小売業における価値創造(2001)
ユニクロの研究



1  はじめに
    平成不況のなかで、百貨店やスーパーマーケットの売上不振が続いている。
    99年に東急百貨店の日本橋店が閉鎖され、その後、阪急百貨店大井店、京都近鉄百
  貨店、そして2000年に入ると、そごうの多くの店舗が閉鎖に追いこまれた。
    スーパーでは、最大手のダイエーの再建が危ぶまれる状況になっており、西友やマイ
  カルも莫大な不良資産の処理に苦しんでいる。そして優良企業のイトーヨーカ堂でさえ
  も2000年8月期の既存店売り上げが9%減となった。
    拙稿「スーパーマーケットの再生」で述べたように、業績低迷ー販管費抑制・人員整
  理ー競争力低下ー業績低迷といった負の連鎖が相変わらず続いている。(1)
    そうしたなかで、最近、専門店の活躍が目につくようになってきた。
    カジュアルウエアのファーストリテイリング、婦人服・子供服のしまむら、衣料・生
  活雑貨の良品計画、セレクトショップのビームス、パソコンブームに乗った家電専門店
  のコジマとヤマダ電機、医薬品チェーンのマツモトキヨシ、ディスカウント・ストアで
  深夜営業が評判のドン・キホーテ、そして100円ショップの大創産業。
    これらの専門店では売上げや利益が大きく伸びている。
    閉店したそごうの有楽町店のあとにビッグカメラが入るなど,専門店が百貨店やスー
  パーの空きスペースを埋めるケースが最近とみに増えている。小売業の主役は百貨店や
  スーパーから専門店に交代しているのである。
    これまで、この「小売業における価値創造」のシリーズでは、百貨店やスーパーマー
  ケットの再生について研究してきたが、今回は、わが国小売業に新風を巻き起こしてい
  る新世代専門店の方向について研究してみたい。
    本稿では、まず、わが国の専門店の歩みを概観する。専門店は、百貨店やスーパーよ
  りも古くからある業態であったが、戦後、スーパーなどに押されて影が薄くなっていっ
  た。その理由をあらためて確認しておきたい。
    次に、蘇ってきた専門店について、それはどのような分野なのか、どのような特徴を
  もっているかについて、最新の売上げや利益のデータをもとに探ってみたい。
    そのなかで目立つのは、ファッション専門店の活躍であり、なかでも、最近、めざま
  しい伸びを示しているのが、ファーストリテイリングである。
    フリースを800万枚も売るなど、同社の躍進は一種の社会現象にまでなっている。
    なぜ、不況のなかで、同社だけが驚異的な売上げや利益の伸びを示すことができるの
  か。現象に目を奪われることなく、同社の歩みをたどり、その常識破りといわれる経営
  手法について充分な吟味を行ってみたい。
    ここから得られたTVC(トータル・バリュー・チェーン)と概念は、古くて新しい
  ものであるが、わが国の小売業が生き残っていくためには、きわめて重要な概念である
  ように思われる。

2 わが国の専門店の動向
    専門店とは何か。通産省の「21世紀に向けた流通ビジョン」によれば、それは消費
  者の特定のニーズへの対応を基本とする業態である。
    「専門店のタイプとしては、商品等の個性的な提供を追求する業態、同一分野の商品
  を巾広く提供する業態、価格面で低価格を志向する業態、価格よりも商品、サービスの
  満足度を重視する業態」とある。(2)
    平成9年の商業統計によれば、わが国の小売店の数は、141万9696店。平成6
  年に比べて、5.4%減となっている。
    業態別の内訳を多い順に並べると、衣料品、食料品、住関連の専門店が断然多く、8
  3万9969店となっている。ついで、衣料品、食料品、住関連の中心店が38万57
  48店、その他のスーパーが12万741店となっている。
    そして、百貨店が476店、総合スーパーが1888店、専門スーパーが3万220
  9店、コンビニエンス・ストアが3万6631店となっている。(3)
    この数字を見れば分かるように、専門店は、わが国小売業の過半数を占めている。そ
  の専門店の数が、平成6年に比べると、9.7%減と、減少傾向が続いている。
    好調なコンビニエンス・ストアが29.8%増、専門スーパーが28.0%増であり、
  不振を伝えられる百貨店でも2.8%増、総合スーパーでも4.7%増であるので、専門
  店の不振は際立っているのである。
    専門店の内訳を詳しくみると、衣料品専門店が12万6383店、平成6年に比べて
  14.3%減となっている。食料品専門店は23万163店(同.7%減)、住関連専門
  店は43万3423店(同、6.9%減)となっている。減少幅でみると、衣料品専門
  店が最も大きい。

    専門店は、百貨店やスーパーやコンビニエンス・ストアよりも、古くからある業態で
  ある。江戸時代には、江戸の越後屋本店のような大店もあったが、それは例外で、露天
  商や出商いが主流だった。勢い扱う品目は限定され、専門店化せざるをえなかった。
    店(見世)の例をあげれば、製薬店、薬屋、米屋、白粉屋、紅屋、紙屋、帳屋、菓子
  店、足袋店、箔屋、漆店、江戸扇子店、茶店、糊屋など多数にのぼる。なかには今日で
  は分かりにくい専門店もあった、帳屋は大福帳を扱う店である。
    出商いは、露天商よりも専門分化しており、醤油売り、塩売り、漬け物売り、唐辛子
  売り、煮豆売り、新粉細工、飴細工、鰻蒲焼き売り、甘酒売り、松茸売り、枇杷葉湯売
  り、心太売り、蜆売り、海鼠売り、豆腐売り、味噌売りなど多数に上る。(4)

    このように隆盛を誇った専門店であるが、昭和期に入ると、鉄道の開通に対応して、
  駅前商店街が形成され、そのなかの店として生れ変わる。しかし、その後、百貨店やス
  ーパーといった欧米から輸入された新業態の登場とともに衰退に向かった。
    百貨店は、数十万点もの商品を揃えて繁華街の中心地に出店し、マグネットのように
  専門店から客を奪った。それでも、百貨店は店内に専門店を誘致し、いくらかは共存共
  栄を図ってくれたが、スーパーはモータリゼーションにのって、郊外の幹線道路沿いに
  多店舗展開し、専門店から客を奪った。顧客はクルマが便利なスーパーに行き、駅前の
  商店街は壊滅的な打撃を受けた。大規模小売店舗法もスーパーの進撃をはばむことはで
  きなかったのである。

    しかしながら、百貨店やスーパーがバブル期の過剰投資や組織の硬直化、さらに不祥
  事などが重なって、構造不況業種といわれるようになっているなかで、好調に業績を伸
  ばす専門店が現れている。
    専門店再生の方向は、大別して4つある。
    第1は、家業を継いで伝統の品物を売り続けるというものである。大規模化は避けて
  時代にあった工夫をこらし、なじみ客を大事にして、地元密着を狙う方向である。和菓
  子屋や呉服屋などのなかに成功例を見ることができる。
    第2は、若い世代が優れた感性を駆使して、自然、環境、グローバル化、癒しといっ
  た時代の気分を先取りし、ライフスタイル提案という形で店づくりをするものである。
  無印良品のようにファッションや雑貨の店に成功例が多い。
    第3は、大型専門店を目指す方向である。かれらは、モータリゼーションに対応して
  ロードサイドに出店し、チェーン化を徹底した。
    住宅用品、紳士服、家電、スポーツ用品、AVやゲームソフト、靴、玩具、眼鏡、そ
  して自動車販売店などがそれで専門とする商品については、豊富な品揃えを行い、低価
  格で、しかも丁寧な応対やサービスで顧客の信用を得ようとしている。また、そのほと
  んどが大量出店を行っているのも、特徴として上げられる。紳士服の青山や家電のコジ
  マがその好例である。(5)
    第4は、SPA(Speciality store retailer of Private label Apparel)である。
  ギャップが86年に名づけたものであるが、トヨタのカンバン方式やデルコンピュータ
  の製造直販体制と同様のものである。この結果、需要に即応する生産体制を築くことで
  在庫や機会損失が減って利益があがる。通常「製造小売業」といわれている。ユニクロ
  や無印良品がその成功例である。(6)
    かれらが、勢いをつけて他店舗展開をはじめたのは、つい最近のことである。その結
  果、「平成11年商業統計速報」によれば、小売店の数は140万7千店と平成9年に
  比べて、0.8%減となっているなかで、専門店の数は92万店と小売店数の65.4%
  を占め、10.7%と増加に転じている。(7)
    これは、好調専門店の大量出店によるものと思われる。
    下表は、専門店の売上高上位15社のランキングである。(8)

              表1 99年度専門店の売上高ランキング

    社名          業態      売上高(百万円) 前年比(%)
   1 コジマ        家電製品     425081     16.0
   2 ヨドバシカメラ    カメラ      340690     19.8
   3 ヤマダ電機      家電製品     332169     36.8
   4 ベスト電器      家電製品     293292     10.9
   5 上新電機       家電製品     260201      8.8
   6 デオデオ       家電製品     219265      7.5
   7 ビッグカメラ     カメラ      210506     22.8
   8 しまむら       婦人服・子供服  200604     14.2
   9 ダイエー       総合DS     180678      ー
  10 ラオックス      家電製品     175560     13.8
  11 チヨダ        靴        171462     ▲4.4
  12 青山商事       紳士服      157293     ▲3.0
  13 マツモトキヨシ    医薬品      155788     23.7
  14 エイデン       家電製品     147837     15.8
  15 アルペン       スポーツ用品   145892     ▲3.2

    この売上高ランキングの注目点を3つあげると以下のようになる。
  1)家電ウォーズ
    パソコンや周辺機器のブームで、家電製品やカメラの専門店がランクの上位7位まで
  を占めている。とくにY2Kといわれるヨドバシカメラ、コジマ、ヤマダ電機は、最低
  価格表示で争い、活発に店舗のスクラップ・アンド・ビルドを行っている。大店法の規
  制下で誕生した500平方メートル未満の小型店舗を大型店舗化している。ヤマダ電機
  はとくに積極的で、今後はパソコン関連商品を手広く扱うために3300平方メートル
  規模の店を標準店舗とし、5年後の売上高で1兆円を狙っている。これら上位グループ
  のし烈な競争のあをりを受けて、第一家電のリストラ実施、ヤマギワ電器のパソコンか
  らの撤退など、脱落組も出てきている。(9)
  2)新勢力の登場
    家電製品やカメラ以外では、売上高の伸び率で、医薬品のマツモトキヨシ(23.7%)、
  婦人服・子供服のしまむら(22.8%)の躍進が目立つ。業界NO.1のマツモトキヨシは、
  明るく買いやすい都市型店舗と女子高校生に「マツキヨする」という言葉を流行させた
  若々しい感覚のTVCFを武器に積極的な出店を続けている。平成12年3月で416
  店だが、2006年には1000店舗を目指している。(10)
  3)多店舗展開の行き詰まり
    それに対して、総合DSのダイクマ(▲11.5%  28店)、靴のチヨダ(▲4.4% 1551
  店)、スポーツ用品のアルペン(▲3.2% 388店)紳士服の青山商事(▲3.0% 683店)
  など、かつて急成長で話題になった企業が伸び悩んでいる。これは従来の郊外型店舗の
  多店舗展開が限界にきたことによるものと思われる。

    次に、売上高伸び率のランキングをみてみよう。(11)

            表2 99年度専門店の売上高伸び率ランキング

           社  名                     業態           伸び率(%)  売上高(百万円)
   1 山洋エージェンシー     100円ショップ 89.0    12757
   2 ドン・キホーテ       総合DS     86.7    45715
   3 大創産業          100円ショップ 75.3    143400
   4 オースリー         100円ショップ 69.7     7333
   5 あめだや          酒類       66.5     1132
   6 スギ薬局          医薬品      49.1    29249
   7 ブックオフコーポレーション 書籍・文具    43.4    13020
   8 ネクストトゥエンティワン  時計・めがね   39.1     1862
   9 サンキュー         家電製品     38.3    78315
  10 ヤマダ電機         家電製品     36.8    332169

    この表からは、最近急成長している専門店が浮かび上がる。
  1)100円ショップの急成長
    スーパーなどでは1000円はするだろうと思う商品が、100円ショップでは10
  0円で買える。当初は品数もすくなかったが、最近では、文具、台所用品、洗濯・清掃
  用品、美容用品、日曜雑貨、園芸用品、玩具、衣料品、食料品など品揃えが充実してき
  た。東京・渋谷にできた4階建ての大型店舗を例にとると、フロアをびっしり100円
  商品が埋めつくしているのは圧巻で、30分も店内を散歩していると、いつの間にか、
  数千円分もの買い物をしているのである。
    業界トップの大創産業の99年度の売上高は1434億円にも達している。売上高の
  推移をみると、95年には233億円であったのが、96年には322億円 (38.1%増)、
  97年は405億円(50.6%増)、 98年は818億円(68.6%増)と売上げはうなぎのぼり
  である。その基本になっているのは、100万個単位での大量発注による強烈なコスト
  ダウン効果である。圧倒的な低価格が消費者に受け入れられた段階で、ダイソーは、オ
  リジナル商品の開発、品質向上、大量出店、大型店化といった新施策を打ち出している。
    それが話題を呼び、さらなる大量生産・大量販売による低コスト化と収益増が可能に
  なり、好循環がはじまっているのである。(12)  

  2)革新的な新商法の開発。
    ドン・キホーテは、従来型のDSが安いだけで、倉庫型店舗で売る商法が飽きられて
  きたなかで、熱帯雨林展示や深夜営業で評判になった。若者がごったがえす店内にいる
  と夜店気分になってくる。スギ薬局は、医薬分業の流れのなかで調剤併設型店舗を先取
  りして、親身になって相談にのってくれる。病気で神経質になっている客は、親切で専
  門的な知識をもった店員の助言に感激する。病院で長く待たされるくらいなら、これか
  らは、この店でみんな相談しようという気になってしまう。個客に安心感を与えるとい
  う新商法である。スーパー大手のジャスコと提携することでも一層の安心感をもたせて
  いる。現在は93店舗しかないが、2010年には1000店まで増やす計画をもって
  いる。(13)
    ブックオコーポレーションも、新商法を開発した。これまで古本屋にいくと、店内は
  カビ臭く、中古書籍やCDを売りたいと申し出るのは気がひけたものである。ところが
  同社では、気やすく買い取ってくれる。気をよくして、清潔で明るく広い店内をみて回
  わると、100円の単行本まで並んでいる。豊富な品揃えと「新品のような古本」に感
  激して、売り手は買い手に回って、売って手にしたお金で本を買ってしまう。これまで
  の古本屋の商売の常識とは、まったくちがうやりかたである。

    この不況期では、これまでのように売上高の多寡が問題ではない。「利益なき繁忙」
  ではいかんともしがたい。将来の飛躍に備えるためにも、利益の確保が重要である。そ
  うした観点から専門店のランキングを見てみよう。(14)

            表3 99年度専門店の経常利益ランキング

            社名                    業態           経常利益(百万円)伸び率(%)
   1 青山商事        紳士服        17304     ▲8.4 
   2 フアイブ・フォックス  婦人服・子供服    17028      15.4 
   3 ヨドバシカメラ     カメラ        16010      25.9 
   4 オートバックスセブン  HC,カー用品    15960      2.4 
   5 ファーストリテイリング カジュアル衣料    14165     124.2 
   6 良品計画        衣服・生活雑貨    13627      51.1 
   7 三城          時計・メガネ     13607       ー 
   8 しまむら        婦人服・子供服    12533      37.5 
   9 コジマ         家電製品       11136      19.3 
  10 ヤマダ電機       家電製品       10245      53.8 

    経常利益で見ると、ファッション専門店が5社ランクインしている。とくに、カジュ
  アル衣料のファーストリテイリングの経常利益の伸び率は124.2%と驚異的である。
    次に経常利益率をみてみよう。ここでもまた専門店のちがった姿が見えてくる。

           表4 99年度専門店の売上高経常利益率ランキング

         社名                        業態              経常利益率(%)
   1 ツツミ          宝飾品        20.5   
   2 三城           時計・メガネ     17.5   
   3 京都きもの友禅      呉服         14.2   
   4 ファイブ・フォックス   婦人服・子供服    13.9   
   5 ユナイテッド・アローズ  紳士服        13.2   
   6 良品計画         衣服・生活雑貨    12.9   
   7 ファーストリテイリング  カジュアル衣料    12.8   
   8 義津屋          呉服         11.8   
   9 大塚家具         家具         11.4   
  10 青山商事         紳士服        11.0   

    経常利益率は、百貨店や大手スーパーの儲け頭のイトーヨーカ堂でも、3%どまりで
  ある。
    それに対して、この表4でみるように専門店の収益率は高く、10位の青山商事でも
  11%となっている。
    なかでも、宝飾品や呉服が上位に3社ランクインしているのが目立つ。宝石や呉服は
  奢侈品であり、思い入れも深いので、勢い高額で買い求めることになり、その分、利益
  率が高いのは当然である。しかし、それを考慮しても、ツツミの経常利益率は高い。
  宝飾品の大手で、首都圏を中心に現在115店舗を展開しているが、企画・現地買い付
  け・製造・販売をすべて自社で一貫しておこなっているので、余分な中間マージンがな
  く、他社と比べて安価での提供が可能になり、それが集客増ー高収益につながっている
  のである。(15)
    この表で注目すべきは、その他はすべてファッション専門店に占められているという
  ことである。7社もランクインしている。ファッションには贅沢品もあるが、良品計画
  、ファーストリテイリング、しまむら、青山商事の扱う衣料品は大衆の生活必需品であ
  る。この不況下では、スーパーでは、衣料品は売れない、儲からないという常識が定着
  しているななかで、なぜ、かれらが高収益が得ているのか、以下では、ファッション専
  門店に焦点をあてて、その好収益の秘密に迫ってみたい。

3 ファッション専門店の動向
    まず、下表をみてみよう。 (16)

              表5 99年度ファッション専門店売上高ランキング

           社名                       業態        売上高(百万円)   前年比(%)
   1 しまむら         婦人服・子供服 200604    14.2   
   2 青山商事         紳士服     157293   ▲ 3.0   
   3 ファイブ・フォックス   婦人服・子供服 122505     7.8   
   4 赤ちゃん本舗       子供服     120415   ▲ 1.6   
   5 良品計画         衣料・生活雑貨 105410    15.1   
   6 ファースト・リテイリング カジュアル衣料 111081    33.6   
   7 アオキインターナショナル 紳士服      72147   ▲ 5.3   
   8 レリアン         婦人服      70490   ▲ 4.1   
   9 鈴丹           婦人服      50859   ▲10.4   
  10 コナカ          紳士服      51482     0.2   

    このなかで注目すべきは、以下の2点である。
  1)売り上げ不振企業は、売上高前年比でみると、婦人服では鈴丹の10.4%減、レ
      リアンの4.1%減が目立つ。紳士服ではアオキインターナショナルの5.3%減、
      青山商事の3.0%減が目立つ。
  2)逆に好調企業は、ファースト・リテイリングの33.6%増、良品計画の15.1%
      増、しまむらの14.2%増が目立つ。

    ここで、紳士服を例にとって、その生産から消費までの流れや、紳士服戦争とその後
  の動きを概観してみたい。

                       図1 紳士服の流通径路

    羊毛の生産ー商社ー紡績会社ー商社ー織物・染色会社ー問屋ーアパレルメーカー・
    縫製会社ー小売店(百貨店、スーパー、専門店)ー消費者

    海外からはるばる原料が運ばれてきて、国内で何段階もの生産・流通プロセスを経て
  ようやく背広ができあがる。その間に多くのリスクが生じるので、分担しあおうという
  のが業界の長い慣例であった。反面、何段階ものマージンが加わるために、どうしても
  高価格にならざるを得ないという問題があったのである。
    例えば、百貨店で5万円で売られる紳士服の費用の内訳は、以下の通りである。(17)

                      表6 紳士服の費用の内訳

   1 羊毛買い付け価格              3000円
   2 保険料・運賃                 500 
   3 生地糸加工費                 400 
   4 生地加工費                  420 
   5 染色料                    820 
   6 1ー5までの流通費用と利益         1880 
   7 生地代                   7000 
   8 裏生地、ぼたん代              2500 
   9 企画費(ブランド、色柄、カット)      3000 
  10 背広加工費                10000 
  11 1ー10までの費用            22500 
  12 アパレルメーカーと小売の流通経費と利益  27500 
  13 合計金額                 50000 

    こうした不合理の打破に挑戦したのが、1974年に創業した青山商事である。
    上にみるように、22500円のものが5万円になってしまう不合理に目をつけて、
  流通経路を短縮した結果、格安スーツが可能になった。それは評判を呼び、79年には、
  アオキインターナショナルが創業するなど多くの追従者が現れた。安値を競って、一時
  は1万円スーツも現れ、「紳士服戦争」といわれた。
    かれらはまた、モータリゼーションの進展に対応して土地の安い郊外地に競って多店
  舗展開を行った。そして、商品と店舗の双方から攻め込んで、百貨店からドル箱であっ
  た紳士服の顧客を奪うのに成功したのである。
    しかし、業界全体で2000店が適正規模といわれるなかで、店舗数は3000店に
  も達した。品質が悪いこともやがて判明して、消費者の低価格スーツ離れが起き、91
  年を境に、郊外型紳士服専門店の売り上げは頭打ち傾向になった。百貨店やスーパーが
  低価格スーツを販売しはじめたことも大きい。そこで戦略を転換して、高機能スーツな
  どで巻きかえしを図ったものの、既存店を中心に売上不振が続いている。
    急激な出店のツケで固定費が増えたことも業績回復の足を引っ張っている。それが、
  青山商事やアオキインターナショナルで経常利益が減少している原因である。(18)
    低価格商品+大量出店=成功という方程式は、崩壊しつつあるのである。

4 ファッション業界の動向

    ファッション業界の花形は、何といっても婦人服である。
    その生産から消費までの流れは紳士服とさほど変わらないものの、素材もデザインも
  品質も多種多様であり、使われるシーンも様々で、奥の深い世界を構成している。(19)
    わが国では、高度成長によってひとびとの暮しが豊かになってくるにつれて、欧米並
  にファッションを楽しむ傾向が強まってきた。
    1970年にアンアン、71年にノンノといった若い女性向けのファッション誌が創
  刊された。華やかな表紙をめくると、そこには戦後の世界のデザインをリードしたのは
  女性らしさを表現したクリスチャン・ディオールやイブ・サンローランであり、女性の心
  と身体を解放することをめざしたココ・シャネルであることが熱っぽく紹介されていた
  のである。 読者はうっとりと遠い世界を夢みた。
    そこに登場してきたのが、レナウン、オンワード樫山、ワールド、東京スタイル、ダ
  ーバンといった大手アパレル・メーカーであった。かれらは、こうした読者層に対して
  それまでの国民服や簡単服とはまったく異なる多彩な婦人服を提供することで顧客を獲
  得し、業績を伸ばし、繁栄を謳歌することになったのである。
    アンアンやノンノは、三宅一生、高田賢三、コシノミチコら、日本人デザイナーのパリ
  での活躍ぶりを取材し、ファッションとは、単に高額舶来品を身につけることではなく
  自己表現であるという主張を紹介した。

    80年代に入ると、消費者の目はようやく肥えてきた。
    熱狂的なDC(デザイナー&キャラクター)ブランド・ブームが起きたのはこの頃である。
    きっかけは、1981年に川久保玲と山本耀司がパリコレクションに参加して評判を
  呼んだことである。
    ビギ(菊地武夫)やニコル(松田光弘)などのデザイナー・ブランドであるコム・サ
  ・デ・モードやパーソンズといったキャラクター・ブランドが若者の支持を得た。
    さらに先端的な若者たちは、インディーズと呼ばれる新進気鋭のデザイナーがつくり
  出したファッションに熱狂した。
    アパレル・メーカーのつくる平凡な大量生産品は見捨てられた。
    しかし、アパレルメーカーは過去の栄光の上に安住し、これらを一過性のブームと見
  誤って、対応策を打つことを怠ってしまったのである。

    80年代後半からは、海外有名ブランド・ブームが起きた。
    とくにジョルジオ・アルマーニ、ジャンニ・ヴェルサーチ、ジャン・フランコ・フェ
  レといった「3Gブランド」 が、高級ブランドの頂点に位置して、憧れの的となった。
    それらは、間違いなく本物であったが、それを買った層はバブル成金が主であって、
  本当に着こなしたかどうかは疑問であった。
    このようにバブル消費には大きな疑問があったが、アパレルメーカーにとっては、お
  いしい話を黙って見過ごすこともない。そこで、かれらはブームに乗って有名ブランド
  のライセンス生産に走ったのである。
    ヴァレンティーノのような有名ブランドと契約して、そのデザイン、色柄、Vマーク
  の商標、縫製技術、製造ノウハウ、マーケティングをパッケージで入手した。
    これは売れ筋商品の合法的コピーである。知名度や名声を簡単に手に入れるという意
  味では、麻薬に手を出すのと何ら変わりはない。 自ら額に汗して際立った特徴をもった
  ブランドを創造しよう、儲けの新しい仕組みを考え出そうとしなかったのである。考え
  たことといえば、相手先が要求する高額のライセンス料をどう値切るかだけだった。
    流通段階においても、同様の手抜きが見られた。
    婦人服は種類も豊富なうえに季節や流行に左右されやすいために、紳士服とは比べも
  のにならないほどリスクが大きい。自らがリスクを取る買い取り契約ではなく、百貨店
  の要請に応えて一定期間内であれば返品を認める委託取引の慣習に安住してしまったの
  である。
    しかし、当然のことながら、5割も発生する返品を考慮して単価を高く設定する商法
  は、バブルの崩壊とともに、消費者に見ぬかれてしまったのである。

    その後の対応はもっと悲惨であった。
    大量の商品が売れ残り、返品に苦しむなかで、かれらは、やむを得ず売れ筋商品だけ
  に絞る政策をとった。これはPOSを導入するだけですむので、簡単なことである。し
  かし、これは、その後の10年間、またしても額に汗して儲けの仕組みを考えぬくので
  はなく、物真似でやり過ごすという業界全体にはびこる悪癖を定着させることになった。
    欲しいものが少ない、服を選ぶ楽しさがない。これでは、先輩たちが長年かけて築き
  あげてきた顧客との信頼関係が壊われて、客足が遠のくのは当然である。売り場の荒廃
  が進み、いまや婦人服売り場は閑散とした在庫品処分場となっている。大手アパレル・
  メーカー、百貨店、テナントの専門店の三者は、共倒れの状況になっているのである。
    もはや贅沢品として高い価格設定が許されず、デザイン、品質、価格のバランスが厳
  しく問われるような時代になっている。それは、アパレルメーカーだけではなく、婦人服
  専門店についても同様である。
    しかし、婦人服専門店は、リストラに専念するあまり、肝心かなめの魅力ある商品企画
  力の強化に真剣に取り組もうとはしなかった。コスト引き下げ努力もしなかった。この
  ために一層の客離れが生じ、先行き不安を招いているのである。
    婦人服専門店がかつての勢いを失ったことは、97年2月の名門・鈴屋の和議申請や
  鈴丹のリストラに端的に現れている。鈴丹は、最近、有利子負債圧縮のために本社ビル
  を売却すると発表している。売上高前年比で大手の鈴丹10.4%減、レリアンの4.1
  %減には、こうした根深い背景がある。(20)

5 新世代専門店の登場
    このように大手の専門店が低迷している間に、急速に業績を伸ばしてきた専門店の一
  群がある。その代表がセレクト・ショップ御三家と呼ばれるビームス、シップス、ユナ
  イテッド・アローズである。
    若い世代のなかには、高い有名ブランドには手が届かない。 有名ではなくてもよいの
  で、自分のテイストにあったブランドを選んで、ファッションを楽しみたいという欲求
  が芽生えてきている。
    97年にファッション雑誌「ヴァンサンカン」にスーパー読者として登場した叶姉妹
  については、評価の分かれるところであるが、異端であることを恐れず、自由奔放に洋
  服を着こなす層が出現してきたことの現われでもある。(21)
    ストリート系ファッション、カジュアルウエアやスポーツウエア、さらに古着を着こ
  なすなど、これまでは奇抜と思われたことが公認され、自己表現が一部の層だけのもの
  ではなくなってきたのである。(22)
    さらには、手づくり1点物ブランドへの欲求も生まれてきた。立川高島屋にある婦人
  服専門店の「ディジー」では、店員ではなく、デザイナーが接客をする。(23)

    とはいえ、一般の女性にとっては、有名人やタレント、あるいは周囲のオシャレな女
  性が着ている服を欲しいと思うのが普通であろう。しかし、ファッション雑誌などをみ
  ていても、あまりに情報量が多過ぎて、限られた予算のなかでは何を買えばよいのか迷
  う。コーディネートしたり、着回しをしようとすると、サイズが合わなかったり、色や
  柄が悪かったりする。いずれにせよ、選択の幅はあるようで、意外に少ない。
    たまに原宿などに行くと、うまい着こなしをしているひとを見かける。どこで手に入
  れたか分からない。 あちこち探し歩く時間的な余裕もなく、しかも流行のサイクルが短
  くなってきているので、せっかく店に行ってみても、置いていないと言われる。
    本来ならば、百貨店や婦人服の専門店がこうした人達を安心させる役割を担っている
  はずであるが、百貨店は有名ブランドやピント外れのブランドしか置いていないし、専
  門店にはごく限られたアイテムしかない。
    そこで、どこかに自分のテイストに合った商品をいいセンスで、手頃な値段で、選ん
  でくれるお店がほしいということになってきたのである。

    それに応えたのが、セレクトショップである。
    はじめはインポートショップと呼ばれていたが、92年頃から女性誌がセレクトショ
  ップと呼びはじめた。背景には、供給過剰や情報過多、世界的にもみても突出してファ
  ッションに関心をもつ若い消費者層の厚みがある。 品揃えの新鮮さ、そして希少性が評
  判を呼び、セレクトショップが原宿、渋谷、代官山といった流行の発信地に雨後のたけ
  のこのように誕生してきた。
    とはいえ、セレクトショップ同士の競争が激化してくれば、当然、優勝劣敗が生じる。
    優秀なバイヤーを抱え、世界中から旬で、しかも値段の張らない商品を調達できるか
  どうかが問われる。
    そのなかから、年商300億円と大手のアパレルメーカーの規模に迫ってきたのが、
  ビームズであり、それに続くシップス、ユナイテッド・アローズである。
    ビームスは「ライフスタイル・ショップ」、シップスは「品格があって、それでいて
  エクセントリックな商品を扱う店」、ユナイテッド・アローズは「10貨店」と、それ
  ぞれ狙いは異なっているが、セレクトショップの強みは、ひとつのブランドがダメにな
  っても、次々に新しいブランドにシフトしていけるという強みがあるのである。(24)
    そして他のセレクト・ショップと差別化するために、大手は、ストア・ブランドの強
  化を狙って、直営大型店を原宿などに出店しはじめている。(25)

    一方で、こうしたメジャー化し、誰もが行くようになったセレクト・ショップに頼ら
  ずに、誰も着ていない服がほしいという欲求も年々高まってきている。それは、同じセ
  レクトショップでも、インポート物に頼らずに、オリジナル商品を中核にすえて勝負し
  ようとしている店である。トゥモローランドやエディフィスがそれで、オリジナル商品
  が6割を占めている。
    この動きを加速したのが、カリスマ店員で有名になったエゴイストである。
    渋谷のファッションビル109は、平日でも若い女性で溢れているが、なかでも超満
  員の店が、このエゴイストである。設立は94年の若い企業であるが、96年に渋谷店
  出店、98年に若い女性をプロデューサーに招き、その感覚を生かした新鮮な商品企画
  と割安な値段、そしてカリスマ店員の採用もあって、一躍有名ブランドになった。同社
  の繁栄の秘密は、韓国で生産し、遅くとも1ケ月後には店頭に新商品が並ぶというとこ
  ろにある。
    百貨店では、通常シーズン外れの商品がいつまでも陳列されているが、エイゴイスト
  では、いつも旬の商品がある。「スピード・マーチャンダイジング」を実現しているの
  である。さらに試着販売も行っていて、店員が売れゆきをみながら、店頭にある商品を
  日に何遍も着替えて、デモンストレーションを行っている。等身大の店員が親身になっ
  て顧客の相談に乗ることも好評の一因になっている。
    同社の鬼頭一哉社長は、アパレルメ−カーのベテラン営業マンであったが、その苦い
  経験から、問題点をすべて解消しようとして、エイゴイストという新しい専門店を創り
  あげた。(26)
    このようにアパレルの世界では、地下のマグマが溜まって、噴火寸前になっていたの
  である。このなかから、噴出してきたのが、ファッション専門店の「新御三家」と呼ば
  れる、ファーストリテイリング(店名:ユニクロ)、良品計画(店名:無印良品)、しま
  むらの3社である。

6 ファーストリテイリングの躍進

    このなかでも、ファーストリテイリングの躍進には目をみはるものがあるので、以下
  では、同社に焦点を当てて、その躍進の理由を探ってみたい。
    同社の前身は、山口県宇部市に1963年に設立されたメンズショップの小郡商事で
  ある。現社長の柳井正が父親の後を継ぎ、カジュアル衣料品チェーン、ユニクロの第1
  号店を開店したのが84年。当時は、地方の小さな衣料品店であった。91年に社名を
  ファースト・リテイリングに変更して、本格的なチェーン展開をはじめた。(27)
    百貨店やスーパーが売上げ不振に悩んでいるにもかかわらず、同社は、表7に示すよ
  うに連続増収増益を続けている。
    2000年8月期の売上高は2289億円、経常利益は604億円である。昨年の売
  上高が1110億円、経常利益は131億円なので、売上高は倍増、経常利益は4.6
  倍である。(28)

    ファーストリテイリングは、表8にみるようにリーダー企業に肉薄している。
    売上高では、2289億円とダイエーの2兆2048億円に遠く及ばないが、経常利
  益では、604億円を稼ぎ出し、セブンーイレブンの1401億円に次ぐ。
    この数字は、優良企業の代表とされてきたイトーヨーカ堂の511億円を抜くもので
  勿論、その他の百貨店や大手スーパーマーケットを凌駕している。
    さらに、目覚しいのは同社の経常利益率である。26.4%は、先に表4でみた専門
  店NO.1のツツミの20.5%をはるかに上回っている。この数字を前にすると、伊勢
  丹の1.2%、大手スーパーの儲け頭であるイトーヨーカ堂の3.4%ですら、影が薄く
  なってくる。(29)
    欧米企業とくらべて、わが国企業の収益水準はあまりにも低い。百貨店や大手スーパ
  ーの経常利益率が3%どまりというのは、かなりの低水準である。これでは、儲けよう
  という意志がないのか、意志はあっても、儲ける仕組みをつくる能力のあるプロ経営者
  がいないのではないかと思われる。

               表8 大手百貨店、スーパーの業績

                                   売上高      経常利益      経常利益率
  高島屋          1兆0210億円 118億円   1.2%
  三越             6757    61     0.9 
  伊勢丹            4108    73     1.8 
  松坂屋            3748    16     0.4 
  ダイエー         2兆2048    11     0.1 
  イトーヨーカ堂      1兆5089   511     3.4 
  ジャスコ         1兆4224   238     1.7 
  マイカル         1兆0810    32     0.3 
  西友             8754    63     0.7 
  ユニー            7740   128     1.6 
  セブンーイレブン     1兆2000  1401    11.7 
  ファーストリテイリング     2289   604    26.4 
        注)2000年2月期、ファーストリテイリングは2000年8月期

    これまでファッション専門店で売上高が2000億円を超えているのは、表5にみた
  ように、しまむらだけであった。
    ファーストリテイリングの2001年の予想売上高は3300億円であり、この達成
  は確実視されているので、しまむらを抜いて、名実ともにNO.1になる。(30)
    専門店業界全体でみると、トップクラスのコジマ、ヨドバシカメラ、ヤマダ電機の3
  社が、表1でみたように、99年の売上高がすでに3300億円を超えているので、こ
  れらには、まだ敵わない。
    経常利益のほうは、この3社が薄利多売で利益水準が低いので、ファーストリテイリ
  ングのほうがはるかに高水準である。専門店NO.1 である青山商事が、表3にみたよ
  うに170億円だったので、これもらくらく抜き去って、名実ともに経常利益で専門店
  NO.1に踊り出ている。 (31)

                  表7 ファーストリテイリングの業績推移

       	         売上高    経常利益    経常利益率   店舗数  1店舗当り売上高
       91/8	   71億円     3億円                    29         2.4億円
       92/8	  143	      9	                       62         2.3
       93/8       250	     21	                       90         2.7
       94/8       333	     27	                      118         2.8
       95/8       486	     45	                      176         2.7
       96/8       599	     45	                      229         2.6
       97/8       750	     55	                      276         2.7
       98/8       831	     63	                      336         2.4
       99/8      1110	    141	         12.8         368         3.0
     2000/8      2289	    604	         26.4         433         5.2
     2001/8予想  3300       800          24.3         513         6.4

    同社は、今後、毎年100店の大量出店計画をもっている。同社のこれまでの出店速
  度は先発の青山商事が1981年から90年までの10年間に、24店舗から277店
  舗まで増やしたテンポよりも早い。(32)
    郊外型紳士服専門店などの先例を見ると、1000店に到達すると、その先は増やす
  のは難しいとされてきたが、柳井社長は「マクドナルドの3000店到達をみて、考え
  が変わった、5年以内には1000店に到達し、将来はもっと増やしたい」と述べてい
  る。3000店舗になれば、1店舗当りの売上げ3億円と堅く見積って、9000億円
  の売り上げとなるので、あながち柳井社長の言う「10年後に1兆円企業を目指す」と
  いうのも夢ではなくなるかもしれない。(33)

    表7で注目すべきは、1店舗当りの売上高の推移である。99年から急激に上がって
  3億円、そして2000年は5.2億円、さらに2001年の予想では6.4億円まで上
  がっている。これは新設店の効果だけではなく、既存店での売上が急増しているためで
  ある。
    昨今の小売業界では、既存店売上の減少が常識となっている。不況の影響、競争の激
  化、そして店舗の老朽化が原因とされている。同社の場合は、まったく異なって、既存
  店売上が伸びているのである。
    2000年8月期の既存店売上は、前年比68.9%と不況下とは思えぬ驚異的な伸
  びを示した。販管費率も21.8%と低く押さえられ、経常利益率もすでにみたように
  26.4%と驚くべき高水準になっている。
    この成功の原因を探るために、同社の施策を年表にまとめてみよう。(34)

                  表8 ファーストリテイリングの経営施策 

    (草創期)
      柳井社長がギャプなどを視察して、カジュアルウエア専門店チェーンの展開を決意
   し、その構想を具体化しはじめた時期である。

    1984  広島市にカジュアルウエア専門店「ユニクロ」1号店出店
          柳井正が社長に就任(45歳)
          ギャップに倣って、SPA化に着手
    1988  在庫管理機能充実のため、全店にPOSシステムを導入
    1989  素材段階からの自社企画商品の開発体制充実のため、大阪事務所を開設
          宇部市に物流センターを設置
    1990  商品情報及び販売情報を自社処理するため、コンピューターシステムを導入

   (導入期)
      ロードサイド型店舗運営の基礎が固まり、株式上場で得た資金で、大量出店が可能
    になった時期である。

    1991  商号をファーストリテイリングに変更(旧:小郡商事)
          企業ミッションを「高品質カジュアル衣料を市場最低価格で提供する。
          そのために低コスト経営に徹し、生産〜販売を直結させる」
          (売価に対し、中国の工場出荷原価が最大で30%、流通部分が70%
          以上なので、これをカットすれば、低価格で消費者に提供できる)’
          大量出店に備えて、ロードサイド型店舗の規模(150坪)やレイアウトを標
          準化
          セルフ販売のため、運営マニュアルを制定
          完全売りきりのため、シーズン中のマークダウンを実施
          初年度からの黒字化を狙う
    1992  すべての店舗をユニクロに統一
    1994  本部機能効率化のため、本社新社屋を建設 
          中島修一(現取締役)、ダイエーから入社、MDを担当
           直営店が100店を超え、年間50店の出店開始
          返品OK制度発足
          広島証券取引所に株式上場
         (初値は1万4900円、130億円を調達)(35)
          デザイン・情報収集のため、ニューヨー市にデザイン会社設立 
          宇部市の物流センターを廃止
          既存店の売上は前期比2%減

   (転型期)
        生産基地・中国の工場管理を強化し、SPA化を進めた。300店到達を機に多
      角化に着手したが、失敗。本業でも既存店の売上げ低迷が続いた。

    1995  商品管理システム導入
          既存店売上は前期比8%減
    1996  商品供給体制確立のため、中国に山東宏利綿針織有限公司設立 
          企画開発〜販売までの一貫システム完成のため、ヴァンミニを子会社化
          8月期の既存店売上は、前期比マイナス7.9%と低迷
          (モノトーンカラー偏重で客離れが響く)
          (マニュアルによる接客の画一化も影響)
    1997  直営店300店を超える
          東証二部上場
          新業態「ファミクロ」と「スポクロ」を開店
          (1年で全店閉鎖し、多角化から本業集中路線に転換)
          高度で効率的な経営を目指し、新社屋を建設
          都心型店舗の一号店を大阪・アメリカ村に出店
          沢田貴司(現副社長)、セブンーイレブンから入社、営業統括を担当
          8月期の既存店売上は、前期比5.2%増。
          (品番拡大で成果、ただし総花化により大量の在庫が発生)
          商品トータル・システムを導入(36)
    1998  8月期既存店売上は、前期比マイナス7.5%と低迷
          (早期のシーズン切り替えや販売期間短縮で機会損失が発生)
          株価は上場以来最安値を記録

   (成長期)
      従来のパターンを捨てて、グローバル企業の経営方式を採用した。経営陣の若がえ
    りを図り、単品をベースにしたマーチャンダイジングと現代的なマーケティングを展
    開することによって大量生産・販売の高収益体制を構築した。

    1998  ABC(All Better Change)改革を宣言
          ABC推進会議を設置
          商品の在庫補充方法、情報提供の方法を変更、品目別から、単品管理へ転換
          本部主導型の画一的・受動的な店舗運営から積極的・能動的な店舗経営へ転換
            店長業績の評価方法を変更
            全国14ブロック毎に店舗経営リーダー、その下に店舗経営リーダー
          東京、大阪に大型配送センターを設置
          中国の生産委託工場を140から40に集約
          東証一部上場
          玉塚元一(現常務)、日本IBMから入社、新マーケティング戦略を推進
          堂前宣夫(現常務)、マッキンゼーから入社、サプライチェーンの再構築を
          推進
          森田政敏(現常務)、伊藤忠から入社、新出店戦略を推進
          首都圏初の都心型店舗を原宿に出店
          プレスルームを開設、ファッション誌などへのPRを実施
          フリースを200万着販売
    1999  SS(スーパースター)店長制度を発足
          生産管理業務充実のため、中国に上海、広州事務所を開設 
          カタログ通販の試験的運用実施
          池袋東口店開店
          1900円のフリースを800万枚販売
          新聞広告キャンペーンを開始、
          期間限定で1280円のセールを行い、店頭にフリースを大量展示
          米国の広告代理店、ワイデン&ケネディ社と提携し、ブランド構築を開始
          (9月に提携解消)
          8月期の既存店売上は、前期比18.9%増
    2000  カタログ通販で通販大手のシムリーと業務提携
          2月の春物商戦で既存店売上が189.3%を記録
          柳井社長、アナリストへの説明会で「2002年に600店で売上3000
          億円。その後、海外展開を開始」と発表
          株価5万円の大台を記録、時価総額1兆円。
          東京・上野毛に小規模実験店(60坪)を開店
          デニム・キャンペーンをスタート
          (品質向上で1900円を廃止し、2900円に統一)
          デニム500万枚、ショートパンツ500万枚、Tシャツ2500万枚販売
          セール価格の不当表示で公正取引委員会が警告
          マーチャンダィジング、マーケティング機能充実と人材確保のため、渋谷に
          東京本部を開設 
          8月期の既存店売上は、前期比68.9%増
          8月期の広告宣伝費は、96億円へ(3年前の倍増)
          海外展開の布石として、英国に子会社設立(2003年までに50店舗)
          百貨店、スーパー、SC、専門店ビル、JR東日本駅に大量出店
          東レと提携し、エアッテック素材を開発、増販へ(37)
          秋冬商戦でTVCFを開始、フリース1200万枚販売を計画
          フリース50色のネット販売を開始

    ファーストリテイリングは、カジュアルウエアを中心に商品を絞り込み、サプライチ
  ェーン・マネジメントを強化し、SPAとして進化し続けている。
    また、フリースを大量販売し、繁華街に大型店を出店し、現代的なマーケティングを
  駆使してユニクロ・ブランドを再構築している。
    さらには、MBAをもった有能な若手を登用し、株価重視経営を行うなど、話題には
  事欠かない。
    表9に、投資から資金回収・調達までのビジネス・プロセス毎に、同社の主要なイノ
  ベーションをまとめた。実に多彩である。

              表9 ファーストリテイングのイノベーション

      投資             1)郊外型標準店舗による投資圧縮
                       2)生産・物流のアウトソーシングによる投資圧縮
                       3) 積極的な情報化投資
                       4)大胆な人材投資
      生産・物流       1)カジュアルウエアへの特化
                       2)海外工場におけるマス・プロダクションの実施
                       3)商品の全量買い取り
                       4)単品管理によるサプライ・チェーンの再構築
                       5)縫製工程などにおける品質管理の徹底
      流通・販売       1)セルフ販売
                       2)返品制度の採用
                       3)店舗主導型の販売への切り替え
                       5)郊外型店舗のS&B(看板一新)
                       4)都市型店舗、大型店舗の出店加速
      ブランド資産構築 1)マス・キャンペーンでライフスタイル提案
	               2)パブリシティ活動の強化
	               3)旗艦店による大量集客
	               4)大量出店による消費者接点の強化
                       5)通販・ネット販売による固定客づくり
      資金回収・調達   1)現金販売による早期回収
                       2)急ピッチの店舗投資償却
                       3)IRの活用による株価重視経営
                       4) 手元余裕資金の活用(将来的にはM&Aも)

    勿論、同社について、成功の反動や将来の成長限界を指摘する声もないではない。
    2000年3月のアナリスト向け説明会のあと、株価が一時低迷したのは、いくつか
  の懸念があるからである。それらは表10に挙げるようなものである。(38)

             表10 ファーストリテイリングの問題点

      1 急拡大の反動
        (フリース・ブームはいつまで続くか)
        (急激な客数増に対応できる駐車場やレジ処理能力)
      2 商品絞り込みや商品企画力への懸念
         (ライフスタイル提案のなさや感性訴求力の欠如) 
      3 価格競争力の相対的低下
      4 都心型店舗進出によるコストの上昇
      5 店舗数増の限界
      6 中国における生産コスト上昇などのリスク
      7 カリスマ経営者の問題
         (後継者問題、資産公開など)
      8 大企業病化の懸念
        (外部人材とプロパー社員とのあつれき、従業員数の増加や勤続年数増による人
          件費の増加)
      9 社会的責任への懸念
        (セール価格不当表示と公正取引委員会の警告という先例)
    10 発表経営への懸念
        (イメージ先行の行き過ぎた株価対策)
    11 海外進出の成否
    12 ギャップやウォルマートなど外資の日本進出の影響
    13 消費者の価値基準の変化
         (アメリカでは、カジュアルからフェミニンなどへトレンドが細分化している)

    同社は現在絶好調であり、人材、資金の両面で有利な立場に立っている。しかも、柳
  井社長は、現状に満足していない。危機意識を強くもち、フラットな組織運営と情報の
  共有化をベースに中長期の課題に次々と挑戦しようとしている。
    中長期的には、海外進出の成否が最大の課題と思われる。ウォルマートやカルフール
  でさえも、海外では必ずしも成功していない。長い助走期間が必要かもしれない。
    しかし、柳井社長は「2003年までに英国に50店舗開店する、成算がある」とし
  ている。(39)
    はじめにアメリカではなくて、英国に進出するのが正しいのかどうか、現時点では判
  断できないが、ギャップなど手ごわい相手の少ない英国で試行錯誤してみようというの
  が、柳井社長の考えであろう。
    ファッション専門店の良品計画がすでにイギリスに10店舗、フランスに2店舗を出
  店しており、それなりの成果を収めている。
    海外進出にともなって、経営陣が手薄になりがちであるが、そうした面にも留意して、
  直面する諸課題を次々と解決していくことを期待したい。(40)

7 トータル・バリュー・チェーンの活性化
    以下では、もう一歩踏みこんで同社の成長の秘密を探ってみたい。
    これまで同社については、急成長によって注目されはじめたのが、ごく最近のことと
  いう事情もあって、フリース800万枚販売など、個々の施策だけがメディアに採り上
  げられ、本格的な分析例は少ない。あばたもえくぼ風の礼賛記事も目立ち、すべてが、
  うまく行っているような紹介がほとんどである。
    表9にまとめた個々の施策のなかで、例えば、投資の1)にある郊外型標準店舗によ
  る投資の圧縮は、青山商事をはじめとする郊外紳士服専門店チェーンが開発した画期的
  な方式である。この功績は、ファーストリテイリングではなく、青山商事の青山五郎社
  長にあり、柳井社長はそれをカジュアルウエアに応用したのである。(41)  
    また、2)の生産・物流のアウトソーシングによる投資圧縮は、アメリカのデルコン
  ピュータのような先行例がいくつかある。
    SPA業態にしても、先行するカジュアル衣料品チェーンのギャプなどから学んだも
  のである。
    柳井社長は、かねてから世界の優れた企業から学ぶと言っている。
    ウォルマートからは経営システムを、マクドナルドからは標準化を、ラバーメイドか
  らは商品開発を、リミテッドからはマストレンドを、マークス&スペンサーからは品質
  管理を、セブンーイレブンからは情報システムを、ホームデポからは人事教育を、そし
  てマイクロソフトからは未来開発力を学びたいとしている。(42)
    これをそのまま受け取ると、同社も、わが国小売業の多くのように海外企業の経営手
  法を安易に模倣しようとしているということになる。
    しかし、柳井社長が他の多くの模倣者と決定的に異なるのは、「原理原則に忠実な経
  営」を目指しているところにある。
    模倣するにしても、同社の模倣は、商品や店舗のみに目を奪われて枝葉末節な個所で
  模倣を重ねている他の小売企業とは異なって、高度な模倣の段階に進んでいる。すでに
  模倣の域を越えて、独創的な企業システム構築に向けて動いていると思えなくもない。

    その一例をサプライ・チェーン・マネジメント(SCM)の導入とその高度化にみる
  ことができる。
    現在、わが国においては、SCMの採用がブームになっている。
    アパレル業界では、大手メーカー各社が着手しているが、生産・物流の体制整備がで
  きていなかったり、供給サイドの論理から抜けだせなかったり、自社に都合のよいシス
  テムを取引先に強要するケースが目立つ。取引先と互いに有利な取引条件をめぐって争
  うのが仕事と錯覚してきたクセが抜けない。どちらかが得をして片方が損をする(WI
  NーLOSE)ではなく、双方が儲かる(WINーWIN)の仕組みを創ろうという心
  構えができていない。
    百貨店でもようやくSCMの構築に乗り出す企業が出てきているが、トップの無理解
  や部門間の争い、情報システムの未整備、そして何よりも顧客志向体質がないために、
  形だけ導入しているケースが多い。
    こうしたなかで、ファーストリテイリングのSCMへの取り組みは、本物である。
    柳井社長が陣頭指揮をして、全社的な課題としてSCMに取り組んでいる。つまり、
  単に「生産・物流ー流通・販売」という部分だけの最適化の問題とは考えていない。
    そうではなく、企業活動のサイクルである「投資ー生産・調達ー流通・販売ーブラン
  ド資産構築ー資金回収・調達」のプロセスをより活性化させるための手がかりであり、
  全体最適化の問題であると正しく理解しているのである。

                    図2 企業活動のサイクル

                     投資 − 資金回収・調達
                      |          |
                  生産・物流   ブランド資産構築
                      |          |
                        流通・販売  

    ここで、図2に示した「企業活動のサイクル」という概念について、触れておきたい。
    この概念はよく知られているものの、現実の企業現場においては、セクショナリズム
  の厚い壁に阻まれて、機能していないのが実状である。
    例えば、生産・物流部門と流通・販売部門の間では、いつも争いのタネがつきない。
    流通・販売部門からは、生産・物流部門に対して、売れるよい商品がない、商品入荷
  のタイミングが悪い、商品情報を丁寧に教えてくれないといった不満が出る。一方、生
  産・物流部門からは、せっかく体制を整備したのに、流通・販売部門は、さっぱり販売
  体制を整えてくれないといった不満がでる。
    このように、双方の部門の面子や利害にとらわれて、イノベーションが進まず、それ
  どころかイノベーションは、組織の和を乱す迷惑千万な提案とみなされたりする。 
    しかし、ファーストリテイリングでは、転型期において業績低迷の原因を追求するな
  かで、「原理原則に忠実」であるならば、この企業活動のサイクルを円滑に回すことが
  何よりも重要であることに気付いて、真正面から、その改善に取り組んできた。
    柳井社長は、ベテラン社員であっても、壁をつくるひとは、不良資産であると言い切
  っている。(43)
    壁を取り払うにはどうしたらよいか。
    全体的・総花的に進めようとすると、ややもするとかけ声倒れになる。ます、身近な
  隣り合わせの部門間の関係を円滑化することからはじめる必要がある。それが一定の成
  果をあげれば、隣の部門と協力しあうことによって、大きな相乗効果をあげることがで
  きることを学ぶことができる。
    解決策は、両部門間の会議を開催すればすむというものではない。問題点を常に提起
  しあい、共同で解決する「仕組み」そのものをつくリ出すことが必要である。
    同社の本質的な新しさは、まじめにひとつひとつ仕組みを再構築していったところに
  ある。
    この仕組みづくりは、今後のわが国の小売業が収益水準を向上させるためには、きわ
  めて重要な試みであるので、以下、体系的にのべてみたい。

 (1)SCMの再構築
    同社は、この活動サイクルのなかで「生産・物流ー流通・販売」プロセスを強化すべ
  く、サプライ・チェーン・マネジメント(SCM)再構築に力を注いできた。
    フリースという商品アイテムでなく、そのサイズ、色などのSKU(Stock Keeping 
  Unit)まで細かくみる仕組みをつくることで、より一層協力し合う体制を構築しようと
  しているのである。百貨店が売り場毎か、せいぜい商品アイテム毎にしか売り上げや利
  益が分からないのとは好対照である。
    特に、絶えざる協力体制を構築しようとしていることは重要である。期末ではなく、
  期中でも何回も変更がきく生産体制、週毎、さらには日毎にでも追加生産しうる体制を
  構築しようとしている。これは店舗と海外工場を直結し、店頭における売れ行きとマー
  ケティング戦略や最新の在庫情報に基づいて製造量を柔軟に変更させることができる仕
  組みを構築しているからである。その結果、欠品も減り、せっかく需要があるのに売り
  そこなうという機会損失も減少してきている。
    今後の課題は、これを土台にして、より一層の的確な需要予測力の向上、需要変動へ
  の対応力、そして売り切る力を組織的に学習することである。こうした努力は、外から
  はなかなか見えないが、同社の強力なノウハウとなっている。

 (2)CRMの構築
    第2弾として、同社は、表8の年表にあるように、99年からこれまで消費者から田
  舎臭いといわれてきたブランドの再構築に乗り出している。
    歌手ユーミンのTVCFや店内販促・VMDとの連動、都心における旗艦店の設置な
  ど、最近、とみに同社の積極攻勢が目立つようになった。
    スーパーでは、最近ユニクロに対抗して、ユニクロで売っている1900円のフリー
  スよりも安く高品質の商品を発売したが、さっぱり売れないという現象が起きている。
    関係者は、きつねにつつまれたような気がしているそうである。
    それは、SCMで創造された価値を消費者と分かち合う総合的な努力がなければ、消
  費者はもはや売り場に戻ってこないという認識を欠いているからである。
    SCMを通じて苦労して創造してきた価値、例えば「安くて品質がよい」を消費者に
  的確に伝達する必要が出てきている。そうでなければ、これまでの努力は売上げや利益
  に結びつかないままに終わる。
    ここで、カギを握っているのが、企業の活動サイクルのなかの「流通・販売ーブラン
  ド資産構築」のプロセスである。ここにおける総合的な価値創造活動がCRM(カスタ
  マー・リレーションシップ・マネジメント)である。
    提供する商品、販売する店舗が正しく評価されるためには、消費者からみた商品やス
  トア・ブランドの価値を上げねばならない。小売店が勝手に価値が上がったと思いこん
  でいてもダメで、消費者に伝わらなければ意味がないのである。
    ブランド認知から購買に至るまでのプロセスを注意深く構築することが必要である。
    それには広告代理店まかせで一方的な宣伝を行うのではなく、企業が経営戦略の中心
  に消費者との間でダイレクトなコミュニケーションの仕組みをつくること、すなわち、
  消費者の心のなかにブランド資産を組み込むためのいろいろな努力が必要になる。
    AIDAMの法則にしたがって、「注目ー興味ー欲求ー記憶ー購買」のプロセスを意
  識して、慎重かつ大胆に顧客関係を構築していくことが重要である。
    例えば、最近、ファーストリテイリングは、JR東日本と提携して、従来型の3分の
  1の規模しかない小型店舗を駅構内に出店している。
    「そんなに狭い店でどうするの?」という疑問もあるようだが、そこではマス広告で
  訴求した絞りに絞りこんだ戦略商品を置いて人目につくようにしている。「注目」と「
  購買」が直結する仕組みをつくりだそうとしているのである。
    また一方、ネットを通じてフリース50色の販売を開始している。(44)
    従来型の店舗では、50色ものフリースを並べるスペースがない。それではせっかく
  マス広告で喚起した「注目ー興味ー欲求」のプロセスが途切れ、「購買」に進まない。
    そこで低コストで運営できるネットの出番である。消費者は、すでに同社のフリース
  の購入体験から安心感をもっているので、忙しいときなどわざわざ店頭に足を運ばなく
  ても、ネットで色を選ぶだけで買い物をすませることができる。しかも、同社は直販な
  ので、卸や小売に遠慮せずに、他社に先駆けていろいろなトライ・アンド・エラーもで
  きる。きわめて安いコストで、ネットを利用して全国の家庭内に自社店舗網を構築し、
  固定客をつくることができるのである。(45)
    このようにいろいろな形で消費者接点の仕組みをつくり、従来の仕組みも再点検して
  できるだけダイレクトにつながるようにすることによって、消費者が「ユニクロ」ブラ
  ンドを認知し、好意を持つという長期的な信頼関係を築くことができる。さらに、潜在
  需要を拡大し、そしてリアルであろうとヴァーチャルであろうと、来店すると、紙袋い
  っぱい買ってくれ、買った後もシーズンになると、ユニクロに買いに行くことを楽しみ
  にするユニクロ・ファンをつくり出していくことが可能になる。
    CRMこそは、フリース800万枚という超大量生産・超大量販売をブームで終わら
  せないために同社が総力をあげて取り組んでいる次の一手なのである。
    SCMとこのCCMの両者は、車の両輪のようなものである。一方だけを高度化して
  も他方がついていけなくては意味がない。逆に、歯車がかみ合えば、加速する。
    同社は、わが国小売業のなかで、はじめて超大量生産・販売の必要に迫られた関係で
  この点に注目し、意識的に成功のサイクルをつくることに取り組んでいるのである。

 (3)SRM
    さて、図2のTVCのモデルにみるように、SCM、CRMに続くプロセスが、「
  ブランド資産構築ー資金回収・調達」である。
    CRMをよりよく機能させるには、そこでせっかく築いたブランド資産をお金に換え
  る仕組みを創造することが必要である。例えば、百貨店は高いブランド資産をもってい
  るにもかかわらず、低い株価にあえいでいる。これではいかにも勿体ない。
    ここに、これまで本業とは無縁と思われてきたIR活動を見直する必要が出てきてい
  る。このプロセスについては、まだ適切な呼び名がないので、SRM(ストックホルダ
  ー・リレーションシップ・マネジメント)と呼ぼう。
    最近は、経済紙誌にファーストリテイリングが採り上げられることが多い。
    経営者だけでなく、サラリーマン、そしてファッション雑誌しかみないと思われてい
  たOLも、そうしたメディアを見るようになっている。eトレードの進展もあって、同
  社に興味をもって、数万円もするが、同社株を少額ながら買うひとも増えている。また
  ヴァーチャル株主総会といったホームページも誕生している。(46)
    それらを見ていると、同社のトップが内輪のアナリストだけにしか情報を流していな
  いことへの苦情も散見する。「注目ー興味」までのプロセスが順調に進んできたのに、
  これでは、口コミで悪い評判が広がりかねない。同社のホームページには毎月の売上げ
  速報が載っていて、百貨店などの無愛想な企業情報の扱いぶりに比べると、格段に進ん
  ではいるが、企業にとって都度のよい情報だけではなく、マイナス情報も含めて、一般
  投資家に分かりやすく情報を開示することが望まれる。
    これまでわが国の株式市場は、一握りの機関投資家だけに牛耳られてきた。思惑によ
  る投機的な株価の乱高下が同社株についてもみられた。しかし、この状態は好ましいも
  のではない。やはり、一部のひとが同社の株を保有するのではなく、一般投資家が増え
  ることが必要である。そして適切な情報が常時提供されるようになれば、かれらは、保
  有する同社の株価を上げるためにも、せっせと来店し、周囲にも商品の購買を勧めるこ
  とになるはずである。
   「株を買うー商品を買うー周囲に宣伝するーより一層売れて、売上が伸びるー株価が
  上がるー株を買う...」といった好循環が期待できるのである。
    ファーストリテイリングは、フリースの大量販売で国民的支持を得ているこの絶好の
  機会を生かして、一般投資家を育て、安定したユニクロフアンを創造してほしい。

  (4)PDM
    ここで再び、図2の企業活動のサイクルをみてみよう。これまで述べてきたのは、
  「生産・物流ー流通・販売ーブランド資産構築ー資金回収・調達」までであった。すな
  わち、SCMーCRMーSRMの構築であり、これらのイノベーションによって、同社
  においては、価値創造が前進してきた。
    そこで、次に重要になるのは、企業活動のサイクルのなかの「資金回収・調達ー投資
  」というプロセスである。
    このプロセスについても、まだ適切な呼び名がないので、PDM(プロフェッショナ
  ル・ドリブン・マネジメント)と名づけよう。
    投資については、いまだに広い誤解が存在する。工業化の初期段階では、それは設備
  投資であり、系列子会社への株式投資だった。小売業においては、店舗投資だった。
    しかし、高度情報化社会においては、情報化投資や人的投資が、とみに重要になって
  いる。情報を自在に駆使できるプロフェッショナルな人材がまだ少ないだけに、そのス
  カウトは経営にとって死活的に重要な意味をもちはじめているのである。
    このPDMを活性化させると、「資金回収・調達が容易になるーその状況をみてプロ
  フェッショナルな人材が労働市場から流入するー入社した人材が儲かる仕組みを開発す
  るーアナリストや株主がこれを評価するー株価が上昇し、さらに資金回収・調達が容易
  になる....」という好循環がはじまる。
    ファーストリテイリングにおいて最近生じた革新は、このプロセスにおけるイノベー
  ションが生じたことであった。
    98年には、若手役員が3人も入社してきた。
    日本IBMから入社してきた玉塚元一は、常務として、新たなマーケティング戦略を
  推進している。外資系コンサルタント会社、マッキンゼーから入社してきた堂前宣夫は
  常務となってサプライ・チェーンの再構築を推進した。伊藤忠から入社してきた森田政
  敏も常務として、新出店戦略を推進している。
    かれらはいずれも30代の俊英であり、担当する分野で、矢継ぎ早やにイノベーショ
  ンを推進している。アナリストたちも、その手腕を高く評価している。それが、将来業
  績を先取りする株価の高値形成に寄与しているのである。
    バブル崩壊後、年功序列人事が崩れ、能力主義がもてはやされている。労働市場でも
  人材の流動性が高まってきている。ところが、わが国の百貨店や大手スーパーでは、い
  まだに、高齢の経営者がポストにしがみついているのが現状で、ロクな将来計画もなく
  先行きが思いやられる。これでは、株価があがるはずはない。
    ファーストリテイリングでは、7名の役員中6名までが最近入社した若手であり、猛
  烈に働いている。役員の総入替えといい、若手が進めるスピード経営といい、果して、
  百貨店や大手スーパーがどこまで追従できるかは、大いに疑問である。

 (5)IAM
    説明の順番としては最後になったが、実は、企業活動のサイクルのなかの最初のプロ
  セスが「投資ー生産・物流」である。
    適切な名称がないので、ここでは、IAM(インベストメント・アクセレーション・
  マネジメント)と名づける。
    かつて高度成長期の経済白書では、内野達郎による名キャッチフレーズが話題を呼ん
  だ。そのひとつに「投資が投資を呼ぶ」があった。それは「設備投資ー大量生産ーコス
  トダウンー大量販売ーさらなる設備投資」という好循環を指したもので、これによって
  我が国経済は、高度成長の軌道に乗ったのである。
    基本的には、同様のことが、ファーストリテイリングについても生じている。
    柳井社長は、かつて零細なアパレル専門店を経営していたが、あることに気づいた。
    「カジュアルウエアは、量販店や洋服屋にそのコーナーがちょっとあるだけ。それに
  値段が高すぎる」(47)
    わが国でカジュアルウエアが高い理由は、流通コストの高さである。それは売価の7
  0%から85%を占める。これをカットするには、アメリカのアパレル専門店チェーン
  、ギャップが採用しているSPA(製造小売業)に学んだらどうか。
    柳井社長は、新発足する会社に、ファースト・リテイリングという社名をつけた。
    FASTは、ファーストフードのファーストで「速い」、RETAILINGは、「
  小売」である。いいかえれば、いつでも、どこでも同じような店舗とサービスで、安く
  て良い商品を迅速に提供できるマクドナルドのような店をカジュアルウェアの世界で実
  現しようとしたのである。
    この想いからすべてがはじまった。
    「投資ー生産・物流」のプロセスの改善がスタートした。
    「カジュアルウエアの値段が高いー値段を下げようーまず、高い中間コストを下げよ
  うー中間段階を省けるSPA(製造小売)を採用しようー生産コストも下げられないか
  ー世界中で一番安い中国で委託生産をしようー委託先が少量では引き受けてくれないの
  で、超大量発注をしようーカジュアルウエアのなかでも、ノンエイジ・ユニセックスの
  ベーシック・アイテムに絞り、売価も押さえようーよく売れたー発注先を絞ってさらに
  大量生産し、品質も向上させようーさらによく売れたー世界中の資源・設備・才能・情
  報を利用し、顧客の欲する商品をどこよりも安く早く大量に発注するようにしよう」
    こうして、同社は、オリジナル商品を自社で企画開発し、生産や物流を厳格に管理し
  流通から販売までを一貫して行うことによって、コストをおさえ、品質のいいものをど
  こよりも安く早く提供することで、高度成長軌道にのって、グローバル企業への道を踏
  み出したのである。 

    以上、みてきたように、ファーストリテイリングにおいては、企業活動のサイクルを
  「生産・物流ー流通・販売」のSCM、「流通・販売ーブランド資産構築」のCRM、
  「ブランド構築ー資金回収・調達」のSRM、「資金回収・調達ー投資」のPDM、そ
  して「投資ー生産・調達」のIAMから再構成しようとしている。
    これまでネックであった各プロセスの問題点が解決されると、その過程で得られた学
  習効果によって、次のプロセスの問題点の解決は容易になる。ひととおり、すべてのプ
  ロセスがスムースにつながって、回転しはじめると、モーメンタムが発生する。ちょう
  どクルマのエンジンのように、さらなる高速回転が可能になってくるのである。
    その結果、図3にあるように、創造的な価値の連鎖が構築される。
    それを、ここではIVC(イノベーショナル・バリュー・チェーン)と呼ぶが、成功
  のサイクル、あるいは、さらに分かりやすく「ユニクロの魔法の輪」とでも名付けたほ
  うがよいかも知れない。

                        図3 創造的価値連鎖モデル(IVC)

                  IAM−SCMーCRMーSRMーPDMーIAM....

    同社は、この創造的な価値連鎖の構築に全社をあげて取り組んでいる。
    柳井社長のいう「All Better Change」(ABC改革)という名称が
  示すとおり、それは全社的な経営革新運動である。
    イノベーションを加速化させるために、従来の企業活動のプロセスを再構築する。
    その結果、新たな価値創造の仕組みがつながっていき、全体として企業価値が確実に   高まっていく仕組みが完成するのである。
    同社が高い成長率と高収益を実現しえたのは、ある意味では当然のことで、こうした
  IVC確立による乗数効果が出てきたからにほかならない。
    ここで再確認しておきたいのは、同社が、矢つぎ早やに手を打ってきているというこ
  とである。
    表8の年表にみるように、イノベーションの採用速度は、年を追う毎に加速している。
    ITの世界では、ドッグイヤーという言葉があるが、同社の経営革新のスピードアッ
  プにはめざましいものがある。売上げや利益のカーブも、これをあらわして加速度のつ
  いた上昇カーブを描いている。

ファーストリテイリングの業績推移


出典:同社提供資料

このことは、わが国の多くの小売業が10年1日のごとき経営を行っているなかでは 出色である。まさに米国流のスピード経営の上回る加速経営が実現されようとしている のである。 (6)開かれたCCMの構築 青木英彦は、アナリストとして世界最大の小売業、ウォルマートを研究するなかで、 「生産性の輪」と「価値創造の輪」を提案している。(48) 前者は、「低コストー低価格販売ー売り上げ規模の拡大ー固定費負担の低減ー低コス ト....」であって、さほど目新らしいものでなく、ファーストリテイリングでは、すで 強力に実施されていることである。 しかし、「価値創造の輪」という観点は、同社にとっても、今後のわが国小売業にと っても含蓄がある提案のように思われる。 それは、「従業員が顧客に価値を提供することにより業績を伸ばすー好業績は株主価 値を伸ばすー自社株を保有する従業員に金銭的・自己実現的な価値を与えるー顧客サー ビスが向上するー顧客への価値が上昇する....」というものである。 これは、顧客満足と従業員満足という価値概念を成功のプロセスを組み入れることに よって「投資ー生産・物流ー流通・販売ーブランド資産構築ー資金回収・調達」という TCVモデルをより大きな輪に仕立て直そうというものである。 ウォルマートの場合、顧客満足を向上させるために、創業者のサム・ウォルトンが、 あえて売り上げにつながらない挨拶係を置いた。(49) ここに表わされているメッセージは、いきつけの店なのに無味乾燥な接客に出会うこ とがないようにという自戒である。ウォルマートの消費者にとって、行きつけの店は、 単なる購買の場ではない。なじみの店員とちょとしたおしゃべりを楽しむ場であり、さ らには、コミュニティの一員として、地域のために何をすべきかを相談しに行く場でも ある。ウォルマートでは、レジ係の女性は、グリーン・コーデイネターという肩書を与 えられて、環境面で地域社会に貢献する活動を行っている。駐車場でリサイクル品のバ ザーをやったり、緑化イベントを開催したりもする。ウォルマートの一員であることは 彼女にとって自己実現そのものである。 ファーストリテイリングの店舗が、食品部門をもったウォルマートのように週に数回 も訪れる店舗になることはないと思うが、同社がカジュアルウエアを「国民服」に育て ようとし、購買頻度を高水準で維持しようとするならば、こうした社会に開かれた観点 も視野に入れる必要があるのではなかろうか。 同社は、これまでヘルプ・ユアセルフ・サービスを基本に店舗運営を行ってきた。 「朝礼、清掃、電話応対、接客、レジ応対、棚割り、陳列」といったルーテイン・ワ ークを詳細なマニュアルによって標準化してきた。しかし、大量販売によって、休日に は、駐車場で慢性的な渋滞が起こり、レジ待ちが常態化している。これらの問題は、当 然のことながら速やかに解決されねばならない。 しかし、この程度の対症療法にとどまることなく、「挨拶の徹底ー店内案内ー商品説 明の高度化ー苦情処理の迅速化ー地域社会への貢献ー駐車場の住民への開放」といった 新しい顧客=住民との協力体制の構築、すなわち、開かれたCCM(コミュニティ・コ ラボレーション・マネジメント)の構築にも、乗り出してほしい。それは、これまで、 わが国の小売業がほとんど無視してきた領域の仕事だけに、大きな成長機会を同社にも たらすことになると思われる。 8 結び わが国の小売業は、第2の開国時代を迎えている。 欧米からもアジアからも、SPA型小売業が一斉にわが国に進出し始めている。 アメリカのGAPやEDIBAUERをはじめとして、香港のESPRIT、イタリ アのBENETON、スペインのZARA、そしてスエーデンのH&Mなどが上陸して きている。いずれも、安く、デザインがよく、たくみなマーケティングを展開して、若 者の心をつかんでいる。 わが国のアパレル業界のこれまでの常識は、世界の非常識になりつつある。 仲間内だけでしか通じないファッション用語、取引上のかけひき、品物と売り場しか みえない近視眼的経営は、もはや過去の遺物である。 いまや、高度な商品企画力、グローバルな生産・物流システム、情報ネットワーク、 マーケティング力、さらには先進的なマネジメントが要求され、その間の競争がはじま っている。 とくに、LVMH((モエ・ヘネシー・ルイヴィトン)やグッチ、プラダのような高 級ブランドが、その希少性やステータスを維持しているために行っている商品企画力の 高さは、企業努力とそれを支える欧米の富裕な顧客層の厚みとが相俟って、わが国企業 が一朝一夕には追いつけない水準にある。(50) 典型的な例は、LVMHである。 同社の商品は、目の玉が飛び出るくらい高いのに、パリの本店では日本人女性が行列 し、最近オープンした東京・銀座の大型直営店もごったがえしている。本年1ー6月の 売り上げは、前年同期比27%である。結局、顧客からみた価値が高いと納得せざるを えない。 購入理由を聞くと、品質の高さ、デザインのよさ、流行の先端をいくイメージ、バッ グ、既製服、靴、文具、雑貨などの幅広い品揃えなど、同社が水も漏らさぬ体制を整え てきていることが分かる。(51) また、かれらは、たとえアグレッシブと思うようなことでも、すべてやろうとしてい る。LVMHは近くネット通販も開始するといわれるが、1854年創業の老舗のやる こととは、とても思えない。 同社の近年の新戦略は、M&Aである。 世界の有名ブランドをその資本力に物をいわせて買収している。99年にはグッチの 株を買い、プラダの所有するグッチ株も引き取り、さらに市場で買い増して、一時は、 34.4%まで買い進んだ。 それを何としても阻止したいグッチは、フランスの大手流通グループ、PPR(ピノ ー・プランタン・グループ)に株式の40%を売却し、LVMHを封じこめた。(52) これがひきがねとなって、世界的にM&Aが日常茶飯事になりつつある。ファースト リテイリングといえども、いつ何時、欧米資本に目をつけられて買収の対象となるかも しれないのである。 これを防ぐためにも、あるいは逆に欧米ブランドの買収に動くためにも、同社として は、株価を高く維持せねばならない。そのためにも、資本主義経済下の企業としては、 価値創造という当たり前のことを手順を間違えることなく確実に実行していかねばなら ないのである。 それが、これまでのべてきた「ユニクロの魔法の輪」ともいうべき独自のIVCであ り、その高速回転である。 しかし、これは実は魔法の輪でも何でもない。 かつて経済学者、シュンペーターが説いたように資本主義経済が延命するためには、 「創造的破壊」が不可欠であるという古典的な命題に対して、生真面目に挑戦する企業 が、この不況の荒野のなかから蘇ってきたというだけのことである。 わが国の小売業だけがひとり資本主義経済下の国際的な企業競争から免れることがで きるはずはない。 小売業の雄、ダイエーで生じたトップの抗争劇、その後のマネジメント不在を見るに つけ、現在、わが国の小売業にもっとも欠けているのは、危機感の欠如であり、プロフ ェッショナルな経営者に率いられた価値創造活動であると思わざるをえない。 ファーストリテイリングにみる経営革新は、まだ、その一歩を踏み出したばかりであ る。同社の健闘と、それに続く企業が多数登場してくることを願って、筆を置くことに する。 (完) 参考文献・サイト (1)佐々木亨「小売業における価値創造:スーパーマーケットの再生」名商大論集 VOL.44 NO.2 (2)通商産業省「21世紀に向けた流通ビジョンー我が国流通の現状と課題」 通商産業調査会 1995年 (3)通商産業省「平成9年商業統計」 http://www.miti.go.jp/statistics/index.html (4)高橋幹夫「江戸あきない図譜」青蛙房 p121ー150、183ー218 (5)鈴木安昭、関根孝、矢作敏行「マテリアル 流通と商業」有斐閣 1994 p94、101、102、104、114ー116 (6)小島健輔「ファッションビジネスはこう変わる」こう書房 1998 p.120ー129 (7)通商産業省「平成11年商業統計速報」 http://www.miti.go.jp/statistics/index.html (8)「第28回日本の専門店調査」日経流通新聞 2000.7.13より作成。 (9)「流通経済の手引き 2000年版」日本経済新聞社 1999 p.124− 130 (10)「現代の肖像 松本南海雄」AERA 2000.9.15 (11)前掲8 (12)大創産業のホームページ http://www.daiso-sangyo.co.jp/imfo (13)「調剤併設で地域に密着」日経流通新聞2000.10.19 (14)前掲8 (15)ツツミのホームページ http://st3.yahoo.co.jp/tsutsumi/qa.html (16)前掲8より作成 (17)鈴木安昭、関根孝、矢作敏行「マテリアル 流通と商業」有斐閣 1994 p2 (18)流通経済の手引き 1996年版」日本経済新聞社 1995 p.88−90 (19)ファッションフォーラム21「ファッション業界が分かる本」 ダイヤモンド社 2000 (20)前掲6 p.66−69 p.194ー199 (21)「現代の肖像 叶姉妹」AERA 2000.10.9 p54ー59 (22)前掲19 p.60−62? (23)「手作り1点物ブランドが人気」日経流通新聞 2000.10.31 (24)「セレクトショップ完全読本」マンスリーエム 2000年11月号 (25) 前掲19 p.70ー71、222−226 (26)前掲19 p.115ー116 「流通経済の手引き 2001年版」日本経済新聞社 2000 p.59−61 (27)月泉博「ユニクロ&しまむら」 商業界 2000 p34−36 (28)ユニクロのホームページ http:www.uniclo.com.jp/ (29)溝上幸伸「無印良品vsユニクロ」ぱる出版 2000 p.206−207 セブンーイレブンのホームページ http://www.sej.co.jp/ イトーヨーカ堂のホームペ−ジ http://www.itoyokado.iyg.co.jp/iy/investors/index.htm (30)しまむらのホームページ http:www.shimamuragr.co.jp/ (31)青山商事のホームページ http://www.aoyama-syouji.co.jp/ (32)小川進「青山商事のビジネス・システム」p.178(「営業・流通革新」 有斐閣 1998 ) (33)井本省吾「流通戦国時代の風雲児たち」日本経済新聞社 2000 p.11− 31 (34)ファーストリテイリングのホームページ http://www.uniqlo.co.jp/company /enkaku.htm、平成12年2月期有価証券報告書(H12)、前掲27から作成 (35)安本隆晴「ユニクロ監査役実録」ダイヤモンド社 1999 p.203 (36)日立オープンミドルウエアユーザー事例:ファーストリテイリング殿 http://www.hitachi.co.jp/Prod/comp/soft1/open/casestudy/uniclo/ (37)ユニクロのMAIL ORDER CATALOG 2000 WINTER p.28 (38)西村秀幸「ユニクロ、ライトオン、しまむらの成功と限界」エール出版社 2000 p.66ー67、70ー74、80ー84、121、154、 160ー162 諸江幸祐「ファーストリテイリングはまだ成長できるか」(ファッション販売 1998年4月号 p.81−83 (39)「ユニクロが日本を変える」ニューズウィーク 日本語版 2000.11.15. p.18−23 (40) 無印良品のホームページ http:www.muji.com (41)矢作敏行「ボランタリーチェーンの再評価」p.199ー208(「営業・流通 革新」有斐閣 1998 ) (42)前掲27、p.104 (43)「新日鉄がファーストリテイリングのSCMシステムを構築」 http://www.ei.nsc.co.jp (44)「覇者が挑むネット通販」日経流通新聞 2000.11.2 (45)岡本広夫「ユニクロ方式」ぱる出版 2000.11.15 (46)「ヴァーチャル株主総会」 http://sokaiya.com/99/9983Main.shtml (47)前掲35 p.7ー8 、54−55 (48)青木英彦「ウォルマートに学ぶ」日経流通新聞2000.10.17 (49)サムウォルトン、竹内宏監修「ロープライス・エブリデイ」同文館インター ナショナル p.322ー324 1992 (50)「グッチさん、プラダさん、モードはビジネスですか」BRUTUS、 マガジンハウス 2000年10月1日号 p.138−139 (51)「ブランド力向上へ仕掛け」日経流通新聞2000.11.16 (52)前掲19 p.44ー48


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