんか走って、ダイジョウブかなあ?」 アウディのエンコ・ショックが後を引いています。 外車なんて、まず、最寄のデーラーなんかないのです。 幸い事故の危険は免れたとしても、 JAFのお世話になり、 なおかつ、遠距離の積載車の出動となります。 「外車は、やっぱり、お金がかかるなあ」 でも、それは杞憂でした。 ハイウエーを走りこむにつれて、老婆は元気一杯。 都心でウロウロしていたのが、 ハイウェ−で、目一杯走りこむにつれて、 エンジンの調子が、すこぶるよくなっていったのです。 「まだ、4万キロだものなあ。いわば、女盛り」 老婆に女盛りもないですが、とにかく絶好調なのです。 「いいクルマだなあ」 あらためて、老婆をチェックします。 乗り心地が絶妙です。 アウディは、不感症気味でしたが、 こちらは、感度バツグン。 「プジョーなんかより、乗り心地がいいなあ」 ハンドルの握り具合が、これまた絶妙です。 大きすぎず、小さくもなく、 堅くもなく、柔らかくもなく。 「官能的だ、セクシーだ」 そう言っても、過言ではありません。 奥方、 「でも、クーラーの効きが悪いわねえ」 オトーサン、 「そうだなあ。窓を開けて走ろう」 昔の日本車にあった三角窓が恋しくなります。 「...あれは、よかった。強い風が入ってきた」 奥方、 「それに、ラジオがねえ」 そうなのです。 安いラジオがついているせいでしょう。 標高の高い山荘付近では、電波が聞こえません。 「しょうがないなあ」 ハイウエー走行中でも ラジオが聞こえにくことがしばしばあります。 ハイウエー情報を聞きもらします。 オトーサン、 しょうがないので、 歌謡曲のテープをもちこみます。 「この歌、好きなんだ。"つぐない"」 「やーねぇ、そんな古い歌」 「そうかなあ。テレサ・テンって、いいと思うけど」 これは、趣味の問題、議論してもしょうがありません。 奥方が乗っているときは、かけないことにしました。 ♪窓に西日があたる部屋は いつもあなたの匂いがするわ ひとり暮らせば、思い出すから 壁の傷も残したまま、置いていくわ ♪愛をつぐなえば、別れになるけど こんなおんなでも、忘れないでね 優しすぎたの、あなた 子供みたいな、あなた 明日は、他人同士になるけれど...    「...いい歌だなあ、 彼女、愛する男と別れたのかなあ? 任務のために」 この侘しさ、切なさが、いいのです。 彼女、並みの歌い手ではありません。 日本、香港、パリを舞台に活躍した国際的な歌手。 実は、国際的スパイで、 諜報機関によって暗殺されたという説もあります。 そんな国際的な歌姫の絶唱です。 好きにならないわけにはいきません。 「老婆も好きだろ? なぁ、この歌」 「そうねえ。そう悪くもないわね」 そんなことで、大英帝国の出自でありながら、 何の因果か、極東の島国の老人に愛されてしまった 老婆と、テレサ・テンとは、どこか似た境遇、 きっと意見が合うはずです。 こんなところにフアンがいるとは、 まさか、テレサ・テンも知らなかったでしょう。 いまになって、HPに追悼の辞を書いてもらって、 さぞかし、草葉の陰から喜んでいるでしょう。


33 時の流れに身をまかせ

オトーサン、 「おれ、最近、めっきり老けたなあ」 髪の毛は、すでに真白。 皮膚の荒れも目立ちます。 最近は、運動もしないので、すぐに疲れます。 すべて物事に手をつけるのが億劫。 時の流れに身を任せっぱなし。 消極的というか、自堕落というか。 昔は、休日になると、クルマを磨いたものですが、 最近は、そんなことは一切しません。 ガソリン・スタンドで、洗車を依頼するのも面倒。 「どうせ汚れるから、いいよ」 とくに今年は、梅雨が長かったので、 洗車しても、すぐ汚れてしまいますよね。 「こう雨続きじゃ、 体の芯も腐っていくようだ。 外に放置じゃ、老婆にはもっとこたえるかも」 そんな風に、気がかりですが、 ディーラーに診てもらいに行くのも、面倒です。 「このところ、よくエンストするなあ」 「そうね、エンジンが湿ったのかしら」 「1000回転ぐらいで、シフトすると、止まる。 もしかすると、オートマが壊れてきたのかも」 そんな会話をするだけで、時が過ぎて行きます。 オトーサン、 オートマの故障には、慣れっこです。 前に乗っていたマーク2も、ソアラも、 古くなると、オートマが故障しました。 「やはり、修理に出すか」 山荘近くのモーター屋に行きました。 「どうですか?」  「そうねえ。エンジンではなさそうだね」 ご主人、いろいろな箇所をチェックして、 乗り込んで、エンジンを吹かしたりして、 「そうね、オートマかもねえ」 「そうですか、やはり」 「ウチじゃ、直せないから、ディーラーに出すといいよ」 オトーサン、 ようやく重い腰をあげて、 東京まで老婆を持って行くことに決めました。 「途中、エンジンがストップすると大変よ」 「そうだな。空いている曜日・時間に行くか。 平日の朝早くにでも。 八王子ICを6時前に通過すればダイジョウブだろう」 「そうねぇ。そうしましょうよ」 2日ほどたって、 明日行くという日の夕方。 「ちょっと試運転するか」 近くの温泉に行くのに、老婆に乗っていくことにしました。 山荘から坂道を下ります。 八ケ岳をとりまく鉢巻道路に出る前に、 ゴミ・ステーションがあります。 「ちょっと、ゴミ出してくるよ」 そんなことで、気軽に、エンジンを切りました。 その後のことは、思い出すのも億劫です。 エンジンがかからないのです。 「変ねえ」 「変だなあ」 「絶対おかしいわよ」 「おかしい」 「吹かし過ぎかしら」 「吹かし過ぎたのかも」 しばらく置いてから、また、エンジンをかけてみます。 スターターの音が虚しく響くだけ。 「JAF、呼んだら?」 「そうだなあ...呼んでみるか」 JAFの番号は、もう暗記しています。 持っていたケイタイで、 #8139(ハイ・サンキュー)をダイヤル。 午後6時半でした。 小一時間ほど経ちました。 「こないなあ」 「そうねえ」 「暗くなってきたなあ」 「そうねえ。心細いわねえ」 このあたり、カラマツ林のなかで、 平日だと、滅多にクルマなんか通過しないのです。 いっそう暗く感じます。 「天気がよかったら、星がキレイなのにねえ」 「?」 「今日は、七夕よ」 「そうだったか」 まだ、奥方のほうが、余裕があります。 そのとき、クルマのライトが近づいてきました。 「JAFか?」 「そんなハズないでしょ」 上からやってきたのは、ランクル。 ゴミ・ステーションに用があるようです。 「すみません」 「はい、何ですか」 中年の見知らぬおじさんです。 「突然、こんなことお願いして何ですが、 クルマがエンコしてJAFを待っているのですが、 すぐそこの山小屋まで送ってもらえますか?」 「いいですよ。お困りでしょう」 「それじゃ、お前、乗せてもらって、 ムーブをここへ持ってこいよ。 おれ、ここでJAFを待っているから」 オトーサン、 真っ暗闇のなかで、ひとりぽっち。 人里離れた山中で、ひとりぽっち。 こんなことがなければ、今頃は、温泉の露天風呂。 ゆつたり手足をのばして、楽隠居気分のはず。 「仕方ないなぁ。待つしかないか」 時の流れに身をまかせます。 テレサ・テンの歌を口づさみます。 「時の流れに身を任せ、 あなたの色に染められ、 一度の人生、それさえ...」 老婆を、深い考えもなく、買ったばかりに、 このような人生を送るようになってしまったのです。


34 JAFのお世話に

オトーサン、 「JAFって、ありがたいなあ」 JAFの野村さんが、老婆の運転席に乗ると、 エンジンがかかりました。 「変だなあ」 穴でもあったら入りたい気分です。 「こういうことって、よくあるんですよ」 「でも、さっき何遍もやってかからなかった」 「そうですか?」 別に非難も軽蔑もしている口調ではありません。 ただ、事実と向き合っている姿勢です。 オトーサン、 野村さんに代わってもらって、運転席へ。 「かかるなあ、動くなあ」 老婆とムーブとJAFのレッカー車の3台が、 連なって、山荘まで2キロほど走ります。 山荘の駐車場に到着します。 「オイルをはありますか? エンジン・ルームを見てみましょう」 「...エンジン・オイルはあると思うけど。 この前、ガソリン・スタンドで見てもらったら、 OKだった」 「ミッション・オイルはどうでしょう?」 「この前、車検で替えたと思うけどなあ」 「ダイジョウブのようですねえ」 「電気系統もチェックしてみましょう。 ...そちらも問題ありませんね」 オトーサン、 エンジンをかけてみます。 「ほら、かからないでしょう」 野村さん、 代わって乗り込んで、エンジンをかけます。 「そうですねえ、変ですねえ」 しばらくすると、また、エンジンが、かかります。 まるで、老婆にからかわれているようです。 野村さん、ギアをバックに入れたりして試した後、 「やはり、専門のディーラーに 修理に出したほうがようようですね。 外車は、私どもは、不得手なものですから。 それでは、これを書いてから、失礼します。 会員証をお持ちですか?」 「あー、これですね」 野村さん、ロードサービス書を取り出して、 懐中電灯のあかりのなかで、料金を記入します。 基本料 6500円 作業料 1600円 合計  8100円 故障状況・箇所 Dレンジに入れるも、E/G不調、ストップするもの。 別荘まで伴走。 「代金は?」 「会員ですから無料です」 「そう、ありがとう!」 奥方は、小走り・「会員ですから無料です」 「そう、ありがとう!」 奥方は、小走りで山荘に。 ペットボトルとチョコレートを持ってもどってきます。 オトーサンに、囁きます。 「こんなものしかないのよ。 まさか、こんなことになるとは思っていなかったから」 「ないよりも、いいよ。 どうぞ、気持ちだけだけど」 「ありがとうございます」 そんなことで、JAFが去っていきました。 オトーサン、 「こうしょっちゅう、 JAFのお世話になるんじゃ、申しわけないなあ」 「会費分を回収できたわねえ」 「まだかもなあ、20年以上払ってきたからなあ」 「いま、何時だろう?」 「もう8時過ぎよ」 「そうか、今日は風呂はなしだなあ」 「でも、遅くまでやっているところもあるわよ」 「じゃ、夕食を取りがてら、ムーブで行くか」 「老婆は、やめときましょうね」 「ほんとうにしょうがないヤツだなあ」 老婆の声が聞こえました。 空耳かもしれません。 「ええ、どうせ、あたしは、厄介者よ」


35 神様、仏様、成田さん

オトーサン、 翌朝一番で、老婆を買ったグートに電話します。 「もしもし、成田さん?また、壊れちゃったんだけど」 「えっ?どうされました?」 「ミッションだと思うけど。 近くの山梨のディーラーに問い合わせても、 ウチじゃ直せないというんだ。どうしたものだろう?」 「いま、どこにおられますか?」 「山小屋ですよ、八ケ岳の」 「ウーン、遠いですね...何とか手を打ちましょう。 ちょっとお待ちいただけますか? 東京の代理店に電話してみます」 「そう、ありがとう。じゃ、待ってるよ」 しばらくして、電話がかかってきます。 飛びつくように受話器を取ります。 「はい、成田さん?」 「石山自動車と打ち合わせました。 明日の夕方にでも、取りに行きます」 オトーサン、 アウディのケースを思い浮かべます。 中津川から名古屋まで、100km弱でしたが、 10万円ほどしました。 ここからだと、200kmはあるでしょう。 「だけど、高いよ。運送費が...」 「そこは、何とかします。 ご負担は、かけないようにしましょう」 お茶のペットボトル、ビール半ダース、そして大福2ケ。「いいの?」 「ご心配なく。 明日の夕方、K's・ロード・サービスが取りにあがります」 「ありがとう!」 「どういたしまして」 奥方、 「どうだった?」 「タダで東京まで持っていってくれるとさ」 「ほうとう?ほんと?信じられないわ。 流石は、成田さんねえ」 「東京トヨペットって、やはりスゴイなあ」 「グートじゃないの?」 「東京トヨペットの中古外車専門店なんだ」 「それにしても、タダとはねえ。 成田さん、やってくれるわねえ」 「そう、神様、仏様、成田山だ」 オトーサン、 翌日のお昼頃、山荘の庭で草むしりをしていると、 エンジン音が近づいてきました。 滅多にクルマなどきませんから、すぐに分かります。 「来たぞ。用意しといてくれよ」 「いいわよ、もう用意してあるわよ」 奥方は、窓際のテーブルを片づけはじめます。 実は、昨日のJAFの応対に懲りて、 午前中に、駅のほうに降りていって、 スーパーで買い物をしてあります。 お茶のペットボトル、ビール半ダース、そして大福2ケ。 レッカー車の運転手さんにお礼にあげるもの。 「こんなのでいいかしら?」 「いいだろう、誰が来るか分からないから」 オトーサン、 「やぁ、ご苦労さん、遠いところ」 2トンのレッカー車の運転手さんは、若いひと。 学生アルバイトでしょうか。 見るからに明るい好青年です。 すぐに老婆に乗り込んで、エンジンをかけます。 「昨夜は、かからなかったんだよ」 「そうでしょう。エンジンが暖たたまると、 おかしくなるんですよね」 「?」 若いひとに、事もなげに言われて戸惑います。 「どうして、そんなことが分かるの?」 そんな質問をする暇も与えず、若い人は、 サッサとレッカー車のお尻を老婆のほうに向けます。 あっという間に、荷台が下がってきます。 リア両端の長いゲートがするすると降りてきます。 若いひとは、老婆の車輪をそのゲートに合わせて、 運転し、荷台に乗せてしまいます。 あっという間の出来事です。 「やあ、簡単なもんだねえ」 これまで、いろいろレッカー車を見てきましたが、 こんなに便利な型を見たのは、はじめて。 「じゃあ、失礼します」 「どうぞ、家に入ってください」 「いえ、急ぎますので、これで失礼します」 「そう、それじゃ、ちょっとだけ待ってて」 オトーサン、 大急ぎで、家に戻ります。 お湯を沸かしている奥方に告げます。 「すぐに帰りたいんだってさ」 「だって、折角用意したのよ」 「忙しいそうだ」 「そう、じゃ、これあげて」 そんなことで、あげたのは、 お茶のペットボトルと大福2ケだけになりました。 「若いひとだから、ビールをあげるのは、やめとこう」 「ほんとうは、自分が飲みたいのでしょう?」 「まあな」


36 老婆の退院

オトーサン、 「月日の経つのは、早いものだ」 老婆が、東京の石山自動車に入院して、はや2週間。 ようやく退院の通知がきました。 特急あずさに乗って、帰京します。 「八王子までだなあ、緑は」 それ以降は、ビルまたビルの殺風景な大都会。 車内で、パソコンに向かって、このHPを書いていると、 あっという間に新宿に着きました。 「山手線も、ひさしぶりだなあ」 満員電車は、代々木、原宿、そして渋谷に到着。 「東急線の乗り場は、どこだったかなあ」 ホームグランドのはずなのに、まごつきます。 自由が丘で乗り換えて、等々力。 駅を降りて、すぐ等々力渓谷にかかった橋を渡ります。 「そうか、工事中だったなあ」 もう、老婆に出会ってから、もう2年半も経ったのです。 閑静な住宅街をぬけると、環八の轟音が聞こえてきます。 そこが、グート。 オトーサン、 「成田さん、いますか?」 ショールームに入って、係員に聞きます。 「はい、ちょっとお待ちください」 すぐに、事務室の奥にいた成田さんが出てきます。 色艶もよく、前よりも元気そうです。 「やあ、お久しぶり、お世話になりました」 「いえ、どういたしまして。じゃ、すぐクルマを取ってきます。 しばらくお待ちください」 「そう?」 故障箇所など聞きたいところですが、 成田さん、さっさと、退出してしまいます。 しょうがないので、展示場を見て回ります。 「グートも、ワーゲンが増えたなあ」 昔は、いろいろな外車があって、楽しめたのです。 「...効率が悪いのに、気付いたんだろうな」 中古車は、1台1台素性が違います まして、外車ともなると、 国も、メーカーも、車種も、年式もちがいます。 一通りの商品知識をもつだけでも大変。 まして、修理となれば、気が狂うほど、千差万別。 壊れにくい、部品の手に入りやすいドイツ車の ワーゲン、ベンツ、BMWに絞りたくなるのも、うなづけます。 「でも、トヨタ唯一の輸入中古車専門店という誇りは、 いずこへ?」 そんなことで、数台のプジョーが置いてあります。 206、306、そして、出たばかりの307。 オチーサン、 「206は、もう飽きたなあ。 ちょっと、小さ過ぎるし... うーん、307で、走行距離がたったの2000キロ!」 大きく心が動きます。 「200万円か、安いなあ」 「そろそろ、買い換えるか。 いつ壊れるか分からん老婆に、いつまでも、こだわるのもなあ」 ...でも、このクルマも壊れるだろうし、 山荘のほうに、デーラーがないだろうし、 ハイオクで、維持費も馬鹿にならんだろうし...」 迷っているうちに、成田さんが戻ってきました。 「まあ、お座りください」 ショールームの椅子にムリヤリ座らされます。 内心ぶつぶつ。 「もう少し、307見ていたかったなあ」 成田さん、甲斐々々しく、アイスコーヒーを持ってきます。 「すみません。いろいろやってもらって」 「いえ、どういたしまして。 保証ということで、やらせていただきました」 オトーサン、 「ところで、どこが悪かったのですか?」 メモ用紙を出して、取材します。 「ディストリビューターが腐食していたようです。 暖まると通電しにくくなって、火花の出が悪く、 エンジン・ストップにつながったようです」 「へえ、オートマの故障ではなかったの?」 「ミッションのほうは、フィルターとオイルを交換して おきました」 「そう、何ともなかったの?」 「...パッキンが剥がれて、オイル漏れしていました」 「もう何ともないのね」 「ミッションとディストリビューターについては、ダイジョウブです」 「ほかは?壊れない?」 「それは...まあ、何ともいえません」 「ところで、保証期間は、いつまでですか?」 「3年間ですから、今年の9月までです」 「そうかぁ、その後は、修理代がどんどんかかるわけか。 もう、老婆はやめるか。そんなことでは...。 で、いま下取りしてもらうと、いくらになります?」 「何年式でしたっけ?」 成田さん、事務所に行って、すぐ戻ってきます。 「そうですねえ、5,60万円というところでしょうか。 頑張って」 「どう?買い換えたほうがいい?」 「さあ...」 オトーサン、 これ以上、仏の成田さんを追及してはと、話題を変えます。 「ところで...、菊池さん、代わったんですって?」 「そうなんですよ、ここの所長から2年前に 東京トヨペットの新車の文京営業所長になりました」 「へえ?もう2年も前に?」 「その後、別の人が所長になって、そのひとも最近転勤になりました」 「へえ?で、いまの所長さんは?」 「...私なんです」 「えっ?それは、おめでとう! 所長さんに、お茶を入れてもらったとは...、悪かったねえ」 「いや、まだ小使いみたいなものですから」 成田さん、あくまでも謙虚です。 「ほんとうによかったねえ。...入社して、何年になります?」 「20年です」 「そう、ご家族もよろこんでおられるでしょう」 「...はあ」   オトーサン、 帰宅して、早速奥方に報告します。 「成田さん、所長になったんだってさ」 「そう、よかったわねえ。ひとに好かれるタイプだからね」 「そう、ほんとにいいひとだよなあ」 「だから、タダで山から東京まで運んでくれたのかも」 「石山自動車のご祝儀祝いかもなあ」 「あなたも、お祝いに何か差しあげたら?」 「もう、あげてきたよ」 「何を?」 「ヒ、ミ、ツ」


37 ETC、エトセトラ

オトーサン、 「けしからん、役人って奴は。 また、新しい天下り先をつくりやがって。 小泉の目は、節穴か?」 怒りの矛先は、ETCです。 料金所で、渋滞の列を尻目にスイスイとバーをあげて 走りぬけていくベンツなどを見て、怒り心頭。 1億総中流といわれた仲良し日本、その神話が目の前で崩壊しています。 階級分化が進んでいます。 料金所を止まらないで通過する貴族と渋滞の列に延々と並ばされる平民。 「...所詮、オレは、平民なのか。見ろ、この情けない姿」 オトーサン、 極力冷静にと努力しながら、震える声で、 「おい、ハイカ廃止だとよ」 「ハイカって、あのハイウェ−カードのこと?」 「そう、5万円券を廃止するとさ、 平成16年3月から使えなくなるんだって」 「そんなぁ...」 「偽造防止のためだとさ」 「よくいうわね...でも、困ったわねえ」 見え透いたウソを並べたてて、道路公団は、高額ハイカを廃止。 「いまのうち、買っておく?」 「そうだなあ。そうするか」 「5万円で、8000円トクするのよねえ」 そんなことで、奥方が5万円のハイカを2枚買ってくれました。 そのハイカ、たったの3ケ月で使い切りました。 1回山荘を往復すると、1万円が消えるのです。 3ケ月に10往復したことになります。 「また、新橋に買いに行く?」 ここ安売りチケット屋が多く、競争が激しいのです。 「もう売っていないよ」 「そうなの。困ったわねえ」 そんな折、道路公団は、ETC前払い割引制度を発表。 ETCを装着したクルマに限り、従来通り5万円払うと 5万8000円分利用できるのです。 「セコイこと、考えやがったなあ」 「ETCが普及しないからかしら」 「そうに決まっている。誰がETCなんか買うか」 「8000円の割引は、大きいわよ」 「でも、車載器を買わなければダメなんだ」 「それって、いくらくらいするの?」 「数万円ということろかな」 「じゃ、モト取るのが大変ねえ」 「そうなんだ」 オトーサン、 ついに落城します。 「負けた。公団は、実に巧妙だ」 国土交通省がETCモニター・リース等支援制度を創設。 6月18日にスタートして、一般車両15万台に限り、 先着順で、ETC車載器を5000円割引! 奥方も軟化します。 「いずれETCつけるなら、今のうちかも」 「お前のほうの補助金は出ないか?」 「出るわけないでしょ」 オトーサン、 そんなことで、週末に東京トヨペット晴海店へ。 先着の老夫婦がいました。 オジイサンに話しかけられました。 「お宅もですか」 「ええ」 「ハイカ廃止じゃ、しょうがないですよね」 「ケシカランですなあ」 「お互い、お上には、勝てませんなあ」 妙に意見が一致します。 「お宅はどの機種にされます?」 「デンソーの分離タイプにしました」 「そうですか。一体型と、どうちがうのですか?」 「ダッシュボードを狭くしたくないものですから、 私は、別の場所に取り付けるタイプにしました」 「ウチは、一体型の安いのにしました」 オトーサンのは、分離型の03年モデルで、 2万4000円もしました。 オトーサン、 その後は、以下の手順で粛々と手続きを進めます。 「面倒だなあ、お役所らしい煩雑さだ」 ●クレジットカード会社へETCカードを申込む。 ●ETCカードが送付されてくる。 ●車載器を購入し、ディーラーで車に取り付けてもらう。 ●インターネットでユーザー登録をする。  車載器管理番号、車両番号、ETCカード番号などを入力。 ●ディーラーで申込書に必要事項を記入し、送付してもらう。 ●ユーザーIDと仮パスワードが自宅に郵送されてくる。 ●インターネット画面で、ユーザー登録を完了する。 ●インターネット画面で、前払金支払い手続きを行う。  http://www.etc-plaza.jp/ 利用できるようになったのは、ほぼ1ケ月後でした。 オトーサン、 退院した日、老婆に申し渡します。 「さあ、明日は、山に行くぞ! ETCも使えるようにしたぞ。頼むから、壊れないでくれよ」 老婆の悪態が聞こえます。 「あんたの使い方次第だよ」 「そりゃ、そうだけど...」 非常に、弱気になっております。 老婆のご機嫌を損ねたら、何が起きるか分かりません。 「また、ハイウェーか、山中で、エンコかも」


38 立場の違い

オトーサン、 「よーし、ETC初体験だ」 NYで空港から乗ったバスで体験していますが、 マイカーでははじめて。 初体験は、首都高の霞が関IC。 ETCカードを、ハンドルの左下に取り付けた車載器に差し込みます。 緑色のランプがついて、音声案内。 「ただいまから、ETCカードがご使用になれます」 「ふーん、こんなこと言わせているのか」 オトーサン、 料金所に接近します。 「ありゃ、つまらん」 ETC/一般とあって、バーの開閉もなし。 「まあ、いいか」 料金カードを受け取らずに、すみます。 「次はどこだ?」 「八王子の料金所よ」 「今度こそ、バーの開閉を体験するぞ」 前方に、おなじみの八王子の料金所。 「おお、混んでる!」 不思議なもので、混雑が楽しみになります。 渋滞の列を尻目に、スイスイ抜けるなんて、夢のようです。 「しまった!」 追い越しレーン側のゲートに行けばいいのに、 反対側のゲートに入ってしまったので、ETC/一般とあります。 「何だ、一般車と一緒か」 渋滞の後尾につきます。 でも、前のトラックが係員から料金カードをもらっているのに 老婆は、バーの自動開閉のみで通過します。 「うーん、気持ちのいいもんだなあ」 オトーサン、 立場が変わると、コロッということが変わります。 「おれも、いい加減な奴だなあ」 朝食を取りに、談合坂のSAで休憩。 「カ−ドを取り外して、持っていったほうがいいわよ」 取られたら、おしまいよ」 そうなのです。 駐車したときには、ETCカードを車内に置き去りにしないこと。 これが、鉄則です。 盗まれたら、いわば、白地手形を切ったようなもの。 「でも、面倒だなあ」 オトーサン、 「老婆、順調だなあ」 途中、140km出してしまいましたが、 まったく問題なし。 韮崎ICで出ます。 本当は、小渕沢ICですが、料金節約のため。 それに、国道20号線沿いの白州の道の駅で、 新鮮な野菜を買うのが楽しみだからです。 韮崎ICを通過しました。 2つしかゲートがないのに、1つがETC専用。 「無駄な投資をしやがるなあ、血税で」 ずっと、そう思っていたのが、 「ああ、ようやく専用レーンに出会えた」 と感激しているのですから、世話がありません。 立場が変わると、いい気なものです。 「気持ちのいいものね」 「お金もハイカも不要。料金カードを渡す手間いらず」 「領収書も受け取る必要ないわ」 「第一、停車しなくていい。スーツとそのまま通過!」 「便利なものねえ」 「一度体験したら、病みつきになるかも」 「でも、ETCが全国に普及したら、 あの料金所のおじさんたち、失業ねえ」 「排気ガス吸いながらの、単調な仕事だろう。 あんな仕事、なくなったほうがいいよ」 「でも、道を聞いたり、できなくなるわ」 「そのうち、自動運転になるかも」 「機械だらけのハイウエーも、さびしいかもよ」


39 厄病神

オトーサン、 「やあ、いいお風呂だった」 老婆で、ETCを初体験しつつ、山荘到着。 その夜は、近くのお気に入りの温泉に行きました。 露天風呂にも入りました。 「これで、星が見えれば、満点だ」 贅沢な夜でした。 オトーサン、 そう、翌朝の6時頃でしょうか。 「新聞を買いに行こう!」 と起きた途端に、駐車場へ。 山荘の日課です。 8時には、奥方とベランダで朝食。 インゲン、ミニトマト、にんじん、レタス、かぶなど、 いま、畑で取ってきたばかりの野菜を食べながら、 新聞に目を通す、この日課が気にいっています。 「何で、そんなに早く、買いに行くの?」 「いきつけのコンビニで、時々売り切れるのですよ」 朝日新聞とスポーツ報知。 他の新聞と比べて、優れているわけでもないのですが、 長年のご贔屓なので、売り切れだと、何か調子がでません。 「よーし、老婆でいくぞ!」 山荘は、標高1300m、 急坂を下るには、ムーブのほうがいいのです。 2nd、3rd、Dレンジと3つの変速が可能。 ギアを2ndに入れて、エンジンブレーキを利かせて、60km。 老婆は、ケチったのか、LとDレンジしかありません。 Lレンジで、エンジン・ブレーキをかけると30km以下。 これでは、いくら何でも、遅すぎるので、 Dレンジにして、フット・ブレーキを頻繁に使用します。 「ブレーキ・パッドが傷むから、ムーブで行こうか? いや、やはり、ひさしぶりだから、老婆で行こう!」 オトーサン、 老婆に乗りこみます。 「いい感触だなあ。この本革のハンドル」 ギアをPからDに入れて、スターターを回します。 エンジン音が軽快に響きます。 そう言いたいところですが、スー。 全く、手ごたえがありません。 「こりゃ、バッテリー上がりだ!」 何度も経験しているので、すぐ分かりました。 「なぜだろう? ライトの消し忘れか?」 ライト・スィッチの位置を点検しましたが、正常。 「ドアの開けっ放しかも」 ドアもキチンとロックされています。 「変だなあ」 ボンネットを開けて、バッテリーを点検。 蓋の上に、液がこぼれて、さびついています。 「こりゃ、やはり、寿命だ!」 しょうがないので、 ムーブで、コンビニに行きました。 オトーサン、 朝食の席で、奥方に。 「あのクルマ、また動かないよ」 「えっ? 直ったばかりなのに、どうして?」 「どうも、バッテリーの寿命が尽きたようだ」 「ライトちゃんと消した?」 「消したよ」 「そう? でも、変ねえ。そんな気配なかったわよねえ」 「そうなんだ。  強いて理由をあげると、ETCをつけただろう。  あれで、電気を大分食ったのかも」 「でも、夜中、ETCのランプが点灯しているわけではないでしょう?」 「そりゃ、そうだ」 「結局、寿命がきたのかもねえ」 「そうだと思うよ」 「あのクルマ、厄病神に取り憑かれてるのかしら」 オトーサン、 夕方になって、JAFに電話します。 もう、慣れたものです。 JAFの受付の女性が住所を聞くので、正確に答えます。 「ちょっと、場所が分かりにくいから、鉢巻道路まで迎えに行くよ」 「大丈夫です。こちらの画面に出ていますから」 オトーサン、 「そうかなあ?」 と危ぶみつつ、お定まりの質問をします。 「どのくらい待てばいいですか」 「いま、混みあっているので、契約した者を伺わせます。 1時間後です」 「はい、了解」 電話を切って、奥方に、 「1時間後に来るってさ」 奥方、 「...変ねえ、1時間半も経ったわよ」 「そうだなあ。雨も降ってきた。道に迷ったのかも」 その時、電話。 「JAFです。いま、お宅の駐車場にいます。 道に迷って、遅くなって、すみません」 「変だなあ。エンジン音がしなかった」 雨で音が消されたのでしょうか。 あわてて傘をさして、駐車場へ。 JAFのトラックがありました。 中年の元気な男性が降りたちます。 「このクルマですか?」 「はい」 「ボンネットを開けていいですか?」 エンジンをかけて確認したりはしないで、 すぐに作業にかかります。 薄青の作業服の背に、雨つぶが落下しています。 傘を差しかけると、 「いえ、どうぞ、おかまいなく」 精力的にバッテリーを取り外しにかかります。 「ルーカスですね。  JAFには、外車のバッテリーがないんですよ」 「オートバックスあたりで、入手できるかなあ?」 「さあ、知り合いに聞いてみましょう」 JAFのひと、ケイタイで電話します。 「品番がどこかに書いてありませんかねえ?」 「063としか書いていないなあ」 「このクルマの型式は分かりますか?車検証はどこにあります?」 オトーサン、 グローブ・ボックスから取り出し、渡しかけて、 「ねえ、雨の中ではなんだから、家に入って電話しませんか?」 ムリヤリ、家に入ってもらいました。 既に、奥方がお茶と羊羹を用意しています。 「失礼いたします。JAFの岩波と申します」 「雨のなか、大変ですねえ」 「いま、バッテリーがあるかどうか調べています。  しばらくお待ちください」 雑談していると、 たびたび、電話がかかってきます。 「そうですねえ、あと1時間半くらいしたら、伺えるかと思います」 岩波さん、JAFの契約で、応援部隊ですが、商売繁盛のようです。 実家は、諏訪の上社のそばのお味噌屋さん。 「へえ、手作りなの?おいしそうねえ」 「そうなんですよ、  大手のスーパーに出さないようにして、味を守っています」 「いいねえ、一度買いにいかなければ」 実家の電話番号も聞いてしまいました。 オトーサン、 翌日、岩波さんに教わった諏訪湖そばの 興和自動車に行きました。 紹介された五味さんが出てきて、 早速、バッナリーを運んできてくれます。 「BOSCHの6Cで、背が少し高いですが、収まると思いますよ」 「ありがとう。ところで、代金はいくらですか?」 「1万8000円です」 「ところで、これムーブの不要になったバッテリ−ですが、 引き取っていただけますか?」 「ああ、いいですよ」 「おいくらですか?」 「500円、いただこうかなあ。  そんなもの、地面に埋めてしまえば、いいのですがねえ」 「....」 環境問題への意識が違いますが、 このさい、争ってもしょうがありません。 オトーサン、 山荘に戻ってきて、早速、ボンネットを開けて、 BOSCHのバッテリーを取り付けます。 「重いなあ」 岩波さんが、LUCASを外しておいてくれたので、 作業は容易です。 箱から取り出して、所定の位置におき、 +とーの端子を見分けて取り付けるだけ。 「ねじ回しがないなあ」 サイズちがいでしたが、何とか装着。 幸い、2cmほど高かったのですが、ボンネットのなかに収まりました。 ところが、底辺に余裕があって、ピタッと置けないのです。 これでは、バッテリーが走行中に動いてしまいそうです。 「困ったなあ」 奥方、 「内藤自工に行きましょうよ」 「そうだなあ」 このモーター屋さん、ムーブの主治医です。 バッテリーの取り付けぐらいは、やってくれるでしょう。 ご主人は不在で、跡取りの息子さんがいました。 「ここが、動くんですよ。 とりあえず、木片を入れて、固定しておきましたが...」 「変ですねえ。取付金具があるはずなのですか」 息子さん、バッテリーを外します。 オトーサン、 内心、ぶつぶつ。 「せっかく、オレが取り付けたのに...」 でも、すぐに、チョンボが判明しました。 バッテリーの下に、取り付け金具が隠れていました。 「なんだぁ」 「あなた、よく見ていなかったのね」 そんなことで、このバッテリー騒動は、一見落着。 厄病神は、老婆ではありませんでした。 点検・整備を怠っていたオトーサンのようでした。 中古外車には、点検・整備が、必要不可欠なのでした。


40 人間ドック

オトーサン、 奥方と鳩首協議しております。 「どうしようかなあ」 「どうしようって、直すしかないでしょう」 「でもなあ。買い替えるなら、いまさら修理してもなあ」 「買い替えるって?」 「だって、9月で3年の保証期間が切れるのだろう。 その後の故障は、全額自己負担だぜ、青天井の...」 「それは、そうだけど... 買い換えるなら、今度は国産車ね。 外車はコリゴリ。こう故障ばかりしてるのでは」 「ハイオクだしなあ」 「そうよ、維持費が馬鹿にならないわ」 「そこへいくと、さっき、雑誌で見たけれど、 9月に出る新型プリウスは、リッター35Kmも出るらしい」 性能も、飛躍的によくなったらしい。 「レギュラーでいいの?」 「うん」 「そりゃ、いいわね。ハイオクよりも10円は安いからね」 「このクルマ、いま、売ってしまおうか」 「でも、あの子、お盆の帰省に使いたいんでしょう」 「うん、このまま使ってもらうのはどうだろう」 「馬鹿ね。もしものことがあったら、どうするのよ」 「そりゃ、そうだけど...」 息子は、新潟出身の彼女と結婚して、 この夏、帰省がてら、ご両親と一緒の佐渡ケ島のドライブを 楽しみにしているようです。 もし、旅先でエンコでもしたら、大変なことになります。 「うーん」 老婆は、危ないから、 汽車にしろよ、レンタカーにしとけよ、 そう申し渡せばいいのでしょうが、 息子の懐事情を考えると、そうもいきません。 オトーサン、 純粋に経済学的に考えれば、 どう考えても、いまの時期に修理するのは引き合いません。 中古車の売価は、年式や走行距離で決まるのですから。 勿論、事故の前歴や外観の傷は、勘案されますが、 老婆の場合は、いわば内臓疾患、 外からは見えないから、売価に影響しません。 「どうしようかなあ」 「一度、きちんと見てもらったら。 クルマには、人間ドックみたいなものないの?」 「そうか、6ケ月点検という手があったなあ」 1月の車検をきちんと受けておけばよかったのですが、 年末の忙しさにまぎれて、 不慣れな東京トヨペットに頼んでしまいました。 だから、どこが傷んでいるか、まったく不明です。 「成田さんに聞いたら?」 奥方の成田さんへの信頼はバツグンです。 「そうか、そうしようか」 成田さんのアドバイスで、先にお世話になった 石山自動車に老婆の点検をお願いすることにしました。 「いま、夏の点検キャンペーンをやっています。 8900円です」 「そうか、そりゃあ、好都合だ」 海外旅行を目前にしているので、 できれば、不必要な支出は、押さえたいのです。 「場所はどこ?電話番号も教えてください。 へえ、日本橋浜町、箱崎エアターミナルのそば? それじゃ、ウチから近いなあ」


41 石山自動車へ

オトーサン、 「浜町3丁目29番地?どこにあるのかなあ」 ナビがあれば、悩まずに済むのですが、 老婆のダッシュボードは、曲線で装着しづらいのです。 したがって、昔ながらの地図頼り。 「東京都の地図ないか?」 「さあ...」 老婆のなかを探しましたが、 全国地図やハイウエーのパンフレットしかありません。 あとは、息子がデートに使った横浜・鎌倉・湾岸だけ。 「本屋で立ち読みしよう」 本屋さんは、いい迷惑ですが、この際やむをえません。 「見にくいなあ」 住所がこまごまして、目の悪いひとには不向きです。 「昭文社か、もっと工夫せいよ」 ほかの会社の地図も同様でした。 オトーサン、 時々、豊洲の珈琲館へ朝食に。 新聞が沢山置いてあるし、中年のマスターが 元気一杯で、サービス精神が旺盛なので、お気に入り。 しかも、すぐそばにセブン-イレブン。 「そんなの、どこにでもあるでしょう」 それがちがうのです。 ここが、全国1万軒近いセブン-イレブンの第1号店。 店主の山本さんが、まだがんばっています。 NHKのプロジェクトXにも取りあげられたのです。 朝食後、新聞6紙全てに目を通し終わって、 奥方に声をかけます。 「どこにあるのか、確かめに行こう」 「どこに行くのよ」 「浜町の石山自動車さ。清澄通りを行けばよさそうだ」 奥方、 「清澄公園の近くね」 「その先の新大橋の交差点を左折するんだ」 清澄公園には、冬に何度も足を運びました。 ここ渡り鳥の知られざる宝庫。 築地市場で大量に仕入れた「麩」を投げ与えるのが、楽しみ。 「あら、橋ねえ」 「これが、新大橋。ここを渡ると、すぐのはずだ」 この辺りは、隅田川を渡る橋がいくつもかかっています。 そして、船宿がぽつんとあったりするのです。 「ここよ、曲がって」 後ろのクルマに警笛を鳴らされましたが、 交差点を渡ってすぐに左折すると、 低層ビルの谷間の路地裏へ。 「3丁目29番地だよ」 「ここは、10番ね」 ゆっくり走っていても、クルマで番地探しはムリ。 オトーサン、 降りて、事務所兼倉庫の前で立ち話をしているおばさんのところへ。 「すみません、石山自動車を探しているのですが」 「ああ、ベンベね、すぐそこよ」 「そこって?」 「ほら、すぐそこ」 おばさん、指差しを終えると、立ち話を再開。 目の前に高架道路。どうやら、その手前にあるようです。 「ベンベって言ったぜ、あのおばさん」 「BMWのことでしょ」 「へえ、オレ、はじめて知った。そんな呼び方」 「そう?」 オトーサン、 石山自動車の横に老婆を駐車。 事務所に入ります。 典型的な町のモーター屋さんのようです。 狭い事務所に、男性1人と女性1人。 「あのー、近藤さん、いらっしゃいますか?」 「はい、すこしお待ちください。すぐ呼んでまいります」 奥方に小声で、 「ここ応対いいよ、銀行なんかより」 ピットは、7つありました。 入庫中のクルマは、すべてBMW。 「大きなモーター屋さんだなあ、都心にしては」 都心では、修理工場の認可が下りません。 よほど、昔から営業しているのでしょう。 中年のにこやかな男性が現れました。 「近藤ですが」 「グートの成田さんから、お聞きしてやってまいりました」 「ああ、老婆の方ですね」 近藤さん、初対面のはずなのに、 昔から知っているような口ぶり。 そうでした。 八ケ岳の山荘から、はるばる入院したのが、ここでした。 老婆の素性は、熟知しているのです。 「こわれてしょうがないので、一度、見てもらいたいいのですが」 「いいですよ、ちょうど夏の点検サービスをやっています。 8100円です」 オトーサン、 内心、安いなあと思いました。 「それで、どこが悪いか教えてください。 それから...タイミング・ベルトは、交換してほしいのだけど」 アウディが高速道路でエンコした顛末を手短に話しました。 「そうねえ、早いところ交換しておいたほうがいいかもねえ。 じゃ、キーを貸してください」 「あの、今日は、お宅を見にきただけなのだけど」 「そうですか」 近藤さん、冷やかし客かと気落ちした様子です。 「今日は、これから行くところがあるので、 明日、必ず持ってきますから」 久しぶりの老婆、すこし乗ってみたかったのです。 「じゃあ、ヨーカ堂に行ってくれる?」 2リットルのウーロン茶2ケースを買いに、 イトーヨーカ堂の木場店に行かされました。 買い物を終えた奥方は、大満足。 「この店、ほんとうにいいわね。駐車しやすくって。 お値段は、高目だけど」 オトーサン、 晴海トリトンの立体駐車場に老婆をとめて、 自宅まで、ケースを運びます。 「水を買うなんて、世のなか、どこか狂ってるよなあ」 ウーロン茶6本入りのケースの重いこと!


42 浜町河岸

オトーサン、 「浜町公園か」 翌朝、石山自動車に老婆を修理に出した帰りです。 ひと仕事終えたような気分で、ゴギゲン。 ♪浮いた浮いたの浜町河岸に 浮かれ柳のなつかしや 「明治一代女だったっけ」 ご年配の方なら、白髪の東海林太郎さんが、 直立不動の姿勢で、この歌を歌われていたのを覚えているでしょう。 確か昭和10年の発売で、藤田まさと作詞、大村能章作曲でした。 「浜町河岸か...昔の面影はないなあ」 都営新宿線の浜町にきました。 「銀座に出るには、不便だなあ」 「そうねえ」 「人形町まで歩くか」 持っていた名詞サイズの地下鉄路線図をみての結論でした。 営団日比谷線が銀座を通っています。 「そうね。どのくらい歩くのかしら」 ゴミゴミしたビルの谷間を車を気にしながら 歩くのは、あまりいい気分ではありません。 「ほら、向こうに大きな通りが見えるだろう、あそこまでだ」 オトーサン、 「でも、この道は、なかなかいいな」 鋪道が整備され、並木道になっています。 「何だ?このでかいビル。新興宗教の本部か?」 「そうかもねえ。えらそうに」 「いや、ちがう。これ、明治座だよ」 「へえ、明治座。こんなところにあったの?」 そういえば、中年のご婦人たちが群れています。 「8月公演は、3年B組金八先生か。  武田鉄也と淡島千影。  彼女の当たり役は、森繁さんと組んだ夫婦善哉だったなあ」 「まだ生きていたのね」 「確か、あなたのウチのそばに住んでいただろう」 「そう?」 「知らなかった? 淡島通りだよ」 淡島通りは、三軒茶屋から渋谷にぬける道です。 「そういえば、しばらくお芝居なんか見てないなあ」 「20年前に新橋演舞場に行って以来よね」 「タダ券もらってなあ。」 オトーサン、 通りを渡ります。 「下町の散歩道、甘酒横丁」というのぼりが見えました。 両側に、和装小物のお店や、古い料理屋などが並んでいます。 「ふーん、元祖御座敷天麩羅、花長、ほんとに元祖かなあ?」 「とうふの双葉?昔ながらの豆腐なかのかなあ?」 「鳥忠か、ここは、玉子焼きが名物みたいだなあ」 掲示板があって、その地図には、 谷崎潤一郎生誕の地などと書いてあります。 「あそこに今半がある。うまぎの大和田の本店もある」 「あら、ここ、つづらを作っているわ。めずらしいわねえ」 下町情緒はもう残っていないかと思ったけど、 案外、まだ古いお店があるのね」 人形町通りに出ると、 京都の漬物屋の近為や京粕漬けの魚久、 松坂牛の日山などがあります。 先へ進むと、軍鶏親子丼の玉ひで。 戻って、金座通りまで歩くと、久松警察署やエスエス製薬。 その先のビルの1階に、色鮮やかな赤いフードが見えました。 「あら、ケーキ屋さんみたい」 「東京洋菓子倶楽部?入ってみるか」 品のいい若い女店員さんが出迎えてくれます。 「大きなモンブランねえ」 ここのモンブラン300円は、有名なようです。 人気No.1なんて書いてあります。 わざわざ遠方から買いにくるひともいるとか。 「今度買いにきましょう」 「そうだな、今日は、荷物になるからなあ」 オトーサン、 人形町の駅に戻りました。 地下鉄の構内にも、公演案内のポスターが掲示されていました。 9月公演は、三田佳子の「日本橋物語」 日本橋開架400年記念とあります。 「江戸幕府が出来てから、もう400年も経ったか、 ...この辺りは、まだ下町情緒が残ってるなあ」 老婆を修理に出したおかげで、 浜町河岸や人形町の雰囲気を味わうことができました。 クルマを捨てると見えてくる世界もあるのです。


43 ♪タイミング

オトーサン、 「変な空だなあ」 「はじめてねえ、こんなの」 特急あずさの車中です。 もう新宿ちかく、車窓からは、ビルだらけの街が。 右手の高層ビル群の空は、薄曇り。 左手の空は、まっ暗。 まるで、天空が白と黒に真ふたつに割れたようです。 「雨が降るかもねえ」 「傘、持ってくるのを忘れたなあ」 「ダイジョウブ、降らないわよ」 「だって、あの黒い空だぜ」 「こっち側は、晴れよj 老婆が直ったと聞いて、 山荘から石山自動車へ行く途中です。 「まあ、降らないことを祈ろう」 オトーサン、 新宿駅の雑踏をカートを引いて移動。 おまけに階段ばかり多くて、荷物の重いこと。 こんなときは、クルマがないと不便だと思います。 都営新宿線は、座れました。 20分足らずで、浜町へ。 ここの階段も辛いものがあります。 地上出口にひとだかり。 「雨だよ、やっぱり」 「大したことないわよ。歩きましょう」 「だって...」 「早く行かないと、本降りになるわよ」 オトーサン、 ようやく石山自動車に到着。 「近藤さん、いらっしゃいますか?」 近藤さんが出てきて、 「お電話いただけるとよかったのですが、 別の場所に置いていありますので...」 「どのくらい待てばいいですか?」 「そうですね、30分くらい」 「で、いくらになりますか?」 「ちょっとお待ちください」 近藤さん、請求書をもってきます。 「お電話の後、見つけたので、 パワステのオイル漏れも直しておきました」 オトーサン、 ざっと請求書明細にさっと目を通します。 項目 A BMW SUMMER CAMPAIGN   全7項目チェック       8100円 B タイミングベルト点検〜交換 24300円 C ファン/パワーステアリングベルト亀裂                  4240円 D ブレーキブースターパイプ破損 2850円  E フロント&リアワイパーブレード交換など                  4920円 F エアコンの風が弱い     11800円 G リアウィンカーランプ色落ち  3120円 H エンジンラバーマウント切れ 27600円 I パワーステアリングリターンホースよりオイル漏れ                                3760円 御請求金額合計       11万3736円 オトーサン、 「タイミングベルトは交換してくれたんだね」 「ええ、大事をとって」 「ありがとう、 アウデイでは、ヒドイ目にあったからなぁ」、 奥方に言います。 「おれ、いまお金もってないけれど、あるかい?」 「....」 奥方、この際「沈黙は金」を実行しております。 一旦貸したら、2度と戻ってこないとでも 思っているのでしょうか? 「しょうがないなあ。 まあ、いいや。銀行に行ってこよう ...すみませんが、この辺に銀行ないですか?」 「その先、角を右手に曲がったところに、 大きなビルがあって、そこにみずほがあります」 「みずほ? あんまり好きじゃないけれど、この際、仕方ないか」 大粒の雨が降っています。 「...すみません。傘を貸してもらえますか?」 奥方、 「いいタイミングだったわねえ。 思い切って歩いてきて、よかっでしょ」 「そうだなあ、タイミングがよかったか」 オトーサン、 みずほで、12万円下ろしました。 怖いので、残高は見ないようにしました。 でも、これで修理は完了。 一番心配していたタイミングベルトも交換しました。 これで一安心です。 銀行の帰り道、口づさみます。 ♪オー ユー ニーズ タイミング  アー ティカ ティカ ティカ  グッドタイミング  トカ トカ トカ トカ  この世で一番かんじんなのは  ステキなタイミング 坂本九ちゃんのヒット・ソング 「ステキなタイミング」です。 「上を向いて歩こう」が有名ですが、 この歌も、記憶に残っています。 「でも....タイミングが悪過ぎたよなぁ」 九ちゃん、間の悪いことに、 乗った日航機が、伊豆大島で墜落。 帰らぬひとになりました。 「この世で一番肝心なのは、タイミングなんだ」 一度、仕事でお目にかかったことがあるだけに、 他人事とは思えません。 あらためて、ご冥福を祈ります。 オトーサン、 自宅に向かう車中、奥方に聞かれました。 「タイミングベルトって、なあに?」 「....」 答えられませんでした。 正解は、クランクシャフトの回転を ピストン上部のタイミングギヤに伝え、 プーリーの歯とかみ合わせるベルトのこと。 歯がついていて、これが破損すると、大問題。 走行中に切れると、バルブが曲がったり、 バルブがピストンを突いて、エンジンが壊れます。 オトーサン、 分解整備記録簿に記載されたデータに気付きました。 ・JAFロードサービス状況 (高速道路) 順位 故障内容       構成比% 1  タイヤのパンク    15 2  事故          9 3  燃料切れ        8 4  発電機など       5 5  バッテリー       5 6  キー閉じ込み      4 7  タイミングベルト    4 8  シリンダーガスケット  4 9  補機駆動ベルト     3 10 冷却水不足       3 オトーサン、 「そうか、そうだったのか」 アウデイをオシャカにしてしまった タイミングベルトは、何と上位7位だったのです。 インターネットで調べると、 ちゃんと出ているではありませんか。 http://www.aos.ne.jp/visitor/maintenance /timing_belt.html ■メンテナンスの基礎知識 タイミングベルトを交換することなく 長期間使用すると、歯欠けや切損が起こり バルブのタイミングが狂います。 バルブとピストン上部の干渉により、 バルブ曲がりやピストン損傷を引き起こす原因となります。 JAFの調査によると、 ロードサービス出動理由の上位に タイミングベルト切れが入っています。 タイミングベルトが切れるとクルマは 走行不能となりますので 適正なメンテナンスが必要とされています。 ■ご注意下さい ベルトの材質はゴムですので、油や水に弱く、 年数を経過する程、劣化が進みます。 タイミングベルトが走行中に突然切れてしまうと、 エンジンが止まりますので危険ですし、 エンジンが駄目になり、 大変な修理代がかかってしまいます。 タイミングベルトは、外部からはほとんどのクルマは 見えませんので、走行距離などで注意が必要です。 ■交換目安 走行距離:7万〜10万km程度での交換をお勧めします。 オトーサン、 「しまった! アウディは、10万キロで交換しなかったし、 老婆は、4万キロで交換してしまった。 両方とも、替えるタイミングを間違ってしまった」 そうなのです。 ことほど、左様に、タイミングは、大事です。 オトーサン、 やけくそになって、歌います。 ♪オー ユー ニーズ タイミング  アー ティカ ティカ ティカ  グッドタイミング  トカ トカ トカ トカ  この世で一番かんじんなのは  ステキなタイミング


44 いたずら台風

オトーサン、 その日の早朝、目ざめるなり、 「いよいよ、今日だ!」 息子が、老婆に新妻をのせて新潟に帰省する日です。 別に自分が行くわけでもないのですが、武者ぶるい。 というのも、かれの行く手には、 大きな2つの難題が立ちはだかっているからです。 ひとつは、帰省ラッシュの大渋滞。 関越道は、20キロの予想。 ふたつ目は、台風。 それも大型台風が、その朝、関東にやってくるのです。 「渋滞で、老婆がエンコしないかなあ」 「台風で、老婆に思わぬ被害が出ないかなあ」 息子も心配ですが、 どちらかというと老婆のほうが心配です。 だって、息子は30代の男盛り、働き盛り。 それに対して、老婆は余命いくばくもないのです。 オトーサン、 翌日の午後3時、 新宿発あずさの車内におります。 通路を隔てて座っている奥方に聞きます。 「今頃どうしてるかなあ?」 「ダイジョウブじゃないの?」 「電話してみるかなあ」 「やめなさいよ」 「今頃は、佐渡か。フェリー出たのかなあ」 「そうね、台風が新潟に向かったものねえ。 波が荒くて欠航かもねえ」 「でも、ご両親も楽しみにしている旅行だから、 出航できればいいのだろうがなあ」 オトーサン、 その日の夕方、ついに我慢ができず、 奥方の制止をふりきって山荘から息子に電話。 「もしもし...、オレだけど、ダイジョウブだったか?」 「うん、なんともなかったよ」 「いまどこにいるの?」 「佐渡」 「フェリーは、出たの?」 「ああ」 「昨日は、朝、何時頃出たの?」 「4時頃」 「台風は、ダイジョウブだった?」 「ああ、何ともなかったよ。 朝9時に、新潟に着いてしまって、 朝飯と思ったけど、どこも開いてなくて困った」 「そうか、そりゃ何よりだ」 「....」 どうやら、気象庁が台風の規模が急激に小さくなったのに、 その把握と情報開示が遅れたようです。 オトーサン、 電話を続けます。 「あのなあ、電話したのはなあ」 「ああ、なに?」 「老婆だけど、洗車しといて」 「どうして?」 「ほら、海のそばだと錆びるから」 「あっ、そう? でも、いまレンタカー借りているんだ」 「えっ?」 「佐渡へは、高速フェリーできたから、 老婆は、新潟に置いてきたんだ」 「そうか。それじゃ、気をつけてな。 ああ、それから、山荘には、いつ来る?」 「あさってだと思うよ」 オトーサン、 そのあさっての昼頃、 息子に電話しようとして、奥方に制止されます。 「どうせ、着くのは夕方よ。お義理で顔を出すだけなんだから」 「でも、昼飯に出ていないときに着いたら気の毒だろう」 「心配しないで。いやがられるだけよ」 昼食に出て、ブルーベリーというなじみの喫茶店で、 新製品のバラのジュースを試飲して、 3時頃帰宅。じっと息子の到着を待ちます。 「この前来たのは、何年前かなあ」 「そうねえ。大分こないわねえ。 あなたのお袋さんが来たとき以来よ」 「すると、もう5年も前になるかなあ」 「いまの仕事に変わってからは、休みが取れないからねえ」 「まあ、このご時世では、仕事があれば幸せだよなあ」 オトーサン、 全身を耳のようにして電話音を待ちます。 4時前、待望の電話。 「いま、諏訪のサービスエリアにいる」 「道は分かってるなあ」 「ああ」 「あのな。小淵沢ICから上っていく有料道路、 無料になったから、使うといいよ」 「ああ、分かってる」 オトーサン、 ぼやきます。 「何か、あったのかなあ」 「そうね、30分もあれば、着くはずなのに」 老婆のこと、どこでエンコするやら分かりません。 タイヤのパンク、事故、燃料切れ、冷却水不足などが 懸念されます。 しばらくして、ようやく電話。 「あなた、あの子から電話よ、代わって」 「いまどこだ?」 「道に迷った。いまヨドバシカメラのあたり」 「よし、迎えに行く。鉢巻道路の入口で待ってる」 別荘地の標識が、小ぶりなものに変わったので、 分からなかったようです。


45 ガーデニング自慢

オトーサン、 息子夫婦を案内します。 まずは、道路際の駐車場。 余裕で3台は、駐車可能です。 白砂利を入れて、ブルで転圧しました。 雑草がまったく生えていません。 実は、毎朝、小1時間かけて除去しております。 息子夫婦には、そうした苦労話は一切しませんでした。 「このクルマなあに?」 息子が指さしたのは、 駐車場の角に置かれた黄色いクルマで、 屋根つきの軽3輪です。 「動くの?」 「いや、飾りに置いてある」 オトーサン、 そんなものよりも庭をみてほしいのです。 まずは、両側の花壇。 奥方が、苦心して集めた色鮮やかな花々が咲きほこっています。 いまの季節ですと、カサブランカ、コオニユリ、 フロッカスなどが背丈が高いので、主役です。 黒揚羽が2羽、狂気乱舞しております。 アーチにからめた蔦も成長しました。 アプローチは、白砂で型どっております。 玄関に向かって歩を進めると、右手にバード・バス。 ときどき、暑くなると、小鳥たちが水浴び。 そりゃぁ、可愛いものです。 澄んだ水が張られ、 今朝折った花をあしらわれております。 「フーン、だいぶ変わったねえ」 息子が、感心したような声をだしました。 新婦も、予想以上の見事な庭に驚きの表情。 オトーサン、 その後、家のなかを案内します。 吹き抜けの20畳のリビング・ダイニングルーム。 中央に薪ストーブと大きなソファ。 窓が大きく切ってあって、開放的です。 そのほか8畳と4.5畳の和室、 ひのきの浴室、奥行きのあるトイレ、 そして、12畳のロフト。 「みんな来宅したひとが、ほめてくれる。 これ、間取りは自分で考えたんだ」 そう自慢したいところですが、じっと我慢。 外に出て、 西側の庭にある2つの池をみせます。 池のそばには、最近、花を植えました。 息子夫婦にベンチに座ってもらって、 餌をやってもらいます。 鯉と金魚が集まってきます。 「水槽買ったんだ」 「うん」 そういえば、以前、地面を掘っってビニールを敷き、 コンクリート製の池づくりを試みましたが、 水漏れに苦しみましたっけ。 オトーサン、 その後、裏庭に移動します。 このテラスが、スゴイのです。 夏の日々、汗を流しながら、 砂決めという手法を使い、 レンガを敷き詰め、枕木をあしらって、 小さなテラスをつくったのです。 白い椅子が四脚。 直径1mの植木鉢に白砂利をいれて、 円いガラスを置いて、テーブルに仕立てました。 その下が、ロックガーデン。 ここには、奥方が集めた色とりどりの花が咲き誇っています。 「ウドが大きくなり過ぎてねえ」 「あれが、タラの木だ」 その先が、遊び部屋。 いまは、マキ小屋兼手づくりの図書室にしています。 半地下なので、湿気が多く困っています。 その前がBBQコーナー。 煉瓦を積んだけですが、 いずれヒマになったら、本格派にしようと思っています。 白樺とヤマボウシの木陰に、 買ったばかりの緑石のテーブルと椅子が4つ。 ン十万もしたのです。 「へえ」 「どうだ。すごいだろう」 「ああ」 「イングリッシュ・ガーデンみたいだろう」 「...」    オトーサン、 萩がもう咲き出した小階段をのぼって、 16帖の高床のベランダに案内します。 6人は、ゆったり座れる大きなガーデン・テーブル。 目の前は、一面のからまつ林の緑。 お茶とお菓子を運んできた奥方が、 「緑がいっぱいでしょう」 「ええ」 ちょうどウグイスが鳴きました。 「冬になると、リスがくるんだ」 「それより、あなたシカがすごいの。 しょっちゅうウチの庭にやってきてるみたいよ」 「そうなんだ。あのヤマボウシ、半分枯れているだろう? 幹の皮をかじられたんだ」 「どうしょうもないのよ、増えすぎて」 「...いいですねえ」 新妻が感に耐えないような声を出してくれました。 「どこまでウチの庭だっけ?」 と息子。 「あの向こうに見える道路まで」 敷地は、400坪ですが、 隣人が家を建てないので 眼下の1000坪をひとり占め。 冬になると、からまつ林の葉がおちて、 樹幹から白雪を頂いた南アルプスの山々が一望できます。 我ながら、気にいっています。 オトーサン、 老婆のほうは、放たらかしですが、 庭園のほうは、まめに手を入れているので、 年々、見事になってきました。 「最近は、この庭を見にくるひともでてきたよ」 「そうよ、昨日も。...先週も2組ね」 奥方は、うれしそうです。 「そのうち、商売でもするか」 「また、そんなこと」 昨年訪れたニュージランドのクライストチャーチでは、 庭めぐりの有料ツアーが盛んでした。 コンクールで優勝したお庭ともなると、 JTBのマイクロバスがやってくるほど。 ステキなお庭を賞でていると、 奥さんがお茶と御菓子を出してくれました。 絵葉書なども売って、家計の足しにしているのです。 オークランドでは、クルーザーやヨットでの海遊び。 庶民でも、こうした暮らしが当たり前の国でした。 GNPも、日本よりずっと少ないのに、豊かな暮らし。 うらやましい限りです。 「日本は、どこか、おかしいよなあ。 死にもの狂いで働いても、将来がみえないんだもの」 オトーサン、 最近は、老婆がこんな状態で、 クルマ自慢がまったくできなくなってきたので、 代わりに、庭自慢でウップンを晴らすしかありません。 「...でも、クルマいじりも楽しいかもなあ」 一昨年イギリスの湖水地方へ行ったとき、 ショーン・コネリーみたいな宿のおじいさんが、 古いMGの手入れを無常の楽しみにしていました。 ちゃんとしたガレージがあって、工具も一式揃っています。 「そうだな、 これからは、デーラー任せの時代じゃないよなあ。 定年になれば、収入も期待できないのだから、 クルマくらい、自分で直せずにどうする? これからメカを勉強し直して、老婆を手間ヒマかけて直そう。 そうだ、まずは、あの中途半端な図書室をガレージにするか」


46 清泉寮のアイスクリーム

オトーサン、 翌朝、息子にいいます。 「もう帰るのか」 「ああ」 そうなのです。 日本の勤労者には、長期滞在する権利がないのです。 あちこち、せわしなく駆け回って休暇が終わる。 あくせくあくせく働いて、 最後に、報われない人生の縮図のようです。 息子の世代も、まだ、そんな時代に生きているのです。 オトーサン、 かつて、「3Cから3Vへ」を提唱しました。 3Cは、カー、クーラー、カラーTV。 いまや、もっていないひとのほうが少数派。 さて、3Vとは、Villa,Visa,Visitのこと。 別荘、海外旅行、交際のこと。 言い出して30年、いまだに少数派です。 「誰かが、模範を示さねば」 西欧諸国では、多数派なのに、わが国では いまだに少数派。 「構造改革なんて、もういい。 痛みなんて、もう充分味わった。 3Vを!豊かな国民生活を!」 与党も野党も、この点、同じ穴のムジナ。 マニフェストなんかどうでもいいのです。 3Vという具体的な夢がほしいのです。 オトーサン、 「じゃあ、せっかく来たんだから、 どこか近くに寄ってから帰ったら? おれたちも、一緒に東京に帰るから」 「うん」 「どこがいい?」 「リゾナーレは、どう」 バブルの頃、小渕沢に出来たリゾートホテル。 イタリアの町並みを再現、造波プールもあります。 息子は、ここの朝食バイキングがお気に入りでした。 「寄ってもいいけど、ほかにないか? 例えば、清里なんか帰り道だけど」 新婦の目が輝きます。 「そうじゃ、清泉寮のアイスクリームを食べるか? 行列しなければならないけれど」 息子たち、ふたりで相談しています。 「そうしょうか」 「ええ」 オトーサン、 いま、意気揚々と老婆を走らせています。 奥方を助手席に、息子夫婦は、リアシート。 「どうだ、リアシートの乗り心地は?」 「狭いねえ」 「そうか」 息子は、老婆のリアシートは初体験のようです。 「今日は、運転、大人しいわね」 奥方に冷やかされます。 「ああ、大事なひとを乗せているからなあ」 小淵沢から清里までの有料道路は、 最近、無料になりました。 八ケ岳の中腹をアップダウンをしながら巡るのです。 南アルプスや牧場が見えるすばらしい展望。 急カーブの連続です。 「スロー・イン、ファスト・アウトだ」 カーブの運転法です。 ブレーキングも、ルマンで優勝した関谷さんに 特別に教わりました。 「すばやいブレーキング」 それが世界のヒノキ舞台で活躍するためのコツなのです。 オトーサン、 そんなことを息子たちに言ってもしょうがないので、 話題を変えます。 「この道路、有名になったんだ」 「どうして?」 「数年前から、日本カー・オブ・ザ・イヤーの 審査委員たちが、さっきのリゾナーレに泊まって この道路で乗り比べするようになったんだ」 「へえ、箱根だったよね。ターンパイク」 「そう、だけど、混むから、こちらに変えたらしい」 「そうなの」 それで、話は終り。 息子がカーマニアでないの残念です。 オトーサン、 「ちよっと柳生さんのところに寄っていこう」 「柳生さんって、あのクイズタイムショックの?」 「ああ。NHKの生き物自然紀行に常連だった」 「そう?」 生返事なのを見ると、NHKには無縁のひとのようです。 「この前、わたしの友達を案内したら、 息子さんがいて、記念撮影したわ」 「へえ」 「NHKの趣味の園芸にでてるのよ」 「...」 この話題も息子夫婦には、無縁のようです。 オトーサン、 大泉の標識をみて、右折。 「ほら、ここだ!」 「スゴイ人出だねえ」 駐車場に観光客があふれかえっています。 レストランは、満員で行列。 「じゃ、柳生さんに挨拶だけして帰ろう」 幸い、柳生さんご夫妻も、息子さんもいました。 「天気がよくて幸いです」 そんな程度の会話で、後にしました。 何度も通っているので、顔なじみです。 赤い橋を渡りました。 「へえ、ここも清泉寮が買いとったのね」 「商売づいたなあ」 そんな他愛のないことをいいながら、 右折して、清泉寮へ下ります。 「おお、混んでる、混んでる!」 駐車場は、クルマで一杯。 「おれ、とめる場所、探してるから、 早いところ、並んだほうがいいよ」 オトーサン、 ようやく駐車して、ソフトクリーム売り場へ。 「あれ、誰もいない、行列もしていない!」 山並みがみえる広場は、 アイスクリームを食べているひとだらけ。 「あなた、ここよ」 奥方が、近づいてきます。 両手には、ソフトクリーム、いまにも垂れそうでう。 「行列していないなあ」 「そうなのよ。変ねえ」 「息子たちは?」 「あそこよ。邪魔しないほうがいいわよ」 「そうだな、新婚早々だものな」 オトーサン、 息子たちが景色を愛でているあいだに、 清泉寮のボスの川島さんにあいさつに行きました。 昔、一緒に仕事した仲間です。 「流行ってるねえ。商売繁盛!」 「冷やかさんでくださいよ、 環境教育には、元手がかかるんですから。 そうそう、白川郷にトヨタが環境教育のセンターを つくるので、お手伝いしてるんですよ」 その手紙を読ませてもらいました。 「へえ、稲本正さんが仕切ってるんだ」 昔、かれから企画書をもらったことがあります。 そのときは、時期尚早でしたが、 辛抱強く働きかけてこられたようです。 「伊藤さんが、部署を変わられて...」 そうなのです。 大企業って、この人事異動が鬼門です。 幸い、組織として対応できているようなので、 安心しました。 オトーサン、 談合坂SAで息子と運転を交代。 「きみの運転は、安心できるなあ」 「....」 「あなたの運転は、乱暴だから」 ついさっき、140Kmを出してしまいました。 老婆は、何の問題もありませんでした。 息子は、追い越し車線とは無縁の運転をします。 学生時代に、書籍配送のバイト、 いまも、おそらく仕事で業務用車を乗りまわしているので、 無事故・無違反の安全運転が習い性になっているのでしょう。 八王子料金所が迫ってきました。 「追い越し車線を走ってくれよ」 「なんで」 「ETC専用は、右側レーンだけなんだ」 行きに覚えたばかりの新知識です 「おお、2つもある!」 一般車が大勢並んでいるのに、スイスイ。 「わー、気持ちいいわね」 「ETCって、いいねえ」 「立場がかわると、こうも言うことがちがうものかねえ」 オトーサン、 「首都高は、順調に流れているかなあ」 息子が交通情報をつけます。 「三宅坂を頭に渋滞4Kmか、のびてるなあ。 さっきは、3Kmだったのに」 30分以上、遅れました。 「木場で出ろよ」 「枝川のほうが近い」 息子が言い張りました。 勤務先が近いので、縄張り意識が働いたのでしょうか。 「あれっ、枝川がない」 そんなことで、湾岸道路の有明へ。 観覧車やフジテレビのビルがみえます。 「おい、そこ右折じゃないのか」 右折しそこねて、青海まで。 渋滞で、まったく身動きできなくなりました。 「何で、こんなに混んでいるんだ」 幸い、老婆は、ノロノロ運転にも耐えています。 オーバーヒートもしません。 そのとき、息子がうれしそうな声をあげました。 「そうか、ここでやってるんだ! 一度、行ってみたかったんだ」 オトーサン、 この2日間で、 こんなに息子のはずんだ声を聞いたのは、 はじめてなので、何事かと周囲を見回しました。 すると、大勢のひとが向かっている先には、 「サザンの勝手に25周年、真夏の...」 とありました。 「ふーん、サザンって人気あるんだ。 でも、わざわざ見に行く気には、なれんなあ」 「そんなことないよ」 と息子が反論します。 「そうよね」 奥方も息子の肩をもちます。 「サザンって、スゴイわよねえ。 25年間も、ナンバーワンであり続けるなんて。 あなたの小さい頃からよね」 「うん」 サザン詣でのひとの群れが途切れません。 ますます、人出が増えてきたような感じです。 渋滞は果てしなく続いています。 「たまらんなあ。何で群れたがるんだ」 「そりゃ、ムリないわよ、何てたってサザンだもの」 「そんなにエライか」 「そうよ」 渋滞で、奥方の気も立ってきたようです。 オトーサン、 ひとりぼやきます。 「オレなんか、勝手に65周年だ。 それなのに、誰ひとり、話を聞きにこやしない...」 そのとき、老婆が言ったような気がしました。 「あたしって、幸せね。 もう余命いくばくもないけど、 故障続きのおかげで、話題にしてもらって」


47 老婆、最後の審判

オトーサン、 帰京することになって、 「東名にするか、中央にするか」迷いました。 東名は、大型トラックが多く、事故多発地帯。 老婆が、いつ事故に巻きこまれるか、 老婆が、いつ故障するか。 そのリスクを勘案すれば、中央道にすべきです。 「でも、雪が降るかも」 一晩中、悩んでいました。 その結論が出たのは、名古屋料金所の手前。 右にいけば、東名。 左にいけば、中央道へ。 晴天、 冬の日差しの強さに勇気づけられたのでしょう。 「よーし、東名で行こう」 オトーサン、 猪瀬直樹さんの「道路の権力」を 読んだばかりなので、第二東名には興味があります。 「フーン、これがそうか、大工事だなあ」 豊田ICから豊川ICあたりまで、 その巨大な構造物が見えます。 「こんな無駄遣いやめろ」 「最高速度140kmか、一度走ってみたいなあ」 そんな思いが交錯します。 小1時間で、浜名湖SAへ。 海面が、キラキラ輝いています。 「なつかしいなあ。 ここで、ウナギでも食べるか。 うな丼1000円か」 でも、行列が長いので、空いている浜名亭へ。 ここは、空いているものの、 何でもお値段は高め。 「ファミリー企業が甘い汁を吸ってるためだろう」 一番安い、イクラ丼が1200円。 でも、これが冷めていて、おいしくありませんでした。 オトーサン、 計画を練ります。 「次は、静岡で休憩、その次は御殿場だ」 1時間毎に休憩をとれば、そう疲れが溜まることもないでしょう。 ところが、道が空いているので、 静岡付近の日本平SAも日本坂SAもパスし、 海に面した由比SAも混んでいるので、パス。 一気に、足柄SAへ。 ここには、レストインがあります。 640円を払って、お風呂に入ります。 ここは、もう10年以上前になりますが、 何度も利用しました。 簡素なベッドに1泊し、 早朝出発して、混む前の首都高へという使い方。 今回は宿泊しないので、 部屋のなかは分かりませんでしたが、 お風呂のほうは、見違えるようにキレイに改装されています。 「やあ、誰もいないな」 カラスの行水です。 風呂上りの森林浴もオツなもの。 老婆も快調だし、言うことなし。 オトーサン、 「首都高は、渋滞13Kmか」 予想通りでしたので、瀬田で降りて、環八へ。 おなじみのエッソで給油。 「満タン!」 ここ、ハイオクが102円!なのです。 「あれっ?すごい燃費だ」 ざっと計算すると、リッター15Kmは出ています。 老婆の高速燃費は、13Kmなので、これは驚きです。 「年老いて、意気盛ん。言うことなし。 5万キロ超えたけど、あと3年乗るか」 奥方は、もうグートが保証してくれないので、 プリウスに替えたらというご意見です。 「リッター35Kmでしょ。 定年後は、生活を切り詰めなければならないから、 維持費が安いほうがいいわよ」 「燃費はいいけど、スタイルが疑問だよなあ。 それに、トヨタは、すぐモデルチェンジするからなあ」 とくに、ハイブリッドは、技術進歩が激しいのです。 あつという間に、いまの新型がバカに見えるようになるでしょう。 オトーサン、 例のごとく、徳大寺有恒さんの 「間違いだらけのクルマ選び」の最新号を熟読しました。 次にクルマを買うとすれば、 ・カー・オブ・ザ・イヤーを取ったスバルのレガシー6気筒。 ・ホンダのアコードか、オデッセイ。 ・トヨタのハイブリッドのプリウスか、欧州戦略車アベンシス。 ・プジョー206か、307。 ・ルポGTI 「買うとなると、こんなところかなあ。 いずれも帯に短し、襷に長しだなあ」 とても、なけなしのお金を投じる気になれません。 オトーサン、 「そうだ、グートに寄ってみよう」 グートは、エッソのすぐそばなのです。 クリスマス・セールの最中。 「へえ、クルマがびっしりだ」 ワーゲン系が大多数ですが、 ベンツ、BMWがそれに次いで多く展示されています。 「ベンツのSLKか。でも、2人乗りだろう」 「BMWのZ3クーペ。288万円。これも2人乗りだ」 「ジャガーか。448万円もする」 「チェロキーか」 「ランドローバーねえ」 「VWトゥアレグか、いいなあ。640万円もするんだ」 成田さんが挨拶にきました。 「お久しぶりです。今日は?」 「老婆なら、元気だから安心してください」 先手を打ちました。 「...そうねえ、老婆を買い替えようかと思って、 査定してくれますか?」 「今度は、どのクルマにされます?」 「いや、まだ決めていないんだ」 「じゃ、査定だけしてみましょうか」 「すぐに終わる?」 「ええ」 査定が出るまで、応接セットで休憩しました。 オトーサン、 また、クルマを見て回ります。 「輸入外車は、大変だけどなあ。 壊れるし、維持費も嵩むし...」 この老婆は、故障の塊で、もうコリゴリ。 アウディも、ご存知のようにタイミング・ベルト破損で廃車。 それでも、国産車にはない何ともいえない味があります。 老婆のしなやかな乗り心地や趣味のよい内装。 アウディの精密機械の堅牢さ。 イギリス、ドイツ、それぞれのお国柄ともいうべき味です。 「まだ体験していない国は、となると... フランス、イタリア、スエーデン....」 アメリカや韓国もありますが、論外。 「ボルボか。でも、丸くなってしまったしなあ」 「プジョー206が、125万円か」 あんなに欲しかったのに、もう気持ちが離れました。 「ルノーは、ないかな?」 ルノーは、いまや日産なので、グートには置いてありません。 「そうねえ、欲しいとすれば、このアルファロメオかなあ」 成田さんがやってきました。 「えー、査定ですが....」 言い淀みます。 「いいよ、結論だけ言ってください」 「おクルマのフロントガラスに、傷がありますので...」 「結論だけ」 「えーと、10万円で...」 オトーサン、 一瞬、青ざめました。 「10万円?50万円じゃないの? あなた、総店長でしょう。 その権限で何とかならないの?」 「すみません。 査定は、本部でやるようになったものですから、 何ともなりません」 買った値段が、確か110万円。 3年で、10万円とは。 まだ、立派に走れるのに、 燃費の最高記録を更新したばかりなのに... 「あ、あ、あ」 オトーサン、 その一瞬間、 死刑の宣告を受けた フセイン元大統領のような気になりました。 あらためて、思い至ります。 「最後の審判の時がきたのだ」 天国に行けるか、地獄に落ちるか。 中古外車では、天国と地獄の双方を体験できるのです。 「まあ、物は考えよう。 死ぬときの予行演習だと思えば、いいか」 これにて、 「私が愛する老婆」の連載は終了いたします。 3年にわたる長い間のご愛読ありがとうございました。


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