小売業における価値創造(1999)
スーパーマーケット再生の方向

1 はじめに
    平成不況が続くなかで、大手総合スーパーマーケットの業績不振が目立つ。
    業界最大手のダイエーは再建中である。99年2月期で2兆9000億円に上る負債
 圧縮のために資産売却を急いでいる。スーパーの多くは、業績低迷ー販管費抑制・人員
 整理ー競争力低下ー業績低迷といった負の連鎖におちいっている。(1)
    それにもかかわらず、2000年6月の大店立地法施行を前に、かけこみ出店を続け
 ている。店舗過剰が一層深刻になるのは確実である。(2)
    平成9年の商業統計によれば、わが国には、総合スーパーが1888店舗、食料品、
  衣料品、住関連の専門スーパーが3万2209店舗もあり、多くが過剰な出店競争を続
  け、慢性的な赤字に悩んでいる。
    このような展望なき消耗戦から脱却するにはどうしたらよいのだろうか。
    本論では、まず、わが国のスーパーの特徴を把握する。米国の模倣が形だけに終わり、
  徹底した顧客志向や価値創造への努力は学びとれなかったのである。
   次に、先行する米国スーパーの動き、とくに食品に参入してきたウォルマートの動き
  を紹介する。そのうえで、優良企業がなぜ「成功の囚人」になったのか、既知、未知の
  理論をベースに、スーパー再生のための新しい価値創造の方法について考えてみたい。
  最後に、電子商取引の発展を視野に入れたスーパー再生の方向を示し、そのためにも
 経営の民主化が大きな課題として浮かびあがってきていることを示したい。

2 わが国スーパーマーケットの特徴
    スーパーマーケットは、1932年ニューヨークでキング・カレンによってはじめら
  れた新業態である。
    食品を扱い、豊富な品揃えと低価格、そして斬新なセルフ・サービスによって顧客の高
  い評価を得て、全米に広がった。
    わが国では、1953年、東京・青山に開店した紀ノ国屋がスーパー第1号である。
    米国のFMI(フード・マーケティング協会)は、次のように分類している。(3)
    (A)コンベンショナル・スーパーマーケット
    (B)エクステンデッド・スーパーマーケット
    (C)エコノミー・スーパーマーケット
    (A)の伝統的なスーパーが、規模が大きくなって(B)に、下層階級対象に特化し
 て(C)になり、3タイプに分れた。
    ダイエーは、1957年、大阪・千林駅前に食品スーパー「主婦の店ダイエー」とし
  てオープンした。その後、大規模化して(B)になり、さらに高度成長の波にのって、
  衣料品、家電など幅広い品ぞろえをするようになった。そこで、GMS(ゼネラル・マ
  ーチャンダイジング・ストア)とも呼ばれる。
   しかし、米国のGMSは、耐久消費財や日用雑貨は扱うが、食品は扱わないので、ダ
  イエーは、厳密にいえば、GMSではない。ダイエーの旗艦店・津田沼店の売場面積は
  2万9334平方メートルもあり、むしろ百貨店に近い。(4)
   発足当初から、ダイエーは価格破壊を標榜して(C)を狙ってきた。
   しかし、わが国では、中流階級が多いので、米国の(C)タイプのスーパーのように
  下層階級に絞り、品質を落として安売りするまで徹底できなかった。食品専門にも徹し
  切れず、(A)にも(B)にも(C)にもなれなかった。国際的にみると、特異な存在
  ということになる。(5)
   大衆商品を大量に仕入れ、大量に販売する、そのために規模の利益を求めて標準店を
  大量に出店していく。ダイエーほど全国展開できず、ナショナル・チェーンになれなか
  った企業が、リージョナルやローカル・チェーンになっている。 (6)
    勿論、関西スーパーのように(A)の食品スーパーに徹して、新鮮な生鮮食品の提供
  に命をかけてきた企業もある。大阪中央卸売市場から1時間以内の場所にしか出店せず
  に小商圏を守り、生鮮食品のインストア加工や鮮度管理に努力してきた。(7)
   しかし、これは少数派で、大多数は大手総合スーパーの真似をして、巾広い品揃えに
  走り、その結果、メーカーを向いた業種店になり、消費者を向いた業態店には脱皮でき
  なかった。
    商品も価格もサービスもみな同じ。右に倣えで、価値創造とはこれまで無縁だったの
  である。

3米国小売業の動向
    米国ではDS(ディスカウント・ストア)がスーパーに次ぐ市場規模をもっており、
 低価格のワン・ストップ・ショッピングを売り物にして伸びてきた。
  最大手がウォルマートで、99年1月期の売上高は、14兆円に上る。GM、フォー
  ドにつづく第3位。高成長を続けているので、21世紀初頭には世界一になる。
    その秘密は、エブリデイ・ロー・プライスである。たまに特売をするのではなく、毎
  日安い。同社は、ローコストー低価格ー売上増ーローコストの好循環を実現している。
  98年1月期の売上高に占める販管費の比率は、15.3%。 同時期の大手スーパー
 クローガー21.0%、セーフウエイ22.8%、アルバートソンズ20.4%、ダイエー
 24.6%、イトーヨーカ堂24.5%、ジャスコ26.3%と比べると、ウォルマートの
  販管費の比率は圧倒的に低い。これがエブリデイ・ロー・プライスを可能にしているの
  である。
    同社はDS業態の伸び悩みを見越し、巨大で寡占化の遅れている食品市場に着目した。
    食品は購買頻度も高く、小商圏型であるので、DSにつけ加えれば、一層、ワンスト
  ップ・ショッピングに近づく。そこでDSに食品をプラスしたスーパーセンターという
  新業態を開発した。99年9月末で650店舗、食品スーパーとしても、売上高で第2
  位に躍進した。(8)
  この成功に刺激されて、DS第2位のKマート、第3位のターゲットも食品を取り扱
  いはじめている。
    ターゲットは、「食のファッション化」が切り口である。開拓時代の農家を思わせる
  内装の食品売り場では、「アーチャー・ファームズ・マーケット」というブランド名で
  パスタ、アイスクリーム、高級惣菜を売っている。(9)
  衣料品も、わが国のスーパーでは冴えない売り場の代表であるが、米国のDSでは花
 形売り場になっていて、ターゲットは、ここでもファッション化に邁進している。
  衣料専門店・ギャップや高級百貨店・サックス・フィフス・アベニューで売れている
   商品をめざとく見つけて、5分の1以下の価格で提供する。
    キッチン用品もファッション化させた。ポストモダンの建築家に依頼して「グレーブ
  ス・デザイン・コレクション」を開発した。安くてセンスがよいので、好評である。
    これらDS大手の参入は、既存スーパーにとっては大きな脅威である。
    そこで、スーパー業界は、ローコストを実現するためにウォルマートに倣って、相次
  いでECR(効率的な消費者対応)の導入に踏み切った。メーカーと情報を共有し、商
  品企画から生産、流通、販売までのプロセスのムダを省いた。その結果、補充発注を減
  らし、納期遅れ、欠品をなくし、売れ筋商品を増やすことができた。(10) 
    しかし、ウォルマートは、さらに先を行っている。96年から200社の参加を得て
  企業間合同意思決定支援システム(Collaborative Forecasting and Replenishment)
 プロジェクトを推進している。同社は早くから、POS情報を仕入先に公開してきたが
  「過去の情報、先のことは分からない」と相手が思惑で目標数字を立てるのに困惑して
 いた。そこで、目標数字を共有するために、エクストラネット上の電子会議室を利用し
 て合同で計画を立案することにした。仕入先は顧客別の売上計画、ウォルマートはカテ
 ゴリー別の売上計画を出しあって討議する。過去の実績、天候見通し、地域特性、販促
 策などの参考情報も見ながら目標数字を決定する。(11)
    スーパーとしては、DSの攻勢に対抗して巨額の情報システム投資を行うためには、
  一層、規模の利益を追求するしかない。そこでここ数年、合併の動きが加速している。
    97年には、セーフウエイとポンズ、フレッドマイヤーとスミスフード&ドラッグス
  98年には、1月のアルバートソンズとシースルスの合併を皮切りに9件、10月には
  クローガーとフレッドマイヤー、セーフウエイとドミニクス、アルバートソンズとバト
  レイフード&ドラッグの3件というように合併熱は過熱している。(12)  DSと互角に
 戦うには、最後は合併しかないというわけである。
    こうしたなかで、いかにスーパーが小商圏で成立する業態であるとはいえ、小企業が
  生き残るのは容易ではない。
    ウォルマートが進出した地域を調査したケネス・E・ストーンは、幾つかの対抗策を
  提案している。高級品や代替品を扱う、専門的分野やサービスに特化する、大型店にき
  た客を自店に誘導するなどである。(13)
    なかでも、食品スーパーのステュー・レオナルドは、成功例である。(14)
    同社は1969年の創業でニューヨーク郊外に2店舗。本店売上高は、全米有数であ
  る。従業員数は1040人。店舗の外観は農家風で、正面には石碑があり、そこには「
  ルール1 顧客は常に正しい。 ルール2 もし顧客が間違っていると思ったときには、ル
  ール1に戻れ」と刻んであり、徹底した顧客志向の経営をしている。
    店内には、市場のようなにぎわいがある。ディズニーランドほど大仕掛けではないが
  ボタンを押すと牛が鳴いたり、牛乳パックでつくった人形の楽隊が天井に近い壁で演奏
  しており、微笑ましい。
    パン工場やミルク工場を併設しているのもユニークである。新鮮な食材が売り物なの
  で、パンやミルクには思い切って広いスペースを割いている。野菜売り場では、ニンジ
  ンやトマトといった色あざやかな野菜が山積みされている。
    家族連れがクルマでやってきて、品揃え、安さ、鮮度に感動しているその表情や仕草
  が、一種のエンタテイメントになっている。繁盛店特有の雰囲気である。
  レジは27ケ所ある。急ぎ客のためのエキスプレス・レジもある。また、優良従業員
 の顔写真が貼り出されている。天井には、大きな手書き文字で商品の場所が書いてある
 ので、商品はみつけやすい。
  ためしに店員にたずねてみると、しょうがないという態度ではなく、うれしそうに案
 内してくれる。ウォルマートの挨拶係に負けない好印象である。創業者の家庭的な雰囲
 気のよさが、そのまま従業員の仕草に出ている。
    スーパーの生命は食品である。購買頻度も高く、形状も産地も製法もまちまちであり
  何よりも安全性や鮮度が要求される。豊かな色彩や香りで売場を彩る。
    したがって、ここで客をひきつけようとすれば、安いだけではなく、品質、鮮度、品
  揃え、そして売り場構成、陳列や照明などきわめて高度のノウハウが必要である。
  ステュー・レオナルドのような食品に命をかけた商人魂に触れると、無機的な売り場
  や無愛想なパートで構成されるチェーン経営とは何だったのかと思わざるをえない。
  帰国して、大手スーパーの食品売り場をみると、葉ものを緑色の棚に置き、青色蛍光
 灯で照らしている。毒々しい色なのに気付かない。無残というほかない。
   このように、米国の小売企業は、創造性豊かな事業展開を行っており、わが国との差
  は、ますます広がっている。

4  価値創造の理論 
イ)価値要素の評価と改善
    発足から半世紀を経過して、スーパーの評価は様変わりした。
  本学の学生による近隣のスーパーの調査結果をみても、その評価は予想以上に悪かっ
  た。(15)  数万点にものぼる商品を扱うので、スーパーは百貨店と同様に、複雑性の罠
 にはまって身動きがとれなくなっているように思われる。
  そこで、原点にもどって、小売業の提供する価値とは何かについて考えてみたい。
  鮮度、清潔さ、安全性など、いろいろな価値が考えられるが、ここでは品揃え、価格
 利便性の3要素とする。(16)
   単純に、よい(+)悪い(-)の2つの評価尺度で表わすと、スーパーの評価は、過去
  と比べると、以下のように変化したといえるだろう。

      表1 価値評価の変化
                     品揃え   価格  利便性
      過去              +      +      + 
      現在              -      -      - 

   このような大きな変化の背景には、CVS(コンビニエンス・ストア)、DS、カテ
 ゴリー・キラー、100円ショップといった新業態の登場がある。
    CVSは、97年には5万店を超え、100円ショップもトップの大創産業は、12
 00店舗、百貨店やスーパーに乞われて出店するまでになっている。
    スーパーにとって、これらの新業態との競合、とくにCVSとの競合は、もはや対岸
  の火事ですまされなくなってきた。顧客のスーパーをみる目はきわめて厳しい。
    品揃えは、CVSの3000点に対し、スーパーは数万点もあって優位であるはずだ
  が、おにぎり、弁当、焼きたてパンなどCVSが次々に投入する新商品に対抗できる商
  品がない。CVSでは手に入らない旬のものやオリジナル商品、少量パック、健康食品
  があるとよいのだが、ない。あるにしても、力が入っていない。(17)
    駐車場が利用しにくく、売り場はどこに何があるか分からない。広さも裏目に出てい
  る。価格は、CVSよりも安いが、DSや100円ショップと比べると高い。
    特売やセールを乱発しているが、安いものは少なく、あっても品物が悪い。
    利便性もCVSのほうが優れている。近くにあって24時間営業、そしてレジであま
  り行列しなくてもよい。スーパーの多くは老朽化しているので、魚売り場など汚いとこ
  ろが多い。照明も暗い。CVSの照度が700ルックスであるのに、スーパーは500
  ルックスと暗い。(18)
    このように、スーパーの提供する価値は低下しており、それが顧客離れと業績低迷に
  つながっているのである。
  小売業全体のなかで、スーパーの位置付けを確認するために、以下の6タイプの価値
  要素の組み合わせをみてみよう。

    表2
    価値評価の3要素中、1つの評価がよい店
                    品揃え   価格  利便性
    A型店             -      -      +   
    B型店             -      +      -   
    C型店             +      -      -   

  A型店は、利便性だけが売り物である。
   その代表は、個人商店である。大したものは置いていないし、値段も高い。昔からの
 つきあいなので、利用してきた。しかし、1982年の172万店をピークに激減して
  いる。スーパーは、この個人商店に代わる形で伸びてきたのだが、その原資がなくなっ
  てきて、これからは、CVSのような手強い新業態と競争せざるをえなくなっているの
  である。
  B型店の代表は、DSやホールセールクラブである。圧倒的低価格で勝負している。
  C型店としては、高級スーパーがあげられる。品揃えの広さや深さがよい。しかし、
  高額である。

    表3
    価値の3要素中、2つの評価がよい店
                   品揃え    価格  利便性
    E型店            +       +      -
    F型店            +       -      +
    G型店            -       +      +

  このタイプには、新たな価値を創造しえた新業態が登場する。
    E型店は、品揃えのよさと低価格が特色の店である。
  ここには、100円ショップや衣料専門店が当てはまる。独自のやり方で価値を創造
 している。例えば、100円ショップは、ネクタイを100円で売るという考えられな
 い商売をする。
  高成長を続けるファースト・リテイリングは、5千円はするフリースを1900円で
 売る。アウトドア用に開発された新素材だが、軽くて暖かいのでふだん着によい。
    色も15種類あって選ぶ楽しさが味わえる。デザイン、生地、縫製も悪くない。低価
 格は、複雑な流通ルートを簡素化し、600万着も発注したからである。
  同社は、米国のカジュアル衣料品専門店ギャップが目標である。ギャップは、定番商
  品は変えないが、他の商品は、6週間で入れ替える。売り場はいつも新しい商品があふ
  れ、新しい季節や流行が訪れてきたという印象を与えることに成功している。(19)
  F型店は、価格こそ高いが、品揃えと利便性がよい。
  これには、CVSがあてはまる。安くないが、近所にあるし、長時間営業で便利。利
   便性の面でも公共料金収受から情報サービスまで多岐にわたっている。
  最近は、ビールを値下げしたり、セールを行うなど価格面でも勝負しはじめている。
    近い将来、価値の3要素すべてにおいて優るようになるかもしれない。
  G型店は、低価格と利便性が売り物の店、例えば巡回販売の八百屋である。品数は限
  られているが、安く、便利である。最近は、ネット販売で、このタイプが増えてきた。
  こうして価値要素の組み合わせをみてくると、それぞれに成功している新業態は、価
  値を創造していることが分かる。

ロ)価値創造を必要とする領域
   わが国の小売業は米国の流通業に学び、そのすぐれた点を採用してきた。
    例えば、ウォルマートブームがはじまると、巻尺で天井高を計り、露出計で照度を測
  定する。天井高は4.5m、温白色の蛍光灯110W、2本を基本とし、照度は平均90
  0ルックス、通路は600ルックス、数年前までは450ー750ルックスだったと報
  告する。(20) 文献に目を通し、参考になるものがあれば、すぐに採用する。HMRや
  SCMという耳慣れない言葉が出てくると、すぐさま導入する。
   こうした思考・行動パターンは、一見、合理的であるが、自分の頭で独創的なことを
  考える能力がその分減退していくということでもある。
    とくにメーカーの営業部門では、この傾向が強い。上手な商売の仕方は分かっている
  顧客だって上手な買物の仕方を分かっている。これまでのやりかたでいけるはずと信じ
  ている。そこで、嶋口充輝は、最小取引単位としての売り手、買い手について、慣れ親
 しんだ既知の状況だけではなく、未知の状況に直面した場合を想定した「営業のマトリ
 ックス」を提示した。(21)

    図1 営業活動のマトリックス
                    売り手
                  既知    未知   
              | ̄ ̄ ̄ ̄| ̄ ̄ ̄ ̄|
            既|  A    |   B   |     A 行動重視型マーケティング
        買  知|        |        |     B 奉仕型マーケティング
        い    | ̄ ̄ ̄ ̄| ̄ ̄ ̄ ̄|     C 提案型マーケティング
        手  未|  C    |   D   |     D ワークショップ型マーケティング
            知|        |        |
                ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
    売り手、買い手ともに既知というAの状況は、少なくなっている。マトリックスの4
 つの問題状況のひとつにしか過ぎない。B、C、Dという新たな状況が出現している
  したがって、売り手と買い手の関係性に焦点を当てた新たな営業戦略を構築すること
 が必要である。
  この問題意識は、すでにみたように新業態や外資との競争局面に入り、また、情報通
  信革命によって急速に未知の領域が増加している小売業にもあてはまる。
  そこで、売り手が提供できる価値をX軸、買い手が求める価値をY軸にとって、既知
  と未知に分けて、価値領域のマトリックスを作成してみよう。
  図2に現在の状況、図3には将来の状況を想定して、対比してみた。
  ご覧のように、図2では既知の領域Aが広いが、図3では未知の領域Dが広い。

           図2 現在の価値領域            図3 将来の価値領域

                 売り手価値                     売り手価値
                既知    未知                  既知   未知
               ______________                ________
              |        |    |            既 |A |    B     |
        買  既|        |    |        買  知 |___|___________|
        い  知|   A   | B |        い     |   |           |
        手    |        |    |        手  未 |C |    D     |
        価  未| ̄ ̄ ̄ ̄| ̄ ̄|        価  知 |   |           |
        値  知|___C___|_D_|        値     |___|___________|
              
    今日のように新業態が実力をつけ、外資も新業態を持ちこんでくると、企業も顧客も
  未体験ゾーンに突入することになる。
    企業が学習するだけではなく、顧客も学習していく状況になってきた。
   東京・渋谷の繁華街にある4階建ての100円ショップにいくと、みな目を輝かせて
  100円商品の探検・発掘作業に専念している。品揃えも充実して、4万点。「30分
  500円の楽しさ」が提供されているのである。大創産業は、まだメジャーと思われて
  いないが、海外ではすでに小物商品のカテゴリーキラーとして知られている。ウォルマ
  ートよりも小物商品分野では買いつけ量が多いからである。(22)
    また、評判のアウトレット、横浜ベイサイド・マリーナに行くと、若者が夢中になっ
  て市価の半値のブランドものに飛びついている。不況はどこへやらという光景である。
    こうした新しい事態における価値領域は、図3のようになるだろう。
    未知の領域であるDが急増し、価値領域の大部分を占めることになる。
    現実が図3のように変化しつつあるときに、スーパーの多くは、図2にある現在の価
  値領域Aに安住している。やっていることは、綻びを縫う程度のことである。
  まさに「成功の囚人」であり、狭い領域に自らを閉じ込めているのである。
    したがって、死活的に重要なのは、既知の領域に安住せず、広大な未知のD領域にお
  いて勝ち残るべくコア・コンピュタンス(中核的能力)を構築することである。
  そのためには、迅速かつ的確なパラダイム・シフトが必要である。
    不思議なことに、成功している元気印の企業のトップほど、そうした危機感や使命感
 が強い。よく学習する企業ほど、既知が増え、未知が減るはずなのに、実際には既知の
 領域が減って、未知の領域が増えてくる。
   GEのJ. ウエルチ会長は、成熟産業に安住していた名門企業をその予知力と実行力
  によって世界有数の優良企業に変えた名経営者であるが、従業員に強烈な危機感を抱き、
  未来に挑戦することを繰り返し求めた。
  「変革を拒む組織は必ず衰退する」
  「企業の究極的な競争における成功は、その企業が学ぶ能力をもち、学んだものを実
 践に置き換えていくことだ」(23)
  小売業では、業績低迷に悩んでいるJCペニーの会長、J. オエストロイカーが、次
 のような発言をしている。
   「 昨日うまくいったことが今日うまくいくとは限らない」
   「 慣れ親しんだルールの多くは、もはや通用しない」(24)
   数年前まで、優れた顧客サービスで神話的存在であった百貨店ノードストロームでさ
 え顧客ばなれに苦しんでいる。店員が顧客データをノートに書きとめるだけでは、急速
 な店舗展開についていけなくなったのである。(25) 
    玩具のカテゴリーキラー、トイザラスも赤字に転落したが、これも顧客が専門店に求
 めるものが、価格からライフスタイルに変わったためといわれる。既存価値の檻に閉じ
 こもって、成功の囚人になった例である。(26)
    負の連鎖に悩むわが国のスーパーは、失敗から学ぶ必要がある。
    もはや既存の価値領域には安住できない。早晩、嶋口のいうように、次のいずれかの
  価値領域に踏み込まざるをえなくなるはずである。
    B領域:コンサルティング(提案型:売り手、既知、買い手、未知)
    C領域:カスタマイズ(奉仕型:売り手、未知、買い手、既知)
    D領域:コミュニケ−ション(ワークショップ型:売り手、未知、買い手、未知)
    まず、B領域は、売り手が、買い手へのコンサルティングを通じて、買い手のニーズ
  発見の手伝いをする活動である。食品でいえば、調理済み食品や惣菜を提供したり、健
  康によいメニューや素材を提案することが考えられる。
    衣料品であるならば、若い世代に芽生えてきたコーデイネーションの提案が有効であ
  ろう。これまで、わが国は1点豪華主義だったが、今後は欧米並みに色、形、素材のコ
  ーディネーションが常識になる。現状は、紳士服を例にとれば、スーツとYシャツとネ
  クタイが別々の売場になっているので、コーデイネートしにくい。
    売り手が新しい目で、売り場や商品構成を再編成すれば、わが国のお父さんたちの休
  日ファッションも見栄えのするものになるだろうし、関連販売で 売り上げも増える。
    このB領域で成功した典型的な例は、ギャップである。
   同社は、89年にリーバイス・ジーンズの販売でスタートした急成長株である。99
 年7月末で2611店舗(うちGAPは1163)に達した。(27)
    品種はさほど多くないものの、何といってもセンスがよい。売れ筋商品の品揃えを思
  いきって強化しているので、店の提案が顧客に的確に伝わる。安いので、気軽にコーデ
 ィネートでき、最新ファッションを目にすると、シーズン毎に買い替えたくなる。
    したがって大量仕入れ、大量販売が可能になるが、特筆すべきは、売れ筋商品の価格
 を思い切って下げていくことである。顧客は、いい買い物をした(Value for Money)
  気分になって、フリークエント・カスタマーになる。(28)
  わが国では無印良品が同じようなやりかたで、しかも衣料品、文具、寝具、キッチン
  用品、自転車というように生活用品全般にコーディネートの幅を広げている。(29)
    C領域は、カスタマイズであるが、一見するとこれは買い手のニーズに対応しさえす
  ればよいので、さほど価値創造は必要ないようにも思われる。しかし、これまでマスと
  して扱ってきた顧客を「個客」としてとらえ、その要望に沿うように、長年のやり方を
  変えるのは、そう容易ではない。
    例えば、単身者が増えてきたので、食品売場でキャベツ4分の1や、ひとり用の鍋物
  の材料一式をパックして売りたいと思っても、なかなかできない。売上減を懸念したり
  仕入先の抵抗を心配するからである。カスタマイズすれば、手間はかかるが、顧客満足
 度や購買頻度があがり、結局、双方の利益になることを粘り強く説得する必要がある。
    さて、次のD領域への挑戦が、もっとも困難な課題である。
    D領域では、売り手も買い手も未知である。ここでは、コミュニケーションが鍵にな
  る。手探りが多い課題を多く含んでいる未知の価値領域にどのように挑戦していくかに
  ついては、以下の節で、少し詳しく検討してみたい。

5 価値創造の方法論
イ)価値創造領域の設定
    模倣は簡単だが、価値創造には時間も労力もコストもかかる。したがって、D領域の
  すべてに一挙に挑戦することは現実的ではない。
    そこで、まず、図4のように顧客層と取り扱い商品のマトリックスを作成して、売り
  手、買い手の双方がコミュニケーションしあう価値領域を絞り込む必要がある。

                  図4 顧客層ー取り扱い商品

                         取り扱い商品
                     青果    精肉     鮮魚
                  _______________
          主婦    |       |        |  A店  |
       顧         |_______|________|________|
       客 OL    |  B店 |        |        |
       層         |_______|_______|_______ |
          若者    |       |  C店  |        |
                  |_______|_______ |_______ |
                                                
    顧客層といっても、性、年齢、職業、学歴、所得、居住地、あるいはライフスタイル
  別など、さまざまに分類できる。ここでは、狙う顧客層には、若者、OL、主婦の3つ
 があると仮定する。
    取り扱い商品は、スーパーでは多岐にわたっている。
  食品スーパーでは、青果、精肉、鮮魚などの生鮮食品や惣菜、日配品、コメ、酒、冷
  凍食品などの非生鮮食品がある。
    総合スーパーでは、これに加えて、非食品分野がある。日用雑貨・家庭品、衣料品・
  身の回り品、薬品、化粧品、文具、玩具、書籍、家電、家具などがある。さらに飲食、
  クリーニング、写真現像、メガネの店がテナントで入っている場合もある。
    ここでは、生鮮食品を例にとって、青果、精肉、鮮魚の3つとする。
    生鮮食品は、鮮度や産地など、スーパーがストア・ブランドとして独自性を確立する
  のに有利な商品である。これまで、総合スーパーは、この面で遅れていたが、西友では
  店舗周辺の農家から野菜を直接調達したり、漁協から近海物を調達する態勢を整備しは
  じめている。 (30)
    そこで、生鮮3品のなかでも、自店がどこにフォーカスするかを決める。
    例えば、A店は住宅街にあるので、主婦向けにいつも新鮮な魚を市場から直送する。
    B店は、オフィス街にあるので、OL向けに色々な種類の野菜サラダを店内加工する。
  C店は、若者向けに輸入肉を量を多目にして安売りする。
    これによって、総花的にやっている場合よりも、A店は、主婦からあの店の魚はいい
  といわれるようになる。B店はOLの、C店は若者の支持を得る。評判が客足を増やし
  遠方からくる客も増え、関連商品も売れて、店に活気がもどり、業績も上がる。
    上記のようなことは、小売業の基本なので、わが社ではとっくのとうにやっていると
  いわれるかもしれない。しかし、現実には全くといっていいほど出来ていない。一例と
 して、わが家に近い駅前の総合スーパーと食品スーパーと八百屋の競合状況を図示する。

    図5 3店の競合状況
                         品揃えの幅                   品揃えの深さ
                      _______________________         ____
     総合スーパー    |_食品_|_非食品__|        |_______|
                     ___________                      _______________
     食品スーパー    |_食品_ |                      |______________|
                      ______                           __________ 
     八百屋          |_野菜|                         |__________________|

    3店は近くにあるので、客の動きが手にとるように分かる。
  常識的には、品揃えがよい総合スーパーが繁盛しているはずである。ところが、繁盛し
  ているのは、八百屋、次に食品スーパー、最後に総合スーパーの順となっている。
    八百屋の野菜・果物は安く、品物もよい。おじさんが威勢よく主婦たちにかけ声をか
  けている。なじみ客には、「おとうさんが出張から帰ってくるの。そんならメロンおご
  りなよ、まけておくから」などどいう。
    よく売れるから、商品の鮮度がいい。顧客が野菜・果物はあそこの八百屋がいいよと
  いい交わすので、店のほうもそれに応えて品揃えを深くしていく。
    食品スーパーは、レジで袋詰めもしてくれる。野菜・果物は八百屋に敵わないが、肉
  や魚は仕入れがいいのか、安く新鮮である。
    それに対して総合スーパーの食品売り場は、いつ行ってもパートがヒマをもてあまし
  ている。大手で衣料や家電がそこそこ売れているから、つぶれないのだろうという評判
  である。取り扱い商品を広げすぎ、品揃えが浅くなっている。みんなの店であろうとし
  て、誰の店でもなくなっている。
    問題の核心は、対象顧客層や取り扱い商品にフォーカスするところにある。
    例えば、業績低迷に悩んでいたJCペニーは、再生のために、漠然と女性一般となっ
  ていた顧客層を35ー54歳の共稼ぎで子供2人、そしてもうひとつの顧客層を35歳
  未満で独身か新婚というようにきわめて細かく設定し直した。
    取り扱い商品も、家電やカー用品から撤退して、アパレルに絞り込んだ。大手アパレ
  ル企業と共同で商品開発を行い、インストアショップを増やして、PB商品で埋め尽く
  した。こうした改革が効果をあげて同社の業績は次第に改善に向かっている。(31)
    わが国でいまや若者に人気抜群の衣料専門店ビームスの秘密は、顧客層を「気付きの
  ピラミッド」としてとらえているところにある。
    (1)もっとも敏感な「サイバー」
    (2)次に敏感な「イノベーター」
    (3)一般層に影響を与えるオピニオン
    (4)アッパー・マス
    (5)その他のマス
    (6)関心のない「レイター/ディスカウンター」
    同社は、全体の数%しかない(1)と(2)は捨て(3)と(4)を自社が狙う顧客
  層としている。(3)を20人も集めれば、次に何が流行し、何をしなければならない
  か分かるという。(32)
    わが国のスーパーは、こうしたターゲット・マーケティングが不得手である。
    最近、スーパーは、百貨店の真似をして流行の専門店をテナントに入れて賑わいを取
  り戻そうとしている。たしかに、専門店は客層も取り扱い商品も絞りこんでいる。しか
 し、どのスーパーも有名店を招致したがるので、低額の賃料を要求され、儲からない。
  しかも、有名専門店ほど自前で店舗展開を図ろうとしているので、この新路線も先細
 りで、救世主にはなりえない。
    同質競争に走るのをやめて、困難でも、自力で専門店のもつ品揃えの深さを追求すべ
  きであろう。

ロ)カテゴリー・マネジメントの徹底
    POSの導入によって小売業では、取り扱い商品についての情報(種類、数量、価格
  販売日や時間)が分かるようになった。
    セブン-イレブンでは、店員がレジで顧客の身なりなどから顧客情報(年代、性別)
  を入力し、顧客層ごとに異なった販促情報をレシートに打ち出している。
    多くのスーパーでは、数万点の商品を扱っているので、POSで把握した情報量が多
  すぎて、もてあましているのが現状である。
    ここは、科学的な方法論のひとつである分類の出番である。
    部門別分類では簡単すぎる。生鮮食品、加工食品、日配品、日用雑貨、文具・雑誌、
  花、衣料・身の回り用品、インテリアといった10程度の大分類では大雑把すぎる。
    そこで、米国では、顧客層と取り扱い商品のベスト・マッチの情報を得るには、部門
  大分類ではなく、中分類にあたるカテゴリーをチェックして、その結果、問題があれば
  小分類にあたる商品アイテムをみるようになってきた。(33)
    食品売り場については、果物、野菜、すし、魚、肉、惣菜、パン、牛乳、乳飲料、チ
  ーズ、バター、ピザ・パスタ、デザート、漬物、練製品、めん類、納豆、こんにやく、
  とうふ、調味料、インスタントラーメン、菓子、缶詰、酒類というように分類する。
    このカテゴリーをどのように設定するかは、迷うところである。
    わが国でも導入がはじまったが、本部員は、店舗の実情を知らず、顧客の視点でみる
  訓練ができていないので、日頃からつきあいのある仕入先の品種分類を流用しがちであ
  る。やはり、難かしくても、そのスーパーなりに顧客の購買行動を分析して、独自のカ
  テゴリーを創造していくことが重要である。
    ウォルマートでは、クルマでくる父親が、紙おむつをビールと一緒に買っていくケー
  スが多いことが分かったので、ビール売り場のそばで紙おむつを売るようになった。
    紙おむつとビールは持ち帰り大型商品という新カテゴリーに属することになる。
    セーフウエイは、仕入先別に並んでいたサラダ・ドレッシングをイタリアン、フレン
  チといったフレイバー別に分類することにした。商品別からライフスタイル別に変える
  ことで、食卓のイメージが沸き、関連販売も増えたという。(34)
    最近、イトーヨーカ堂も同様のことをはじめている。メニュー提案を強化した食品売
 り場の展開である。魚介サラダやトマト・スパゲッティはその一例である。従来は、魚
 と野菜は別の売り場であり、トマトとスパゲッティも同様であった。仕入先別の売り場
 の細分化は、顧客にとって不便だということに、ようやく気づいたのである。(35)
    カテゴリー・マネジメントを有効に活用するため、朝食の開発を例に考えてみよう。
    POSのデータで、年配のひとがおにぎり2ケとお茶を毎朝買っているケースが多い
  ことが分かったとする。売上げを増加させるには、どんな商品を一緒に買ってもらえる
  のか。この問題の解決には、仮設ー検証ー実行という一連のプロセスを繰り返し実行す
  る必要がある。(36)
    高血圧症は、かつて成人病と呼ばれたが、近年は生活習慣病と呼ばれている。患者数
 は3400万人と推定される。塩分の目標摂取量は1日10g以下なのに、13gも摂
  取している。(37)  そこで予防のために薄塩おにぎりを出したが、サッパリ売れない。
    そで関連商品を増やして新カテゴリーを創造することにして、1食ずつパックした和
  食など、幅広く開発した。健康食品の薬くさいイメージではなく、ファッショナブルな
  朝食市場を設けると、売れはじめた。(38)
    価値創造のためには、難かしいが、こうした試行錯誤を許容する姿勢が必要である。
    セブン-イレブンでは、FCチャレンジという制度があって、加盟店がこれはという
  新商品を導入するさい、積極的に発注できるように金銭面でバックアップしている。
  はじめに廃棄を出すことによって蒙る損失よりも、ヒット商品を発見し、じっくり育
 てるほうを優先している。試行錯誤する姿勢を重視しているのである。(39) 

ハ)売り場の再開発
    同じことは、売り場開発についてもあてはまる。
  田島義博は、衝動買いが42%もあるという研究を紹介して、インストア・マーチャ
  ンダイジングの重要性を説き、次のような売上増の算式を提示している。(40)

  ・売上金額=動線長×立ち寄り率×視認率×買い上げ率×買い上げ個数×商品単価

  これをベースに、現代の売り場開発を考えてみよう。
  まず、動線についていえば、スーパーではカートを押して壁にそって移動するコの字
  型の強制動線が伝統的に採用されてきた。長い動線が滞留時間を伸ばし、売上を伸ばす
  と考えたからである。店舗の大型化もその延長であって、20分が35分に伸びるとい
  う単純計算をやってきた。
  しかし、現代の忙しい主婦やCVSに慣れた若者にとっては、それは苦痛以外の何物
  でもない。米国のスーパーでは、ショートタイム・ショッパーのために、短い動線を別
  に用意する試みがはじまっている。広い売り場を2つに区切って、短い動線と長い動線
  の2つを共存させようというのである。
  ダラスのスーパー、トムサムでは、コの字の途中から引き返すショート・トラック方
  式を開発した。ベーカリーやデリからなるインストア・ショップで売場を大きく2分し
  急ぎの顧客は生鮮品売り場を回って、すぐレジに行けるようにした。(41)
  アルバートソンズでは、特売商品をレジのそばに置いている。普通はあちこちに散ら
  せば動線が長くなって売上が上がると思いがちだが、特売商品を入手したあとのほうが
  安心するのか、かえって売り場をゆっくり見て回るそうである。(42)
  また、立ち寄り率や視認率の向上についても、新しい動きが出てきている。
  快適な売り場であれば、顧客はあちこち見て回るので、白木の床にしたり、照明をむ
 きだしの蛍光灯から間接照明に変えたり、壁面や棚の照明を工夫する必要がある。
  棚に商品を詰めこむのではなく、店内に入ったときに売り場全体を見渡せるように、
 陳列棚を低くしたり、壁面や通路の色を変えて、お目あての商品をみつけやすくするこ
 とも必要である。
  また、精算と包装用に店員空間をつくり、顧客が店員に眺められて気詰まりにならな
 いような空間設計をすることも必要である。(43)
  しかし、わが国のスーパーに欠けているのは、平板な売り場を劇的空間に変える技術
 の開発である。
  とくに売り場の顔になる主通路の入り口は、きわめて重要である。
  「顔」とは単なるデザインではない。その店の主張であり、凝縮された主張である。
  アパレル衣料専門店のリミテッドは、ここを「第3ウインドウ」と呼び、置く商品を
 慎重に選び、最高のプレゼンテーション技術を駆使している。(44)
    スポーツ用品専門店のフットロッカーは、ハイテク技術を駆使して、売り場の壁面に
  ドラマティックな画像を提供している。(45)
  ハリウッドの映像技術が売り場を劇的空間に変え、強力な販売促進のブースターにな
 る日が近づいているのである。
  買い上げ率は、買い上げ回数を総視認率で割ったものである。
  ここでの課題のひとつは、表示の工夫である。短いメッセージを的確に伝達させるた
  めの研究がアメリカではなされているが、わが国でも同様の工夫が必要である。(46)
  表示については、価格、賞味期限、添加物、原産地に加えて減農薬や非遺伝子組み替
 え食品といった表示も加わって複雑になってきており、せっかく商品を手にとったのに
 買わないで戻してしまうことが多い。これを単純化して「いま売れています」や「今月
 の売れ筋ベスト10」だけでなく、「安全保証」や「水揚げ24時間以内の魚」といっ
 た店舗側のメッセージを工夫する必要がある。
  以上見てきたように、顧客を意識した売り場の開発がなかなか進まない背景としては
  行き過ぎたローコスト施工が常識だったことが大きい。しかし、今後は新規出店が減り
  既存店の改修が主になるのは確実なので、外観、看板、照明などにもう少しお金をかけ
  れば、個性的な店舗が創造できるはずである。(47)  併せて、売り場の生産性向上をめ
  ざす努力をルーティン・ワークにする必要がある。
  カナダの専門店トリスタン・アメリカは、最新のテクノロジーを駆使して、顧客の動
  線分析を行い、什器類の配置変えをして、購買率を毎年1%ずつ引き上げてきた。(48)
  カテゴリー・マネジメントを中心にすえ、仮説ー実行ー検証を繰り返し、売り場の生
  産性を上げていくことは、スーパーにとって今後の収益改善の鍵になるはずである。

ニ)従業員の活性化
    リストラの過程で、スーパーは店員を減らしてきた。人件費が減れば、収益が目にみ
  えて改善するからである。店員が多すぎて目障りであるよりはいいが、減らしすぎると
  商品がどこにあるか聞けないばかりか、肝心の顧客情報が全く入ってこなくなる。
    こうした事態を改善して活気のある店舗に戻すのは容易ではない。
    すくなくとも、以下の4段階を経る必要があるだろう。
    第1段階は、基本の徹底である。
    本学の学生たちの調査でも、従業員のモラル低下の事例が数多くあげられている。
    駐車場や店の前にゴミが散らばっている。看板が汚れ、蛍光灯が切れかかっている。
    野菜・果物が腐っている。ウソつき商品が多く、輸入牛なのに国産牛と表示してあり
  パックのラップをとると脂身だらけ。鮮魚売り場は異臭を放っていてハエがいるなど。
    これらは従業員のモラル低下のためであり、バックヤードの作業改善が遅れているた
  め忙じ過ぎるためでもある。サックス・フィフス・アベニューでは、商品搬入などイン
  ストア・ロジスティクスの改善に挑戦している。(49)
    売り場活性化のために、対面販売を復活する動きも顕著である。(50)
    しかし、おざなりで声掛けも騒々しいだけ、試食もいつも欠品で不潔。店員は疲れて
  いて、接客の4SであるSMILE(笑顔)、SPEED〈迅速)、SMART(巧み
  な)、SINCERITY(誠実)どころでない状態である。 (51)
  東京のスーパー・オオゼキでは、パートを正社員に切り替えた結果、売り場面積1平
 方メートル当たり売上高でトップクラスになった。レジでも社員がテキパキと働いてい
 て気持がいい。みかけの人件費削減よりも生産性向上を考えるべき時がきている。(52)
    すぐには無理だというならば、せめてパートに責任をもたせる方向に切りかえるべき
  である。山陽ウエルマートのようにパートを店長にしたスーパーもある。(53)
  DSのドンキホーテでは、入社1年未満の店員にも仕入れ権限を与えている。本社は
  情報発信とサポートしかしない。(54)
    これは、スーパーに巣くっているマニュアル経営からの決別を意味する。100年前
  のテイラーの科学的管理論の呪縛から解放されれば、そこには、新しい可能性が開けて
  くるはずである。人間は機械ではなく、理念やビジョンによって感動し、自主的に働く
  存在である。今後は、かれらの創造力が企業の財産になる。(55)
    第2段階は、コミュニケーションの開始である。
   お客様相談室、モニター制度、料理教室など、顧客の声を聴く機会を増やすことが必
  要であり、ジャスコのようにクレーム専門の副店長を置くのもよいだろう。(56)
  顧客と対話することで、商品、価格、サービスの満足度などPOSでは捉えられない
 貴重な情報を得ることができる。しかし、顧客志向がないままでのご意見拝聴は、逆に
 不評を広げかねず、時間と労力のムダになる。
    第3段階は、顧客とのコミュニケーションの高度化である。
    せっかく高い投資をした売り場があって、商品・サービスと顧客が日々接しているの
  だから、これを活用しない手はない。売り場にアンテナを張り巡らし、その情報をもと
  に創造性の火花が散るような磁界を作り出すことが必要である。店の真剣な姿勢が伝わ
  れば、顧客もその気になって、双方向コミュニケーションがはじまる。
    店員がコンサルティングをしてワイン党を増やせば、顧客のほうも猛勉強をして、逆
  に店員にワイン情報を提供するようになるだろう。
    高い水準での双方向コミュニケーションが行なわれるようになれば、他社に差をつけ
  る品揃えの深さや新しいサービスの開発が可能になる。
    第4段階が、双方向コミュニケーションの情報化対応である。
    未来からくる脅威について、早期の準備が重要なのはいうをまたないが、最新技術を
  導入すれば、顧客と双方向のコミュニケーションをより活発化させ、本音も日常的に聞
  き出せることが、はっきりしてきた。
    その一例が、NTTデータが開発した食MAP(食卓マーケティング情報システム)
  である。POSでは売り場の情報しか分からないが、このシステムではバーコード読み
  取り機をつけたパソコン端末を家庭に置き、365日主婦が購入した食材とメニューを
  入力してもらうので、食事の内容が分かる。残念なのは、このプロジェクトに参加して
  いるのが食品メーカーだけということである。本来はスーパーが構築すべきシステムで
  はなかろうか。生の顧客情報をベースにした仕組みをいちはやくつくった企業が競争優
  位を占めるはずである。(57)
    後述するが、ネット上では、個客対応のさまざまな実験がはじまっている。(58)
    スーパーはこうしたハイテク利用のダイナミックな双方向コミュニケーションを強化
  すべきだろう。

6 再生の方向と課題
イ)スーパーの新たな価値領域
    既にみてきたように、ウォルマートはスーパーセンターによって、既存スーパーを脅
  かしてきたが、同社は、従来の半分の規模のネイバーフッド・マーケットを開発し、小
  商圏への進出を図っている。(59)  これに対抗して、スーパーも、大規模化したスーパ
  ー・スーパー・マーケットやディスカウント・スーパー、そしてCVS型のスーパーを
  開発した。(60)
    しかし、情報通信革命によって、小売業は100年に一度ともいわれる転機を迎えて
  いる。スーパーに問われているのは、在来型の店舗革新だけではない。
  米国では、企業間電子商取引は、98年で430億ドル、2003年には1兆ドルに
 拡大するものと予測される。これに対して、企業と個人間の電子商取引は98年で60
  億ドル、2003年で1080億ドルと予測される。(61)
    急ピッチで進展している企業間電子商取引の分野で開発された先端技術が、次々と企
  業と個人間のeリテールに応用されるようになった。ウォルマートにみるように仕入先
  との電子商取引の成果は、値下げやサービスの拡大といった形で買い手に還元される。
   いまや、買物の概念が大きく変わりつつある。買い手は一層ぜいたくになって、コン
  サルテーション、カスタマイズ、双方向コミュニケーションへの要求が高度化している。
    注目すべきことは、買い手主導の状況が誕生しつつあるということである。以下では
  参加型と名づけたが、新しい小売業態が登場してきた。
    プライスラインがその典型である。同社は、航空会社や便名を問わないという条件で
  買い手がネット上で希望価格を提示し、航空券を購入するシステムを開発した。航空会
  社は、空席で飛ばすよりは、収入があればと応じた。ほぼ半額で買え、すぐ返事が戻っ
  てくると好評で、週4万枚の航空券が売れている。
    これに気をよくして、同社は、ホテルの予約や自動車も扱い、さらにニューヨーク周
  辺の600のスーパーを集めて、食料品のネット販売にも踏み切った。
    方法としては、ネットで専用カードを入手する。例えば、ひき肉と入力すると、量を
  聞いてくる。希望金額(半額まで)を入力すると、一分後に、”YES”か、”SOR
  RY”と出る。カートが一杯になったところで、専用カードの情報とクレジットカード
  番号を入力し、買い物リストを印刷する。これを持って、スーパーに行き、レジでリス
  トと買った品物を見せると、カードを機械に通し、大幅値引の買い物が完了する。
    売り手が価格を決めるのではなく、買い手が決めるというところが、ネットならでは
  の画期的な出来事である。(62)
    玉突き現象がはじまっている。買い手が新たな価値創造に突き進み、売り手の変化を
  誘発している。アイディア次第で、個人にも大儲けのチャンスが出てきた。GMやP&
  Gといった大手製造業にも小売業に進出するチャンスがある。勿論、スーパーにも再生
  の大きなチャンスが出てきているのである。
    以下、電子商取引の発展を視野にいれた小売業の新しい価値領域を描いてみたい。
    X軸には、売り手価値をとり、それぞれ企業間電子商取引の発展段階を念頭において
  在来型、ネット取引、eリテールとする。
    在来型は、電子商取引を導入していない状況を指す。ネット取引は、電子商取引を仕
  入先との間で採用している状況を指す。eリテールは、ネットを利用した新しい形態の
  小売取引を指す。
    Y軸には、買い手価値をとり、同様に発展段階を3つに分ける。ハイタッチ、ストレ
  スフリー、参加型とする。
    ハイタッチとは、買い手が人間的なふれあいに価値を置く状況を指す。ストレスフリ
  ーはセルフサービスから発展してきたストレスを感じさせない買物に価値を見出す状況
  を指す。参加型とは、消費者が主導する購買状況を指す。
    また、以上の既知の領域の外縁には、広大な未知の領域が存在している。
    このように想定したうえで、マトリックスを作成すると、図6のようになる。

                         図6 小売業の新たな価値領域

                                  売り手価値
                   在来型      ネット取引     eリテール        未知
                ------------------------------------------------------
               |    A1     |    A2    |      A3      |        |
      ハイ     |ドンキホーテ|ウォルマート|ノードストローム|        |
   買 タッチ   |______|_____  |________|        |
   い          |    B1    |    B2    |      B3      |        |
   手 ストレス | しまむら   |  イレブン  |   アマゾン     |  E1  |
   価 フリー   |___________|__________ |________________|        |
   値          |   C1     |    C2    |      C3      |        |
      参加型   |  生協      |  CUC    |    eベイ      |        |
               |___________ |____________|________________|____|
               |                                           |        |
      未知     |                  E2                     |  E3  |
               |                                           |        |
                 ----------------------------------------------------- 

    試みに、図6に思い浮かぶ範囲で、9つの代表的な小売企業を入れてみよう。
    これはあくまでも、例示であって、領域A1にはドンキホーテだけしか存在しないと
  いうことでも、ウォルマートがA2だけに存在するということでもない。
    各領域には、さまざまな企業が存在し、複数の領域に進出している企業もある。
    さて、A1タイプの代表企業には、ドンキホーテがある。
    すでに指摘したように、現在のスーパーは、あまりにも小奇麗で面白味のない店舗ば
  かりである。効率化、標準化が行きすぎて人間的な触れあいがなくなって、お祭りの夜
  店の賑わいといった商いの原点が見失われている。
    同社の陳列は、熱帯雨林方式ともいわれ、階段にまで商品があふれている。CVSの
  100平方メートル、3000点に対して1000平方メートルに4万点の商品を詰め
  こむ。売り手は、単位面積当たり売上の増加によって、価値を創造している。
    買い手には、とくに若者にはどこに何があるのか分からない夜店気分が受けている。
    コンピュータではなく、トップのカンや25歳の店長の時代感覚が入り混 じって、
  売場はいつもお祭り気分にあふれている。この夜店空間が魅力的である。ゲリラ商法で
  あり、深夜営業の物珍しさも手伝っているで、この活気がいつまで続くかは分からない
  が、ネット取引時代へのアンチテーゼとして独自の工夫をすれば、価値創造も可能であ
  ることを示している。(63)
  A2タイプの代表企業としては、世界一の小売業・ウォルマートがあげられる。
  同社の企業間電子取引は、世界の最先端を行っている。毎分レジを通過する840万
 アイテムもの商品の動きを単品ベースで把握し、データ・ウエアハウスに蓄積し。仕入
 先と共有している。その結果、1日8回も商品の切り替えをしているので、全世界に広
 がる3923もの店舗は、ひとつとして同じものはないといわれる。(64)
  こうしてネット取引では最先端でありながら、買い手のほうに向いた顔はあくまでも
  在来型の人間的なふれあいに徹している。店内に入ると挨拶係がにこやかに出迎える。
    同社では、アソシエーツ(同僚)と呼んでいるが、店員のユニフォームの背中には、
  「うちのアソシエーツは一味ちがうよ」というメッセージが書かれている。いかにeリ
  テールが普及しても、店舗販売はなくならないという自信がそこには感じられる。因み
  に、eリテールの普及限度については、小売総額の10%から25%どまりという予測
  もある。
    A3タイプの代表企業には、百貨店のノードストロームがある。
  同社のサイトにアクセスした買い手は、パーソナル・ショッパーに相談しながら商品
 を決めることができる。そして48時間以内にフェデラル・エキスプレスで宅配してく
 れる。eリテールにおいても、顧客ービスを重視している企業は、ハイタッチを目指す
 という例である。(65)
    B1タイプの代表企業には、しまむらがある。
    郊外型衣料品専門店のしまむらは、25−40歳の主婦向け実用衣料の品揃えと低価
  格で、スーパーから客を奪って、増収増益を続けている。低価格の秘密のひとつは、現
  金払いで完全買い取りを行っていることにある。総合スーパーが2500円で仕入れる
  トレーナーを2000円で、前者が4900円で売るのを2900円で売る。
    そうしたバイイングパワーのもとになっているのが、同社が開発した独自の手法であ
  る「移送」である。どの店舗でも、商品の売れ残りは発生する。通常は返品するか、値
  下げして売るか、在庫処分をするかのいずれかであるが、同社は、この売れ残り商品を
 別の店舗に移送して売り切る。舞台裏では、移送のために、いつでも出発できる配送部
 隊が活躍している。まさに力技であり、在来型を一工夫したものである。
  ところが店舗には、ほとんど店員がいない。無人店舗ではないが、店員の視線に悩ま
  されずに自由に商品選択ができ、ストレスフリーとなっている。(66)
    B2タイプの代表企業としては、セブン-イレブンがあげられる。
    同社では、100坪、3000アイテムという売場の狭さとアイテム数の少なさを克
 服するために、多回配送による補充が行われ、新商品が投入され、死に筋商品を廃止す
 る努力が続けられている。売場空間の絶対的な狭さというハンデを克服するための苦心
 が、企業間電子商取引の分野で同社をわが国でNO.1の存在にしている。
    買い手は、いつも新鮮な商品や必需品があって、さっと買えるという価値を得ること
  でストレスフリーの買い物ができる。
    B3タイプの代表企業には、有名なアマゾンがある。
    同社は、書籍からスタートし、いまでは顧客リストに1100万人を数え、音楽ソフ
  ト、ビデオ、玩具、パソコンソフトと取り扱い品目を増やし、「ネット百貨店」を目指
  している。(67)「WEBのウォルマート」ともいわれ、品揃えの深さではウォルマート
  を凌駕している。(68)
    スーパーで有名なのは、ピーポットである。
    同社は、忙しい消費者にとって食品の買物が苦痛になっていることに着目し、198
  9年に創業された。悪天候、渋滞、駐車難、重い買物袋といった苦痛から顧客を解放し
  た。クリックひとつで、ネットで注文すれば、年中無休、24時間、宅配してくれる。
    鮮度もよく、品揃えも、2万5000品目以上と豊富である。さらに、脂肪分、コレ
  ステロール、塩分などの栄養情報も提供する。過去5回の購買履歴を教えてくれるので
  買い忘れもなくなる。(69)
    ストリームラインは、さらに一歩進めて、顧客のガレージに専用の冷凍冷蔵庫を置き
  生鮮食品を宅配する。多忙な主婦に好評で、3800世帯を獲得、96年の創業ながら
  6月にはナスダックスに上場した。(70)
    C1タイプの代表企業には、昔ながらの生協がある。在来型であるが、買い手が組織
  をつくって、いちはやく参加型にしたのは評価できる。そこで蓄積されたノウハウは、
  今後、ネット取引に生かせるはずである。
    C2タイプの代表企業には、CUCがある。
    同社は、会員を募って買物を代行している。現在は、新車の購入から旅行手配までの
  幅広い分野での情報提供を電話で行っている。割安商品の情報が入手できるので、好評
  で、会員数は4700万人に達している。その背後には、巨大なコンピュータ・システ
  ムやネット取引がある。(71)
    C3タイプの代表企業には、ネット仲介業のeベイがある。
  同社は、レア物のコレクションをしているひとが、インターネットを使えばもっと楽
 に早く品物が集まるだろうと考えたことが発端である。この落札ゲームが評判になって
 売り手と買い手の双方からなるコミュニティが誕生した。好都合なことに、買い手が在
 庫管理から発注、支払いまでをすべてやってくれるので、仲介手数料は小額ですむ。電
  子商取引ならではの新しい価値創造が評判をよんで、現在、常時300万点もの出品が
  あり、会員数は770万人に達しているという。(72)
    さて、図6に9社を例示してきたが、知識革命によって、未知と思っていた価値領域
  の「既知化」が急速に進んでいる。
    図6の未知の領域において、E1(エンタテイメント)、E2(エンバイロメント)
  E3(エンリッチメント)への挑戦がはじまっているように思われる。
    竹田陽子・国領二郎は、情報がコンテンツ(新聞でいえば記事内容)、コンテキスト
 (フォーマット)、インフラストラクチャー(印刷や配送)に階層分化をし、なかでも
  コンテキスト間のブランド競争が激化していると指摘している。(73)
   「 知者は未萌に見る」の諺どおり、領域E3に挑戦しているのが、ヤフーに代表され
  るポータル・サイト企業である。ネット・コミュニティへの入口を確保する競争が激化
  しているのである。
    E2には、金融サービス業、チャールス・シュワッブのように安い手数料と情報のフ
  ルサービスによって「投資環境の提供」を目指す企業が当てはまる。
   あえて予測するならば、この領域には、単なる買い物ではなく「買ってはいけない」
  という情報も含めた買い物環境そのものを提供する企業が出現してくるかも知れない。
    さらに、E1には、CG技術を利用し、買い物の楽しさを極限まで味わわせてくれる
  サイトが登場してくるかも知れない。
    キーワードは、売り手、買い手双方にとって「多様な選択肢」である。
    スーパーは、今後、事業分野として、多様な価値領域を選択できるようになる。
    図6に示した価値領域のどこに自社の事業機会があるのか、自社はどこにコアコンピ
  ュタンスを構築するのか、それは自由な選択に委ねられている。
    そのさい、市場の動きを見ながら追従したり、環境変化に対応するようでは、激動の
  時代に先手をとることはできない。環境を創造するくらいの意気込みが必要である。
    それが出来るのは、べンチャー・マインドをもった企業であり、自由な個人である。
    勝利が誰にでも保証されているわけではないが、創造的破壊や試行錯誤の産みの苦し
  みを楽しみと捉えられるようなマインドが一層大切になってきている。

ロ)トップ組織の革新
    わが国には、およそ37万社の小売業があるが、その頂点に立つ資本金10億円以上
  の企業は338社しかない。いずれも株式会社である。
    有価証券報告書に掲載されている大手スーパーの組織図をみると、複雑である。これ
  では、社内政治に明け暮れて、顧客どころではないという印象を受ける。
    また、株式会社であることを忘れている。
    本来は下図のように、株主総会(立法)、監査役会(司法)、取締役会(行政)とい
  った三権分立になっていなければならないはずである。
    ところが、公表された組織図をみると、株主総会を省略したり、監査役会が隅に置かれ
  たりしている。なかには、会長を取締役会の上に置いている。取締役は、自分が引き立て
  てやったのだから、自分の上に取締役会があるはずがないというのだろうか。
    小売業には、家業から脱皮できず、ワンマン経営や同族経営が続いている例が多い。
    これでは、価値創造の土台になる自由な雰囲気の社風が生まれるはずはない。
    顧客優先をいくら口で唱えても、従業員はトップの顔色をみながら仕事をするように
  なってしまう。 

     図7 トップ組織

                株主総会
                   |
                   |------監査役会
                   |
                取締役会
                   |
                  会長

    ウォルマートのようにトップが実験を奨励し、従業員にはアソシエーツとして接し、
  その提案に素直に耳を傾けるようでなければ、士気はあがるはずはない。(74)
    企業のオーナーは株主であって会長ではない。この事実が意味する重みが、グローバ
 ル化の流れが加速するなかで、明らかになってきた。
    その典型的な例が、情報技術革新の真只中にある銀行である。
  数年前には考えられなかった都市銀行の合併が進んだ。長い間逡巡していたのが、つ
 いに崖から飛び降りる気になったのである。
    金融再編は、取引先の整理・統合という形で、当然のことながら、小売業の再編に波
 及する。誕生するメガバンクは、資本の論理で動くようになる。株の持ち合い解消もこ
 れに拍車をかけるだろう。
  これまでも経営者の交代はあったが、その理由は、勇退・禅譲や不祥事による引責辞
 任が大部分で、株主による解任はなかった。
    しかし、株式市場も、もはや黙っていない。(75)
    有能な経営者がいる企業の株価は上がり、無能な経営者のいる企業の株価は下がる。
    高株価の企業は、莫大な余裕資金をもとに、価値創造に資金を投入できる。
    その投資先は、大店法廃止で自由になった出店を背景にした大量出店攻勢かもしれな
  いし、巨額の情報システム投資や物流センター投資かもしれないし、グローバルな商品
  調達力の強化かもしれない。
    ストック・オプションの採用も考えられる。プロ経営者をスカウトし、手腕を発揮し
 てもらえるような企業が、より価値創造経営に邁進できるからである。
    今後は、いっそう強者と弱者の区別がはっきりとしてくるだろう。
    弱い企業の経営者ほど、明快な戦略を立てねばならない。少ない店舗や資金で対抗す
 る戦略を開発する必要がある。大店法廃止で可能になった開店時間の延長に対応して品
 揃えを時間帯毎に切りかえたり、CVSにはできない独自のサービスで対抗する必要が
 ある。
    急速出店で伸びてきた企業の経営者も安心できない。よほど用心しないと、絶好の買
 収対象になる。経営者が交代すれば、より株高になると判断されるからである。
    既にのべたように、米国ではウォルマートの進出をひきがねにスーパーの再編が起き
 て寡占化が進んでいる。欧州では、もっと寡占化が進んでおり、大手5社が半分のシェ
 アを占めている。(76)
    ウォルマートの欧州での買収攻勢がひきがねになって、フランスのハイーマーケット
 のカルフールは、有力食品スーパー、プロモデスを合併し、ウォルマートについで世界
 第2位の規模になった。(77)  同社は、2000年末に千葉の幕張に出店する。米国最
  大のホールセールクラブ、コストコも同時期に幕張に2号店を出す。いずれもジャスコ
  本社の目の前である。(78)
    このようにアグレッシブな国際企業との競争が、待ったなしになってきた。わが国の
 小売業は、外資との本格的競争という未体験ゾーンに突入しているのである。
    わが国だけが、大店法に守られて、内向き体質でやってこられたが、もはや、それも
  過去の話である。早晩、銀行で生じたような劇的な合併が進展することが予想される。
    今後、経営者には、自社をどのような方向に導いていくのか、株主価値の増大戦略に
  ついて、経営のプロとしての明確な説明責任が発生する。
  企業運営の透明化・正常化・民主化が急務である。
    会長が欧米のようにCEO(最高経営責任者)として、洞察力を駆使して長期の戦略
 (価値創造の方向づけ)を立案し、社長はCOO(最高執行責任者)として日常業務を
 指揮するといった役割分担の明確化も必要であろう。
   いまこそ、価値創造経営が必要である。その推進力である経営者のありかたの革新が
  急務になっている。

7結び
  以上、駆け足で、わが国スーパーマーケットの再生の方向について検討してきた。
  現在おちいって負の連鎖から抜け出すには、正確な現状認識が必要であると考えて、
 小売業の提供する主要な3つの価値(品揃え、価格、利便性)について新業態と比較し
 てきた。
  この過程で判明したのは、新業態は、それぞれ何らかの価値創造の努力をしているの
 に対して、スーパーは過去の栄光に安住して「成功の囚人」になっていたということで
 ある。商売を熟知しているという「既知の罠」にはまり、未知の価値領域に挑戦する気
  概を喪失していたのである。
  そこで、未知の価値領域に挑戦するためには、まず、どの価値領域にフォーカスする
 のかを決めたうえで、カテゴリー・マネジメントの強化、売り場の再開発、そして従業
  員の活性化が必要と考えて、米国を中心に最新のさまざまな事例を紹介してきた。
  再三触れてきたように、米国の小売業は、世界でもっとも変化が激しい産業のひとつ
  である。そこでは、顧客志向の徹底や従業員満足度向上のために、絶えず価値創造の火
  花が散っている。その変化の最前線が、電子商取引である。
  21世紀の小売業は、電子商取引をベースに、品揃え、価格、利便性、いずれの価値
 をとっても従来の店舗販売を凌駕し、さらに新たな価値創造を争うことになるだろう。
  この競争の勝者は、米国の物真似でなく、自分の頭で考え行動する知的なアソシエー
  ツたちが多数存在する企業である。経営者には、かれらがいきいきと活躍できる企業風
  土を創造する任務がある。
  そのためには、まず、「経営の民主化」が急務である。
  情報通信革命は、知識に価値を置いている。小売のすべての領域において、急速に未
 知は既知になり、さらにその前方には、未知の領域が広がる。
  こうした新しい状況に対応できる意識・組織改革が急務である。            (完)

参考文献・サイト
(1)「百貨店・スーパー大整理に突入」週刊ダイヤモンド 1999.6.5 P.39−47
(2)「スーパーは出店より売り場面積縮小を」日経ビジネス 1999.11.1
(3)鈴木豊「小売業 新業態革命」日本実業出版社 1997 p.148ー150
(4)日経流通新聞編「流通経済の手引き2000」日本経済新聞社 1999 p.290
(5)安土敏「日本スーパーマーケット原論」ぱるす出版 1987 p.58ー61
(6)渥美俊一「チェーンストア経営の目的と現状」実務教育出版 1986 p.18−20
(7)石原武政「新業態としての食品スーパー」(嶋口充輝、竹内弘高、片平英貴、石井淳蔵
  「営業・流通革新」収録)有斐閣 1998
   西山進「スーパーマーケットに夢をかける男」商業界 1997 p.110−114
(8)青木英彦「ウォルマート」グローバル投資 No.97-70 1997.7 
(9)「米ターゲット 躍進する高級DS」 日経流通新聞 1999.8.24 
   「米小売業、PB商品強化」 日経流通新聞  1999.7.13
   「DSと生鮮の複合店」日経流通新聞 1999.5.11
(10)青木英彦「上位集中が加速する米国小売業界」グローバル投資 No.99-4 1999.1
    p.20−32
(11)「ウォルマートのCFERのプロジェクト」http://www.cio-cyber.com/pj/ec2/
    Back/no03.html
(12)前掲論文(10) p.32
(13)ケネス・E・ストーン、渡辺俊幸訳「超大潟店とどう戦うか」ビジネス社 1997
    p.130−131
(14)波形克彦「勝ち抜くチェーンストア」1998  p.105−111
(15)佐々木亨「スーパーへの要望」 http://opinion.Nucba.ac.jp/~sasaki/super.html
(16)ロバート・B・タッカー、井関利明、諏訪晴美訳「価値革命への挑戦」
    TBSブリタニカ 1997 p.21−24
(17)おおやかずこ「食卓からのマーケティング」柴田書店 1997 p.164−167
(18)波形克彦「小売革命」産学社 1998 p.194
(19)「外資系攻勢強める」日本経済新聞 1999.1.1
(20)内田武之「米国カテゴリーキラーの販売革命」産能大学出版部 1998 p.84
(21)嶋口充輝「顧客満足型マーケテイングの構図」有斐閣 1994 p.208−215
(22)「進化する小売の成功法則」週刊東洋経済 1999.10.23 p.48−51 
(23)「学ぶ企業が勝者」 日本経済新聞 1999.10.29 
(24)「業績低迷、変革の糧」日経流通新聞 1999.10.21
(25)「米 百貨店ノードストローム」日経ビジネス 1999.5.3
(26)「カテゴリーキラー役割終える」日経流通新聞 99.4.6
(27)ギャップ http://www.gapinc.com/performance/news_releases
(28)桜井多恵子「新しい売場構成」実務教育出版 1994 p.5−7
(29)「進化する小売の成功法則」週刊東洋経済 1999.10.23 p.30−31
(30)ジュディス・コースジェンス、マーセル・コースジェンス、青木高夫訳
   「ストア・ウォーズ」同友館 1998 p.153−154
  「西友が生鮮食品部門改革」日経流通新聞 1999.2.9
(31)「JCペニー 総合スーパー再建が始動」日経流通新聞 1999.7.26
(32)「衣料専門店ビームス 時代を半歩先行し躍進」日経流通新聞 1999.6.22
(33)西山利宏「カテゴリーマネジメント」ダイヤモンド社 1998  p.46ー50
(34)青木英彦「米国小売業インタビューノート」1998.5.7   p.27
(35)「メニュー提案を強化」日経流通新聞 1999.10.14
(36)国友隆一「セブンーイレブン流心理学」三笠書房 1999 p.99
(37)公衆衛生審議会答申「生活習慣に着目した疾病対策の基本的方向について」
    http://www.mhw.go.jp/search/docj/shingi/1217-1.html
(38)「高齢者が食べやすい食事 パックや宅配で手軽に」日経流通新聞 1999.5.28
(39)前掲書(35) P.223−224
(40)田島義博「インストア・マーチャンダイジング」ビジネス社 1989
    p.56、62−66、
(41)内田武之「米国カテゴリーキラーの販売革命」産能大学出版部 1998 
    p.89ー90
(42)西山和宏「カテゴリーマネジメント」ダイヤモンド社 1998 p.209−210
(43)馬渕哲、南條恵「続・入りやすい店、売れる店」日本経済新聞社 1997 
    p.114ー115
(44)桜井多恵子「新しい売場構成」実務教育出版 1994 p.227
(45) Ginger koloszyc" Transforming the store" http://www.stores.org/ 
    STORES 1999
(46) David Litwak "Slicing It thin" Supermarket Business
     1999  http://www.supermarketbusiness.com/
(47)「商業施設”箱”から脱皮」日経流通新聞 99.6.3
(48)前掲論文(43)
(49) Karen M.Kroll " ShowTime Program at Sacks improves In-Store 
    Logistics" STORES 1999.5
(50)「スーパー、接客で競う」日経流通新聞 99.6.12
(51)加藤和昭「接客販売の基本」経営実務出版 1989 p.30−31
(52)「オオゼキ 2005年めど店舗数倍増」日経流通新聞 1999.11.2
(53)「パートこそ戦力」日経流通新聞  1999.9.23
(54)「一見無謀な反常識の裏に緻密な計算”夜店”の魅力は組織管理の排除から」
    日経ビジネス 1999.3.22 p.120−122
(55)崔大龍「米国経営学におけるパラダイムシフト」(戦略経営研究vol.24 NO.1)
    1999
(56)「ジャスコが副店長制」日経流通新聞 1999.11.2
(57)「新システム 消費見透かす」日経流通新聞 1999.2.16 
    「食卓は市場創造の泉」日経流通新聞 1999.6.8
(58)「特性に応じ販促策」日経流通新聞 1999.6.17
(59)青木英彦「ウォルマートのSM新業態ネイバーフッド・マーケット誕生」
    チェーン・ストア・エイジ 1998.11.15
(60)青木英彦「スーパーバリュー」グローバル投資 No.97-98 1997.9 
(61)「ネットビジネスの明日を占う」ニューズウィーク 1999.11.10 p.52−53
(62)「ビジネスを変えた3人のカリスマ」ニューズウィーク1999.11.10
     p55
(63)「仕掛けは夜店気分」日経流通新聞 1999.7?
(64)「米ウォルマート、強さの秘密」日経流通新聞 1999.7.13
    西山和宏「カテゴリーマネジメント」ダイヤモンド社 1998  p.206−207
(65)R.スペクター、P.D.マッカーシー、山中鎮、犬飼みずほ訳
   「ノードストロームウエイ」日本経済新聞社 1996  p.214
(66)「しまむら、安さで快進撃」日経流通新聞 1999.9.21
(67)「米アマゾン ネット百貨店を拡大」日経流通新聞 1999.10.10
(68) Julie Landry "Will the Web wilt Wal-Mart?" RED HERRING 
    1999.9.25   http://www.redherring.com/insider/
(69)アーサーアンダーセン「WEB戦略のベストプラクティス」英治出版1999
    p.70−76
(70)「家庭に照準 洗剤や食料品宅配」日経流通新聞 1999.11.23
(71)荒川圭甚、青木輝夫「デジタル流通革命」ダイヤモンド社 1997 
    p.145ー155
(72)前掲(69)p.51−54
   「ネット競売 日本で展開」日本経済新聞 1999.11.20
(73)竹田陽子・国領二郎「プラットフォーム・ビジネスとは」
    http://www.ecrp.org/topic-s/platform/plat-rp.html
(74)ダニエル・グロス、Forbes magazine編集部「創業伝説」日経BP社 1998
    P.214−217
(75)松岡真宏「小売業の最適戦略」日本経済新聞社 1998 p.193
    「はびこる責任なきトップ 機関投資家、義務を放棄」
    日本経済新聞1999.11.7
(76)西村哲「世界的流通革命が企業を変える」ダイヤモンド社 1996 p.7、81
(77)「戦略的M&A、日本にも」 日経流通新聞  1999.9.7
    「世界第2位の企業に 売上高6兆円、9000店舗」1999.8.31
(78)「米コストコ、幕張に出店」日経流通新聞 1999.10.28


表紙へ戻る